TOP小説妖怪御殿
戻る 進む
妖怪御殿のとある一日
〜お引越し編(後編)〜

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

はぁぁ……落ち着かないなぁ。
昨日、「僕がきっと、二人の笑顔を取り戻すね!」〜なんて、
大きな事言ったけど、現時点での僕は恋心姫君や煤鬼君の情報を待つしかないんだよね。
本当に帝さんが桜太郎君に何かして、告白を断らせたのかな?
けれど、そもそも僕が桜太郎君に告白するように仕向けたのは帝さんだし、
告白する前の日だって、楽しくお話してた。
僕は帝さんに嫌われる覚えはないんだけどなぁ……
もし、あの告白を断ったのが、桜太郎君の本当に気持ちだったら……

いや!弱気になったらダメだよ!恋心姫君と煤鬼君を信じよう!!
でも落ち着かないなぁ……
あ!誰か来た!!恋心姫君と煤鬼君かな!?

******************

「桜、太郎君……?」
「……こんにちは」
慌てて玄関へ出た麿は、やってきた桜太郎を見て目を見開く。
しょんぼりしている桜太郎に、動揺しながらも明るく声をかける。
「こ、こんにちは!!来てくれるなんて嬉しいよ!もう、会えないかと思った!!」
「ごめんなさい!!」
突然頭を下げた桜太郎は、そのまま勢いよく言う。
「貴方に嘘をつきました!!麿さん、私も貴方が好きです!!
貴方が私を好きだと言ってくださった時、死んでしまいそうなほど嬉しかった……!!
なのに、嘘をついて、貴方を傷つけるような事を言って……許してください!!」
「えっ……」
麿が桜太郎の言った事に狂喜乱舞する前に、顔を上げた桜太郎の真剣な表情が目に入る。
「今日は、麿さんに色々お話したい事があって参りました。
どうか、聞いていただけませんか?」


麿は桜太郎を家の中に招き入れて二人は向かい合って座る。
差し出したお茶にも手を付けず、桜太郎が口を開く。
「本当に、昨日は……」
「も、もうその話は言いっこなしだよ!僕、桜太郎君と両想いだったことが嬉しくて
そんな事どうでもよくなっちゃった!!」
「ありがとうございます」
桜太郎はそう言って、笑う。
その笑顔がどこか悲しそうだったので、麿も少し悲しそうに微笑んだ。
「……でも、桜太郎君は嬉しくなさそうだね」
「いいえ。嬉しいんです、とても。けれど喜べない……私達、引っ越すので。
せっかく、想いが通じたのに、お別れを、言わなければいけないので」
「そんな事……!!」
麿は思わず身を乗り出す。
「会いに行くよ!!なんなら僕も一緒に引っ越すよ!!
帝さん、新しい引越し先を教えてくれるって言ってくれたから!!」
「えっ……!?」
一瞬驚いた桜太郎は、ふっと辛そうに目を逸らし、言いにくそうに言葉を続ける。
「……それはあり得ません。帝さんは私が麿さんに想いを伝える事に酷く反対していました。
いいえ……今も、反対してるんです。私がここに来ることも、
『記憶から消す』なんて言って、見ないふりをして許してくれたくらいですから」
「嘘だ、そんな……どうして!?僕は帝さんに嫌われる事なんてしてないのに!!」
「彼の……話しぶりを聞いた感じの、私の勝手な解釈になりますが……
帝さんは、麿さんを、と言うよりは“人間”を毛嫌いしているように思えました。
それと、人間と妖怪の……“異種族の恋愛”に関して、異常な嫌悪感を示していました。
月並みな考えですが……過去に、人間に酷い目に遭わされたのかもしれません。
それこそ、一族郎党皆殺しにされたくらいの深い恨みがあるのかも」
「……!!そ、それでも、僕はそういう人間とは違うんだって、説得するよ!分かってもらえれば!!」
麿は必死に言い募るが、桜太郎はどんどん俯いて、声を震わせていく。
「麿さん……貴方と帝さんを会わせたくないです……!!
今日は念を押されてきました。“必ず、きっぱりと別れの挨拶をしてこい”と。
“我々の引っ越し先は、絶対に人間では到達できない場所だから”と。
彼のあの感じでは、貴方を会わせたら勢い余って殺してしまうかも……!!」
「まさか、あの優しい帝さんが……!!」
「妖怪なんです。我々は。残忍な部分もあります」
桜太郎の一言に麿は何も言えなくなった。
俯いて、必死に話を続ける桜太郎を見つめる事しかできない。
「……今、こんな事を言うと悲しくなるばかりですが、私、本当に貴方が好きです。
私も誰かを好きになる事が出来た。本当に嬉しいです……。
けれど、私は皆と……帝さんと、ぬぬと、ススキと、ココノ姫と、一緒に新天地へ行くことを選びました。
私にとって彼らは大切な家族なんです。ずっと、一緒にいたいと思ったから、
だから……麿さんにはお別れを言いに来ました」
「……そっか。本当にお別れなんだ……」
呟くようにそう言った麿は、必死で涙をこらえて、桜太郎に笑いかけた。
「僕もね、桜太郎君は皆と一緒にいた方がいいと思う。
もちろん、僕も君の事好きだよ。大好き。愛してる。
あはは、やーっと、人生初の恋人ができたのになぁ!
恋人出来たら色々やってみたい事あったよぉ!残〜〜念!!」
「ごめんなさい……」
「謝らないで。桜太郎君のせいじゃない。でもさ……
僕、探すよ?教えてもらえなくても、桜太郎君の引っ越し先、死ぬまで探す。
このまま君を諦めるなんて、絶対に嫌だ。絶対、会いに行く」
真剣な麿のその言葉で、桜太郎は驚いたように顔を上げた。
「で、でも、絶対に人間では到達できない場所だって……」
「嘘かもしれない。帝さん、僕らの事反対してるんでしょ?
お願い。それだけさせて。僕にはそれしかできないよ……」
「麿さん……」
桜太郎はボロボロと泣き出した。
麿も、溢れ出す涙を拭って桜太郎に言う。
「傍に行っていい?」
「はい」
「手を握ってもいい?」
「はい」
桜太郎の傍に言って、しっかりと両手を握る。
それだけで余計に肩を震わせる桜太郎が、掠れた声で呟いた。
「……もし……もしも、私が“麿さんと一緒にいる”事を選んでいたら、私を連れて逃げてくれましたか?」
「…………」
「すみません。おかしな事を……」
麿はその瞬間、
何かに突き動かされるように、桜太郎を強く抱きしめていた。
「……!!麿、さん……」
「逃げてたよ。君を連れて逃げた。当たり前だよ」
「っ、ぁ、あ……離れたく、ない……!!」
消え入りそうな泣き声でそう言われて、抱きしめ返され、
今度は桜太郎を押し倒す麿。
桜太郎の方は慌てて麿を押し返す。
「麿さん……!ダメ、やめてください、いけません……!!
お願いです、決心が、鈍ってしまう……!!」
泣きながらそう懇願する桜太郎を見て、麿はそっと体を離した。
起き上がって、桜太郎の体も助け起こす。
「……ごめんね……」
「……いいえ。私も、男なので……お気持ちは、痛いほど……!!」
泣いている桜太郎が、ぽつりと言った。
「麿さんも、妖怪だったらよかったのに……!!」
「!!」
その一言で、麿は――
「そうだ!!そうだよ!!僕が妖怪ならいいんだ!!」
「えっ……?」
一気に明るい表情になる。
戸惑う桜太郎に、生き生きして捲し立てた。
「僕が妖怪なら、帝さんにも反対されないでしょ!?
桜太郎君、僕、妖怪になるよ!!これでも妖怪研究家だ!
人間が妖怪になる方法、頑張って探して見つけるよ!!
それこそ死ぬまで探して絶対見つける!!」
「な、何言ってるんですか!?簡単に言わないで下さい!!
今までの人生、捨てる気ですか!?麿さんにだって、
人間としての生活が……家族や友人がいるでしょう!?」
麿の突然の決意を、驚いて止める桜太郎。
けれど麿は少し気まずそうに笑う。
「こんな事言うの恥ずかしいけどさ、僕、家族仲あんまり良くないんだ。
大事な友達もいなくて。周りの人間と君を天秤にかけたら、僕は桜太郎君を選ぶ」
「そんな……!!」
「遠くの家族より近くの恋人!!桜太郎君はおしゃもじの妖怪だから、
僕は“炊飯器の妖怪”になれば、恋人っぽいかな!?」
「麿さん!!」
「あっ、もしかして人望の無い恋人は見損なっちゃった!?」
「そうじゃないです!!でも、私の為にそんな、そんな……!!」
とにかく焦って首を振る桜太郎。
けれど、麿の決意は変わらないらしい。
「どっちかって言うと、自分がしたいからするんだよ。
桜太郎君と恋人になって一緒にいたいから。
だから、桜太郎君が喜んでくれると、僕も、もっと嬉しい。
桜太郎君、嬉しくない?迷惑?」
「……」
桜太郎は、目いっぱい涙を溜めた赤面で、麿を見据えた。
「死んでしまいそうなほど嬉しい、です……!!」
その返事に麿は、嬉しそうに微笑んで、桜太郎の手を取って立ち上がる。
「よかった!!そうと決まれば、帝さんにこの事を伝えに行こう!!
妖怪・麿拙者麿が桜太郎君の恋人になる事、許してもらわなきゃね!?」
「えっ、それは……!!」
「善は急げだよ!それに……僕、やっぱり帝さんが簡単に人を殺すようには思えない」
「麿さん……」
渋っていた桜太郎も、麿の言葉で、覚悟を決めた表情になる。
「……もし、帝さんが貴方に攻撃してきたら、できるだけ守りますから!!」
「わぁ頼もしい!!ありがとう桜太郎君!!」

こうして二人で妖怪御殿へもどった桜太郎と麿。
麿は桜太郎の手を引いて帝の部屋へ行くと、帝の前に座って姿勢を正して対面する。
当然、帝も、傍にいたぬぬも、心底驚いた表情をしたけれど、麿は怯まず言った。
「帝さん!聞いてください!!ぼ」
「桜太郎……何故その男を連れて戻ってきた……?
や、やっぱり家族を裏切って、その男とどこぞで暮らす気か!?」
「違うんです帝さん!聞いてください!!」
麿の存在を無視した帝は、しかし桜太郎の声にも耳を貸さず、
顔面蒼白で、耳を塞いで首を横に振った。
「嫌だ嫌だ聞きたくない!!やっぱり人間など殺すしか!!
桜太郎もタダではおかんぞ!?」
「み、帝さん!!」
一気に殺気を纏う帝に、麿は慌てて桜太郎を庇うように手を広げる。
桜太郎も緊張した表情になって臨戦態勢になるが……
「帝、落ち着いて」
「!?」
ぬぬが冷静にそう言ったかと思うと、帝の体を強引にひっぱって膝の上に乗せてしまう。
帝も含むその場が呆然とする中、手を振り上げて言った。
「まずは話聞いてやってくれ。でないと、この手を振り下ろす」
「あ……」
ようやく、どういう状況が察したらいい帝が顔を真っ赤にして叫んだ。
「笑えん、冗談だな!?何のつもりだ!?今すぐ離せ!!」
「……俺は冗談は言わない。面白い事は言えないと思うから」
「もういい!!離せ!!お前らまとめて酷い目に遭わせてやる!!」
そう怒鳴って、帝は膝から逃れようと必死にもがくが
バシッ!!
「うぁっ!?」
ぬぬにお尻を打たれて、動きが止まる。
打った方のぬぬは、それ以上は追撃せず必死で説得した。
「帝、頼むから落ち着いて欲しい。今この場で、誰か傷つけたら絶対後で後悔する。
それに、煤鬼のした事が全くの無駄になるのは見ていて悲しい気分だ」
「……お前が、打ったのか……?」
帝は呆然という。
ぬぬの言った事は耳に入っていないらしく、激しく動揺していた。
「お、お前、が……余に、手、を、上げたのか……?
……さん、許さん……絶対に許さん!!お前!!後で覚えてろよ!?」
「分かった。俺はどうなってもいい。だから、麿と桜太郎の話を聞いてやってほしい」
「お前は余の味方じゃないのか!?」
「もちろん、帝の味方だ。何があっても。
だから、冷静になって欲しい。彼らの話を……」
「こんな奴の話を聞く必要なんかない!!」
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「うぁあっ!!見るなぁっ!!」
再び何度かお尻を打たれ、帝が悲鳴をあげながら叫ぶと、
麿と桜太郎は慌ててバッと帝達から目を逸らす。
そして帝はそのままぬぬを怒鳴りつけた。
「ぬぬ!!いい加減にしろ!命令だ!今すぐやめろ!!
クソの前で余を辱める気か!?」
「……さすがに、今この場で着物を脱がせることはしたくない。泣かせることも」
「!!」
「けれど、どうしても落ち着いてくれないようならそれも……帝、
落ち着いてくれたか?話を聞いてあげて欲しい。お願いだ」
何か言いたげだった帝が、一度開きかけた口を閉じて、元気の無い声で言う。
「……ペットの分際で、余を脅すのか……?」
「ま、まさか!!本当に、したくない!!」
ぬぬは心底驚いた声を出す。
帝は、深呼吸してやっと落ち着いた様子で言う。
「……最後の警告だぞぬぬ。今すぐ余を離せ。お前がそこまで言うなら仕方ない。
桜太郎の話は聞いてやるから」
「麿の話も……」
「……」
帝はしばらく黙っていたが、
ぬぬがまたお尻を叩こうとするとヤケクソ気味に叫んだ。
「分かった!麿の話も聞く!!仕方のないペットだ!!」
「ありがとう!!」

ぬぬは弾んだ声でそう言って、帝を膝から助け起こす。
帝は起き上がりついでぬぬの胸倉を思い切り掴んで
バシィッ!!
頬を打って、微笑んだ。
「ふふ、後で続きをしような?この100倍は覚悟しておけ?」
「……はい」
何となく困った顔で微笑んでいるようなぬぬの胸元から手を離して、
帝が麿や桜太郎の方へ向き直る。
「話だけ聞いてやる人間。ただし、ふざけた事を抜かしたら、その命無いものと思え」
(いつもの帝さんじゃない!?)
帝に睨みつけられた麿は一瞬、怯んだけれど、
隣に桜太郎がいる事を思いだして、桜太郎に笑いかけた。
(大丈夫だよ……きっと説得してみせる)
心の中でそう言うと、桜太郎にも伝わったかのように、にこりと笑った。
それで余計勇気を得た麿は、帝へ真剣に言う。
「帝さん、僕が妖怪になったら桜太郎君と恋人になる事も、
引越し先を教える事も許してくれますか!?」
「……あ?」
「みっ、帝さんは人間が嫌いだって聞きました!!
だから、その!僕が妖怪になれば桜太郎君との事、許してくれるんじゃないかって思って!!
お願いです!何としても妖怪になりますから、桜太郎君との事、許してください!!
桜太郎君の事、本気で愛してるんです!!」
「私からもお願いします帝さん!!私も、麿さんの事、本気で愛してるんです!!」
麿の言葉に桜太郎も続けて真剣に頭を下げた。
すると帝は……
「は、ははははは!!」
大笑いする。
その嘲る様な笑顔を麿に向けた。
「小賢しい……そんなハッタリに余が騙されると思ったか!?
妖怪になる!?お前にそんな覚悟があるはずがない!!
なぁ麿?今この場には、お前を今すぐ妖怪にする方法がある。
それでもそんな戯言が抜かせるか!?」
「えっ!?あるんですか!?やったぁ!
やります!今やりましょう!すぐやりましょう!!」
麿は怯えも忘れて帝に縋り付いた。
ものすごく嬉しそうに、瞳を輝かせる。
これには帝も驚いて麿を払いのけた。
「なっ……触るな!お、お前正気か!?人間を簡単に、やめてしまえるのか!?
人間の家族が、仲間がいるんじゃないのか!?桜太郎の為に、そこまで……!?」
「お恥ずかしながら!僕の家族、全然温かくないんです!
だから、ここの皆を見てて、本当に仲良しで羨ましかったんです!!
血の繋がりより、そう言う絆、僕も欲しかった……!!」
「……!!」
帝は目を見開く。
麿がまた真剣な表情で言う。
「桜太郎君の事、もちろん大好きです!!愛してます!
でも、これはただ単に桜太郎君の為だけでなく、僕の為でもあるんです!!
せっかく想いが通じたんだから、このまま別れ別れになりたくないです!!
お願いします!!僕を、妖怪にしてください!!認めてください!!」
床に頭を付けて懇願する麿。
桜太郎も合わせてまたお辞儀をしている。
帝は、着物の襟を正して顔を逸らした。
「……分かった。お前の熱意はとりあえず、理解した」
「帝さん……!!」
明るい表情の麿の言葉を帝が大声で遮る。
「けれど!お前を認めるのはお前が本当に妖怪になってからだ!
……一緒に来てもらおうか」
「はい!!」
「麿さん……!!」
「心配するな桜太郎。傷つけない。
余の知ってる方法で妖怪にならなかったら、ここから叩き出すだけだ」
帝が優しい表情でそう言うと、
桜太郎は泣きそうな、嬉しそうな表情で頭を下げて帝と麿をを見送った。



麿は帝に、とある部屋に連れてこられる。
周りの部屋に比べて綺麗に……と、いうか神秘的な感じに思えるその部屋の中で
四隅の燈台に明かりをともしたり色々準備をしている帝に
麿が何気なく話しかける。
「帝さんは、どうして人間が妖怪になる方法を知ってるんですか?」
「…………」
「あ、すみません。黙ります」
瞬時に気を使った麿に、帝が作業を続けながら返事を返した。
辺りにお香のようないい香りが漂ってくる。
「……昔、妖怪になりたがった知り合いがいてな。
今からお前に試す方法は、それに試した方法だ」
「せ、成功したんですか!?」
「失敗した」
「えぇっ!?ダメじゃないですかそれ!!」
「…………」
麿は帝に何かの粉を投げつけられて、慌ててフォローする。
「ひゃっ!?いやダメじゃないです!全然ダメじゃないですよね!
し、心配に、なっちゃって少し!でも僕は帝さんを信頼してますから!」
「それは、完全には人間でなかったから……“人間が妖怪になる方法”だ。
まだ人間のお前の方が成功する可能性は高い」
「完全には、人間じゃない?って……?」
「喋るな気が散る」
帝がパンと手を合わせると、麿に降りかかった粉が光って、独りでに文字列を形成する。
(あ!さっきの嫌がらせじゃなくて必要工程だったのかな?良かった!!)
と、ホッとしたと同時に、やはり気になった事を聞いてみる。
「……あ、あの……その知り合いの方、失敗すると、どうなったんですか?」
「心配するな。元のまま。何も変わらなかった。
一晩泣き明かすほどには残念がって、どこかへ行ってしまった」
「今、どうしてるんでしょうね?」
「さてな」
珍しく、汗を拭う動作をする帝に、麿は尋ねる。
「帝さん、大丈夫ですか……?」
「余の心配をしてる場合か?」
麿を振り返った帝は不敵に笑う。
久しぶりに、麿はいつもの帝を見た気がして安心した。
「さぁ、気合を入れろよ麿?
何度でも言ってやるが、余は人間が大嫌いだ。
お前がもし人間のままだったなら、桜太郎には二度と会えないと思え」
「は、はい!!僕どうすればいいですか?」
「そのまま、目を閉じて“妖怪になりたい”と強く願えばいいだけだ」
麿は言われた通り、目を開けて強く念じる。
(妖怪になりたいです!桜太郎君と恋人になって一緒にいたいです!
皆と、これからも仲よくしたいです!)
強く強く、そう念じ続ける。
すると……
「終わったぞ。目を開けていい」
帝の声が聞こえて、麿は驚いて目を開ける。
「え!?もう!?僕、ちゃんと妖怪になれてますか!?
な、何か自分では見た感じは変わってないような……!!」
「桜太郎に会いに行ってやれ。そうしたら分かる」
「は、はい!!行ってきます!!」
麿が慌てて出て行くと、帝はその場にへたり込む。
「……どうか、成功しててくれ……!!もう桜太郎を泣かせたくない……!!」



一方の麿は桜太郎に駆け寄っていく。
桜太郎の方も駆け寄ってきた。
「麿さん……!!」
「桜太郎君!!どうかな!?僕、ちゃんと妖怪になれてる!?」
「………!!」
桜太郎は一瞬、目を見開いて固まって……
「本当に……本当に、妖怪になってくださったんですね……!!」
瞳を潤ませた。
麿の胸に言いようのない嬉しさが込み上げて……
そんな時に違う声もバラバラと聞こえてくる。
「あ、麿が来てたんですね!……!?麿!?何で妖怪なんですか!?」
「本当だ!麿が妖怪になってる!!何があった!?」
「麿……!!成功したんだな!?」
桜太郎の周りに恋心姫と煤鬼、ぬぬがやってきて驚いてくれたり喜んでくれたり……
麿は確信した。
「僕、妖怪になれたんだ……!!やったぁ!やったよ桜太郎君!!」
「麿さん!!」
手を取り合って喜ぶ二人。
麿の後ろから帝も合流して、麿を敵視していた時とは別人のように穏やかに言う。
「やれやれ、本当に妖怪になってしまうなんて、お主の妖怪好きも呆れたものだな。
人間でなくなったなら、残念だが、桜太郎との恋仲を邪魔する理由の八割は無くなってしまった」
(あ、あと二割何かあるの!?)
そのツッコミは心の中にとどめておく。
帝が泣きそうな顔で笑うので。
「……余も、本当は桜太郎を泣かせたくなかった。けれど、人間との恋仲を許す事も出来なかった。
お主の、勇気ある決断に感謝する。……こんな事をいうのは、少し、癪だがな」
帝はそう言うと、麿を真っ直ぐ見つめて、明るく言った。

「桜太郎の恋人として、新たな家族の一員として歓迎しよう!
妖怪御殿へようこそ!」

「へっ!?」
驚く麿に、帝は笑いながら言う。
「妖怪となれば、お主も、もうこの場所では暮らせまい?
どうせ同じ場所に引っ越すなら、我らと住まわせてやろうと思ったが。
……ああ、嫌なら別に余は構わんぞ?向こうで一人用の小屋でも建てるといい」
「僕も住まわせて下さいお願いします!!」
慌ててそう言った麿に、恋心姫が無邪気に駆け寄って行く。
「じゃあ、麿も今日から一緒に暮らすんですか!?
わぁい!これから毎日遊べますね!麿、これから宜しくお願いします!
桜太郎との恋が叶って良かったですよ〜!!」
「よろしく恋心姫君!ありがとう!毎日遊んでね!」
ぴょこんと抱き付いてきた恋心姫を抱きしめ返す。
恋心姫が離れると、それを真似るように煤鬼も麿に軽く抱き付いた。
「麿!まさか桜太郎の為に、妖怪になってしまうなんて豪快だな!
ますます気に入った!これからもよろしく!俺とも毎日遊べるぞ?」
「よろしく煤鬼君!煤鬼君もありがとうね!3人で毎日遊ぼうね!」
少し照れながらそう返す。煤鬼と入れ替わる様にぬぬも麿と抱擁を交わした。
「麿……帝が麿を傷つけなくて良かった。
桜太郎の事、大切にしてやって欲しい。
俺とも帝とも、仲よくしてくれると嬉しい」
「もちろんだよ!ぬぬ君も、よろしくね!!」
そしてぬぬが離れると、桜太郎が近づいてくる。
本当に嬉しそうに泣きそうになっていた。
「麿さん……本当に、本当に嬉しくて、信じられなくて、
夢じゃないかって……!!ありがとうございます!!
これからも、宜しくお願いします!」
「僕の方こそありがとう!これからもよろしく!」
もちろん麿も、最大級に喜びを分かち合いたい相手ではあるが……
「「…………」」
しばし固まった二人は、見つめ合って顔を赤くして……
「よ、よろしく」
「よろしくお願いします」
控えめに握手を交わした。
すると恋心姫が目を丸くして言う。
「……桜太郎と麿は何でぎゅってしないんですか?」
「本当だ。麿、桜太郎だけ差別するのか?関心せんな?」
煤鬼がニヤニヤしながらそう言うと、帝も……
「おかしいな麿……お主の桜太郎への想いはその程度か?
やはり桜太郎と恋人になるなど……」
「よろしく桜太郎君!!」
「わっ……!?」
麿は帝が言い終わる前に勢いよく桜太郎に抱き付いて、
「よ、宜しくお願います……!!」
桜太郎が麿の腕の中で照れながらもニッコリ笑っていた。


皆が和気あいあいとしている様子を、帝はニコニコ見つめていたが、
やがて皆に向けて言う。
「さて、家族も増えてめでたしめでたし、と、したいところだが、
……後は、余が引越し先の交渉を成功させねばならん。責任重大だな」
少し緊張気味の表情の帝に
「大丈夫ですよ帝さん。もし、帝さんの宛が外れても、
また皆で引越し先を探せばいいですから」
と、桜太郎が励ます様に言う。
「遠くても妾、頑張って歩きますよ!」
「恋心姫が歩けなくなったら、俺がだっこしてやるからな」
恋心姫と煤鬼も、
「帝が歩けなくなったら、俺が抱っこするから」
「僕も妖怪初心者ですが、頑張って歩きます!!」
ぬぬや麿も、桜太郎に同意するように頷く。
「ね?皆でピクニック気分で行けば、きっと楽しいですよ」
桜太郎に、皆に励まされて、帝は感激したように呟いた。
「皆…………」
そして、すぐに自信たっぷりに笑う。
「ふふっ……こんな良い家族、守れなくては家長が廃るというもの。
見くびるな。お主らがビックリするような新居を用意してやる」

はしゃいでいる家族見つめる帝は、本当に幸せそうだった。




その後――
帝は一人になって、目鼻口が点灯する埴輪に向かって話していた。

「ご機嫌麗しゅう和(より)王?
こちらは相変わらずの健康体で申し訳ない限りだ。
あぁ、下らん話はいい。要件だけ聞け」
余裕の表情で、声色で。尊大に帝は話を続ける。
「誠意の籠ってない貢物は少々飽きてしまってな?
そちらの領土で、山奥の土地と家を一軒、こちらの為に用意しろ。
人間共が我々の住処まで侵略してきて、住めたものではなくなってしまった。
家族とそっちへ引っ越したいんだ。お前ほどの権力者となればお安いご用だろう?
それとも何か?死にぞこないの妾腹は卑しい妖怪と滅び死ねとでも言うのか?
余としては、お前が寵愛する後釜女こそ妾だと主張しておくぞ」
クルクルと扇を回しながら、勝ち誇った笑みを浮かべる帝。
しかし、だんだん様子がおかしくなってくる。
「……は?何だお前、余に口答え……い、今更何だ!?何のつもりだ!?……脅すのか……?」
言葉は勢いを無くし、狼狽し出す帝。
やがて、悔しそうに言う。
「………う、う……その、要求を飲めば、こちらの要求も聞き入れるんだな!?本当だな!?」
悩みつつ、嫌そうに……帝は相手に折れる。
「……分かった。お前の言い分も聞き入れよう。ありがたく思え。……っ、わ、分かってる!!
それは、今から言おうとしてるんだクズ!少し待て!!」
そして……ものすごく苦い表情をして、深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。
「……、……大切な、家族なんだ。守りたい。……だから、大人しくするから、
山奥の土地と家を、用意して欲しい。お願いだ……お、おと……う……」
言いかけた言葉を切って、帝はいきなり埴輪に怒鳴った。
「これで満足だな!?これ以上も無い満足だろう、えぇ!?ド腐れ!
偉そうに余に命令しやがってこのクズ!ドクズが!
土地と家は用意しろよ!?裏切ったら承知せんからな!!」
帝はそれだけ言い放つと、埴輪の顔を握って、点灯が消える。
そして、埴輪を投げ飛ばして、頭を抱えて大きなため息をついた。



そんな帝も、家族の皆の前に出る時には笑顔で、
“交渉成功”の報告をすると皆はとても喜んだ。

「わぁああい!新しいお家ですね!」
「良かったな恋心姫!」
抱き合う恋心姫と煤鬼。
「今夜はご馳走にしないと……!!」
「僕も手伝うよ!」
張り切る桜太郎と麿。
「帝……!」
ぬぬも珍しく満面の笑みで帝の手を握る。
「久々に、賑やかな食事になりそうだな」

もちろん帝も、嬉しそうに笑ったのだった。


こうして、妖怪御殿の一行は無事に“神の国”の山奥一画へ引越しする事が出来た。

ちなみに麿が何の妖怪になったかというと……
「す、すごい!手から栗を召喚できる!!」

「わぁ!毎日栗のおやつが食べれますよ!!」
「おぉ、うまそうだな!」
「これで年中栗ご飯が……!!」
「栗ご飯は、好きだ」
「ははは、いい食料要員が手に入ったじゃないか」

と、いうわけで栗の妖怪になったらしい。



【おまけ】

桜太郎「帝さん?本当にぬぬに報復でお仕置きする気ですか?」
帝   「桜太郎の心配する事じゃない」
桜太郎「言いますよススキに」
帝   「煤鬼は姫が絡まんと何もしないと思うぞ?」
桜太郎「優しいココノ姫がこの事を知れば“ぬぬが可哀想です!煤鬼何とかして〜!”
     と、そういう展開になるの、想像できません?」
帝   「分かった分かった!ぬぬを痛めつけたりしない!」
桜太郎「……絶対ですよ?」
帝   (ふふ……痛めつけるだけが“お仕置き”だと思っているなら、甘いな桜太郎♪)

ぬぬ (……!?……何だか、悪寒が……!!)


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


気に入ったら押してやってください
【作品番号】youkai6-3

TOP小説
戻る 進む