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うちの画家先生19(健介視点)






「なぁ兄貴?“ゲームは夜中12時まで”って規制そろそろ解除しようぜ?」
「だーめ。夜更かしは体に悪いよ?」
「いやでも、人生の限られた時間を何に充てるかは人それぞれだと思うんだ!
俺ほら!もう子供じゃないし!」
「自己管理もできない子は大人じゃないよ。健介君が何回言っても徹夜でやって、
生活のリズムが狂う事が多々あったからこうなったんでしょ?」
「それは、そのっ……今度こそ気を付けるから!!」
「聞き分けのない子はお尻叩かなきゃダメかな?」
「うっ……そう言えば俺が何も言えないと思ってるだろ!!もういい!!
そっちが俺の自由を奪いにくるなら、俺だって強行策に出るぞ!?」
「…………」
「なっ、何だよ!そんな、顔したって……うわぁぁぁん!!
こうなったら家出してやる――――っ!!」
「……はぁ……、ご自由にどうぞ?」



と、言うワケでやって来ました“伝説のアトリエ”!!
新しいアトリエがまた一つ増えた事は突っ込まないとして、
どこをどうやってここへ来たのかはよく分からない。家の外で待っていた車に乗り込んだだけだから。
まぁでも、もう少し付けくわえるならここはすごく森の中で、
このアトリエの中は意外と快適そうだ。電気も明るい。
そう、電気……電気!これがなくっちゃ始まらないッ!!
「さぁ夕月さん!!思う存分ゲームしましょう!テレビとコンセントはどこです!?」
「こっちこっち!もう健介君ったら張り切り過ぎだよ〜〜♪」
と、言いつつも夕月さんはでかいベッドの上でいそいそとお菓子を広げていた。
おおっ!!ベッドの真正面テレビだと!?な、なんて素晴らしい家具配置だ!
「ありがとう!この家を作った匠さん!!」
俺は感激しながらゲーム機をテレビに繋いで、ディスクを入れて、ベッドに座って
コントローラーを握って……あぁもう待ちきれない!!
テレビ画面にタイトルが出た瞬間にはテンション最高潮だった。
「きたきたきた――――っ!!今日はとことんやりこむぞ――――っ!!」
「お――――っ☆☆」
隣にちんまりと座ってマシュマロを頬張っている夕月さんが拳を突き上げる。
あぁ……俺は自由だ……忌まわしき“ゲームは夜中12時まで規制”から解き放たれ……今……

俺の最高の夜が幕を開けるッ!!


モンスター出る!倒す!モンスター出る!倒す!
「わっ、いっぱい出た!あっ、負けちゃう負けちゃう!おぉぉ!健介君強いね!」
おっとアイテム見つけた!謎解き!?俺に任せろ――!
「あ!すごい!お花畑綺麗!あの妖精さん可愛い!話しかけようよ!」
ボス戦だぜ!セーブだぜ!イャッハァァァァァ!!
「何かすっごい強そうだよ!?わぁぁっ!一気に命減った!あ!でもすごい!
入った!健介君入った!倒せる!?これ倒せるの!?あっ……やったぁぁぁぁっ!!」
「おっしゃぁぁぁぁぁっ!!ステージクリア――――っ!!」
華麗に5面ボスを倒した俺は、喜んでいる夕月さんと『イエーッス!』とハイタッチ!
てっきり夕月さんもやりたがるかと思ったけど、俺のプレイを嬉しそうに見ているだけだった。
解説がなかなかうるさいけど、このうるささも今夜は盛り上がっていい。
俺のテンションもますます上がってくる。
「よーっし夕月さん!次のステージもサクッとクリアしちゃいますよ――――!」
「わ――い!頑張ってね健介君!」
と、こんな感じで夕月さんを観客に楽しくゲームをやりまくった俺。
どんどん進んで、感動のイベントでは夕月さんと一緒に涙ぐんで……
気が付いたら、俺達は眠りについていた……確か、全クリはまだしてない。


で、問題は翌朝。
けたたましい“着信音1”に起こされた俺。
(最悪だ……マナーモードにし忘れるなんて……マナーモードならあと2時間は眠れて……ん!?)
電話の画面には「健人」の文字。ここで、ようやく俺は、自分が“伝説のアトリエ”にいる事を思い出す。
しまった、昨日、『家出します』の置手紙だけで来たっけ!
そしてもう翌朝の昼前……怒ったように鳴り続ける着信音1に焦って、思わず電話を切ってしまった。
しかし、何気なく着信履歴を見て一気に後悔する。
着信履歴一覧全部「健人」の文字で埋め尽くされていた。……ホラーだ。
「んぅ……ふぁぁ〜……どしたの健介君?わ!ケータイの画面が健人君フィーバーだ!」
マイペースに起きてこの反応……
今はこのおっさんのノンキさが羨ましい……
「兄貴が鬼のように電話かけてきてるんですよ!ほら、何も言わずに来たでしょう?!」
「でも健人君に声かけたら来られなかったよ?」
「いや、そうですけど!」

ピリリリリリ!ピリリリリリリ!ピリリリリリリ!

「ひっ!?」
「あ!電話だよ健介君!どっ、どうする!?」
また鳴りだした着信音に俺は飛び上がる。夕月さんも頭が冴えてきたのか不安そうだ。
これ以上無視し続けるのも後が怖い……でも、出てもきっと後が怖いッ!!!
「秘儀!電源O――ッFF!!」
俺は叫んで、電源ボタンを長押しした。
画面はフッと暗くなり、これで鬼の追及がこちらに届く事は無いだろう。
俺と夕月さんは、黒くなった携帯電話の画面を見つめてお互い押し黙った。
「…………切っちゃったの?」
「…………出て欲しかったですか?」
「…………ううん。英断だよ健介君」
「…………ありがとうございます。もう戻れませんね俺達」
「…………シナバモロトモだよ」
ここまで言葉を交わして、二人でゴクリと唾を飲んだのだった。

……と、いう俺達の戸惑いは一瞬の事。こういう事は気にしなければ気にならないものだ。
その後の夕月さんはすっかりいつもの調子でお菓子を広げて、俺は慌ててそれを没収した。
文句ありげな夕月さんにまず朝御飯を食べさせなければと思って
つい自分の家の様に冷蔵庫を覗いて……
色々な食材がまるで昨日買ってきたかのような鮮度で置いてある事にびっくりした。
こ、これ使って大丈夫だろうか?
戸惑ったものの、夕月さんが「大丈夫大丈夫!」って言うし、賞味期限がまだ先だったので
ありがたく使って朝食を作った。飲み物も完備だ。

その後、夕月さんが待ちかねたように「昨日のゲームやろう!」と言うので昨日のゲームの続きをする。
昨日と違って落ち着いたテンションでプレイするゲームもやはり最高だ。
夕月さんは相変わらず見てるだけ。ただし、うるさく実況はしている。
「あ!これお姫様じゃん!お姫様!」
「違いますよ。これはシスター。ねぇ夕月さん?どうして俺をここへ連れてきてくれたんですか?」
「ん?どうしてって……健介君家出したかったんじゃないの?」
「そうですけど……アンタはそれだけの為に俺につきあってくれたんですか?
後でしこたま怒られるかもしれないの……に、っと!」
華麗に修道女キャラに襲いかかっていたモンスターを倒しつつ聞く。
すると、夕月さんはきょとんとした表情の後、弾んだ声で言った。
「健介君と、最後の思い出作りたかったんだよ!
私、健介君や健人君と暮らしててすごく楽しかった!」
「へぇ……ふっ!!」
「……健介君?私今、いい事言ったよ?」
「あ、聞いてます聞いてます!とりゃっ!聞いてます!」
言っておくけど俺は本当に聞いている。なんかゲームしてると声でるよな、たまに。
夕月さんは少し声を弱気にした。
「もういいよ。何か恥ずかしいし」
「俺も、」
仕方ない。
俺は一旦ポーズボタンを押して夕月さんの方を向く。
「俺も、夕月さんと一緒に暮らしてて楽しかったですよ。
“最後の思い出”なんて言わずに、あっちに行ってからもいつもで遊びに来たらいいんですよ」
「健介君……!!」
おっさんの顔がこれ以上ないほど輝いている。
うっ……何だかすごく優しい事言ってしまった……今更恥ずかしくなってきたぞ。
だから、夕月さんから目を逸らした。
「ま、まぁ、詩月さんと暮らし始めたらそっちが楽しくなっちゃうかもしれませんけど!」
「私ね……詩月と一緒に暮らすの……本当は少し不安なんだ……」
「え?」
意外な言葉に、俺は夕月さんの顔を凝視する。
本当に不安そうな顔をしていた。
「詩月は優しいから……私、いっぱい迷惑かけちゃって、詩月に嫌われないかな?
迷惑かけないように気を付けたら、私、変な感じにならないかな?
詩月はお仕事忙しくないかな?ちゃんと私と一緒にいてくれるかな?
じょうずく言えないけど……私、詩月とちゃんと家族になれるのかな?
健介君や、健人君達といたみたいに、楽しく暮らせるかな?」
いっきに溢れ出た言葉……たどたどしかったけれど、何となく言いたい事は分かる。
「夕月さん、詩月さんにまだ遠慮があるんですね?」
「そうなのかな……」
「俺達には遠慮なんてしない癖に……」
「そっ、それはさ!それは関係ないじゃん!私、健介君も健人君も大好きだし!
何て言うか、安心するんだよ!だから何でも言えるの!」
急に焦って捲し立てるおっさんに、俺は吹き出してしまった。
「ふっ、大丈夫ですよ!アンタが大人しく暮らし続けられるはずないんですから!
すぐに自然体に戻ってワガママ言いまくってますって!」
「し、失礼だな!!」
「そしたら、詩月さんもちゃんと怒ってくれますよ」
「……!!」
「そうやってだんだん仲良くなっていきますよ。家族なんだから」
「そっ……か……詩月に怒られるのは嫌だけど」
そう言いつつ、俯いて心なしか嬉しそうな夕月さん。
俺は自然とゲームを終了させて、こう言っていた。
「さぁ、おやつにしましょう?」
夕月さんが嬉しそうにバンザイした。


そうしておやつを食べて、またゲームをして夕月さんと盛り上がって……
夕食を作って食べて、お風呂に入ってゲームをして夕月さんと盛り上がって……
もう夜も遅い。
「あ……水、汲めるんだ……かけたい、あのおばけに……」
夕月さんの実況もなんだが元気が無い。眠いようだ。
「夕月さん眠いですか?」
「……う〜〜ん?そんな事ないよぉ?」
「もう寝ます?」
「ヤダ!!健介君と起きてるんだ!」
「……そういえば、いつまでここにいましょうかねぇ……」
何気なく、夕月さんが寝たくなさそうだし話題を変えてみた。
「あんまり長くいると帰り辛くなりますし。
兄貴はたぶん探しまわってるし……きっと詩月さんも。
詩月さんってここの事知らないんですか?」
「知ってるよ!」
「うぇぇっ!?じゃあ見つかっちゃうじゃないですか!!」
俺は衝撃で思わずコントローラーを落としそうになった。
だって、兄貴と詩月さんが合流してしまったらもう猶予が無いぞ!
そしてそれはかなり早い段階でそうなってそうだし!
と、焦る俺だが夕月さんは全く動じておらずニコニコしていた。
「大丈夫だよ!絶対に見つからないよ?健介君がいたいと思うだけ、ここにいられるよ!」
「なっ、何でですか?!」
「この場所は、もう無いから」
「は?!」
夕月さんの言葉の意味が分からなくて、どう返していいか分からない。
かろうじて言えたのはこれだった。
「謎解きですか?」
「謎解き……?あ!私今カッコいい事言った!?魔法のボスみたい!?」
「いいえ。全然」
「何だよもうっ!カッコいいって言ってよ!」
夕月さんは、いつも通だった。けど、さっきの言葉の意味は何だ?
それを考えたら俺は…………

やっぱり気の済むまで楽しく夕月さんとゲームをやりこんでいた。

そして深夜。
俺も夕月さんも眠くなってきて、お互い言葉少なにテレビを見つめてて、
「もう寝ましょうか〜?」なんて言おうかと思ったけどラスボス戦にさしかかってて……
そんな時だった。

「夕月さん!夕月さ――ん!!どこですか!?いたら返事してください!!」
「健介く――ん。いる――!?」

「「!!?」」
聞こえるはずのない声に俺達はビビり合う。
♪デーデデーン デーデデーン ティーリーリー
うわぁぁぁあっ!都合よくラスボス登場のBGMがぁぁぁっ!!
俺は思わずベッドから立ち上がっていた。
「夕月さん!!どういう事ですか!?絶対見つからないって言ったじゃないですか!!」
「だっ、だってこの場所、もうないからっ……な、何で!?何で分かったの!?」
「そんなの俺が聞きたいですよ!!」
「私も分かんない!分かんないよぉ!わぁああああん!!」
夕月さんは泣き声を上げて白い薄布団に包まって、隅に逃げる。
あぁあああ!おっさんズリィ!!自分だけ隠れやがった!!
そして、あちこちの扉を開ける音がして、声が、足音がこちらに近づいてくる。
♪テレレレレレレレ テッテレ―― ティ―――リィ―――
ついでに音楽の方が最高に盛り上がってる。
「夕月さんリモコン踏んでるでしょう!?音量上がってますよ!?」
「知らないよぅ!!」なんて、丸まって、白い塊と化して震えている夕月さん。
対して俺は丸腰で、しかも今音がうるさくなったせいで……
「あ!何か音が!!」
気付かれた。
「ここですね!?」
♪デデーン
あり得ないタイミングの良さで、重厚なラスボスBGMのラストで扉が開け放たれた。
勘弁してくれ。現実の俺はラスボスなんかに勝てないぞ?
そんな絶望感の中、なぜか真っ白なタキシードを着た詩月さんが
可愛らしい小箱を持ってベッドの上の白い丸まりに駆け寄って、膝をつく。
「夕月さん!!」
「ひぃぃぃっ!?」
「これを!見て下さい!貴方との約束を果たしに来ましたよ!」
「へ……?あれ?いい匂い……」
白い薄布団を頭にすっぽり被ったまま顔だけ出して、詩月さんに近付く夕月さん。
詩月さんは笑顔で、持っていた小箱の中身を夕月さんに見せるように蓋をカパっと上に押し上げる。
背中がツガイでくっ付いているらしく、L字型に口を開けた箱の中には
白いクリームのかかった美味しそうなカップケーキが一つだけあった。
頂きに、真っ赤に輝くチェリー(多分シロップ漬け)を乗せて。
詩月さんはそれを持って、緊張しながらも真剣に言う。
「夕月さん、貴方を本当の家族にしに来ました」
「詩月……」
驚きつつ、怖々とカップケーキに手を伸ばす夕月さん。
そして……
「ありがと――――!いっただっきま――す!!」
白い薄布団を跳ね飛ばして、勢いよくカップケーキを頬張る。
美味しかったらしく、すごくご満悦の表情だ。
「んんっ!おいひぃっ!お土産持ってきてくれるなんて詩月優しいね!
良かったぁ!詩月怒って無くて!でも、よくここが分かったね――?
はぅっ、おいし――っ♪」
「…………」
嬉しそうにカップケーキを貪る夕月さんを見て、詩月さんは呆然としている。
と、いうかショックを受けた様子で喉の奥から小さな声を出す。
「ゆ、夕月さん、約束……」
「え?なに?」
「あの約束……だから……ここにいたんじゃ……?」
「やくそく……って……何だっけ??」
「……貴方……」
詩月さんの顔にだんだん怒りが浮かんでくる。
それはさすがに夕月さんに伝わったらしく、頬にクリームを付けたまま焦り出した。
「えっと、約束!ね、約束!えっと……覚えてるよ!?
うーんと、アレだよね!ほら、アレ!あの、えっと、ヒントちょうだい!?」
「貴方って人は……!!」
詩月さんがガッと夕月さんの体を抱き寄せる。
「ひゃ――っ!」と悲鳴を上げる夕月さんの頬を乱暴気味に指で拭って
その指を夕月さんの口の中に突っ込んだ。
「食べ終わりましたね?!」
詩月さんに気圧されているらしく、無言で何度も頷く夕月さん。
夕月さんの口から指が引き抜かれて、そしたら即座に荷物の様に
小脇に抱えられてしまった。
「いいお家ですね。別の空き部屋に案内してもらえますか?」
「いっ……いいよ?」
笑顔なのに何故か大迫力の詩月さんと困惑気味の夕月さんは、
そんなやりとりの後部屋から消えてしまった。
はぁ……まったく騒がしい二人だったな。
仕方ない。二人の用事が済むまで俺はゲームでもしながら待って……
「健介君、ごめんね。僕はお土産は持ってないけど」
俺はゲームでもしながら待って……待って……
「詩月さんと同じ事はしてあげられる」
待って……待って待って待ってくれこの状況!!
手が掴まれた――――ッ!!
「待て!!詩月さんが夕月さんにこんな事するとは思えない!」
「こんな事?僕が今から何をするか分かるの?言ってごらんよ」
白々しくそう言ってくる兄貴。
「あれだろ……その……尻、叩くんだろ?!」
自分で言ってみてすごく恥ずかしくなった。くっ、答えるんじゃなかった!!
兄貴は涼しい顔で笑ってて余計恥ずかしい。
「正解。詩月さんと言ってたんだ。“悪い子はたくさんお仕置きしなきゃダメですよね”って。
だから詩月さんもそうすると思うよ」
「へ、へぇ……面白そうじゃん。二人の珍道中、聞かせてくれよ」
「うん。お仕置きの後で聞かせてあげる」
「っもももったいぶらずに今聞かせ……わ――――っ!?」
体が浮いたような回ったような、そんな良く分からない感覚で、
兄貴の膝の上に不時着した俺。
なんだここベッドか!?あ!ダメだ!ここは危険だ!
ズボンとかが脱がされた!もうダメだ!
ビシィッ!!
「ひぃぃっ!?」
やっぱりダメだった。
予想以上にキツイ一発目の後……兄貴は言う。
「分かってると思うけど……今日は厳しくいくね?」
「ごっ……ごめんなさい……」
「はい」
(いや“はい”じゃなくてッ!!)
俺がほとんど無意識に口に出した命乞いもとい謝罪はみごとに流されてしまった。
これは“分かった”の『はい』じゃない。“もういい。次行こう”の『はい』だ。そういうニュアンスだ。
そして俺はもう……
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
「いぃってぇっ!ご、ごめんなさい!無理!これは無理!」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
「あぁあっ!無理だってダメだってェェッごめんなさぁぁぁい!!」
俺はもう、ダメかもしれない。
“厳しくいく”ってのは本当だったらしく
最初から容赦なく叩かれて、諦めの境地にたどり着きそうだ。
「本当に家出なんて、しかも先生まで巻き込んで……
いつからそういう悪い子になっちゃったのかなぁ健介君は?」
「ごめんなさい!ひっ、ぇ、ごめんなさぁぁい!」
「“ごめんなさい”ばっかり。それ言えば終わるゲームじゃないからね、これ」
(ああああ当たり前だ!こんなゲームがあってたまるかッ!!)
心の中でそう叫ぶと、心なしか平手打ちが強まった気がしないでもない。
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
「ひぇぇぇっ!!あぁっ、痛いぃっ!!」
「痛いでしょ?これからもっと痛くしてあげるね?」
「いやだぁぁぁぁっ!!」
「イヤじゃないの」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
あぁ、兄貴が珍しくガンガン脅してくるのが幸先不安過ぎる!!
今この状況で痛いんだ!すごく痛いんだぞ!?
俺のHPは限りなくOに近いぞ!?この状況下で
回復アイテムなし、攻略法不明、こっちの攻撃ターンが回って来ない……
何だこの無理ゲ――!!責任者出て来い!!
……責任者俺だ――――ッ!!
って思ったら言葉が自然と出た。
「おっ、俺が悪いってのは分かってるんだけどぉぉっ!んぁぁっ!」
「そっか。じゃあ大人しく反省しようね」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
俺が何を言っても、兄貴は変わらない強さで叩いてくるだけだった。
とはいえ、時間が長くなればそれだけ痛みが重なって余計痛くなる。
しかも、痛すぎてまともな言葉が喋れなくなったら終わりだ。
減刑を働きかけるなら……喋れるうち!
「ご、ごめんなさい!ひっ、おっさん巻き込んでごめんなさいぃっ!」
「そうだよ。先生可哀想でしょ?あの人、楽しそうだと思ったら乗っちゃうんだから」
「だっ、だから俺が責任を持って保護してたぁぁぁッ!!
おやつも、ご飯も、好きな物作ってやったしぃっ!んんっ!」
「そんなの言い訳になりません。最初から健介君がこんな事しなかったら、
先生だって叱られて痛い思いせずに済んだのに」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
▼健介は『ごめんなさい』を唱えた
効果はイマイチのようだ
……俺の今の状況ってこんな感じ。
って言うか痛い死ぬ痛い泣く!!早く許してもらわないとぉぉぉ!!
「ぁ、はぁっ、夕月さん、俺と最後の思い出作りたいって!もうすぐうち、出てくから!!」
「え?」
兄貴のキョトンとした声が聞こえる。これだ!この理由使える!
「うっ……夕月さん、最後の思い出作りたかったんだよ……ぐすっ、だから俺……!」
「…………」
「意地になって、家出……したものあったけど……夕月さんとの大切な思い出……」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
「あっ!うぅっ……!兄貴ぃっ!」
どうだろう!?この溢れ出る切ない感動的な理由!!
兄貴も黙っちゃったし、これで少しは許す気になってくれたかな?
俺は十分反省したんだ!尻が痛い!もうこんな事しないと誓える!だから許して下さい兄貴!!
すると兄貴は……
「僕……仲間外れにされちゃったね……」
「うわぁああああっ!そんな事無い!そんな事無いよぉぉぉぉ!!
元気出してぇェェッ!!」
「ありがとう。健介君がそう言ってくれるなら、気にしない事にするね?」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
「ひゃぁぁああああっ!痛い!痛いですごめんなさぁぁぁい!!」
気にしないと言っている割に、むちゃくちゃ強い平手で叩いてくる兄貴。
尻の感覚は痛いを越えたんじゃないかってくらい痛い。熱痛い。
この話は逆効果でしたか!?
っていうか、とっちかっていうとその怒りや悲しみは夕月さんの尻にぶつけて欲しい。
「あぁあ!あぁああああっ!」
もう悲鳴しか出ない。痛い痛い泣きそう!
「僕ね、今日、すごく心配して一生懸命探してたんだよ?」
そんな時に兄貴に言われた。悲鳴以外を頑張って出すしかない。
「ふぁぁっ!おっさんだろ!?だから、言ってるじゃん!
わ、悪かったよ!夕月さん、巻き込んで!くっ、だから許し……」
「何言ってるの?僕が探してたのは君だよ」
「へ!?」
「僕、健介君のお兄ちゃんなんだよ?健介君がいなくなったら、心配するよ。
予告されててもね。もちろん先生の事も心配だったけど……ねぇ健介君ってさ……
僕に大切に思われてる自覚ある?」
「…………」
「無いね」
ビシィンッ!バシィィンッ!バシィィッ!
無言を否定と取られたらしく、さらに痛い平手打ちが俺の尻に!
酷い!あんな事、こんな時に言われたら戸惑うに決まってんだろうが!!
だから俺は急いで反論した。
「かっ、勝手に決めんなぁぁぁ!!あるぅっ!あるよ、あぁあああっ!!」
『る』が、あまりの痛みに言えなかった。代わりに泣き声になってしまった。
「わぁあああああん!!」
「だったら、どうしてこんな事ができちゃうんだろう?」
「やめ、やめてぇっ……ふっ、うわぁぁぁん!!ごめんなさぁぁぁい!」
だんだんと兄貴の声が冷たくなってくるのが不安だ。
俺は今、よっぽど気合いを入れないと痛いから泣き叫ぶ事しかできなくなってると言うのに。
バチィンッ!バチィンッ!バチィンッ!
「だって!だってだってぇぇっ!だってぇぇぇっ!わぁああああん!
(俺だって!兄貴に大切にしてもらってる事くらいわかってる!そりゃ、兄貴は
いつも優しいからちょっと甘えて自分勝手に振る舞ってしまうこともあるけど!
でも本当は、兄貴が俺の事、本当に大切にしてくれてるって、考えてくれてるって、分かってんだよ!)」
気合かMPが足りて無いらしく『だって語:※()内訳』になってしまった。
兄貴には血縁の力でぜひとも伝わっていて欲しいけれど。
「はぁ……」
うわぁぁあため息つかれてる!これ不安だ!伝わったかすっごく不安!
「ごっ、ごめんなさぁぁい!うぇぇぇっ!ごめんなさいぃ!うわぁああああん!」
さっきから何度も言っているけれど、尻の痛みが限界点突破しているので、俺は祈った。
今の俺の気力では、長文で想いを伝えるのは無理だ。
だから、伝わって欲しい!「ごめんなさい」という6文字に込められた俺の想い!
バチィンッ!バチィンッ!バチィンッ!
「うわぁあああん!ごめんなさいぃぃ!もうしないぃ!ごめんなさいぁぁあああん!」
ほら『もうしない』も付けたぞ+5文字だぞ!伝わってくれ!
でないと俺の尻の痛みがヤバいレベルに!なぁ、伝わってくれるよな?!分かるよな!?
だって、アンタ俺の……
「お兄ちゃぁぁぁぁぁん!!」
「はい」
「!!」
これは“分かった”の『はい』だ!
兄貴は手を止めて、俺を抱き起こしてくれた。
「痛かった?もうお兄ちゃんに心配かけないでね?」
「……あ」
兄貴は泣きそうな顔で笑っていて、俺はその顔を見た瞬間、
心の底から申し訳なくなってしまった。
尻の痛みのせいじゃない涙が溢れてくる。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさぁぁぁい!」
何回も何回も言った言葉と共に兄貴に抱きついてしまった。
そして、ちゃんとした言葉で俺の気持ちを伝えたかった。
「お、俺ッ……ぐすっ、兄、に、ひっく、大 にし ぇっ、 わ  ってぇぇぇっ……!!」
「うん。大丈夫……分かってる分かってる……」
全然ちゃんと言えてないのに、兄貴はそう言って俺の頭を何度も優しく撫でてくれる。
兄貴はすごい。本当にすごい。

(俺、兄貴の弟で良かった……)

心からそう思った。




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【作品番号】US19a

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