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うちの画家先生7




今日は健介君が出かけていて先生と二人きりだった。
お昼過ぎ、クッキーが焼きあがって僕はあることに気づく。
あれ?何の滞りも無くクッキーが焼けた……先生が静かすぎるんだ。
探してみると、先生は自分の部屋であちこちをいじりまわしていた。


「どうしたんですか先生?何かお探しですか?」
「う〜ん……チョコレートの箱……朝から探してるんだけど無いんだ。
このへんに置いたと思ったけど……ほら、青くて金色の文字の。」
「あ……それなら捨てちゃいましたけど……」
「え……ええええええーーーーーーーーーーー!!?
何で!?何で捨てちゃうの!?わぁあああんっ!!今からゴミ置き場行くぅぅっ!!」
「せっ、先生!!もう回収車が持ってっちゃいましたよ!!」
「だって!!だってぇっ!!あの箱の中蓋に金の妖精マークがあったら
ローズ柄のティーセットもらえるんだよ!?あったのに!!金の妖精マークあったのに!!
わぁあああん!!私のティーセット!!健人君の意地悪――――――っ!!」

どうにか先生が飛び出していくのは止めることができたものの、
泣きながら喚きたられて参ってしまう。


「す、すいません!!あんまり無造作に置いてあったからゴミかと思って……!!」
「ゴミぃっ!!?うっ……うわぁああああん!!」
「あっ……すいません!!ああ……どうしよう……」


あの箱がそんな重要なものだったなんて……
一生懸命なだめても、全然泣き止んでくれない。
よっぽどそのティーセットがほしかったんだろうけど……
こうなると機嫌を直すのに一苦労だ。

「先生、すいません……僕が軽率でした……何でもしますから泣かないでください……。」
「……何でも?」
「え、ええ……何でも……。」

急に泣きやんだ先生に驚きながらもそう返す。
“何でも”に念を押されて嫌な予感がするけど、もう後には引けない。
少々変な事言われても言われたとおりにするしか……


「じゃあ……お仕置きしていい?いつも健人君が私にするみたいな。」

いや、無理だ。これは無理だ。

「あの……もっと他の事で……」
「何でもするっていったのに……私のティーセット……ううっ……」
「あ、わ、分かりました!!先生の好きになさってください!!」


先生がまた泣き出しそうなもんだから勢いで言っちゃったけど……

いざ部屋のベッドに上体を預けて、先生にお尻を向けると後悔が大きくなってくる。
やっぱり断固拒否するべきだったかもしれない……
すごく嫌だなこの格好……恥ずかしいし。何がってズボン穿いてないのが特に。

「よーしOK!じゃ、いくよ?」

僕の気も知らずに先生が張り切った声を上げて……

ぺしっ!

「っ……」

あ、すごく痛くない。
もしかして痛かったら嫌だなと思っていたけど、これもこれで問題だ。
お仕置きを終わらせるきっかけがつかめないから。
痛くないからといってずっと普通にしてたら、きっとお仕置きは終わらない。

「ん?痛かったら声出してもいいよ?」
「は、はい……。」

やっぱり……
せめて痛がるフリでもしないと先生は納得してくれないだろうな……
そう思ったので少し悲鳴を上げてみる。

ペんっ!ペんっ!ペんっ!

「あぁっ!!やっ!!」


……恥ずかしい!!
先生にお尻叩かれながら声上げてるなんて……
わざとやってるから余計恥ずかしい……
しかし、打たれるたびに感じるじんわりした痛みは、悲鳴を上げるほどじゃない。
先生のお説教も冷静な頭で聞ける。

「人のおやつの箱、勝手に捨てたらダメなんだよ?」
「はっ、はい……すいません……ああっ!!」

うわっ……ちょっと声上げすぎたかな!?
やっぱりワザと声上げるなんて恥ずかしすぎるよ……
先生、もうちょっと強めに叩いてくれないかな……って何考えてんだろ僕……

ペんっ!ペんっ!ペんっ!

「君にとって価値の無さげな物でも、人にとっては価値があるって事だってあるんだよ。
自分の価値観だけで物事を判断しちゃいけない。ね?」

「ふぁっ……はいぃっ……んんっ!!」
「あー私、今すっごくいいコト言ってる。」


確かにすごくもっともらしい事言ってる……
けど、そろそろ終わってほしいなぁ……健介君帰ってきたら困るし……
やめてってお願いしてみようか?いや、まだ早いかな?
もうちょっと引っ張ったほうが……

考えてる間も、先生のささやかな攻撃は続いていた。あと、大規模なお説教も。

「捨てるときに一瞬でも感じなかった?おやつの箱の特別なオーラ!
健人君は私の絵の価値が分かるんだから、あの箱の特別感も分かるはずなんだ。
最初からゴミだと決めてかかるから真実を見る目が曇ってしまう……
大切なのは感じようとする心だよね。」
「ぁあっ!!ごめんなさいっ!!ちょっと真実が見えてませんでした!」
「健人君にはいつも真実を見る心を持ってほしいよ。まぁ大抵は見えてると思うけど。」

ペんっ!ペんっ!ペんっ!


小さな打撃でも続けばそれなりのダメージは積もるわけで……
じわじわ痛くなってきた……そろそろいいだろうか?ちょっと交渉してみようかな……

「せんせっ……痛いです……もっ、我慢できません……許してください……」
「そう?どうしようかな〜?健人君は素直でいい子だから私としてもそんなに厳しいことはしたくないけど……」

ペんっ!ペんっ!ペんっ!

「はぁっ!!せんせぇ……!!」

よしきた!今すぐやめてください!
念じながら、なるべく切なげな声を出す。先生は優しいからきっとこれで……


「いや、ここは可愛い健人君のために、心を鬼にしないと!!」
「ええっ!!?」

先せーーーーーーーーーーぇぇぇぇええ!!
こんな時に変な使命感を燃やさないでくださーーーーーい!!
ああ、もうっ、早く切り上げないと健介君が帰ってくる!!
こうなったら泣きまねでも何でもして……!!


「せんせっ……ふぇぇんっ……痛いですぅ……もういやぁ……」
「泣いてもだめー。」
(あ、セリフ取られた!)

ペんっ!ペんっ!ペんっ!


「ふぇぇんっ、ぐすっ……ごめんなさいっ……ひっく……」

ベッドに顔を伏せて必死に泣きまねをしてみるけど、先生は手を止めてくれない。
やっぱり涙流してないと説得力ないのかな?
ええっとじゃあ……この前、金曜の9時ぐらいから見た感動映画を思い出そう。
確か、ジョニーとビリーが悪の組織に追われてて……


「健人君、反省してるの?」

「してますぅ……あんっ、ごめんなさい……」


返事をしながら、なるべくリアルに思い描く。
“ビリー……俺はいいから先に逃げろ……”
“バカ野郎!!お前を置いていけるわけ無いだろう!!”


「じゃあ、何が悪かったか言ってごらん?」

ペんっ!ペんっ!

「やぁっ、先生の箱……勝手に捨てたから……ひゃんっ!!」
「そうそう。もうしないね?」
「も、しませんっ!!」

そう、諦めるジョニーにビリーが必死の説得を……
“俺はもうダメだ……せめてここで奴らを食い止めるぜ……お前には久美がいる……生きて帰れ……”
“二人で生きて帰るって久美に約束したじゃないか!!ジョニー!!さぁ、一緒に……!!”
“ビリー……お前は最高の親友だぜ……久美と幸せにな……”
“ジョニー!?おい、しっかりしろ!!ジョニー!?目を開けるんだ!!ジョニー……”

ジョニーーーーーーーーーーーーィィィィィ!!!

思わず心の中でビリーと一緒に叫んでしまった!!
あのラストシーン、本当に思い出すだけで涙が……!!
涙が出たので先生のほうを振り返って懇願した。

「はぁっ……せんせぇ……ごめんなさぃ……うっ……」
「あらら……そんなに泣いちゃって。分かった。これでおしまい。」

ぱしっ!!

うぁ……最後ちょっとビリッときた。はぁ、でもやっと終わったんだ……
ズボンをあげて床に座り込んだら、先生に抱きつかれた。

「はい、終わったからいい子いい子してあげる。
健人君、いっつもお仕事頑張ってるから、たまには甘えていいよ。」
「先生……」

膝立ちになりながら頭を撫でてくれる先生にじんときて……
たまにはこうやって誰かに甘えるのもいいかもれない……そう思ったんだけど……

「……二人とも何やってんの?」

健介君の声で一気に我に返った。
しまった帰ってたのか!!とにかく何か取り繕わないと……!!

「あ、あのね健介君これは……」
「今ね、健人君のお尻叩いたから、いい子いい子してあげてるんだよ!!」


僕の声をかき消して響く先生の声に、心臓が跳ね上る。同時に全身がヒヤッとした。
これは……まずい……
健介君が怪訝そうな顔しながら部屋に入ってくる……

「何言ってんですか夕月さん……冗談も大概にしてください。兄貴も何か言えよ。」

健介君にそう言われて、今度は全身が熱くなった。
ど、どうしよう何も言えない……
だんだん不安そうな顔をする健介君に、僕は何て言ったらいいのか……。

「え……兄貴??兄貴……まさか本当に……」
「けっ、健介君!!お願い聞かないで!!」
「兄貴ぃぃぃぃ!!?嘘だろーーーーーー!?
話し合おう!!冷静に話し合おう!!いったい何があった!?」

そんな事言われても答えられない。
うぅ……顔が熱い……顔から火が出るってこの事だよ……
必死でつかみかかってくる健介君から赤くなった顔をそらすのが精一杯だ。
近くで先生が僕たちの様子に興味津々だった。

「何?何の話し合い?」
「夕月さんは黙っててください!!」
「えーーーー!!仲間はずれにしないでよーーーーー!!」

この後、二時間にも及ぶ大混乱の話し合いが繰り広げられて……
僕はこの日を一生忘れないだろう。

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【作品番号】US7

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