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うちの画家先生16





『大堂詩月(だいどう しずき)』。
夕月さんの義甥。いきなり現れて夕月さんと暮らすと言い始めた。
目下のところ俺は敵認定している。

その敵が、最近うちに入り浸っているのが俺の悩みだ。
新しい家の事で夕月さんに相談……っていうか、単に会いたいだけかもしれない。
今日も家に来るそうだ。

「じゃあ健介君、行ってくるね?夕飯までには帰るから、皆で食べよう」

こんな日に限って兄貴はお出かけかよ……気が重いので声を出さずに適当に頷く。
と、靴をはいた兄貴が心配そうに俺の顔を覗き込んだ

「健介君……仲良くね?喧嘩しちゃダメだからね?」

……詩月さんの事らしい。
なんだか幼稚園児に言うような言い方にため息が出る。

「分かってる……子供じゃないんだから、ヤな奴にも大人の態度で接するよ」
「“ヤな奴”なんて言わずに。先生の大事な人だよ……まぁ、だから嫌なんだろうけど……」
「早く行け!」

俺は強引に玄関から兄貴を押し出して戸を閉めた。
人を嫉妬に狂った子供みたいに言うな!全くもって心外だ!
俺だってなぁ、詩月さんの一人や二人、大人の態度で友好的に接して……

ピンポーン♪

「こんにちは!夕月さん!」

きやがっ……いや、おいでなさった。
入ってきたのは両手に買い物袋をさげた詩月さん。
俺が開ける前に入ってくるってどういうことだコイツ。ピンポンの意味が無……
おっといけない。大人の態度を……

「こんにちは詩月さん。お茶漬けでもいかがですか?」
「健介さんこんにちは。お茶漬けはお構いなく。今日は僕が料理するつもりで食材を買ってきましたから」

無意識でいきなり遠回しに「帰れ」と言ってしまったけど、詩月さんは気づいてないみたいだ。
チッ、よかった。
それにしても……この人も料理ができたのか……?
疑問に思ったので聞いてみる。

「詩月さんも料理をするんですか?」
「はい。最近習い始めたばかりですが……
夕月さんと暮らし始めたら、なるべく僕が食事を作ってあげようと思うんです」
「へぇ……」
「こちらでも毎日手料理だと聞いていますので。
夕月さんに『前の方が良かった〜』なんて言われると、悲しいですから」

詩月さんがにっこり笑いながら靴を脱ぐ。
何だか無性にイライラしてきた……つまりあれか!?
夕月さんの胃袋を懐柔して、自分の方が夕月さんの中で優位に立とうってわけだなこのド素人がッ!!

ああ、落ち着け!本音が漏れてはいけない!
俺は口元を押さえつつ、しどろもどろでオブラートに包んだ発言を……

「でも……料理って手間暇かかるし、詩月さんみたいに忙しい方にできますかね?お仕事あるんでしょう?」
「え?夕月さんの絵がガバガバ稼いでくれるんだから、僕が働くわけ無いじゃないですか?」
「テメェやっぱそういう狙いだったんだな!?本性現しやがってこの拝金野郎!!
夕月さ――ん!!コイツ本性現しましたよ――!!」

大慌てで叫ぶ俺を見て、詩月さんは吹き出すように笑った。

「あははっ!冗談に決まってるじゃないですか!健介さんって面白い方ですね?
あ、これお土産ですので……お邪魔します」

そう言って嬉しそうに家に上がりこんでいく詩月野郎。こんなお土産なんて……
アイツ、本当に冗談なのか!?ええい!どっちでもいい!やっぱりアイツは追い出さないと!
俺は急いでキッチンに向かった。あの詩月野郎に目に物見せるために……

で、しばらく経った後、リビングにて。

「詩月さん、お茶をどうぞ」
「健介君!お茶菓子は??」
「後で持ってきます」

嬉しそうな夕月さんを軽くあしらい、コトリと詩月さんの目の前にお茶を置く。
詩月さんは「どうも」とそれを受け取って眺め、複雑な笑顔で言った。

「……これ、妙に赤くないですか?」
「変わったお茶ですので。きっとそういう色なんですよ」
「そうですか……いただきます」

ゴクリ(飲む音)。ブシュッ(吐く音)。その間一秒。
詩月さんが口に当てている手の、指の隙間からお茶がダラダラと流れ落ちていた。
一口飲んだだけですごい威力だこと……さすが、七味とタバスコ。

「し、詩月!?どうしたの!?大丈夫!?」

傍にいたおっさんが、ふきん片手にオロオロと詩月さんに寄り添って
詩月さんが「大丈夫」というジェスチャーをしながら苦しんでいた。
見たか正義の鉄槌!!でも俺も鬼じゃない……

「詩月さん、水なら外の自販機で売ってます!」

うん。優しさあふれる発言だと思う。
詩月さんは自分のハンカチを取り出して口元を拭っていた。なるほど、几帳面だ。

「ごほっ、ごほ、健介さ……ううっ……」

お茶は口の中に無いのか、詩月さんが途切れ途切れに話しかけてきた。
恨みごとの一つでも言われるかと思ったけど……

「台所……貸して、いただけますか……?」

このタイミングで料理を始める気か!?なんてヤツだ……意外とガッツがあるらしい。
俺はにっこり笑って言ってやった。

「ダ・メ・です☆」
「健介君!!イジワルしちゃダメ!いいよ詩月!あ、道具の場所とか分かる?」

詩月さんと夕月さんが連れだってキッチンへ入って行った。
何だよあのおっさん!さっきから詩月さんの味方ばっかり……今まで誰がおやつ作ってきたと……ああくそぉッ!!
腹が立ったので、俺はそのままテレビを見ていた。しばらくして戻ってきたおっさんが
「さっき詩月に何したの!?」だの「何で詩月にイジワル言うの!?」だのうるさかったので全部聞き流していた。
あと「お茶菓子は!?」と言われたのも無視した。

で、数十分後。

「夕月さん!僕の手料理食べてください!」

詩月さんが『シャラ――ン』という効果音でも付く感じでリビングにやってきた。
その手に洒落た皿を持って。あんなのうちにあっただろうか?食材と一緒に買ったのか?
で、でも皿だけカッコよくったって……そう思っていた俺は皿の中身を見て愕然とした。

「わぁ!!きれい!レストランのみた――い!!これ、詩月が作ったの――!?」

夕月さんの台詞がまさにそうだった。
詩月さんの作った料理は、まるで高級レストランで出てきそうなオシャレに盛り付けられた……
悔しいけど、すごく美味しそうだった。バカな……コイツ、ド素人のはずじゃ……!?

「今、知り合いのシェフに習ってて……まだこれしか作れないんですけど……」
「夕月さん!!たかが一種類しか作れないド素人の、こんな見かけ倒しの料理に惑わされちゃいけません!」
「も〜健介君ったら、また詩月にイジワル言う!これだけでも作れたらすごいの!
詩月頑張ったね!見直しちゃった〜!」

ううう……おっさんに褒められて赤面してる詩月……腹立つ!!
おっさんも、あんな外見だけの料理にはしゃぎやがって……あ!芸術家だから見かけのアート性重視か!?
くそー!どうせ俺の料理は独学だよ!!盛り付けも平凡だよ!
ああ、これでもしあの料理の味が良かったら……そう思うと居ても立ってもいられない!

「夕月さん!!コイツは夕月さんの稼ぎで豪遊しようとしてるんです!!
騙されないでください!同居した次の瞬間、『本当は怖い鶴の恩返し』状態ですよ!?
手のひらを返したように早朝から深夜まで、羽が無くなってもこき使われます!」
「詩月がそんな事するわけないでしょ?いい加減にしてよ健介君はもぉ〜〜。
ごめんね詩月?今日健介君変なんだ……」
「僕が先に変な冗談を言ってしまったんですよ。
だから健介さんを責めないであげてください。きっとお若いから純粋なんです」

この詩月!!ちゃっかりいい人ポイント上げてんじゃね――――っ!!
ダメだ!その料理をおっさんの前に置くな!
あああ、おっさんも皿を持つな!!フォークを置け――――っ!!

「そっか。じゃあ、いっただっきま〜す!」
「あ――っ!!」

ああ、料理を食べる前に目を覚まさせたかったのに!!味はどうなんだ!?
こうなったらあとは天に祈るしかない!俺はおっさんをじっと見つめた。
食べている夕月さんの反応は、初めのニコニコ笑顔が徐々に消えていって……

「ど、どうですか夕月さん!?」

詩月さんの言葉にも少し困った顔。こ、これはもしかして……

「あ、あのね詩月……私、嬉しいよ!?詩月が一生懸命作ってくれたんだもん!」

夕月さんに似つかわしくない大人なフォロー……これは絶対に……勝った!!
俺はガッツポーズ!!そして拳を突き上げてジャンプ!心の中でだけど。
一気にテンションの上がった俺は力強く叫んだ。

「夕月さん!不味いならハッキリ不味いって言っちゃってください!!」
「!!」

突然、立ち上がって2,3歩いたかと思うとその場に崩れ落ちた詩月さん。
両手を地面についてしょんぼりうなだれていた。
び、ビックリした……。何なんだ!?悲しみの表現か!?
でも、本当のビックリはここからだった。

「健介君……何でそんな事言うの……?詩月が……ひっく、一生懸命作ってくれ……た……のにっ……!!」
「えっ!?」

おっさんが悲愴な顔で泣いていた。
なっ、なっ、なにも泣くかなくても……!!
予想外の展開にオレはオロオロするばかりだ。
しかも……

「……夕月さん……泣かないでください……僕なら、僕なら……全然、気にしてませんからッ!!」
「何でアンタもさめざめと泣いてんだよ!!」

詩月までもが泣いていた。
ああもう!何なんだよ!?大堂家は泣き虫家系か!?
これって俺も泣いとかないと非常に気まずい状況なんじゃ……
だって玄関から音がするんだもの!!帰ってくるの早くないか兄貴!?

「ただいま――健介君!もう詩月さん来た――?」

すでに気まずいどころの騒ぎじゃない!身の危険だ!
泣かないと!俺も一刻も早く泣かないと!!
一生懸命悲しい出来事を想い浮かべている間に足音は近付いてきて……

「あ、詩月さんいらして……って、どうしたんですか詩月さん!?先生まで……!」
「うわぁあああんっ!!健人君!健介君が詩月に意地悪ばっかりするんだよ――――っ!!」
「健人さん……僕っ、えぐっ、料理向いてないかもしれません……ううっ……」

兄貴は縋りついているおっさんの頭を撫で、詩月さんを心配そうに見やって
俺には何故か怒ったような表情を向ける。
やりきれない。この格差社会。

「健介君?どういう事?」
「ヒック、だって……俺だって……ウワ――ン!!」
「泣くのはまだ早いんじゃないの?」

嘘泣きは苦手だ。でも、この一言が怖くて本当に泣けてきた。
この後は俺だけ兄貴と別室に移動。

兄貴は俺の言い分もろくすっぽ聞かずに強引に膝に乗せるし……尻が涼しいし!!
ベッドはなぁ、尻叩きのためのベンチじゃないんだよ!!
心の中でそう叫んだ瞬間に最初の一発が入ってくる。

パァンッ!!

「……!!」

痛かったけど口を結んで痛みに耐える。
今日は声を上げるわけにはいかないんだ!まだ耐えられるうちに、何とか交渉を!!

「あっ、兄貴……話せば分かる!!」
「そう言えば出る時に話したよね?“喧嘩しちゃダメだよ?”って。
それなのに喧嘩どころか虐めてるなんて……全然分かってないじゃない。
どの口が“話せば分かる”なんて言うの?」

パン!パン!パン!!

「っ、ぅ……ぁ……!!」

痛い!ああ、最初から本気できてる……!!
でも負けない!痛みになんか負けるものか!!

「虐めてない!ぁ、嫌だ兄貴……せめてっ……詩月さんが帰ってからに……!!」
「ダメだよ。後回しにしたら楽しく晩ご飯が食べられないでしょ?」
「そこかよ!後回しにしなくても詩月さんがいたら楽しく食べられるわけ無っ……」
「健介君!まだ子供みたいな事言うの?」

パン!パン!パン!!

強く叩かれて思わず叫びたくなるけど、俺はグッと堪える。
今日はいつもと状況が違うんだ!片手を口に突っ込んででも、声を殺さなくちゃいけないんだ!
だって……

「音が……詩月さんが家にいるのにっ……!!や、やめっ……んぐっ……!!」
「あの流れで僕らが二人で抜けた時点で薄々感づいてると思うよ……。
そんな事気にしてないで、ちゃんと反省しなさい。この虐めっ子!」
「虐めていない!お茶だって、……ぃ……ちゃんと出した、し!!」
「でも詩月さんも先生も泣いてたよ。どうして?」
「俺が知るわけないだろ!?泣き虫一族なんだよ大堂家はッ!!」
「そう。じゃあお兄ちゃんも一緒に考えてあげるから、君のやった事を一から十まで言ってごらん?」
「い……っ、あ……!!」

くっそ、さっきから全然痛みがマシにならない!!
尻がジンジンするもう嫌だ!いっそ全部話してさっさと謝るか!?
いや、でもいつも謝ったって許してくれないし……!!
逆にガンガン泣かされる可能性の方が高いんだ!

パン!パン!パン!!

ああ、耳障りだよこの音!!聞いてるだけで痛い!耳から痛い!
泣きたいけど詩月に聞かれるのも嫌だし痛いし!
そもそも何で俺がこんな目に遭ってんだよ!?何で俺が謝るんだよ!?
俺はただ、腹黒詩月と暮らすことになったらおっさんが心配で……
詩月に天誅を下そうとしたのに、おっさんや詩月がいきなり泣くからぁっ!!
寝返りやがってあのおっさんも!俺虐めなんてしてないのに、何もかもアイツらの……アイツら……!!

……アイツら全員敵だ!!

そう結論付けた時、俺は今までにないくらいイラついていた。
自暴自棄になるくらいには。

「健介君?何で黙ってるの?言えないような事した……」
「うるっさいっ!!」

兄貴の台詞を遮って俺は叫んでいた。
もうどうでもいい!全部どうでもいい!兄貴も叩きたきゃ叩けばいい!
いったん叫んでしまえば、イライラが堰を切ったように溢れだす。

「そんなに聞きたきゃ言ってやろうか!?
まずは詩月に七味とタバスコ10倍濃縮の特製ブレンド茶を振る舞って、
その後、詩月の作った素人料理の感想に困ってる夕月さんに助言したんだよ!
“まずいならまずいって言え”ってな!それだけだよ!」

兄貴に向かってこんなに怒鳴ったの何年振りだろう……?
心の隅でぼんやり考えて、でも兄貴が何も返してこないから俺はますます怒鳴り散らす。

「大体なぁ、冷静に考えておかしいんだよ!俺二十歳だぞ!?
何で子供みたいに尻なんて叩かれないといけないんだよ!?あのおっさんが来てからだよ!
こんな事になったの!」

何だろう、言いたい事言えばスッキリするはずなのに
大声出せばスッキリするはずなのに、何故だか涙が出てきた。

「毎日おやつ作らされるし、買い物に付き合わされるし、うるさいし!
あのおっさんが来てからいい事なんか一つもありゃしない!!
これからいなくなるかと思うと清々する!!
はっ……早く出てけばいいのに!!出て、けばっ……!!」

それ以上、声が続かなくなった。
もっと俺の不満をぶちまけるはずだったのに、嗚咽しか出てこなくなった。
ああそっか……兄貴にも喋らせてやらないといけないもんな。
怒鳴り返してくるかと思ったけど、そうでもなかった。

「言いたい事それだけ?」

うん。これからボロ屑のように叩きのめす相手に向けるようなセリフをありがとう、兄貴。
いいよ別に。俺怖くないし。

「健介……」

すいませんでした。怖くないなんて思ってすいませんでした。
俺の心の中の土下座は兄貴に届くはずがない。でも人間、とっさに声は出ないものだ。

「声、詩月さんに聞かれたくないんだよね?口開けて」
「あ……」
「うん、そうそう。あーんして」

違う。さっきの「あ……」は声を出そうとしただけであって……
ここぞとばかりに柔らか羽根枕を角っこから口にねじ込んでこないでください兄貴。
ごめん、やっぱ怖い。冷静に考えて怖い。この俺の第六感は実に正しかった。

バシィッ!バチン!バチン!

「〜〜〜〜っ!!んんっ!んんん〜〜〜〜〜っ!!」

シャレにならないくらい痛かった。
枕を口に入れて無かったら間違いなく大絶叫だ。

「あのね健介、心にもない事は言わない方がいいよ。後で後悔する」

声はどこか悲しそう。でも、平手が怒り狂ってる。そう感じるのは俺の勘違いだろうか?
叩かれ続けてる上にこれじゃあもう痛いなんてもんじゃない……!
絶対熱持ってる……熱い!!痛みで涙が出てくる!

「んんんっ!!んぐぅっ〜〜〜!」
「そうだね……健介が、いちばん先生と一緒にいたもんね……」
「ぷぁっ、んんっ、はっ、ふっ、んぐっぅぅ〜〜〜〜〜!!」
「先生とお別れするのが悲しいのは分かるよ?でもそれを詩月さんに当たってどうするの?
辛いお茶飲ませたり、嫌な事言ったり……詩月さんがそんな嫌がらせされるの見たら先生だって泣くよ」
「んっ、むぅ……んんんんっ!んんんん――――――――!!んんっ、づぅっ!!」

兄貴は、これ疲れないのかってくらいきっつく何度も尻を叩いてくる。
俺は枕を噛んで耐えるんだけども……耐えきれなくて暴れてしまう。何も変わらないけど。
強いていえば枕の食感が湿っぽくなって、味がしょっぱくなるだけ。

バシィッ!バチン!バチン!

「一生懸命作った料理をけなされたら、詩月さんも悲しいよ。
君も料理するなら分かるでしょう?人が嫌がる事ばっかりしたんだね?
もう二十歳なのに詩月さんに子供みたいな焼きもちやいて」
「はっ、んっ、んんん〜〜〜!ん〜〜〜〜〜んんん〜〜〜っ!!」
「大人になろうよ健介。あと少ししかいられないのに、先生に悲しい思いさせたい?」
「んむっ……!!」

させたいわけないだろ!
分かってる!分かってるよ!ホントはちょっとヤツ当たりも入ってたよ!
でも詩月さんに焼きもちなんか……ああ!痛い!ダメだまともに考えられない!
嫌だ痛い!涙止まらない!もう許して欲しい!このまま永遠に叩かれるんだろうか!?
そう思うと怖くてとっさに謝罪が口をつく。

「め、なふぁい!!もめっ……なふぁい!!」

……でも枕入れてたら思うように喋れない!抜けばよかった!

「今“ごめんなさい”って言った?」
「んっ!!」
「じゃあ、枕抜こうか……」

運よく兄貴には通じたみたいで、兄貴が枕をゆっくり引き抜いた。
部屋の空気ってこんなにおいしかったんだ……!!
って思ったけど、のんびり部屋の空気を味わっている場合でもないらしい。
まだ俺は兄貴の膝の上だ。

「健介君、反省した?」
「ぐすっ……うん……」
「誰が悪いの?」
「詩月……」
「……もう一回口開けようか……」
「わ、分かってるよ!俺が悪いんだよ!詩月さんはいい人だよ!
夕月さんの為に料理も習ってるし……夕月さんの為に、あんなに嬉しそうに笑うんだ!
あんなお人好しめったにいない!!」

絶対に言いたくなかった言葉を言ってしまって、俺は突っ伏した。
分かってた。詩月さんはいい人だ。優しくて、金持ちで、その上夕月さんが心の底から好きだ。
あの人となら夕月さんも安心して楽しく暮らせる。
それが酷く悔しい。
二人で暮らし始めれば、俺達の事なんてきっとすぐに忘れてしまう。

ぐるぐる考えていたらまた涙が出てきた。
鼻をすすっていたら、兄貴に頭を撫でられて……慰めてくれるのか?

「そこまで分かってて意地悪したなら、1発追加ね?」
「えっ!?」

違った!最悪の展開だった!何でここまできて……!!

バチィンッ!!

「ぃいったぁっ……!!」
「健介君、先生が君と詩月さんに仲良くして欲しいって思ってるのはね……
健介君の事も大好きだからだよ?」
「ふっ……ぅ……」
「……声、聞かれたくないんだよね?」

兄貴が自分の胸に俺の顔をぎゅっと押し当てた。
良かった。また枕突っ込まれたらどうしようかと思った……。
せっかくなので、兄貴の胸を借りて泣かせてもらった俺だった。


それから顔を洗ってリビングに戻ったんだけど、中から夕月さんの声がする。

「ごめんね詩月!健介君、いつもはあんなじゃないんだよ!?本当だよ!?
おやつも作ってくれるし優しいんだよ!詩月……健介君の事嫌いになった??
お願い……嫌いにならないであげて……」

夕月さん……!!俺を庇ってるのか?
どうにも入るタイミングがつかめなくなってしまって、その場に立ちつくす。
夕月さんの声はまだ続いた。

「私……嫌だよ……詩月と健介君が仲良しじゃないと嫌だよ……
だって私、二人とも好きだから……」

その元気のない声を聞いていると、おっさんのしょんぼりした顔も浮かんできて……
仕方ない……俺が大人になってやるよ!!

「詩月さん!さっきは失礼な事言ってすいませんでした!」

俺がそう言いながら勢いよくドアを開けると、夕月さんも詩月さんも驚いた顔で俺を凝視する。
思いっきり泣いた後の顔なんだ!注目しないでくれ!
恥ずかしいので早口で次の言葉につないだ。

「でもやっぱり、俺はアンタをまだ認められない!」
「けっ、健介君……!!」
「もし大口叩きたくば、このゲームで俺に勝ってからにしてください!!」

俺がバシッと床にゲームソフトケースを叩きつけると、オロオロしていたおっさんが急に嬉しそうな顔をした。
なんせこのゲームは夕月さんのお気に入り、『エキサイト☆車大戦』。
簡単にいえば車を操作してレースするだけの簡単なゲーム。皆でワイワイ遊ぶのには丁度いいだろう。
こうやって楽しいゲームを介して詩月さんに歩み寄ろうとする、俺の大人な作戦だ。
まともに誘うのもシャクなので、少し斜めから誘ってみる。

「やりますよね?ゲームだから、いつも高級外車の後部座席に悠々と座ってるブルジョアジー様にも安全ですよ?」
「フフフ……舐められたものですね。健介さん……僕はこの手のゲームでは
『最速の資本主義』と呼ばれる男ですよ?」

あ、忘れてた。この人意外とノリが良かったんだっけ。
だったら、俺も同じテンションで返しておかないと……

「上等です!日々ストレスと戦ってる“主夫”の底力を見せてやりますよ!」
「ねぇねぇ!あのカーブのステージにしようねっ!!」

おっさんも大喜びで会話に入ってくる。なんだか楽しくなってきた。
こうして始まったカ―ゲーム大会は大盛り上がりで、
夕食後は兄貴も参戦し、詩月さんが一泊するほど白熱したのだった。




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【作品番号】US16

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