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僕は、伯父さんの言葉に頷いた。
だって、そうするしかないと思ったんだ。
お母さんは僕の事、『要らない』って言ったんだから。
思い出したらまた悲しくなって、伯父さんに縋りついて思いっきり泣いた。
「お母さん!!お母さん!お母さ――――ん!!うわぁああああん!!」
「伯父さんと伯母さんが、絢音のお父さんとお母さんになるから。もう泣かなくていいんだよ……」
「うわぁああああん!!」
伯父さんがずっと僕に語りかけてくれていた。

こうして僕は、伯父さん一家に引き取られる事になった。
おばあちゃんも納得してくれて、それどころか、僕に泣きながら謝ってくれた。
「もっと早く伯父さんのところに預けていれば、絢音を傷つける事も無かった」って。
僕は首を振った。おばあちゃんは何も悪くない。もちろん、お母さんも悪くない。
きっと誰も悪くないんだ。

伯父さん一家は、本当に僕に優しくしてくれた。
伯父さんと伯母さんは僕を本当の息子の様に扱ってくれた。
美味しいご飯を作ってくれて、ちゃんと学校に通わせてくれて、
お母さんの事を思い出して泣いたら、ずっと傍にいてくれた。
七美お姉ちゃんは僕を本当の弟みたいに扱ってくれた。
僕が学校で誰かに虐められてないか、悲しい思いをしてないかといつも心配してくれていた。
いつも明るく僕を引っ張ってくれた。僕が悩んでいたら、一生懸命話を聞いて勇気づけてくれた。

だから、伯父さん達と暮らした日々は、お父さんとお母さんが生きている時と同じくらい幸せだった。

そうこうしているうちに、僕は中学生になって、高校生になって……
高校卒業後は、執事学校に通う様になった。
僕は確かに執事学校に行きたかったけど、本当は早くこの家を出て働くつもりだったんだ。
だって、執事学校はどこも学費が高い。これ以上伯父さん達に迷惑はかけられない。
親戚って言っても、本当の息子でもない僕がいつまでも伯父さん一家にお世話になれないと思ってた。
けど伯父さん達は僕の気持ちなんて見抜いてて、
「絢音の為なら、お金なんていくらでも出す。だから絢音の行きたい学校に行きなさい」って伯父さんが。
伯母さんも七美お姉ちゃんも同じ事を言ってくれた。
特に七美お姉ちゃんはすごく一生懸命僕を説得してくれた。
僕は涙が出るほど嬉しくて、ありがたく執事学校に通わせてもらった。
伯父さん達の恩に報いるために、一生懸命勉強した。
けど……卒業間近になった冬の日……

「伯父さん達に何て言おう……」
日も沈んで暗い中、通っている『ジーニアス執事学校』の帰り道、半泣きになりながら当てもなく歩く。
家とは違う方向に。
僕は一生懸命勉強した。それは嘘じゃない。だから学力はトップクラスだった。
けど、実技が壊滅的にダメだった。僕は本当に不器用な上に本番に弱くて……
成績は実技が重視なのに。
そして今日、進路の事で先生に言われたんだ。
『お前の成績では斡旋してやれるところが無い。
うちも名門だから、あまり名家から外れたところに生徒をやるわけにはいかない。
ご主人様の家柄関係なく、どうしても執事がやりたいなら、先生と一緒に受け入れてくれる所を探そう。
学校としては斡旋できないんだ。でもな鷹森、普通の企業に就職する方向も考えてみないか?
どちらにしても、ご両親とよく話し合って……』
あとはよく聞いてなかった。
結局、僕の実力では『ジーニアス執事学校』の卒業に見合う勤め先が無いという事だ。
バカ高い学費をドブに投げ捨てたも同然。
この事実を知ったら伯父さんはどう思う?伯母さんは?七美お姉ちゃんは?
(きっとガッカリされる。お金を無駄にしたって思う。嫌われたらどうしよう?そしたら最後は……)
頭の中に、最悪の展開がよぎった。
(見捨てられる?)
考えた途端、寒気がした。とてつもなく怖くなった。
いてもたってもいられなくて、持っていた携帯電話で電話をかけた。
人間ってパニックになると本当にバカな事をするものだ。僕が電話したのはお母さんの実家だった。
『はい、染井です』
「お母さん!僕だよ!絢音だよ!」
『絢音君?どうしたの?お父さんやお母さんは元気?』
電話に出たのはお母さん。お母さんには何を言っても無駄だって、分かってるのに。
「お母さんが僕のお母さんだよ!ねぇ、助けてよ!僕、もうダメなんだ!!」
『どうしたの絢音君?お母さんと何かあった?急に言われても叔母さん分からないわ……』
「お母さんお願い!助けてよ!僕の事思い出してよ!お願い……!!」
バカみたいに必死に、お母さんに縋った。でも、上手くいくはずなんかなかった。
『ごめんなさい絢音君。叔母さん本当にどうしていいか……今、こっちのおばあちゃんに代わってあげるから』
お母さんは逃げるようにそう言って、次に聞こえたのは本当におばあちゃんの声だった。
『ど、どうしたの絢音?!急にかけてきて……鷹森の伯父さんに何かされたの!?』
おばあちゃんの言葉を聞いて、一気に僕の頭は冷静になった。
そっか、僕がしっかりしなきゃ、伯父さんが悪者になっちゃう。そんなのは嫌だ。
僕はなるべく何でもない風に言った。
「ううん、何でもない!ちょっとお母さんの声が聞きたくなっただけ!心配かけてごめんね、おばあちゃん!」
心配そうなおばあちゃんを宥めて、電話を切った。
本当に何でもない。伯父さん達は優しい。悪いのは全部僕。
でも、これでまた一人になってしまった。
寒くて、心細くて、泣きそうで、なのに、誰に縋っていいか分からなかった。
「お父さん……!!」
無意識にお父さんを呼んだ。空を見上げて、真っ暗な中にお父さんを探した。
「お父さん助けて……!!」
空に向かって叫んだ。小さな声しか出なかったけど、僕はお父さんに叫んだ。
そしたら何故かすごく安心して……お父さんなら助けてくれそうな気がして……
(そうだ、お父さんの所へ行こう。お父さんなら、僕の事見捨てたりしない!)
それがどんなに無茶で愚かな行為か僕は分かってたはずなんだけど……
足は吸い寄せられるように近くの古いビルに向かっていた。
階段を上って、どんどん上って、屋上に出て。
ずさんな管理だったのか鍵はかかって無かった。柵もちょっと無理すれば乗り越えられそうだ。
僕は下を覗いてみた。結構高い。少し怖くなった。
「……あ、伯父さん達にはお世話になったし、最後に何か挨拶くらいはしていかないと」
一人で呟いて、もう一度鞄から携帯電話を取り出す。
直接話す勇気は出なかったから、メールで文章を作ってみた。
『伯父さん、伯母さん、七美お姉ちゃんへ
今までお世話になりました。優しくしてくれてありがとうございました。
僕は伯父さんと伯母さんと七美お姉ちゃんが大好きです。
これ以上、皆に迷惑をかけて生きていく事はできません。
だからお父さんの所へ行きます。ごめんなさい。でも、これで迷惑はかけることはありません。
さようなら。僕の事は忘れて、どうか幸せに生きていってください。
                                              絢音』
自分で作った文章を見て、涙がこぼれた。
死ぬのが怖いからか、伯父さん達に会えなくなるからか、分からなかったけれど。
「……こんなんでいいか」
意を決して、送信ボタンを押す。画面に「送信完了」の表示。
伯父さんと伯母さんと七美お姉ちゃんのアドレスに一斉送信しておいた。
皆もう家に帰ってくつろいでる頃だろうからきっと大丈夫。
僕はボロボロ泣いていた。でも、ここまできたらもうやるしかない。
「早く死ななきゃ。僕はもう死ぬしかないんだ!」
自分に言い聞かせて、止まらない涙を乱暴にぬぐって、僕は柵から身を乗り出してみる。
「……!!」
高い怖いっていうか絶対落ちたら痛い!!
持ち前のヘタレッっぷりを発揮してしまって、一度踏みとどまる。
もう一度地面に立って、柵を持って目を閉じて深呼吸。
(落ち着け、落ち着け……この高さなら落ちたら即死。痛くない、絶対痛くない。
しかも落ちてる間に意識失うって聞くし……怖くない。お父さんも待ってる。全然怖くない)
飛び降りるために心を落ち着ける。
さぁ、もう一度!今度はもっと足をかけて……無理しなきゃ柵は超えられない!
「くっ……!!」
どうしても体に力が入らない。
胸を乗り出すと身体の力が抜けて、地面に降りてしまう。足も、かけようとしては下ろしを繰り返して。
「どうして!?お父さんの所へ行きたいのに!!痛くない!怖くもない!
何で!?どうして飛べないんだよ!!?」
喚きながら独り相撲して、何度も柵につっかえて、そんな事を繰り返していたら
終いに地面にへたり込んでしまった。
情けなくて悲しくて、座り込んだまま泣いた。
「できない……怖い……死ぬの怖いよ……でも死にたいよ……」
死にたい怖い苦しい悲しい。色んな感情に押しつぶされそうになって、どうしていいか分からなかった。
(どうしよう……でも、家には帰れない……
まだ時間はたっぷりあるから、夜が明けるまでには飛び降りて……)
時間を確かめるためだと思う。無意識に携帯電話を開いた。
「わっ!?」
携帯電話は着信していた。伯父さんから。
僕はバイブも音も切ってたから気づかなかったけど、今画面を見て気付いた。
けど、出る勇気は当然ない。ずっと画面を見続けるけど、なかなか切れない。
着信し続ける画面を見ていると、伯父さんに必死に呼ばれているようで……
けれども、僕は出なかった。目を閉じて、切れてくれと願った。
(あ……)
切れた。でも、5秒後ぐらいにまたかかってきた。そしてなかなか切れない。
30秒ぐらい画面を見つめていたけど切れない。
僕はだんだん電話に出たくなってきた。でも、今出て何を言えばいい?
考えていたら切れた。でも、5秒後ぐらいにまたかかってきた。またなかなか切れない。
(伯父さん、僕を探してるんだ……言わなきゃ。ちゃんと、お父さんにところへ行くって……)
このままじゃ伯父さんはずっと僕に電話をかけてくる。僕もそれが気になっちゃう。

どうしよう、僕……


【選択肢】

電話に出る

電話に出ない