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うちの画家先生2




“画聖”『大堂夕月(だいどう ゆづき)』。
描く絵は何億単位で取引されるというすごい人。
今俺の家にいるおっさんの事だが、俺にすればただの小柄なおっさん。ついでに言うとわがままなおっさん。
わがままでかんしゃく起こして、たまに家具を破壊する。主に皿。
それで夕月さんは最近、しょっちゅう兄貴に怒られている。

「先生……晩御飯のおかずがハンバーグじゃないからってお皿を壊されるとちょっと……」
「うん。もうしない」
「と、言われましても、今週はこれで3回目なんですよね……あの、これ以上何か壊されるようでしたら
僕としても少々乱暴な手段に訴えざるを得ないんですよ……お分かりいただけます?」
「うん、もうしない。絶対しないから」

これはつい昨日の事。こんなやり取りが日常と化していた。
兄貴がいる時は、夕月さんに注意するのは兄貴の役目で、俺は見てればいいから楽だ。
兄貴の困り果てた顔見ると、夕月さんも少し落ち着けばいいのにって思うけど……

「健介君、健介君!三時になったら必ず出てくるものって、な〜んだ??」
「はい?何ですか?鳩時計の鳩ですか?」
「違うよ!!おやつだよ!!早く出してよ!!もう5分過ぎてるよ!?」

今日もこのおっさんはどうしようもなさすぎる。
人がリビングでゆっくりテレビを見てるのに……何で毎回おやつを要求してくるんだよ!いい年して!

「あのねぇ夕月さん、そんなにおやつばっかり食べてたらメタボリックになっちゃいますよ?
と、いうわけで今日はおやつ無しです。めんどくさい」

「あ、最後“めんどくさい”って言った!!横着するな若いくせに!!
おやつ出せーーーー!!それ、お・や・つ!お・や・つ!!」

おやつコールに合わせて床をリモコンでガンガン叩いているおっさん。だから、床に傷がつくんだよこのおっさん!!
いつもならここで『あーもう!分かりましたよ!分かりましたから!!プリン持ってきますから!』
と、叫んでしまう。きっとこれがいけないんだ。騒げばおやつが出てくると思ってるんだこのおっさん。
だから、今日は方針を変えてみた。

「騒いでも無駄ですよ夕月さん!今日は無いったら無いんです!!」
「何だよケチ!!健介君のケチ!!今日からケチ介に改名しろ!!」
「変なあだ名つけないでください!!はい、もう静かにして!!」

俺は夕月さんからリモコンを取り上げた。
夕月さんは「返せ!!」と騒いで暴れていたが無視だ、無視。
しかし、いくら無視しても夕月さんは黙る気配が無い。

「健介君のバカ!!バーカ!!バーーーーーカ!!
くそーこの高そうな皿割ってやる!!どりゃーーーーーーー!!」

「えっ!?夕月さん!!やめてください!!」

ガシャーン!!

止めるのが少し遅かった。夕月さんが地面に叩き付けた皿は、リビングに飾ってあった皿。
それは激しい音とともに砕け散った。
一瞬、俺も夕月さんも押し黙る。


「……うわ……割れた」

他人事みたいに言う夕月さんにため息が出た。

「アンタが割ったんですよ……ねぇ、今思い出したんですけど、昨日兄貴に『今度やったら承知しない』
みたいな事言われてましたよね」
「えーーー!!そう言えば……今頃思い出さないでよ健介君!!タイミング遅いよ!!
早めに思い出してタックルして止めてよ!!」
「夕月さんがやけになるからいけないんですよ。あー怖い。俺は知りませんよーっと」

皿の残骸を片付けるついでに、夕月さんを脅しておいた。
ちょっとは反省しろ!このわがままおっさんめ!
しかし反省するどころかこのおっさん、こんな発言をした。

「ねぇ、健介君がやった事にしない?悪い話じゃないと思うんだ!」
「思いっきり悪い話じゃないですか!!嫌ですよ!」
「頼むよ!!じゃないと、お尻の骨とか複雑骨折させられちゃうよ!!」
「知りません」

俺がそっぽをむいて片付けるている横で、夕月さんが地面に突っ伏して
「もうヤダーーーーー!!お尻の骨粉砕されるーーーーーー!!」などと叫んでいた。
いっそ粉砕されろと思った。


で、時刻は夜10時を回って
夕月さんが待っているような、いないような、俺の兄貴が帰宅した。

「ただいまー……今日は疲れちゃった……」

帰るなりソファーに座り込む兄貴。だいぶお疲れのようだ。
さて、夕月さんはどうでるか……ん、兄貴の傍に寄っていく……自白するつもりか?

「お、お疲れ様、健人君!あのね、リビングに飾ってあったお皿
勝手に割れちゃったみたいだけど気にしないでね!」

あ!夕月さん、さもお皿が自然消滅したみたいに言ってる!!
自白するかと思えば、なかなか考えたな……あのおっさん……

「え!?先生、また割っちゃったんですか!?あれだけ言ったのに分からないんだから……
しょうがない人ですね……」

って、兄貴……夕月さんのセリフをまともに聞いてない。
ちょうどソファーに座ってたもんだから、
兄貴は夕月さんを膝の上に引き倒して尻を丸出しにして、早速一発入れていた。

パンッ!

「ひぃっ!!健人君!!違っ……疲れてヤケにならないで!!
私が割ったんじゃなくて、勝手に割れたって言ったんだよ!!」
「あっ、えっ!?すいません!!何だ……わざと割ったわけじゃないんですね……先生、お怪我は無かったですか?」
「う、うん……投げるとき、遠くに投げたから」

夕月さんの一言で一瞬、場の空気が止まった。
そしてこの瞬間、俺は確信した。このおっさんは本物のバカだと。

「……それなら先生が割ったんじゃないですか!!」

パァンッ!!
兄貴の怒鳴り声と、肌を打つ音が辺りに響く。

「いたぁっ!!やめて!!予想はしてたけどやっぱ痛い!!」
「痛いじゃないですよ全く!!嘘までつこうとして!!」

パン!パン!パン!
今度こそ容赦なく、兄貴が夕月さんの尻を連打している。
あーあもう、この音苦手なんだよなぁ。痛そうで。

「だって!!いっ……健介君がっ、おやつくれないんだもん!!」
「おやつが出ないからってお皿を割っていいんですか?!
そんな事でいちいち割ってたら、家のお皿が無くなるでしょ!?
先生、もっと物を大切にしてください!!」
「いったぃ!!大切にするから叩くのやめてぇ!!」

夕月さんがもがいているけど、兄貴は動じていない。
平気で押さえつけて叩いている。

パン!パン!パン!

「しばらく許しません!先生は、少し我慢する事を覚えたほうがいいですね。」
「やだっ!!いたっ……うぁっ!!」
「我慢してください!」

パン!パン!パン!
叩かれるたびに悲鳴を上げる夕月さんがそろそろ可哀想になる。

「んんっ!!あっ……うっ……健人くっ……やだぁっ!!」
「ヤダじゃないですよ。」
「ふっ、うぁあああん!!もう我慢したーーーー!!」
「自分で言ってどうするんですか。」

だいぶ叩かれて、夕月さんの尻はもう赤い。
泣き出してもまだ許してもらえないなんて、夕月さんも大変だ……
しばらくパンパン叩いて、それで兄貴が夕月さんに声をかけた。

「さて、そろそろ反省できましたよね、先生?“ごめんなさい”は?」
「ふぇっ……そっな……私っ、一度も謝った事が無いのっ、んっ、自慢なのにぃ……」
「いいから謝りなさい!!」

バシィッ!!
赤くなってる尻を思いっきり叩かれて、夕月さんがのけぞっていた。
うん、今のは本気だ。

「わぁんっ!!謝りますぅっ!!ごめんなさいぃっ!!」
「何がごめんなさいなんですか?」

パンッと、まだ叩かれるか。
うーん……夕月さんの自慢を一つ奪って、それでもまだ許してやらないとは……
今日の兄貴は一味違うな……でも早く終わってくれこの状況……
夕月さん泣きじゃくってるし。

「うあぁぁぁんっ!!健人君ゲーム弱くなれって思ってごめんなさいぃっ!!」
「そんな事思ってたんですか!?自分が勝てないからってもう!!」

パンッ!

「はぁうっ!!健人君の仕事、夕方5時ぐらいに終われって思ってごめんなさいぃ……」

「そんな事も思ってたんですか!?っていうより、どんどん関係ないこと謝ってますよ先生……
今謝るべきはそれじゃなくて、“お皿割ってごめんなさい”でしょ?」
「うぇっ……お皿割ってごめんなさい……ひっく……」

この一言で、やっと兄貴の手が止まった。

「今度こそもうしないって約束できますね?」
「んぇっ、できるぅ……」
「じゃあお終いにしましょう。さ、下りて。」

兄貴は泣いている夕月さんを膝から下ろして、自分もソファーから下りて夕月さんの背中を撫でていた。
夕月さんのほうは兄貴にすがりついて泣いていた。

「うわああああん!!健介君のニキビ増えろって思ってごめんなさぁいっ!!」
「えぇっ!?何でそんな事思ってるんですか!?」
「兄貴!!もう一発叩け!!」

俺が叫ぶと、兄貴は笑いながら夕月さんを膝立ちにさせて、もう一発追加していた。
軽くはたくみたいなもんだったけど。


そして、夕月さんが落ち着いて寝てしまうと始まったのが……

「先生が大泣きしてた……
仕事で疲れてたからつい力入って……うまく手加減できなくて……
先生に当たったみたいになった……僕って最低だ……もういっそ僕がお仕置きされたい……」

うわーーーーーー!!兄貴が落ち込みすぎて変な事言ってる!!
うちの長男がドM発言なんて、ちょっとしたお家騒動だよ!!
これは即刻励まさないと!!

「兄貴!!兄貴何言ってんの!?気をしっかりもって!!
そりゃ疲れてる日もあるよ!大丈夫!おっさんの体はタフだから!!
兄貴は間違ってないよ!夕月さんも反省してたじゃん!」

兄貴は何でこうも優しいって言うか……罪悪感の感じすぎだろこれ。
“夕月さんは大丈夫!兄貴は間違ってない!”
これを繰り返し説得すると、兄貴はやっと顔を上げた。

「これでよかったのかな……?」
「いいんだよ!!夕月さんは言っても聞かない事が多いから!
兄貴が辛いなら、俺が代わりに叩いてやるし!」
「そ、そんな……健介君が叩く事ないんだよ!?ね?優しくしてあげよう!?
あと、おやつはなるべく出してあげようね。」

……自分は叩くくせに、俺が叩くって言うと止めるのな。
ま、兄貴のこんな優しすぎるとこは嫌いじゃないんだけど。
とにかく兄貴の気が晴れたらいいかなって、それだけだ。


で、翌朝。

いつも通り元気な夕月さんが俺にこんな事を聞いてきた。

「ね、思ったんだけど、私が健人君にお尻叩かれてるんだから、
健介君はさぞ叩かれてるんだろうね?叩かれすぎてギネス載っちゃう感じ?」

嬉しそうに聞いてくるのが腹立つな……このおっさん。
たまたま兄貴が出かける前で、これを聞いてきょとんとしていた。

「俺、兄貴に尻なんて叩かれた事ありません」
「え!?嘘!?何で!?おかしいよ!!ねぇ健人君、何で!?」
「すいません。こればっかりは、健介君の素行しだいなんで」

必死にすがり付いている夕月さんに兄貴が苦笑している。
こら、早く仕事に行かせてやれ。

「ずるい!!ずるいよ!!健介君の素行荒れろ!!」
「うるさいですよ夕月さん!!」

相変わらずの毎日だけど
こんな毎日でも楽しいと思ってしまう俺がいるのだった。


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【作品番号】US2

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