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妖怪御殿のとある一日3
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いつも心に妖怪を!妖怪研究家の麿拙者麿(まろせっしゃまろ)だよ!
今日は“妖怪御殿”に在住の桜太郎(さくたろう)君が遊びに来てくれたよ!
……遊びに、っていうか、桜太郎君の場合は家事の一環なんだろうけど。
いつも話を聞かせてもらったり、薪をもらったり食べ物をおすそ分けしたりしてるんだ!
けど今日の桜太郎君、何だか元気が無い……?

********************

ある日の事、桜太郎は自称・妖怪研究家、麿の家で、その麿とお茶を飲みながら話していた。

「――で、思えば、帝さんもイヤラシイ冗談を言ってくるし、セクハラしてくるし、ぬぬも時々変な事言うし、
ススキは論外だし、ココノ姫だけでもまともに育てたかったんですが。
麿さん、うちを“妖怪御殿”なんて仰いますが、あれじゃ“エロ御殿”ですよ……」
「あはは、大変だね」
「すみません、愚痴ばかり……ふ、ぁ……あ、すみません」
「ううん、話を聞かせてもらえるのは嬉しいし……それより大丈夫?寝不足かな?」
あくびをしてしまった口元を慌てて隠した桜太郎は、少し言いにくそうに言う。
「そうですね……少し寝不足で。私の寝てる部屋ってススキの部屋の隣で……」
「煤鬼君、夜更かしなの?あ、それともいびきがすごいとか!?」
「い、いえ……彼、ココノ姫と寝てるんです……と、いうか、寝てなくてですね……音とか、声が……」
「えっ、あっ……!!」
歯切れ悪い桜太郎と、それで察したらしい麿がお互い真っ赤になる。
麿が慌てつつ言った。
「かっ、壁を叩いて教えてあげたらいいんじゃないかなっ!?“聞こえてますよ。静かにしてね”って意味で!」
「やろうと思いました!そりゃもう、思いっきり壁を殴りつけて“うるさい!”って叫んでやろうと思いましたとも!!
ですが……いざ拳を振り上げたら、昼間、二人で遊んでる時の彼らの幸せそうな顔が浮かんできて……!!
結局、耳を塞いで我慢してしまいました……」
「桜太郎君、優しいんだね……」
「いえ、甘やかし過ぎなんですけどね……」
はぁ、とため息をついた桜太郎に麿が何とか話題を振る。
「や、やっぱり鬼って性欲が強かったりするのかな?」
「えっ!?あ……どうなんでしょう?性欲が強いと言うよりは本能に忠実なのかも……
私も、他の妖怪の事を詳しいというわけではないので、イメージになるんですが、
鬼や動物ベースの妖怪はその傾向が、強いような……」
「煤鬼君や、ぬぬ君か!桜太郎君が禁欲しっかりしてそうなのは植物ベースだからかな?
そうなると……恋心姫君は、無機物ベースだから……せっ、性欲は分からないけど、元気だよね!」
「う〜ん、結局は個体差なんですよね。勝手に色々言うと失礼かも。
ココノ姫がしっかりススキと愛し合ってるところを見ると、私が恋愛に疎いのも言い訳できませんし……」
「ん?」
「あっ、いえ……ススキに言われてしまって。“お前は誰かを愛した事が無いんだろう”って。
確かに、“恋愛感情”って、あまり感じたことはないんです。少し、寂しくて」
そう言って、少し悲しそうに笑う桜太郎。
麿は元気づけようと明るく言った。
「いや、僕も今まで彼女とかできた事ないし!大丈夫だよ!
恋愛って無理やりするものじゃないし、桜太郎君は家事頑張ってるし、皆に慕われてるし!
きっと今は、時期じゃないだけだよ!」
「麿さん……ありがとうございます」
「そっか、それで元気が無かったんだね?!よぅし、いいものあげるよ!」
「あっ、お気遣いなく……!!」
遠慮する桜太郎を“いいからいいから”と手で制して立ち上がり、
麿は張り切って綺麗な酒瓶を持ってきた。
「お酒、飲める?桜太郎君、疲れてるんじゃないかな?たまにはパーッといこうよ!パーッと!」
「ええと……料理酒以外は本当に久しぶりで……」
「家では飲まないの?恋心姫君以外は飲めそうなイメージだけど」
「皆、恋心姫の前では飲まないので……よく分かりません」
「そっかぁ。実はね、煤鬼君はもし酒乱だったら止められないし、
帝さんはもしすっごくお酒強かったらついていけないし、ぬぬ君は色々想像がつかないから、
一緒に飲むなら桜太郎君かなって思ってたんだけど」
あくまで穏やかにすすめられ、渋り気味だった桜太郎もつい乗り気になってしまった。
「そうですか?う〜ん……私も少し飲みたくなってきたし、いつもお世話になっているお礼に
お付き合いさせていただきましょうか」
「ふふ、そうこなくっちゃ!」
ニコニコ笑顔の二人は、平和に杯を交わす。
「乾杯!」
「乾杯」
そして、楽しく二人だけの飲み会を始めたは良かったのだが、
しばらくして……
「もうまったく、どいつもこいつも好き勝手に暮らし過ぎなんですよ!
すこしは私のありがたさを思い知れぇぇぇい!」
「そ、そうだね!あの、桜太郎君そろそろやめとこうか?」
「あぁんっ!?麿テメェこの野郎、私と酒が飲めないってんですか!?」
「うん、酔ってるよね!絶好調だね!お水飲んで休んだ方がいいよ!ほら、切り上げよう?」
酔って別人と化した桜太郎が真っ赤な顔で管を巻いていた。
麿がどうにかして宥めようと傍に寄るが……
「はぁ〜〜麿さんよぉ?服って邪魔ですよね?」
「え!?どうしたの急に!?」
「こんなもんを何故身にまとわなきゃならんのですか桜の木が、しゃもじがよぉ!
私はねェ、常々思ってんですよ裸で暮らしたいなぁって!いらねぇんだよ服!!」
「ちょっ……桜太郎君!?ダメだよ!あぁっ!!」
何と桜太郎が急に脱ぎだした。
上の着物も、ズボンも、下着まで全部。止める間もなく。
全てを脱ぎ去って、髪を一つにまとめているヘアゴムさえ取っ払って、
ふんわりとした長髪を下ろして、堂々と麿の目の前に立つ。
「は――すっきりしたぁ!どうよ麿?美しいでしょう?自然って、ありのままが!」
「うっ……!!」
普段質素にきっちりしている桜太郎の、あられもない姿。
加えて、酒で頬が紅潮しているせいか、妖艶に見えて麿は赤面してしまう。
(桜太郎君、もしかして……いや、確実に、煤鬼君より、帝さんより、ぬぬ君より酔わせたらダメなタイプだった!!)
今更後悔しても遅いけれど、麿がどうしようかと考えていると
桜太郎は気ままに麿のベッドにもぐりこむ。素っ裸のまま。
「もーねー、寝るわ!ベッド貸してください!」
「えっ!?あっ、おやすみ!!」
桜太郎はそのまま眠ったらしく、麿はひとまず嵐が去った事にホッとした。
思わず一人で呟く。
「びっくりしたぁ……桜太郎君、こんなになっちゃうんだ……。
飲ませて可哀想だったかなぁ……?でも、だいぶストレス溜まってそうだったし、寝かせておいてあげようっと」
それから麿はそっと飲み会の後片付けを始める。
そのまま、桜太郎は寝かせておいて一人で過ごしていると、あっという間に夕方が過ぎて夜になった。
流石に桜太郎を家に……“妖怪御殿”に帰らせようと揺すって起こした。
「桜太郎君、もう夜だから、帰った方がいいんじゃない?」
「ん〜〜っ……嫌ですぅ……」
「皆心配するよ?御殿まで送るからさ、帰ってまた寝なよ」
眠そうな桜太郎を優しく揺すると、返ってきたのは意外な言葉だ。
「麿さん……今夜は帰りたくないんです……」
「えっ!?」
「お願い、私を、思う存分研究していいですから……」
「あっ……」
「今日楽しいんです……」
「桜太郎君……」
トロンとした表情の桜太郎に、甘い雰囲気に、思わず顔を近づける麿……
ふわりと香るのは桜の香りで……

ドンドン。

その玄関ノック音で、麿は我に返った。
「だっ、誰か来たよ!きっとお家の誰かが迎えに来てくれたんだよ!」
「……私の事、いないって、言ってくださいね?」
「えぇぇっ!?」
「麿さんだって……今の私といるのを見られたら困るでしょう?」
「た、確かに……!!」
良く考えれば、桜太郎は裸でベッドに潜っている。
万が一、誤解されたら困る……??かも?
と、考えがまとまらないまま玄関へ出てきた麿。

そうして、来客は“妖怪御殿”の住人の一人、煤鬼だった。
真剣な、少し不安げな表情で麿に尋ねてくる。
「麿、桜太郎がうちに帰ってないんだ。ここに来たか?」
「来て、ないよ?あ、でも!僕も周りをよく探しておくから!心配しないで!」
「すまん。頼む。あぁでも、夜は危険だから、あまり遠くを探すなよ?
恋心姫も一緒に探すと聞かなくてな、怒鳴って泣かせてしまった」
悲しげに笑う煤鬼に、麿は罪悪感を持ち始める。
「そ、そっか……大変だったね煤鬼君」
「あぁ。今は帝が見てくれてて……ぬぬも一緒に探してるんだ」
「……ねぇ、いったん帰った方がいいよ。桜太郎君も、もしどこかにいるとしても
夜は動かないで、朝を待ってるんじゃないかな?
煤鬼君がもし怪我でもしたら、それこそ恋心姫君が可哀想だし」
「いや、俺はもう少し……」
「煤鬼」
ここで入って来た“妖怪御殿”の住人の一人、ぬぬも合流する。
煤鬼はぬぬに尋ねた。
「あぁ、どうだった?」
「いなかった。けど……」
「ここにも来てないらしい。はぁ、恋心姫に何て言えば……」
「来てない??」
「やはり、もう少し探すか……」
「…………」
ぬぬは無言のまま左右を見渡す。
そして煤鬼に言った。
「いや、俺がもう少し探す。煤鬼は帰った方がいい。恋心姫が心配するから」
「ぬぬ……そうだな、そうする。すまない」
「大丈夫」
煤鬼は頭掻いて盛大にため息をつきながら出て行く。
だいぶ参っているようだ。
そんな彼を二人で見送った後、ぬぬが唐突に口を開く。
「麿、何故隠す?」
「えぇっ!?何の、事?!」
「中に入れろ」
「ま、待って!!」
強引に家の中に入ろうとするぬぬを麿が慌てて引き留めた。
振り払われないように、懸命に腕を掴んで叫ぶ。
「ご、ごめん!桜太郎君を隠すつもりなんかないよ!でもね、事情があって!
中に入っても、驚かないって、話を聞いてくれるって約束してほしいんだ!」
「桜太郎を酔わせて何かしたのか?」
「ち、違うよ!!あぁ、何でお酒の事まで分かっちゃうかな……!!」
「僅かだけど桜と、酒の匂い」
「あ……そっか、そうだよね……」
「とにかく桜太郎の無事を確認させてほしい。貞操を含め」
「貞操は無事だから!!……本当に、誤解しないでね?」
麿はぬぬを部屋の中に案内する。
裸で眠っている桜太郎を見ても、ぬぬは特に驚きもしなかった。
(……不倫妻……)
「酔って寝ちゃったんだよ。起こそうとしたけど“いないって言ってくれ”って」
「桜太郎」
ぬぬが呼びかけて体を揺すると、桜太郎は目を閉じたまま唸った。
「う〜ん……」
「黙って隠れてるつもりか?皆心配してるぞ?」
「心配させとけばいいんですよぉ!少しは私のありがたみを分かればいい!」
桜太郎が寝言のようにそう叫んだ瞬間、ぬぬが桜太郎の髪を掴もうとしたので
麿が慌ててその腕を掴んで止めた。
「ぬぬ君!!酔ってるんだ!本心じゃない!
桜太郎君、寝不足で疲れてたんだ!お願い、乱暴しないであげて!!」
「皆がどれだけ心配してると思ってるんだ!このまま寝かせておく気か!?」
スヤスヤ眠っている桜太郎の間近で小競り合いが続く。
珍しく声を荒げるぬぬの腕を止める麿は特に必死だった。必死でぬぬに頼み込む。
「お、お願い!!乱暴に起こさないで!怒らないであげて!!
明日までここに置いてあげるのはどう!?“今日は帰りたくない”って言ったんだ!それだって、勢いで言っただけだろうけど!」
「今こっち側が、桜太郎を心配してどういう状況になってるか分かってるのか!?」
「分かってる!分かってるよ!僕も謝りに行くから!!
全部皆に伝えてくれて構わない!!でも、帰すのは明日まで待って!」
「……桜太郎に伝言」
急にいつもの声のトーンに戻るぬぬ。
腕も下ろして、冷静に言った。
「俺は何も言わないから、明日、自分で皆に全部話して謝れ」
「……分かった、伝える。ごめんなさい」
冷静になったぬぬにホッとしながらも謝る麿。
ぬぬは視線にやや怒りを含ませながら麿を見た。
「麿……本気で怒った煤鬼が麿を殴ったら頭が吹き飛ぶと思うから、それは許すけど、
帝には土下座した方がいい」
「わ、分かった……土下座します」
「帰る」
「本当にごめんなさい。ち、ちなみに桜太郎君は殴られたりしないよね?」
「……拳では大丈夫だと思う。平手は保証しない。帰る」
「うん……気を付けてね」
麿はぬぬを送り出して……その日は床で寝たのだった。


翌日。
目を覚ました桜太郎に、すでに起きていた麿が近づいてにっこりとほほ笑んだ。
「あ、お早う桜太郎君。気分はどう?」
「……大丈夫、です……が……」
体を起こした桜太郎は自分の姿を見て青ざめていた。
シーツで体を隠しながら、麿に縋る様に尋ねる。
「ま、麿さん……私はなぜ裸なんですか……?もしかして、貴方と一夜の過ちを……!?」
「ち、違うよ!桜太郎君、酔って脱いじゃって、そのまま寝ちゃっただけだから!!」
「えっ!?」
桜太郎は真っ赤になって、シーツを顔まで持ってきて隠していた。
「ご、ごめんなさい!!ごめんなさい、ご迷惑を……!!」
「僕はいいんだ。けどね、お家の皆、すっごく心配したみたいで。ぬぬ君が来てくれたの覚えてる?」
「分かりません……」
「あぁ、ごめんね。桜太郎君酔ってたのに、僕が正直に話せばよかったんだ……
あのね、桜太郎君が“帰りたくない、ここにいない事にしてくれ”って、僕、真に受けて。
だから、最初に探しに来てくれた煤鬼君に嘘ついて、でも
ぬぬ君にはバレちゃって……“明日、自分で皆に全部話して謝れ”だって」
「それは、そうですよね……はぁ、皆怒るかなぁ……」
しゅんとする桜太郎。
麿も申し訳なさそうにしていた。
「だ、大丈夫?僕も何か持って謝りに行こうと思うんだけど、一緒に帰ろうか?」
「いいえ。一人で大丈夫。私も子供ではないし、男ですから。
麿さんは悪くない。皆にちゃんと説明しますから、謝りに来るだなんて……」
「ううん。僕が桜太郎君、隠しちゃったようなものだから。
本当にごめんね……」
しゅんと落ち込む麿の手を桜太郎が握って、笑った。
「麿さん、お酒、美味しかったです。昨日は、楽しかったです。
だから、そんな顔しないでください」
「うぅ、ありがとう……」
こうして、桜太郎は着替えて麿の家を後にした。
帰り辛さも多少は感じたが、これ以上姿をくらませると余計大事になりそうなので、
気を奮い立たせて帰る事にした。



“妖怪御殿”に戻った桜太郎を待っていたのは(桜太郎にとって)意外にも温かい歓迎だった。
「桜太郎!!うわぁあああん!桜太郎!!桜太郎!!」
「恋心姫……!!」
玄関の廊下でいの一番に泣きながら抱き付いてきた恋心姫に続いて、
皆が寄ってきて次々と心配する声をかけてくれる。
「おい、大丈夫か!?どこにいた!?」
「桜太郎……心配したぞ?怪我は無いのか?」
「み、皆……私、その……!!」
煤鬼も帝も、優しく体を気遣ってくれる。
ここで本当に事を言って彼らを怒らせるのが怖くなった桜太郎はとっさに……
「買い物を、済ませるのが遅くなりまして……気づいたら、
辺りが暗くて、み、道に……迷ってしまって……!!
その、怖くて動けなくなって……買い物の、荷物も途中で落としてしまって……!!」
適当に嘘をついてしまう。
けれど、誰も疑う者はいない。
「桜太郎……!!怖かったですね!もう大丈夫ですからね!!」
「動かなかったのは正解だな。お前が無事で良かった」
「やれやれ、買い物は昼間に済ませるようにしないとなぁ……。
何にせよ、お主が戻って来られてよかった」
「ご、ごめんなさい……心配を、かけて……」
誰も疑わない事に安心してしまった。このまま黙っていよう、嘘を貫き通そうと思った。
(今度から気を付ければ大丈夫)と、
麿に言われた伝言も忘れて……いたのだが……
「桜太郎、麿と酒を飲むのは楽しかったか?」
「え……!!」
「探している俺達に嘘をついてまで居座りたくなるほどだもんな。
それで?また嘘をつくのか?」
そう、ぬぬに言われて一気に思い出すことになる。
「ご、ごめんなさい!!」
“明日、自分で皆に全部話して謝れ”と、言われていた。
全部知っている者がいる以上、嘘をついても無駄だった。
内心真っ青になりながら慌てて頭を下げる。
「本当は麿さんの家にいたんです!!
お酒をいただいて、酔っ払ってしまって帰れなかったんです!」
まともに誰の顔も見られないけれど、真っ先に聞こえた声は煤鬼のものだ。
「バカな!麿の家は探しに行ったぞ!?」
ここからは、怒らせると分かっていても恐々答えるしかない。
「わ、私が……麿さんに、ここにいる事、黙ってろって……」
「はぁ!?何故だ!?」
「覚えてません!!ごめんなさい!!」
「桜太郎!!」
「煤鬼!!怒っちゃダメです!!さ、桜太郎だって……
桜太郎だって、たまには麿といっぱい遊びたかったんですよ!」
恋心姫が懸命に煤鬼を宥める傍で、別の問題も起きているようで……
帝はぬぬの方に詰め寄っている。
「ぬぬ、知っておったのか?」
「あぁ。桜太郎は寝てた。俺は説得した。麿に止められた」
「それで言い訳になると?」
「思ってない。罰は受ける」
「ハハハ……そうか。なら、桜太郎へお仕置きする役はそなたに譲ってやろう」
帝はふんわりとぬぬに言うと、今度は桜太郎に近づく。
「桜太郎?最初から謝らないとは残念な事だな」
「帝さ……」
優しげな雰囲気の帝はいきなり手を振り上げて
パンッ!
「皆がどれだけ心配したと思ってる。大馬鹿者」
桜太郎の頬を叩いて、いつになく真剣な表情で言った。
一瞬驚いた後に叩かれた個所を押さえて、泣きそうな顔で俯く桜太郎を見た恋心姫は
必死で煤鬼の服を引っ張っていた。
「煤鬼!桜太郎のほっぺた!“痛いの痛いのとんでけ”ってしてあげてください!」
「知らん!飛んでかなくていい!自業自得だ!あ゛ぁ、くそっ!」
煤鬼はそのままどっかりと壁にもたれて動かない。
恋心姫が目を丸くしてまた煤鬼の服を引っ張る。
「す、煤鬼?」
「恋心姫、向こうで遊んでろ。俺は見てる」
「えぇっ!?」
「見てる。本当なら俺が叩いてやりたいくらいだ」
「うぅ、煤鬼ぃ……」
恋心姫は何か言いたげに煤鬼の服を引っ張るけれど、
煤鬼は応答するように恋心姫の頬をつつくだけで動かない。
そうしていると恋心姫は帝に抱き上げられる。
「さぁ、姫!余と向こうで遊ぼうぞ!」
「帝……!煤鬼!!」
「後で遊ぼうな!」
煤鬼は体を乗り出して手を伸ばす恋心姫には、笑顔で手を振って。
恋心姫が連れて行かれてしまうと、桜太郎を睨みつけて言った。

「桜太郎。昨日は、お前のせいで恋心姫を泣かせた。お前も泣いて謝るまで許さんからな」
「ごめんなさい、本当に……」
ほぼ全員から怒られ通しで、桜太郎は俯いて弱弱しい声で平謝りするしかない。
今度は、ぬぬからこんな事を言われる。
「桜太郎、お前の尻をお仕置きするための道具が欲しい」
「えっ……?」
「道具」
「あ、の……?」
桜太郎の頭の中で、ぬぬの言っている事がハッキリと輪郭を結ぶ前に、
煤鬼の呆れたような怒ったような声が聞こえた。
「出してやればいいだろう。俺に使ったくらいのを」
「!?」
つまりは“自分をお仕置きするための道具を自分で用意しろ”という事だと悟ると
桜太郎は一気に赤面する。けれどもこの状況下で逆らうわけにもいかない。
泣きたくなりながら手の中に作った“しゃもじ”を「どうぞ……」と、ぬぬに渡す。
そうしたら煤鬼は
「何だ、小さいな」
と言うしぬぬは
「大丈夫。腕力でどうにかする」
と言うし……目の前でこんな会話をされて、桜太郎はもう何を考えていいか分からなくなる。
恐怖心と羞恥心だけが膨れ上がってきたところで、ぬぬに強く腕を掴まれた。
「じゃあ、桜太郎」
「わっ!?」
乱暴に、壁側に体を追い詰められる。煤鬼がもたれ掛っている方とは逆の壁側だ。
ぬぬが淡々と言う。
「下半身裸になって、壁に手をついて。皆が心配した一晩分……反省してくれ」
言葉が簡潔過ぎて心の準備が追い付かない。
桜太郎は思わず壁に背を預ける様に後ずさって、首を振る。
それでも、ぬぬは別に怒るでもなく無表情だった。
「向きが逆。そのまま後ろを向いて」
「あ、あのっ……!!脱ぐのは許してもらえませんか!?」
桜太郎は後ろを向きながらも、せめて頼んでみたけれど……
「気持ちは分かる。でも許す事はできない。
少しでも痛い思いをしたくないなら、動くな」
一気に穿いていた物をずり下ろされて、しゃもじを振り下ろされた。
バシィッ!!
「うわぁっ!?」
一発叩かれただけで、桜太郎は痛みで体を逸らせてしまった。
そのリアクションにおかまいなしで、ぬぬは平然としゃもじを振り下ろしている。
「恋心姫にあれだけ“暗くなる前に帰って来い”と口うるさく言ってるお前が無断外泊……」
ビシィッ!バシィッ!バシッ!!
「やっ、ちょっ……ああぁっ!!」
「話にならない。しかも、酒の飲み過ぎで」
バシィッ!ビシィッ!ビシィッ!!
「うぁっ!!やめっ、ごめんなさい!!
い、痛い!!やめて、ください!!もう、しませんからぁぁっ!」
痛みで言葉を途切れさせながらも必死に桜太郎は叫ぶ。
とにかく痛みが耐え難かった。
無意識に壁に体重をかけたり、足で地面を蹴って痛みから逃れようとする。
「あぁあんっ!何も、覚えてっ、ないんです!許してっ、嫌だぁぁっ!!」
「“何も覚えてない”からって、許されると思ってるのか?」
バシンッ!ビシィッ!!
「ひっ、あぁぁっ!!」
「桜太郎、暴れるな」
「そんな事、言ったってぇぇっ!!うぁああんっ!!」
逃げ腰になれば、腰に手を入れられてお尻を引き戻される。
引き戻されてまた厳しく叩かれる。
道具を使われている上に最初から容赦なく叩かれているので、
桜太郎のお尻は赤くなっていて、本人も半泣きだった。
「もう、いやぁぁぁ!!ごめんなさい反省しましたぁぁっ!!痛いぃぃっ!!」
「……桜太郎」
「無理ですこれ以上はぁぁぁっ!!」
ぬぬに咎められても、桜太郎は叫びながら逃げ出そうと暴れた。
すると……
ドンッ!!
「ぅあっ!?」
突然の大きくて重い音に驚いて、桜太郎は動きを止める。
煤鬼が壁を後ろ蹴ったらしい足を元に戻してぬぬに言った。
「ぬぬ、代わるか?」
「やっ!?ごめん、なさい!!やだっ!大人しく、します……!!」
そう答えたのは真っ青になった桜太郎だったけれど、
ぬぬも煤鬼もそれ以上は何も言わずに桜太郎のお仕置きは再開される。
ビシッ!バシィッ!ビシッ!!
「あぁあっ!ごめんなさい!ごめんなさぃぃっ!うっ、ぇぇっ!!」
今度は痛みに動かず耐えようとする桜太郎だが、
そうすると涙が溢れて止められなくなって、泣き出した。
「い、たい!!痛い!!ごめん、なさいぃっ!!う、うぅっ、うぁあああん!!」
「皆、お前の事を心配したんだぞ?俺と煤鬼は暗い中探したし」
バシィッ!ビシッ!ビシッ!!
「ご、ごめんなさい!!うわぁあああん!ごめんなさぁぁい!!」
「それを、酔っていたとはいえ、麿の家に居座って
“心配させておけばいい、少しは私のありがたみを分かればいい”とか言って……」
「ぬぬ、代われ!!」
今まで動かず見ていた煤鬼がそう言って動いたので、ここで選手交代らしい。
ぬぬは桜太郎から離れて場所を譲った。
「やっ!?うわぁあああん!!ススキ、ごめんなさい!!やだぁぁ!!」
桜太郎は怯えて泣くけれども、煤鬼は桜太郎を怒鳴りつける。
「お前!ぬぬに何て言ったって!?」
「ちっ、違っ……覚えてないんです!!私そんな事、思ってなっ」
「心配した俺達が本、当〜〜に、バカみたいだな!!」
バチンッ!!
「うわぁあああああん!!ごめんなさぁぁああい!!」
さっそく赤くなったお尻を平手できつく叩かれて、桜太郎は大泣きしていた。
それでも煤鬼は怒鳴るのもお尻を叩くのもやめる気配はない。
「あと何発欲しい!?」
「やだぁぁっ!!要らないですごめんなさい、うっ、ぇっ、ごめんなさぁぁい!!」
ビシンッ!バチンッ!バシィィッ!!
「わぁあああああん!!心配かけてごめんなさぁぁぁい!!もうしません!もうしませぇぇぇん!!」
「道に迷っただの嘘もつくしなぁ!?
その下らん事しか言わん喉が枯れるまで泣かせてやろうか!?」
「あぁああああん!!うわぁあああああん!やだぁぁあああ!!ごめんなさぁぁぁい!!」
バチンッ!ビシィッ!バチィィンッ!!
もはや、幼子のように泣く桜太郎に、容赦ない煤鬼を見て
(やっぱり怒らせたら煤鬼の方が迫力があるな。これで桜太郎も懲りるだろう)
と、ぬぬは冷静に考えていた。
煤鬼の方も、しばらく叩いたが、
「うっ、あぁあああん!ごめんなさぁぁい!やだぁぁっ!ススキぃぃぃっ!!うっ、うぅぅっ!!」
声も体も震わせながら、掴むところもない壁を掴もうとして指が滑っていく桜太郎を見て、
可哀想になってきたので許すことにした。
そして、泣きじゃくって疲れ果てている桜太郎を二人がかりで慰める。

「桜太郎、本当に皆、お前を心配したんだからな?」
煤鬼が穏やかにそう言いながら頭を撫で、
「姿を消してこっそり外泊なんてしなくても、俺達、桜太郎のありがたみは分かってるから」
ぬぬが肩に手を置きながら優しく声をかける。
「帰って来たくなくなるほど、お前の負担になっている事があるなら手伝うし……」
「何か、気に食わないところがあるなら直す努力をする……」
煤鬼とぬぬに交互に気を使われて、桜太郎はしゃくりあげながら首を振る。
「本当に、酔っ払ってただけで……ごめんなさい、これからはきちんと帰ってきます。
ストレスが溜まったら、皆に相談します」
こうして、桜太郎のお仕置きは終わった。
けれども桜太郎にはまだ謝らなければならない人もいて……

「さ、桜太郎!!大丈夫でしたか?」
「あぁ……恋心姫!!」
大部屋に戻ると、心配して駆け寄ってきた恋心姫を、
腰を落としてしっかり抱きしめて、涙ぐみながら謝った。
「貴方にも心配をかけてごめんなさい!!」
「桜太郎……これから、いっぱい遊びたいときは、きちんと皆に言わないとダメですよ?」
「はい……!!」
恋心姫に頭を撫でられながら、何度も頷いていると、帝もゆっくりと同じように近づいてきた。
「桜太郎、反省できたみたいだな」
「み、帝さん……あの……」
「よしよし、痛いの痛いの飛んで行け〜〜!!」
急に桜太郎の頬撫でながら、のほほんとそう言う帝。
桜太郎が目を丸くしていると、帝はこれまた優雅に笑う。
「やはり顔を叩くのはまずかったな。許してくれ。
お主が心配で、頭に血が上ってしまった」
「いいえ。あれでハッとしましたから……ありがとうございました」
「うむ。これで一件落着だな」
帝の一言で全員が安心したように息をつく。
すると――

ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り……
「まっまま、麿拙者麿です!!お詫びに参りましたぁぁ!!」
明らかに緊張して、裏返っている麿の声が。
桜太郎が慌てて皆に言った。
「麿さん……!そうだ!あ、あの!!皆、今回の事は麿さんは悪くなくて!!」
「良いぞ麿、入って参れ」
桜太郎の声を聞いているのかいないのか、帝が麿にそう言うと……
「帝さん申し訳ございませんでしたぁぁぁぁあ!!」
ズザザザザザー――!!
麿は猛ダッシュからの、見事なスライディング箱捧げ土下座を決める。
そしてそのまま叫んだ。
「そちらの桜太郎君をお家にお帰しせずにご心配をおかけしました!!
どうかお詫びの品をお受け取りくださいませ!!
私めの事は煮るなり焼くなり好きにしてくだされぇぇぇぇっ!!」
「ふむ……」
目を細めて意味ありげに笑う帝。
対して……
「……すごい」
「ほーぉ」
「??麿も、ごめんなさいしてるんですか?」
「そんな、麿さんは悪くないです!!顔を上げてください!!」
流れるような土下座に素直に感心しているぬぬ。
何だか嬉しそうな煤鬼。
不思議そうな恋心姫。
オロオロする桜太郎。
と、それぞれの反応を見せる。
最初に動いたのは恋心姫で、嬉しそうに麿に駆け寄って言った。
「麿!その箱はお菓子ですか!?開けてもいいですか!?」
「へっ!?あ、いいよ!お詫びに皆に食べてもらおうと思って、
ちょっぴりお高い美味しいお菓子を持ってきたんだ!!」
「わぁああい!」
恋心姫に無邪気に話しかけられて素に戻ってしまった麿。
大喜びの恋心姫が包み紙を破いている時、煤鬼は豪快に麿の肩を抱いた。
「麿!お前も尻を引っ叩いてやろうかと思ったけど、なかなか男気溢れる謝罪だったな!
気に入った!許してやる!」
「ヒィィィッ良かったぁぁ!!ありがとう!煤鬼君もぬぬ君も嘘ついてゴメンね!」
「まぁ、俺はもう気にしてないし……」
ぬぬも無表情ながらも、恋心姫が散らかした包み紙を拾っている。
麿はホッとしたが……
「麿?」
「ハイッ!!」
帝に声をかけられて、一気に背筋を伸ばす。
優しい笑顔の帝は言う。
「二度目は無いぞ?肝に銘じておけ?」
「わ、分かりました!!」
「では、菓子を頂くかな。恋心姫、どんな菓子だ?」
「おっきいですよ!」
帝も無邪気に恋心姫とお菓子を眺めているので、今度こそ麿はホッとする。
ふと桜太郎と目があって、桜太郎はにっこりと笑った。
「麿さん……ありがとうございます。お茶を淹れてきますね」
「あ、僕も手伝うよ!!」

こうして、麿と皆でお菓子とお茶を囲んだ、平和な妖怪御殿だった。

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【作品番号】youkai3

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