TOP小説
戻る 進む


うちの画家先生13
「健介君にマジギレする兄貴」のリクエストお答作品






交番からの帰り道、俺は何が悪かったか考えてみた。
一つ、警官がお節介にも家に連絡を入れた事。
二つ、友達が一目散に逃げたこと。(逃げなかった子もいたけど。)
三つ、飛びこんだ瞬間に、巡回していた警官が競輪並みのスピードで走ってきた事。
四つ、そもそも友達に乗せられたとはいえ、川に飛び込んだ事。
総合するとつまり……今日の俺はきっと運が悪かったんだ……。
少し前を歩く兄貴は、こちらをチラリとも見ない。
こんな夜に交番に呼び出されて、関係ないのに警官から注意を受けて平謝りしたんだ。
そりゃ機嫌も悪くなるだろう。
お互い無言の空気が重すぎて耐えられなくて、俺は勇気を出して兄貴に話しかけてみた。

「……怒ってる?」
「うん」
「ごめんなさい……」
「ダメ」

……即答具合が怖すぎる!!しかも一単語で短く返されると会話が続かない!!
しょうがなく、俺は再び重い空気を我慢して歩き続けた。
何となく体温が下がってくるのは川に飛び込んだ所為だと信じて。

で、そうやって家に帰ってきて……
我が家に帰ってきたのにちっとも安心感が無いというのも奇妙な感じだ……。
玄関で靴を脱いだ瞬間に一気に加速がついて、後ろから兄貴にすがりついた。

「違うんだ兄貴!!警官が家に連絡入れるなんて思ってなくて!!
いや、じゃなくて……まさかあそこで警官が走ってくるなんて思わなくて!!
そもそも何で俺が川に飛び込む事になったってのは、一種の都市伝説が関連してて……」

「泣かすからね?」

言葉を遮られたかと思ったらいきなり痛烈な一言。
超真顔の兄貴は俺の話を何一つ聞いてくれてない。

「い……いやいやいや!聞いて……聞いてくださいよ兄貴!!」
「本当今日、健介、泣かすからね?」
「ちょっ……俺だって、お疲れのところ、わざわざ来ていただいて申し訳なく思って……」
「言い訳してる暇があったらお風呂入ってきたら!?マジで泣かすからね!?」
「うわぁぁぁあんっ!!」

やけくそみたいに叫んでお風呂に駆け込む俺。
何回も“泣かす”強調しなくていいんだよチクショウ!!
しかも「健介君」っていつも呼ぶくせに「健介」だよ怖いよ―っ!
いっそお風呂で溶けたいと思ったけど溶けなかった。

パジャマに着替えて、そろそろと戸を開けてリビングに入ろうと思ったけど
何故かミカンの長さを30センチ定規で測ってる兄貴と目が合って……戸を閉めた。
……ら、すごい勢いで戸が開いて、中に引きずり込まれた。

「何で閉めたの今!?」
「だだだだって!!自分の兄貴がいきなりミカンの長さ測ってたら閉めるだろ普通!!?
っていうか、手首痛い!手首痛いって!」
「じゃあ早くおいでよ!何されるか分かってるでしょ!?」

ただでさえ兄貴に握り潰されそうな手首をそのまま強く引っ張られて、
腕がツりそうになりながら膝に引き倒された。ヤバイ、この時点で乱暴過ぎて泣きそうだ。
でも、本当に泣く前に精一杯できることをしないと!

「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしないから!」
「相変わらず君は“ごめんなさい”が得意だね。僕には“やめてくれ”に聞こえるけどさ。
でも、泣かすけどね?」
「違う!ごめんなさい!心から謝ってる!泣かさないでくださ……」

バシィッ!!

「いぃっ!!」

初っ端から涙が出そうなほど痛かった。
俺の意見は無視ですか!そうですか!
ああ、でも、定規は使ってない……その一点だけが救いだ。手元に置いてあるのが不安だけど。
な〜んて……他の事を考える余裕は痛みで消えていく。

バシッ!バシッ!バシィッ!!

「やぁぁっ!!痛い!!ごめんなさいぃっ!」
「ダメ」
「ごめんなさい!ぁあっ、ごめっなさいぃっ!」
「ダメ」
「やだぁぁっ!!ごめんなさいっ!ああっ!」
「ダメだって言ってるでしょ!?」

バシィッ!!

「やぁあああっ!!」

怒鳴られた上に、強く叩かれた。
おいちょっと待て!!謝って怒られるってどういう事だ!?

「ごめんなさいごめんなさいってそればっかり……謝って済んだら警察要らないんだよ!
健介、お巡りさんにちゃんと謝った!?」
「ひたぁっ、謝ったぁっ!!」
「それで済まなかったから僕が呼ばれたんでしょ!?
まぁ、僕が謝ったら済んだけど……分かる!?今日の事は、君が少々謝ったって済まない事なんだよ!?」
「んんっ!!……ぁあっ、だってぇ!!」
「だってじゃないっ!」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

痛い!痛いからぁ!
“ごめんなさい”って言えば怒られるし、“だって”って言えば怒られるし……
今日俺、喋るなって事なのか!?この痛いのに声を上げないなんて不可能だ!

「痛いぃ!ごめ……っぅ、やだぁぁあっ!痛いんだもん―――っ!」
「痛くしてるんだよ!そうしないと健介が反省しないでしょ!?」
「反省したぁぁッ!!俺子供じゃないもん―――――っ!」
「あーそうだね!いきなり川に飛び込んで連行されるなんて子供以下だね!
長い間君と兄弟やってきたけど、初めて君の事バカなんじゃないかと思ったよ!」
「俺バカじゃないぃっ!だって友達が――――っ!!」
「誰だよその友達はッ!?」

バシィッ!!

ああ!また強く叩く!!
あんまり痛いので涙が出た。

「わぁああああんっ!!」
「言えよ!そいつ一発殴ってくるから!」
「やだぁあああっ!!やめてぇぇえっ!!」
「じゃあ友達のせいにしないの!」
「ごめんなさぃぃっ!!わぁああああんっ!!」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

「とにかくね、今日は僕怒ってるから!僕の気が済むまで叩くから!いいね!?」

兄貴の怒鳴り声にゾッとした。
俺がこの号泣状態でもバシバシ叩いてくるってことは……本当に怒ってる=兄貴の“気の済む”のはだいぶ先……
嫌だ!耐えられない!暴れるしかない!!

「やだあぁああっ!痛いぃっ!もうヤダぁあっ!ごめんなさい――っ!」
「“ヤダ”はこっちのセリフ!痛いとか言われても関係ないから!
僕がどれだけ怒ってるか教えてあげる!」
「ごめんなさいぃっ!!わぁああああんっ!ごめんなさいぃっ!!」

本気で嫌だったんで、本気で暴れてみたけど……バタ足したくらいで兄貴の膝から抜けるのは不可能だった。
結局は兄貴に叩かれ続けるだけだ。

バシッ!バシッ!バシィッ!!

「ごめっ、うぇぇっ!!ごめんなさい――!やだぁぁっ!」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

「やぁぁ――っ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ!!わぁああんっ!」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

「ごめんなさい!反省したぁっ!ごめんなさいぃっ!わぁああんっ!」

いくら泣いても暴れても、兄貴は許してくれる気配が無い。
やっぱり宣言通り気の済むまで叩かれるかと思うと怖くて怖くて……
ただでさえ、痛みで涙が止まらないのに余計泣けてくる。

「お兄ちゃぁんっ!お兄ちゃん痛いよぉっ!ごめんなさいぃっ!わぁあああんっ!」
「そんな可愛子ぶっても今日は許さないからね!?
“お兄ちゃん”って呼べば許してもらえると思って!!何でこんな時ばっかりそう呼ぶかなぁ!?」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

わぁぁああんっ!可愛子ぶってない!!
心弱くなると思わず「お兄ちゃん」って呼んでしまう癖なんだ!!
普通ならこんなに泣き叫んで謝れば許してくれるのに……!!

「ごめんなさぁいぃ――!お兄ちゃぁん!ごめんなさい――!もうしません――っ!」
「当り前!次飛び込んだら承知しないよ!?」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
「もうしません――!お兄ちゃぁ――ん!お兄ちゃんごめんなさいぃっ!」
「もうしないのは分かったから大人しくしなさい!」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

「お兄ちゃんごめんなさい――!痛いの――!ごめんなさいお兄ちゃん――!!」
「だから……お兄ちゃんお兄ちゃんって、その手には……」
「お兄ちゃぁぁんっ!!お兄ちゃん!お兄ちゃんごめんなさい――!もうやだぁぁっ!!お兄ちゃん許してぇぇっ!」
「……健介ッ!!」
「ひぅっ!!」

怒鳴られて、思わずビクッと震えた。
しまった……何かマズイ事言ったか!?怒らせた!?
と、あうあう泣きながらしゃくりあげていると……

「おっ、“お兄ちゃん”禁止ッ!!」
「ぐすっ……えぅっ……?」

……謎の禁止令が出た。
とりあえず、手が止まったもんだから、全力で首を縦に振っといたけど。
すると兄貴は頭を押さえてため息をついて……
あ、これはいつもの兄貴に戻ってるっぽい!少し安心だ!

「はぁ、もう……調子狂っちゃうなぁ……じゃあ、あのねぇ……えーっと……」

バシッ!

「ひゃぁっ!!」

思い出したように叩かれて、体が縮こまる。不意打ち反対。

「本当に、もう絶対、金輪際しないね!?」

バシッ!バシッ!バシィッ!!

あ――!また勢いよく叩かれたせいで
せっかく引っ込みかっけてた涙がまた出てきた!

「やぁぁっ、しないっ!ごめんなさい!うぇぇっ!!」
「そう。なら、そろそろ許してあげるけどその前に……これで叩いとこうか」

そんな軽いノリで言われたけど、実際兄貴が手元に寄せてきて持ったのは例の30センチ定規だった。
やっぱりただミカン測って置いてたわけじゃなかったんだな!?
こんなの、同じノリで“そーですね!”なんて言えるわけがない!!

「や、やだ!それ……人を叩く道具じゃないっ!」
「そうなんだけど……健介も一回ぐらい味わった方がいいと思って」
「やだぁぁあっ!!ごめんなさい!ごめんなさぃぃっ!!もうしない!!やだぁぁっ!!」
「そんなに嫌がるなんて……相当いい薬になりそうだね」

……うわぁぁっ!!逆効果!!いや、何とか、何とか兄貴の気を変えるんだ!
雰囲気的に、もう怒ってはいないはずだからいける!
十分反省して分かってるって事を、早く言うんだ俺!
今だって最高潮に尻が痛いのに……定規なんて耐えられるか!!
と、俺は急いで全罪状を謝りにかかった。

「お兄ちゃ……兄貴がっ、疲れてるのに警察に来させてごめんなさい!!
警官に謝らせてごめんなさい!!もうしない!!兄貴に迷惑かけたり恥かかせたりしない!!」
「ふーん……」
「……せ、セーフ?」
「アウト!」

ビシッ!

振り下ろされた瞬間、ものすごく痛かった。
何だろうこの鋭い痛みは……聞いてない!!
せっかく終わった悪夢の真ん中に巻き戻された感じだ。

「やぁぁっ!ごめんなさぃっ!痛い!」

ビシッ!ビシッ!ビシッ!

痛い!最悪に痛い!夢に出る!夢に出るぅぅっ!
せっかく終わったと思ったのに、何でまた
泣きそうになりながらごめんなさいを繰り返す羽目に……

「ごめんなさいぃっ!痛っ……ふぇぇっ……」

ビシッ!ビシッ!ビシッ!

「やぁぁっ、わぁぁああんっ!!ごめんなさいぃっ!!」

何で!?さっきの、どの辺がアウトなんだ!?
って考えているうちに……

「はい、もういいよ」

膝から下ろされて、例の如く抱きしめられて……
やっと……やっと終わりでいいんだな……
安心したら一気に涙が出てきた。

「わぁぁぁんっ!!痛かったぁぁああっ!!」
「そうだね。でも、悪いのは誰?」
「俺ぇぇぇぇっ!」
「そうそう。今日の君は本当にバカだったよ」

ビービー泣きながら縋りつく俺を、兄貴はいつもみたいに撫でてくれる。
ああ、落ち着く……この安らぎを得るために俺は耐えてきたって感じだ……。

「あのねぇ、健介君……僕はどんなに疲れてても、君の為だったらどこでも行ってあげる。
君の為だったら、人に頭下げるなんて平気だよ?迷惑とも恥ずかしいとも思わない」

ふいにこんな事を言い出した兄貴。平然と言われると俺が恥ずかしいけど、黙って耳を傾けた。

「でもね、君が危ない事したり怪我したりするのは嫌なんだ。
今日は本当に心配した。警察の人から川に飛び込んだって聞いて……
縁起でも無いけど、血だらけで集中治療室に横たわる健介君を想像しちゃってね……」

そう言われて、俺は気づいた。そうだ……急に俺が川に飛び込んだなんて聞いて
もともと気の弱い兄貴がどれだけ心配したか……想像しただけで可哀想だ……
今、自分のした事のバカさ加減がすごく恥ずかしい。

「怪我がなくて本当にホッとして……でも、どうしてそんな危ない事したんだろうって腹が立って……
一歩間違ったら本当に集中治療室でしょ?これはもう徹底的に叱らなくっちゃって思った。
ねぇ、健介君、はしゃいで変な事しないで……もっと自分の事、大切にしてね?
君が大怪我したら悲しむ人、いっぱいいるよ?」

泣きそうな笑顔でそう言われて……俺はもう、耐えきれなくなって……

「おにぃ……兄貴ぃぃぃぃぃっ!うわぁぁあああんっ!」
「健介君……っ!!」

固く抱きしめ合った俺たち。
兄貴がそんなにも俺を思っていてくれたなんて嬉しくて、なのに余計な心配かけて申し訳なくて……
ごめんなさいって気持ちが全部泣き声になってしまったけれど、兄貴には伝わったと思う。
兄貴も涙ぐんでるみたいで、鼻をすするような音も聞こえて、感動のクライマックス!って……
感じだったんだけど……

「そこは……“お兄ちゃん”でいいから……」

最後の兄貴のセリフが、妙に腑に落ちなかった。



気に入ったら押してやってください
【作品番号】US13

戻る 進む

TOP小説