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うちの画家先生21 【最終回】








詩月と私の新しいお家が建ってしばらくして、早いものでお引越しがいよいよ明日と迫った日。
私は長く過ごしたこの家で、一人ダンディーに物思いにふけっていたんだよ。
ソファーで甘いココアを飲みながら。
今座ってるソファー一つとっても色々な思い出があるんだ。ついつい話しかけてしまうよ。
「ソファー君、君にもいろいろお世話になったよね……ええと、そうだな……例えば」

大体 健人君に お尻を叩かれる時は ここだったような。

「……考えるのはよそう。もっと私がカッコよく活躍した思い出があるはずだ!頑張って思い出すぞ!
う〜〜っ、出て来いカッコいい思い出〜〜!!」
うんうん唸っていたら私は思いついた。
「そうだ!最後だし健人君と健介君にお世話になったお礼のプレゼントを贈ろう!」
さすが私!ナイスアイデア!そうと決まればさっそくプレゼントを考えなくちゃ!!
(けど、“何が欲しい?”って直接聞いちゃうのも野暮ってもんかな??
よーし、健人君と健介君の欲しい物をリサーチしよう!部屋を探って!)
そう思って私はまず健人君の部屋に行ったんだ。もちろんこっそりだよ?
そしてそーっとドアを開けようとしたら……
「何してるんですか夕月さん?」
「あ!詩月!」
見つかっちゃった!でも詩月だから平気かな……健人君や健介君だったらプレゼント計画がバレちゃうもんね。
一応、ここはスマートに誤魔化しておこう。
「ちょっとね、この部屋に用事があるんだ」
「もしかして……また勝手に健人さんの部屋で遊ぼうとしてます?いけませんよ。大切な物もたくさんあるんですから。
向こうで僕と一緒にゲームでもしましょうよ」
そう言って詩月はニコニコしてる。困ったな、遊びじゃないよ。
詩月ったら私に一緒に遊んでほしいのかな?甘えん坊なんだから〜〜……
でも、私には大切なリサーチがあるんだ!
「詩月、後で遊んであげるから今は向こうに行っててよ。私はこの部屋に大事な用があるんだ」
「ダメですってばこの部屋は。夕月さん散らかすでしょ?また叱られても知りませんよ?」
「散らかしたりしないよ!もう!いいから詩月向こうに行っててよ〜〜!!」
詩月が邪魔ばっかりするから嫌になって、“向こう行け“って意味でグイグイ押したんだ。
そしたら詩月がさ
「あ、夕月さん……ワガママ言うと怒りますよ?」
なんて。急にしゃがみこんじゃって。
この子発育がいいから、これで目線が私と同じくらい。ちょっと悔しい。
でも私だって負けないんだ!
「ワガママ言ってる子は詩月でしょ!?」
「……怒っていいですね?」
「いっ、いい……」
確かに私は言おうとしたんだよ「いいよ」って。
でもね、言いかけでいきなり体がフワーって浮かぶなんて思ってなかったよ!!
「うわわっ!!?うそぉぉぉぉっ!!?」
詩月が私の腰を持ったまま立ち上がって、何かこう、ブラーンってなって……
これってまるでお尻ぶたれる時みたいな、嫌な予感!!
そう思ったら……
バシッ!
「ひぃっ!?」
ややややっぱり叩かれたぁっ!痛い!健人君や健介君も大概だけど、詩月も叩くの痛い!
「向こうで遊びましょうって」
バシッ!
「ふぁぁっ!?」
「言ってるでしょう!!」
バシッ!
「あぁっ!」
「言う事が聞けないならこのまま」
バシッ!
「んんっ!!」
「一緒に来てもらいます!」
ビシッ!!
「や、やめて詩月!痛いよ――っ!!」
まだちょっとしか叩かれてない気がしたけど本当に痛かったんだから!言ったんだ正直に!
でも詩月ったら、私を叩きながら器用に歩き始めたよ!
「ダメですよ!リビングに着くまでこのまま!」
バシンッ!
「や――っ!歩きながら叩かないでぇっ!お神輿みたいだよ――!恥ずかしいよ――っ!
だっ、誰かに見られたらぁぁっ!」
バシッ!
「ひゃぁぁぁんっ!!」
うわぁぁあああん!こんな移動式でお尻叩かれちゃうなんて!私の画聖としての威厳がぁぁぁぁっ!
でも、「詩月イケメン!」って言っても何を言っても詩月はお尻叩くの止めてくれなくて……。
結局そのままリビングまで来ちゃったよ。その時に健人君に見られて恥ずかしかったぁぁ。
リビングに着いたらすぐ許してもらえたからましだったけど……。
「ふへぇ……あいたた……」
結局、「健人君の部屋には行かないから」って約束して、自由にしてもらえた。
うぅ、自分でなでなでしてもお尻痛い……私、泣かなかったのは、さすがだけどね。
詩月が最近私のお尻を叩くのに躊躇が無くて困るよ……。
もしかして、新しいお家でもこんな感じ?


とにかく健人君の部屋は止めにして、健介君の部屋をリサーチする事にしたんだ。
健介君の部屋に入ろうと思ったらまたタイミングの悪い事に健介君に遭遇しちゃった。
って!!健介君!!なんか美味しそうなようかん持ってる!ズルい!!
「健介君!ようかん私にもちょうだい!!」
「夕月さんのも冷蔵庫に入ってますよ?」
「ホント!?やった!」
さっそく食べに行きたかったけど、いけない……リサーチが先だ!
……うぅっ!でもようかんも食べたいぞ!
「そうだ!健介君取ってきてよ!私のようかん!」
「えぇっ!?」
これで健介君にバレずに健介君の部屋をリサーチできるし、ようかんはすぐに食べられるし一石二鳥だね!
健介君が嫌そうな顔してるけど!
「自分で取ってきたらいいじゃないですか!俺をパシらないでくださいよ!」
「なんなら健介君が持っているようかんを私のようかんにして、
健介君が新たに自分のようかんを取りに行くスタイルでもいいよ?」
「嫌ですよ!なんですかその無駄な俺の二度手間!」
「むぅ……健介君の横着。けちんぼ。横着ケチ健介!」
「うっさい!大体、アンタ俺の部屋の前で何してるんですか?」
お!健介君がリサーチに気付き始めてる?ここはスマートに誤魔化し……て、さっきみたくお尻叩かれたら嫌だな。
ここはほんの少しだけ正直に話そうかな。健介君だし。
「実は、健介君の部屋をリサーチして健介君が欲しいプレゼントを探ろうとしてるんだよ!
おっと、これ以上は言えないよ??」
「……いや、これ以上聞く事無いです。分かりましたし……ってか、俺の部屋探ろうって事ですか!?
やめてくださいよ!プライバシーの侵害ですよ!?絶対やめてください!」
「なんでさ!」
って、思いっきり言い返してから私、ピンときちゃった♪
「分かった!健介君ってば、見られたら困るもの部屋に隠してるんでしょ!?」
「そっ、そりゃっ、健全な男子の部屋ですからそれなりに……」
「悪い点数のテストとか!いーけないんだ!」
「うぇぇそっち!!?」
健介君が軽くバランスを崩してた。ようかん落とさないでよ?おいしいんだから。
でもその割に、何だか自信満々に言う。
「フッフッフ……大学のシステムを甘く見ないでくださいよ夕月さん?
自宅に送られてくる成績表には、“優”と“良”と“可”しか載らないんです!
つまり何個“不可”があっても載らないからバレないんですよ!単位落とし隠ぺいし放題!!」
「へーそうなんだ……」
豆知識を知ったよ!健人君は知ってたのかな?健介君の後ろにいるけど。
「知ってた健人君?」
「ふぉあっ!!?」
健介君が変な声出してすごい勢いで振り返ってて面白かったよ。
「ええ。ちょうどその話をしなきゃなーって思ってたんですよ。
ねぇ健介君……いくつ落としたの?」
「あ……いや……」
「健介君の部屋でゆっくり聞かせてくれないかな?」
健人君はニコニコしてるのに健介君は焦ってるみたい。
私の画聖の勘が伝えている……!健介君怒られそう!お尻ぺんぺんされて怒られそう!
(どうしよう、長くかかってプレゼントリサーチが遅れて、お買い物に行く時間が無くなったら困るな……。
今日中に買って明日渡したいし)
って、思ったから聞いてみた。
「ねぇ長くなる?」
「縁起でもない事言わないでください!!」
「私、健人君と健介君にあげるお礼のプレゼントのリサーチをしにきたんだけど、長くなるなら今聞いちゃうよ。
何か欲しい物はある?」
「そんな先生……気を使っていただかなくても……」
健人君は申し訳なさそうな顔してるけど、健介君は何だか嬉しそう。
「よ、よし!さっすが夕月さん!!さっそく考えようぜ兄貴!」
「……そうだね。夜の方が、ゆっくりお仕置きする時間が取れるもんね」
「チクショォォォォォォォ!!」
健介君が半泣きになりながら、勢いよく部屋に入っていった。
で、バンッ!って出てきて私の目の前にメモを突きつける。
「はいこれっ!!」
書いてあったのは『コショウ・マヨネーズ・玉ねぎ×2・キャベツ・台所用洗剤・石鹸』……
こ、これって……
「お買い物メモじゃないか!」
「とっさにそれしか思いつかなかったんです!こんな状況じゃ……!」
「あの、少し見せてもらえますか?」
健人君がメモを眺めて……
「追加で、『トイレットペーパー・パン粉』もお願いします」
「健人君まで……」
健人君に笑顔でそう言われて、力が抜けちゃう私であった。

それから、詩月と一緒にプレゼントを買いに……っていうか、これじゃただの買い出しだよね。
とにかく頼まれた物のお買い物に行ったよ。
買った帰り道にこんな事を話した。
「どうしてあの子達はこんな時まで主婦っぷりを発揮するんだろうね……。
最後くらい、きちんとした物を贈りたかったよ」
「きっと、健人さんたちにとっては日々のお買い物の方がありがたいんですよ!
贈り物はまた別の物も考えてみたらいかがですか?」
「別の物かぁ……」
詩月にの言うように、やっぱり最後だから、これと別に何か特別なものが贈れたらいいのに。
上手く思いつくかな……。
考えながら帰り道を歩いた。


そしてお家到着。
出迎えてくれたのは健人君。私の荷物を持ってくれながら嬉しそうにしてる。
「おかえりなさい!とても助かりました!」
「喜んでもらえたなら良かったよ。あれ?健介君は?」
「部屋で休憩中なんです。夕飯までには出てきてくれますよ」
「そ、そう……」
や、やっぱり泣いてるのかな……いい子いい子してあげた方がいいの?
そう思ったけど、健人君がようかんを出してくれたから食べてた。
途中で健介君が出てきてくれてホッとしたよ。意外と復活早かったよね!
……なんか疲れた顔してたけど。

色々あったけど、その日の夕食は私の好きな物がたくさん出てきておいしかった。
けれどそれ以外は本当にいつもと変わらなくて。
最後だって、実感が湧かないや。こんなモノなのかな?

眠る時間になって、ベッドに入っても私はなかなか寝付けなかった。

やっぱり、この家と……健人君や健介君と、離れるのは寂しいな……。


――次の日


とうとう、この日が来てしまった。
長い間夕月さんと一緒にいた気がするけど、別れの日なんてあっけないもんだな。
引越し屋さんが来るかと思ったら、デカい高級車がうちの前に止まり出すから何事かと……!!
中から出てきた黒服の人達……おそらく執事か何かがせっせと荷物を運び出してた。
家具なんかは持ち込んでないし、もともと夕月さんがこっちに持ち込んだものもあまり無いからまぁ、楽だよな。
後は夕月さんと詩月さん自体が車に乗り込むだけになる。
「健人さん、健介さん、本当に長い間お世話になりました!ありがとうございます!」
詩月さんが晴れやかな笑顔で言う。
これはどっちかと言うと夕月さんのセリフだと思うけど。
当の夕月さんは俯いて暗い表情だし……やっぱり寂しいのかな……し、仕方ないおっさんだな!
またいつでも会えるんだからそんな顔する事ないのに!俺まで寂しくなるだろ!
浮かない顔の夕月さんを慰めるみたいに、兄貴が夕月さんの肩に手を置きながら言う。
「先生も詩月さんも、お体に気を付けて……またいつでも遊びに来てくださいね?ね?先生?」
「うん……」
「来た時ぐらいは、オヤツ作りますから。待ってますよ」
俺もこんな挨拶しかできなかったけど。湿っぽい挨拶はしたくない。
夕月さんはいよいよ涙目になって声を震わせていた。
「……うっ、うん……っ」
「さぁ、行きましょうか夕月さん?」
詩月さんが夕月さんの手を引く。ドアまでは数歩だ。
2人が背を向けて、歩き出して……そうしたら夕月さんが振り返って……
「やっぱヤダ!!」
大声で叫んで詩月さんの手を振り払って、兄貴に飛びついた。
「私、健人君や健介君とお別れするなんて嫌だよ!!2人と、詩月とずっと一緒に暮らしたい!!」
「せ、先生……!」
夕月さんの行動に、兄貴も俺も、もちろん詩月さんだって戸惑った。
だって、こんな瀬戸際で!
真っ先に口を開いたのは兄貴だ。
「ダメ、ですよ……せっかく新しいお家も建ってるんですから。僕らとはまたいつでも会えるじゃないですか……」
「違うよ!離れたくないんだ!今までみたいにずっと一緒にいたいんだ!
4人がいいんだ!健人君と健介君と、詩月と、私と!!みんな一緒がいい!!
ねぇ、健人君も健介君も一緒に新しいお家行こうよ!一緒に暮らそうよ!」
「僕らは、この家を空けるわけにはいきませんから」
「鍵かけていけばいいじゃないか!!」
そういう問題でもない気が。
で、でも夕月さんがこんなに嫌がってるんだし、日を改めた方が……そんな事を思ってしまって自分でハッとする。
(俺も、夕月さんとまだ一緒にいたいって思ってんのかな……)
きっと俺も夕月さんを説得すべきで、でも、どう声をかけていいか分からない。
詩月さんもそんな感じなんだと思う。一言も口を挟まない。しかも詩月さんの場合心中複雑だろうな……。
俺達が何も言えない間にも兄貴は一人頑張っていた。
「先生、今行かないと。そうでないと、ますます行きづらくなりますよ?
ほら……詩月さん待ってますし。困ってますよ?」
「いっ、嫌だ!!詩月も健人君と健介君が一緒がいいって言うよ!!」
「困りましたね……ねぇ、最後くらいは痛い事は無しにしましょう?」
「え?」
今まで兄貴にしがみついていた夕月さんが顔を上げる。
兄貴は目があった夕月さんにいつもみたいに笑いかけた。
「あまり困った事をおっしゃるならお尻を叩きますよ?」
「あ、ぅ……」
「ほら、あと10秒以内に詩月さんのところへ行ってくださいね。10、」
9、8、7、6、と……兄貴がカウントを進めるたびに夕月さんはズルズルと兄貴から後ずさる。

兄貴の手を握ったまま。

途中で兄貴がされるがまま手を伸ばすのをやめたので、夕月さんはそこから動けない。
握った手を離さないと。
「3……2……」
「…………」
「……1……」
「…………」
「…………0」
「……ぅ」
明らかにサービス気味のカウントもついに10を越えた。
でも夕月さん、結局最後まで手を離さなかった。
「ハイ時間切れ!!」
兄貴が勢いよく手を引いて、夕月さんを抱きしめる。
「今、嬉しかったです。僕だって離れるのは嫌だけど……
でも貴方は行かなきゃいけない人ですから。どうか分かってくださいね」
「健人君……」
「貴方の事だから、お尻叩けばすぐ“詩月と帰る!”って、おっしゃいますよ」
「きょっ、今日は負けないぞッ!!」
いやこれ勝負じゃないし。
キッと迫力無く睨みつけてる夕月さんに対して兄貴もなんか困り笑いだ。
いつになく強気だった夕月さんだったけど、正座した兄貴の膝の上に乗って
ズボンや下着を下ろされたらみるみる不安顔になってたし
バシィッ!!
「い、痛い!痛い痛い!」
一発目からこんな情けない音を上げていた。
こんなんで大丈夫なのだろうかこの勝負……いや、これ勝負じゃないけど。
けれど夕月さん、顔をしかめながらもフルフル首を振っていた。
「うぅう!痛いけど平気だもん!頑張るんだ!」
「先生……」
ビシッ!バシィッ!
「やぁああああっ!うぅ――っ!」
「僕が勝ちますよ。貴方の為に」
力いっぱいお尻を打つけど、兄貴の顔は悲しそうだ。これじゃ、何だか兄貴の方が可哀想な気がする。
夕月さんも辛そうに息を切らせながら粘っていた。
「私、が!勝つ!今日は!い、今までっ、健人君にはいっぱいお尻叩かれたし!
そろそろ……慣れてきたぃたぁぁい!!」
「痛いですよね?踏んできた場数なら僕だって同じです!」
バシィッ!ビシッ!ビシッ!
「ふぁああんっ!!痛い!ううん、痛くない!やっぱり痛いぃぃっ!」
夕月さん全然ダメだ。泣きそうで、悲鳴がいつものそれだもん。
二人のお仕置きをずっと見てきた俺だから分かる。ラストは絶対に決まりきった一つだ。
バシッ!バシッ!
「やめてぇっ!やめてよ痛いぃっ!ぐすっ、私負けちゃうよぉぉ――っ!」
「負けちゃってください。いつもみたいに素直に謝ってくださる先生が好きですよ」
「やだぁぁぁっ!」
喚いた夕月さんの尻にまた一発入る。お尻はもう真っ赤になってきた。
「ワガママ言わないで。何度も言いますけど、いつでも会えますから」
「だってだってぇぇっ!寂しいんだもぉぉぉん!!」
「僕も、です……」
「わぁあああああん!!」
“寂しい”と、自分の言った一言に押されるように夕月さんが泣き出した。
自爆してどうするんだよ……兄貴も、何声震えてんだよ……!
で、俺も何で泣きそうなんだよ!!詩月さんに至ってはもうアウトだよ!泣いてるよこの人!
ビシィッ!バシッ!バシッ!
「さ、ぁ……早くっ、負けていただか、ないと……もっと、っ、痛くしてしまいますよ?」
「やだぁぁぁっ!もう充分痛いよぉ!やだぁぁぁっ!」
夕月さんは真っ赤なお尻で暴れて泣いていた。兄貴ももう、泣いてこそないけど声がボロボロだ。
「せんせぇっ……!!」
絞り出すような、張り詰めたような、この泣き出す寸前の、懇願する声が決め手だったらしい。
夕月さんが叫んだ。
「ふぇっ、わ、分かったよぉぉっ!詩月と帰る!帰るからぁぁぁっ!健人君泣かないでぇぇぇっ!!」
「…………」
兄貴は一瞬ぐっと俯いた。そして顔を上げて……
「そうですか……」
どうにか落ち着いた声の音色を取り戻したらしいけど。
バシィッ!!
「ひぇぇっ!何で!?何でぇぇっ!!?」
折れて負けたのに兄貴の手が止まらなくて、夕月さんの方は混乱して暴れていた。
兄貴が無理やり笑って言う。
「先生が“しばらく来たくない”って思うように、意地悪をしています。
詩月さんと暮らしてすぐ、家出されたりしたら困りますから」
「そんなぁぁっ!!」
ビシッ!バシィッ!!
「うわぁぁああああん!意地悪しちゃダメぇぇぇぇっ!!私優しかった!優しかったぁぁぁ!!」
「そうですね。先生優しかったですね。僕が泣いちゃったから、負けてくださったんですよね?
ありがとうございます」
「どういたしましてぇぇぇぇぇっ!やめて許してぇぇぇぇッ!!」
と、妙な会話でお尻叩きが続いて。
しばらく経った頃には俺も詩月さんも涙は落ち着いて、泣いているのは夕月さんだけになっていた。
痛々しい色の尻で抵抗も無くなって……今や打たれるがまま反応して泣くだけだ。
「うぇぇっ!ごめんなさぁぁい!帰るのヤダって言ってごめんなさいぃっ!
ちゃんと帰るよぉぉっ!帰ってまた来るよぉぉぉっ!家出もしないぃぃ!うわぁぁあああん!!」
「約束ですよ?」
バシンッ!ビシッ!バシッ!
しおらしくなった夕月さんに最後に2,3発落として、やっとお仕置きは終わる。
兄貴が夕月さんの服を整えてやったら、夕月さんはヨタヨタと詩月さんにの方へ歩いていって、抱き付いていた。
「うわぁああああん!うわぁぁぁあん!」
「夕月さん、大丈夫です……」
泣いている夕月さんに詩月さんも泣きそうな顔で笑いかける。
「貴方には、僕がいます」
「詩月ぃぃぃぃぃぃっ!!」
と、夕月さんが詩月さんにさらに強く抱きついて、抱きしめ返されて……一件落着したらいい。

夕月さんもそれ以上はごねずに車に乗っていた。
それでも往生際悪く、車の窓を開けて見送った俺達に話しかけてきたけど。
「ね、ねぇ!絶対、すぐ、明日!明日来るからね!
べっ、別にしばらく来たくないなんて思わなかったし!あ!家出じゃないよ?!
遊びに来るから!健人君も健介君も大好きだもんね――――っだ!!」
この強がりなのか何なのか分からないセリフを。
兄貴は慣れた風に流してたけど。
「ありがとうございます。明日待ってますね」
「お、俺も」
……うん、便乗。こんな時に兄貴みたいに素直に言うのって照れくさい。
で、この後――
本当に、や――っと夕月さんは新居へ向かっていった。
本当にお別れだ。色々ありすぎて実感が湧かない。しかも明日遊びに来る気満々だし。
「うぅっ……先生……!!」
「おい兄貴!?」
夕月さんが去っても、問題は残っていたらしく。
俺は泣き出した兄貴を宥めながら家の中に入れるのだった。

その日は、久々に兄弟水入らずで過ごせたけど、やっぱり少し寂しかった。



――1か月後

先生が新居に移ってから、早いもので1か月経ちました。

最初は頻繁に遊びに来てくださってた先生も、あちらでの生活が落ち着いてきたようで
今ではだいぶ余裕を持ったペースで遊びに来てくれます。
僕らも兄弟でいる時間を大切にしつつ慣れてきたから、それが寂しいという事も無く……
むしろ、先生が詩月さんと仲よく暮らしてる事が嬉しくて、お互いに良い環境が整ったんだな〜と感じています。

そんな折、先生があるチケットをくれました。
『画聖・大堂夕月展〜美しき日常と幻想の世界〜』
どうやら先生の作品の展示会らしくて“今までお世話になったプレゼントが思いついたんだ!”……だ、そうです。
もちろん僕も健介君も喜んで招待してもらう事にしました。
……健介君は「え!美術館とか行った事無いし!」って戸惑ってたけど、嫌がっては無かったから。
そういうわけで、休日に2人で美術館に行ったんです。
その後、久しぶりに先生や詩月さんと会って食事をする約束も……両方楽しみだなぁ。


行ってみると本当に大きくて綺麗な美術館でした。
もともと先生には大堂家の後ろ盾があるし、今回の展示会はあの廟堂院家も協賛してくれてるらしいです。
ん、まぁ、こんな規模の話はどうでもいいですよね。

中に入ると、たくさんの人がいたけれど……場所が広いおかげでしょうか?
ストレスなく先生の絵を見ていくことができます。
僕が見た事あるものも、無い物も、本当に素晴らしい絵ばかりで。
健介君は先生の作品を間近で色々見るのは初めてのせいか……口を開けてポカンとしてました。
食い入るみたいに絵をじっと見て。こんな健介君は見た事無いから何だか可愛いです。
「夕月さんには……風景とか、こんな風に、見えてんのか?
ものすごく、何ていうか、綺麗だよな……あの人の住む世界って。これは人生相当楽しいぞ……」
「逆かもしれないよ?僕らが見えてないだけで、この絵の中の綺麗な世界が本当に僕らの生きている世界で……
そう思うと、すごく幸せな気分になるよね」
少しカッコつけちゃったかな、なんて健介君の顔を見たら、彼はうわ言みたいに言います。
「俺……」
「ん?」
「これから頑張って、勉強するわ……」
「うん」
若者に未来への活力を与えるなんて、流石先生……ありがとうございます!

それからしばらく順路通りに絵を見て回って。
ふと健介君が違う方角を気にしている事に気付きます。
「どうしたの健介君?」
「え?いや……アイツら、ちょっと気になって」
健介君が、気にしてたのは笑顔で話している大学生くらいの男の子の集団でした。
あの子達がどうしたのかな……もしかして……
「お友達と来たかった?」
「そんなんじゃないって!いいよ、何でもない!気にしないで!」
「う、うん……」
健介君の様子は引っかかったけど……これ以上気にしても仕方ないので、
また絵を見ながら進むことにします。

さて、順路も終盤に来ました。
「次ぐらいに、今回の展示会の目玉の絵があるらしいね」
そんな話をしながら僕らが最後に見た絵は……

「この絵……!!」
見覚えのある絵でした。
風車小屋の絵。
先生と暮らすことになってすぐ、先生が壁に落書きしてしまった絵。
それが、大きなキャンバスに堂々と描いてありました。
あの時以上の輝きを放って。
「この絵、“風車小屋の微笑”じゃん……!」
健介君も気付いたようです。
けど、タイトルにはこう書いてありました。
『私の愛する家族に捧げる風車小屋☆スマイル』
「タイトルの後半で台無しだよッ!!」
健介君はそんな風に突っ込んでたんだけど……
「うっ……」
僕は涙が溢れてしまいます。
とても、素晴らしい絵だったから。
“愛する家族”だと……僕らをそう思ってくれてる、先生の気持ちが伝わってきたから。
「あ、兄貴!なにも泣く事!」
「ごめっ……いい、絵だね……!!」
「すっげぇ、いい絵だけどさ……」
「褒めて、あげなきゃねっ……」
「うん。“いいところ200個ぐらい”な……。
なぁ兄貴、“今までお世話になったプレゼント”って、これの事なのかも……」
「先生……っ!!」
どうしよう。本当に感動しすぎて涙が止まらない……。
本当に最高のプレゼントだ。
「兄貴、しっかり」
健介君にもらったハンカチで、どうにか涙を拭きます。
この後は、先生や詩月さんと食事する約束がある……
僕が泣くとすぐ心配してくれる先生に、また心配させるわけにはいきません。
「ごめんね。大丈夫だよ。行こう」
僕は必死で笑って、健介君と美術館を後にします。

そして……

待ち合わせ場所ではしゃいで叫んでいる、
普段よりおめかししている先生を、感謝をこめて力いっぱい抱きしめました。

先生、素敵なプレゼントありがとうございます。
これからもずっと、家族でいましょうね!!



最後まで読んでくださってありがとうございました!
気に入ったら押してやってください!

【作品番号】US21

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