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うちの画家先生4




時刻は夕方5時過ぎ。
俺は学校帰りにスーパーで夕飯の材料を買って帰ってきた。
家で待っていたのは“画聖”『大堂夕月(だいどう ゆづき)』。
絵で億単位稼ぐらしい、ただの小柄なおっさん。
そのおっさんは俺の姿を見ると、嬉しそうに話しかけてきた。


「健介君、どこ行ってたの?おやつ買いに行ってたの?」
「違いますよ!学校!おやつ買うのにこんな時間かかるわけ無いでしょ!!」

毎度ながらノーテンキなおっさんにツッコミつつ俺は夕飯の準備を始めた。
何でいつも思考回路がおやつなんだろう……
大体、おやつは朝、家を出る前に渡しておいたはずだ。

「ねーねー、健人君はどこ行ったの?おやつ買いに行ったの?」
「だからおやつ違う!!兄貴は友達と出かけてるんですよ!
すぐ帰ってくるんだから、変な事したらまた怒られますよ!?」

夕飯を作ってる間はキッチンから出られないので一応おっさんを脅しておく。
おっさんは「変なことなんかしないよ!」と言いながら一人で何かしていた。
特に問題も起きなくて無事に夕飯は出来上がり、兄貴は外で食べてくると
連絡があったので、俺はおっさんと二人で夕食を取る。いつもの事だ。

ちなみに、今日の夕食はオムライスにした。

「わぁ!!オムライス!!やったーおいしそう!いっただっきま〜す!」

夕月さんのはしゃぎっぷりは子供か!と言いたくなるほどだが
作ったものを喜ばれるのは悪い気分じゃない。
おっさんが喜んでいるなら、うるさくても我慢しようと思った。
ところが……

「な゛ーーーーーーーー!!グリンピース入ってるーーーーーー!!ヤダよこれ!作り直してよ!!」

……あろうことか好き嫌いで騒ぎ出すこのおっさん。


「好き嫌いなんて大人げないですよ夕月さん。」
「大人は好き嫌いしていいんだぞ!!」
「それはどうでもいいですけど、作り直すとか無理ですよ?そんなこと言うなら、もう食べなくてよろしい。」
「そんな!サラダとスープだけじゃお腹空く!!主食ほしい!!
っていうかグリンピース入ってないオムライスほしい!!」
「主食なら、後でおにぎりでも握ってあげます!とにかくオムライスはそれ以外作りません!」

「健介君のケチ!!ケチ健介!!今日からケチ健に改名しろ!!」

「まーた変なあだ名作って!!何言っても無駄ですからね夕月さん!」

全く、このおっさんと言い争ってると大声出すのに疲れる。
もう放っといてオムライスを食べよう……
そう思って俺がスプーンを取ったのと、おっさんが動くのがほぼ同時だった。

ドッ。

鈍い音がして一瞬呆気に取られる。
おっさんの前からオムライスが皿ごと消えていた。
いや、俺は見ていた。
オムライスを皿ごと払い落としやがったおっさんの姿を。

「夕月さんっ!!何てことするんですか!」

このおっさん!!人がせっかく作ったものを!!
という怒りのあまり立ち上がってしまったが、それでも敬語を使っているところは褒めて欲しい。

「健介君がケチだから悪いんだよ!!」


おっさんが言い返してくるのがさらに腹が立つ。
もういい。叩こう。

「あのねぇ夕月さん……俺だって尻叩くんですよ!?」

俺がそう言った瞬間、目に見えて動揺し始めたおっさん。
最初は「嘘だ!!」と叫んでいたが、無理やり立たせてソファーまで引っ張っていくと
さすがに身の危険を感じたのか、本気で嫌がり始めた。


「嫌だーーーー!!健介君の乱暴者ーーーー!!
嫌だ!!嫌だぁああ!!誰か助けてぇええ!!いやぁぁあっ!!」

「じゃあ兄貴に叩かれたいんですか!?」
「それも嫌ぁーーっ!!」

俺がひっぱたいてやろうと思ったが、
泣きそうな勢いで嫌がるからせめて選択肢をあげたのに……
このおっさんは嫌がってばかりだ。

「嫌だばっかり言わないでください!!俺か兄貴か、早く選んで!!」
「待ってぇっ、うっ、今……くじ引きするからぁ……」

半泣きになりながらも、夕月さんは本当にくじ引きをしていた。
紙をちぎって、それぞれの紙に何か(たぶん俺と兄貴の名前)を書いて、
それを丸めて、クッキーの空き缶に入れて一生懸命振っていた。30秒ぐらい。
やっと一枚取り出して、それっきりうんともすんとも言わないので
俺が夕月さんの持っていた紙をひったくると、“健人君”と書いてあった。

「何だ兄貴か……まぁいいでしょう。今日は徹底的に叱ってもらいますから!」

「うっ……ぐすっ……」

夕月さんはすでにすすり泣いているが、知ったこっちゃない。
こっちはせっかく作った夕飯を台無しにされたんだ!
せめて兄貴にこのイライラを晴らしてもらわないと!

で、しばらく経って、こんな状況とは知らずに兄貴が帰宅。
部屋の隅で体育座りしているおっさんを見て不思議そうな顔をした。

「先生?どうしたんですか?」

「…………」

「健介君、先生どうしたの?何かあった?」
「そこ。」

俺はオムライスが無残に潰れている床を指差した。
兄貴はそれを見て状況を把握したのか、ため息をつくと
夕月さんに近づいて声をかける。

「先生がやったんですか?」

兄貴の声は優しかった。それでも夕月さんは怯えてたけど。

「……だって……グリンピースが入ってたんだよ?
健人君、私がグリンピース嫌いなの知ってるよね!?叩かないよね!?」

涙目ですがるように言う夕月さんに、兄貴はいっそう優しく言う。

「いくらグリンピースが嫌いでも
食べ物を粗末にするのはいけない事でしょう?叩かれないと思います?」

「だって……お願い……叩かないで……あれ痛いんだもん……」

「そんなに怖がらなくてもいいですよ。」

言いながら夕月さんを膝に乗っけて、尻を出して……でも今日はすぐに叩かない。
夕月さんの腰の辺りをなでながらゆっくりした調子で話しかけていた。

「いいですか?これは先生を痛めつけるのが目的じゃないんです。
反省していただくのが目的……だから、素直に反省していただけるなら
そんなに痛い事にはなりません。苦しみは最小限で済むんです。」

「ほ、本当?本当に?」
「本当です。だから、頑張って一緒に反省しましょう。ね?」
「そっか……そういう事なら……」

怯えきっていた夕月さんの顔がほころんだ。
叩かれる前にしては比較的穏やかな雰囲気だと思った……
兄貴が最初の一発を振り下ろす前までは。

バシッ!!

「ひぃったぁっ!!」

しょっぱなからすごい痛そうな音が響いて夕月さんが跳ね上がっていた。

パァンッ!!バチン!バチン!バチン!

「やぁぁっ!!ひっ……んっ!!あぁっ!!」
「どうして健介君が一生懸命作ったご飯を床に落としたりするんです?」

バチン!バチン!バチン!

「んああっ!!らってぇ、ひっ……グリンピースきらっ……痛いぃっ!!」
「嫌いなら“食べられません”って言って手をつけないで置いておくのが礼儀です。
床に落とすなんて無礼にもほどがありますよ。食べ物ももったいないですし。」
「ふぇっ……んんっ!!いたっ……やだぁあっ……うああっ!!」

……兄貴、明らかに最初から飛ばしてる……
その証拠に、夕月さんが叫びまくっている。抵抗もハンパ無い。
もう泣きだすのも時間の問題だろう。


「ああっ!!ふっ、うぇぇっ!!いだっ……やめてぇ!!わぁあああんっ!!」
「泣いてもダメなんですよ。作ったものを床に落とされるなんて
健介君がどんな気持ちだったと思いますか?」

バチン!バチン!バチン!

「いたああっ!!やだぁあああ!!うわぁあああんっ!!」
「先生……さっきから“痛い”と“嫌だ”しか聞こえませんねぇ?
もう“嫌だ”って言い出すなんて……反省してないんですか?」
「わぁあああんっ!!反省してますぅ!!もっとぶってくださいぃっ!!」

夕月さん!!その発言は誤解されるから!!
と思わずツッコんでしまった……兄貴も一瞬笑ってた。
しかし最初からキツめに叩かれて、夕月さんも相当苦しいだろうに。
尻が真っ赤でもまだバシバシ叩かれて泣き叫んでいる夕月さんに
俺は当初の怒りを忘れていた。

バチン!バチン!バチン!

「本当に反省してるなら謝れますよね?」

「あふっ、謝れますっ!!
ごめんなさいっ!!何かっ、オムライス……バーンってやってぇ、ごめんなさいっ!!ふぇぇっ!!」

バチン!バチン!バチン!

「そうそう。それで、食べ物を粗末にしたんですよね?」

「はぁっ……食べ物粗末にしてごめんなさぃいっ!!わぁぁん!!」

ああ、謝り始めても手が緩まない。
一発一発に体をのたうったり、悲鳴を上げたり、
それでも謝らなきゃ終わらないから夕月さんも必死だ。

バチン!バチン!バチン!

「そうですね。で?健介君が一生懸命作ったご飯落としたんですよね?」
「やっ、うぅっ……健介君のっ、ご飯落としてごめんなさいっ……ひぁあっ!!」

バチン!バチン!バチン!

「そうです。人が作ってくれたご飯を無下に扱うのは、食べ物を粗末にするし、作ってくれた人も悲しむし
とっても悪いことだってわかりましたね?先生?」
「分かりましたぁっ!!!分かったから終わりぃっ!!!」
「あれ?勝手に終わらせないでくださいよ?
痛いからって自分勝手なこと言って……まだ反省してないんですか〜?」

バシィッ!!
強めに振り下ろされた手に夕月さんもますます泣き喚く。

「やぁぁっ!!わぁあああんっ!!ごぇんなさいっ!!
強制終了しようとしてごめーなさいっ!!いっ、永遠に叩いててくださいぃっ!!わぁんっ!!」

だから夕月さん!!その発言は誤解されるって!!
まぁ、やけくそに叫んでしまうほど痛いんだろう。
もう夕月さんずっと足をバタバタさせてるし。
兄貴……もう許してやってくれないかな……

「うん、本当に反省できたみたいですね。じゃあ、最後、健介君に謝ったら終わりにしましょうか。」

バシィッ!!

「はっ……あっ……ふっく……なっ、かっ、健介君……
健介君、バーンってやってごめんなさいっ……うぁぁんっ……」

混ざってるよ夕月さん!!
俺は別にバーンってやられてないよ!!って思ったが
必死で謝ってるのは分かる。俺としてはもう怒る理由が無い。

「だってさ。どう?健介君……許してあげる?」

「うん。もういい。もう十分。早く下ろしてやって……。」

目も尻も赤い夕月さんから顔を背けながら、兄貴にお願いしたら
夕月さんは膝から下ろしてもらえてた。

「はい、終わりましたよ先生。」
「うわぁああん!!痛かった!!健人君痛くないって言ったのにぃっ!!
わああああんっ!!」
「痛くないとは言ってないですよ。本当にしょうがない人なんだから……。」

兄貴が苦笑しながらも夕月さんを優しく撫でていた。
おっさんも号泣しながら兄貴に文句言ってる割に、体はぴったり兄貴にくっついている。
兄貴にすがり付いて泣いているのだ。年甲斐もなく。
んーでも、痛いのも怖いのも、分かってるから……
兄貴に撫でられながらわーわー泣いているしょうがないおっさんでも、今日は許してやろう。


で、翌日。

今日も夕飯はオムライス。
おっさんは昨日のことがあってだろうけど、(たぶん大好物であろう)オムライスに嫌な顔をした。

「……今日もオムライス〜……?」

「今日のはグリンピース入れてませんから。残さず食べてくださいよ?」

「本当!?」

おっさんの顔がぱっと明るくなる。
やれやれ……単純でいい。

「わぁい!!普通のおいしいオムライス!!にゅふっ♪……いっただっきま〜す!」

夕月さんのはしゃぎっぷり……やっぱりオムライスは好きなんだな……
グリンピースも抜いたし、今日こそ残さず食べるだろう。
ところが……

「な゛ーーーーーーーー!!玉ねぎのみじん切り入ってるーーーーーー!!」
「え!?ちょっと夕月さん、まさか玉ねぎも嫌いとか言い出すんじゃ……」
「ううん!玉ねぎのみじん切りは大好き!ハンバーグにも入ってるもん!
んっ……おいひぃっ!!んんふ〜ひぁわへぇ……んくっ、健介君!ナイスオムライス!!」

おいしそうに食べながらブイサインしてみせるおっさんが……
ちょっと微笑ましく見えたのは永遠に内緒だ。
こんなに喜ぶなら、またオムライス作ってやってもいいかもしれないな……。


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【作品番号】US4

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