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妖怪御殿のとある一日 引っ越し後9
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『お父様!!お待ちしてました!
ねぇ、今日もご本読んで下さい!立派な王様になるためにお勉強しないと!
大きくなったら王様になって、“お部屋”の外に出られるんですよね!?』
『ああ、そうだとも。誉が勉強熱心で嬉しいよ。お前はいい王様になれるな』
『はい!お父様に負けないような、立派な王様になります!!外に出るの楽しみだなぁ!!』


『お父様!あぁ、良かった!今日は来てくださらないのかと思いました!
あの、新しい本が欲しくて!ここにある物は読み終わってしまって!
私は……頑張りますから!きっと、お父様に恥じない立派な王になります!!』
『ありがとう誉。楽しみにしてる。すまない、最近忙しくて……』
『いいんです!お父様もいろいろ大変でしょうし!
あ!できれば、次も外の事が勉強できる本がいいです!もうすぐ、私、大人、ですよね?
もうすぐ、“部屋”の外に、出られるんですよね?』


『……お父様?最近お忙しそうですね?どうか、ご無理はなさらないでくださいね……。
それとあの……私、そろそろ皆に顔合わせでもさせていただけないのでしょうか?
もう十分、大人になったと思いますが……』
『済まない誉、もう少しだけ待ってくれないか?必ず、必ず出してやるから……』
『(この前も、そう言ったくせに……)』


『……あ。何だ。来たんですね。私の事など忘れてしまったと思ってました。
でも、来てくださったという事は……今日こそ“ここ”から出していただけるんでしょうかお父様??』
『誉……、済まない忙しくて……まだ、もう少し時間がかかるんだ。だから、でも必ず……』
『嘘をつけ!!もう信じない!!そう言い続けて、一生ここに閉じ込めるつもりだろう!?
人間の子に王位を継がせる気なんか無いくせに!!外に出す気もないくせに!!私が!ここで死ぬのを待ってるんだろう!?
出せ!!今すぐ出せ!!ここから出せぇぇぇっ!!助けて!誰か!誰か助けてぇぇええっ!!』


『……お、お父様!!良かった!良かった!嫌われたかと思った!!
ごめんなさい!この前は、ワガママを言ってごめんなさい……!
もう、出たいなんて言わないから、いい子にしますから、見捨てないで下さい……!!』
『誉……!!お前を嫌いになったりするものか!済まない、なかなか来られなくて不安にさせたな?また来るからな?』
『……(……どうして、“檻”の中に入ってきてくださらないんですか?)』


『お父様!!お父様!!いらっしゃらないんですか!?
何だか、体が変なんです!青い、痣みたいなものが、消えなくて!!
お父、さっ……ゲホッ、ゴホッ、お、お父、様……!!誰、か……!!』


『(……もういい、分かってる……死ぬから、もう死ぬから。静かにしてくれ……眠れないだろうが……)』


『……なん、だ……今頃……はは、死んだか……確認、しに来たのか?
分かった、よく分かった……お前は、ずっと私の事が……疎ましかったんだな……』
『違う!!違う誉!!あぁ、こんなになって!!済まない!
呪いを解く方法を探していたら!!待ってろ、絶対助けて……』
『ふふ……だが、残念……こんな檻の中で、死んでやるものか……こんな所で……死ぬくらいなら……
せめて、最期に、ここから、出て死んでやる……!!』
『誉……!?』
『信じてたのに……!』


******************


ここは妖怪御殿……ではなく、神王の一人、和の住む城。
帝がこの前の約束通り、和の城に連れてこられたのだった。
和に連れられた帝=誉と対面した、王妃の更が、緊張気味に恭しく頭を下げる。
「誉様……!!よくぞお越しくださいました!王妃の更と申します……!!
どうか、これからもよろしくお願いいたします……!」
「……何だ。どんな売女かと思ったら。地味な女だな。桜太郎の方が百万倍清楚で可憐だ。罵る気も失せた」
「こら、誉……!!済まない更……」
冷ややかに更に言い放った誉を和が叱る。更は、オドオドしつつも首を振って笑った。
「い、いえ。大丈夫です……誉様に、認めていただけるように……身なりに気を付けますね?」
「お前、義理の息子相手にヘコヘコして王妃としての威厳ゼロだな?」
「誉!!」
またしても誉が更を委縮させたところに、元気よく駆け寄ってきたのが……
「お父様!!……あら?お客様ですか?ごきげんよう」
「!!」
笑顔の尊を見た瞬間、誉の顔が硬直する。そして、尊を睨みつけて喚いた。
「何だこのチンチクリン!前言ってたお前らの娘か?!うちの姫の方が百万倍可愛いわ!!」
「まぁ失礼な方ね!!お父様!!どなたですか!?」
「……この前話した、お前の兄だ」
「えぇっ!?」
驚く尊から、誉は不機嫌そうに顔を逸らす。
「安心せい!余はお前を妹とは思っておらんからな!」
「……あら、私は兄がいると分かって嬉しくて……貴方に会えるのを楽しみにしていましたのよ?
会えて光栄です、誉お兄様」
「えっ、はぁっ!?気安く呼ぶな!!」
「誉ぇぇぇ……」
ひたすら周りに暴言を吐き続ける誉に、和は怒りを堪えつつ参ってしまっている。
尊の方は何を言われても笑いながら言った。
「兄妹のよしみで一つ忠告いたしますわ、誉お兄様。
お父様の事、あまり怒らせると……お仕置きされてしまいますよ?
特にお母様を悲しませたりしたら、後が怖いからお気をつけて」
「そ、そんな……!!私は何も……大丈夫です、和様……!!」
更が不安そうに和を見て、誉も和の袖を引っ張って怒鳴る。
「おい!どうなってるんだお前の娘!!全然躾がなってないじゃないかクズ!!」
「本当、お父様って息子の躾が下手だったのね。初めて知ったわ。腕を上げた方がいいですよ!」
「……そうだな……私も、改めてそう感じた……」
二人の子供達に責められつつ、和はますます怒るに怒れない顔で参っていて。
それでも気を取り直して、促す様に誉の肩を押した。
「更、尊。私は誉と話があるから、後でまた誉を連れて来る。行こう誉」
「はい、誉様……ごゆっくり」
「後でまたお話ししましょうね、誉お兄様!」
「うるさいわ妾と妾腹の分際で!話が済んだら即帰ってやる!!」
「誉!!少しは言葉に気を付けなさい!」
「黙れ!余は妖怪だ!神の王妃だろうが姫だろうが媚びへつらわんぞ!」
「そうじゃない!あぁ、全く……!!」
和と誉が言い合いながら立ち去っていくと、尊はホッと息をついて言う。
「……驚いた。もう!お兄様が来るなら言ってくだされば!
もっと可愛いドレスを着てお迎えしたのに!!」
「本当は別の日だったんだけれど……誉様が“どうしても”って、急に日程を今日に変更なされたから……」
「えぇっ!?とってもワガママなのね!」
驚く尊に、更はオロオロしながら会話を続けた。
「悪く思わないであげてね?和様に色々無理を言って、反応を見ていらっしゃるんだと思うの……
きっと誉様なりに、和様の気を引こうとなさっているんだわ……」
「別に悪くなんて思わないわ。悪いのは、誉お兄様に寂しい思いをさせたお父様だもの」
「尊……和様だって……」
「だから!お父様には、もっといいお父様になってもらって、誉お兄様と一緒に可愛がってもらうのよ!
それで、誉お兄様と仲良くなって、立佳様と兄妹トークするの
笑顔でそう言う尊に、更も安堵した笑顔になる。
「……そうね。……でも、尊も、あまり和様にワガママを言わないであげてね……?」
「わ、分かってます……後で誉お兄様にも言ってあげてくださいな」
「えっ!?そんな、私ごときが、馴れ馴れしい……でも、私も誉様の母親になる覚悟なら……がっ、頑張ります……!!」
「……えーっと、無理はしなくていいからねお母様?あ、でも誉お兄様は男の人だけど平気そうなのね?」
「和様の子……だからか、平気なの……良かった……」
ほんわりと笑う更に、尊も笑顔を返して……


一方の和と誉は廊下を誉の部屋に向かって歩いていた。
「さて、私の部屋で話そうと思ったが……その前に、久しぶりにお前の部屋を見ていかないか?」
和の言葉に、表情を凍てつかせた誉が暗い声で答えた。
「……嫌がらせか?あそこには行きたくない。大体、部屋じゃなくて檻だろうが」
「いや、お前の“部屋”だ。ぜひ見て欲しい。どうしても、嫌なら無理にとは言わないけれど……」
「…………」
誉は返事をしなかったものの、黙って和に付いていく。
やがて……かつての自分に部屋の前に来て、愕然とした。
「!!」
一目見て、違いが分かった。
誉の部屋と部屋の外を隔てていた物……装飾の入った鉄格子が、きれいさっぱり無くなっていた。
「あ……何っ……い、今、更……!!」
「誉……本当に、今までずっと、済まなかった……!!」
和の言葉と同時に、誉はその場に崩れ落ちる。
そして、悔しそうに床に爪を立てて、拳を振り下ろして、泣き喚く。
「今更!今更ッッ!!やっぱり、嫌がらせか!!
何で、もっと早く!!もっと早く……もっと、早くぅぅうぁああっ……あぁああああああ!!」
床に泣き崩れる誉に寄り添うように、和も腰を落とす。
誉の大きく震える肩を抱いて、涙を浮かべながら謝罪する。
「今のお前を見て、自分の罪深さが、改めてよく分かった……!
本当に、私はお前を、長い間酷く、苦しめて……許してくれ……!!」
「う゛うるさい!!薄っぺらい言葉を並べおって!!本当に悪いと思ってるならもっと誠意をこめて謝れ!!
土下座しろ!今この場で地面に這いつくばって詫びろ!!」
大泣きしながらそう怒鳴った誉に、和は躊躇することなく土下座した。
心の底から、誉に謝っていた。
「本当に悪かったと思ってる!!いくら謝っても許されないくらい!けれど、私はお前とやり直したいんだ!!
頼む、許してくれ!もう一度だけ、お前の父親になるチャンスをくれ!!本当に、済まなかった!!」
一方、本当に土下座された誉の方は、一瞬驚いていたものの……困惑しながらも嘲る様な笑顔を浮かべた。
「は、はは……!!神の王ともあろう者が……無様だな……愉快、愉快……!!おい、気分はどうだ?」
「…………」
けれど、じっと土下座で頭を下げている和を見て、また泣き喚き始める。
「……バカ、か?……いつまでそうやって……やめろ!もうやめろ!!プライドがないのかドクズ!!」
「……許してくれるのか?もう一度、私の息子になってくれるか?」
「嫌だ……嫌だ嫌だ!絶対に許さない!!お前なんか、父親じゃない!!一生恨んでやる!!」
ひたすらボロボロ涙を流しながら、頭を抱えるようにして首を横に振る誉。
顔を上げた和も涙を拭って辛そうにしている。
「……そうか。やはり、許されないか……覚悟はしてたが、とても、悲しいものだな……」
「なっ……何すぐ諦めてるんだ!!お前の真剣さはその程度か!?この根性なしドクズ!!」
「いや、諦めたというか……許されるなら何度でも土下座するつもりだが……」
「土下座はもういい!!お前、土下座が好きなのか!?実の息子に土下座するのが好きとかお前はドマゾか気持ち悪い!!」
「分かった。なら、別の方法で私の誠意を示そう。諦めたくないからな」
「な、何を……気持ち悪いのはよせよ!?余の靴を舐めたりしたら、今度こそ一生絶縁してやるからな!?」
身構えた誉を、和は正面から強く抱きしめる。
「誉、お帰り……!もっと早くこうしてやれば良かった……!!」
「!!」
呆然として固まる誉。
和は今までの想いをぶつけるように、言葉をかけ続ける。
「愛してる!!……お前がいなくなってから、一日たりとも忘れた事なんかない!!
ずっとお前の身を案じてた!!もっと、しつこく呼び戻せばよかった!
拒絶されても強引に会いに行けば良かった!何度も迎えに行けばよかった!
済まない誉……許されなくても、信じてもらえなくても、
私はお前を、生れてから今まで、これからも、ずっと愛してる!!
私の、大事な息子……!よくここへ戻ってくれた!ずっと、この瞬間を待ち望んでいたんだ!
本当に、生きててくれて、ありがとう……!!」
「うっ、う……!!嘘だ……!!」
誉の目から、また大粒の涙が流れ出す。
動けない体を必死に捩って泣きながら叫んだ。
「嘘だ!嘘だ!!この前!お前は余が殺されない条件が“王位を継がせない事”と“存在を表に出さない事”だと言った!
なのに、さも檻から出られるかのように!王位を継がせるかのように、ずっと余を騙して!!」
「周りを説得してお前に王位を継がせるつもりだった!部屋から出してやるつもりだった!
“前例が無いだけで、きっと人間との子でも、周りを説得できれば王位を認められる”と更も後押ししてくれて……!!
私の力が及ばず……!お前を裏切ることになって本当に、申し訳ない事をした……!!」

「全然、余に会ってくれなかったじゃないか!!」
「忙しかったんだ!本当に、それだけだった!でも、もっと時間を作れば良かった!
寂しい思いをさせて済まなかった!」

「呪いにかかった時も、来てくれなかった!!」
「途中までは知らなかった……!知ってからも、呪いを解こうと必死になって!方法が全然見つからなくて!
まさか、あんな事になっていたなんて……!本当に一番辛い時に、支えてやれなくて、何て詫びたらいいのか……!!」

「人間の世界に行った時!!追いかけて来なかっただろう!」
「家臣に引き留められて……お前に、完全に嫌われたかと思って……お前がもう助からないと思って絶望した……!!
でも!関係なかった!追いかければよかったんだ!!弱かった私を許してくれ……!!」

「酷い事たくさん言ったのに!!悪口も、ワガママも、言いまくって!無理な事ばっかり言った!」
「そのぐらいで息子を嫌う父親がいるわけないだろう!!いつかお前とやり直せると信じてたから、何ともなかった!!」

「これからもお前を罵るし、無理難題を吹っかけるぞ!?急に可愛い息子になんてなってやらないからな!?」
「あぁ、好きにしろ!!お前の事はもともと可愛いと思ってるんだから!後の事はこれから父親として躾け直してやる!!」
一しきり想いをぶつけ合った二人。息を切らせながら、また誉が言う。
「……絶対、もう、裏切らないんだな……?信じていいんだな?!」
「あぁ、信じてくれ!その為に、お前と話し合いたかった!!」
「……今一度、答えろ。今度こそ、とりあえず、信じてやる……もう、言い合うのも疲れたし……」
誉は、目に涙を溜めながら不安げに和を見据えて、問いかけた。
「……まだ、余を、愛してるのか?」
「愛してる。お前を愛してなかった時なんて、一秒たりとも無い」
「うっ、あ……」
迷いない和の言葉に、真剣な和の瞳に、誉の中の何かが弾けて……和にしがみついて泣き叫んだ。
「うわぁあああああん!!ごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさい!ごめんなさい!!
お父様ごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさい!!ごめんなさぁぁい!!
うわぁああああん!!お父様ぁぁぁああっ!!あぁああああん!!」
「誉……!!もういい。いいんだ。済まなかった……」
「うわぁあああん!!お父様ぁあああああっ!!」
「また“お父様”と呼んでくれるんだな……ありがとう……!!」
「うわぁああああん!!」
子供のように縋りついて大泣きする誉を、
和も泣きながら抱きしめて、愛おしそうに撫でさすっていた。


しばらくして、誉が落ち着いて。
和にしがみつきながら顔だけ逸らして不機嫌そうにしていた。
「……おいクズ。いい加減、離れたらどうだ」
「そんなに抱き付かれていたら無下にできないな」
「うるさい。余を抱きしめてるのはお前だ。き、気持ち、悪い……」
「……誉?一ついいか?」
「は?」
声をかけられた誉は思わず和の顔を見る。
すると、和は穏やかな顔で優しく……
「これからは、私を“お前”だの“クズ”だの“変態”だの呼ぶことは禁止だ。
きちんと“お父様”と呼ぶ事。いいな?もし、言いつけを破ったら……」
「勝手に決めるなクズ」
言っていた表情が、誉のセリフで瞬時に眉間にしわを寄せた困り顔になる。
「……破ったら、お仕置きだと、言おうとしたんだが?はぁ、仕方ない。今のは見逃してやる。分かったか?」
「何だ急に?偉そうに余に命令するな!お前なんかこれからも“クズ”で十分だバカ!!」
「……“バカ”も禁止だ。誉、私を呼ぶときは“お父様”。ほら、呼んでみろ。さっきはできてただろう?」
「え?変態か?」
訝しげな誉は相変わらずの態度で、和の表情もだんだん怒りの割合が多くなってくる。
「……おかしいな。猶予は十分与えたけれど。父親が息子に“お父様”と呼ばせることが変態なら、
世の中の親子の大半は変態になるだろうが!!あぁ、“お仕置き”がどういうものか忘れたか?!
こういう事だ!このワガママ息子!!」
「ひっ!?」
自分で話している間に怒りが頂点に達してしまったのか、和が膝の上に誉を引き倒す。
着物の裾を捲って、それだけで丸出しになってしまう誉のお尻に平手を振り下ろした。

バシィッ!!
「ひゃっ!?やっ、やめろ!!離せ!何のつもりだ!!」
「だから!お仕置きだと言っているだろうが!もうお前を甘やかさないからな誉!!」
抵抗する暇も無かった誉が慌てて足をバタつかせ始めるが、
和の方は、そんな誉を怒鳴りつけながら容赦なくお尻を叩き続ける。
ビシッ!ビシィッ!!バシィッ!!
「痛っ!!はっ、離せ!!変態!変態!!」
「お前は口のきき方を全然知らないから、教育し甲斐があるなぁ?
悪い事をしてお仕置きされたら“ごめんなさい”と謝る!分かったか!?
あと何度も言うが“変態”は禁止!私を呼ぶときは“お父様”だ!」
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「うぁああっ!痛い!ふ、ふざけるな!急に威張り散らしおってクズ!
やはりお前など父親でないわ!!帰る!帰るぅぅっ!!」
「帰るのか?今日は泊まっていくと思ったのに……まぁいい。
お前がどう思おうが、私はお前にきちんと向き合うと決めたんだ。
素直に謝って“お父様”と呼べるまでは、許さないからな!」
「あぁあっ!やっ、やめろ!!やめろ嫌だ!!嫌だぁっ!!」
バシッ!バシッ!バシッ!!
誉がいくら喚いても抵抗しても、和は手を緩めない。悠長に話しながらも手を振り下ろし続ける。
「はぁ。せっかく、お前と和解できたと思ったのに、残念だ。悲しくてたまらない。
これからは、今までしてやれなかった分、たくさん叱って、たくさん甘えさせて可愛がってやろうと思ったのに」
「は!?」
「なぁ、誉?たくさん叱って、お尻を叩くけれど……素直にできたらたっぷり甘えさせてやるぞ?
嬉しいだろう?私に存分に甘えたいんだろう?私も、お前に甘えて欲しいんだ」
「んっ!うぅあっ!(な、何だ急にコイツ……!!)」
痛みで悲鳴を上げていたはずの誉が、“甘えさせてやる”に反応して、バッと赤くなる。
急に心臓がドキドキし出して、誉自身もよく分からないまま、しどろもどろになった。
「余は、別に……うぁっ!お前、なんか……!!」
バシィッ!!
「ひぁああっ!!」
強い痛みで体を跳ね上げた誉に、和が呆れ気味に声をかけた。
「何度言ったら分かる。“お父様”。難しい事じゃないだろう?
誉、やっぱり今日は泊まっていけ。久しぶりに一緒に寝よう」
「はぁっ!?なっ、な……変た……」
「ん?」
「っ、変な、事を言うな!!お前となど寝るか!くっ、汚らわしい!!」
和の威圧するような声に、思わず“変態”と言いかけたのを軌道修正してしまって、内心歯噛みして悔しくなる誉。
けれども、和の方は誉のお尻を叩き続けて真っ赤にしつつも、普通に話していた。
バシッ!バシッ!ビシッ!!
「変な意味じゃない。昔みたいに、一緒のベッドで眠ろうと言ってるんだ。
そうか……誉は、私と寝たくないか……」
「あ、あぁっ!!当たり前だ!!」
「仕方ない。じゃあ諦める。それより、反省したのか?私をきちんと“お父様”と呼ぶか??
素直に“ごめんなさい”と言う気になったか?」
ビシッ!バシッ!ビシッ!!
「あぁああっ!やっ、痛い!痛いぃ!お前!!何早々に諦めて……!!もっとガッツを……!」
「お前……??」
「あっ、やめっ……!!」
サッと血の気が引いて純粋に焦ってしまう誉。
けれど、もう遅くてまた強くお尻を叩かれた。
ビシッ!ビシッ!バシィッ!!
「うわぁあ!やだぁっ!言ってない!叩くな!叩くなぁぁっ!!」
まだ威勢はいいけれど、痛みに耐えきれなくなって誉は泣き出してしまう。
それでも和が誉を許すようなそぶりは無かった。余裕ありげに誉をからかっている。
「誉はもしかして……甘えるより叱られる方が好きか?」
「ンなわけないだろうがぁぁッ!!お前本当にいい加減にしろよ!!
急に!急に強気になりおってサディスト!!そうだ!サディスト!変態め!本性を現したな!!」
誉の方は涙目で反論しながら必死に、体や、真っ赤になったお尻を揺すって逃げようとしているけれど、そうもいかなくて。
和に叩かれながら会話させられていた。
「本性というか……お前の父親だしなぁ?」
「余は母親似だ!!」
「穂摘はそんなに口が悪くなかったし、素直で優しい女性だったぞ?
お前が素直ないい子になったら、お母様も喜ぶだろうな」
バシィッ!ビシッ!バシンッ!!
「うわぁああん!母親の話なんか今関係ない!!もうやめろ!!
痛い!可愛い息子が!痛いと言っておろうが!」
「可愛い息子が言う事を聞かない上に、きちんと謝れないから、
お仕置きし続けなければならないんだろう?」
「やだぁあああ!!もう無理だ!!離せ!ぬぬぅぅ!!」
「そうか。ぬぬ殿にも、“誉を甘やかすな”と言っておかないと……」
「わぁああああん!余計な事言うなぁっ!!
ぬぬはただでさえ今、余の尻を平気で叩くし偉そうなんだぁっ!!」
「なら、安心してお前を任せられるな」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
しばらく必死で言い返していた誉も、すでに赤くなっているお尻を叩かれ続ける痛みに
耐えられなくなってきたらしく、だんだん泣き声が大きくなってきていた。
「うわぁああん!痛い!痛い!もういやだぁっ!やだぁああっ!!」
「誉、いつになったら“ごめんなさい”するんだ?
早く皆とお茶でも飲みたいだろう?意地を張るんじゃない」
「わぁあああん!!お前なんかに謝るかぁぁぁ!!」
「……まだ足りないのか?このままだと本当に性癖を疑うぞ?全く……」
和が手を振り下ろす気配に、誉はとっさに叫ぶ。
「ひっ……うぁあん!!やめてぇ!お父様ぁ!!」
「!!……誉……そう。それでいい」
和に頭を撫でられて、誉は真っ赤になりながら頭を振っていた。
「いっ、今のは!口が滑って……!!なっ、撫でるな!!」
「口の滑りがいいうちに言ってしまえ。ごめんなさいは?」
バシッ!!
「っ、う……!ご、ごめんなさい……!!」
「きちんと“お父様”と呼ばないと、またお尻を叩くからな?」
「偉そうにするな!離せ!」
「……もう少し素直さがあればいいんだが」
促す様に叩いて、やっと謝った誉。
和は誉の体を起こしてまた頭を撫でる。
「今後はもっと、早く謝れるように頑張るんだぞ?」
「う、うるさい!!撫でるな!だ、抱きしめるな!気持ち悪い!!」
「……あと、しがみつくならもっと嬉しそうにしてくれると私も、嬉しいんだが……」
「おまっ……お、お父……様が、抱きしめてるんだ!余のせいにするな!」
意地でも自分がしがみついている事実は否定する誉に和の方が折れて笑う。
「そうだな……今まで、ずっとこうしてやりたかったんだ。もっと抱きしめさせてくれ」
「し、仕方ないな!哀れだから許してやる!余の寛大な心に感謝するがいい!」
「ありがとう誉。申し訳ないから、今日一緒に寝るのは我慢しよう」
ここで、思わぬ反撃にあった誉が一瞬目を丸くする。
その後で慌てて視線を泳がせ始めた。
「は?な、う……貴様……お父様、が、どうしてもというなら……考えてやらんことも……」
「いや……私は、一緒に寝たいけれど、誉が寝たくないなら、今日はいい……大丈夫だ」
「えっ……その、別に、寝たくないなんて、言ってない……かもしれないじゃないか……」
「いやいや、誉が“一緒に寝たい”って言ってくれないと、私が無理強いするわけには……。今日は別々に寝よう」
「……あ!……う!!……」
何か言いたげだけれど、困ったように口をパクパクさせる誉。
和は笑ってしまいそうなのを堪えつつ、誉に言う。
「誉、言っただろう?私は、誉に甘えて欲しい。
私はお前の父親なんだから、遠慮なく甘えてもいいんだ」
「うるさい!!いいか!?決して!おまっ、お、お父様に!甘えるわけでは無いからな!?
今日はよく口が滑るだけなんだからな!!」
顔を真っ赤にした誉は、和を怒鳴りつけた後にあからさまに顔を逸らして……
「お父様と、一緒に寝たい……」
本当に小さな声でそう言った。その後、取り繕うように大声で怒鳴る。
「この、父親の癖に!!余の要求も分からないのか!もっとしっかりせい!」
「っふふ、済まない。一緒に寝ような」
「わ、笑うな!無礼だぞ!!」
「いや、嬉しくて……ふふっ……!」
「笑うなぁぁっ!!」
真っ赤になって怒っている誉を、いっそう愛おしく思いながら和は必死で笑いをこらえる。


その後は、皆でお茶を飲んだり夕食を食べたりした。
誉の態度はほんの少しだけマシになって、更も尊も笑顔だったので和も本当に幸せを感じていた。


――その夜。
散々、“自分ではなく、お父様が寝たいと言うから仕方なく一緒に寝てやる”という旨の主張を
20回以上繰り返してなかなかベッドに上がって来ない誉を、最終的に強引に引きずり込んで無理やり寝かしつけた和。
眠るまでは一生懸命、扱い辛い言動を繰り返していた誉だが、眠ってしまってからは和にしがみついて大人しく寝息を立てていた。
和は傍に誉を抱いている事が、涙が出そうなほど嬉しかった。
(誉……あぁ、良かった……!!今日は最高の一日だ……!!)
喜びを噛みしめながら、和は先日、妖怪御殿から帰る途中に追いかけてきたぬぬから言われた言葉を思い出す。

『誉は、口も悪いしワガママだし、父親として、躾直したい所もたくさんあると思う。
けど……それより、まず一番に、たくさん甘えさせてやって欲しい。誉は、甘えるのが下手。
だから、甘えるんじゃなくて命令してる。誉に甘え方を教えてやってほしい。
誰よりもきっと、貴方が適任。それで俺もいつか、誉に甘えて欲しい』


(ぬぬ殿……貴方の助言、きっと生かしてみせる。ありがとう……!!)

和が誉の髪を撫でると、誉が幸せそうに笑っていた。


【おまけ】

更(今度は……少し派手めの格好に衣装替えしてきたわ!これで、誉様にも気に入っていただけるかも……!)
誉「……何だお前。変な服。全然似合ってないな」
更「っ、もっもも申し訳ありません!!すぐに着替えてまいります!!」
誉「……義理の息子にヘコヘコするなと言っておろうが。……その、お、お父様が、“お父様”と呼べとうるさくて……
  お前の事も……“お母様”と呼ばされそうだ!うんざりする!!もちろん、よ、呼んでもいいんだろうな!?」
更「は、はい!!もちろんです!!誉様……!!」
誉「“誉様”というのをやめろ!!息子に“様”付けするなんてお前もドマゾの変態か!!“誉”でいい!
  あ、あ、ありがたく思え!!」
更「はい……はい!嬉しゅうございます!ありがとうございます!誉!!」
誉「あ、あと……敬語も……」
更「え……?」
誉「何でもない!!これからも余を敬うがいい!お、お母様!!」

和(私は何も言ってないのに……!誉……!!)



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【作品番号】youkaisin9

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