TOP小説
戻る 進む


うちの画家先生12





ある日の朝、いつも早く起きる方ではないけれど、おっさんがベッドでぐずぐずしていた。
風邪を引いてしまったらしい。

「健人君……頭痛い……」

ベッドの中で泣きそうになっている夕月さん。
兄貴が慰めるように夕月さんの頬を撫でていた。

「大丈夫、ゆっくり休めばすぐ元気になりますよ。僕も今日はできるだけ早く帰るようにしますから」
「お仕事行っちゃうの……?私、病気なのに……?」
「す、すいません……!!今、会社に休むって連絡を……!!」
「やめろ―――――ッ!!」

本当に連絡しようとしてるし――――っ!!
俺は震える手で受話器を持っている兄貴を必死に止めた。

「何考えてんだよ!夕月さんは俺が看てるから!心配ないから!仕事行けって!」
「で、でも……!!」
「ほら、行った行った!」

未練たらたらな兄貴を玄関から押し出してドアを閉める。
兄貴が出て行った事に少々不服そうなおっさんには、お菓子作りの本を与えておくと……
ほら、もう機嫌直して嬉しそうにページを繰ってる。

「でも、夕月さんが風邪なんて……何とかは風邪ひかないって言いますけどね。」
「それ知ってるよ!“バカは風邪引かない”だよね?でも私は天才だし、画聖だし、風邪引いちゃうよね!」
「そうですね……」

自分で言うか?この人なら言うか……と思ってため息が出た。
熱があるくせに割とテンション高いし。

「あ……夕月さん、病院、今のうちに行っといた方がいいんじゃないですか?」
「うん行く!綾瀬ちゃんいるし♪」

“綾瀬ちゃん”というのは向かいの病院の奥さんだ。
若くて美人だから可哀想に、夕月さんに好かれている。
まぁどんな理由であれ、嫌がらずに病院に行ってくれるのは助かるんだけど……

で、おっさんには適当に上着を着せて送り出す。
しばらくして帰ってきた時には何故かやけに嬉しそうだった。

「見て!!綾瀬ちゃんに貼ってもらった!!」

言いながら夕月さんが腕に貼ってある小さなガーゼを指差している。
注射を嫌がらなかったのは意外だ……いや、向こうで嫌がったかもしれない。

「よかったですね。で?薬は?」
「な、無いよそんなの!飲まなくても治るって……」
「出しなさい」

おっさんの上着を無理やり剥いでポケットを探ったら案の定、薬が出てくる。

「あるじゃないですか。ちゃんと、食後に飲むんですよ?
さ、手を洗ってベッドに戻ってください。お粥作りましたから」
「もぉ〜……」

とりあえず薬を預かって、仏頂面のおっさんを部屋に戻した。
薬が嫌なんだなこのおっさん……いい年して。
と、なると……絶対薬飲む時にダダこねるよな……
何とかスマートに薬を飲ませる作戦は無いだろうかと考えて、俺は一つ思いついた。
「食べさせて――――!」って叫んでる夕月さんには「自分で食べてくださいよ!」と返しつつ
俺は作戦の準備をしに台所へ行って……

で、夕月さんがトボトボお粥を食べ終わった頃を見計らって、俺は作戦を決行した。
まずは夕月さんの部屋に、先ほど準備してたおやつを持っていく。


「夕月さん、起きてください。今日のおやつです」

「おやつ」という言葉に飛び起きた夕月さんの傍に腰を落として、ベッドの脇に皿を置いた。
病気でも……おやつとなると嬉しそうなのは変わらないな……

「わぁ!!ショコラカップケーキだ!すごくおいしそう!!
しかも今日早いんだね、まだ二時だよ?
あ、分かった!病人サービスだ!それじゃ遠慮なくいっただっき……」
「待った!」

俺は伸ばしてきたおっさんの手をペシッと叩いて止めた。
作戦は順調……おっさんは皿に並んだカップケーキを物欲しそうに見ている。
今だ!ここで作戦の仕上げ!!

「薬が先ですよ。薬の口直しのために普段の30倍美味しく作ったんですからね」
「30倍!?」
「そうです。だから薬を飲まない人にはあげません。
食べたかったら、さっさと薬飲んでください」

夕月さんは、俺が適当に言った“30倍”の単語にものすごく目を輝かせている。
おやつには目がないこのおっさんの事だ、おやつのためなら薬も飲むだろうっていう
俺の作戦は成功する!と思ったけど……

「……先におやつちょうだい?そしたら飲める気がする。」
「……ホントですか?」

やっぱりダメか……。しかも到底信じられない交換条件で切り返してきて……
まぁいいや。最後は腕づくでも飲ませないとしょうがない訳だし
案外本当におやつあげれば飲むかもしれないと、ケーキを一つ渡してみた。

「んっ、おいひぃ……!40倍おいしい!!」
「そりゃどうも。さぁ、薬飲んでください?」
「あ、さっきまで飲める気がしてたけど気のせいだったみたい。
やっぱり飲めないや。ごめんね」
「約束を違える気ですか……そういう人には……」

元々あんまり期待はしてなかったけど……ってわけで
強行手段に入ろうと手を伸ばしたら、夕月さんが慌てて俺の手を振り払う。

「……わ、分かったよ!!飲むよ!!貸して?」

半信半疑ながらも薬の袋を開けて渡した。しかし―

「あー!手が滑った!!」

明らかにわざとらしく、粉薬をぶちまけたおっさん。
これで解決したと思っているんだろうか……


「……薬3日分あるんで。一つダメにしたって無意味ですけど。
ちなみに、次、変なことしたらお仕置きです。」
「えぇっ!?私、病人だもん!乱暴しちゃダメなんだよ!」
「関係ないです。はい、ラストチャンスですよ」

またバカな事をしないようにしっかりと釘を刺して、夕月さんに薬を手渡した。
夕月さんは薬をじーっと睨んでいたけど、そのうちパッと明るい表情になる。
何だろう?飲む気になったのか?

「ねぇ、健介君!見てて!」

そう言われたから注目したら
夕月さんは俺の目の前で薬の袋を両手で握って……

「ジャッジャッジャ……ジャーン!無くなっちゃいました〜!」

たぶん服か後ろか……その辺にすばやく隠した。
肉眼で十分見えるスピードで。
下っ手くそな手品を見せてくれたマジシャンに、盛大な拍手の代わりにお仕置きを贈ることにしよう。

「風邪なのに……夕月さんもお好きですね」

今度こそ本当にしっかりと夕月さんを捕まえて、ベッドに座って、俺の膝に乗せる。
夕月さんは例によって嫌がっていた。
でも病気だから弱ってるのか、いつもより押さえつけるのが簡単だ。

「やっ……ヤダ!好きくないよ!!それに、変な事してないよ!?
私のアーティスティック・パワーが奇跡を起こしたのです!」
「熱でおかしくなったんですか?尻叩いて正気に戻してあげますよ」
「やぁぁっ!!私正気だもん――――!!」

パンッ!

いつもみたいにズボンを下ろして裸の尻を叩く。
この作業に慣れてしまったのは複雑な気分だ。

「いっ……やっ!!私、病人だぞ!健介君の意地悪!人でなし!」
「病人だったらちゃんと薬を飲んでください。治りませんよ?」

パンッ!パンッ!パンッ!

いつもの憎まれ口は聞き流しながら、夕月さんの尻を打つ。
今日は病人だし……と思って軽めに。
そのせいか、いつもより饒舌な夕月さんは元気に言い返してくる。

「薬ってね、マズいんだよ!?あんなの飲んだら治るどころか悪化するよ!
あんなの飲まなくても、おやつ食べたら治る!」
「そんなんで治ったら病院要りません!飲むって約束なさい!まだ俺が優しいうちに!」

パンッ!パンッ!パンッ!

「ひぅっ!飲まない!マズイから!健介君のお仕置きなんか、痛くないもんね!」
「ほぉ〜〜……痛くないですか?」
「全然痛くない!タンスの角に足の小指ぶつけた時の方が痛い!蚊に刺された時ぐらい痛くな……」

バシィッ!!

「痛いぃぃっ!!」

手加減すれば調子に乗るおっさんに、本気の一発をお見舞いしてやったらそう叫んでいた。
病人だと思って優しくしたのが間違いだったな。
このおっさんには少々厳しくしないと効かないらしい。
こっからはもう手加減無しでいこうと、思いっきり叩いてやった。

バシッ!バシッ!バシッ!

「いたっ……ふゃっ……急に痛ぃっ!何でぇっ!!?んぁあっ!!」
「さぁ?アーティスティック・パワーが奇跡を起こしたんじゃないですか?」
「やらっ……こんな奇跡いらないっ!!ひぁぁあっ!!」

バシッ!バシッ!バシッ!

とりあえず、先の反抗的な態度の分をバシバシ叩いて
夕月さんの尻がだんだん赤くなってきたところで本題に入る。

「薬を飲まないとこんな奇跡が起こるんですねぇ……ああ、怖い怖い。
どうです?薬飲む気になりました?」
「薬はっ、ヤダって言ってるでしょぉぉっ!!!」
「そうですか。飲むって言うまでやめませんから、せいぜい頑張ってください」

バシッ!バシッ!バシッ!

「ヤダもっ……マズイもん!!痛い!!健介くっ……痛いぃっ!!」
「痛いのが嫌なら薬を飲めばいいんです!」
「ぁあっ!!んっく……両方イヤならどうしたらいいのぉっ!!?」
「そん時はあんたの尻が真っ赤になるんですよ」
「やだぁぁぁっ!!」


今は嫌がってても、強く叩いていればそのうち痛みに負けて「飲む」って言うだろう。
こんなやり方は何だか可哀想だけど……熱が上がって苦しむ方がきっと辛い。
現に膝の上の体はちょっと熱っぽいのだ。薬は飲んでもらわないと。

バシッ!バシッ!バシッ!

「はっ、はぁっ……んぅうっ!!もぉ痛いぃっ!!やめてぇっ!!あぁあんっ!!」
「薬飲まないんでしょ?だったらやめません」
「ふぇぇっ!!やぁぁあああっ!!薬飲まないけどやめてぇぇっ!!わぁあああんっ!!」

バシッ!バシッ!バシッ!

「俺は夕月さんに意地悪してるわけじゃないんですよ?
ちゃんと薬飲まないと、風邪治らないでしょ?だから、飲めって言ってるんです。
夕月さんのためですよ」

夕月さんが泣き出したので優しめに説得してみたが……

「やだっ……マズイのっ……やだぁぁぁっ!!うぁあああああんっ!!」
「っ、飲むって言えばすぐ離してあげるのに……!」

泣きだしてもまだゴネるか……!?
思ったより強情な夕月さんに、少し手を強めてみる。
尻は真っ赤だけど、向こうが意地を張るなら仕方がない。

バシッ!バシッ!バシッ!

「痛いぃぃっ!!わぁああああんっ!!」
「ほら、痛いの嫌でしょう?!薬、ちゃんと飲みますか!?」
「い―――や―――――だ―――――っ!!わぁぁあああんっ!!」
「あーもう!夕月さんっ!!」

バシィッ!!

「ふぇぇぇえええっ!!飲まないもん―――――!!」

そろそろ終わってやりたいので力いっぱい尻を叩いたのに
夕月さんはまだ言う事聞かないし……
長期戦を覚悟したら、玄関の方で音がした。
お、いいタイミングで……

「先生〜!先生に冷たいババロアを……って、えぇっ!?何やってるの!?
どうしたの健介君!?」

兄貴が帰ってきた!……と思っていたら、俺が喋る前に夕月さんが喚いた。

「わぁぁああんっ!健人くぅんっ!!健介君がいじめるぅぅっ!!」
「ちっ、違う!!夕月さんが薬飲まないってダダこねるから!!」

あれ?いつかの逆デジャヴが起きている……
でも兄貴はいつかみたいに怒らない。
冷静な感じで俺達に近づいて、夕月さんを抱き上げた。

「よいしょ……健介君、僕と交代だね。お疲れさま。」
「ふぇっ!!?」

俺もちょっとびっくりしたけど、夕月さんはもっとびっくりしたと思う。
思いっきり暴れていた。それで兄貴に敵うわけはないんだけど。
今度は兄貴の膝の上だ。

「わぁあああんっ!!やだぁぁぁあっ!薬も痛いのも要らないぃっ!!」
「今の先生にはどっちも必要ですよ」

パンッ!

「いぁぁあっ!!」

肌を打つ音と夕月さんの悲鳴。
夕月さんの第2ラウンド開始らしい。ご愁傷様。

「健介君にワガママ言って困らせて……ダメじゃないですか」

パンッ!パンッ!パンッ!

「わぁぁああんっ!!健介君が意地悪なのぉぉっ!!私っ、病気ぃぃ!!
えぅぅっ!!叩いちゃダメなんだもん―――――っ!!」
「僕だって今日は叩きたくなかったのに……先生がちゃんとしてないからですよ。
ほら、反省しなさい!」

バシィッ!

おっと痛そう!あんな叩き方見るとドキッとする俺って……
あ、夕月さんが泣きわめいたからだ。うん、きっとそう。

「ふぁああああんっ!!痛いぃっ!!わぁぁああんっ!!」

パンッ!パンッ!パンッ!

「薬、ちゃんと飲んで、ゆっくり休まないと良くなりませんよ?飲みますね?」
「の――――ま――――な――――い―――――っ!!」
「飲―み―ま―す―っ!!」

パンッ!パンッ!パンッ!

あーあ、あんなに叩かれて……尻も痛いだろうに。
でも、俺ならともかく、夕月さんが兄貴に強情張るなんて珍しい。


「やぁああああっ!飲まないもん―――!!」
「飲みますよ。先生はちゃんと薬飲みます。飲むと仮定して、はい、お終い!」

バシィッ!

あ、強引に終わらせた。
まぁ……これ以上叩くのも可哀想か。
で、兄貴は、いつもみたいに夕月さんを抱きしめようとしていたが……


「わぁあああんっ!健人君なんか嫌いいぃぃっ!!!」

夕月さんが思いっきり突っぱねていた。
……へぇ、こんな事もあるんだ。

「健人君なんか嫌い!嫌い嫌い嫌い!!」
「はぁ、そうですか……」

兄貴はちょっと悲しそうな顔をしていたが、軽く返事をしてまた夕月さんに手を伸ばす。
今度は抵抗している夕月さんの体をうまいこと抱きしめていた。


「嫌いぃっ!嫌い嫌い嫌い大っ嫌いっっ!!」
「えぇ、嫌いで結構ですよ」

言葉はそっけないが、夕月さんを撫でる動作は心がこもっていて
夕月さんの抵抗もだんだん弱くなってきて……

「嫌い……嫌い、嫌い……健人君なんかっ、きらっ……」

結局夕月さんは……


「……大好き……」
「僕もです。薬、飲みましょうね?」
「んっ……」

兄貴にくっついていた。
何なんだろうこの二人……と、俺は思わず笑ってしまったが
やっぱり兄貴の方が夕月さんの扱いは上手いって事だろう。
余談だがこの後、「健介君も嫌いと見せかけて大好き」と、わざわざ付け足してくれた。
おっさんに言われても嬉しくないんだか嬉しいんだか……


気に入ったら押してやってください
【作品番号】US12

戻る 進む

TOP小説