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その頃、健介は一生懸命逃げていた。 ちらりと後ろを振り返ると、『ウォーリー』は追ってきていない。 ホッと息をついた健介は少し休憩を取るべく、ショーウィンドウにもたれかかった。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 ずっと走って体が火照っているので、ガラスの冷たさが背中に気持ちいい。 しばらくそうして、健介はふとショーウィンドウを覗いてみる。 「!!」 健介が目を見張ったのは、ショーウィンドウに映った自分自身の姿だ。 (え!?俺の髪型、ウォーリーに似てねぇ?!) そう思った直後頭痛が走る。 激しい痛みに、頭を押さえて顔を伏せた健介の目に飛び込んでくる自分の白シャツ…… それを見た健介はさらに驚愕する。 「そんな……!!赤の横ストライプ……ッ!! なんで!?『ストライプ☆ペイント』は確かにパーカーで防いで……うっ!!」 自身の白シャツのストライプをなぞる様な全身の痛み…… ここで健介は赤ストライプの正体に気づく。 「血……なのか?これは、俺の血なのか……? こんな……時間差で……『ストライプ☆ペイント』は……ただ相手に絵の具をぶつける……技じゃ……な……」 徐々に鮮明に浮かび上がる赤ストライプ……健介は倒れる。 何かに縋るように伸ばす手は、ただ地面を引っ掻くだけだった。 「嫌だ……ウォーリーなんかになりたく……ない……!!」 健介はそのまま意識を失った。 そして目覚めたとき…… ――ウォーリーとして覚醒していた。 そのしばらく後、浅岡健人の会社に一本の電話が入る。 事務の女の子が血相を変えて叫んだ電話の内容はこうだ。 「大変よ浅岡君!弟さんがウォーリーになったって!!早く行ってあげて!」 「そんな!!すいません……皆さん、お先に失礼します!」 健人は素早く荷物をまとめて退社する。 今日は早退扱いだがそんな事はどうでもいい。 健人が急いで自宅に帰ると……健介リビングでは立っていた。 弟を見た健人は、電話の内容が本当だったと確信する。 健介は赤い横ストライプのシャツ、ジーパン、帽子、眼鏡……完全なる『ウォーリー』の格好だったのだ。 しかし、次の瞬間襲ってくると思われた『ウォーリー』=健介は、意外にも健人を見て涙を流す。 「どうしようお兄ちゃん!俺……ウォーリーになっちゃったよ……!! 嫌だよ……うぅっ、俺まだ若いのに……このまま一生ウォーリーなんて嫌だよぉ!助けてくれよぉ!」 「健介君!!」 健人は健介をが抱きしめ、健介もしっかり健人に抱きついてきた。健人からは見えない、密かな笑みを浮かべて……。 「健介君、大丈夫だからね!お兄ちゃんが助けてあげるから!でも、どうすれば……!」 「……お兄ちゃんも、ウォーリーになればいいんじゃないかなぁ……?なぁ、そうだろお兄ちゃんヨォ!?」 急に口調を荒くした健介が健人に全体重をかける。 健介はバランスを崩して後ろに倒れた健人に馬乗りになり、カッターナイフを振り上げた。 「なぁに黒スーツなんて着てんだよ!男の魅力を引き立てるのは赤の横ストライプだろう、えぇ!? ウォーリーになろうぜお兄ちゃん……そんな黒スーツなんて俺が引き裂いてやる!!」 「っ!!」 健人が目をつぶる。その瞬間―― 「おっとそこまでだ!!」 謎の声。振り上げた健介のカッターナイフが、健人のスーツを引き裂く事はなかった。 その声の主が、健介の手を掴んでいたのだ。 電気の逆光に照らされる体格のいい若い男……その姿を見て健人は嬉しそうに叫ぶ。 「いっちゃん!!」 「おいおい、小学校からのあだ名はやめてくれ。今は『お歳暮のハム太郎』さ☆」 パチリッ☆と決めたウインクは逆光のせいではっきりしない。 それはともかく、健人は『お歳暮のハム太郎』の助けを得て、反撃を開始―― 油断している健介のメガネを手で薙ぎ払う。 メガネは空中に弾き飛ばされ、眼鏡を失った健介は「しまった」とばかりに目を見開いて、その後は悔しそうに目を細める。 健人は勝利を確信した。『ウォーリー』と化した弟の最大の弱点を突いたのだ。 「……見えないでしょう?眼鏡をかけている人にとって眼鏡は視覚の生命線…… ウォーリーの裸眼視力は究極に悪いんだってね?今の君に、僕は倒せない!!」 「卑怯者め!!」 「可愛い弟に化けて僕を油断させた、薄汚いウォーリーに言われたくないね!いっちゃん!」 「了解!!」 健人の掛け声で『お歳暮のハム太郎』は持っていた健介の手を引き上げる。 上に引っ張り上げられた健介の腰は浮かされて、健人は自由に動く事が出来るようになった。 一気に歩が悪くなった健介は、自分の手を掴んだままの『お歳暮のハム太郎』を思いっきり睨みつける。 「くそう!離せボンレス野郎!!梱包するぞ!!」 「了解!!」 『お歳暮のハム太郎』は何故かあっさりと健介を解放した。 体勢を立て直した健介は、再びカッターナイフを構えて健人に特攻する。 「眼鏡を飛ばしたぐらいでいい気になるな青二才がぁぁああっ!!」 カッターナイフを手に突っ込んでくる弟を前に、健人は怯まなかった。 「どこを狙っているの?」 「何だと!?」 目標がはっきり見えていない健介の攻撃は軽く避けられ、逆に健人に捕まってしまった。 『お歳暮のハム太郎』が言う。 「……観念するんだなウォーリー。眼鏡を失った瞬間、お前の負けは決まっていたんだ」 「おのれ……おのれクソガキどもぉぉっ!!」 健介は心底悔しそうにもがくが、もう逃げられはしなかった。健人と『お歳暮のハム太郎』にも余裕が見える。 「ウォーリーって僕らより年上なのかなぁ、いっちゃん?」 「さぁな。それより、さっさと健介君を助けてあげてくれ。ショックを与えて『健介』の記憶を呼び戻すんだ。 ……まぁ、端的に言えば刃物なんか振り回した弟君をお仕置きしてやればいい」 「なるほど……じゃあ、失礼して……よいしょっと」 悠々とした話し合いの結果、健介は床に座った健人の膝に横たえられてしまう。下半身全裸で。 「ウォーリーさん、僕らより年上なんですから大人しくしててくださいね」 「よ、よせ!!やめろ!」 叫ぶ『ウォーリー』(健介)は無視され、部屋には打音が響く。 バシィッ!! 「っ……!!」 「早く弟の体から出て行っていただかないと、もっと痛い目に遭いますよ?」 声を詰まらせる健介にそう語りかけながら、健人はバシバシお尻を叩く。 「あ……いっ……ぎっ!!離せ!くそぉ、眼鏡さえあれば!!」 苦しそうに抵抗はするものの、まだ『ウォーリー』のままの健介。 健人が困ったように『お歳暮のハム太郎』を見やる。 「……戻らないね」 「そんなにすぐには戻らんさ。それに『健介』としての記憶を戻すんだから、 もっと健介君を扱う様に声をかけてあげるといい」 「分かった……ダメでしょ健介君!ウォーリーごっこで刃物なんか振り回して!」 『お歳暮のハム太郎』の助言を受け、健人はいつも健介にするように叱りながらお尻を叩き始める。 「怪我したらどうするの!20にもなって子供みたいな事しないで!」 「ぅ……あ……貴様……」 「“貴様”じゃないでしょお兄ちゃんに向かって!ごめんなさいは?!」 「くそ……くそぉ痛い……ぐぅぅっ……」 痛みに悶える健介、そんな健介を押さえつけながらお尻を叩く健人、その様子を見つめる『お歳暮のハム太郎』…… そんな三人の時間はどんどんと流れて行き、健介のお尻も徐々に赤みを増していく。 「はぁ、はぁ……ああっ!やめっ……痛いぃ!ひゃぁあっ!」 叩かれるたびに身を固くして痛みに耐える健介は、すでに息切れを起こし、額には汗がにじむ。 もがこうにも、次々に襲ってくる痛みに気を取られて体に力が入らなくなってきた。 そんな健介の様子を見て、健人はますます思いきってお尻に平手を叩きつける。 こうしていればいずれ健介も泣きだす……その位強い痛みならきっと健介を救ってやれると思ったのだ。 可哀想だが心を鬼にするしかない。 バチンッ!バチンッ!バチンッ! 「うぁああっ!うわぁあああんっ!」 強くなった痛みに、健介は悲鳴と泣き声の入り混じった声を上げた。 ずっと傍観に徹していた『お歳暮のハム太郎』が叫ぶ。 「よし!このままいける!」 「健介君頑張って!戻ってきて!!」 「痛い!嫌だ!嫌だぁああああっ!!」 泣き叫ぶ健介。強い痛みと兄達の声が、心の奥から忘れていた何かを呼び覚ます。 『あ、すごい!美味しそう!健介君、いつもありがとうね。お兄ちゃん、これで疲れも吹っ飛んじゃうよ』 『私、買ってきたヤツより、健介君の作ったクッキーの方が好きだな〜〜。だって、おいしいもん!』 『健介君、君は僕の自慢の弟だからね。大好きだよ』 『健介君も、嫌いと見せかけて大好き!!』 いくつもの温かい言葉……そして笑顔…… ウォーリーで満たされていた頭の中が、何気ない記憶で満たされていく。 大好き大好きって、大の男が恥ずかしげもなく……二人とも……本当に……バカ……俺だって……!! 「……ぁ、あ、兄貴っ!!」 完全に自分の記憶を取り戻した健介が叫んだ。 健人や『お歳暮のハム太郎』は、健介の変化を敏感にキャッチした。 「健介君!?」 「ウォーリーの呪いが解けたのか!?」 「あ、あぁ……もう大丈夫!!心配かけてごめん!!」 憑きものが落ちたような笑顔の健介だが、頬にはさっきまでの涙がつぅっと伝う。 その涙にシンクロするように健人も瞳を潤ませて…… 「健介く――――ん!!良かったよ――――――!」 バチンッ!バチンッ!バチンッ! 「うわぁああああっ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさ――――い!!」 「……健人、もう許してやれ」 感動の余り健介のお尻をぶっ叩いている健人に、『お歳暮のハム太郎』はそっと呟いた。 健人は慌てて健介を膝からおろし、力いっぱい抱きしめる。 こうして『ウォーリー』から解放された健介が、兄や『お歳暮のハム太郎』と喜びを分かち合っていたところに―― 「健介君、無事!?」 「健介さんすいません!僕がウォーリーに支配されたばかりに!!」 『ウォーリー』の格好をした夕月と詩月コンビが勢いよく入ってくる。 健介達3人は、素早く身構え 「先生は僕がお尻叩いて元に戻すから……いっちゃんは詩月さんを!」 「分かった!あの青年なら見覚えがある!彼が終わったら夕月さんの尻叩きに加勢するぞ……!」 「兄貴!俺にも戦わせてくれ!俺だって夕月さんを正気に戻せる!」 素晴らしい連携を見せる。ゆづしずコンビも真っ青だ。 「ちょっと!何言ってんのやめて!私はもう正気だよ!しかも何で私だけ叩かれる割合高いの!? 詩月だって、もう私がお仕置きしたから平気だよ!ね!?」 「はい!目が覚めたら夕月さんとペアルックで嬉しかったんですけど、 夕月さんが“もう戻ったの!?まだウォーリーだよね!?”とか良く分からない事を言いながら これまた良く分からない黒い道具でお尻叩いてきて……痛くて怖くて心臓がドキドキしっぱなしで…… 僕、夕月さんに恋したかもしれません!」 「詩月さん落ち着いて!!それは“吊り橋効果”です!!錯覚ですから!」 健介のツッコミが綺麗に決まって、一応事態は収拾する。 皆が着ていた『ウォーリー』の服やら帽子やら眼鏡は後日神社で焚き上げた。 戻ってきた平和な日常……しかし油断はできない。 『ウォーリー』はまだ、誰にも見つかっていないのだから……。 |
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