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時刻は深夜二時過ぎ。 「健人君……帰ってこないね……」 ソファーでごろついている夕月さんが力無く言う。 「たぶん大丈夫ですよ。って、夕月さん何で起きてるんですか?」 「だって心配なんだもん……」 俺はいつもに増して帰りの遅い兄貴を待っているのだが、気が付いたらおっさんも一緒に起きていた。 いつもはちゃっちゃと寝てしまうくせに珍しい。 確かにちょっと遅いから心配だけどな……仕事じゃなくて友達と遊びに行ったっきりだし…… とは言わずに、「心配ないですよ」と言おうとして口を開きかけたら、玄関のチャイムが鳴った。 ピンポーン♪ 「あ、ほら!帰ってきたんですよ!」 夕月さんと玄関先に出てドアを開けたら、兄貴を支えながら伊藤さんが入ってきた。 伊藤さんは兄貴の友達で、俺も何度か面識があるし、良くしてもらっているんだけど……これは何事!? 「ごめん健介君!俺が飲ませすぎた!」 一気にそう言った伊藤さんに肩を担がれながら、赤い顔をした兄貴が元気よく手をあげて叫ぶ。 「すいませ〜〜〜ん!!きのこクリームパスタのパスタ抜き追加〜〜〜!!アハハッ!!」 「おいっ!健人しっかりしろ!!ここはお前の家だ!!」 「ついでにぃ〜、きのこも抜いといてくださ〜〜〜い!!」 ……誰だこれ……いや、どっからどうみても兄貴なんだけど……ありえないテンションだ。 完全に出来上がっているらしい。 俺も唖然としたが、おっさんなんかはよっぽど驚いたのか微動だにしない。 「あっ〜〜〜!健介君たらいま〜〜〜!」 「ちょっ……兄貴!?」 「んふふふ〜〜〜♪」 上機嫌の兄貴はべったりと俺に抱きつく。 あー酒の匂いが……酔っぱらいに絡まれるってきっとこんな感じだ。 伊藤さんが顔の前でポンと手を合わせる。 「健介君、本当、ごめん……」 「あ、大丈夫です。後はこっちで適当にやりますんで。送ってきてくれてありがとうございました。」 俺が笑いながらそう言うと、伊藤さんは何度も頭を下げながら帰って行った。 さて、この酔っぱらいをどうするか……と、兄貴を見たら 力尽きたのか、ズルズルとずり落ちるように床に座り込んだ。 「健介くぅん……抱っこぉ〜〜〜〜!!」 「なんっ……無茶言うな!!もう、しっかりしろってば!!立って!!」 「う〜〜〜〜ヤダぁ〜〜〜〜!!」 床にペタンと座ったまま、差し伸べた手をけだるそうに払いのけて、動こうとしない。 あーあ、参ったな……。もうどうしていいか…… 俺が考えあぐねていると、兄貴の興味が近くで完全に石化している夕月さんに向いてしまった。 「あ!せんせぇ〜〜〜!起きてたんれすかぁ?? そっかぁ〜〜〜僕の事待っててくれたんだぁ〜〜〜!嬉しい〜〜〜〜!!」 兄貴が夕月さんに思いっきり抱きついて、夕月さんがそのまま後ろに倒れる。 押し倒したみたいになって夕月さんがやたら慌てていた。 「ぎゃ――――っ!!ダメだよ健人君!!私には妻と3人の子供が……いないけどぉぉおっ!!」 「アハハハハハッ!!このまま先生とぉ、ここで寝ちゃお〜〜〜っと☆」 夕月さんに抱きついたまま玄関でゴロンと横になっている兄貴。 このまま玄関先で寝られたらたまらない。とにかく部屋に連れて行かないと!! そう思って兄貴の体を揺すってみるが、首をブンブン振りながら夕月さんを離そうとしない。 夕月さんも口をパクパクさせながら硬直してるだけだし…… 「兄貴!!ダメだって!!こっち来い!!」 「や〜〜〜だ〜〜〜!!先生とここで寝るんだもん〜〜〜!!」 「あ・に・き!!いい加減にしろ!!ケツ引っぱたくぞ!!」 「え〜〜〜?なぁに〜〜〜?いつも僕にお尻叩かれてるの健介君じゃ〜〜〜ん。」 くすっ♪って感じの顔で笑われた。 自分でもこのセリフどうかなって思ったけどムカついた。主に人を小馬鹿にしたような顔がムカついた。 軽い脅しのつもりだったわけだが気が変ってしまった。 「…………言ったな?」 俺は兄貴から無理やり夕月さんを引き離す。 兄貴に睨まれたけど、お気に入りの人形を取られた子供みたいな表情で、迫力も何もない。 気にせずに引きずるように膝の上にのせた。意外とうまくいくものだ。 「っ、何するの……!?」 「抱っこしてほしかったんだろ?ついでに酔い覚ましにいい事してやるよ!!」 そのままズボンも下着も脱がせて、尻を叩く。 パンッ!パンッ!パンッ! 「いっ!!?」 兄貴がビクッと震えたけど構わずに叩いた。 パンッ!パンッ!パンッ! 「やっ……あっ……!!?」 暴れないか心配だったけど、兄貴は俯きながら小さく震えているだけだ。 “抵抗する”より“耐える”を選んだか……それとも、この状況にどうしていいか分からなくて固まっているか…… ま、何にせよこっちには好都合だ。もし本気で抵抗されたら押さえつけていられる自信が無い。 大人しくしてくれている間に、ばんばん叩かせていただこう。 パンッ!パンッ!パンッ! 「け、健介君……ヤダっ!!意地悪しないでっ……!!」 「意地悪じゃない!!お仕置きだ!!」 バシィッ!! 「いやぁあっ!!うわぁあああんっ!!」 ちょっと強く叩くと、さっそく泣き出した兄貴。 ……早すぎだ。 嘘泣きでもないだろうけど、痛くて泣いてる訳でもないのだろう。 パンッ!パンッ!パンッ! 「やだぁぁあっ!!やめてぇぇぇっ!!」 「うーるーさいっ!!そんなに強く叩いてないぞ!泣き上戸か!?」 「ふぇぇえええっ!!」 膝の上の兄貴は大げさなぐらいわめいている。酒の力は偉大だ。 俺は貴重なワンシーンだなーぐらいの気持ちだったけど、 傍で見ているおっさんが未だかつてないほどオロオロしていた。 「健介君!!ダメだよ!!すごく泣いてるよ!!やめてあげて!!」 「これは酒の勢いで泣いてるんですよ。こんなベロンベロンになるまで飲んだくれて…… ちょっとは痛い目見せてやらないと……」 「だってぇぇぇっ!!健介君が“お兄ちゃん”って呼んでくれないんだもぉ――――――んっ!!」 「ほらぁぁああ!!全然関係ない事言ってる―――――っ!! あーもう!!本っっ当に反省してないッ!!」 パンッ!パンッ!パンッ! この状況で訳の分からんことを叫び出した兄貴に少々イラッときて、少し勢いを強める。 強めに叩かないと効かないのかもしれないし。 「ひあぁああああんっ!!」 「ったく、年上で保護者ポジションだからって誰にも怒られないと思ったら大間違いだからな!!」 「健介君?私、年上!一番年上!」 近くでおっさんの独り言か何か聞こえたが無視して兄貴の尻を叩いた。 パンッ!パンッ!パンッ! 「自分だけ気分良く帰ってきて……遅いから心配してた俺達バカみたいだろーが!! しかも何で前後不覚になるまで飲む?!伊藤さんに迷惑かかるとか考えなかったのか!!?」 「ふぇぇっ、うぇええええっ!!」 「終いには玄関で寝ようとするし……親父とお袋が見たら泣くぞ!?反省しろ!」 「わぁああああんっ!!ごめんなさぁあああいっ!!」 お、謝った。少しは思考がマシになってきたんだろうか? 尻も赤くなってるしな……酔いもさめてきたのかもしれない。 パンッ!パンッ!パンッ! 「んううぅっ……痛いぃっ……わぁぁああんっ!!」 泣いている兄貴を見ながら思う。これはマジ泣きだろうか? でも、尻がほんのり熱を持ってるし…… 叩いた時の反応が大きくなってきてるし…… そろそろ許してやるか…… 「別に酒だって飲むだろうけど、ちゃんと節度を持って飲めよ!?」 「分かったぁぁっ!!分かったからぁっ……!!」 「本当に分かってんのかね?まだ酔ってない?」 パンッ!パンッ!パンッ! 「やぁっ!!ふっ、もう酔ってないよぉっ……うぇぇっ!!」 「あぁそう。なら、最後にもう一回謝っとこうか。ごめんなさいは?」 「ごめんなさいっ……ごめっ……なさい……」 「よくできました。」 パンッ! 「ひっ!!」 「あ、ごめん。これワザとじゃない。」 最後何気なく叩いてしまったが、これで終わりにした。 兄貴を起こして座らせて……ああ、夕月さんの存在忘れてた。 夕月さんはどうしてるかと見てみると、また石化していた。すごい不安そうな顔で。 「夕月さ――ん?大丈夫ですか?」 「あっ……うっ……」 「夕月さんの出番なんじゃないですか?ほら、兄貴まだ泣いてる。」 「えっ!?あっ、健人君!!泣かないで!!いい子いい子してあげるから!!」 おっさんが慌てて兄貴にまとわりついて頭を撫でていた。 ああして、しばらくおけば大丈夫だろう。 途中、「痛かったよね?健介君は鬼のように叩くから!!っていうか健介君は鬼だよね!!」なんて 聞こえてきておっさんをぶっ飛ばしたくなったが、我慢して二人を見ていた。 で、しばらくして…… 「さーて、消灯しますよ!夕月さん寝てください! 兄貴もお風呂は明日の朝にしてもう寝た方がいいよ。立てる?」 「う、うん……」 ふらついている兄貴を支えながら部屋まで連れて行ってどうにか着替えさせて、ベッドに寝かせた。 何だか兄弟逆転した気分だ。 「おやすみ兄貴。」 「あ、あのっ……健介君!!」 「ん?」 ベッドから離れようとしたのに呼び止められて、兄貴を見る。 「ごめんね…………」 掛け布団を顔半分までかぶって、小さく言った兄貴の顔が 泣きそうに潤んだ目で、しゅんと眉が下がってて、それでいてどこか恥ずかしそうで…… ……そんな顔されたらもう責められない。責める気も無かったけど。 「もういいって。ごめんなさいはすでに3回聞いた。」 「〜〜〜っ!!」 兄貴は言葉になってない声を出しながら ボフッとふとんを頭まで被ったと思ったら、すぐまた顔をちょっと出して…… 「でも、健介君、結構腕力あったね…… 思わぬところで健介君の成長を感じちゃった……」 「コラ!そこで頬を染めるな!……いいから、寝ろって。」 「うん……おやすみ。」 やっぱり恥ずかしそうに笑った兄貴が、目を閉じたのを確認してから 俺はそっと電気を消して部屋を出た。 はぁ、たまにはこういうのも……いっか。 |
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