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◆◆ある日保健室で2

俺の名前は藤堂寺至(とうどうじ いたる)。ここ私立沙華味小学校で養護教諭として働いている。
いわゆる保健室の先生ってやつだ。
だから俺は今保健室にいるわけだが、他にもう一人ここにいる。
今はカーテンの仕切りの中で眠っていて姿が見えないその子の名は、『遠野 綴』(とおの つづり)君。
体が弱いため、何かと保健室で過ごす時間が長い。
今日も体調が思わしくないようで、2時間目ぐらいからここに来て様子を見ていた。
艶やかな栗色のおかっぱ風ヘアーで、女の子と見紛う可愛らしい顔立ちの小さな彼を
密かに“保健室の座敷わらし”と名付けたのは我ながらいいネーミングセンスだと思う。
今は昼休み。綴君は眠っているので音も無く、時間は静かにゆっくりと過ぎていく……のだが……
「つっづり〜〜☆いる〜〜〜!?」
……大抵、こんな風に誰かがブチ壊す。

今日の破壊者は艶やかな栗色のショートヘアー。おまけに女の子と見紛う可愛らしい顔立ちの小さな男の子。
そう、どこか綴君にそっくりな……『遠野 束』(とおの たばね)君。綴君の双子のお兄ちゃんだ。
束君は俺を見つけると嬉しそうな笑顔で手を握る。
「せんせ――――っ☆おじゃましま〜〜す!あ、オレはね、元気だよ!?
つづりのお見舞いに来たんだよ!つづりは元気じゃないだから心配だよ〜〜!」
「し――――っ!!束君静かに!綴君は今寝てるんだよ!?」
俺が小声で注意すると、束君は慌てて両手で口を押さえる。仲良し双子な二人だけど、性格は見ての通り正反対。
人見知りで言葉少ない綴君と違って、束君は人懐っこくてお喋りが大好きだ。
なのでさっそく口を押さえる手を解除して、元気に語りかけてくる。
「そっかぁ、つづり寝てるんだ〜……じゃあさ、ちょうどいいや!
ねーせんせー?今度の日曜日、パパとニノとプール行くんだけど、せんせーも一緒に行こうよ〜〜!」
なんて笑顔で言いながら軽く抱きついてくる。この子は誰に対してもスキンシップが過剰だ。
「こらこら、束君……」
嬉しそうに頬をすりよせてくる仕草が可愛らしくて、俺も無下にできない。
それに……綴君にそっくりな束君に抱きつかれるのは……悪い気はしないのだ。
束君は俺から離れる様子も無く、そのまま上目遣いで俺を見上げて言う。
「ね〜せんせっ、プールだよ!ね?!いいでしょう?!オレ、新しい水着買ったからさ〜!ちょ〜可愛いんだよっ!?」
「何だか束君、女の子みたいな誘い方だね」
「え〜〜?オレ男の子だよ〜〜!」
キャハハと無邪気に笑う。プリティ―フェイスに変声期前の声、何となく男心をくすぐる仕草……
この女の子オーラに騙されて彼に恋する男が出てきてもおかしくないくらいだ。
そして真実を知って神様の残酷さを呪うだろう。
それにしてもプールか……束君の “ちょ〜可愛い”水着姿は見てみたい気もするが
父親が一緒となると俺が行っても気まずいしおかしいような……“ニノ”は二宮(悪ガキ)の事だろう。
彼は綴君とも仲がいいが、束君とも仲がいい。あれ?待てよ……?
「綴君は一緒に行かないの?」
「え?行くわけ無いじゃん!あの子体弱いし、泳げないし!」
ポンと元気に答えた束君だが、その後視線を落として寂しそうに言う。
「それにパパも行くんだから……きっとママが反対するよ。つづりも嫌な思いするだけ……」
「あ……」
しまった。そう言えば、綴君と束君は離婚した両親に別々に付いて行ったんだった……
綴君はお母さんと、束君はお父さんとそれぞれ暮らしている。無神経な事を聞いたかもしれない。
しかし束君はすぐまた明るい笑顔に戻る。
「――ってなわけで、つづりはいないけど、先生来てくれるよね?はい、これプールのチケット!それと……」
束君は急に俺の耳元に顔を近づけて囁く。
「……分かったよ、ありがとう。」
囁かれた言葉に俺は頷く。束君は嬉しそうに笑った。
「えへへっ☆良かった!!じゃあね〜〜先生!オレそろそろ教室に戻るね!」
「そっか。じゃあ先生もついでに午後の校内巡回に行こうかな」
「本当?つづりはどうするの?」
「すぐ戻ってくるから、しばらくは一人で寝ててもらうよ。いつもそうなんだ」
「そうなんだ〜〜」
俺は束君と一緒に保健室を出た。
いつもと同じように校内を巡回して、いつもと同じぐらいで戻ってきたつもりだ。
そして綴君の具合はどうかと、起こさないようにそっとカーテンを開けたのだが……

「あれ!?」
……いない。ベッドが空だった。
そんな、確かにこのベッドで眠っていたはずじゃ……!!
念のためにすべてのベッドのカーテンを開けてみたが、どこにも綴君はいなかった。
「……具合が良くなって教室に戻ったのか?」
ありそうな理由を呟いてみるが、どうも胸騒ぎがする。
具合が良くなったとしても、綴君が何も言わずに勝手に教室に戻るだろうか?
彼なら俺が戻るのを待ってるんじゃないか?この時間、俺が校内を巡回して戻ってくるのは知っているはずだ。
「いや、落ち着け。ただトイレに立ってるだけかもしれない……」
そうだ。これが一番ありそうな理由だ。少し待ってみよう。
生徒は綴君だけじゃない……俺がむやみに保健室を出歩くのは避けないと。
俺は机に座って、とりあえず前に作りかけた掲示物の作成を始める。
10分……20分……30分……いくら待っても綴君が戻ってくる気配が無い。
妙な不安感はだんだん大きくなる。どうしてこんなに不安なのかは分からない。
勝手に帰ったとも考えにくいし、せいぜい自分の教室にいるという結論が妥当だろう。
慌てる事はない。授業が終わるチャイムが鳴ったら教室を覗いて……そんな事を必死で考えていると保健室のドアが開いた。
「す、すいません……藤堂寺先生……」
控えめな田中先生の声に振り向いて、俺は思わず立ち上がってしまった。
綴君が田中先生に抱かれてぐったりとしていたのだ。
「綴君!!」
反射的に叫んで駆け寄ると、田中先生が申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません。すいません……綴君がプールの授業に出たいってやってきて……」
「え!?」
「私、おかしいと思ったんです。顔色も悪かったんで色々宥めてみたんですけど、
どうしても入りたがって……藤堂寺先生の許可も取ってあるって言ってまして。
でも話しているうちにだんだん具合が悪そうになってきたんで、連れてきたんですけど……」
「ありがとうございます。綴君、今日は体調が悪くてここで休んでたんです。プールに入る許可は出していません。
綴君、大丈夫?気分悪い?」
田中先生にお礼を言って、ぐったりしている綴君に話しかける。「ん……」と力の無い声が返ってきた。
だいぶ弱ってるみたいだ。
てっきり教室の授業に帰ったかと思ったのに、まさかプールの授業に出ようとしてたなんて……。
どっちにしてもこの状態なら今日は帰って休んだ方がいいだろう。
「今日はもうお家帰ろうか?お母さんに迎えに来てもらおうね?
すいません田中先生……ベッドに寝かせてあげてくれますか?後はお家の方が来るまでこちらで看ていますので。」
「はい。お願いします」
田中先生が綴君をベッドに寝かせて、おじぎをしながら保健室を去っていく。
俺は目も虚ろな綴君に布団をかぶせて額を撫でる。少し熱っぽいかもしれない。
「綴君、どうして勝手に保健室出たの?それに先生、プール入っていいなんて言ってないよね?」
少し咎めるような響きを含んでしまった俺の声に、綴君は返事をしてくれなかった。
代わりに布団の中に潜っていく。のろのろとした苦しげな抵抗が不憫になってしまった。
「……ごめん。もう言わないから出ておいで。お母さんが迎えに来るまで頑張ろう」
そう言うとまたのろのろと顔を出した綴君。
綴君のお母さんは連絡してしばらくすると迎えに来てくれて、綴君は帰っていった。

次の日、綴君は保健室に来なかった。学校自体欠席だった。
しかしその次の日には、元気に保健室に来てくれた。
……元気に保健室に来るって表現も変なのだが……一昨日に比べたら顔色もすっかり良くなって、笑顔で保健室に来てくれたのだ。
体調も良いらしく、全部の授業に出るとはりきっていた。
戻ってきてくれたのは宣言通り全部の授業が終わった後。綴君の今日の授業は午前中で終わりなので、昼頃になる。
「先生!全部の授業出られました!」
「すごいなぁ、良かったね綴君!」
「はい!」
弾んだ声で俺の傍に来てくれた綴君。束君みたいに抱きついてきたりしないのでこっちから頭を撫でると、頬を染めてはにかんでいた。
その癒しの笑顔を見ていると心底とろけそうになるのだが、俺は彼に話しておく事があった。
「ところで綴君……一昨日の事なんだけど、どうして保健室を勝手に抜けだしたりしたの?」
「!」
「しかも『先生の許可がある』なんて嘘ついてまでプールに入ろうとして……どうして?」
「……」
明らかに表情を曇らせて俯いてしまった綴君。俺も気が重くなった。
でもまた体調の悪い時に保健室を抜けだされたら厄介だ。きちんと注意しておかないと……
綴君を委縮させないようになるべく優しめの声を心がける。
「綴君はそんなに強い体じゃないんだから、体調の悪い時は大人しく寝てないと余計辛くなっちゃうよ?」
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ。一昨日だって、余計具合が悪くなってお家に帰ったでしょ?」
「…………帰ってません……」
「ん?!」
大胆にも根本を覆した綴君。言い逃れにしてもあまりにお粗末だ。
と、いうか……何なんだろうかこの反応は……嫌に反抗的と言うか……
こういう状況に慣れてないからパニクってるのか?綴君は泣きそうな顔でずっと自分の手元を見ている。
でも俺も引くわけにはいかない。
「どうしたの?綴君らしくないね……体調が悪い時は大人しく寝てなきゃいけないって、分かるよね?
勝手に保健室を出るのも、ましてやプールに入るのも、いけない事だよ?もっと具合悪くなっちゃうから。」
「…………」
綴君は返事をしてくれない。さっきから下ばかり向いて目線も合わない。
「綴君、先生の目を見て」
「…………」
チラッ。
一瞬だけこちらを見て綴君はまた視線を戻す。
「綴君……」
「…………」
呼びかけてもひたすら俯いて、だんまりを決め込む。
応えてくれるのを待っていたら日が暮れてしまいそうなので、気にせず強引に話を続けた。
「でも一度辛くなっちゃったし、もう懲りたよね?今度からは大人しく寝てようね?」
「…………」
「プールも勝手に入ろうとしちゃダメだよ?嘘もついちゃダメ。分かる?」
「…………」
「……綴君?先生別に綴君を怖がらせようとしてるわけじゃないんだよ?
綴君にいつも元気でいて欲しいなって、思ってるだけだよ?」
「………………」
う〜ん……これじゃあ埒が明かない。
この沈黙が反省の態度なのか、反逆の意志なのか……それは無いだろうけども……
“もうしない”と思ってくれてるのか、正直分からない。
ずっと石のように黙ってるのも綴君だって辛いだろう。
しかも綴君の体調の絡む事……ここはしっかりと釘を刺しておきたい。
ので、少々手荒い手段を行使するのはいたしかたない。と思いたい……。
俺は覚悟を決めて深呼吸……なるべく明るめに言った。
「うん。じゃあ、これから綴君のお尻を叩きます」
「えっ!?」
「あ、やっと話してくれたね」
「あ……の、……あ……」
綴君は驚いた様子で口を開閉するだけ。声は出たけど、言葉にはならないようだ。
「いや?」
「いっ……」
“嫌だ”と言えないのか、綴君はそれっきり言葉を切って頭を激しく左右に振っていた。
「でも綴君は体調悪いのに勝手に無理するし嘘つくし、そのせいで体調を崩してしまった。
悪い子だから反省しなくちゃ」
「それ……は……」
「ね?」
「お願いです……先生、お願いですから……」
視線を逸らすどころか両目を固く閉じて、綴君は震えていた。
本気で怯えられると、暴れまわって抵抗されるより精神的にくる……。
でも、これも綴君のため!これで綴君が元気に過ごしてくれるなら俺の精神的負担なんて安いものじゃないか!
……と、いうより綴君の精神の負担が心配だ……。
「綴君、ちゃんと反省してもうこれっきりにしよう。
綴君がいつも通りいい子にしてればこんな事は二度と起こらないから。
でもね、やってしまった事は反省しないと……」
「せんせっ……ぐすっ、やっ……せんせぇ……い……やぁ……」
目を閉じたままボロボロと涙をこぼす綴君。
どうしよう……叩く前から号泣状態なんだが……しかも今確実に必死で“嫌だ”と訴えている……。
しかしここで許すと……ええい!優しさと甘やかしは違うんだ!俺は鬼だ!鬼になれ藤堂寺至!!
「綴君、取って食おうってわけじゃないから……」
俺は立ちあがって綴君を抱えてベッドの端に座り直す。
抱き上げた綴君の体は驚くほど軽かった。その小さな体をそのまま膝へ横たえると
「……あぁあっ!!」
綴君が世界中の同情を集めてきそうな悲しげな声を出す。
どこからこんな憐れみと罪悪感をズルズルと引きだす声が出るんだろうか……これで叩く前なんだから困る。
小さなお尻をズボンから引っ張り出している間も綴君は絶賛嗚咽中だった。嗚咽で号泣していた。
これで「今から叩くよ?」なんて、声をかけたら余計に悲惨泣きするだろうから、声をかけずに叩き始めた。
バシッ!
「ひぁんっ!?」
バシッ!バシッ!バシッ!
「あぁっ!!はうぅ〜〜!う〜〜〜っ!!」
必死に膝にすがりつきながら、呻くように泣いている綴君。
平手を叩きつけるたびに呼吸が乱れているのが分かる。
俺は結構強めに叩いているのだ。
バシッ!バシッ!バシッ!
「あっ!!はっ、あぅ〜〜〜っ!!んっ、ふっ!うぅ〜〜〜っ!!」
綴君みたいなか弱い子には、手加減してあげたいのが本音なのだけれど……
短時間で一気に終わらせようというのが今日の俺の作戦だったりする。
細く長くの叩き方だと、尋常じゃなく怯えている綴君の事だから……精神力が先に尽きてしまいそうだ。
だからなるべく短期決戦で……!
バシッ!バシッ!バシッ!
「あぁあぅ〜〜〜〜!ううっ、うぇぇ〜〜!っ、う〜〜〜〜!!」
「泣いてばっかりじゃダメだよ綴君!ちゃんと反省したの!?」
「せんせっ……怖いぃ〜〜〜やぁああ〜〜〜〜っ!!」
うっわぁぁぁ!!『怖い』って言われた!怖がられた!ショックだ!
だって綴君の泣き声に対抗しようとすると自然に大声になるし!分かって欲しいな綴君!
くそっ、こうなったら本気で早く終わらせて、綴君のお尻のケアをしつつ慰めて“優しい先生”のイメージを回復するしか……!
バシッ!バシッ!バシッ!
綴君の人柄と非力さ滲み出る奥ゆかしい抵抗なんのその、俺はひたすら
強めの平手打ちを小さなお尻に打ち込んでいく。綴君の反省を促しながら。
「綴君、自分の体を大事にしないのは悪い事だよね?皆に心配かけるよね?」
「悪い、事です、あぁあっ!痛いですせんせっ、痛いですぅ〜〜〜〜!あぁあああ〜〜〜〜ん!!」
「そうです!悪い事する子は痛いお仕置きされて反省しなきゃならないのです!」
「やぁぁ〜〜〜〜!はぅぅ〜〜〜〜!うっ、ぁぁ、んん〜〜〜〜!!」
「そこでだよ、綴君!反省したら何て言うの?」
「ごっ、ごめんなさっ……ごめんなさい〜〜〜〜!せんせぇごめんなさ〜〜〜〜い!わぁああん!」
良かった!綴君はやっぱり素直で物分かりがいい!
この流れならすぐお仕置きは終わって俺は名誉回復……
「でもっ……!!」
「でも!?」
思わず綴君のふわふわボイスをオウム返ししてしまった。
“でも”って何だい?!この期に及ぶ蒸し返しは身の破滅だと言うのに綴君!!
普段の綴君なら大人しく反省してくれそうなのに、今回の綴君は色々おかしいぞ?!
おかげで俺はお仕置きを終えるタイミングが掴めない。
いや、この不穏な流れを正し、生徒を清らかな流れへと導くのが教師としての俺の役目……!
「“でも”は余計だよ綴君。反省できたんでしょ?ちゃんと“ごめんなさい”できたんだし!」
「はんせっ……しました……!んきゅ、だ、だけどぉ、あぁあ〜〜〜〜!!」
「『だけど』も『しかし』も『だが』も『ところが』もダメ!逆接はダメ!反省したならハッキリしなきゃ!まだ言い訳する気なの?!
違うよね?!もう勝手に無理して体調悪くさせないよね?!」
バシッ!バシッ!バシッ!
あんなにお仕置きを嫌がっていたのに、この粘りは何だろう!?
俺は焦りつつもお尻を叩いていた。強めに叩いていたのでお尻はもうほんのりピンクで、綴君だって痛いはずだ。
短期決戦のはずが思わぬ難航……とにかく綴君が素直に反省してくれる事を願う。
さぁ、もう一押し!!
「ね?もうしないよね?」
「あぁあ〜〜〜ん!つづり、プールできますぅぅっ!!」
「うん!?」
ここで、プールを、蒸し返す!?
ああああ!本当にどうしたんだ綴君!!今年の猛暑でプールに目覚めてしまったのか!?
考えてみれば、勝手に保健室を抜け出したのはプールのせいだったっけ……?!
「綴君はね、激しい運動はダメなんだよ?だから皆と一緒にプールの授業はダメなんだ。
プールは冷たい水に入るんだし、綴君の体に負担も大きいだろうから。
どうしても入りたいなら、とっても体調がいい日に、冷たすぎない水で、無理にならない程度で……」
「いやぁぁぁ〜〜〜〜!つづり、プールできますぅぅっ〜〜〜〜!!」
「綴君、皆と一緒にプール入りたいの?気持ちは分かるけど、日陰で見学にしようね?体育だってそうだし……」
「わぁあああんっ!入れますぅ〜〜〜〜!普通みたいに、つづりも入れますぅ〜〜〜〜!」
あぁ……そうか、綴君は皆と同じようにプールに入りたいんだな?
いつも遠くから眺めるだけの寂しさに耐えかねたんだな?そうだ……綴君だって男の子なんだ。
本当なら活発にはしゃぐ年頃だ。友達の、楽しそうな中に飛び込みたいと思うのは自然な事だ。
けれど彼の体はそのささやかな願いさえ叶える事を許さない……俺はひどく切ない気分になる。
俺だって、できる事なら綴君をプールに投げ込んであげたい。
夏の日差しを浴びた水しぶきとともにきらめく笑顔はすごく魅力的だろう。
でも無理なんだ。綴君の健康が第一なんだ。無理させるわけにはいかないんだ……ならば、せめて……!
「綴君!!もう、いい加減にしなさい!聞き分けのない事ばっかり言って!
あーもう分かった!そんなわがままばっかり言う子は、いっぱいお尻ペンペンしますからね!」
「あ……う……うわぁあああん!!いやぁあああっ!!」
たぶん俺の声量と『いっぱいお尻ペンペン』のくだりで怯えて泣きだした綴君。
ブチギレた演技はとりあえず成功らしい。綴君をプールに入れてあげる事が出来ない俺にせめて出来る事……
綴君の不満を思いっきり受け入れてあげる事だけ!!
叩いて泣かせて……全部吐き出してしまえばいいんだ綴君!お仕置き最短記録はもはや諦めた!
逆に俺は時間なんて気にせず、君の不満を、理不尽への叫びを!すべて受け止めるよ!!
さぁ、綴君……
「泣きたいなら存分に泣くといい!!」
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
「ひゃぁあああんっ!痛い!せんせ痛いぃぃっ!うわぁあああん!」
綴君がさっきより過剰に泣き叫ぶ。それもそのはず、俺は火力を上げた。お仕置きの火力を。
あんまり皮膚を傷つけたくも無いので、様子を見つつになるが、我慢する事なく泣いて欲しい。
今しばらくはこのペースで大丈夫のはずだ。
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
「ごめんなさぁい!せんせいごめんなさい!つづりが、ひっ、ぅ、あああっ!
つづり、悪い子でした!ごめんなさい!ごめんなさぁいうわぁあああんっ!!」
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
「あぁああ〜〜〜〜ん!痛いよぉっ!!お尻痛いぃ〜〜〜〜!うわぁあああん!ごめんなさいぃ!!もうだめぇぇぇ!」
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
「ごめっ、なさっ……いやぁあああっ!ごめんなさっ、やぁあ!いい子になります〜〜〜〜!」
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
「うわぁああん!せんせ〜〜〜〜!せんせ〜〜〜〜ごめんなさいぃっ!つづり、悔しくてぇぇっ!!」
「そっか。そうだよね……」
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
激しく叩き続けて、綴君は大泣きしているけど、ずっと謝ってばかりだ……
プールに入れなくて、しかも痛い思いまでして、さぞ悔しいだろうに……
もっと俺を罵るなりすればスッキリするだろうに……本当にいい子なんだ……!
「ごめんね。俺は綴君をプールに入れてあげる事が出来ない……綴君が熱を出したり
苦しんだりするのは耐えられないんだ……無理はさせられないんだ。
綴君も、皆とプールに入りたいのはぐっとこらえて、自分の体を一番に考えてくれないかな?」
「ひっ、うっ、えぅぅっ!せんせっ……せんせいは……っ!!」
バシィッ!ビシッ!バシィッ!
ああ、もうお尻が真っ赤だ……そろそろ限界かもしれない。あまり泣かせて興奮させ過ぎても熱が出る恐れがある。
俺は加減を微妙にコントロールしつつ、綴君に答える。
「先生は……綴君と一緒にプールを我慢する覚悟もあるよ」
もともとプールとか行かないし……と考えていると、綴君の必死の声が鼓膜に届いてきた。
「先生はっ、たばね君とプールに行くのに……悔しくてぇ〜〜〜〜!」
「ん!?うん!? 」
俺は一瞬耳を疑う。手も止まる。
あれ?何だ?どうしてここで“束君”が出てくる?
しかも……俺が束君とプール……??
『ねーせんせー?今度の日曜日、パパとニノとプール行くんだけど、せんせーも一緒に行こうよ〜〜!』
「あ……!!」
思いだした。つい一昨日の事だったのに……そう言えば、束君にプールに誘われた。
結局、綴君が来ないみたいだしお父さんも一緒だし……と、断ってチケットを返したのは昨日の事だ。
そうか……綴君は学校を休んでいた。
でも、そもそもどうして綴君はこの話を……最初に誘われた時、綴君は確かベッドで眠って……
「……綴君……もしかして起きてたの?」
「ぐすっ、ぐすっ、先生言いました……『分かったよ、ありがとう』って言いました。
たばね君の水着『ちょ〜可愛い』って言いました……ふぇぇっ……」
「違うよ綴君!!水着が『ちょ〜可愛い』って言ったのは束君本人!!」
思わぬ捏造が入っていたので素早く訂正した。
でも、真っ赤な顔で泣きじゃくる綴君の言う事を繋ぎ合わせると……
綴君の一連のお騒がせ行動の原因は……
「つづり分かんないんです!つづりは、たばね君の事も、ふっく、大好きなのに……先生とプールに行くって言って……
先生がありがとうって言って……何でか、分かんないけど、すごく、悔しくて……イヤで……
つづりも、プールできたら……先生と……うぇっ、ふぇぇぇっ!ごめんなさい!先生ごめんなさい!」
これはかなりの高確率で……『やきもち』と、思っていいのか!?
いやダメだ!そう思うと普段は教員免許の裏に隠した愛おしさが一気に溢れだしてくる!
って、もう遅いかもしれない……今すごく……綴君が可愛い。
「つ、綴君……束君のプール話は、昨日断ったんだ……」
「え……?」
声の震えがモロに出てしまったが気にしない。俺は綴君の誤解を解くために話を続ける。
「『分かったよ、ありがとう』って言ったのは、プールの事じゃないんだ。あの時束君が耳元でね、小さい声で
『つづりは、先生が二人っきりで映画にでも連れてってあげなよ。オレがいいトコ探してあげる♪』
って言ってくれたんだ……それの、返事」
「たばね君……!!どうしよう……つづり、勝手にカン違いして、先生にもお母さんにも迷惑かけて……!
ご、ごめんなさい……っ!!」
綴君は泣きそうな声で俺の膝に縋りつく。
「せんせっ……つづり、やっぱり悪い子でした……お尻ペンペン、続けてください!!」
「綴君……」
さっきまであんなに嫌がって泣いてたのに……今だって、震えてるのに……どこまで律儀なんだろうか、綴君。
カン違いと言えば、俺だって綴君の気持ちをカン違いしてたんだ。
まさか俺の事で無茶をしたはと思わなかった。
反省してくれたみたいだし、俺にこれ以上綴君を責める権利はきっと無い。
「お仕置きは終わりにしよう。綴君」
「で、でも……」
「そこまで言うならあと一回」
パンッ!
「ひゃんっ!?」
軽く叩いて綴君を膝から下ろす。
ベッドにちょこんと座った綴君は不安そうに俺を見ていた。
「待ってて。お薬ぬってあげるから」
俺が笑うと綴君もホッとしたように笑う。
よしよし、安心していいよ綴君……それに、買い替えておいた新製品を使う時が来たようだ!
ジェルタイプの塗り薬(フレッシュピーチの香り)。1,450円。
それを膝に横たえた綴君のお尻に塗ってあげた。
改めてみると赤くなって痛々しいものだ……労わるように優しく優しく塗ってあげていると、綴君はもぞもぞしていた。
「あはは、くすぐったいの?」
「少し……」
「そう。ちょっと我慢してね?」
柔らかいなぁ……綴君のお尻……ハッ!いかん!不謹慎だぞ!?
これはあくまでアフターケアー……
「先生?」
「はぁいッ!?」
急に声をかけられたもんだから、素っ頓狂な声が出てしまったよ。
綴君は大して気にしてないみたいで話を続けてる……
「先生はたばね君とのプール、どうして断ったんですか?……たばね君は僕と違って可愛いし、何着ても似あうし……
水着だってきっと……それに明るいし、いい子だし……たばね君とのプール……あの……楽しいと思います」
「綴君がいなかったからね」
「え……?」
俺は即答した。当たり前のことだ。
束君はたしかに容姿も内面も可愛い。明るくて、人懐っこくて、一緒にいて楽しいだろう。
『誰にでも愛される』って単語が似あいそうな理想的な、妖精のような子供だ。けれど断言しよう。

俺は綴君一択ッ!!

……綴君本人には言えないので、少し表現をマイルドにして伝える事にする。
「綴君はいい子で優しくて、いつも頑張ってる。それに可愛い。綴君も束君に負けないくらい可愛い。
先生はいつも綴君と一緒にいて、楽しいよ」
「先生……!!」
綴君が感極まったような声を出す。
振り返って俺の顔を見たそうにしていたので、抱き起こして対面した。
「映画、楽しみだね。何か観たい映画があったら、教えてね」
「はい!!」
薄く涙を滲ませながら、ぽふっと抱きついてきた小さな体。
(抱きしめるまでは、セーフのはずだよな……!?)
めったにない感触を確かめるように、俺は綴君を抱きしめたのであった。

その時、保健室のドアをきちんと見張っていた俺に抜かりはない。



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【作品番号】AS2

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