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うちの画家先生9




突然だが、我が家でゲーム禁止令が出た。
俺が連日夜中までやりこんでたのが原因だが、何も取り上げなくっても……小学生じゃあるまいし。
しかし、両親不在の我が家では兄貴がダメだと言うものはダメなのだ。
てなわけで、俺もおっさんも、一週間はゲームに触れなくなってしまったのだが……

(あー……ゲームしたい……)

ぼーっとテレビを見つめながら、ついつい考えてしまう。
やるなって言われると無性にやりたくなるよなぁ……
考えてみれば、昼間は兄貴がいないのに律儀に約束を守るのはバカバカしい。
たかが、ゲームだ。ちょっとやって片付ければバレないだろう。

そう思って兄貴の部屋に行くと、ゲームの箱が乗っている棚の正面で、盛んにジャンプしているおっさんの姿が。
……このおっさんも俺と同じことを考えたようだ。
ジャンプで取ろうとしているのには呆れるけど。椅子持ってくるとかあるだろ普通。


「け、健介君!?ち、違う!!ゲーム取ろうとしてたわけじゃないよ!!?」
「……そんなんで取れるわけないじゃないですか。ほら、どいて。」

俺を見るなり大慌てで言い訳を始めるおっさんを
軽く押しのけてゲームの箱を下ろしてやったら、目を丸くしていた。

「え?あれ?健介君……?」

「昼間は兄貴いないからやってもバレない、そう考えたんじゃないですか?」
「う、うん……。」
「奇遇ですね。俺もです。」
「健介君……!!」

気づけばどちらからともなく手を差し出して、握手を交わしていた。
こうして妙に一体感の出た俺たちは、そのまま心行くまでゲームを楽しんで、兄貴が帰ってくる前に元に戻しておいた。


そのうち夜になって、兄貴が帰宅。
夕食を済ませて、3人でリビングでゆっくりしてた。
俺はテレビを見てるし、兄貴は雑誌読んでるし、夕月さんは寝転んでリモコンをいじってる。
しばらく静かだったが、ふと、兄貴が口を開いた。

「健介君、ちゃんとゲーム我慢してる?
僕がいない間にこっそりやってないだろうね?」
「そんなわけないだろ?やったらどうなるか分かってるわけだし。」

突然言われてびっくりしたが、何とか平静を装うことができた。
よっしゃ、これは上手い事かわしたぞ俺!


「それもそっか。先生もちゃんと我慢してますか?」
「う、うん……」

一方のおっさんは歯切れの悪い反応で心配だ……夕月さん!もっと堂々としてないとバレるぞ!
夕月さんがバレたら、芋づる式に俺もバレて罰を受けるに決まってるからな……。
何としても隠し通してくれ!!
そんな俺の願いとは裏腹に、兄貴は夕月さんの態度を怪しんでるようだ。

「そうですよね。先生もお尻叩かれるの嫌ですもんね。
ましてや、今嘘つくと余計痛い事になるのに嘘なんてつかないですよね?」

兄貴に言われて、夕月さんのリモコンを持つ手に微かな力がこもる。
怯むな!夕月さん!鎌かけてるだけだ!普通にしてれば大丈夫!!

「つかないよ……嘘なんてつかない。私の心はいつも真っ白。まるで買ったばかりのキャンバスのようにね。」

若干余計な事言ってるけど、いいぞ!夕月さん!そのまま白を切り通せ!!

「ところで先生、今日はあの車のゲーム、1位になれましたか?」
「ううん。5位。だってあのカーブ曲がれな……」

バッと、夕月さんが口を押さえたときにはもう手遅れ……
ああああ!おっさんバッカやろぉおおおおお――――――っ!!!
兄貴の怒ったような呆れたような顔が、夕月さんの運命を物語る……ついでに俺の末路も。

「先生……」
「やってない!!やってないって!!やったとしてもやってないよ!!」
「往生際が悪いですね……今日は厳しくしたほうがいいですか?」
「やっ……厳しくしなくていい!!」

そんなやりとりをしながら夕月さんは兄貴の膝に引き倒されて……
あとは言わずもがな……尻を出されて叩かれていた。


パン!パン!パン!

「やっ……あぁっ!!痛いぃっ!!えぅっ!!」

いつも傍から見ているこの光景……
俺も後でああなるかと思うと、直視できない。


「んっ、やだぁっ!!ああっ!!健人くっ……いあぁっ!!」
「まだ始まったばっかりじゃないですか。ちゃんと反省できるまで叩きます。」
「反省できたぁっ……ひぅっ!!」
「こら早い!早いですよ!適当言わないでください!そうやってすぐ終わらせようとして!!」
「あぅうっ!!らってぇ……痛いもっ……ふぁあっ……!!」


パン!パン!パン!

叩かれる音も夕月さんの悲鳴も、嫌でも耳に入ってくる。
どうしよう、すごく不安になってくる……ああ、瞑想しようかな、瞑想。
そう思ったりするものの、目も耳も塞ぐことができずに、夕月さんの方をチラチラ見てしまう。
目に入るのは手を振り下ろす兄貴と、“痛い”を連発しながら辛そうに身をよじっている夕月さんで……こっちも胃が痛い。


「痛いばっかり言ってるうちは終わりませんね。」
「痛くないぃ!!んぇぇっ……!!」
「いや、そういう意味じゃなくて……ほら、じっとして!」

パン!パン!パン!

「痛いじゃなくて、どうして痛くされてるか考えるんですよ?ちゃんと考えてます?」
「んっ、ふぇっ……ゲームしたからぁっ!!」
「そう!ちゃんと考えてるじゃないですか。ゲームは一週間禁止って約束したでしょう?
どうして守れないんですか?」
「んあぁっ!昼間ならバレないと思ってぇっ!!」
「そういう考え方はダメですよ!」

バシィッ!!

赤くなっている尻に痛そうな一発が……
怖ぇぇっ……そろそろ見てるのが嫌だ……夕月さん泣きだしてるもん。


「うっ、ふぇぇっ!!」
「わざわざ先生が届かない高いところにしまっておいたのに……どうやってゲーム下ろしたんですか?」
「ひぅっ……ジャンプして取った……」

バシィッ!!
明らかな嘘のせいで思いっきり叩かれた夕月さん。
どうしてだ!?俺が取ったって言えばいいんだよ!でなきゃ、せめて椅子を使ったって言ってくれ!!


「うわぁああんっ!!スーパージャンプして取ったぁぁあっ!!」
「どうしてふざけた事ばっかり言うんですか!僕をバカにしてるんですか!?」
「ちがっ……バカにしてっ、ないもんっ!!わぁあああんっ!!」

パン!パン!パン!

「だったらどうして嘘ばっかり…………あ、そうか……共犯がいるんですね?」
「はぁっ、共犯なんてっ……あぁっ!!いなっ……いぃっ!!」
「嘘ついても無駄ですよ!健介君でしょ!?健介君に取ってもらったんですね!?
それで二人で仲良くゲームしてたってわけですか!」

兄貴が追い詰めるようにバシバシ尻を叩くが、夕月さんはなかなか俺の名前を出さない。
おっさん!!何で俺を庇うんだろう……とにかく無理するな!!
早く口を割れ!!見てるこっちが辛い!!


「わぁあああんっ!!痛いいぃぃっ!!健介君は関係ないぃっ!!」
「夕月さんやめてくれ!!俺が悪かったんだよ!!俺がアンタを止めるべきだったんだ!!」

何故か必死に俺を庇う夕月さんの姿に、俺は思わず叫んでいた。
「健介くぅぅんっ!!」と俺に助けを求めるように手を伸ばす夕月さんに
兄貴が少し困ったような顔をした。


「これじゃあ僕が悪者みたいじゃないですか。いいですよ、もう。悪者っぽくしましょうか?
……この!言いつけを守らないからこうなるんだぞ!分かったか!えぇっ!?分かったかって聞いてんだよ!」

パン!パン!パン!


「わぁぁああんっ!!健人君がグレたぁぁぁああっ!!
グレちゃダメぇええええっ!!」
「まぁ、冗談はさておき……あのね、先生……先生が健介君と一緒になって約束破ってどうするんですか?
むしろ、健介君を止めるくらいじゃないとダメです。分かりましたか?」

パン!パン!パン!


「分かりましたぁぁっ!!んぇええええっ!!」
「はい、分かりましたね。ごめんなさいは?」
「わぁぁああんっ!!ごめんなさいっ!!ダメって言われたのにゲームしてごめんなさいっ!!わぁんっ!!」
「約束はちゃんと守ってください。いいですね?」
「うぁぁんっ!!いいですっ!!守りますぅっ!!」

パァンッ!

「はい、じゃあそこで反省しててください。僕は健介君も叩かなきゃいけませんからね。」

膝から解放された夕月さんは床に突っ伏してすんすん泣いていた。
って、これ……俺の番じゃないか……
チラッと兄貴を見るとにっこり微笑まれて……怖かった。

「さて、健介君……」
「っ……!!」

手を掴まれて反射的に後ずさる。
兄貴……そんな「何抵抗してんだよ。」みたいな目で見ないでくれ……
わざとじゃないんだ。きっと防衛本能……。


「どうしたの?おいで?」
「……あの、できれば手短に……。」
「無理。」

俺の心からのお願いがたった二音で却下された……
もう嫌だ……今日はどうしたら一番早くこの状況を終わらせられるんだろう??
考えてる間に兄貴の膝の上に乗っけられてしまった。


パン!

「っああ!」

パン!パン!パン!

あ、ダメだ!痛い!
耐えようとすると、打たれるたびに体に力が入ってしまう。

「ひっ、うっ……!!」
「お兄ちゃんの言いつけを破った上に、嘘までついて……それですぐ許してもらえると思う?」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
「やったらどうなるか分かってたんだよね?分かってたならそれなりの覚悟はできてるでしょ?
それとも、僕を完全に騙せると思ってた?」
「はぁっ、ああっ!!」


パン!パン!パン!


「答えて健介君。どうしてお兄ちゃんと約束した事守れなかったの?」
「っ……ううっ……やめて……怒らないでっ……!!」
「答えになってないよ。ちゃんと答えてくれないと終われないんだけど?」

パン!パン!


答えろと言われましても!!
“約束つっても、たかがゲームだし、昼間ならバレないだろうと高をくくってました”
……とは死んでも言えない。何か無難に……そうだ!!


「んあっ!!ごめんなさいっ、つ……ついっ……出来心でっ!!」
「出来心ねぇ……分からなくもないけど、約束した事はちゃんと守らないと。
僕がいないからってこっそり言いつけを破る、その考えが気に入らないなぁ、健介君。」
「ぁあはっ!!ごめんなさいっ!!」

パン!パン!パン!

だんだん尻がジンジンしてきた……
しかも、さっきから“ごめんなさい”が3回ほど軽く無視されている。
謝っても無駄か!?やっぱり謝っても無駄か!?


「思えば、最近の健介君は、全然お兄ちゃんの言う事聞いてくれないね。
夜中にゲームしないでって言ってもするし。あれ4回ぐらい言ったかな?
あんまり酷いからゲーム没収してもこっそりやるんだから……何?反抗期?」
「違うっ!!違うよぉ!!ごめんなさぃぃっ!!」
「違うの?じゃあ何だろうね?最近は気持ちが緩んでるとかそういうのかな?
いっぺん泣こうか?」

瞬間、すごい戦慄が走った。さらっと怖いこと言われたぞ今!!


「いやっ……嫌だっ!!許してっ!!」
「泣くほど痛い思いして懲りたほうがいいね、うん。そしたら少しはお兄ちゃんの言う事聞けるよね?」
「聞くから!!これからは言う事聞くからぁぁっ!!」

大声で叫ぶ自分の声は、我ながら情けない声……
痛いのと怖いので半泣きになっているのは自分でも分かる。
すでに半泣きなんだから泣くのも同じだろうと言うことなかれ。人間、自分の被害は最小限にとどめたいものだ。

一生懸命叫んだけれども結果は空しく、兄貴の返事は……

「ダメだよ、もう遅い。ちょっとは反省してね。」

バシィッ!!

「うぁああっ!!」

優しい口調から想像できないほど強く叩かれて大声を上げてしまった。
これだけ口調と動作が合ってない例も珍しいぞ!!?


パン!パン!パン!


「いぁああっ!ごめんなさいっ!!やだぁぁっ!!ぅあっ……」

明らかに力入ってる!!痛いって!!
体が自然と逃げ腰になってしまうけど、押さえられてるから無駄な事だ。
かろうじて動かせる手足をもぞもぞさせるしかない。

パン!パン!パン!

「んぅっ、ふぇぇっ、ごめっ……なさいっ!!んっ、ぐすっ……ふぁあっ!!」

無言が怖い!無言が怖い!!何で兄貴黙ってるんだよ!!
頼むから何か言ってくれ!!どうしていいか分からない!!
尻も痛いし!すごい痛いし!
一旦涙が出ると、もう止まらなくなって……俺は恥ずかしながら兄貴の言葉どおり泣いてしまった。

「やぁああっ!ごめんなさぃぃっ!!ああぁっ!!やめっ……やめてぇぇっ!!ふぇぇんっ!!」

パン!パン!パン!

「うぁあっ、やぁああああっ!!ごめんなさぃぃっ!!」


バシィッ!!

痛ってぇぇっ!!ここで押す!?
久々に大声で泣いている上に痛烈な一発が来て
俺は……非常に不本意だが、余計大声で泣き叫ぶ羽目に……

「うぁあああんっ!!聞くっ!!ん、くっ……お兄ちゃんの言う事ちゃんと聞くぅぅうっ!!」

パン!パン!パン!

頼むから!無言を!止めてくれ!
尻は焼けるように痛いし、一人で叫ぶのも、だんだん心細くなってくる……


「お願ッ……許してぇぇっ!!いい子にするからぁぁっ!!やぁああああっ!!」

こんな小学生並みの構文しか思い浮かばない自分の頭が憎らしい……けど……


「本当?いい子にする?」

やっと兄貴が反応してくれた!
この期を逃すまいと、俺は頑張って答えた。

「するぅっ!!絶対するっ!!うぁああっ!!」

パン!

「お兄ちゃんの言う事も聞けるね?一回で聞くんだよ?」

パン!

「んあぁっ!!一回でっ……くっ、聞くっ!!ごぇんなさいぃっ!!あぁぁんっ!!」
「そう。じゃあいいよ。許してあげる。」

最後、バシッと叩かれて、俺もようやく膝から下ろしてもらえた。

「はっ、ぁっ……ふぇぇっ……」

すぐには泣き止めないでいると、すっと兄貴の腕が伸びてきた。
もう抱きしめてもらうのもお約束である。
俺は恥ずかしいっていうより、まだ尻が痛い。


「よしよし、痛かったよね……
でも、僕だって……健介君に約束破られて悲しかったんだから……
酷いよ……僕との約束破って二人で楽しくゲームしてるんだもん……」

「!!」

ぱっと顔を上げると、兄貴が悲しそうな顔をしていたから、違う意味で涙が出そうになった。

「兄貴っ……ごめっ……そんなつもりじゃ…………っう……」


「あ、大丈夫!!二人とも反省したもんね!気にしないでいいよ?」
「う……うわぁぁぁんっ!!お兄ちゃぁぁぁん!!」

慰めてくれた兄貴の笑顔を見て、感情が高ぶったというか……
思いっきり抱きついてしまった俺を、兄貴は優しく撫でてくれた。

「うわぁぁんっ!!お兄ちゃぁぁぁん!!」

俺に続いて叫んだのは、横から兄貴にすがりつきにきたおっさん。
アンタは違うだろ!!と、突っ込みたかったが、この時の俺には元気よく突っ込む気力は無かった。
兄貴はというと「はいはい、夕月君も反省できたね〜。」なんておっさんの頭を撫でてたから、結構ノリがいいらしい。


で、翌朝。

夕月さんがカップのココアをすすりながらしんみりした調子で呟いた。

「健介君も、お仕置きされたら泣いちゃうんだね……。」
「夕月さん……頭部一発殴りますから、昨日見たことは忘れてください。」
「えぇっ!!?やめて!!記憶飛ばさないで!!昨日やっと、カーブの曲がり方覚えたんだから!!」

必死で頭をガードしているおっさんを、殴るかわりに軽く小突く。
結局、昨日のあの後ゲームは解禁されたのだが、その代償はあまりにも大きかった……と、いうわけだ。

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【作品番号】US9

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