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うちの画家先生3




「こら!健介君、台所でタバコ吸わないで!灰皿も持ってきてないし……その辺焦がしたらどうするの?」

ある朝、コンロで着火したついでに台所でタバコ吸ってたら兄貴に怒られた。

「別に焦がさないよ。俺だって夕月さんが来てから控えてるんだから、たまには好きに吸わせてくれよ……」

そう、“画聖”『大堂夕月(だいどう ゆづき)』が家に来てから、俺はタバコを控えていた。
描く絵が何億単位で取引されるというすごい人は、まぁ、俺にすればただの小柄なおっさんだったが
それでも俺はおっさんの体に気を使っていたのだ。これでも頑張ってたんだぞ!
そこんところを兄貴は分かってない。分かってないから、まだごちゃごちゃ言ってくる。


「吸うのは構わないけど、火の始末はちゃんとしてって言ってるんだよ。
健介君、歩きながらでも吸うんだから。」

「うるさいなぁ……別に今までだって何も燃やした事ないだろ?さっさと仕事行けば?」

せっかくいい気分で吸ってたのを邪魔されて、ついついこんな言い方になったけど、いいや。
別に兄貴はこのぐらい言っても大丈夫だ。
今だってムッとした顔はするけど、怒鳴ったりはしない。

「……分かった。本当に気をつけてよ?もしこれでどっか焦がしたら……
健介君も先生にするみたいにお仕置きしようかな。ね、先生?」


「うん!いつでもやっちゃって!
実は私ね、健介君が大泣きしてるところで、こう……外野から大人の余裕っぽく
“もうそれくらいでいいんじゃない?”って言うのが密かな夢なんだよ!」


いつの間にか朝ごはんを食べに来ているおっさんが、兄貴ととんでもない会話をしていた。
兄貴も兄貴だけど……このおっさん!!何が“いつでもやっちゃって”だ!!
もちろん、俺は即効でおっさんを脅す。

「何言ってるんですか夕月さん!!変な夢膨らませないでください!!おやつ抜きますよ!?」

「それはダメ!!」

そうやって多少バタバタしながらも兄貴を送り出す。朝はいつもこんな感じ。


で、昼過ぎ。
夕月さんが「おやつ」って騒ぎ出す前に一服しとこうと思い、
リビングで床に座って、テーブルに持たれながらまったりとタバコを吸っていた。

「ふーーっ……あ、灰皿……」
見回すと、少し離れた所の床に灰皿が。
いちいち立ち上がるのも面倒なので、手を伸ばしてみる。
あー、あとちょっと……手が届きそうで届かない。

「も……ちょっと……」

いっぱいいっぱい手を伸ばして、体ごと伸ばして……
あ、これいけるかも……と、思ったその時だった。

ガタッ。
「わっ!!」

俺はバランスを崩した。崩しただけならよかったんだけど
うっかりタバコをテーブルに押し付けてしまった。
ヤバイ!!と思って急いで体勢を整えたら案の定、木のテーブルには明らかに焦げた跡が……

「うーわー……兄貴怒るかなぁ……」
一人ごちながら、焦げ跡をこすったりしてみる。やっぱ消えないよな……
え……これもしかして尻叩かれる?
考えて気が重くなり始めたところに、ちょうどおっさんがやってきた。

「ねー健介くーん!おやつー……ん?……あー!!テーブル焦がしてる!!
い〜けないんだ!」

「そうですよ……焦がしましたよ……。よかったですね……
今夜あたり夕月さんの夢が実現するんじゃないですか……?」


おっさんが嬉しそうに騒ぐから余計ブルーになって投げやりに答えた。
これでますます喜ぶかと思ったが、意外にもおっさんは申し訳なさそうな顔をしている。


「……健介君……ごめん、あの……大丈夫!!私、黙ってるから!!
ね?そんな不安そうな顔しないで!?」

「え……?俺、そんなに不安そうな顔してますか……?」

「してる。」

「はぁ……もう、情けない……」

尻叩かれるの不安がってるなんて子供か俺は!!
やりきれなくなって両手で顔を覆った。


「健介君!!しっかり!!こうやってティッシュ箱置いとけば隠れるよ!!」

言われてちらっとみると
夕月さんが焦がしたところにティッシュ箱を乗せている。
そんなもの……移動されたら一発アウトだろうが……でも気遣いありがとう夕月さん。



そして時刻は7時過ぎ。
こんな時に限って兄貴は早く帰ってくるし……俺は夕飯の準備しながらも、いつバレるかドキドキしていた。
お風呂上りの兄貴は例のテーブルの傍でテレビを見ていて、そこには
律儀にずっとティッシュ箱を押さえてくれている夕月さんもいたりする。


「やっぱり早く帰ってくるとゆっくりできていいですよねー……ねぇ、先生……
何でさっきからずっとティッシュ箱押さえてるんですか?」

「いや、えっとあの……これね、私が最近編み出した精神統一法で、ティッシュ箱動かしちゃダメなんだ。永遠に。」

(夕月さん!!)
そこまでして俺を庇ってくれて!!このおっさんこんなに優しかったっけ!?
ちょっと感動的だ。

「もーやだなぁ、何言ってるんですか先生……遊んでないで、床に置いといてください。」

困ったように笑いながら、夕月さんの手ごとティッシュ箱をどけた兄貴が一瞬固まった。

「……何これ……」

「健人君!!落ち着いて!!
今、“焦げ目アート”が流行ってて、健介君はそれを意識したんだと思うよ!?」

もうダメだ!!夕月さんのフォローがアホすぎる!!
しかも何気に俺がやったってバラしてるし!!でもありがとう夕月さん!!
俺は兄貴の前に走っていって頭を下げた。


「兄貴ごめん!!俺がタバコで……うっかりしてた!!」

「……タバコ、朝に注意したのにね?そんなに叩かれたかった?」

「え!?いや、だって……こんな事になるなんて思ってなくて……
わざとじゃ……ないし……」

うわー!!兄貴本気だ!!もう本当に叩かれる!!
絶望的な気分になって、兄貴の顔がまともに見られない。

「しょうがないなぁ健介君も……
晩ご飯が遅れちゃうけど……ま、いっか。」

兄貴は一人で納得して正座し直すと、その上に俺を横たえた。
俺は生まれて初めて、しかもこの年で……
兄貴の膝の上で尻を丸出しにされる事になったわけですが……
何だろうこれ……恥ずかしいし、何となく怖いし、どうしていいか分からない。
夕月さんじゃないけどお腹苦しい。

そういえば、その夕月さんは何故か俺よりそわそわしている。
夕月さん……あんまりこっちを見ないでほしい。

「あの、もうそれくらいでいいんじゃない?」
「先生……僕まだ何もしてませんよ?」

「そ、そうだけど……んっと……あ!そうだ!私、今から瞑想するから!!」

と言いつつ、思いっきり耳をふさいで目をつぶっている夕月さんが面白かった。
大人の余裕ゼロだな。俺も人のこと言えないけど。

「夕月さん……怖いなら部屋、移動すればいいのに……」
「そうだね。でも今のうちに始めちゃおうか。いくよ?」

言われてドキッとした。
兄貴……掛け声は穏やかだったけど……

パンッ!!

「いっ!!」

最初の一発は痛かった。
思わず声が出て恥ずかしかったけど、痛い。これは痛い。

パン!パン!パン!

「っ……んっ……くぅっ……」

何だこれ!?ってのが正直な感想。
完全に声を殺すのが不可能なほど、一発一発がキツイ。
夕月さんいつもこんなんに耐えてるのか!?……いや、耐え切れてないか……
とか考えてたら、兄貴のお説教タイムが始まった。

「本当はタバコ、やめてほしいけど……
健介君も子供じゃないし、僕がとやかく言う事じゃないと思うから……」

パン!パン!パン!

「ふっ……あっ……いぃっ……!!」

痛い。とにかく痛い。これしか言えない。
しかも叩かれれば叩かれるほど痛みが蓄積されるっていうか……
ぶたれるとビリビリくる。じっとしようと我慢するのが辛い……

パン!パン!パン!

「でもね、火の始末だけはきちんとしないと。下手したら火事になるでしょ?
ちゃんと近くに灰皿置いて吸うの。当たり前だけどね。」

「ああっ!!やっ!!あはぁっ!!」

もう何俺一人で叫んでるんだろう……!?
しかし誰か分かってほしい……声が出るんだ!!痛いんだもん!!
もうみっともないから我慢するとかいうレベル超えた!!
黙りたくても黙れない!!

パン!パン!パン!

「コンロをライター代わりにしたり、持ったまま家の中ウロウロするのも危ないから。
ちょっと横着するのが健介君の悪いところだよ?分かった?」
「兄貴っ!!……やめっ……いたっ!!ほんっ……とにっ!!」
「まだダーメ。もう少しお兄ちゃんのお話、聞いてもらうからね。」
「やだっ!!ほんとっ、ムリぃっ!!」

ダメだ……俺、これじゃ夕月さんと変わらない……
でも本気でやめてほしい。痛いから。もう痛い。本当に痛いんです。
しかもこの時点になると、痛すぎて泣きそうになってくる。
けど、兄貴は手を止めてくれない。

パン!パン!パン!

「あと、一回注意されたらちゃんと聞く事。こっちは健介君のためを思って言ってるんだから。」
「やぁっ!!もういいっ……!!もうっ……」
「よくないよ。」

兄貴に反抗したいわけじゃないけど、それどころじゃない。
こっちは泣きそうなのを堪えるので必死なのだ。
恥ずかしいとか言うよりは、このまま泣いてしまうのが怖かった。
痛みで泣かされるってのは恐怖感を伴うようだ。俺だけかもしれないけど。

パン!パン!パン!

「ふぁっ!!……あ、兄貴……お願ぃ……!!」

パンッ!!

「っく!!んっ……ぐすっ……」

何でやめてくれないんだろう……
ああ、ダメだ……本当に痛い……このままじゃ泣く……!!
どうしよう、マジで泣く!!もうお願いだから終わってくれ!!
このペースでいかれたらあと5秒も持たない!!

「ぁ兄貴っ……!!」

もうお願いだから!!祈るような気持ちで兄貴を呼ぶと……

ペチッ!

「うっ……」

尻にきたのは冗談みたいな弱い一撃……助かった!!
若干ジンジンするけど、これぐらいなら泣かずに済む!!
安心したら体の力が抜けた。

「健介君、反省した?」
「はっ……はぁっ………はぁ……し、した……。」
「ふふっ、息が切れちゃったね。ずっと力入れてたの?
あとは健介君が“ごめんなさい”って言えたらお終いだけど……ちょっと休憩する?」
「い、いらない……ごめんなさい……」
「おっけー。お終い。」

兄貴はやっと俺を解放してくれた。
ああ、ズボン穿いても尻がジンジンする……

「健介君?大丈夫?」
「う、うん……」

何だかわけが分からなくて座ったままぼーっとしていると、ふいに兄貴に抱きしめられた。

「いつも先生が大泣きしてるの見てるから怖かったでしょ?
でも健介君、あんまり騒がなかったし、暴れなかったし……えらいえらい。よく我慢したね。」

兄貴に体を預けたまま、頭を撫でられる。何だよこの子ども扱い……。
けど……優しくされるとまた泣きそうになる……せっかく我慢したのに……


「健介君、先生まだ瞑想中みたいだから……」

「んっ……」

「我慢しなくていいと思うよ?」

この一言で、もう本当に無理だった。
我慢してたのが一気に崩れて、勝手に涙が溢れ出す。

「ふっ……うぇっ……ぐすっ……兄っ……ごめっ……」

「いいよ。大丈夫……もう怒ってないから。
ね、健介君はいい子だもんね。よしよし、いい子。」

さすがに夕月さんみたいにわんわん泣けなかったけど……
しばらく兄貴の胸でめそめそさせてもらった。
兄貴がずっと抱きしめながら撫でてくれるもんだから、余計涙が止まらなかった。



で、しばらくして、俺はどうにか泣き止んだ。
なので近くで瞑想していたおっさんに瞑想を終わってもらって、
そのおっさんが開口一番に言ったのが……

「健介君!!大丈夫!?痛い!?お尻なでなでしてあげようか!?」

……このおっさん、ぶっ飛ばしたい。
でも夕月さんは本気で心配そうな顔してるから、きっと気を遣ってくれてるんだろう。
兄貴は隣でクスクス笑ってるけど。

「先生ってば……それじゃセクハラオヤジになっちゃいますよ?
それより健介君を笑わせてあげてください。健介君、先生が面白い事してくれるって。」

「えっ!?そんな……私……」

あ、夕月さんがすごい焦ってる。
そりゃそうだろう。無茶振りだ……そう思いつつも俺は夕月さんを見た。
そして夕月さんの行動は、両手で顔を隠して……

「い……いないいな〜い……バロック派!!」

やっぱりこのおっさんはどうしようもない……けど……

「ぷっ……ははっ!!何それ!?夕月さん、ギャグのセンス最悪っ!!あははっ!!」
「何だよ!!笑ってるじゃないか!!」
「いや、面白くなさすぎて面白い!!あっははっ!!」

夕月さんの意味不明の言動が、俺のツボに入ったのは確かだった。
兄貴も「さすが先生ですね」って笑ってたので、これでめでたしとしよう。




で、翌朝。

「夕月さん、昨日は庇ってくれたり、慰めてくれたり、色々ありがとうございました!
俺、夕月さんのこと見直しましたよ!」

そう!俺は夕月さんを見直したのだ!
昨日の一件で、このおっさんにもちょっとは優しいところがあるって分かったから!

「お!やっと健介君も私の素晴らしさが分かったみたいだね!
だったらおやつに大きいプリンくれる?」

夕月さんがニコニコしながら調子に乗ってるけど、
いつもなら苛立つこんなセリフも、今日は不思議と苛立たない。
それどころか、晴れやかな気分だ!

「任せてください!生クリームもつけちゃいますよ!」

張り切って台所に行って、プリンに生クリームを乗っけて夕月さんに持っていこうとした。
でも、いざ戻ると夕月さんが何か言っているのが聞こえて……

「いやー健介君がお尻叩かれるの慰めたりして、おやつのサービスが良くなるなら、
健人君にこれからも時々叩いてってお願いしちゃおうかな……にゅふふっ♪」


これを聞いた瞬間、俺の苛立ちはMAXになった。


「それが本音ってヤツですか……夕月さん……
せっかく見直した傍からアンタって人は……」

背後から声をかけると、飛び上がるように振り向いた夕月さん。
顔がさっきまでの上機嫌から冷や汗が混じりの愛想笑いに変化した。


「け、健介君聞こえてたの!?えっと……もしかして怒ってる?
ほら、いないいな〜い……バロック派!!」

「二回目はウケませんよ!!今日のおやつ、プリンじゃなくてゴーヤにします!!」

「ええっ!?そんな苦いのおやつじゃないよ!!健介君!!考え直して!!早まっちゃダメだーーーー!!」

そう叫びながら、おっさんが泣きそうな顔ですがりついてきた。
はぁーあ。やっぱり夕月さんは夕月さんだ……
ってなわけで、俺がこのどうしようもないおっさんを見直すかどうかはひとまず保留になった。


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【作品番号】US3

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