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うちの画家先生1




先日、兄貴が家に画家を連れてきた。

『あのね、健介君、こちら、あの有名な大堂夕月先生。今日から家で面倒見るから!!』
兄貴が言ったのはコレだけ。
俺は驚いて色々尋ねたが、兄貴は『とにかく面倒見るから!』と繰り返すだけだった。

“画聖”『大堂夕月(だいどう ゆづき)』。
ちょっと小柄なおっさんだった。兄貴の服の裾をつかんで、緊張気味の表情で俺を見ていた。
正直、芸術に興味のない俺は“画聖”だの“世界の大堂”だの聞いてもさっぱりだけど
この人の描く絵は何億単位で取引されるというからすごい人なんだろう。

『可愛らしい人でしょ?』
兄貴はそう言った。別に不細工ではないが、俺の初見の感想としてはただの小柄なおっさんだった。
で、そのおっさんが今日、兄貴の部屋で壁に絵を描いていた。


「うわ!!ちょっと!!何やってるんですか夕月さん!!」
「あ!健介君、見て見て!ちょうど完成したんだよ!タイトルは『風車小屋の微笑』!」

目の前で嬉しそうに笑っているおっさんの前には確かに風車小屋の絵があった。
青い空、緑の木々、色とりどりの花、その爽やかな自然の真ん中に風車小屋……見ていると心が安らぐ……
壁に描いてさえいなければ。

「ちょっと壁が……やめてくださいよ!!こんな勝手に……!!」
「何で?せっかく上手く描けたのに。ねぇそれよりさ、お腹すいたよ!おやつちょうだい?」

確かに上手くても家の壁に描かれたら落書き同然だ。
もうどうすんだよコレ……洗えば落ちるのか?ああ、持ち家でよかった……ってさっきから横で「おやつおやつ」うるさい!
俺は横でひたすら「おやつ」と叫んでいるおっさんを怒鳴りつけた。

「おやつって何ですかいい年こいて!!夕月さん!?アンタ大人でしょ!?
人ん家の壁に絵を描くなんて非常識だと思いませんか!?」
「健介君こそ、画聖と呼ばれる私におやつもよこさないなんて非常識極まりないよ!!
糖分足りなくていい絵が描けなくなったらどうすんだーーーー!!おやつ出せーーーー!!」

駄々っ子のごとく床に寝転がって手足をばたつかせるこのどうしようもないおっさん……
『とにかく面倒見るから!!』
こう言った当の兄貴は仕事でほとんど家にいないから、実質面倒見るのはこの俺だ。
(両親も外国暮らしで家にいないから)
しかしこれほど『面倒見る』って表現がぴったりなおっさんも珍しい。
見た目大人しそうだと思ったのに、来てから今までわがまま放題。
子供よりタチが悪い……おい、このおっさん!!パレットで床を叩くな!!

「分かりましたよ夕月さん!!やめてください!!床に傷がつくから!!クッキー持ってきますから!!」
俺がそう言うと、夕月さんはピタッと大人しくなる。
「分かればいいんだよ。あ、紅茶も入れてよ?ミルクいれて甘くして、あと適度に冷まして、ね?」
「はいはい。手を洗ってリビングで待っててください。」
もう最近は、子供だと思って接することにしている。
どうせ後で兄貴の部屋に散らばった筆やらを片付けるのも俺だ……絵はめんどくさいから放置しとこ。


「ほら夕月さん、クッキーと紅茶ですよ。」
「そうそう、これこれ……って熱っ!!!もー適度に冷ましてって言ったじゃないか!!
人の話を聞いときなよ健介君!!」

「どーもすいませんね。先にクッキー食べてりゃ勝手に冷めますよ。」
疲れる……兄貴早く帰ってこないかな……


兄貴が帰ってきたのは夜9時ぐらいだった。
「ただいま〜。」
リビングにスーツ姿の兄貴が入ってくると、夕月さんは待ちかねたようにソファーから声をかける。
「お帰り健人君。遅いよ君。一緒にゲームしようと思ってたのにー。私への気遣いがほしいよ。」
「え?そうなんですか!?すいません先生。」
普通、疲れて帰ってきてこんな事言われたら殴りたくなるだろうけど、兄貴は本気ですまなそうにしている。
人が良いって言うか……気が優しいというか、これが兄貴だ。まぁ自分が若いから気ぃ使ってるのもあるのかな?
俺もいつもみたいに何となく兄貴に話しかけた。

「あのさ、兄貴。夕月さんが兄貴の部屋の壁に風車描いてたぜ?」
「そう!タイトルは『風車小屋の微笑』!」
「え?」
兄貴は思いのほか驚いた顔をしていた。ぱっと自分の部屋に行って、すぐ戻ってきた。

「先生、困ります。」
兄貴はいつもの笑顔じゃなくて、真剣な顔だった。
「こんな事をされては困ります。特に許可がない場合はキャンバス以外に
絵を描かないでくださいって前に言いましたよね?」
いつもと様子の違う兄貴に、夕月さんも少し困惑してるようだ。

「だって……いいじゃないか別に。ほら、どこに描いてあるかは気にせずに
いつもみたいに褒めてくれたらいいんだよ!いい絵だろう??」
「先生、どうか真剣に聞いてください。勝手に壁に描かれたら困るんです。
もうしないって約束してください。」
「もう!!困るのはどうでもいいから褒めてよ!!いい所100個ぐらい!!
健人君褒めてくれるじゃないかいっつも!!何で今日怒ってるの!?」
「困るのが一番重要なんです!!今日は褒めませんよ先生!!先生がした事は、悪い事です!!
だから怒ってるんです!!」

だんだん喧嘩みたいになってきた……兄貴の怒鳴り声なんか久しぶりに聞いたし……
俺はどうしていいか分からないので、とりあえず二人を見ていた。

「何だよ健人君のバカ!!君はもっと絵を見る目があると思ってたのに!!
褒めてくれないなら、明日この家の外壁にやたらセクシーな裸婦とか描いてやる!!
ご近所の笑いものだぞ!!ざまあみろ!!」
「いい加減にしてください!!それ本気で言ってるんですか!?」
「ああ、本気だとも!!何なら今からでも描きにいくぞ私は!!」
「先生!!」

出て行こうとする夕月さんの腕を兄貴がつかんで止めた。

「離せこら!!裸婦を描いてやるこのやろう!!」
「先生!!言っても分かっていただけないなら、こっちにも考えがありますよ!?」

「二人……とも……や……め……ろよ……」
二人の剣幕が凄すぎて、俺はほんの小さな声しかでなかった。
当然、どっちにも聞こえてないみたいで、夕月さん暴れてるし、兄貴は夕月さんを引っ張ってくし、
自分はソファーに座るし、その上に夕月さん乗っけるし、そのままズボン下ろすし……
え!!?何だこの状況!??

「はわっ!!ちょっと健人君!?何!?お腹苦しい!!」
お腹より丸出しの下半身を気にしてくれ夕月さん……

「先生に今日の身勝手な行動を反省していただきます。」

パァンッ!
何が起こったかって、兄貴が夕月さんの尻を叩いた。
人が尻を叩かれるのなんて初めて見た……しかもおっさんが……。

「ちょっと!!痛い!!」
夕月さんが喚くのお構いなしで兄貴は叩き続ける。

パン!パン!パン!
「痛い!!痛いってば!!聞こえないの!?」
「聞こえてますよ。」
しれっとそう言いつつも、兄貴はずっと夕月さんの尻を叩いてる。
夕月さんも体をよじってるし、声も苦しそうなものに変わってきた。
俺はこの状況をどう受け止めたら良いのか……

パン!パン!パン!

「ふっ、うっ!!健人君!!痛いぃ!!やめてよぉ!!」
「……先生、勝手に壁に絵を描くのはいけないことですよ?」
「その話はもういいよぉ!!」

バシッ!!
夕月さんが半泣きで叫んだ瞬間、兄貴が結構強めに手を振りおろしていた。

「ぃいったいっ!!」
「もう、これを分かっていただきたくてさっきからこうしてるのに……
いいですか?この家の壁は、先生のものじゃないんです。先生だってもし
自分のアトリエの壁に習字でもされたら嫌でしょう?人のものは人のもので大切にしてください。
分かりますか?この家は先生のキャンバスじゃありません。もちろん、家の外も。」
「んっ……あっ……!!」

そろそろ夕月さんもまともに返事ができなくなってきたらしい。
ずっと叩かれてるもんなぁ……尻も何か赤くなってるし。
心なしか抵抗も弱まってきたような……

パン!パン!パン!
「健人くっ……もう嫌だぁっ……ふぇ……」
完全に涙声で訴える夕月さんの尻を
ペシッと叩いて、兄貴はいったん手を止める。

「勝手にそこらに絵を描かないって約束するなら、もう終わりにしましょう。」
「約束する……するから……!!」
「本当に約束ですよ?」

そう言いながら、兄貴は夕月さんを膝から下ろした。
「うわーん!!痛かった!!痛かったぁーーーー!!お尻の骨が折れたーーーー!!
あああああーーーーん!!」
とたん、叩かれてたときより騒ぎ出す夕月さん。
「せっ、先生……あぁ、痛かったですよね……もう終わったから泣かないでください。」

兄貴はオロオロしながら夕月さんを宥めていた。
ともあれ、この壮絶な状況は終わったらしい。よかった……。

しばらくして、騒ぎが収まると夕月さんは寝てしまった。
俺とリビングで二人きりになった兄貴が、急にこんな事を言い出した。

「健介君……僕、間違ってたかな?」
「え?」

「考えてみたら、先生は絵を描いただけだよね。あの人にとって絵を描くことは
空気を吸うみたいに当たり前で……なのに、どうしよう……僕、叩いたりして……
先生が絵を描くのを躊躇したり、あの奔放なタッチに影響が出たりしたら……
っていうか、先生泣いてたよね……
僕の手が痛いんだから、先生も痛かったんだよね……可哀想な事しちゃった……」

ブツブツいいながら首がだんだん下がっている。
ああ、出た。兄貴のお人よし。

「ちょっ……兄貴!落ち込むなって!!
小さい子供ならまだしも、あのくらいでおっさんに影響があるとは思えないから!
夕月さんはわがまま勝手だったし、あれでよかったんだよ!俺も見てて爽快だったね!
ほら、何回も『褒めろ褒めろ』って言ってたから褒めてやりゃ機嫌直るよ!」

本当は、俺は兄貴があんなに怒るとは思わなかったし、
叩く音は怖かったし、半泣きの夕月さんを見た時は可哀想だと思った。
でも、兄貴が気に病むことじゃない。精一杯励ますと、兄貴は少しほっとしたような顔をした。

「そう?そうかな……?」
「そうだよ!俺も夕月さんが言う事聞かなかったら尻ひっぱたいてやろうかな?」
「健介君ダメだよ!!頼むよ、優しくしてあげてよ……本当に。」

弟に手を合わせて頼み込む兄貴は、あんなハードな行動に出たのが嘘のような
優しすぎて弱く見える青年だった。

で、翌朝。

「壁に描いてあること以外は素晴らしい絵ですね先生!
見ていて心が安らぎます。この大自然と風車のゆったりとした空気が何とも言えない……」

以下、べらべらと、光の色合いがどうとか……
兄貴は夕月さんの絵を褒めちぎって、夕月さんも大喜びしていた。
それと、大量のキャンバスを持って帰ってきた。

やっぱり基本、兄貴は夕月さんに優しい。
俺も、こんな二人を見ているのが大好きだ。


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【作品番号】US1

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