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うちの画家先生番外編〜兄貴の帰りがまた遅いようです〜

伊藤さん/健人君 リクエストお答作品






ある日の深夜。帰りの遅い兄貴を待っていた。鳴り響くドアチャイム。
夕月さんと玄関先に出てドアを開けたら、兄貴を支えながら伊藤さんが入ってきた。
伊藤さんは兄貴の友達で、俺も何度か面識があるし、良くしてもらっているんだけど……何だろうこのデジャヴ。
「ごめん健介君!コイツ飲み過ぎたみたいで!!」
ああ、今夜も頭が痛い。
伊藤さんに肩を担がれながら、赤い顔をした兄貴は今回はしおらしい態度だ。
「いっちゃ〜〜ん、お家は嫌だよ〜〜。帰りたくないよ〜〜」
「健人しっかりしろ!!ここはお前の家だ!!」
「健介君に怒られちゃうよ〜〜。お家は嫌だよ〜〜。いっちゃんのお家に泊るぅ〜〜!!」
……しおらしいって言うか、完全に甘えっ子じゃねぇかコレ。
伊藤さんの首に手を回して抱きついて、聞いた事も無いような甘ったるい声を出す兄貴。
何かもう、見てられない!!
「兄貴!またか!ほら、怒ってやるから観念してこっち来い!」
「ステファニーは黙ってて!!僕は今いっちゃんとお話してるのっ!!」
「誰だよ!!!」
こっちに引っ張ってやろうとしたら手を払いのけられ、兄貴はまたベタベタと伊藤さんにくっつきだす。
そして誰だよステファニーってマジで!!
「いっちゃんお願い〜〜いっちゃんのお家泊まりたいの〜〜!いっちゃんとねんねするの〜〜!!」
「健人!だから、お前の家はここだって!健介君が心配してるぞ!?」
「や〜〜!健介君怒るもん〜〜!怖いもん〜〜!お家帰りたくないよ〜〜!」
「そんな事言われても健介君が……」
「ね〜〜!いいでしょ〜〜!?ね〜〜ぇ〜〜!」

……これが俺の兄貴だろうか?何か“いっちゃんとねんね”とおっしゃってますけど。
20年間苦楽を共にした、結構頼れる俺の実の兄、浅岡健人は果たしてこんなにアブノーマル……
あ、何か……俺……
「健介君、泣きたい時は泣いた方がいいよ?」
「夕月さん!!ううっ……!」
夕月さんが温かい目で兄貴を見ながら俺に肩を貸してくれた。
もう実兄のこんな姿、泣けてくる!
嗚咽中、伊藤さんの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「け、健介君……ごめん、こんな調子だから……どうしよう?今日は俺の家に連れて帰ってもいいかな?
このままずっと喚かれても健介君、疲れるでしょう?」
「それは、ぐすっ……構いませんけど……」
俺は涙を流しながら、伊藤さんの手を強く握りしめる。これだけは、伝えておかないと!!
「くれぐれも、くれぐれも!!うちの兄貴を傷物にする様な……浅岡家の血を絶やすような事だけはどうか、
後生ですから勘弁してください!!こんなでも大事な長男なんです!!うぅぅっ!!」
「わ、分かってる!大丈夫だから!俺達別にそんなんじゃないから!健人も酔ってるだけで……ほら、泣かないで!
明日には酔ってない状態で帰すから!」
伊藤さんが優しく頭を撫でてくれる。気を使わせてしまって申し訳ない。
俺はずびずびと涙を拭いて、伊藤さんに何度も頭を下げて見送った。はぁ……もう寝よう。
寝たら、明日には元通りの兄貴が帰ってくるはずだ。
深呼吸して精神を整えていると夕月さんがポツリと言った。
「でもさ、健人君がダメでも、健介君が普通に結婚すれば浅岡家の血は絶えないよね?」
「ブっ飛ばしますよ夕月さんッッ!!」
また涙が出た俺だった。

****************************************

ベッドの上で眠る親友が目を覚ましたのは午後になってからだ。
ごそごそ動く気配がしたので、あんぱんをかじるのを一旦止めて振り返る。
「おはよ。気分はどうだ?」
「ん……いっちゃん……?あ、れ……もうお昼?ごめんね、せっかく来てくれたのにずっと寝てて……。
健介君……起こしてくれればいいのに……」
「お〜い!ちゃんと思い出せよ?ここは俺の家。お前昨日酔ってて、
家に送ったのに『家に帰りたくない!いっちゃんの家に泊る!』ってダダこねたから
俺が連れて帰って来たんだよ」
「え……?」
酒で記憶が飛んだのか、寝ぼけていたのか……
俺の指摘に健人は目をしばたかせてから気まずそうに俯いた。
「そ、そうだったんだ……健介君……怒ってる、かな?」
「昨日は泣いてたぞ?電話してみたらどうだ?」
「うん……そうしてみる……」
健人はベッドに腰掛けて自分の鞄から携帯電話を取り出し、電話をかける。
「……もしもし健介君!?昨日はごめ……え?!
ど、どうしたの健介君……怒ってる?……あ、そうなの……ご、ごめんね……うん、うん」
何だか謝りかけたのに失敗した雰囲気だな。
電話が終わった後の健人は、落ち込んだ様子で携帯電話を折りたたむ。ため息をつきながら。
「おいおい、どした?そんなにご立腹だったか健介君?」
「それが、すっごく明るい声で『あ!お兄ちゃ〜〜ん☆もう大丈夫なの?ううん、ぜぇんぜん怒ってないよ?
今日はお兄ちゃんの大好きなグラタン作って待ってるから!早く帰ってきてね、お・に・い・ちゃんっ♪』って言われて……
その直後にブン投げたみたいに激しい電話の切れ方した……」
「ありゃ〜……頑張れ」
それは随分と怒ってそうなので、健人に同情したのだが、弱気な表情の健人は遠慮がちに俺に言う。
「いっちゃん……もう一泊ダメ?」
「ダメダメ。今日は帰すって約束した。観念して夕方には帰りな?」
「……うん。ちょっとウイスキー買ってくる」
「何でだよ!?」
あっさり頷いたかと思えば、ナチュラルにベッドを下りて外に出ようとするので
慌てて止めた。けれども健人は必死で俺を振り払おうとする。
「止めないでいっちゃん!シラフじゃ耐えられないんだ!帰ったらきっと健介君が――」
そこまで言いかけといて、ハッとした表情で顔を赤らめて俯く。わけが分からない。
「健人……?」
「な、何でもない……。とにかく許して!全部分からなくなるまで酔わせてくれないと僕は帰れない!」
「どうしたんだよ一体!!理由も聞かずに許せるわけないだろ!?
また酔わせて帰したら、“明日には酔ってない状態で帰すから!”って言った俺の立場が無いじゃないか!
とにかく事情を説明してくれ!」
必死な健人に俺も必死に食い下がると、健人はしぶしぶながら話す気になったらしい。
「……誰にも絶対言わない?あと、絶対に笑わない?」
と、いう親友の前置きには「もちろんだ!」と力強く言って事情を聞いてみたのだが
残念な事に俺は……
「あ――っはははははははっ!!」
「し、信じらんない!笑わないって言ったのに!最低の男だよ伊藤晴男!!言わなきゃよかった!」
「ち、ちがっ……ぶふっ、これは発声練習なんだ……は―っははははは!!は……」
ヤバい。あまりにも爆笑しすぎたので健人が目に涙を溜めて恥ずかしそうに俯いていた。
深く傷ついたような表情に、俺は慌てて笑うのを止めた。
「……ご、ごほん。悪かったよ。お前にとっては死活問題だよな?
う〜ん……6つも離れてる弟に尻叩かれるのは、確かに辛いわ。こっちもいい大人だし」
「分かってくれた!?なら、さっそくアルコール度数の高いお酒をかき集めて……」
「慌てるな。お前の気持ちは分かったけど、また酔って帰っても何の解決にもならない。
元々の非はお前にあるわけだし、健介君の行動はある意味正しい。
問題はそんな恥ずかしい罰を受けたにもかかわらず、また泥酔して帰ったお前の素晴らしい根性さ」
「そうだけど……じゃあ僕はどうすればいいの?」
不安そうな健人。事情を知ったからには、健介君に叩かれないように俺が一肌脱ぐしかない。
その道は一つ!
「健介君が嫌なら、俺に叩かれるしかない!それで健介君に許してもらおう!」
「ええぇっ!?待ってやめて!だ、だって……ここで叩かれても健介君には分からないじゃない!」
「さすがに健介君の目の前で俺が叩くのは気の毒だろうから……
家に帰って叩かれた尻を見せりゃいいじゃないか」
「そんなの健介君に叩かれるのと同じくらい恥ずかしいよ!!
弟にお尻見せながら『友達に叩かれました』って説明しろって言うの!?」
「まぁまぁ。そう言うと思って、一番いい方法は最初から考えてあるんだ」

俺は電話の子機を取って、スピーカーホンと短縮ボタンをおす。
ピポパポトゥルルの電子音の後はあっさり繋がった。
『はい、浅岡です』
「健介君?伊藤です。ちょっとそのまま電話切らないで?」
電話の向こうの健介君にそう言って、俺は子機を床に置く。これで準備は完了。
「ほら、これで健介君にもバッチリ伝わるし、見られてないから恥ずかしくないだろ?」
「冗談じゃない……」
真っ青になる健人。
まだ嫌がるのか?できる限りの対策をしたのに仕方ないヤツだなぁ。
諦めろ。と、いう意味で肩をポンと叩いたが、健人は真っ青になったまま必死に首を振る。
「やめて!やめていっちゃん!!お尻だけは……お尻だけは勘弁してぇっ!!」
『伊藤さん、アンタまさか……昨日あれだけ頼んだのに兄貴を……!!
うわぁあああっ!これ以上兄貴に近付くな!警察呼ぶぞ!!』
健介君が子機の向こうで激しく勘違いしている。
こっちの声も良く拾うし、向こうの声も難無く届くからな。
ここで犯罪者にされるわけにはいかないので、きちんと事情を説明した。
「違う違う。俺は今から健人をお仕置きしようと思ったんだ。前に健人が酔って帰った時に、健介君もそうしたんだろ?」
「切って!お願い健介君!!電話を切って!!いやだぁぁっ!」
「分かってくれた?本当は一部始終聞いてもらおうと思ったけど、健人がすごく嫌がってる。
“俺が健人をお仕置きする”って事実が正しく伝わったならそれでいいんだ。
後は俺がしっかり懲らしめておくから、健人が言う様に電話を切ってくれてもいい」
『伊藤さん……本当に、信じていいんですか?』
「無論だ。むしろ疑われるのが悲しいね」
俺は健介君と会話しながら、喚き立てている健人をこっちに引きずってあぐらをかいた上に乗せていた。
もう準備は万端なんだがそこで俺はふと迷って健介君に声をかける。
「健介君―、これって服の上からでいいの?」
「いいよ!いいに決まってるよ!それしか選択肢はないよ!」
即答した健人とは反対に、健介君の声は一瞬途切れて……
『いや、俺は全部脱がせましたけど……』
「ありがとう。勉強になる」
「健介君お願い電話を切ってぇぇぇっ!!いっちゃんやめて冗談でしょお願い〜〜!!」
恥ずかしいのか、だんだん早口になってくる健人。気の毒だが全部脱がせさせていただいた。
健介君の方法に合わせておかないと後で「やっぱり俺が」となりかねない。これは健人の為だ。
さて、ここからは本当に本番なので健人にせめてもの情けをかけておこう。
「じゃあ健介君、これから叩くね。電話は切らなくていいの?健人はものすごく切って欲しそうだけど」
『……伊藤さんの電話代さえよければ、俺は切りません。
せっかく知らせてくれたんですから俺も最後まで見届け……いや、聞き届けますよ。
伊藤さんの事は信じましたけど、もし途中で変な気起こしたら俺はすぐそっちに行かなきゃいけないし』
「疑うねぇ……俺は何もしないって。最後まで聞いててくれりゃ分かる。
汚名が晴れるなら電話代くらい安いもんさ。残念だったな健人」
俺は健人の尻に軽く手を振り下ろす。

パァン!
「痛っ!!何でこんな事に〜〜!!」
「そりゃあ、お前が何度もヘタな酒の飲み方するからだな」
パンッ!パンッ!パンッ!
健人は叩き続けても暴れないから楽な仕事だな。
でも思う所はあるらしく、さっきからひっきりなしに喚いている。
「痛いって!やめて!やめていっちゃん!健介君が……健介君がぁっ!」
「恥ずかしいってさ、健介君」
『昨日の兄貴の言動の方がよっぽど恥ずかしいって伝えてください』
「聞こえてるよ!!健介君、電話を切ってってばぁ!!」
『さっき切らないって言っただろ?最後まで付き合ってやるから、ちゃんと反省しろ。言っとくけど二回目だぞ二回目!!』
「そうだけどぉ!!うぁあっ!」
パンッ!パンッ!パンッ!
兄弟でお取り込み中らしいので俺は黙って叩いていたのだが、さっきまで健介君と会話してた健人が急に俺に叫んできた。
「いっちゃん!痛い!痛いよ!力加減考えて!!」
「え?何言ってるんだよ……俺は普通に叩いてるさ。特別強くは叩いてないだろ?」
「いっちゃんの普通と一般人の普通は違うでしょ!?ゴリラとウサギぐらい違うでしょ!?」
「参ったなウサギだなんて……そんな可愛いもんじゃないぜ?でもちょっと嬉しい……」
「いっちゃんはゴリラの方だよ!!」
「誰がゴリラだコイツめ!!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「いたぁあああっ!ごめんなさぁああい!!」
あ、いかんいかん。健人が『ゴリラ』だなんて言うから、つい本気になってしまった。
けれどこれぐらいの制裁は許されるはずだ。健人が下で叫び上げる中、健介君の声が聞こえた。
『ゴリラにしては顔立ち良過ぎますよね、伊藤さんは』
「OK健介君。今度美味しいステーキハウスに連れてってあげるよ」
『本当ですか!?ありがとうございます〜〜!って、それは嬉しいんですけど……
そろそろ漫才は止めてくださいよ二人とも!?
兄貴も反省する気ないし、伊藤さんも友達だからって甘いんじゃないですか?』
「ああ、ごめん。俺も健人を懲らしめなければと思ってたんだよ」
「甘くない……!甘くないよこれ全然……!!」

健介君に言われて、俺も軽口なしで健人と向き合う事にした。
“お仕置き”だって事を健介君に分かってもらえないと意味無いもんな。
とりあえず“甘い”とのご指摘だったので叩く力は本気にしてみる。
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「いっちゃん!痛い!痛いよいやだぁぁっ!」
「健介君の言う様に、これで2回目なんだよなぁ健人?」
「わ、分かって……る!やめてぇ!」
「ほほーう?分かってる?健介君や夕月さんや、俺に心配かけるのも2回目だと分かってると?
だったら、もうちょっと反省した態度が見えてもいいんじゃないか?」
「それは……反省してる!いっちゃん!嫌だぁ!」
「俺だって嫌だよこんなの。誰が好き好んで嫌がる親友を叩く?
お前が一回目で反省してくれなかったから2回目が起こった。そんでこの状況だよ。勘弁してくれ」
「あぁあ!ご、ごめん……!謝るから!!反省したからぁ!」
「一つ推測してやろうか?一回目、健介君に叩かれた時はお前酔ってたんだよな?
だから良く覚えてなかったんだよ。反省なんかしてるようでしてなかった。寝たら忘れたってトコだろ」
「そんな事……うぁあんっ!」

ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
健人は必死で俺から逃げようとしていた。声にも切羽詰まったものが感じられる。
でも、もう少し頑張ってもらおう。
俺もあーだこーだ言ってるうちに本気で説教してやりたくなってきた。
「お前はお酒ダメなんだから飲むなら少なめにって言ったのになぁ。
なのに何でまたグイグイいったんだよ。周りに勧められて断り切れなかったか?
そういうのは上手く断れって!」
「あぁう!ごめん!ぐすっ、いっちゃんごめん!!」
「一つ褒めるとしたら、あの状態で俺に連絡してくれた事だな。
俺が迎えに行かなきゃたぶんあのまま行き倒れてたよお前。そんな事にならなくて本当に良かった」
「いっちゃん、反省したからぁ!もうしないからぁ!ごめんってぇ!やぁああっ!」
「それならいいんだけどな。今回はお前の記憶に残るようにしないと」
「もういいよぉ!残ったよ!痛い、いっちゃん痛いぃっ!ごめんなさい!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
叩きだしてしばらく経つ健人の尻は惨憺たる赤。
すでに半泣きなのでこのまま続けたら本気で泣きだしてしまいそうだけど……どうしよう?
もう止めたほうがいいだろうか?考えながらも俺は叩く。

「ごめんなさい!ごめんなさい!いっちゃぁん、うっ、もうヤダよぉ!痛いよ!やめてお願いぃっ!」
「ふ〜む……」
「ぃいっちゃぁん!どうしてぇ!?あぁ、痛いよぉ!助けて!健介君助けて!!」
「ああ、それはいい考えだ。健介君に決めてもらおう。どう健介君?もういい?」
『えっ!?あっ、いや……その……』
さっきから声が聞こえなかった健介君は何だか歯切れが悪い。
しかし一拍置くと大きな声が返ってきた。
『っ……甘ったれんな!“助けて”の前に“ごめんなさい”だろうが!伊藤さん、やっちまえ!』
「ははっ、そりゃそうだ」
判定厳しめの健介君に従いお仕置きは続行と相成りました。
健人は可哀想だが仕方ない。そう言われれば健介君に謝って無かったもんな。
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「やぁぁ!ごめんなさい!健介君ごめんなさい!もうやだぁぁ!うわぁあああん!」
「これ、男が泣くな」
「だってぇぇええ!ごめんなさぁぁぁい!!健介君ごめんなさぁぁい!」
「やれやれ、泣き疲れたら終わりにしてやるよ」
「やぁあああっ!ごめんなさいぃ!ごめんなさぁぁぁい!もうしませんからぁぁ!健介くぅぅぅん!!」
今度は必死に健介君に謝りだした健人。
俺が蔑ろだがまぁいいか。仕方ないと言えば仕方ない。
こんな取り乱した健人見た事ないし。大の男がこれだけ泣いてるって事は相当痛いんだろう。
それからは健人が必死に健介君に謝る声を聞いていたのだが……
「うわぁぁああん!もうやだよぉぉ!いっちゃぁぁん!健介くぅぅぅん!もうやだぁぁぁ!!
ごめんなさぁぁぁい!」
ついにずっとこんな感じになってきて、あんまり泣くので可哀想になってきた。
こんだけやれば十分だろうと思う。こちらの判断で終わりにさせていただこうと、手を止めて健介君に言った。

「健介君、健人が限界だ。十分反省したっぽいから許してやって欲しい」
『あ、あの……私、夕月だけど……健介君なら、悪役っぽいセリフの後に走って出て行ったよ?』
「え!?嘘!?どこに行ったんですか!?」
まさかの夕月さんに返事を返されて慌ててしまった。
悪役っぽいセリフって……アレか?!『やっちまえ!』か!?
それにしても健介君はどこへ……俺のこの問いには夕月さんがオドオドした声で答えてくれる。
『君の、家じゃないの?私、健介君に電話渡されてずっと聞いてたけど……
酷いよ伊藤君!!どうして健人君が泣いてるのにいじめるの!?いじめっ子!伊藤君のいじめっ子!!』
「えぇ!?いや、これはいじめじゃなくてですね……」
「せ、せんせっ……僕は、ぐすっ、大丈夫です……」
夕月さんに責められて言い淀む俺を健人が助けてくれた。
まだ涙声だが、健人の声に夕月さんは飛びつく様に返事を被せる。
『健人君!?大丈夫なの!?いい子いい子してあげようか!?あぁっ!ここ電話だからできない!!』
「大丈夫、です……帰ったら、してください、ぐすっ、切りますね……」
ピッ。
短い電子音。健人が電話を切ったらしい。
健人はそのまま子機を持って……地面に突っ伏した。
「ごめんなさいって言ったのに!あんなに言ったのにぃぃぃッ!!わあぁああああっ!!
痛かったぁああああっ!!」
「でも、反省したんだろ?」
俺は地面に伏せって大号泣し始めた健人の背中をあやす様にトントン叩いた。
泣きやむまではせめてこうしていよう。俺も今日はやり過ぎたかも知れないし……。
「ごめんなさぁぁぁい!」
「ドンマイ。早く泣きやまないと健介君来るぞ?」
「そんな事言ったってぇぇぇっ!うわぁあああああん!!」
健人はなかなか泣きやまなかったが、宥めながら「昼飯まだだったろ?」と買い置きのあんぱんを渡すと
食べているうちに泣きやんだようだ。
そして丁度いい頃に健介君が迎えに来てくれた。
健人は少し気まずそうだったが、腹をくくったのだろう。思い切って健介君に謝っていた。

「ごめんね健介君……」
「ステファニーです」
「だ、誰それ?」
「ぷっ……!!」
俺は思わず吹き出してしまった。
健介君はムッとした顔で健人を睨みつけ、その後は俺に深々と頭を下げてくれた。
「伊藤さん、色々ありがとうございました。あとあの……失礼な事疑っちゃってごめんなさい」
「いいよいいよ。もう疑いは晴れたんだろ?
なんなら、俺のベッドの下の巨乳美女写真集を見ていただければ……」
「それはぜひ、兄貴がいない時に見に来ます」
「け、健介君!!」
オロオロする健人を「冗談だろ?」と宥めていた。相変わらずしっかりした弟さんだ。
健人と健介君はすっかり帰る感じになって、別れの挨拶をしてくれた。
「じゃあ、いっちゃん……帰るね?本当に色々ありがとう。今度からは迷惑かけないから」
「おう。気をつけてな」
「全く伊藤さんも大変でしたよね〜……ま、兄貴は一回叩かれてるし、帰ってからのは少し手加減してやるよ」
「「え?」」
健介君の発言に俺と健人は硬直する。というか、健人は明らかに動揺していた。
「け、健介君?僕がいっちゃんにその……叩かれたの、知ってるよね?」
「ん?知ってるよそりゃ。電話してただろ?2回も迷惑かければ伊藤さんも怒るって。
むしろ、俺にわざわざ連絡してくれたのは紳士的だよ。次からは勝手に叩いてくれていいですよ〜伊藤さん?」
「あの、違うんだよ健介君。いっちゃんは、僕が健介君に叩かれなくてもいいようにって、お仕置きしてくれて……
いっちゃんにお仕置きされたら、健介君は許してくれるかなって……」
「何で?俺は伊藤さんに叩かれるなら許すなんて言ってないし。
大体、伊藤さんに叩かれたら俺に叩かれなくていいってどんな理論だよ。俺は俺で叩くよ。当然」
「い、いっちゃん!!」
助けを求めるように俺を見る健人。しかし俺にはもうどうする事も出来ない。謝っておこう。
「すまん健人。良く考えたらそうだった。俺の作戦ミスだ」
健人が俺に何か言いかけたが、健介君に腕を引かれて言えてなかった。
「ほら、帰るぞ。手加減してやるって言ってるんだから、覚悟決めろよ。
今日は本当に兄貴の好きなグラタンだし」
「ねぇ、健介君話しあおう!?話し合えば解決できるよね?!たった二人の兄弟だもんね!?」
「お邪魔しました、伊藤さん。ほら兄貴も挨拶は?」
「お邪魔しました、いっちゃん!本当にありがとう!……ねぇ、健介君ってば!」
二人は帰っていった。
本当に健介君はしっかりしてるなーと思いながら、健人には本当に悪い事をしてしまったと思う俺であった。



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【作品番号】USB2

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