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◆◆束君と夜の街の話

俺の名前は藤堂寺至(とうどうじ いたる)。ここ私立沙華味小学校で養護教諭として働いている。
いわゆる保健室の先生ってやつだ。
「つっづり〜〜☆いる〜〜〜!?」
昼休み。保健室の静寂を明るくぶち壊す声が聞こえた。
あぁ、今日もお客様のようだ。
艶やかな栗色のショートヘアーをした、女の子かと錯覚させる愛らしい容姿の男の子は『遠野 束』(とおの たばね)君。
病気がちでよくこの保健室で面倒を見ている俺のエンジェル……もとい、“保健室の座敷わらし”(←あだ名命名は俺)の、
『遠野 綴』(とおの つづり)君の双子のお兄ちゃんだ。
束君はあたりをキョロキョロしながら、俺の顔を見て首をかしげた。
「あれぇ?せんせー、つづりは〜〜??」
「……綴君は寝てるんだよ束君?」
やや呆れ気味に俺は言う。この子は保健室を何だと思っているのだろうか?
毎回のように大声出しながら入ってきて全く……この明るい声で
カーテンの中ですやすや眠っていた綴君が起きてしまう事もしばしば。
何度“静かに”と叱っても全然聞いてくれなくて、つい最近俺はとあるカードを仕掛けたばかりだった。
「あのねぇ束君!“保健室では静かにしようね”ってこの前先生と約束したよね?入ってくる時も!」
「う、うん……そだった……かも……」
強めの口調で言うと、怯んだらしい束君は勢いを無くして頷く。
そんな束君にさらにこう続けた。
「で、約束破ったらどうするって言ったっけ?」
「えっ、あ!……えと、忘れちゃったぁ!」
「先生は覚えています」
「へ、へぇ……何だっけ??」
可愛らしい笑顔で焦りながら、俺の顔色を伺っている束君。
“忘れた”なんて絶対嘘っぱちだ。今はバレバレだけど、束君は場合によってはとても器用に嘘をつく。
俺は目の前の悪戯妖精さんに宣告してあげた。
「今度うるさくしたらお尻ぺんぺんだよって、約束したよね」
「嘘!!そんな約束してないよ〜〜!!」
とか言いながらちゃっかり逃げようとしているところは流石だ。
もちろんそんな事を許すわけがなく、俺は素早く彼の小さな体をとっ捕まえる。
「やぁん!待ってせんせ――っ!痛くしたらオレ、もっとうるさくしちゃうからぁぁっ!」
「そりゃ困ったなぁ。そうだ!束君が静かにしてくれるまでたくさんペンペンしてあげるね?」
「ひゃぁぁあっ!!?やだぁぁぁっ!!」
この素直な抵抗が何だか微笑ましい。俺も心置きなくお仕置きに持っていけそうだ。
綴君と足して二で割って欲しいくらい。
「はっはっは!束君は元気がいいな〜〜!」
すっとぼけながら俺はソファーに腰かけて、束君の体を膝の上に横たえる。
ズボンもパンツもペロンと脱がせて早速可愛いお尻を平手で打つ。
……うん、下着が女物っぽいのは気のせいだ。きっと気のせいだ。と、念じながら。
パシッ!
「わっ!やだ痛い〜〜っ!」
最初から甘ったるい声で泣き言を言う束君。
嘘……とまではいかないが、大げさに言ってそうなので気にせずパンパンお仕置き追加だ。
パシッ!パシンッ!ペチンッ!
「あっ、だめ!せんせー痛いよぉっ!やめて〜〜!!」
「束君全然痛そうじゃないもの。もっともっと反省してもらわなきゃ」
「ハンセイしてるよぉっ!い、痛いもんホントだもん〜〜!!」
ペチンッ!ペチンッ!パシンッ!
「ひゃぁん!いっ、痛い〜〜いたぁい!!」
「約束破る子は悪い子でしょ?悪い子はお尻ぺんぺんでしょ?」
「ふぁっ、だ、だって!!だってぇぇっ!」
「言い訳しないの!」
パシンッ!
「ふやぁぁぁっ!!?やぁぁ〜〜ん!!」
強く叩くと、子猫のような可愛らしい声で悲鳴を上げて、泣き声(?)を漏らす。
とは言っても涙までは流していなさそうな声だけど。
そして手足をジタバタさせていた。
こんな抵抗、痛くも痒くもないので暴れん坊なミニお尻を叩きながら俺は考える。
(しっかし、可愛い悲鳴だなぁ……)
手加減してしまいそう……あるいは、サディスティックな変態だったら余計強く叩いてしまいそうだ。
(いや、俺がこれから強く叩こうと思っているのは、断じて変態だからではなく
甘えん坊な束君にきちんと反省してもらうためなんだからな!か、勘違いしないでよね!)
と、謎の言い訳を自分でしてしまいながらも俺は少し強めに束君のお尻を叩いた。正しい教育者として。
ペチンッ!パシンッ!ピシィンッ!!
「やっ、やぁああああっ!痛いぃっ!もうやだぁぁっ!!」
お、声が本気になった。
お尻も赤くなり始めていたのですかさず声をかける。
「束君、反省しましたか?」
「したぁ!しましたぁ!!」
「いい子になったら何なんて言うの?」
ペチンッ!パシンッ!ペチンッ!
「うわぁぁああん!痛い痛いごめんなさぁぁ――い!!」
「はい、よくできました。ちゃんと静かにするんだよ?」
「するからペンペンしないで〜〜!!」
束君が相変わらず足をパタパタさせながら言った。
ちゃんと分かってんのかなぁ……この子?
心配になったので……最後のつもりで思いっきり平手を振り下ろす。
バシィッ!!
「ひゃぁあああああ!!?」
鋭い音と、大きな悲鳴。
「ふぇぇえええええっ!!」
その後は叩いてもいないのに束君が大声で泣き出したので、これは効いたのだろう。
俺は束君を助け起こして優しく頭を撫でる。
「もうお尻ぺんぺん終わりだよ。お薬塗ってあげようか?」
「わぁぁあああん!!」
束君は返事もしないで俺に縋り付く。
(……可愛い……!!)
「あのぉ……」
「ひぃぃっ!!?」
束君にクラッときた瞬間に声をかけられたものだから、俺は飛び上がった。
見れば、綴君がカーテンに隠れるように顔を覗かせていた。涙目で。
「あ!綴君、起こしちゃった?!ごめんね!どうかな、体は辛くない??」
「…………」
俺が慌てふためいて声をかけても綴君は涙目のまま答えない。
ま、まさか……怖がってる!?あ、あれだけ派手にお仕置きしたらそりゃ音とか聞こえるよな!?
「だ、大丈夫だよ綴君?綴君にはお仕置きしないよ?怖くないからね〜〜?」
「…………」
「た、束君も、いい子になったからね!泣かないで〜〜!お薬塗ってあげようね〜〜!」
あるいは、束君を泣かせた事を軽蔑されたのかと……
俺はすごく焦ってこの可愛い双子に必死で愛想を振りまくのだった。
そうしたら、しばらくして綴君も束君も楽しそうにおしゃべりを始めてほっとした。

「えっへへ〜〜見て見て♪パパに買ってもらったんだ〜〜!!」
「ふぁぁ……キレイ……いいなぁ……」
今二人は、束君がポケットから取り出したアクセサリーの事を話している。
ハート型の銀細工にピンクの宝石(?)が付いたブレスレットだ。
若い女性が持っていても遜色ないほど本格的な造りをしていて……俺の素人目には
束君みたいな子供が持つには不釣り合いな高価なものに思えてしまう。しかも男の子だし。
(あんなもの……子供にホイホイ買い与えてるのか?)
何となく束君達の父親を怪訝に思ってしまう。そう言えば、綴君のお迎えなんかで母親には会った事あるけど
彼らの父親には会った事無い。綴君からも束君からも話を聞いた事ない。
「つづりも今度パパに買ってもらいなよ!オレがたのんであげるからさ!」
「ぼ、僕はいいよ……」
「何で〜〜!?大丈夫だよ!おそろいにしようよ〜〜!!」
気になりつつ、そろそろ昼休みの終わりの時間になる。
束君に声をかけると素直に教室に戻っていく。
「つづり、せんせーバイバ〜イ♪」
最後まで可愛らしい笑顔に和みつつ、俺は綴君に聞いてみた。
「ねぇ綴君、綴君のお父さんってどんな人?」
「え!?」
綴君は目を見開いて、それから少しぎこちない笑顔で言う。
「……とっても、明るくて、優しい人ですよ?」
「そっか。そうだよね」
綴君がそう言うならすんなりと納得できてしまう。
お母さんはとても優しくて礼儀正しい人だし、お父さんも普通のいいお父さんなのが妥当……
明るいって事は、束君に遺伝子を分け与えたスーツの似合う爽やかサラリーマンだろう。
ちなみにお母さんは綴君に遺伝子を注いだらしいお淑やか系だ。
束君曰く、“怒ると怖いよ!”らしいが。
(俺の勘ぐり過ぎか……)
あのブレスレットはたまの奮発で買ってもらったんだろう。
特にそれ以上は考えず、その日は終わった。



しかし、俺はその数日後とんでもない光景を目の当たりにすることになる。
土曜日の夜、街を歩いていた時の事だ。
「ねぇパパ〜〜!次はどこ行く〜〜?」
聞きなれた声に耳が勝手に反応する。顔が声元を追う。
そこにいたのは……
(ん?人違いか……って、たたたたたた束君ッ!!?)
一度は戻しかけた視線を無意識にすごい勢いで“彼女”に向ける。
そこにいたのは、どう見ても女の子の格好をした束君だった。
頭に可愛らしいカチューシャをはめ、腕にはあのブレスレット……
元気に跳ね回るたび、ピンクのフリルミニスカートがヒラリと揺れた。
(束君、普段はあんな恰好なのか!?)
俺は驚いたが問題はそこじゃない。今は夜だぞ!?って、それよりさらに、束君の隣には有り得ない人物がいたのだ。
「ん〜〜?どうすっかなぁ?とりあえずメシ行っとく??」
「オレ、いちごパヘ食べたーい!!」
「それオヤツじゃん!しかも“パフェ”言えてね――!」
ゲラゲラと下品に笑いながら、束君の頬をつついているのは、
金髪に近い髪を半端に伸ばして、派手な服を着た“コイツはホストか不良”ってな感じの超絶チャラ男だったのだ。
しかも若くてイケメンなのが地味に腹立つ!!
(何であんな男が束君と親しくしてるんだ!!?)
焦る俺の脳裏に束君の言葉が蘇る。
“えっへへ〜〜見て見て♪パパに買ってもらったんだ〜〜!!”
パパに買ってもらった……パパに……“パパ”……。
(“パパ”ってそっちの“パパ”か!!?)
パトロン的な!?お財布的な!?そっちのパパだったのかい束君!!?
(いやいやいや!!束君が『援助交際』なんてするわけない!!きっとあの男にダマされてるんだ!!)
そして、俺の脳裏に携帯電話片手に退屈そうな小悪魔系女装の束君が浮かんでくる。
“あ〜ヒマだなぁ〜カミマチしちゃおっかな〜”
NOooooooooo!!束君はそんな子じゃなぁぁぁああい!!
必死に妄想を振り払い、束君達の様子を伺う。気が付けば足も彼らと同じ方向へ動いていた。
どうやら、続きの会話から察するにご飯を食べるようだ。と、思ったら……
(居酒屋……だと!!?)
男は当然のように束君を連れて、どうみても居酒屋な店に入っていったのだ。
(よっ……酔わせて何するつもりだあのヤロォォォォォ!!その前に束君はバリバリの未成年じゃぁぁぁぁい!!)
未成年なんてもんじゃない!!例え同意があっても■■■したら即逮捕のお年頃だぞ!?U15どころかU10だぞ!?
(止めなければ!!)
そう思って、俺はとっさに男の方を掴んだ。
「お兄さん!!あっちにもっとおすすめのお店ありますよ!?」
「あ?誰お前?」
「あ!せんせー!!」
しまった!何も考えずに声かけたけど、束君には俺の事バレるよな!!
束君の笑顔にチャラ男が反応した。
「え?何?コイツ束の先生?」
「うん!保健室の先生!」
(“束”だと!?馴れ馴れしいチャラ男め!!)
内心歯噛みしたけれど、意外にも相手の男は俺に人懐っこい笑顔を見せる。
「センセーチ――ッス!!いつも束がお世話になってまぁ〜〜す!」
「へ!?」
「ねーせんせーも一緒にごはん食べる?オレね、ポテトとしかくいお肉食べる〜〜♪いいでしょパパ〜〜!!」
「あ、別にいいっすよ!?センセーも一家団欒しちゃいますぅ??」
束君とチャラ男の可愛らしい笑顔に妙なシンクロを覚えて頭がフリーズする。
ま、まさか……
「お父様……ですか……束君の……?」
「当ったり前じゃないっすか!束って俺にチョー似てるっしょ!?」
「ほんと〜〜?オレ、パパに似てる??」
いや似てない似てない似てない似てない!!いや、顔立ちは似てる??
いつか思い描いたスーツの似合う爽やかサラリーマンが音を立てて崩れた。
けど、なんだ、父親か……と、ホッとしている俺もいる。
(良かった……束君がいかがわしい事に巻き込まれてるんじゃないんだ……)
それにこれなら、心置きなく“子供と居酒屋”を注意する事ができそうだ。
「お父さん……束君も一緒なら、別の店にした方がよくないですか?その辺のレストランとか」
「え?何で?」
「(何でって……)ほら、束君小さいですし……あまり、こういう所は良くないでしょ?」
「ガキ連れてる奴なんていっぱいいるって!あ、もしかしてセンセー結構ウザいタイプ〜〜??」
笑顔で人を小バカにした口調にイラッとする。しかもコイツ敬語はどうした敬語は。
束君が傍でキョトンとしていた。
「このお店、ダメなの??いっつも来るよ?」
「別にダメじゃねーよ。センセーが堅っ苦しいだけだよ」
2イラッ。
「つーか、やっぱセンセー置いてこうぜ?なーんか萎えたわ」
3イラッ。
チャラ男……否、お父様……って呼ぶのも癪だからやっぱチャラ男だ!!
チャラ男が束君を連れて俺の傍を離れようとした。
「待ってください!!」
俺だって、ここで易々束君を渡すわけがない!!
めんどくさそうに振り向くチャラ男。
「なんすか?」
「貴方こんな時間に子供を連れまわして何とも思わないんですか!?」
「は?」
「しかもこんな派手な格好させて!」
「……え、なにコイツ……束の事、エロイ目で見てんの?」
「なっ!!?」
「うわ―――!ロリコンとかマジ引くんですけど――!
学校のセンセーでロリコンとか犯罪者じゃないっすか――!ヤッベーマジこえ―――!!」
チャラ男の大声で周りにいた人々の視線が一気に俺に注がれる。
「あっ、いや……違っ……!!」
俺が周りの冷たい視線にオロオロと言い訳している間に、チャラ男はそそくさと束君の手を引いて去っていく。
(コイツわざと……ッ!!)
「おいコラお前!」
去っていく背中に大声を被せた。
振り返るチャラ男はムカつくほど可愛らしい笑顔で俺に言う。
「バイバ〜〜イ!!ロリコンセンセ〜〜二度と顔見せんな〜〜♪」
「ご、ごめんねせんせー!!パパ、普段はいい子なんだよ!?」
束君の方はチャラ男と手を繋ぎながら焦った様子でそう叫んでくれる。
「お前マジでチョー可愛いわ〜〜♪」
チャラ男が無遠慮に束君を抱き上げる。
雑な抱き上げ方でスカートがせり上がって……
「ちょっとパパぁ!パンツ見えちゃう見えちゃう!」
「ヒャハハハッ!隠せ隠せ!ロリコンセンセーに見られんぞ!」
「もうパパ!先生はロリコンじゃないよ!オレ、男の子だもん!」
(そっちかい束君!!)
できれば俺が幼い子によからぬ感情を抱く事を否定して……分かってるよ否定できない!!
(違うんだ!俺が好きになった綴君がたまたま幼かっただけなんだ!)
有体な言い訳。

こうして、束君は馬鹿笑いしているチャラ男に連れ去られて……
俺は汚名を着せられたまま、刺さる視線から逃げるように家に帰ったのだ。
(ちくしょう……覚えてろチャラ男!!)
束君の事を可愛がってはいるみたいだが……絶対に許さん!!
チャラ男に復讐を誓うとともに、綴君のぎこちない笑顔が浮かんだ。
“とっても、明るくて、優しい人ですよ?”
あのチャラ男、綴君にはどんな態度で接してたんだろう……
そんな事を考えてしまった。




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【作品番号】AS4

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