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妖怪御殿のとある一日
〜お引越し編(中編)〜

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皆様!妖怪研究家の麿拙者麿と申します!
急な話で申し訳ないけど、このたび、妖怪大好きな僕が
特に大好きな桜太郎君に、こっ、ここここ告白する事になったよ!
はぁぁああドキドキするぅぅぅ!!

でも、帝さんには早めにって言われたし、ここでいかなきゃ男じゃないよね!
(告白成功は確定らしいし!やったぁ!)
よーし!張り切って行ってきまぁぁあす!!
待ってろ僕のバラ色妖怪ライフゥゥゥゥ!!

******************

勇ましく妖怪御殿にやってきた麿。
さっそく桜太郎と客間で二人きりにしてもらったのだが、
桜太郎は暗い表情で俯いている。心なしか顔色も悪かった。
麿は告白する前に心配になって尋ねる。
「桜太郎君、顔色悪いけど大丈夫?体調悪い?」
「……いいえ、大丈夫です。あの、話って何ですか?」
「あ!そ、そうなんだよ!あのねっ……!!」
麿は緊張しつつも勢いよく言った。
「桜太郎君、君が好きです!付き合ってください!!」
「……ごめんなさい。無理です」
「……(……え?)」
桜太郎の暗い声が告げた残酷な現実。
あまりにハッキリした拒絶に、麿は声が出ない。
そして、続けて桜太郎が言った。
「あの……私、妖怪ですので、人間の麿さんとお付き合いとかそういう事は……
現実的に難しいと思うんですけど」
「そ、それは……!!愛があれば種族差なんて!!」
「軽いんですね。どうせ、後先全く考えてないんでしょう?
麿さんってもっと誠実な方かと思ってたのに幻滅しました。
そもそも私、……前に言いませんでした?恋愛感情って抱かない性質で。
麿さんにも恋愛感情持ってませんし。
良いお友達だと思ってたのに、私をそんないやらしい目で見てたなんてショックです」
(えっ、何これ……桜太郎君がものすごく喋るし辛辣……)
桜太郎の抑揚のない声で全てを拒絶されて、頭が真っ白になる麿。
呆然としていると、今まで無表情だった桜太郎が急に泣き崩れた。
「……っ、うぅっ、麿さんなんか嫌いです顔も見たくない!!」
泣いている桜太郎にさらに拒絶されて麿も泣きそうになる。
申し訳なくなって、何とか謝罪だけ口にした。
「ご、ごめん!ごめんね、桜太郎君ごめん……!!」
「出て行ってください!もう二度と来ないで!」
「わ、分かった!傷つけて、ごめん!もう、来ないから!!」
麿は急いで部屋から出る。その瞬間、桜太郎の泣き声が一層大きくなった。
「うわぁあああああんっ!!」
(大号泣するほど嫌われたの僕!?)
ショックのあまり、思わず麿も涙を零す。
大慌てで玄関を出たら、恋心姫と煤鬼に出くわした。
「あっ……」
「麿、もう帰るんですか?」
「また来いよ!」
ニ人が笑顔で声をかけてくれて、麿は一気に涙が溢れる。
「ごっ、ごめっ……桜太郎君にもう来るなって、言われ……ったから……
うぅうう〜〜振られちゃったぁぁぁ……!!」
ぐすぐすと泣き出す麿に、恋心姫は真剣な表情で告げた。
「麿……妾、他同士の恋心は分かっても “ぶすい”なので、
あまり言わないようにしてますが、キンキュージタイなので言いますね?
桜太郎は麿の事、好きです。恋心を持ってます。
桜太郎が麿を嫌いだと言ったならそれは、嘘を言っています」
「へっ……?」
恋心姫の言葉に、麿は驚いて涙も止まった。
今度は煤鬼が言う。
「桜太郎、二日前の夕方は体調が悪いと言って寝込んでいた。
それからずっと様子がおかしい。桜太郎の飯が不味いなんてよっぽどだ」
「帝も、最近変なんです!桜太郎が寝込んでた日は特に変でした!
麿と桜太郎の事、恋心があるか、怖いお顔で聞きたがってました!
妾のお弁当もぐちゃぐちゃにするし、帝が桜太郎に何かしたんだと思います!」
そう力説する恋心姫が、いっそう意気込んで言う。
「妾、恋心を弄ぶ輩は絶対に許せません!たとえ帝であっても、です!
だから妾、麿と桜太郎の味方ですよ!ね、煤鬼?」
「俺はもちろん、そんな恋心姫の味方だ。桜太郎の事、諦めるのはまだ早いぞ麿?」
心強い助っ人の登場に、麿は感激して瞳を潤ませた。
「恋心姫君……煤鬼君……!!」
「帝って、怖い感じを出せばワガママできると思ってます!
一度、誰かにガツーン!と、お仕置きされてしまえばいいです!!」
「ははは!確かにな!後で俺がガツーン!と、お仕置きしてやろう!」
「あははは……煤鬼君のは効きそうだね」
笑顔になった麿を見て、恋心姫と煤鬼もニッコリ笑った。
そして煤鬼が言う。
「とりあえず、今日は一度解散するか。
何があったか分からんと、どうすべきかも分からんしな。
俺は帝に話を聞いてみる」
「妾も、桜太郎と一度話してみますから」
「ありがとう二人とも!!本当にありがとう!」
麿が頭を下げると、恋心姫も煤鬼も笑顔で手を振った。
「妾達、桜太郎と帝に笑って欲しいだけです!」
「桜太郎がガミガミ言ってこないと調子が狂うんだ!
帝が殺気立ってるのもかなわんしな!」
(僕が……)
麿は、大きく息を吸う。希望が胸に湧き上がった。
「僕がきっと、二人の笑顔を取り戻すね!頑張る!!」
輝く笑顔で手を振りながら、そう決意して帰宅したのだった。



そうして、麿と別れた恋心姫と煤鬼はさっそく行動を起こす。
恋心姫は桜太郎へ、煤鬼は帝へと話を聞きに行った。

「桜太郎?少しお話しませんか?」
「……一人にしてください」
桜太郎の部屋の隅で、布団に包まって座る桜太郎に、
恋心姫はゆっくり近づいて傍に座って、優しく声をかけた。
「少しでいいです。お話しないと、どんどん悲しくなりますよ?」
「…………」
「さっき、麿に会いました。桜太郎が泣いているのは、
麿に好きだと言わなかったからですよね?嫌いだと、嘘を言ったから」
「……ああ言わなくては、いけなかったんです……人間と妖怪だから……!!
恋愛なんてしてはいけない!それにもう、引っ越すから……一緒には、いられない……!!」
「……煤鬼の初恋の相手、人間ですよ。振られちゃったらしいですけど。
ふふっ、妾にはナイショって麿と話してたの、偶然聞いちゃいました。
人間と妖怪の恋がいけない事なら、煤鬼、悪い子ですか?」
「!?」
初めて聞いた事実に驚く桜太郎に、恋心姫は悲しげに話を続けた。
「恋は、実らない事もあるけれど……桜太郎のはちょっと違うと思います。
煤鬼が人間だったとして、妾は恋人になったし、妾が人間だったとして、
煤鬼は好きだって言ってくれたと思います。
妾にはよく分かりません……人間と恋をするのと、
嘘をつくのはどっちが悪い子なんですか?」
「そ、それは……」
「桜太郎……お引越しは関係ないです。一緒にいられなくても、
本当は好きな気持ちを、麿に嫌いだと伝えてる事が問題です。
恋心を欺くと絶対、後悔しますよ?
このまま麿と離れて、新しいお家で笑って過ごせますか?
妾、それだけが心配です。桜太郎にはいつも笑ってて欲しいです」
「恋心姫……」
恋心姫は、桜太郎の手を握って勇気づけるように笑った。
「麿も泣いてました。麿だけ正直は、不公平ですよ」
「……麿さん……私は……」
顔を伏せる桜太郎を、恋心姫が見守る。



一方の煤鬼は帝の部屋に来た。
「帝、ちょっといいか?」
「煤鬼か……珍しいな。どうした?」
本を読んだまま視線を合わせない帝を特に気にする様子もなく、
煤鬼は適当に座って目的の話を始める。
「麿が桜太郎に振られたと言っていた。桜太郎は麿を好いているはずなのに。
最近、桜太郎もお前も様子がおかしい。お前、桜太郎に何かしたか?」
「はは、直球だな。余は何もせんよ。
強いて言うなら、“人間と妖怪の恋など不幸になるだけだからやめておけ”と助言しただけ。
それで桜太郎が麿を切り捨てたなら、それは桜太郎の意思だろう」
「……確かに。その程度の助言で桜太郎が麿を突き放したなら、
桜太郎の意思の問題だな。女々しすぎる。で、助言ついでに暴力を振るったりしなかったか?
最近の桜太郎はお前の挙動に少々怯えているように思うが?」
「……直接、女々しいなどと意地悪を言ってやるなよ?桜太郎にとっては一大決心だ」
最後の質問をスルーした帝は、相変わらず本を読みながらこう続ける。
「それがいいと思ってそうしたんだから、無理に引っ掻き回して心を乱してやるな。
……特に、そなたの可愛い恋人には“お節介”はするなと良く言い聞かせておけ?
姫を泣かせる事になるのは心苦しくてな」
「心配するな。お前が恋心姫を泣かせる前に、俺がお前を泣かせてやる。
恋心姫だって桜太郎に“助言”する権利はあるし、
あんな不味い飯を毎回作るぐらいだから、桜太郎にだって迷いがあるんだろう。
いいか?桜太郎が誰を愛するかを決めるのは桜太郎自身だ。お前じゃない。
力任せで全部思い通りになると思ったら大間違いだぞ?」
煤鬼のその言葉で、帝の冷たい瞳がギロリと動いて煤鬼を睨む。
「……今日はよく喋るなぁ煤鬼……。
桜太郎はな、人間なんかより家族を愛してるんだ。
余の大事な家族として、ここでずっと暮らす事を望んでるんだ。
もちろんお前もそうだろう?紙切れ一枚で動けなくなるお前が、余を泣かせるなど片腹痛いわ!」
懐から素早く“動きを封じるお札(鬼用)”を出して貼ろうとしてきた帝の手を煤鬼が掴んだ
「そう何度も同じ手を食うと……!」
パシッ!
「!?」
のに、瞬時に動けなくなる煤鬼。
原因は後ろからお札を貼ったぬぬだった。
帝は掴まれた手を振り払って笑う。
「いい子だぬぬ。さて……桜太郎の元気が無くて心配だ。様子を見てこよう。
姫も一緒だったら……今日は仲よくしてくれるといいなぁ、ははは!退け煤鬼」
「おい!待て!!帝!!」
帝に押しのけられてひっくり返る煤鬼。
部屋を出て行く後姿を止める事は出来なくて、近くにいるぬぬに怒鳴る。
「ぬぬ!帝を止めろ!恋心姫に何かあったら許さんぞ!!」
「…………」
無言ながら、無表情を微かに辛そうにさせるぬぬ。
煤鬼は必死に説得した。
「帝だって、脅して縛り付ける家族なんてそのうち辛くなってくる!!
俺もずっと皆と暮らしたいけど!帝の横暴がこれ以上酷いなら恋心姫を連れてここを出て行く!!
桜太郎だって耐え切れなくなって麿の所へ逃げるかもしれんぞ!!
アイツが自分の大事な家族を自分でぶち壊すのを見てるのか!?止めてやれ!!」
「煤鬼……」
「何だ!?」
「すまない。帝を悪く思わないでくれ……」
「後でアイツに謝らせろ!!早く行け!!」
煤鬼の怒鳴り声に後押しされるように、ぬぬが部屋を飛び出す。
ホッと息をついてから、煤鬼は気づいた。
「あ!しまったお札を剥がしてもらえば良かった!!」




「桜太郎?調子はどうだ?」
「!!」
部屋に入って来た帝を見た恋心姫は、桜太郎を守るように両腕を広げて帝の前に立ちはだかる。
そしてキッと帝を睨みつけるが、帝は笑っていた。
「おっ、どしたどした姫?別に何もしないじゃないか」
「桜太郎は、麿に本当の気持ちを……好きって言うと決めました」
「そうか」
そう言って帝の笑顔が
「この前のお仕置きでは足りなかったか桜太郎?」
一瞬にして冷たい笑顔になる。
ぐっと唇を噛みしめた桜太郎の代わりに、恋心姫が大声で言い返した。
「やっぱり帝が桜太郎にイジワルしたんですね!?酷いです!!
帝が何をしても、桜太郎の恋心を変える事なんてできません!!」
「ん〜〜?桜太郎も麿もお互い恋心は無いんじゃなかったのか?やっぱりアレは嘘かぁ。
姫も悪い子だな。先にお前からお仕置きしてやろうか?」
「きゃ――っ!!」
帝が恋心姫の手首を掴んで乱暴に持ち上げると、桜太郎が慌てて叫ぶ。
「やめてください!!ココノ姫は関係ないでしょう!?
“正直な桜太郎が好きだ”と言う貴方が私に嘘をつかせてる!!矛盾してます!!」
「嘘も方便と言うだろう?いい嘘と、悪い嘘があるんだ。桜太郎、考え直せ。
今なら姫と一緒に許してやるから」
「うわぁあああん!どうしてそんなイジワルするんですかぁぁっ!!
桜太郎が可哀想です!!イジワルする帝なんか嫌いですぅぅぅ!!」
泣き出した恋心姫を、帝はうっとおしそうに揺さぶって、恋心姫は余計怒って泣いている。
「うわぁあああん!最低です!帝のバカァアアアアアッ!!」
「ひ〜め、喚くな。そうだ、姫の代わりに煤鬼をお仕置きしようか?
丁度今、余の部屋で動けなくなって転がってるぞ?
ああいう、大きくて強そうなのを泣かせたら、さぞかし気持ちがいいだろうなぁ」
「わぁあああん!煤鬼をいじめないで――っ!!」
「帝さん……!!」
桜太郎に泣きそうな顔をされて、恋心姫には泣き喚かれて。
帝も少し気まずそうな顔する。
その時。
「いい加減にしろ!!」
怒鳴り込んできたぬぬに、一同は驚いた。
さらに驚いた事に、ぬぬはそのまま帝に怒鳴り散らす。
「帝!ワガママばかり言うな!!
お前のダダのこね方は最高にめんどくさい!!
俺のこの、襟のフワフワに掴まってないと眠れないようなお子様なお前が
他の恋愛に口を出すなんて1000年早い!!
埴輪を被った愉快な格好で偉そうぶっても無駄だ!
もう桜太郎の自由にさせてやれ!!」
言い切ったぬぬの足がガタガタ震えていた。
辺りが静まり返って、そして……帝は恋心姫を落っことす。
真っ赤な頬を両手で押さえて、信じられない物を見る表情でこちらもガタガタ震えだした。
「は?……は?……は?は?
何、言って……ペットが、ペットの、分際で……何を、言って……??」
やがて恥じらいまじりの驚き顔はみるみる怒りの形相へと変わり、
「ちょっと来い!!」
そう怒鳴って、ぬぬの手を乱暴に掴んで連れ去ってしまった。
「ぬぬ!!あ、煤鬼も……!!」
慌てる恋心姫を、桜太郎がそっと支えて冷静に言う。
「ココノ姫はススキの方へ行って。私は帝さんを追いかけます」
「は、はい!帝、許しません!絶対、煤鬼にガツンとお仕置きしてもらいますから!!」
「そうですね。早くススキを助けてあげてください」
恋心姫は大きく頷いて走って行き、桜太郎も大急ぎで帝の後を追った。
「帝さん!待ってください!帝さん!!」
帝は桜太郎の呼びかけを無視して、端の部屋にぬぬを蹴り入れて自分も入ってしまう。
桜太郎がその部屋の扉を開けようとするが、鍵が掛からないはずの障子戸がビクともしない。
「!?そんな、何で!?帝さん!!開けてください!ぬぬ!帝さん!!」

桜太郎が必死に叫んで扉を動かしている部屋の中では
室内に倒れ込んだぬぬの頭や体を、帝が拳で殴りつけていた。
「貴様!!余を裏切りおって!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!帝……!
俺はどうなってもいい!俺を殴ればいいから!
もう皆に酷い事しないでくれ!!帝が悪く思われる!!」
「っ……!!」
その一言で帝は手を止め……
「余とて……もう、どうしていいか分からん……!!」
ポロポロと涙を零す。
そのまま顔を覆って泣き出した。
「桜太郎を手放したくない!!人間と恋仲になるなんて受け入れる事も出来ない!!
でも桜太郎に落ち込んで欲しくない!!いつもみたいに笑って欲しい……!!
皆を脅したいわけじゃない!家族で一緒にいたいだけだ!!どうしたらいい!?」
「帝……」
ぬぬが起き上がって、帝をそっと抱きしめた。
「戸を開けて、桜太郎と皆にそう言えばいい」
「……っ、そんな、情けない事……!!」
「情けなくない。俺達全員、笑顔で一緒にいたいのは帝と同じ気持ちだから」
ぬぬがそう言ったタイミングで、桜太郎が勢い余り気味に部屋の中に踏み込んだ。
「わ、あっ!?帝さん!!ぬぬ!!」
「桜太郎……!!」
帝は桜太郎の方に体ごと振り返って、深く俯きながら言う。
「桜太郎……お前と初めて会った時、“温かい家族を作りたい”という願いが同じで嬉しかった!!
それから煤鬼が来て、恋心姫が来て……今は理想の状態だ!お前は違うのか?!
お前を手放したくない!これからも一緒にいてくれ!!
余は人間が嫌いなんだ!お前があんなものと恋仲になるのは許せない!!」
「……帝さん……」
桜太郎が帝と目線を合わせるように座った。
震える両肩にそっと手を置いて、優しい声で言う。
「それならそうと、最初から言ってくださればいいじゃないですか……。
全部貴方の都合……もしかして私、お尻叩かれ損ですか?」
最後の方は冗談めかして言った後、俯いている帝を真っ直ぐに見据えた。
「私、どこへも行きません。これからも、ここで皆と暮らします。
けれど、麿さんを好きな気持ちは変えられないし、本当の気持ちを伝えたいんです。
彼に嘘をついて傷つけたままは嫌なんです。麿さんに想いを伝えるだけ。
それだけ、許してください。ちゃんと帰ってきますから。
私がいないと貴方達、まともに生活できないですからね」
「……麿に想いを伝えたら、お前達両思いだ。
無理だ。許せない。桜太郎が人間などと……」
「帝さん……」
「だから、許すんじゃない。無かった事にする。そんな事実は無い。
記憶から消去だ。今から桜太郎がどこで何をしようが知らん」
「ありがとうございます」
結局は、不器用に認めてくれた帝に、桜太郎が微笑んだ時、
「話は済んだか?」
と、恋心姫を連れた煤鬼が部屋に入ってくる。
煤鬼は呆れと怒りが混じった様な表情で帝を睨んだ。
「恋心姫が“泣きながら”全部話してくれた。随分好き勝手したな?
順番は前後したけど、今からお前が泣く番だぞ?」
「……泣いても見損なわんか?」
「安心しろ。すでにドン底まで見損なってる。心から反省して、信頼を回復してほしいところだな」
「仕方ない、頑張るか……」
あっさりと、帝は余裕ありげに承諾するので、煤鬼はため息をついて周りに言う。
「ほら!用がない奴は部屋を出ろ!」
それで、他の皆は部屋から出て行く。
不安そうに何度も振り返るぬぬは、恋心姫が押し出していた。
煤鬼と残った帝がニヤリと笑う。
「優しいじゃないか」
「邪魔をされたくないだけだ。いくぞ」
荒っぽく胡坐をかいた上に引き倒されても、着物の裾を捲られても抵抗は出来ない。
(チッ、乱暴者め……)
褌の紐一本しか通ってないお尻はもう守る物は無くて
怖いのもありつつ、少々イラッとした帝のお尻に、最初の一発が振り下ろされると
バシィッ!!
「ひぁああっ!?」
帝の余裕が瞬時に吹き飛ぶほど、たった一打の威力が強かった。
大きく体をビクつかせた帝は本心で叫ぶ。
「おおおおおい!!ふざけるなっ!」
「は?」
煤鬼が眉を吊り上げて、もう一度手を振り下ろす。
バシンッ!
「うぁあっ!!ふっ、う……!」
「何だその態度……?“ふざけるな”はこっちのセリフだ。
謝る時は何て言う?恋心姫から習ったよな?」
「……!!」
「さっさと思い出せ。俺は恋心姫以外には優しくないぞ」
ビシィッ!!バシィッ!!
急かされるように叩かれると、帝は痛みで何か思う前に謝罪してしまう。
「あぁあっ!!ご、ごめんなさい……!!」
「よし。恋心姫からガツンとお仕置きしてやれって、言われてるんでな。覚悟してもらおう」
「おい待て!待て待て待て待てっ……!!」
慌てる帝を押さえつけて、煤鬼は豪快に平手を振るう。
バシッ!ビシィッ!バシッ!
「ひいっ、あぁああっ!!お前ぇ!お前は加減を知らんのかぁぁ!!」
「ほーぉ……」
ビシッ!バシッ!ビシィッ!!
煤鬼の呆れ声に、元々抵抗気味の帝がさらに怒ったように叫んで手足をバタつかせる。
「なっ、あぁああっ、何だこの!!ぃいい、言いたい事があるならぁあああっ!!」
「……桜太郎の尻を叩いた時は、泣いて謝るから少なからず可哀想に思った。
恋心姫は言わずもがなだ。お前は……」
バシンッ!!
「うわぁあああっ!!」
「まっっったくもって、可哀想に思わん!あぁ良かった!恋心姫、存分に期待に応えられそうだぞ!」
煤鬼は笑顔で明るくそう言い切った。
そう言い切っただけあって、躊躇なく帝のお尻を叩き続けた。
ビシィッ!バシィッ!!バシンッ!!
帝は叩かれるたびに体を跳ね上げて、お尻は早くも真っ赤になっている。
しかし、泣くか泣かないかギリギリになっても、大きな悲鳴(罵倒)を上げていた。
「ひっ、やぁああっ!謝っただろう!?余の、謝罪がぁ、っ、
どれだけ貴重だと……っこの鬼畜!人でなし!!」
「ああ、その通り。一度謝ったくらいで威張り散らすな。反省せん、奴だな!」
バチンッ!!
「うわぁあああっ!!や、やめろ……!このぉっ!!
反省してる!んぁあああっ!!反省してると言うとろうがぁっ!!離せぇぇええっ!!」
「……おい、“反省する”の意味は分かってるか?」
「はぁっ、はぁっ……いっ……うぅっ……!!」
ビシィッ!バシィッ!バシンッ!!
叫び疲れて息を切らせても、容赦なく叩かれる。
さすがに参ってきたらしい帝が、しおらしさを見せ始めた。
「あぁああっ!!わ、悪かったと思ってる!!桜太郎を泣かせた事も!姫を泣かせたことも!
ぬぬを、殴った事も……!!」
「ぬぬも殴ったか……呆れた奴だ」
ビシンッ!!
「やぁあああっ!!」
「ん?おい待てよ……お前、まさか……恋心姫には手を上げてないだろうな!?」
バシィッ!!
「うわぁあああああんっ!!」
「答えろ!!返答次第ではタダじゃおかんぞ!?」
ビシィッ!バシィッ!バシィッ!!
帝が本当に泣き出したにもかかわらず、元々の威力にさらに上乗せされて、
しかも真っ赤なお尻を叩かれる。
帝にしてみれば、もはや命の危険を感じながら必死で首を横に振るしかない。
「してない!!してないしてないしてないぃぃっ!!」
「恋心姫に聞けば分かる事だぞ!?」
「本当に、してない!!うわぁあああん!!もういやだぁぁぁっ!!
桜太郎を、失いたくなかっただけなんだぁっ!!
麿なんかに、人間なんかに桜太郎がぁあああっ!!
うわぁあああん!余は、皆でいたかっただけなんだぁぁっ!!あぁああん!!」
思わず本音を叫んだ帝に煤鬼は困った顔をする。
「……それで、皆を脅し回って……幼稚な奴だな。
最初からそう言えばいいだけで、桜太郎を泣かせる必要も、恋心姫を泣かせる必要も無かった」
「うぅううう!!あぁああああ!!痛い!痛い!もうやめろぉぉぉ!!」
「無かったな!?ぬぬを殴る必要も!」
ビシィッ!バシィッ!バシッ!!
怒鳴りつけて強く叩くと、帝が勢いよく返事を返す。
「うぁああああん!無かったぁぁっ!余が悪かった!悪かったからぁぁぁっ!!
ごめんなさぁああい!!」
「お前が本当に俺達を大事に思うなら、理不尽に手を上げるなよ!?ぬぬにもだぞ!?」
「うわぁあああん!やぁああああっ!わぁああああん!!
分かった!分かった分かったから分かったぁぁっ!そろそろ可哀想に思えぇぇぇっ!!」
「……」
ビシィッ!バシィッ!バシィッ!!
「うわぁああん!!ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!わぁあああん!痛いぃぃっ!
うわぁあああん!わぁああああん!!」
無言でも怒りが伝わったのか、帝が必死で謝り倒す。
煤鬼は少し考えて、諦めた顔で息を吐いた。
「……これだけ叩けば、反省したと信じるぞ?」
「うぁああああっ!うわぁああああん!!」
煤鬼は叩く手を止めて、服を整えてあげて帝を膝から下ろした。
それでも帝は泣き喚いているので何度か頭を撫でる。
「全く、これ以上世話をかけさせるな。泣き止め」
「うわぁあん!触るなぁ!お前なんぞで安らげんわぁぁっ!!」
「……もう知らん!一人で泣いてろ!」
煤鬼は怒って出て行ってしまった。
「わぁあああん!!鬼ぃぃ!!鬼畜ぅぅぅっ!!」
泣き喚く帝が取り残される。


その頃、桜太郎と恋心姫とぬぬは、いつも食事をする部屋で食卓を囲んでお茶とお菓子で休んでいたのだが、
ぬぬがカタカタと震えだす。桜太郎が心配そうに声をかけた。
「ぬぬ、どうしました?」
「……帝、遅くないか……??」
自分の言葉でさらに真っ青になったぬぬは、頭を抱えて叫ぶ。
「やっぱり、煤鬼との組み合わせはまずかった!!
帝は、本気で、心から、下手に出るとか、自分の非を認めるとか、謝るとか、そういう事が一切できない!!
きっと煤鬼の神経を逆なでしまくって今頃、地獄絵図に!!」
「ん〜……煤鬼はたぶん、ちゃんと“ごめんなさい”しないと許してくれませんからね〜」
のんびりとした恋心姫の言葉に、ぬぬが立ち上がる。
「無理だ!帝は一生解放してもらえない!!ちょっと煤鬼に土下座してくる!!」
「あ!ぬぬ!!」
恋心姫が呼び止めても、走り出したぬぬ。
しかし……
「わっ!?」
「ん?」
ちょうど部屋に戻ってきた煤鬼とぶつかって目をしばたかせた。
「す、煤鬼……!!」
「……俺はやる事はやったぞ。後は頼んだ」
「あ、あぁ、ありがとう……!!」
ホッとした顔で部屋を走り出たぬぬ。
入れ違った煤鬼は、疲れた顔をほころばせて身をかがめ、恋心姫にぎゅぅと抱き付いた。
「はぁっ……恋心姫!!怖かったな!?大丈夫か!?
帝は俺がう―――んと、お仕置きしてやったからな!?」
「ありがとう煤鬼!!」
恋心姫もぎゅうと抱き付いて、熱い抱擁の後に煤鬼はある事に気付く。
恋心姫の細い手首に、軽く包帯が巻かれている事に。
「どうした?その手首」
「あ、大丈夫ですよ?もう痛くないです!!でも桜太郎が、一応って!」
「……帝か?おい、話が違うじゃないか……桜太郎!!一番デカいしゃもじをよこせ!!」
怒る煤鬼を、恋心姫が大慌てで抱き付いて宥める。
「わぁああああっ!!大丈夫ですってば!!あんまり叩いたら帝も可哀想です!!」
「でも……!!」
「本当に、いいんです。帝にも早く笑顔になって欲しいですから」
「む……」
恋心姫の笑顔で、何とか怒りが治まった煤鬼。
すると、そんな二人に桜太郎が深々と頭を下げる。
「ココノ姫、ススキ……本当に、ありがとうございます」
恋心姫と煤鬼は、顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「いいえ!桜太郎、麿にちゃんと告白してくださいね!」
「俺は恋心姫に付き合っただけだ。今日からはまともな飯を食わせろよ?」
「はい!」
桜太郎も、本当に嬉しそうに笑ったのだった。



「帝!!」
ぬぬが部屋に入ると、帝は泣いていた。
「うぇえええっ!ぐすっ、ひっく……!!」
「み、帝!だ、大丈夫……もう、大丈夫だから……!!」
オロオロと、ぬぬは帝を抱きしめる。
帝の片手を襟元に添えてあげると、
帝はふわふわした襟を握って、しゃくりあげながら言った。
「あ、うっ……うっ、ぐすっ……!!皆……は……?」
「皆元気だ。誰も泣いてないし、怒ってない」
「うっ、うっ……!!ごめん、なさい……!!」
「大丈夫。もう皆、怒ってない」
「ちがっ……殴っ、て……ごめん、なさい……!!」
「……もしかして、俺、に?」
怖々とそう尋ねると、帝が胸の中で何度も頷いて、ぬぬは一気に混乱した。
「あ、こ、こういう時……何て、言えば……ど、どういたしまして……?
俺も、怒ってない……!!」
しどろもどろでそう返す。
けれど、その後は……
「ありがとう、誉」
嬉しそうに帝を強く抱きしめたぬぬだった。


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【作品番号】youkai6-2

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