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伊藤とマリアンヌ
優君ベストキー賞受賞記念作品





『シャルロットさんが“霊に殺される!”って怖がっちゃってお仕事に出て来れないんだって。
だから1日だけ代わりに私が……え?大丈夫だよ、そんな変なお店じゃないし。
ママさんがずっと見ててくれるって言ってるし……えぇっ!?ダメだよ!優君未成年でしょ!?
そ、そんな……それって年齢詐称……心配しないでよ!1日だけだし!
だから、私が行くってば!だ、ダメだって優君!優君ってば―――――っ!!』

********************

繁華街の路地にひっそりと佇むクラブ『マドンナハウス』。
いつも常連新規入り乱れて盛り上がってるこの店だが、今夜の盛り上がりは一味違った。

「クイーン!俺も!俺の事も罵ってくれ!」
「そんな奴はいいから、俺を踏んでくれクイーン!」
「きったねーぞお前ら!俺が今クイーンに踏まれ……あぁあああっ♥♥」
言い争うサラリーマン達の、地面に土下座する一人が、背中を踏みつけられて歓喜の叫びを上げる。
呆れと嫌悪感が混ざる顔で、サラリーマンを踏みつけるのはセーラー服の女の子……否、男の子だった。
「全く、女装した男に罵られて踏まれたいなんて……どれだけ変態なんですか?」
明るい茶髪セミロングの髪(おそらくウイッグ)の両端を、黒いリボンでツインテールにして、
眼鏡をかけている若い美男子……その子にサラリーマン達が熱い視線と声援を送る。
「「「うぉおおおおおお!!俺達のクイ――――ン!!!」」」
と、盛り上がっている客達とは対照的に、先輩雄嬢(おじょう)達は嫉妬の炎を燃やしていた。
「どうしてあの子があんなに人気なのよ―――っ!!」
「そうよそうよ!大体、あの子はマリアンヌって名前付けてあげたのにどうして“クイーン”で定着してるの!?」
「キィィィ――――!!あんなお子ちゃまにお客さんを取られるなんて――――!」
そうやって悔しげな顔をする雄嬢達の所へ、一人のムキムキ下っ端雄嬢が駆けこんできた。
一人の青年を引きずりながら雄叫びを上げる。
「お姉様達!!はるるんを拉致ってきましたわ――――!!」
その声に、今まで嫉妬に燃えていた雄嬢達の顔つきがパッと明るくなって……
「キャ――ッ!!でかしたわキャンベラ――――ッ!!」
「やだ!お化粧直ししなくちゃ!待っててねはるるん!今日は私が可愛がってあげるゥ!!」
「ずるいわ!私だって!はるるん!はるるんの恋人は私でしょ!?
とっておきのドレスに着替えてくるから浮気しちゃだめよ!?」
「勝負パンツ!勝負パンツを穿く時が来たわ――――っ!はるるん待っててね――――!」
「あ〜〜んズルイですわお姉様達!キャンベラがはるるんを連れてきましたのよ〜〜〜〜?!
べスお姉様お願い!はるるんが逃げないように見張っててね!」
ドタバタと一斉に着替え室に駆け込む雄嬢達。
ただ一人、キャンベラに“べスお姉様”と呼ばれたべスティーナだけは、
「分かったわ」と笑顔で返事をして“はるるん”を席に案内する。
疲れ果てた表情で、柔らかいソファーに腰掛けた“はるるん”こと“伊藤晴男”は弱弱しく言う。
「あぁ……腕千切れそう。なぁべスティーナ……俺、帰っちゃダメ?」
「ふふっ、次回皆から『愛のお仕置き』、されたくなかったらここにいた方が賢明よ?
今日は新しい子もいるし、気楽に楽しんで行ったら?」
「新しい子?」
「そう。可愛いから大人気よ?呼んであげましょうか?マリーちゃ――ん!!ちょっとこっち来て――――!」
べスティーナに呼ばれ、サラリーマンに囲まれていたセーラー服の男の子が歩いてくる。
表情は仏頂面だけれど、ここにいる雄嬢達の誰よりも若くて綺麗な顔立ちに伊藤は驚いた。
そんな伊藤にクスリと笑ったべスティーナは、その男の子を伊藤の隣に座らせると、優しく言った。
「マリーちゃん、こちら、伊藤さんっておっしゃって、皆から“はるるん”って呼ばれてるの。
他の皆が戻るまで、お相手して差し上げてね?」
「疲れたから帰りたいんですけど」
「ダ・メ・よ。頑張って!はるるん、とっても優しいしマリーちゃんなら大丈夫!
はるるん、この子が“マリアンヌ”って言う新しい子!私達は“マリーちゃん”って呼んでるけど
他のお客さん方は“クイーン”って呼んでるみたい。お好きな方で呼んであげてちょうだい。
じゃあ2人とも、仲良くね?」
「あ!べスティーナ!!」
「……」
べスティーナがにこやかに去って、取り残された男の子と伊藤。
少し気まずい空気が流れたので、伊藤が勇気を出して男の子に話しかけてみる。
「あ、あのさ……マリーちゃん……」
バンッ!!
突然男の子が、革張りのメニュー表を伊藤の前に無造作に叩きつける。
そして、睨みつけるように伊藤を見て言った。
「さっさと注文しやがれ。ガチホモ野郎」
「なっ……!!お、俺は別にホモなんかじゃない!」
いきなりの暴言に伊藤は慌てて反論するが、
男の子は全く取り合わない。仏頂面で言い返してくる。
「は?こんな店に足しげく通っておいて何言ってるんですか?変態の言い訳は見苦しいですよ」
「君だって女装してるじゃないか!」
「……僕が好きでこんな格好をしているとでも?」
射殺すような怒りの視線で男の子が伊藤を睨みつけ、声にイライラを滲ませながら言う。
「僕は、ある事情で、今日だけ仕方なくこんな屈辱的な格好をさせられてるだけです。
変態常連客の貴方と一緒にしないでいただきたい」
「あのなぁ!俺だって、無理やり連れて来られてんだぞ!?」
「うるさいジジイ……だったら帰ってくださいよ。貴方お金も無さそうだし、どうせ安酒しか頼まないんでしょ?」
「ぐっ……このぉっ……ここで負けてたまるかぁっ……!!」
伊藤はガバッとメニューを開く。
ここまで言われては黙って帰れない。
思い切って今日自分が頼めそうな一番高い酒を叫んだ。
「ロイヤルマドンナ!!」
「しょぼい酒ですね。あ、ちょっとそこのリーマン」
「はい!何でしょうかクイーン!!」
「“ロイヤルマドンナ”持って来てくださいよ」
「分かりました!!」
「……」
伊藤が見つめる中、見知らぬサラリーマン(たぶん常連客)が男の子の命に従い、酒を取りに行く。
カウンターでママと何か話していたかと思うと、『ロイヤルマドンナ』のボトルを持って戻ってきた。
「持ってきましたクイーン!」
「ご苦労様です」
「……」
伊藤が見つめる中、男の子は受け取ったボトルをゴンッ!とテーブルに置いて
めんどくさそうに指さした。
「ほら、注文の品がきましたよ?自分で勝手に注いでくださいよガチホモ」
「君も少しは動けよ!!」
「何で僕が……」
男の子がしぶしぶ立ち上がる。
やっと客扱いしてもらえるのかと伊藤がホッとしたのもつかの間、
男の子はどこかへ行って、戻って来て、持ってきたオレンジジュースをグラスに注ぐ。
コポポポポ……
いい音で注いだそれを男の子は自分で飲みほして、満足そうに呟いた。
「おいしい……」
「うぉぉぉぉぉぉいっ!!」
ツッコンだ勢いで伊藤は思わず男の子の両肩に掴みかかっていた。
男の子はまた不機嫌そうな顔で言う。
「やめてください。ここはそういうお店じゃありませんよ変態」
「変態じゃない!!いくらなんでもこれはひどいぞ!?君は一体どんな従業員教育を受けてるんだよぉぉっ!!」
男の子を揺さぶりながら叫ぶ伊藤。
その光景を遠くから見て青ざめる雄嬢達の集団が……
「う、嘘よ……はるるんまであの子に取られてるぅぅぅぅっ!!」
「うわぁああああん!!せっかくおめかししたのに――っ!」
「あの雌ガキ!!クソビッチ!もうこうなったらママに直談判だわ――――っ!!」
雄嬢達はいっせいにママがいるカウンターに走っていって半泣きで訴えた。
「ママぁぁぁぁぁっ!マリアンヌが一人でお客さんを独占してるの――――っ!」
「若いからって調子に乗ってるのよ!ママ何とかしてぇッ!!」
「そうよママ!あのクソ生意気な雌ガキにお仕置きしてよ〜〜っ!!」
雄嬢達の必死の訴えに、ママは動じなかった。むしろ呆れ顔で言う。
「アンタ達ねぇ、マリーは今日一日だけの子なんだから、怒ったってしょうがないじゃない。
お客さんも珍しがってるだけよ。いちいち嫉妬して騒がないの!みっともないわよ?」
そのママと雄嬢達のやりとりを聞いて、カウンターにいたダンディーな客が呟いた。
「へぇ、マリーって子はそんなに人気なのかい?マドンナ達がこんなに嫉妬するなんて」
「そうなの。ただいま人気沸騰中の一夜限りのシンデレラ……貴方も可愛がってみる?」
ママの言葉に、ダンディーな客は首を振る。
「いや、俺は遠慮するよ。ママ一筋だからね」
「あら嬉しい……」
妖艶な流し目で上品に喜ぶママの姿に、他のカウンターの客達からも次々声が上がる。
「おいおい、そこのアンタ!抜け駆けはズルイよ!ママ!俺もママにぞっこんだからね?」
「俺も俺も!若い女の子が何人束になってもママには敵わねぇさ!!」
「ママ――!愛してるよ――!」
「まぁまぁ皆さんったら……オバサンをあんまりおだてないでちょうだいな」
オホホと上品に笑うママと、ママ一筋の客達のやりとりを見た雄嬢達は
お互い顔を見合わせて……
「……やっぱり、イイ女ってのは若さじゃないんだわ!!」
「ママ素敵!!アタシ達も見習わなきゃ!」
「何だか勇気が湧いてきたわ!私達も頑張って女を磨きましょ!!」
雄嬢達は嫉妬心を乗り越えて希望を取り戻した様だ。
その頃、伊藤と男の子は……

「いってぇ……」
お腹を押さえて前かがみ気味の伊藤。
「いきなり掴みかかってくるからですよ。変態ガチホモ」
「だ、だから俺はガチホモなんかじゃ……」
男の子は伊藤の言葉を最後まで聞かず、肩にかかった髪をサッと払うと伊藤の隣から立ち去ってしまった。
そこに雪崩の如く押し寄せて前後左右を埋め尽くす雄嬢達。
「はるるん!!どうしたの!?何があったの!?」
「お腹!?お腹が痛いの!?」
「アタシに任せて!痛いの痛いのとんでいけ――――!!」
雄嬢達の逞しい腕にもみくちゃにされながら伊藤は叫ぶ。
「だ、大丈夫ぅうわぁぁあああっ!そんなとこ捲らないで!違う!ズボンは脱がすな!下は関係ねぇぇぇぇ!!」
必死で筋肉質な腕を何本も振り払いながら、どうにか雄嬢達に事情を説明する伊藤。
それを聞いて、雄嬢達はまたまたプリプリと怒りだしてしまう。
「信じらんないわ!あの雌ガキの腹にも一発入れるべきよね!」
「あら、腹はダメよ。赤ちゃん産めなくなっちゃう。でも……確かにムカつくわ!」
「ねぇ!アタシいい事考えたんだけど!」
とある雄嬢の明るい声に、伊藤と他の雄嬢の注目が集まる。
その雄嬢はメニュー表を持ち上げて秘密を囁くように言った。
「はるるんに注文してもらいましょうよ……当店秘伝の“裏メニュー”」
「「「その手があったわ!!」」」
はしゃぐ雄嬢達から、驚きの“裏メニュー”を説明された伊藤。
少し迷ったけれど、結局はそれを注文してしまった。

そして……
「時子さん?」
薄暗い物置きに、あの男の子がキョロキョロしながら入ってくる。
誰かを探す様子で奥へ奥へと進んだ男の子の背後から、伊藤が入っていく。
バタン!ガシャン!と扉&内鍵が閉まる音に驚いて振り返った男の子と向かい合う伊藤。
顔は男の子を見据えたまま手を壁に這わせて電気のスイッチを入れ、伊藤は言う。
「悪いな。君の探してる人はたぶんここにはいない」
「……僕を騙してこんな所に閉じ込めて、変態から犯罪者に進化するつもりですか?」
「いや、俺は注文させてもらったんだよ。この店の“裏メニュー”を」
「意味が分かりません。僕は戻ります。どけ」
男の子は平然と歩いて来て躊躇なく拳を伊藤の腹部へ打ち込もうとするけれど……
その手は伊藤に到達する前にせき止められてしまって、続いて振り上げた足も同じように止められて。
「……チッ!」
舌打ち交じりに、伊藤の顔面を狙った拳も伊藤を殴り飛ばす事は出来なかった。
代わりに手首を掴まれてそのまま引っ張られる。
とっさに逆らえないほどの力で、一瞬にして小脇に抱えられるような体勢させられてしまう。
一瞬な上に思いがけない展開に男の子は驚いた顔で口をパクパクさせる。
「なっ、ぁっ……貴方、一体何を……!?」
「さっき言ったろ?俺はこの店の“裏メニュー”を頼んだんだ。
“マドンナ・ラブ・ハード”……『接客態度の悪い娘をお客さん自らお仕置きできる』んだとさ。
ただし、ママと他のマドンナ3人以上の許可がいる。で、俺にはその許可が下りた」
「はぁっ!?僕は知りません!!そんな、人権侵害メニューが通ってたまるか!離せこの変態!」
男の子は血相を変えて叫びながら暴れたけれど、伊藤の腕力の前では無意味。
けれど、伊藤にもまだ少しの躊躇があったから、男の子にこう言ってみた。
「今、“ごめんなさい”って謝ったら、何もせずにここから出してやるぜ?」
「言うわけ無いでしょう!?調子に乗るなこの変態ガチホモ!あとゴリラ野郎!カビ生えろ!!」
この瞬間伊藤の躊躇は一気に無くなって、ヒラヒラ揺れるスカートに向かって思いっきり平手を叩きつけた。
バチン!!
「ひっ!?」
「素直に謝れないなら仕方ないよな?観念しな坊や?」
そう言いつつ、プルプルと震える男の子に、もう一度平手を振り下ろそうとする伊藤だが……
「ふっ……ぇっ……」
(え……?)
突然聞こえた泣き声に硬直してしまう。そのまま呆然としていると泣き声はどんどん大きくなっていく。
「うっ、ぇっ、ひっく、ぐすっ……」
(だ、だってまだ、一回しか……)
「ぇっ、くっ、ふぅっ……うっ、うわぁぁぁあああん!!」
(おいおいおいおい!!いいいいい一回目だぞ!?)
「あぁあああ――――あん!!」
「えぇええええっ!!?」
あまりにも早すぎる激しい泣き声に伊藤はすっかり混乱してしまう。
しかも、そうしている間にも男の子はどんどん泣き喚く。
「バケモノ!!バケモノ!バケモノ!バケモノォォォォッ!!
誰かぁぁぁ!!誰か助けて下さい!妖怪が!マッチョモンスターがぁぁぁぁッ!うわぁああああん!!」
「失礼だな君!!」
「わぁああああん!!潰される!絶命させられるぅぅぅぅっ!」
「……うぅっ……君、親にお尻叩かれた事ないのか……?」
「あるわけないでしょうがぁぁぁぁぁぁっ!!」
予想外に最初から泣き喚かれ、しかも強気なので伊藤はすっかり参ってしまった。
やめようか……いや、全く反省してないこの時点でやめるのも何だか癪だ……
などと考えて、心の中で(優しく、優しく……)と念じながら、だいぶと気を使って叩いてみる。
パン!!パン!パン!
「ひゃっ、ぁっ!!痛っ!わぁぁぁぁああん!」
「これでだいぶ楽になったろ?しっかり反省しな!」
「くっ、うぇぇぇぇっ……!」
男の子は痛がっているものの、最初の半狂乱な感じは抜けていたので
伊藤はそのペースを保ちながら叩き続けた。
パン!パン!パン!
「うぁぁあああんっ……痛い!もう嫌だ!痛い!離せ!」
相変わらず、悲鳴を上げて足をばたつかせ、頭を振りながら暴れている男の子。
なのに謝罪の言葉一つ出ないのが伊藤にすれば不思議なところだ。
それどころか……
「やだぁっ!もう十分でしょ!?こんなっ、事して……いっぱい、叩いて!!
それでも満たされないなんてっ……どれだけ変態性欲旺盛なんですかッ!?」
「…………」
「くぅぅっ……ひゃぁんっ!ガチホモ!変態!うっ、ぁ、最低です!」
(よくこれだけ次から次へと悪態が付けるな……)
腹が立つより呆れつつ……でも、やっぱり腹が立つので、伊藤は男の子のお尻を叩き続けた。
パン!パン!パン!
「んんぅっ!!はぁ、はぁ、うぇぇぇっ時子さぁぁん!!」
「……あのさぁ、そろそろ反省したか?反省したなら、言うべき言葉があるだろ?」
泣きながら息を切らせる男の子に、伊藤はそっと助言する。
親から折檻された事が無いらしいので、お仕置きされて謝るという習慣が無いのかと気を使って。
けれど、男の子の反応は
「ぁあああなたっ!何様のつもりですか!?いっ、いっ、いい加減にしてくださいよ!
ひっ、ゴリラの上に変態のガチホモでその上ゴリラだなんて、本っっ当、ゴリラですねこのゴリラ!!」
「……よりによって、俺の一番嫌いな“ゴリラ”呼ばわりを特盛りしやがったな……?」
「ハッ、腹が立つって事は、図星って、事ですよ……!ゴ・リ・ラ!」
気遣いを、最高の悪口で返された伊藤の怒りは一気に爆発した。
初対面の男の子だから……と、ギリギリのラインで保っていたマナ―と言うか尊厳と言うか、
とにかく『その一線』を、勢いよく捲くり上げてずり下ろした。
「あっ!!」
自分の身に起こった事を一瞬にして察知したらしい男の子の声色が変わる。
伊藤は、お仕置きされて真っ赤になった裸の尻を見ながら言う。
「すっかり真っ赤じゃないか。痛いだろうに、まだ“ごめんなさい”も言えないのか?」
「……し……ね……!クソゴリラ……クソゴリラが……!!」
「……で、言わなくていい事は言う、と……」
お互い、怒りマックスの言葉の応酬。
後は、伊藤が躊躇なしに平手を振り下ろした。
バチン!!バチン!バチン!
「あぁああああっ!やめっ、やめ……うわぁああああん!!」
「いつまでも生意気な事言われて、怒らないようなお人好しじゃないぜ俺は!」
「卑怯者!自分が優位だからってぇぇぇぇ!!あぁぁぁあああん!
バカバカバカバカクソゴリラぁぁぁぁぁっ!!」
バチン!!バチン!バチン!
「わぁああああん!時子さん!時子さぁぁぁぁん!!」
真っ赤な尻に本気の平手を叩きつけられて、男の子はまた大ボリュームで泣きだす。
しかし伊藤はもう手加減しなかった。ただ叱りつけるだけだ。
「散々人に暴言はいて、暴力まで振るって、謝りもしないで許してもらえると思うなよ!?
泣くより“ごめんなさい”って謝るのが先だろ!!」
「うるさい!ふざけんなぁぁぁぁっ!離せぇぇぇっ!」
「離すかよこの悪ガキ!さーて、この痛そうな尻なのにあんまり意地張ると
こっからずっと立ち仕事だぜ?!あぁ、若いんだから座らなくても平気だよなぁ!?」
「うわぁあああん!やだぁぁぁっ!離せぇぇぇぇっ!」
バチン!!バチン!バチン!
何度言い争っても、いくら本気で叩いても男の子は謝らない。伊藤も手を緩めない。
そんな事が続いて……
「ふっ、やぁっ、うわぁぁぁぁぁん!!やぇっ、ひっ、ぃぎっ、ぇあっ、わぁぁぁあああんっ!と、ぃっ、ぁ……」
(……呂律が回ってねぇな……)
アレだけ、ある意味元気に暴言三昧だった男の子は、もうちゃんとした発音ができていなかった。
ボロボロ泣いているし、息も大きく荒くと苦しそうで気の毒感が漂ってきた。
(はぁ――――……どうすっかなぁ……)
“謝るまでは許さない!”と、思っていた伊藤だけれど、見えるのは限界気味にわーわー泣いている男の子……。
思わず叩く手が止まりそうになった時、乱暴にドアを叩く音が聞こえた。
ドンドンドンドン!!
「優君!優君いるんでしょ!?あ!あと、“はるるん”さん!あ、あの!開けて!開けて下さい!」
必死に呼びかけてくる声は女性の声だった。
思いがけず名前を呼ばれた伊藤は慌てて男の子を床に下ろして鍵を開ける。
鍵を開けると同じタイミング、な勢いで飛び込んできたのは渋い茶色のスーツに同色の帽子を被った細身の紳士。
「優君!!」
伊藤には目もくれず、床でへばっている男の子に駆け寄る紳士。
「うわぁあああん!時子さぁぁぁん!!」
“彼”が寄り添う様に屈んだ瞬間、男の子が勢いよく抱きついた。
そのはずみで紳士の帽子が取れてしまって……
肩にかかるほどの、カールされたミディアムロングの髪が零れ落ちた。
「……!!」
軽い変身シーンを見たかのように驚く伊藤。よく見れば、着ているスーツも若干サイズが合っていない。
「時子さん!アイツが!あの変態ゴリラが!僕に暴力を―――っ!!」
泣きじゃくる男の子を優しく撫でながら、“彼女”は言う。
「でも、聞いたよ。優君があの人のお腹を殴ったって。だからお仕置きされてたんでしょう?」
「違います!違う!」
「違わないよ……たくさん見てる人がいる。優君、あの人に“ごめんなさい”しなさい」
「やだぁぁぁぁっ!!」
「じゃないと、私もお仕置きしちゃうよ?」
男の子を撫でながらの、紳士風の女性の口調はひたすら優しかった。
しばらく、女性に縋りつきながら首を振って拒否していた男の子。
けれども優しく説得されて結局は……
「ごめんなさい……」
俯きながら、小さな声でだけれど謝ってくれた。
加えて女性からも「本当にすいません!」と、深々と謝られてしまった。
二人の姿に何だか怒りが消えてしまった伊藤はそれで快く許したのだった。


こうして伊藤vs男の子のお仕置きは勝負(?)は終わったわけだけれど……
(こ、こら!優君ってば……そんなとこ、触っちゃダメだよ!はるるんさんに見られちゃう!)
(いいじゃないですか別に。そのふざけた格好は男性のつもりなんでしょう、“時男”さん?
だったら僕は従業員として貴方にサービスする義務がある……。
貴方も下心丸出しで僕に絡んで、僕のお給料を上げて下さいよ)
(ここって、そういうお店じゃないでしょう!?もう!ダメだってぇ!)
(ねぇ、いつもより興奮してます?時男さんがこういう倒錯的なのがお好きなら……
僕、“異性装プレイ”も構いませんよ?)
(こらぁぁぁぁぁっ!変な話しないの!もうバカっ!優君のバカぁ!)
伊藤の目の前でイチャイチャする男の子と女性。しかも、互いの囁き声はしっかりこちらに聞こえている。
それに加え……
「あらぁん……はるるん、お酒が進んでないわよォ?アタシが口移しで飲ませてあげましょうか〜〜??」
「ねぇはるるぅぅぅん……私達も、時男ちゃん達に負けないくらいイチャイチャしましょ〜〜よぉ!」
「はるるんがお好きならアタシ、どんなプレイでも構わないわ!!」
目の前でイチャイチャカップルを見せつけられながら、雄嬢達にいつもより積極的に絡まれ、
切ない酒を飲む羽目になる伊藤であった。




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【作品番号】KS5

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