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茶屋のとある一日2
※姫神様フリーダムとコラボ注意
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ここは神々の住まう天の国。
神王の一人、和の城にて。
部屋で出かける支度をしている和と、彼の妃の更が会話していた。
「今日もあのお茶屋さんにお出かけになるのですか?」
「あぁ。お土産に美味しい饅頭を買って来よう」
「ありがとうございます」
ニッコリと笑った更はその後、笑顔を切なげにしてこう続ける。
「誉様、今日はいらっしゃるといいですね」
「…………」
「もっ、申し訳ありません……!余計な事を……!!」
慌てて頭を下げた更に、和は優しい笑顔で言う。
「いや。お前の言う通り、誉に会えればと思ってあの茶屋へ出かけている部分もある。
気を遣わせて済まない、更……」
「和様……」
心配そうな更が、和の真剣な表情を見つめる。
「……尊が、“兄弟がいればよかったのに”と、言ってただろう?
もし、次に誉に会えたら……尊の事を、話そうと思う。
尊にも同じ頃に機会を見て、誉の事を話そうと思う。
それから……境佳殿や、閻廷殿にも……親しい者には打ち明けたい。
あの子がこちらに戻ってくる事になってからずっと考えてたんだ……。
それに外で、冠を外しているあの子が不憫で……」
「……それがいいと思います。誉様も、お喜びになられるかと」
「すべて話して、尊や、境佳殿や閻廷殿に見損なわれるのは怖い。
誉が、私への恨みを尊へ向けるかもしれないと思うと怖い。
かつて、あの子がそうされたように……けれど、このままではきっと、私も誉も救われないんだ」
そう言いながらも辛そうな和に、更がそっと寄り添った。
彼女もまた、辛そうだが真剣な表情で言う。
「尊は強くて優しい子です。境佳様や閻廷様も、思慮深く聡明な王様方です。
話の上辺だけで、和様を見損なったりしません。
そして誉様は……辛い因縁のあるこの地に、家族を守るために戻ってくださった、勇気と優しさに溢れた方です。
更はそう思います」
「更……」
「更はいつでも和様と……和様の意思と共にあります。どうか和様の、御心のままに」
そう言って、更が恭しく頭を下げる。
「ありがとう。行ってくる」
和は、更の顔をあげさせてキスをして、出かけて行った。


******************


一方、件の茶屋で。
茶屋娘の桃里は、いつか見た顔ぶれと対面していた。
「また会ったな娘……」
「(あ……この前のクレーマーだ。)いらっしゃいませー」
桃里にとっては、以前店に来たクレーマーの帝。
その帝は、連れている桜太郎と恋心姫を抱き寄せるように見せつけて、勝ち誇ったように言う。
「どうだ!この可憐な恋人達!これで文句あるまい!
今日は大人しく“ラブラブパフェ”をもらおうか!」
「!?」
桃里は混乱した。
と、いうのも、帝が連れている二人は以前、別のパートナーとここへ訪れ、
カップル限定のパフェである“ラブラブパフェ”を注文していたのだ。
桃里の頭の中に、早くも不純な妄想が渦巻いていた。
「(何コレどうなってんの!?寝取られ!?寝取られ展開なの!?)はひ、喜んで……!!」
隠しきれない桃里の興奮に、桜太郎が(何でこの店員さん嬉しそうなんでしょう?)と疑問に思いつつ、
桃里は3人を外の長椅子に座らせて、慌てて厨房へとかけて行った。
“ラブラブパフェ”注文時の条件、“証拠としてキス”を迫られなかった3人はそれぞれの反応を示す。
「……?何だ。今日はキスしなくてもらえるのか?」
「良かったぁ……妾が帝とちゅってしたら、煤鬼が泣いちゃいますもんね」
(私も、麿さんに申し訳が立ちませんし……良かった……)
「ふふっ……残念だな♪」
帝は楽しそうに笑って、恋心姫と桜太郎はホッとしている様子。
しばらくして、注文した“ラブラブパフェ”がつつがなく届く。
桃里がドキドキしながら持ってきたのだ。
「お、お待たせしました!“ラブラブパフェ”です!」
「わぁい!!」
帝の受け取った“ラブラブパフェ”をキラキラの視線で追って喜ぶ恋心姫に、桜太郎が言った。
「ココノ姫?あんまりたくさん食べたらお腹を壊しますから、帝さんと半分ずつですよ?」
「大丈夫大丈夫。姫は食べ過ぎないように余が“あ〜〜ん”してやろうな?
桜太郎も、余が“あ〜〜ん”してやった分は食べてもらうぞ?」
「えっ!?そんないいです!自分で食べられますから!!」
「何だ今更。余とお主の仲ではないか」
「またそんな事言って……!!」
嬉しそうな帝と照れている桜太郎のやり取りや、3人の様子を離れて注意深く見守る桃里。
頭の中では彼らのストーリーが勝手に組み上がっていく。
(あの3人……恋人っていうか、家族!?って事は!あの小さい子はともかく、奥さん浮気してる!?
そっ、そういえば!前来た時は今日より服装が質素で、相手は優しそうだけど地味な男の人だった……
クレーマーさん、和様と交流があるくらいだから身分の高い方で……でも、性格がちょっとアレそうだから……
きっと奥さんは癒しを求めてあの男の人と!けれど!けれど!あの男の人とは身分の釣り合わない、
夫と娘を裏切る禁断の恋!!そうか!だから二人、あんなに初々しかったのね!?)
と、桃里の妄想が炸裂したところで、事態はさらなる急展開を迎える。
「「帝!!
 帝さん!!」」
なんと、以前ここへきたパートナー達が走ってきたのだ。
(ここで修羅場来ちゃう――――っ!!?)
と、嬉しい悲鳴を内心で上げる桃里の視線の先で、愛のシナリオは進んでいく。
頭を抱える麿と、必死な煤鬼が叫んでいた。
「ぎゃぁあっ!パフェ来てるぅぅぅ!!」
「おい恋心姫!!やったのか!?帝と口付けしたのか!?」
「うわぁああああっ!!僕桜太郎君とまだだったのにぃぃいいっ!!」
「帝……」
麿や煤鬼の一歩後ろでは、少し困った様子のぬぬが佇む。
帝の方は平然と、余裕の笑みで言った。
「何だ、キスの一つや二つ。心の狭い男共だな。
これは、お主らもお主らの恋人達も同意しての事。
ギャアギャア騒がれては、せっかくの両手に花が台無しだ。向こうへ行ってろ」
「一発殴らせろ!!」
「煤鬼、落ち着いて」
「こんな思いをするくらいなら栗おこわになりたい!!」
「麿も落ち着いて」
ぬぬが必死で煤鬼と麿を宥めると、恋心姫や桜太郎もそれぞれのパートナーを宥めた。
「煤鬼、大丈夫ですよ。妾何もされてません。
今は頑張って我慢してください。いい子で我慢できたら、いっぱいちゅってしてあげますから」
「麿さん……本当にすみません。変な事はされないようにしますので。
どうか今だけ、帝さんを立てていただけませんか?言い出したら、聞かない方で」
パートナーに説得されると、煤鬼と麿は悔しそうだが落ち着いたらしい。
「……一晩中付き合ってもらうぞ?」
「ふふっ、分かりました
「信じてるからね桜太郎君!帝さんも!」
「はい。信じてください」
「あーもー早よう向こうへ行かんか!」
帝がそう言うと、麿・煤鬼・ぬぬの3人はしぶしぶその場から離れる。
そして桃里の頭の中では
(もももっ、もしかして逆!?正規のカップルがこの間の組み合わせで……
クレーマーさんが金に物を言わせて彼女の方を強制的に借りてるの!?
きゃぁああああっ!そういう破廉恥物語読んだ事あるぅぅぅっ!!)
妄想がさらなる進化を遂げていた。
が、仕事はきちんとすべく、パートナー3人組を茶屋内の席へ案内した。
席に座る3人は帝達の方とは違い、雰囲気がどんよりしている。
「……で、僕達どうしたらいいの……?
帝さんと恋人がキャッキャウフフしてるのを尻目に、甘いもの食べるの?食欲出ない!!」
「恋心姫が隣にいないのに食べる甘味など……砂を噛むのと同じ事!!」
「ふ、二人共……本当に済まない……」
ぬぬが申し訳なさそうに、麿や煤鬼に謝っていた。
麿がヤケクソ気味にぬぬに尋ねる。
「っていうか……ねぇ!ぬぬ君は帝さんの事どう思ってるの!?
恋人になりたいとか思わない!?僕、2人ってとってもお似合いだと思うなっ!
(帝さんとぬぬ君がくっつけば、帝さんも桜太郎君にちょっかい出さなくなるよね!)」
「俺に言わせれば、何度も交わっておいて、お互い恋愛感情の欠片も見せんお前達は最高に訳が分からん……」
「まじっ……!?えぇえええっ!?やる事やってんならもう付き合ってよ!お願い付き合って!」
ダルそうな煤鬼のセリフを聞いた麿が、はっちゃけ気味にぬぬに懇願する。
ぬぬは困惑しながら言葉を紡いだ。
「お、俺は……帝のペットだから……。帝がもし、俺と恋人になりたいと望むならそうするけど……。
そうでないなら、今のまま。帝の望む関係が、俺達のあるべき関係だから……」
ぬぬの返答に、麿がまた追撃する。
「そんなの変だよ!ぬぬ君の意思は!?帝さんの事好きなんだよね!?」
「帝の意思が俺の意思。帝の事は好き」
「もう体重ねてるんだよね!?性的な目で見てるよね!?」
「性的な目では見てる。帝には申し訳ないけど」
「じゃあさ、帝さんにもし他の恋人が出来たら!?」
「帝の幸せは応援したい」
「あぁ!ぬぬ君のポジジョンが謎すぎるよぉ!!」
麿、撃沈。
姿勢も机の上に突っ伏した麿の肩を、煤鬼がパンパンと慰めるように叩く。
「麿、無駄だ。恋心姫の見立てでは、コイツらに“恋心”は無い」
「そんなぁっ……!!」
「ハッキリと感じ取れない“何か”はあるらしいけど。これからに期待というところか?」
「本当!?ぬぬ君、応援してるからね!!」
勢いよく起き上がった麿に期待に満ちた目で見つめられ、ぬぬはまた困惑していた。
「が、頑張る??……ところで、俺達も暇なら“ラブラブパフェ”を頼んでみないか?」
「えっ……(わぁ!罰ゲーム感満載!)」
「……さすがに、このメンツでそれは笑えんぞ?」
露骨に渋る麿や苦笑いの煤鬼に、ぬぬが冷静に説明した。
「煤鬼や麿が、俺にパフェを食べさせれば……
気になった恋心姫や桜太郎を、こっちへ呼び寄せられると思う。どうだろう?」
「天才か!!恋心姫はすっ飛んでくるぞ!!」
「うわぁあああ煤鬼君の自信が超羨ましいぃぃ!!桜太郎君は来てくれるかなぁっ!?」
一気に活気づくテーブル。煤鬼が輝く笑顔で麿を説得していた。
「麿!弱気になるな!やってみろ!桜太郎が来たら面白いじゃないか!
このまま、帝に好き勝手されていいのか?」
「そ、それは……よぉぉし!やってやる!」
「ぬぬ!決まりだ!頼もう!」
「分かった!すみません!」
今、三人の意思が一つになり、ぬぬが真剣に店員(桃里)に声をかけ、呼ばれた桃里にも緊張が走る。
「はっ、はい!?(彼氏サイドが動いた……!!)」
そして、三人の男が睨むような真剣な面持ちで桃里に告げる。
「「「ラブラブパフェ一つ!!!」」」
「!!??(なっ、何なの!?こっちもこっちでアブノーマルな関係!?
このただれまくった恋人集団は何なの――――っ!!?)」
桃里の心の絶叫。
ショックでしばらく放心していると、麿が控えめに声をかけてきた。
「……?あの、どうかしました?」
「ハッ!?申し訳ありません!!すぐ持ってきます!!」
それで我に返った桃里は再び、大慌てで厨房へかけていく。
こちらも“ラブラブパフェ”注文時の条件、“証拠としてキス”を迫られなかったので、
3人はホッとしている様子だ。
(キスせずに済んだ……)
(お、ラッキーだな。キス無しでいいのか)
(よっ、良かったぁぁ……ナイスだよ店員さん!!)

そして無事、“ラブラブパフェ”が到着すると……さっそく作戦を開始する3人。
煤鬼と麿が交互にパフェをぬぬの口へ運ぶ。
「よ〜し、じゃあぬぬ、“あ〜〜ん”」
「あ〜〜ん」
「ぬぬ君〜こっちもあるよ〜〜?ほら、“あ〜〜ん”」
「あ〜〜ん」
ものすごくドライな“あ〜〜ん”合戦を繰り広げていると……
恋心姫の状況キャッチは早かった。
すぐに店の奥を振り返って不満そうにする。
「!?な、何でぬぬが煤鬼にあ――んしてもらってるんですか!?ズルいです!!」
(私だってまだ麿さんに、してもらったこと無いのに……!!)
恋心姫につられて振り返って、内心ヤキモキする桜太郎。
恋心姫の方はすぐに椅子からぴょこんと飛び降りて、煤鬼の元へ走って行く。
「むぅうっ!煤鬼ぃっ!妾もあ――んしてぇぇっ!!」
「あっ、コラ姫……!!」
帝が慌てて手を伸ばすも遅くて。
桜太郎も便乗してサッと立ち上がる。
「アッ!タイヘン!ワ、ワタシ、ツレモドシテキマスネ!!」
ぎこちなくそう言って、恋心姫を追って走って行く桜太郎。
帝はジトッと呆れた視線を送る。
「……バレバレだ。バカ太郎め。……仕方ない。ゆっくり食べるか」
ため息をついて、一人でパフェを食べ進めようとした帝の元に、ぬぬがやってきた。
「帝」
「……これはまた、華の無いのが来たな」
つまらなさそうに澄ましている帝の横に、ぬぬが座る。
「ごめんなさい。けど……帝に食べさせるのは一番上手いと思う」
「食べるのは一番上手い、の間違いじゃないのか?相手は余でなくてもいいようだが」
「あれは、恋心姫と桜太郎の気を引くため。帝……」
ぬぬは帝からパフェの器を丁寧にもぎ取る。
「口開けて……甘いのあげる。トロトロで美味しい」
そう言って、アイスの乗ったスプーンを、帝の口元へ寄せてくるぬぬ。
帝は顔を赤くして
「や、やめろ変態……!!別に余は自分で……!!」
「あっ……」
ぬぬのスプーンを強引に奪おうとしたので、アイスが落ちて帝の胸元を濡らした。
「冷たっ!!バカ!!」
「ご、ごめんなさい!すぐ拭く……いや、早くしないと着物が汚れる……舐めていい?」
「あぁ仕方ないな!早ようせい!」
帝がめんどくさそうにそう言うと、ぬぬはアイスの垂れているところに顔を近づけて、舌を這わせた。
「んっ……ちゅっ……」
「ふっ……まった、く……!散々だ、下手くそっ……!!」
帝がくすぐったそうに、少し気持ち良さげに文句を言っていると……
「……誉……」
「……ふ、ぁ?……」
「お邪魔……だろうか……?」
呆けた声でふわりと声の方へ目をやった帝は、その声の主のひきつった笑顔を見て、嫌そうな顔で言った。
「……そうだな。クソ邪魔だ。失せろ」
「……ッッ!!」
帝の目の前に立っている和は真っ赤な顔を一拍抑えると、その照れを隠す様に帝を怒鳴った。
「説明しろ!!その殿方とはどういう関係だ!?」
「あぁうるさい。ぬぬ」
「俺と帝はペットとご主人様の関係」
舐め終わったらしく淡々と説明するぬぬ。和は真っ赤になりながらもさらに言う。
「ペットとキスをしたり肌を舐めさせたりするのか!?」
「あとセックスもするな」
「!!?」
今度こそ和がショックを受けて硬直すると、帝は意地の悪い笑みを浮かべて、和に言う。
「何だ……こんな事が悲しいか?ふふ、いい事を知ったな。
余とコレの艶物語をたっぷり聞かせてやろう」
「……その話は、今度ゆっくり聞く。私もお前に話があるんだ」
ショックを薙ぎ払うように押さえた頭を振る和は、頑張って話を進める。
しかし帝の方は和から視線を外して、拒絶するように目を閉じた。
「余には無いな。帰っていいぞ」
「いいから聞け!大事な事なんだ!お前の――」
「和殿〜〜っ!!」
「「!!」」
急に、明るい声に話を遮られて驚く和と帝。
しかもそれは聞き覚えのある声で、目を向けると、煌びやかな神王の幼馴染コンビが歩いてきた。
閻廷が嬉しそうな笑みを浮かべて小首をかしげる。
「やっぱり和殿だ!ふふ!さっすが、美味しい茶菓子の店には敏感だな!♪」
「もしかしてと思ったが……やはり今度行こうと言ってくれていたのはこの店だったか。
私達は、球里の妹分がやってる店をすすめられて」
境佳も穏やかに微笑んでいる。
「境佳殿……閻廷殿……」
驚いて呆然とする和に、帝が小さな声で尋ねた。
「知り合いか?」
「!!あ、あぁ……私の、友人達だ」
「ほぉ……」
すっと冷たく目を細める帝。
境佳と閻廷はニコニコと帝を見る。
「和殿、そちらの殿方はお知り合いか?」
「あ、この子は……」
和が言い淀んだその一瞬で、帝が笑顔を浮かべて言う。
「我が名は帝。和王の保護下にある妖怪の一群を束ねる、妖怪の長といったところだ。
和王とは色々助け合ってきた旧知の仲だ。よろしく頼む」
「そうか。よろしく」
「よろしく!」
帝の自己紹介を、境佳と閻廷は疑いもぜず受け入れる。
何も言えなくなった和に、帝が向ける笑みはどこか冷めていた。
「和王よ、余の事は気にせず、ご友人と歓談なされるといい。
我々は、お暇させてもらう。ぬぬ、帰ろう。皆を呼んで来い」
「あ、気を遣わせてしまっただろうか?和殿、帝殿と御一緒するなら我々は席を外そう」
「えー!皆で食べればいいじゃないか!帝殿も他に連れがいるならこっちへ呼ぶといい!」
穏やかに話している境佳や閻廷と、帝の声は、和にとってはどこか遠くで響いている気がしてきた。
けれど、目だけ冷めきった帝の、愛想のいい笑みから目が離せない。
「お気遣いありがたいが、うちは大所帯だ。
それに、騒がしい小妖怪もいるからな。邪魔になるだろう」
あくまで誘いを断ろうとする帝を、境佳が控えめに引き留める。
「私も小さい娘や息子がいるんだ。騒がしいのは気にならない。
無理にとは言わないが……」
「なぁんだ!閻濡も連れてこれば良かったなぁ!
きっと琳姫や立佳も連れて来たら喜ぶぞ!和殿は、尊姫を連れてきたことは無いのか?」
その、閻廷の一言で、和は一気に現実に引き戻される。
帝が訝しげに言った。
「尊姫?何だ和王……誰だ?」
「……更との……子だ」
「!!……娘が、いたのか……!!」
驚く帝の顔が、だんだんと憎しみの混ざった様な笑顔になる。
この情報を帝が歓迎していないのが明白になって、和の心は重苦しくなる。
帝は表情と不釣り合いに明るい調子で言う。
「はは!水臭いなぁ!余に報告も無しか!?しかし……しかし、娘とは!!
あははははっ!世継ぎに恵まれなかったか!!臣下共はさぞ嘆いたことだろう!?なぁっ!?
心底同情するぞ和王!?姫君はお前に似てるのか!?
容姿がかすりもしないと、本当の子かどうか疑われてしまうからなぁ〜〜??」
煽るような物言いに、和は声を震わせた。
「主殿……にも、ぜひ会ってもらいたい……」
「ハッ……」
帝は心底嘲るように笑いながら言う。
「よいよい。お断りだ。これ以上、気を遣う相手が増えるのは面倒だから。
それに正気の沙汰とは思えんなぁ、大事な姫君を野蛮な妖怪風情に見えさせようとは
……姫君に、何かあっても責任を持てんぞ?」
そう言うと、帝は和にニヤリと笑いかける。
和が精神的に追い詰められている様子を見て、
ますます笑顔を暗くニヤ付かせて、酷く穏やかな声でこう付け足した。
「我ら妖怪共の事は気にせず、神王として誇り高き、盤石な家庭を築かれよ。
あの寵妃がいれば、世継ぎもすぐできるだろう。
ふふっ、もし皇子が生まれても、お前に似るといいな?」

完全に場を沈黙させた帝は、ぬぬに冷たい声で言う。
「ぬぬ。帰るぞ。皆を呼べ」
「……分かった」
ぬぬが冷静な顔で店の奥へと皆を呼びに入っていく。
すると、しばらくして店の奥から声が響いた。
「え〜〜っ!待ってぇ!まだお饅頭食べてないんです!あと、栗大福も食べたいんです!!」
「……あぁ、小妖怪が騒いでおるわ」
帝は苛立ち気味にそう呟くと、店の奥へ入っていく。
そして恋心姫の傍へ行くと、笑顔で優しく言った。
「姫ぇ?帰ると言っておるだろうが。ワガママを言うな」
けれど、ぐずり気味の恋心姫は一生懸命に、お皿の上に乗ったいくつかの
お饅頭や大福を手に取ったり置いたりしている。
「まだ食べてないんです!!もうちょっと待って!あと、これとこれとぉ……」
「…………」
ガッ!!
「ひっ!?」
恋心姫の細い悲鳴が響いて、帝の薙ぎ払ったお饅頭たちが宙を舞い、
ボトボトと落ちる。それを帝が思い切り踏み潰した。
ガンッ!ガッガッガッ!
ワザとらしく床を踏み鳴らした後、帝はニッコリと恋心姫に笑いかけた。
「……さて、テーブルが空だ。帰るぞ?」
「あ……う……ふっ、ぇっ……!!」
恋心姫はもちろん涙目になって……
「おい!何のつもりだ!?」
「み、帝さん……!!」
「帝……」
煤鬼は恋心姫を抱きしめて怒鳴るし、他も焦った様子で帝を見る。
しかしここで、
「帝さん……?」
と、冷静に立ち上がった桜太郎が……
「ちょっと何やってるんですか!!食べ物を粗末にしたらダメでしょうが!!」
「「「「「!??」」」」」
全員がビックリするほどの大声で帝を怒鳴る。
店員(桃里)が慌てて駆けつけてきた。
「ど、どうしましたか!?」
やってきた桃里には申し訳なさそうに対応する桜太郎。
「あっ!すみません、連れがお饅頭を落として潰してしまって!!
本当にごめんなさい!帝さんも謝って!」
「さ、さく……?」
「謝りなさい早く!!ぶん殴りますよ!?」
「ごっ、ごめんなさい!!」
すごい剣幕で思わず謝らされる帝。
店員と桜太郎は和やかにやり取りしていた。
「大丈夫ですよ?同じものをお持ちしましょうか?」
「あ、それならテイクアウトにできますか?お手数おかけします〜〜」
店員に向けたニコニコ笑顔を、呆れ顔に切り替えて桜太郎は帝に言う。
「あのねぇ帝さん……貴方が傍若無人なのは家の中だけだって信じてたんですけど。
外でこういう事しちゃいけません!!迷惑になるでしょう!?
もう絶対しないで下さい!返事は!?」
「は、はい……」
「食べ物を粗末にする人は一週間おやつ抜きですから!
あ!ありがとうございますどうも〜〜……」
もはや表情の切り替えはプロ級で、帝に怒っていたかと思ったら、
店員から笑顔でテイクアウト用の饅頭&大福を受け取って、恋心姫の頭を撫でて手渡した。
「恋心姫、はい。お家でゆっくり食べましょうね?」
嬉しそうな恋心姫が、テイクアウトの袋を煤鬼に見せて喜んでいるところだが、
帝はまだ怒られ続ける。
「あと!!いい加減、恋心姫を威圧するのはやめて下さい!!
また煤鬼を怒らせたいんですか!?彼らにも謝って!」
「姫、煤鬼……ごめんなさい」
もはや言われるがままの帝。恋心姫は困ったように笑った。
「い、いいですよ別に!帝、お茶屋さん飽きちゃったんですよね?
煤鬼も怒らないで下さいね?」
「……大目に見るのは今日だけだからな?」
「………うぅう……!!」
ここで帝が、恥ずかしそうに呻いて喚く。
「何なんだ!余は帰ると言っただけだろうが!さっさと帰るぞ!!」
「何がいけなかったのかお分かりでないなら、後でたっぷり教えて差し上げます!」
「桜太郎お前!!」
「何ですか!?」
「……も、もうよい!!」
桜太郎の剣幕に押し負けた帝は、
真っ赤な顔でそっぽを向いて、早足で店の外に出ると去り際、和に声をかけられる。
「主殿、良き家族と一緒で安心した」
「当たり前だ!!」
「帝……!」
珍しく走る帝を追いかけるぬぬ。
少し遅れて桜太郎達がぞろぞろと帰っていく。
「お騒がせしました」
「さようなら」
「邪魔したな!」
「……!!」
「ん?恋心姫、どうした?」
「煤鬼!だっこ!早く帰りましょう!」
「お。意外だな。恥ずかしいのか?」
恋心姫は煤鬼に抱き上げられ、顔を隠す様にぎゅっと抱き付いて帰っていく。


そして、妖怪達が帰ってその場が静かになると、和が大きく息を吐いて言った。
「……境佳殿、閻廷殿……ゴタゴタして済まなかった……」
「いや、気にしないでくれ」
「楽しそうな家族だったな!」
境佳と閻廷は笑顔で首を横に振った後、真剣な表情になる。
「和殿……我々は改めて聞きたい。彼は何者だ?」
「ただの、旧知の妖怪……というわけではなさそうだ。
和殿、彼と話している間ずっと、苦しげな顔をしていたぞ?良ければ話してくれ」
境佳と閻廷に促され、和は覚悟を決めて口を開く。
「ありがとう。二人共。あの子は……」
震える声で、和は告白した。

「誉は、私と人間の女の間にできた子だ」



一方、妖怪御殿に帰ってきた帝は……
桜太郎と二人きりになって、お仕置きされそうになっていたので必死に抵抗していた。
「桜太郎っ!?冗談だろう!?待て!さくっ……!!」
「帝さん!?抵抗するなら、強制的に大人しくしていただきますよ!?」
「!!お、面白い……やれるもんなら……」
「…………」
「やっ、やめっ、よせ!わ、分かった大人しくする!!」
無言で針を構える桜太郎に、帝は慌てて動きを止めた。
そうすると正座する桜太郎の膝の上に引き倒されて、着物を捲られて。
褌一丁、ほぼ裸同然のお尻を晒して戸惑った声を出す。
「ほ、本気か……?」
「本気です!!」
「い、いやらしい奴だな桜太郎……余の尻を叩きたいだなんて……!!」
バシィッ!!
「痛ぁっ!!」
動揺させようとするも失敗で、帝は早くも一発叩かれて叱られてしまう。
「いやらしいのは貴方でしょう!?お仕置きなんだから変な事考えないで下さい!」
「さ、桜太郎?!考え直す気は無いか?!お主に、こんなっ……!!」
「私と貴方の仲……ですよね?!」
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
帝は何とか説得しようとするものの、桜太郎は甘やかす気が無いらしく、
手を止めずにお尻を叩き続ける。
叩かれるたびに、帝が真っ赤な顔で体を小さく跳ねさせて喚いた。
「うぁっ!やめろ!お前どこにそんな力がっ……!!」
「下らない事言ってないで反省してください!
自分の何が悪かったのか、ちゃんと分かってるんでしょうね!?」
「あぁっ、あああ!わ、分かってる!分かってるから!!もう離せ!!
桜太郎!こんな扱い耐えられない!!」
「それ、反省してる方のセリフだとは思えませんが!?」
バシッ!バシッ!ビシィッ!!
「うぁあっ!うぅっ!!桜太郎!!
や、やめてくれ!!ダメだっ、こんなっ……!!はっ……!!」
バシィッ!!
「んぁあああっ!恥ずかしいっ!!」
「貴方が外でやった事の方がよっぽど恥ずかしいんですよ!?」
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「うぁあああっ!!」
渾身の主張も、軽く返されてお尻を叩かれ続ける帝。
桜太郎は手を止めなかったものの少しだけ考えて、口を開く。
「でも……そうですね。恥ずかしがられてばかりじゃ、お仕置きになりませんから。
誰かにバトンタッチした方がいいでしょうか?」
「!?」
バシッ!
「うぁあっ!」
「煤鬼を呼びますか?恋心姫を泣かされてご立腹でしょうし。
貴方とは何だか……お仕置き的な相性が悪いらしいですけど」
ビシッ!バシッ!
「ひゃ、ぁあっ!!」
帝は内心“嫌だ!”と思ったが、悲鳴を上げるだけで精一杯。
返事が出来ないでいると、桜太郎はこう続ける。
「それとも……ぬぬがいいですか?最近は、貴方を叱ってくれるようになったんでしょう?
意外と貴方を反省させるコツとか、知ってそうですよね」
バシッ!ビシィッ!!
「んっ、ううっ!!」
「あとは……麿さんにお仕置きしてもらいます?
帝さん、麿さんには意地悪ですからね。一度お仕置きしてもらった方がいいのでは?」
ビシッ!ビシッ!!」
「ふぁ、あぁっ!!」
「私が嫌なら誰を、選ぶんですか?」
桜太郎がスラスラ出した代打案は、帝にとっては全部嫌な相手で、とっさにこう返す。
「ひ、姫は!?」
「……その場合、貴方には私の特製“痛覚増幅薬”を飲んでもらいます。
煤鬼を叱っている感じを見ていると、彼も怒らせると容赦ないですよ?
……あ、貴方も一度お仕置きされましたっけ」
バシィッ!
また一発、お尻を叩かれながら最後の希望を潰されて。
そろそろお尻が赤くなってきた帝は痛みと涙を堪えながらも喚いた。
「あっ、うぅ!!ひ、酷いじゃないか!
絶対、誰に叩かれても痛いし!!麿にだけは、叩かれたくない!!誰も選べない!!」
「麿さん呼びますか?」
「よせ!やめろ!!うぅっ、もういい!お前でいい!!」
「そうですか……ですが、私のお仕置きは“一番痛くない”なんて、思わないで下さいね!
私には“道具”がある事、お忘れなく!」
ビシッ!バシィッ!バシッ!!
「ひゃあっ!あぁあっ!!うっ、うぇええっ……!!」
「泣いても許しません!」
桜太郎にそう言われて叩かれ、一瞬涙声になった帝は慌てて叫ぶ。
「んあぁあっ!うぅるさい!泣くものか!
もう道具とやらも早く使えばいいじゃないか!早よう終わらせてくれ!!」
「……帝さん、貴方まだ何か勘違いなさってますが……」
すると、桜太郎は呆れ顔で手にしゃもじを召喚させて帝のお尻に振るった。
ビシィッ!!
「うぅあぁあっ!?」
「貴方今お仕置きされてるんですよ!?分かりますか!?お・仕・置・き!お尻叩かれてるんです!」
「うわぁああん!違う!違うぅぅうっ!!」
道具で叩かれて泣き出した帝がジタバタしながら首を横に振って、
桜太郎も押さえる手と叩く手を強める。
「違うって何ですか!?現実逃避やめて下さい!暴れないで!」
ビシッ!バシィッ!ビシッ!!
「ひぁあああっ!!」
「どうしてちっとも反省しないんですか!?ごめんなさいは!?」
「言えるかそんな事ぉぉおっ!!」
「反省しないなら永遠に終わりませんからね!?」
「うわぁああん!やめろ!やめろ桜太ろぉぉおおっ!」
抵抗を塞ぐように叩いていると、帝は少し大人しくなる。
お尻も真っ赤になってしまっているけれど、
相変わらず謝らないので桜太郎も手を緩めなかった。
「まさか、私ならダダこねれば許してもらえると思ってます!?甘い顔ばかりしませんよ!?」
バシィッ!ビシッ!ビシッ!!
そうしたら、
「あぁああっ!お前は、特別なんだぁぁっ!嫌だぁぁ!!うぁああん!
こんな事するなぁぁ!!こんなっ……こんな日が来るなんてぇぇッ!!」
泣きじゃくりながら、そんな事を言う帝。
その言葉に桜太郎も少し、“旧・妖怪御殿”にまだぬぬも含めた3人だけだった時の事を
思い出してしんみりした気持ちになってしまう。
“温かい家族を作りたい”という帝と桜太郎の夢は“妖怪御殿”の礎で、
物理的にも精神的にも、自分の居場所を与えてくれた帝には桜太郎もとても感謝していた。
「……私にとっても、貴方は特別、なんです。麿さんとは別の意味で。
考えてみれば、こうしているのは不思議な気分です。けど……」
バシィッ!!
「ひっ、あぁあああっ!!」
気持ちを切り替えるように、桜太郎はまたしゃもじを振り下ろして帝を叱る。
「他所で迷惑かけたり、食べ物を粗末にしたり、家族を威圧したりするいけない子は、
反省して謝るまで許しません!!」
「!?“子”ってお前ぇぇぇっ!!」
「今の貴方なんか“子”で十分です!!お仕置きされてるのにわがままばかり!
大人ならきちんと謝ったらどうですか!?ごめんなさいは!?」
ビシィッ!バシッ!バシィッ!!
厳しく、再度謝る様に促すと、帝はとうとう泣きながら謝った。
「うっ、うあぁああああっ!!ごめんなさぁああい!!
反省したぁぁっ!反省したからぁっ!もうしないからやめてくれぇぇっ!!」
「何をもうしないんですか!?」
「あぁああんっ!外では大人しくする!食べ物も粗末にしないし!
姫も脅さないからぁぁっ!!うわぁああん!!」
「本当でしょうね!?」
バシッ!バシィッ!!バシッ!
「うわぁあん!!本当に!本当に約束するからぁぁっ!ごめんなさぁぁい!!」
(……“ごめんなさい”が言えただけでも、反省してる証拠ですかね)
最後に念を押す様に何度か叩いてから、一応、何が悪かったかも分かっているようだし、
お尻も真っ赤になっている事だし……と、桜太郎は手を止める。
体を押さえつけていた手は帝の腰に添えて、優しく声をかけた。
「あんな乱暴するなんて、貴方らしくないじゃないですか。
引っ越す前も、ありましたけど……その時は、勝手に悩んで追い詰められてたんですよね?
今日も……もしかして何かあったんですか?」
「うっ、う……別に何も、無い……!!」
「……貴方と私の仲でも言えない事ですか?」
「…………桜太郎……!!」
帝は質問には答えず、体を起こして桜太郎に抱き付く。
「痛い……!あんな、強くして……痛くてたまらん!抱きしてめて、慰めてくれ……!!」
(誤魔化された?……それとも、本当に甘えてる?)
考えた答えは出なかったけれど、桜太郎もそれ以上追及せずに、
応えるように帝を抱きしめて撫でた。
「貴方がすぐに素直にならないからでしょう?」
「うぅっ……ふふっ……麿に自慢してやろう……♪」
「……麿さんにお仕置きされても助けませんからね?」
そう言って呆れつつも、柔らかく微笑んだ桜太郎だった。


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【作品番号】tyaya2

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