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妖怪御殿のとある一日 引っ越し後7
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何で?!何で何で何でどうして?!
人間の世界で目が覚めたあの時、嘘みたいに体中の痣が消えていて、
息苦しさも、幻聴も無くなって、体が楽になって……
直感的に“呪いは解けた”と思った。
呪いは解けたんじゃなかったのか……?

今また呪いが再発したのだとしたら……

嫌だ。死にたくない。

せっかく理想の家族を手に入れたのに……やり直せたのに!幸せになれたのに!!
それに、余が死んだらあのクズがこの屋敷を保っておく理由も無くなる!
大事な家族を路頭に迷わせてしまう!
待て、落ち着け。
あの時何で急に呪いが解けたのかは全く分からない……でも、もしかしたら……!

助けを。

だけど……もし、そうじゃなかったら?
それに、そうだったとして、今のあいつには娘がいる。純血の神の子。正当後継者。
助けてもらえなかったら?“これ幸い”と、見捨てられたら?

助けを。

いや、迷ってる場合じゃない。
皆の為、皆の為……余はアイツとは違う、家族を見捨てたりしない……!!

『どうした誉?!』
「…………なぁ」
『どうした?!』
「…………余の呪いを解いたのはお前か?」
『!!?いや、その……私では…………だけどっ……!!』
「…………そうか、知ってた。ドクズめ」
『待ってくれ!話を聞いてくれ!誉、お前、今体調は――』


******************


ここは月が輝く夜の妖怪御殿。
ぬぬが普段寝る部屋とは別の部屋で、ぽつんと布団の中で仰向けになっていた。
実は帝が「具合が悪い」と言って布団の中から動かず、寝る時もぬぬを追い出したのだ。
ぬぬは布団に入っているものの眠れず、微動だにしないままじっと天井を見つめながら考える。

(誉……大丈夫だろうか……?そもそも暗い中、一人で眠れてるんだろうか?
俺の枕と服を貸してあげたけれど心配。何だか様子がおかしかった……)

(ただの風邪なら一人で眠るなんて言わなくてもいいはずだ。
俺に風邪をうつすから?……なんて、そんな事はきっと気にしない。
風呂も嫌がって……誉は少々、熱があっても風呂には入るし、風呂好きだと思ってた……)

(……昼間も眠っていて、ほとんど誰とも口を聞かなかったらしい。普段からそんなに眠るタイプじゃないのに。
病気となれば、ここぞとばかりに桜太郎や恋心姫に甘えて好き勝手しそうだけど、
俺が行った時は明らかに狸寝入りだったし……)

(やっぱり心配……少し様子を見に行ってみよう)

ぬぬは布団から出て、薄明りの中、帝の部屋へ向かう。

そして、帝の部屋で。
帝はぬぬの枕にぬぬの服を着せたものを抱きかかえて眠っていた。
片手はぬぬの枕が着てる服の襟元を握っている。
ぬぬは傍に座ってその姿をまじまじと見つめながら思った。
(どうしよう可愛い……あと、良く寝てる)
そして、そっと帝の額に手を当てる。
「んっ……」
(熱は無い……?けど、ちょっと汗かいてるかも……)
「……おと……さ……とう……さま……」
(誉?)
身じろぎした帝が、そのまま辛そうに言葉を続ける。
「……けて……ど……して、来て、くれな……」
「(うなされてる?)誉?大丈夫か?」
「も……出た……て……言わ、な……ごめ……なさ……た……けて……」
途切れ途切れに繰り返す言葉が“助けて”だと気付いて、
眠りながら涙を流す帝に異常を感じて、ぬぬは慌てて帝を揺する。
「誉……誉!!起きて!」
「たす、け……こ……まま……も……死……」
「誉起きて!!」
「ぅあっ!?」
大声で叫ぶと帝は軽く跳ねあがりながら目を覚ました。
息を切らせながら目を見開いている。
「……お、お前っ……なぜここに……!!」
「心配で様子を見に来た。うなされてたけど、大丈夫?」
「う、……出て行け!!失せろ!!」
帝は起き上がって乱暴に涙を拭うと、傍にいるぬぬの体を追い出す様に押し返す。
けれどもぬぬの方は帝の押し出しに堪えつつ必死で宥めた。
「誉、待って、やっぱり今夜は一緒にいたい……!!」
「いいから!出て行け!!勝手に入って来るな!!」
「じゃあ!じゃあしばらくの間でいい!誉が落ち着くまで一緒に……」
「出て行け!!」
帝がさらに喚いて、ぬぬを追い出そうと体重をかける。
その時にぬぬは気づいた。
「!!?誉?その、足……!!」
「あっ……!!」
帝は慌てて布団の中に足を引っ込めるが、一瞬見えた痣をぬぬは見逃していなかった。
「見せて!もう一回!!」
「やめろ!!触るな!!」
帝も抵抗したけれど、ぬぬは布団を捲り上げて……
今度こそ、帝の膝から下を覆い尽くす、青い痣がくっきりと見えた。
「……これ……誉が言ってた……昔の、呪い……?」
「……っ……!!」
「……じっとして」
ぬぬは帝の痣を撫でながら、何か唱え始める。
「                        」
「ぬ、ぬ……?」
「                        」
「……」
帝がよく分からなくて黙っていると、ぬぬはしばらく何か唱えながら痣を擦って、
それが終わるとこう言った。
「……応急処置。呪いの類なら進行は遅らせられたはず。
初めて修業が役に立った。それより……」
ぬぬが微かに眉を吊り上げて帝を見つめる。
「いつから?どうして早く言わなかった?」
「う、うるさい……お前には関係な……」
「誉、あれやって。誉の得意な……部屋を封鎖して音も漏れなくするやつ」
被せ気味のぬぬの言葉に、顔を逸らしていた帝が訝しげにぬぬを見る。
「は?何で?」
「悔しいけど、夜は動きようがない。明日の朝一で動く。
だから時間もあるし、誉をお仕置きするから。騒ぐと皆が起きるかもしれない」
「なっ!?ふざけるな!そんな事するか!」
「……嫌なら別にいい。でも、皆が見に来たら誉が謝って。
“うるさくしてごめんなさい”って」
「勝手な事を……!!」
淡々としつつも有無を言わせない様子のぬぬに、帝はだんだん逃げ腰になってくる。
けれど、後ずさろうとした帝は手首を強く掴まれて引き寄せられる。
強引に抱き込まれた至近距離で、淡々と言われた。
「本当にしないんだ?皆寝てると思うけど……うるさくして可哀想。全部誉のせい」
「やっ、やめ……」
「悪い子。泣いても謝っても絶対許さない。
泣いて謝る誉に、たくさんお仕置きするの、すっっっごく楽しみ……」
「……、……変、態……!!」
「今更」
ぬぬは短くそう言うと、帝をの体を膝の上に押さえつけて寝間着の着物を捲り上げ、
裏腿を思いっきり打った。
バシィッ!!
「いったぁっ!やっ、離せ!やめろ!!何、どこ、叩いて……っ」
「……へぇ、そんな事言うなんて意外。お尻叩いて欲しい?」
「そ、そういう意味じゃない……!」
「仰せのままに。誉様」
ぬぬが冷静に言いつつも、帝のお尻を強く叩き始める。
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「ひぁっ!?やぁぁっ!やめろ!やめんか!!お前!こんな事して、後が酷いぞ!!」
帝の方はいつものように抵抗つつ、怒鳴って脅してどうにか自分優位に戻そうとするけれど
あまり効果を成していないようで
「別に後でどうなってもいい。ただ、このお仕置きが終わった後に、
誉に俺をどうにかする気力や体力は……残ってないと思う」
と、ぬぬは顔色一つ変えずに全く手を緩めない。
バシィッ!ビシッ!バシンッ!!
「んぁああああっ!痛い!バカ!あぁっ、もう、やめろ!!
分かった! 何もしない!後で何もしないから!!許してやるから!!」
「……誉……言ってる事がおかしい。たぶん、分かってないと思う」
「やぁぁっ!痛い!!もう嫌だ!!い、いつもよりぃ痛いぃ……!!」
「ごめんなさいは?」
バシィッ!ビシィッ!バシッ!!
「ひゃぁああぅ!!ごめんなさい!!嫌だぁぁっ!
痛いと、言っておろうが!もうやめてくれ!!ごめんなさい!!」
ぬぬがいつもに増して容赦なくお尻を叩くので、すぐにお尻は赤くなってしまって、
帝の方が先に音を上げて涙目になっていた。
それでも……
「うん……結構本気で叩いてるから痛いと思う。
でも、誉が泣いても謝っても絶対許さないって……最初に言った」
バシィッ!!
「嫌だ!もう嫌だぁぁっ!離せぇぇっ!!」
「動くな」
「っ!!?うっ、うわぁあああん!!ぬぬが偉そうにしたぁぁっ!!」
相変わらずのそっけない……どころか辛辣めの対応をされながらお尻を叩かれ、
帝の我慢は色々な意味で限界を超えて泣き出してしまう。
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!!
「わぁあああん!痛いぃっ!痛いって言ってるのにぃ!わぁああん!!ぬぬぅ!!
ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!!」
「俺が何怒ってるか分かる?」
「あぁああっ!だっ、黙ってたからぁぁっ!!呪いの、事、黙ってたからぁっ!
ごめんなさぁい!痛い!痛いぃっ!!」
「そう。大事な事は、すぐ言わなきゃダメ」
「分かった!分かったからぁっ!ぬぬ痛いぃぃっ!いい子になったぁぁっ!!」
「なってない」
「うわぁああああん!!わぁあああんっ!!」
バシンッ!ビシィッ!バシィッ!!
すでに大泣き状態の帝の真っ赤なお尻を平然と追撃しつつ、
ぬぬはさらに帝を追い詰めるように言う。
「誉?あんまり騒ぐと……皆が来るかも。真っ赤なお尻、見られるかも」
「う、ぁっ、うわぁあああん!嫌だぁぁっ!!うぁあああん!!」
「嫌だっても言われても……だから最初に“あれやって”って、言ったのに」
「うわぁああああんっ!」
泣いている帝がヤケクソ気味に手で空を掻くと、その場の空気が少し変わった。
余裕の無い時にも一瞬で“力”を発動できるものなのかと、ぬぬは素直に感心する。
「……今やった?器用。お見事。良かった……これで、もっともっと誉を泣かせても大丈夫」
「うぁあああんごめんなさい!ごめんなさぁぁい!!痛ぁい!もうしない!
もう隠し事しないから許してぇぇッ!!」
ビシィッ!バシッ!バシンッ!!
「やだぁああああっ!うわぁああん!ごめんなさいって言ってるのにぃぃぃっ!あぁああん!!
反省してるのに!いい子になったのにぃぃっ!!」
「……誉……ちょっとお尻真っ赤にされたぐらいで耐えられないなら、
呪いで苦しくなったらもっと耐えられないと思う」
「ご、ごめんなさい!!あぁあああん!ごめんなさぁぁい!!」
「本当に、すぐに言って。体調に関わる事は特に。誉はすぐ無茶するからダメ」
「すぐ言うぅぅっ!わ、分かったぁっ!ごめんなさいもう許してぇぇッ!うわぁあああん!!」
「約束する?」
「あぁあああああ!!約束するからぁっ!もう嫌だ!ヤダ!痛いやだぁぁっ!!」
「分かったじゃあ……あと50回」
「うわぁあああああん!!やだぁああああっ!!わぁああああん!!」
ビシッ!バシィッ!バシィッ!!…………
最後まで帝を泣かせ続けて叱り続けたぬぬ。
50回叩かれた後に解放された帝は、結局ぬぬと一緒に眠ることになって、それはもう怒って暴れていた。
布団の中で隣に寄り添うぬぬを叩く引っ張るの大暴行だった。
「うわぁあああん!痛い!痛いバカぁあああ!!」
「もう寝る時間」
「あぁあああん!痛いぃっ!!寝れるかぁぁぁっ!!」
「静かに寝て」
「わぁあああああんっ!あぁあああん!!」
平手で届く範囲をバシバシ殴られても、体や服を引っ張られても喚き散らされても、
無視してそっけなく寝るように促していたぬぬだったけれど、あまりも帝がしつこかったので
「……どこ痛い?ここ?こっち?」
「ひ、ぃっ!?」
呆れ気味にグニグニとお尻を撫で回す。途端に帝の声が震えて勢いを無くす。
「っ!や、やめろっ、あ……!」
「じゃあ寝て」
「……ぅう……覚えておれよ……!!」
悔しげに襟元をギューッと握りつつ、そこに顔をうずめるように眠った帝を見て、

(誉……絶対、助けてあげる……!!)

ぬぬはそう誓って眠った。


翌日。
ぬぬはとある人物を探して、近所の茶屋への道を急いでいた。
しかし道中、意外にもその探している人物にバッタリ出会う。
前に茶屋であった事のある男。
帝と同じ埴輪の形の冠を被っていて……何より、彼が隠しているはずの“誉”の名を知っている。
ぬぬは縋る思いでその男に声をかけた。
「貴方を探してた!誉の事……呪いの、解き方を知ってるか?!」
ぬぬの言葉に、相手の男、和も驚いた顔をして、その後必死に言う。
「や、やはり……!!あの女の子はいるのか!?一番小さい子!!
きっと、あの子が何か知ってると思うんだ!!」
「……恋心姫?いるには、いると思うけど、何故恋心姫が……」
「とにかく一緒に連れて行ってくれ!!今度こそ誉を助けたい!」
「分かった……!!」
お互い詳しい話は後にして、妖怪御殿へと急ぐ。


そして到着した妖怪御殿にて。
「誉!!」
部屋に飛び込んできたその和の姿を見て、布団で横になっていた帝はとても驚いて大慌てで拒絶する。
「!?なっ、なぜお前がここに……何をしに来た!?帰れ!今すぐ失せろ!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろう!?」
和は布団を剥いで帝の痣を確認する。
膝から下を覆い尽くす呪いの痣には辛そうに顔を歪めるが……
(膝下……まだ、どうにかなるか……?)
「……ど、どうにか、できるのか……?」
泣きそうに震える帝の声に、和は布団をかけてあげながら落ち着いた表情で答えた。
「……あの女の子に会わせてくれないか?」
「な、誰だ?桜太郎か?姫か?」
「たぶん“姫”の方だ。話がしたい」
そう言った、和の望み通りにぬぬが恋心姫を呼びに行って、
恋心姫が明るい笑顔で部屋に入ってくる。
「帝〜〜っ!お風邪平気ですか?お客さんって……あっ!」
「久しぶり。この前は、泣かせてしまって済まなかったな」
笑顔で挨拶した和の姿を見て、恋心姫が真っ青になって隣にいるぬぬに縋り付く。
「なっ、何でっ……妾の事、やっつけにきたんですか……?
帝から離れてください!!す、煤鬼……!!」
「違うんだ。話をしに来た」
「恋心姫、大丈夫」
和の穏やかな様子を見て、ぬぬにも“大丈夫”と言われ、
恋心姫も落ち着きを取り戻して……おずおずと言葉を返した。
「……妾も、その……貴方から、話を聞きたいと思っていました」
「ありがとう」

こうして恋心姫も話の輪に加わって、和が改めて恋心姫に話し始める。
「まず確認したい。今この子を侵している呪いは君の仕業か?」
「呪い……?帝、お風邪じゃなかったんですか?
妾が帝を呪うわけないじゃないですか!!変な事言わないで!」
「……じゃあ、この子が穂摘と私の子だという事は知っていたか?」
「えっ……」
「君は穂摘の名を知っていた。私の事を恨んでる風だった。
おそらく、穂摘を殺してこの子に呪いをかけた者と近しい関係にあったんじゃないか?」
「……帝が、穂摘様の赤ちゃん……?」
(反応からすると、意図的に呪いを再発させたわけではなさそうだな……だったら、助けられる……!!)
驚いて目を丸くする恋心姫に、和は帝の痣を見せるようにして再び布団を捲り、真剣な表情で言う。
「君しか心当たりがないんだ。この子が今掛かっている呪い、心当たりがないか?
きっと以前、かかったものと同じだと思う。君に覚えがあればあるいは解く方法も……!」
「ひっ!?その、痣、宝様、の……あっ……あぁっ……いやぁああああっ!!」
悲鳴を上げた恋心姫が、帝の足に縋り付いて泣き喚く。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!嫌です!!あぁ、何で!妾お祈りしたのに!!
赤ちゃん助けてってお祈りしたのに!!帝が死んじゃうなんて嫌ぁぁっ!
知らなかったんです!宝様、お願いです!連れて行かないで!!
ごめんなさい!連れて行かないでぇぇぇっ!!」
恋心姫が泣き喚いていると、煤鬼が勢いよく部屋に入ってくる。
「恋心姫どうした!?」
「うわぁあああん!!やめて!お願いです宝様!帝は関係ない!
帝を殺さないで下さい!宝様お願いです殺さないでぇぇッ!」
「恋心姫!落ち着け!おいお前!何故ここにいる!?恋心姫に何を言った!?」
「いや、私は……!!」
泣き喚く恋心姫を寄り添うように抱きしめる煤鬼に問い詰められ、慌てる和。
そんな状況下で、帝はのんびりと恋心姫に声をかけた。
「これこれ、姫よ?ひ〜〜め?大丈夫。余は死なん。
大体、そんな足に縋り付いて泣き叫んだぐらいで呪いが解けるわけなかろう?」
「う、ぇっ?」
「ふふふ……そうだなぁ、姫の可愛い舌で一生懸命、足を舐めてくれたら解けるんじゃなかろうか?」
「っ??……や、やってみま……」
キョトンとした恋心姫が帝の足に顔を近づけるのを、慌てて煤鬼が引きはがす。
「恋心姫やらんでいい!!帝!からかうな!」
「やや、バレたか!残念残念♪」
そう明るく笑った帝が、そのまま和を睨みつける。
「おいドクズ。説明しろ。何で余の可愛い姫がお前と因縁ありげなんだ?
お前はこの呪いの何を知ってる?」
「あぁ。すべて話す」
和は一旦目を閉じて、優しく恋心姫に声をかけた。
「ココノ姫……と、いうのかな?
誉が今と昔、かけられた呪いは、“死の呪い”。術者の強い恨みと、命の代償を必要としたかなり強力な呪いだ。
解く方法は“術者が呪いを解く事”……だが、呪いをかけた時点で術者は死んでいるわけだから、
実質呪いを解くことは不可能……私はそう認識してる。けれど、誉の呪いは確かに一度消えた。
君が解いたと、そう思っていいか?」
恋心姫は和に警戒した様子で質問に答えた。
「妾は……“穂摘様の赤ちゃんを助けて下さい”って、一生懸命お祈りしただけです。
宝様が自分で命を絶って、呪いをかけて、穂摘様の赤ちゃんを殺そうとしていた事は知っていたから……」
「その“宝様”というのは、もしかして……穂摘が言ってた恋人かな?君は彼とどういう関係だ?」
「妾は宝様の身代わり人形です。わ、妾がもう一度お祈りしたら帝の呪いは解けますか!?
でも……さっき心から、解けてほしいと思ったのに!!」
「“身代わり人形”……術者の分身……術者と同じ扱いになって呪いが解けたのかもしれない。
けれど、呪いは再発した。おそらく、術者と近しい君の“恨み”に反応して。
君が私を心から許してくれないと、呪いは解けないだろう」
「貴方の事なんか、もうどうでもいいです!!許してあげます!!
だ、だから!帝の呪いを解きたい!!妾、解きたいのに!!本当なのに!!」
また、喚いて涙を流す恋心姫を和は優しく宥める。
「落ち着いて。君はこの前、私が本気で穂摘様を愛していたのなら、
今も変わらず愛しているのなら、謝りたい、と言ってくれた。
私が昔も今も本気で穂摘を愛しているなら、許してもらえるのだろうか?
だとしたら、確実に許してもらえる自信がある」
「!!……」
恋心姫が息を飲む。
和は覚悟を決めたように言った。
「穂摘と私にあった出来事を全部話そう。
私は穂摘を愛している。彼女が、死んでからも忘れた事なんて一度も無い。
きっと、信じてもらえる」
「……聞かせてください」

こうして、和が昔の事を話し始めた。

――私と穂摘が出会ったのは、私がふらりと人間の世界に降りた事がきっかけだった。
山の中で、本当に偶然出会って。
私は“人間”を初めて見たけれど、私達と変わりなくて……それどころか、穂摘をとても美しいと思った。
とても興味を引かれて、話しかけてみた。穂摘も驚きながらも私と話してくれた。
私は自分の事は話さなかったけれど、穂摘は近くの集落に住んでいると言っていた。
自分の事を全く知らない相手だからか、気負わずに話せてとても楽しかった。
また会いたい、また話したいと……強くそう思った。

それから、隙を見ては同じ場所へ、穂摘に会いに行った。
穂摘も同じ場所で私を待っているようで、何度も私と話してくれた。
何度話しても、何を話しても、とても楽しかった。
いつも帰るのが惜しくなった。
「また来る」と、自分に言い聞かせるように言って、帰った。
もうこの頃には、私は完全に穂摘に惚れていたんだと思う。
人間の女を妃にするのは許されるのだろうかと、ぼんやり考えるようになった。

ある日、我慢できなくなって穂摘に、自分が神である事を打ち明けた。
それと同時に穂摘を愛している事も、自分の妃になって欲しい事も伝えた。
穂摘はすごく驚いて、喜んで……そして酷く辛そうな顔で私に言った。
「恋人がいる」と。「けれど、別れる。今は貴方を愛している」と。
私は気にしなかった。穂摘は正直に話してくれたし、何より私を選んでくれた。
今の恋人ともすぐに別れてもらえるだろうと、さほど重要には考えていなくて……

けれど、ちょうど同時期に、私と穂摘が密会している事が周りにバレてしまった。
穂摘を真剣に愛している事、妻にしたいという事を話したけれど、猛反対された。
いや……反対なんてものではなく、却下に等しかった。
何度も両親と口論になって、何度も泣かせた。
私は軽く考えていたけれど、人間の女を妃にするなどとんでもない事だったらしい。
半分幽閉されるみたいになって、穂摘としばらく会えなくなってしまった。
それでも諦めきれず、穂摘の様子が気になって……
「もう二度と会えないにしても、せめて最後の別れを伝えたい」と何度も周りを説得した。
すると“最後に一度だけ、別れの挨拶をする”事だけ、やっと許された。

穂摘は、同じ場所で待っていてくれた。私は涙が出た。
愛しているけれど周りがどうしても納得せず、妻には出来ないと……身勝手な事を伝えた。
それでも穂摘は……笑ってくれた。「妻にはなれずとも愛している」と言ってくれた。
私はとても嬉しかった。これ以上ないくらい、穂摘が愛おしくて。
けれど、もう二度と会えない事を伝えた。
お互いに泣いて、どうしようもなく愛おしくなって、離れるのが惜しくなって……
……その……穂摘と体を重ねた。

結局、私は帰らざるを得なかった。
けれど、穂摘と一線を越えたから、周りも彼女の存在を無視できなくなると……
それを切り札にしようと……そう考えたのは甘かった。
もう今度こそ烈火のごとく叱られて殴られた。
今度こそ二度と、人間の世界には行かないよう約束させられた。
けれど、それこそ……諦めきれるわけがない。穂摘は私の子を宿している可能性があるのに。
私は何度も何度も穂摘の様子だけでも知りたいと周りに頼んだ。
そして……周りが穂摘の様子を見に行った。

その後、見に行った者達が赤ん坊を連れて帰ってきた。
「穂摘は何者かに殺害されていた」と聞かされて、目の前が真っ暗になった。
それで……その上、「赤ん坊もこの場で殺す」と言われて。
「嫌がらせをするわけでは無い。この子はこの世界で生きていくことができないから」
「生きている方が可哀想だから、この子の為に殺す。人間と間違いを起こしてできた子は大体殺す事になっている」
そんな説明をされたけれど、私は……納得がいかない……納得できるはずが無かった。
穂摘を、知らぬ間に奪われて……その上、目の前にいる我が子さえ奪われるなんて……!!
私は赤ん坊を殺さないでくれと必死で頼んだ。泣きながら土下座した。
けれど逆に周りから必死に説得された。私を労わる様に、哀れんで優しく、両親でさえ残酷な事を言ってくる。
訳が分からなくて、気が狂いそうになって……
そんな時……味方をしてくれたのは今の王妃……更だった。

更は私の遠縁だったけれど、訳あって城で一緒に暮らしていた妹のような存在だった。
彼女は普段気が弱かったけれど、一生懸命周りに訴えた。
「いくら人間との子とはいえ、王の子を殺すだなんて許される事ではない」
「この子に王位継承権は無くとも、生きる権利くらいはあるはずだ」
「何より、和様がそれを望んでいる。王の意向を無視して、高貴な血を手にかけるのか」
と……結果、“存在を表に出さない事”“王位を継がせない事”を条件に、赤ん坊の命は助けてもらえた。
私はその赤ん坊に“誉”と名付けて、穂摘の忘れ形見として、大切に育てていこうと誓った。

「……ここまでが、穂摘が死ぬまでの……誉を引き取るまでの話だ。
愚かに愚かを重ねて……穂摘も誉も、周りの皆も傷つけてここまできた。
けれど、私は穂摘を本気で愛していた。彼女を守ってやれなかった事は、
傍にいてやらなかった事は、周りを説得できなかった事は、死ぬほど後悔した……
でも、穂摘を愛した事を後悔した事なんて無い……
子を宿した事を間違いだなんて思った事は、今の今まで一度も無い!!
だからっ……」
和は涙を流しながら、声を震わせて力強く言った。
「だから、お前に“誉(ほまれ)”と名付けた!
穂摘を愛した事は、愛する穂摘と子を成せたことは私の誇りだ……!!」
「っ……うっ……!!」
「誉……」
顔を覆って俯く帝の肩を、ぬぬが心配そうに支える。
同じように、泣いている恋心姫を煤鬼が支えていた。
「……恋心姫……」
「うっ、う……!もう、十分です……妾と宝様の負けです……。
貴方の穂摘様への愛は、純粋で、深くて……妾には苦しい。
罪悪感で胸が潰れそうです……妾が貴方を許すなんておこがましい。
貴方に許されるのは妾の方でしたね……」
恋心姫は和の目の前に進み出て土下座で謝った。
「ごっ、ごめんなさい……!!宝様が穂摘様を殺してごめんなさい!!
貴方の、大切な恋人を奪ってしまってごめんなさい!!
赤ちゃんに呪いをかけて、苦しめてごめんなさい!!」
「……穂摘を殺したのも、誉を呪ったのも君じゃない。
君は何も悪くない。謝らなくていい。どうか顔を上げてくれ」
「うぇっ……うぇえええっ!!」
和は恋心姫の顔をあげさせて、何度も頭を撫でる。
「可哀想に……主の罪に悩まされて、恨みや憎しみを背負わされて、妖怪になってしまったのか。
小さいのに、さぞ今まで苦しんだ事だろう。
君は私を許してくれた。だから、同じように私は君の主を許そう。
私の方こそ、君の主の大切な恋人を奪ってしまって済まなかった。
愛する人を手にかけるほど、自分の命を呪いに捧げるほど、君の主を追い詰めてしまって済まなかった。
君の大切な主を、奪ってしまって済まなかった。
誉を助けてくれてありがとう。君には感謝してる。
もう、お互い苦しむのは止めよう」
「ありがとっ、ございますぅ……!!」
必死で涙を拭う恋心姫。
すると……ぬぬが真っ先に気付いた。
「誉!!痣が……!!」
「あ、ああ……!!」
帝の青い痣がスッと綺麗に消えた。
全員が安堵する中、恋心姫は今度は帝の方へ寄っていく。
「帝……いいえ、誉……。貴方にも、妾、ごめんなさいしなきゃですね……」
そうやって、和と同じように帝に土下座した。
「宝様が貴方の、かか様を殺してごめんなさい!!
貴方に呪いをかけて、苦しめてごめんなさい!!
貴方は何も関係なかったのに!!」
「……なぁ姫よ?」
「ひっ……!!」
帝は恋心姫の顔を強引にあげさせて、胸倉を引っ張り上げて笑いかける。
「余のかかった呪いがどう苦しいか分かってるのか?
意識は朦朧とするわ、熱は上がり下がりするわ、幻聴で「死ね死ね」言われて眠れもしない。
息が苦しいし、意識が途切れ途切れになって、気が狂いそうになる。
体中が青痣だらけというのも結構なストレスでなぁ?部屋の鏡という鏡を叩き割っていたら
手が血まみれになってめちゃくちゃ痛かったな!はっは!
もし、この呪いをかけた奴が目の前に現れたら、同じように死にたくなるほど苦しめてやろうと、
何度も何度も何度も、それこそ呪いのように思ったものだ」
「あ……あ、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「黙れ!!謝って済むと思ってるのか!?」
「ひぅぅっ!!」
「けど!!」
帝は恋心姫を強く抱きしめた。
「そんな事はどうでも良くなるほど、余は姫が大好きになってしまった!!
お主は、憎い相手である前に、余の大切な家族だ……!!」
「誉っ……!!」
「ありがとう……あの苦しみから救ってくれたのは姫だったのか……!!
おかげで、やり直せた!新しい家族もできた!今幸せだ!本当にありがとう!!
大好きな、可愛い姫を恨むなんて余には出来ん!!許してやるに決まっておろうが!」
「誉、ありがとう……!!」
そう言いながら、恋心姫の方も安心したように、嬉しそうに帝を抱きしめて、こう続けた。
「けど、一緒にお話聞いてたでしょう?
妾、確かにお祈りしたから貴方を助けてあげられました。
けれど、それ以前に……貴方のとと様が、必死で貴方の命を助けてくれたのですよ?
貴方をここまで大きくしてくれたのは、とと様の愛ですよ」
「そ、それは……」
「ふふっ!きちんとお礼を言ってくださいね?
誉と、とと様が仲良しだと、きっと穂摘様喜びます!」
「…………姫よ」
帝は恋心姫からスッと離れると、和を睨みつけながら指差して叫ぶ。
「この男は、酷い父親なんだ!いやもう、父親ですらない!
一度は気まぐれで余の命を救ったかもしれないけど、結局は余を見捨てた!!
呪いが解けたなら用済みだ!とっとと追い返そう!ドクズめ!失せろ!」
「そ、そんな!!誉……」
「帝と呼んでくれ姫!何が“誉”だ!何が“誇り”だ!
余は自分の名が大嫌いなんだ!信じんぞ!」
「でも帝、泣いてたじゃないですか!」
「うるさい!」
困った顔の恋心姫と、顔を真っ赤にする帝のやり取りに小さく微笑みながら、和が口を開く。
「この話には続きがある。誉を引き取った後の話……
誉の感じているところとは違うかもしれないが、私の気持ちを聞いて欲しい。
誉?今度、私の城に来てゆっくり話を聞いてくれるなら、今日は帰ってもいい」
「はぁ!?何故余がお前の……」
「なら今、ここで話す。もう私はお前から逃げたりしない。
私はお前にも許してほしいんだ。決着をつけよう。
お前にも、覚悟を決めて欲しい」
「うっ……今になって何を……!!」
「帝……とと様とケンカしないで……!!」
帝は拒絶しようとしたけれど、恋心姫に必死な顔で見つめられ……
最後は顔を逸らして不満げに承諾した。
「くっ……分かった!後でお前のところに行く!だから……今日はもういいだろう!?」
「約束だぞ?お前が来なかったら、私がまたここに来るからな?」
「いいから失せろ!!」
片袖で顔を隠しながら、追い払うように必死で手を振っている帝。
和はにっこり笑って立ち上がった。
「……分かった。お邪魔しました」
「さ、さよなら……!!」
オドオドと挨拶する恋心姫に、和はこう返す。
「ココノ姫?今度、君の話も聞かせてくれ。穂摘がどうして、命を奪われたのか知りたい。
また遊びに来てもいいか?」
「……妾は、構いませんけどあの……桜太郎に聞いてみます」
「よろしく頼む」
和に優しく微笑まれ、恋心姫は和をチラチラ見た後……困ったように見つめてまた気弱く口を開く。
「……あの、一応言いますけど、妾の事、好きになっちゃダメですよ?
妾は煤鬼の恋人ですからね。妾、穂摘様に似せて作られてますけど……」
この思わぬ一言に、和は大慌て首を振った。
「えっ!?いや、それは無い!いくらなんでも君みたいな子供に……
それに、君は穂摘にはあまり似てないというか、彼女の方があの……」
「……煤鬼」
「聞き捨てならんなぁ?愛らしい俺の恋人に魅力が無いと言うのか?」
不機嫌そうな恋心姫に呼ばれた煤鬼が、遊び半分で和に凄んでいる。
けれど、和は困りながらも頑張って反論していた。
「い、いや!!あくまで私にとっては、だ!ココノ姫は十分可愛いとは思う!うん!
君の恋人なんだから、私が良く思わない方がいいじゃないか!」
「そりゃそうだな恋心姫?」
「わぁああん!妾だって言ってやりますよ!
煤鬼の方が絶対!貴方よりおっきいし、カッコいいし、力持ちだし!絶対えっちも上手です!!」
「なっ……!!?」
「はははっ、そうだとも こんな細っこい男には負けんぞ?」
恋心姫を抱き上げてご機嫌な煤鬼と、抱き上げられてご機嫌になる恋心姫。
和は赤い顔を逸らして、そそくさと帰ろうとしていた。
「……あぁ、その……それでいいじゃないか。帰らせてもらう」
そこへ、スッと現れたぬぬが片手を差し出す。
「ありがとう」
「……こちらこそ、本当にありがとう。誉を頼む」
「任された」
固く握手を交わす二人。

こうして、和は帝以外に見送られて妖怪御殿を後にした。
全てが終わった後、買い物から帰ってきた麿と桜太郎に事情を説明すると、
「なぜ言ってくれなかったのか」と怒りながら泣き出す桜太郎に、帝がしゅんとして反省していた。

ともあれ、帝の呪いは無事解けて妖怪御殿に平和が訪れたのだった。




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