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うちの画家先生15





“いいかい夕月、君は今日から大堂家の子になるんだ。
私の事は忘れて……どうか幸せにね”
待って!私やっぱりイチと一緒がいい!私達、家族でしょう!?
“元々私達は親子でもないし、離れて暮らすんだから、もう家族でも何でもないよ!
さぁ、手を離して!離してくれ!頼むから……!!”
イチ!待って!離れちゃうともう家族じゃないの!?どうして……!!
「イ……チ……」
自分の声で目が覚めて、私はここが昨日見つけた“洞穴のアトリエ”だと気づく。
このアトリエにこもって一夜明けたんだ……
そしてまた、あの夢を見ていた。
「離れると……家族じゃない……」
私の大好きだった唯一の家族……イチはそう言った……でも、いや……違う……
“家族は何万メートル離れていようと家族なんです!!”
こう言ってくれたのは……健介君だっけ……。
「健介君……元気かなぁ……」
思い出したら、健介君や健人君がちょっぴり恋しくなった。
……ちょっとだけ外に出てみようかな……

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「はぁ、はぁっ、夕月さん……!!どこ行ったんだよ!?」
俺は朝っぱらから近所を走り回っていた。
俺だけじゃなくて、詩月さんも走り回ってるはず。兄貴はもし帰ってきた時の為に家で待機中……
つまり、夕月さんが昨日から行方不明なのだ。……これで何度目だろう?
でも、今日はいいんだ……少なくとも俺は、許せる。

昨日、詩月さんが夕月さんに“大堂家に帰ってきてください”って言った瞬間
夕月さんは詩月さんを突き飛ばしてどこかに逃げて行ってしまった。
よくよく事情を聞いてみると、詩月さんが言うには――
「夕月さんは僕が生まれる前に大堂家に養子に入られた方で、僕の義理の叔父になります。
かつて大堂家が、無名の若い画家に大金を払って引き取った子供が夕月さんでした。
“生活に苦しんでいる若い画家に金銭援助をして、彼が養えなくなった子供を保護した”。
これが大堂家が掲げた大義名分です。しかし実際は……」
大堂家が欲しかったのは夕月さんの“才能”。
幼い夕月さんの才能をどう見抜いたのか分からないけど、
それ利用し、“画聖”と言われるまでに祭り上げ、ほとんどの利益を自分達のものにしているらしい。
夕月さんが大堂家に恩を感じて逆らえないのをいい事に……。
もちろん、夕月さんを家族扱いなんてしなかった。
それどころか夕月さんは、親族同居の大屋敷でほぼ全員から冷遇されている状態だったらしい。
「最低だ……」
詩月さん自身も言っていたけど、本当に。
この話を聞いた時、俺は腹が立った。大堂家の人達にも、詩月さんにも……
あの人は悪い人じゃなさそうだけど、どうしてそんな家に夕月さんを戻そうなんて思えるんだよ!
夕月さんが逃げ出して当たり前じゃないか!
だから、俺が詩月さんより先に夕月さんを見つけ出すって決めた。
もし詩月さんが先に見つけて、そのまま無理やり連れて帰ったりしたら大変だから……
「夕月さん!夕月さ―――ん!いたら返事してください!」
ご近所の視線お構いなしで俺は叫ぶ。
昨日から“秘密のアトリエ”含む、夕月さんの行きそうな場所は全部あたってみたけど
こんな時に限って全然見つからない……!!
「ああっ、くそ……!!」
立ち止まればヤバイくらいゼェゼェ言ってる……。
走りっぱなしもさすがに疲れて、たまたま近くにあった公園のベンチで一休みすることにした。
一休みって言ってもゆっくりはできないか。10秒だけ……と、思っていると
何だろう……山っぽい滑り台の、下の方に作ってあるトンネルみたいなところから
こう、おっさんのようなものが出てきて……
「ああああ――――!!夕月さん!!」
「け、健介君!?」
やっぱり夕月さんだ!
俺は未だかつてない走りで夕月さんに走り寄って、ぐっと手を握る。
自分でも信じられないスピードが出た。

「良かった!先に見つけた!夕月さん!心配したじゃないですか!」
「健介君……!!あ、あの……えっと……」
「大丈夫、俺は大堂家に帰れなんて言いません!むしろ、帰らなくていい!!」
「け、健介君?大堂家には戻らなくちゃ……
昨日はいきなり言われてビックリして逃げちゃったけど……私とイチの命の恩人だし……」
“イチ”っていうのは養子になる前の夕月さんと一緒にいた画家の事だろうか?
いや、それよりも夕月さんの反応に焦って大声が出る。
「何言ってるんですか!皆アンタを無視するんでしょう!?
しかもお金儲けに利用して……それに、命の恩人だなんて大げさな……!」
「私……子供の時、イチに“一緒に死のう”って言われた……」
夕月さんの言葉があまりにも重くて、言葉が出なかった。
それでも夕月さんの方はスルスルと話し続ける。
「大堂家の……義父さんが私達を助けてくれたんだ。
イチはたくさんお金をもらって貧乏から抜け出せた。今は新しい家族もできて、幸せに暮らしてる」
「新しい家族……?」
「うん。見たんだ遠くから。イチ、前に“大堂夕月展”に来てくれて……
優しそうな奥さんと、奇麗な娘さんだったよ。
もう20年以上会ってなかったけど、彼、とっても幸せそうでホッとしたよ」
「そんなのおかしいじゃないですか……」
声が震えた。
新しい家族と幸せそうなその人を、大堂家で孤独だった夕月さんはどんな思いで見つめたんだろう……
それを思うと泣きそうになって、それでも叫ばずにはいられなかった。
「夕月さんが大堂家で辛い思いしてるのに
その人だけ新しい家族と幸せそうにしてるなんておかしいじゃないですか!!」
「いいんだよ。私も今、健介君や健人君と暮らしてて、とっても幸せだから」
「そん……な……」
言いたい事は山ほどあるのに、声が詰まってうまく言えない。
いつもより大人っぽい夕月さんの顔を見つめる事しかできなくて……
「健介君、私、どうしても帰りたくないわけじゃないよ?
大堂家の人は詩月以外みんな冷たいけど、意地悪はされないし、好きな絵も思いっきり描ける。
毎日高級おやつも出てくるし、お手伝いさんに言えば大抵の事は思い通りになるんだ。
ただ……」
夕月さんが目の前で泣きそうになっても、どうすることもできなくて……
「健介君や健人君が家族だって言ってくれて、優しくしてくれて、毎日一緒にいてくれて……嬉しかった。
だからね、今から大堂家に戻ってまた寂しくなるのが……怖いだけ……」
「夕月さん……!!」
半泣きになりながら夕月さんを抱きしめるのがやっとだった。
夕月さんはいつもみたいに俺にくっついてくる事もなく、前を見据えていたというのに。

「でも、覚悟決めなきゃ……詩月も待ってる。ねぇ健介君、もう一回聞かせて?」
「え……?」
「“家族は何万メートル離れていようと家族なんです!!”って。
勇気が出るんだ。私、大堂家に帰って離れても、健介君や健人君の家族だよね?」
「当たり前です……」
こんな言葉一つで夕月さんの勇気が出るなら……
せめて夕月さんの勇気がたくさん出るように、力強く、俺は言った。
「夕月さん、アンタは大堂家に帰っても、どこにいても、何億メートル離れていようと……
俺や兄貴の、家族ですからね!大堂夕月は、何があっても浅岡健介と浅岡健人の家族です!!」
「ありがと……もう何も怖くない。帰ろっか?」

そう言って笑った夕月さん。
ああ、「帰りたくない」と言いそうになったのは俺の方だ。
でも夕月さんの決意を無駄にしないように、俺は夕月さんと一緒に進んだ。


それから夕月さんが見つかったと兄貴に連絡しつつ家に帰ってきて、
夕月さんを見るなり猛ダッシュで抱きしめたのは、やっぱり詩月さんだった。
「夕月さん!ああ良かった!心配しました!」
「ちょっと詩月さん!離れてください!」
夕月さんに抱きついている詩月さんを俺は引きはがす。
いくら心から心配してた風でも、俺はまだ詩月さんを許したわけでも認めたわけでもないんだ!
詩月さんはムスッとした顔で俺を見て、俺も負けじと睨み返して……
「はいはい、みんな先生から離れてくださいね。先生は今からお仕置きの時間ですから」
ちゃっかり夕月さんを抱え上げたのは兄貴だった。
いつもならここで大抵抗する夕月さんだが、この時は腰引け気味にオロオロするだけだ。
「ご、ごめんね健人君……私がいなくて泣いちゃった?」
「ええ、泣きました。だから先生も泣いて反省してください」
兄貴は不安そうな夕月さんをソファーまで抱えて行って、テキパキとお仕置き体勢になって……
いつもは自業自得なおっさんだけど、今日は何だか可哀想な気がする。
でも俺がどうにかできる事じゃないし……座って見てるしかない。
詩月さんも今日は黙って俯いていた。

「前にもこんな事がありましたね?皆に心配ばっかりかけて……」

バシッ!

「っう!!」

さっそくキツイ一発目を裸の尻にくらった夕月さん。
この時点で涙目になっていた。
「ご、ごめんなさい……お願いだから痛くしないで……」
「前科持ちが何を言いますか。厳しくします!」
「やだぁ!」
「ヤダは聞きません!」
バシッ!バシッ!バシッ!

珍しく最初から謝ってるのに、兄貴は先の宣言通り強めに夕月さんの尻を叩いていた。
さすがに痛みには耐えられないのか、さっきまで大人しめだった夕月さんもいつもみたいに暴れだす。

「やぅ!だ、だって、だってね!急に言われてビックリしたんだもん!」
「気持ちは分かりますけど……逃げなくてもいいでしょう?
その上、また連絡もなしに帰ってこないし……
健介君も詩月さんも夜中まで貴方の為に走りまわったんですよ?」
「いぅっ!走りまわらせてごめんなさい!でも私は……!!
健人君や健介君ともっと一緒にいたかったんだ!
まだ大堂家には帰りたくなかった!」
「だったらどうして、詩月さんにそう言わないんですか?」
「んっ……し、詩月が傷つくと思ったから……」
詩月さんが弾かれたように顔を上げる。
何か言うでもなく、泣きそうな、悔しそうな顔で夕月さんを見つめている。
「詩月はっ、いつも私に優しくしてくれたから!
義父さんや義兄さんが……いっ、嫌な顔するのに、私と一緒にいてくれようとしたから!
詩月を裏切るような事、言えなくて……」
「先生、いきなり逃げられる方が、詩月さん傷ついたと思いますよ?」
「うぅっ……」

夕月さんは呻いて顔を伏せた。この人だって、全部分かってるんだ……。
兄貴もずっとバシバシ叩いてるけど、口調は穏やかだった。

「話せばよかったんです。先生の気持ち全部。
詩月さんなら分かってくれたはずです。
万が一ですよ?詩月さんが先生の気持ちを無視して無理やり連れて帰ろうとしたなら、
僕は詩月さんと戦ったでしょうね。無理やり連れて帰ったりさせません。絶対に」
「健人くっ……」
「それなのに貴方ときたら……」
バシッ!バシッ!バシッ!
夕月さんの尻を完全に真っ赤にするほど強く叩きながら、兄貴は言う。
「たくさんわがままを言うけど、一番大事な事はなかなか言ってくれないでしょう?
それで一人で抱えきれなくなると、逆に一人になろうとする……」
「いっ……たっ……!!」
「一人で逃げ回らなくてもいいんです。もっと僕や健介君の事、信じてください。
貴方は僕達の大事な家族なんですよ?」
「ふっ……」
泣きそうに息をもらしたのは夕月さんで、詩月さんもぎゅっと唇を噛んでいた。
二人とも、“家族”って単語に反応したんだ。
「だから貴方がいなくなったら心配します。貴方が考えてるよりもずっと、心配しています」
「うっ、ぇっ……ぇぇぇ……」

夕月さんは泣いていた。
尻が痛いんだろうけど……それだけだろうか……

「もう勝手にいなくなったりしないでください。
家族として、ちゃんと貴方を守りたいですから」
「っうわぁああああん!!」
兄貴の言葉がトドメになって、夕月さんは激しく泣き出してしまった。
ただ痛がってるだけには見えなくて、感情に押されるように、ただひたすら泣いていた。
それでもさすがの兄貴は手を止めなかったけど。
「ごめんなさい!私っ、私ぃぃ……えええんっ!!ごめんなさいぃ!!」
「本当に“ごめんなさい”ですよ全く。今日は思いっきり泣いてくれていいですからね」
バシッ!バシッ!バシッ!
「わぁあああんっ!!」
「僕の言いたい事、分かってくださいましたか?」
「分かりましたぁ!ごめんなさいぃ!ありがとぉぉっ!」
「どういたしまして」
号泣しながら謝る夕月さんに、兄貴は微笑む。
これで今日のお仕置きも終わりか……と、思ったら……

バシッ!
「ひゃぁあああぅ!!」
夕月さんが思いっきり悲鳴を上げていた。
「先生、詩月さんもとっても心配してたんですよ?ちゃんと謝ってください」
と、今度こそ膝から下ろしてもらえた夕月さんは
まだ涙も完全に引いてない顔で、詩月さんに謝りに行っていた。

「あ、う、ごめんね詩月……」
「謝るのは僕の方です……夕月さん、ごめんなさい……」
そう言ったかと思うと、詩月さんは座ったまま深々と頭を下げる。
いわゆる土下座だ。
「詩月!?ダメだよ!や、やめて!」
夕月さんが泣きそうな声で言っても、詩月さんは顔を上げなかった。
「僕は一番近くにいたのに、貴方が苦しんでいるのを知ってたのに……
父や祖父に反抗し切れなくて、結局は貴方を一人にした。
でも、健人さんや健介さんはこんなにも温かく貴方を家族として迎え入れて……
悔しいやら情けないやら……貴方がここに残りたいのは当然ですね……」
そこまで言うと、詩月さんは顔を上げて夕月さんをしっかりと見据える。
強い意志のこもった、真剣な眼差しで。
「それでも……夕月さん、僕は貴方と一緒にいたいんです!
大堂家の皆は貴方を家族と認めなかったけど……僕は、僕だけは……
言わせてください!夕月さん、貴方は僕の家族です!!
誰が何と言おうと、同じ大堂姓の、正真正銘、僕の家族です!」
「し……ず……」
「父や祖父の手前、貴方にはずっと言えなかった……
貴方にずっと、言いたかった言葉です……。」
「あ……ぁ……」
夕月さんは震えていた。目から大粒の涙が次々と流れていく。
そんな夕月さんに、詩月さんは今までで最高に優しい微笑みを向けた。
「実は貴方を驚かせようと思って黙ってたんですけど……僕、家を買ったんです」

「「「え?」」」

涙が止まるほど驚いた夕月さん。
俺と兄貴も、詩月さんのいきなりの発言に一緒に面食らってしまう。
しかし反対に、詩月さんの感情の勢いは加速しているようだ。
「家です!夢のマイホーム購入です!
大堂の屋敷を出て貴方と二人で暮らすために……もう貴方を一人にはさせません!
一緒に暮らしましょう!今度こそ、本当の家族として!!」
「し、詩月……」
詩月さんにガッシリと両手を握られて、夕月さんは瞬きばっかりしてる。
俺と兄貴はと言うと……
「「え……ええええええええ――――!?」」
顔を見合わせて大絶叫するしかない。
……誰がこんな展開予想できただろうか……。
これで、夕月さんは大堂家に戻らずにすむんだろうけど……
詩月さん……最初から言えばいいだろうが―――――ッ!!
やっぱり俺、この人絶対認めない!!



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【作品番号】US15

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