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マッチ売りの双子


昔々あるところに、双子の兄弟がいました。
つい先日父が他界し、直後に母も失踪してしまったので、双子は生活の当てがなくて困り果てていました。
家にはマッチ職人だった父が作ったマッチの在庫だけが山のように残っています。
「はぁ、食べられもしないマッチばかり山積みに置いていって……
やっぱりここは僕が娼夫になって体で稼ぐしか……」
おっとりした兄の千歳がそう嘆けば、気の強い弟の千早が断固反対します。
「天使のごとく清らかな兄様に、そんな事させられません!
こんなマッチでもお父様の置き土産……売ってみましょう!生活の足しになるかもしれない!」
千早の力強い言葉に、千歳にも希望がわいてきました。
「分かったよ早ちゃん!半分ずつ売りにいこう!」
「いいえ兄様!気高く美しい貴方が路上でマッチなど売ったら、下賤の輩に連れ去られてしまう!
マッチ売りはオレに任せて、兄様は家で夕飯を作っていてください!
お母様が帰ってくるかもしれないし!」
「ああ、お母様……あの人、どこへ行ってしまったんだろう?
生活能力も無いのに、フラフラと路頭を彷徨っているのかな?」
母親を心配する千歳の手を千早がぎゅっと握って言います。
「マッチ売りのついでに、お母様も探してみます」
「ありがとう。頼んだよ千早ちゃん……」
兄の笑顔と期待を胸に、千早は勇ましくマッチを売りに出かけました。
そして人の往来が活発な大通りの一角でマッチを売り始めます。

「マッチはいりませんか?よく燃える、マッチはいりませんか?」
声を張り上げ、何度も行き交う人々に呼び掛けてみるのですが、誰もマッチを買ってくれません。
「マッチはいりませんか――?誰か、よく燃える、素敵なマッチはいりませんか――?」
千早がいくら大声を出しても、皆知らんぷり。
あまりの売れ行きの悪さに、千早は段々機嫌が悪くなってきます。
(くそっ……愚民共め、揃いも揃ってオレを無視しやがって!!
貴様らがマッチを買わないと、兄様が売春に足を踏み入れるだろうが!わきまえろこの愚民共が!)
心の中で怒りを爆発させていると、若い二人組が千早に近付いてきます。
「マッチを一つください」
「鷹森……マッチなんて使うのか?」
甘えるように腕に絡みついて、不思議そうな顔をしている少女(?)に、
優しげな青年はにっこり笑ってポケットの中からお金を取り出します。
「こんな小さい子が頑張って売ってるから、何だか急に欲しくなっちゃって」
「そっか……うん、オレも買う!一個ください!」
一気に2個もの善意のお買い上げ。千早は、少女(?)と青年にそれぞれ、マッチを手渡します。
そしてそれぞれから代金をもらいました。
そうすると、青年の方が千早の頭を優しく撫でて言います。
「頑張って。たくさん売れるといいね」
青年の優しさに、千早も大喜び……かと、思ったら……
「はぁぁっ!?たかが一個買ったぐらいの貧乏人が何をいい気になってるんだ!?
“たくさん売れるといいね”だと!?草以下が偉そうに!
だったら200個ぐらい買って行ったらどうなんだ偽善者め!こちとら生活がかかってんだよ!」
と、すごい剣幕で青年達に突っかかります。当然、青年達は一瞬にして真っ青に。
「ご、ごめんなさい!僕……そんなつもりじゃ……!」
「鷹森!ヤバいよ、この子モンスター販売員だよ!逃げよう!!」
「最近の子供怖い!!」
そう言い残して、青年達は走って逃げて行ってしまいました。
千早は“フン、言ってやった!”とばかりに腕を組んで胸を逸らします。
それから気を取り直してもう一度、周囲に呼びかけます。
「マッチはいりませんか――?誰か、よく燃える、素敵なマッチはいりませんか――?」
しかし……ここから先は本当に売れませんでした。
いつしか辺りは暗くなり始めて、千早は焦ります。
今日でたったの2個しか売れていません。
もらった代金は、今夜二人が食べる小さなパン2つくらいにしかなりません。
明日からの生活費はどうするか……愛しの兄様が、汚い性欲の塊に抱かれて捻出する事に……!!
想像しただけで、千早は全身に鳥肌が立ちました。
(そんな事……絶対にさせられない!兄様はオレが守る!どうしても、売らなければ!!)
半ば脅迫観念に突き動かされる千早。
追い詰められた千早の目にふと、一人の男が映ります。
端正な顔立ちの若い男なのですが、いちばん目を引くのが彼の帽子。
宝石やら、花やら、羽飾りやらでゴテゴテと装飾された派手な黒いシルクハットでした。
そんな帽子の男が高級そうな、黒いコートを着て歩いてるものですから、千早は直感的に思います。
“金持ちだ”と。
頭の中に悪魔が囁きました。
“あの金持ちに全部売りつけてしまえ!!”
千早がその声に躊躇する事ありません。帽子男もちょうど千早に近付いてきます。
お互いすれ違おうとしたその瞬間を、千早は逃しませんでした。
「おい待て!」
袖を掴むのに成功し、千早は目をギラつかせて薄く笑います。
相手の男は少し驚いたようですが抵抗はしません。
千早は畳みかけるように言いました。
「ここにあるマッチを全部買え!お前なら安いものだろう!?
お前が金を持っている事は分かってるんだ!マッチを買え!全部買え!
さもなければ、この場でお前の全身を燃やす!!」
今度こそ、男は本当に驚いた表情をしました。けれども千早は男を睨みつけます。
親愛なる兄様を守るため……ここで引くわけにはいきません。
この男がどんな反応をしても、絶対にマッチを売りつけ、代金をぶんどるつもりです。
いっそ、マッチを売りつけなくても代金をぶんどるつもりでした。
そんな殺気満々の千早に、男は拳を軽く握り……
「めっ!」
コツン。
千早の額を軽くワンノックしました。
思いがけない男の行動に、千早は目を丸くしていると男はわざとらしい“おこった顔”で言います。
「何ですか!子供が脅迫で商品を売ろうなどと、嘆かわしい!
新手の強盗かと思いましたよ!保護者はどこにいるんです!?
一言文句を言って、貴方をお仕置きしてもらわないと気が済みません!」
(ほ、保護者だと!?)
まさかの展開に千早は慌てました。
父親も母親もいない千早ですが、兄様がいます。
兄様にこの事を告げ口されてお仕置きされるかと思うと、一気に冷汗が出てきました。
「きっ、貴様ごときをオレの保護者に合わせる義理は無い!
そもそも父親は死んだし、母親は蒸発した!」
ドキドキして、それだけ言うのが精いっぱいです。
しかし帽子男も引きません。すっと不機嫌そうに目を細めて言い返してきます。
「では、他にご兄弟は?」
「うっ……だ、だから!!いたとしてもお前に合わせる義理は無い!
お前は黙ってマッチさえ買ってればいいんだ!無駄口を叩くなこのゴミ虫が!」
「なら仕方がありません。警察屋さんにお仕置きしてもらいましょうか?
檻の中に入れられてお仕置きなんて、ゾクゾクしますね」
「!!」
帽子男の言葉に千早は青ざめます。
警察に捕まって自分が檻に閉じ込められては、誰が最愛の兄様を守ると言うのでしょう!?
兄様は一人でどうやって暮らしていくというのでしょう!?
「警察はやめてくれ!オレがいないと兄様が淫売に走ってしまう!!」
「おや……“兄様”が、いらっしゃるのですね?案内していただきますよ?」
叫び声で全てを掌握されてしまった千早。
ガクリと俯くと、しぶしぶ帽子男を自分の家に案内しました。


家で純白の可愛らしいエプロン姿で料理をしていた兄様は、千早が妙な客を連れている事に驚き、
その男から事情を聞いた時には泣きそうな顔になって平謝りしました。
「ごめんなさい!ごめんなさい!まさか千早ちゃんが……そんな脅迫めいた商売をするなんて……
ダメでしょ千早ちゃん!!」
「ご、ごめんなさい兄様……!!」
半泣きの兄に怒鳴られ、千早も泣きそうになってしまいます。
「帽子のお兄さん……千早ちゃんは許してあげてください!
きっと、お金が無い不安の余りこんな事をしてしまったんだと思います!
全部僕のせいだ……僕が何でもしますから、どうかこの子は見逃してあげてください!」
「兄様!!そんな、兄様のせいじゃないのに!」
必死に千早を庇おうとする千歳と、不安そうな千早。
帽子男はそんな二人にこう言いました。
「私とて、幼い貴方達相手に事を荒立てるつもりはありません。
けれどケジメはつけていただきたくてね。お兄さん、貴方が今すべきことは
悪い事をしてしまった弟を、愛の鞭で教育する事ではありませんか?」
「え……?」
「私に見せてください。貴方が弟を躾ける様子を今ここで。
それさえ見られれば私は満足です。大人しく帰りますよ」
千歳は帽子男を少し気味悪く思いましたが、どのみち千歳も
帽子男が帰った後に千早の事をお仕置きするつもりではありました。
時間が少し早まっただけ。それに、下手に逆らって賠償金を取られたりしたらたまりません。
こんな事で気が済んでくれるなら……と、覚悟を決めます。
「分かりました……貴方の言う通りにします。千早ちゃん、お仕置きするからお尻出して?」
「兄様!!い、いやだ……こんな奴に見られるなんて……!」
「仕方ないでしょう?悪いのは君なんだから」
「嫌です兄様!貴方以外にお仕置きされる姿を見られるなんて!」
二人きりの時はいつだって素直にお尻を出す千早も、帽子男のいるせいか
涙目で一生懸命首を振ります。けれど千歳はそれを許しませんでした。
「僕に逆らうの?」
「!!」
それだけで十分でした。千早はしゃくりあげながらズボンと下着を下ろします。
千歳が近くの壁にかけてあった丸型パドルを手に取りに行くと、
帽子男は喜々として千早の準備を手伝ってくれています。
具体的言えば、食卓の椅子を千早の前に引っ張ってきました。
「ささ、お坊ちゃん。この椅子に手を突くといいですよ」
「燃え果てろこのイカレ帽子!!」
「お兄さ――ん!お仕置き追加お願いしま――す!」
「ああっくそ!居酒屋の追加注文みたいなノリで……!!」
千歳は賑やかな二人の様子に小さくため息をつきました。
その賑やかさも、お仕置きの直前には火が消えたように無くなってしまいます。
代わりに張り詰めるのは緊張感とほのかな期待。
「じゃあ始めるね、千早ちゃん」
「兄様……!!」
声にはまだ嫌がる音色が滲んでいます。
千歳は千早を安心させるように小さな声で言います。
「大丈夫……君のお尻を叩くのは僕。いつもと何も変わらない。あんな帽子男の存在は忘れておいで」
「兄様……」
今度の声は千歳にすべてを委ねるような声でした。
その声を聞くと、千歳はパドル打ちを始めます。
パァンッ!パンッ!パンッ!
「んっ……あ!」
「僕が少し目を離した隙に悪徳商法に走るなんて……君がそんな子だとは思わなかったよ!」
「ああっ、ごめんなさい兄様!」
「ちょっと謝ったぐらいじゃ許さないからね?」
「やっ、あ!ううっ!」
パドルがお尻に当たるたびにビクンと体を波打たせ、悲鳴を漏らしながら
千早は泣き声交じりで言います。
「兄様を守りたかったんです!マッチを売らなければ貴方は……
貴方を売春夫になんてしたくなかった!」
「千早ちゃん……!」
千歳も辛そうな顔をして、けれども弟のお尻を叩くのはやめません。
パンッ!パンッ!パンッ!
「ひぃっ、あぁっ……!!」
「君が僕を守ろうとしてくれるのはすごく嬉しい……!
けど、僕だって君を犯罪者にしたくないんだ!」
「兄、様……!!」
「他人を脅迫して、マッチを売りつけたお金を僕が喜ぶと思った!?」
「うっ……!」
「君はいつも僕の事を“天使”だの“清らか”だの言うじゃない!
その天使で清らかな僕が、そんな汚いお金を喜ぶと思った!?」
「ふ、ぇ……!!」
「僕が、弟が犯罪者になっていくのを喜ぶと思ったの!?ねぇ!!」
「ごめんなさい兄様ぁぁっ!」
兄の悲しそうな声に耐えかねて、千早が泣きながら謝ります。
「オレがっ……オレが間違ってました!!貴方を守りたい一心で、バカなことをして……!
結果兄様を傷つけてしまうなんて……!ごめんなさい兄様!オレ、オレぇぇっ……!!」
「そうだよ!たとえお金は無くても、心まで貧しくなっちゃいけなかったのに!」
「その通りです!ごめんなさい!許して下さい!オレが、愚かでした……!は、ぁぁ!」
パンッ!パンッ!パンッ!
涙を流し、時折痛みに耐えるようにぐっと俯く千早。
幾度となく振り下ろされるパドルに、彼のお尻はすっかり赤くなっていました。
千早は我慢できなくなって叫びます。
「痛い!兄様、痛いです!許して、っ、下さい!お願いです……兄様!」
「どうして僕の為にそんな事しちゃったの!?勝手に犯罪者にならないで!
一人で僕の知らないところに行こうとしないで!叱らなきゃいけないのに……
僕はこうしている間だって君が愛しくて堪らないんだよ……!」
「兄様ぁぁ…………!」
縋るように兄を呼ぶ千早。その泣き顔に、苦痛以外の色が浮かびました。
そしてそれは千歳も同じ事。ただ叱っている以上の感情が芽生えます。
「愛してる!愛してるよ千早ちゃん!だからもっともっとお仕置きしてあげる!
ずっといい子でいて……ずっと傍にいて!!」
パァンッ!ビシィッ!バシィッ!
千歳が一段と激しくパドルを振るうと、千早も大声で泣きだします。
「あぁああああ!ごめんなさい兄様!やだ痛いぃぃぃっ!」
「僕だってこれからの事、不安なんだよ?!でも、君だけは失いたくない!
君の為なら何だってする!ずっと守ってあげる!
千早ちゃんがこのまま犯罪者になって、警察に渡さなきゃいけなくなるくらいなら
ここで君を壊してでも手元に置いておきたい!!」
「兄様!痛い!痛い痛い痛い!うわぁああああん!!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
千早は泣き叫んで体を揺らします。
「ごめんなさい!兄様ぁぁぁっ!許して下さい!ああぁぁぁん!」
泣いてもすぐ許してもらえる気配はありません。
けれど、激しい痛みに耐えながら、必死に声を出しました。
「あぁああ!オレはずっと、ぐすっ、兄様の、傍にいます!!
貴方を苦しめるなら、もうこんな事しません!!うぅっ、でもぉ!!」
泣きじゃくって、苦しそうな千早の顔に、ふいに幸せそうな笑みが浮かびます。
「貴方の不安が無くなるなら、何度でもオレを、叩いてください兄様ぁ!
オレは、壊れてでも……貴方の傍にいたい!!」
「千早ちゃん……!!」
驚く千歳に、千早は続けて言います。
何の恐れもためらいもなく、ハッキリと。
「貴方が望むなら、構いません!オレを……壊して……兄様!!」
「――――!!」
その言葉は、千歳にとって息をするのを忘れるくらいの衝撃でした。
同時に大きな感情に突き動かされます。
その感情がショックなのか喜びなのか分からないけれど、千歳は気づけばパドルを振り上げて……
次の瞬間。

「素晴らしい!!」
突如、帽子男が興奮した様子で叫びます。
その声で千歳はまるで幻覚から覚めたかのように我に返りました。
パドルを振り上げた手もそのまま止まりました。
帽子男は固まっている千歳の前に歩み出て、黒い名刺を手渡します。
「実は私、地下劇場で仲間と一緒に『ミッドナイト・ティーパーティー』という舞台をやっているんです!!
いわば劇団の団長と言いましょうか……とにかく、お二人を見て確信しました!まさに私の探し求めた人材!
ぜひうちの花形役者になって、一緒に舞台を盛り上げてください!」
「あ……」
まくしたてる帽子男から名刺を受け取りながら、千歳はどうにか落ちつきを取り戻しました。
そして帽子男の話を理解して困惑します。
色欲逞しい金持ちばかりが足繁く通うと噂の地下劇場にはいい印象を持っていなかったからです。
「……あの、僕らに見せ物になれと?」
「見せ物だなんて、そんな野暮なものじゃありません!
我々は見られるのではなく“みせる”者!魅力の魅と書いて“魅せる”者!」
「僕はともかく、千早ちゃんを巻き込むのはお断わりしたいのですが」
「お気持ちはお察ししますよ」
爽やかに笑う帽子男。
劇団を取り仕切っていると聞いた後はその笑顔も芝居臭く見えます。
「ですが二人じゃないと意味が無いし、こちらも雇えません。
この話を断って明日からの生活はどういたします?売春なんてやめておきなさい。心が空っぽになる」
「まるでやった事あるような言い方ですね」
「ええ。むしろ現役ですから」
あまりにも軽い帽子男の言葉に千歳も千早も驚きましたが、当の帽子男は何でも無い様子で話を続けます。
「あぁ、勘違いしないでくださいね?私はうちの劇団や劇場に資金援助をしてくださるスポンサー方に、
お礼として体を提供しているだけ。他のメンバーにはそういう行為はさせていません。
もちろん、貴方達にもさせるつもりはない」
千歳は帽子男の顔を見ながら考えます。
確かに彼の言うとおり、この話に乗らなければ自分は売春をする事に……
帽子男の劇団の役者になれば生活費は稼げるし、貞操の安全は保障してくれています。
他の条件しだいでは乗ってもいいような気がしました。
「詳しいお話を聞かせてください。貴方達と舞台をやるかどうかはその後決めたいです。
でも最初に言っておきますけど僕ら、演技は素人ですよ?」
その千歳の言葉に帽子男は嬉しそうに何度も頷いて
「ええ、ええ。いくらでも詳しくお話しますよ。こちらは貴方達が必要ですから。
なに、演技力など要りません。今見せていただいたことを、観客の前でしていただければ……」
そう言って、詳しい説明を始めました。



それから、数ヵ月後。
地下劇場は相変わらず、汚れた欲望で胸を膨らませる金持ちの客で賑わいます。
大きなシャンデリアを中心とした豪華な内装のこの劇場は
地下とは思えないほど明るく輝いて、華やかな雰囲気です。
もっとも、劇が始まるとそのシャンデリアの照明は落ちて舞台照明だけになります。

そんな劇場の舞台裏では今日も出番を待つ小さな双子の姿。
お互いボンテージ姿なのですが、千歳の方は白と水色の不思議の国のアリス風トップレス。
千早の方は露出優先、亀甲縛り風のボンテージ(ブラック)。
止め具や繋ぎの金具にはトランプのシンボル入りです。

演目もついにクライマックスに差し掛かった時、
舞台の上の帽子男が高らかに二人の出番をアナウンスします。
『さぁさぁ皆様、お待たせいたしました!
そろそろ今夜のティーパーティーのメインディッシュと参りましょう!
当劇団のスーパースター、まさに二人は鏡の幻惑!加虐と被虐の美しきワルツ!
皆様盛大にお迎えください!“ルナティック・アリス”の二人です!!』
一瞬にして湧き起こる歓喜の声と割れるような拍手。
大観衆の中へと二人を誘う合図です。
千歳が千早の首輪のリードを引いて言いました。
「いくよ……千早ちゃん」
「はい、兄様」
チャラリと鎖を揺らして二人は舞台へ移動します。
二人が舞台に立つと、いっそう大きくなった拍手と歓声に包まれました。
千歳と千早はお互いに嬉しそうに目を合わせて、今夜も始めるのです。

――あの日の様なお仕置きを。



【舞台裏】

今夜のショーも大盛況のうちに終わり、控室では役者達が思い思いに過ごします。
そこにはもちろん“ルナティック・アリス”の二人の姿も。
ベッドにうつ伏せになった千早の火照ったお尻に、千歳が優しく薬を塗っています。
「んっ……ぁ……兄様!」
「どうしたの可愛い声出して?薬塗ってるだけだよ?じっとして」
兄の手がお尻の上を滑るたびに、千早は身じろぎして艶っぽい声を出します。
「やっ……兄様ぁ……!」
「もう、そんな声ばっかり出して……お尻の外だけじゃ足りない?中も薬塗っちゃう?」
「そ、それは……!」
ぱっと頬を赤くした千早。
と、そこへ……
「お疲れ様です千歳様、千早様ぁぁぁ!!」
花束を抱えた帽子男がハイテンションで飛び込んできます。
「今日も素晴らしかったです!見てくださいこの花束!
観客もすっかり貴方達の虜ですよ!私も、貴方達の演技中は何度トイレに駆け込みたくなる事か!!」
「うるさいなぁお前は。僕らが今何してるか見えない?」
千歳が帽子男を睨んで冷ややかに言うと、帽子男は嬉しそうにペコっと頭を下げます。
「ああ、すいません、すいません!お詫びに足でもお舐めしましょうか千歳様?」
「やめて汚れる。僕の足を舐めていいのは千早ちゃんだけ。お前は床でも舐めてればいいよ」
「そうですね!そうします!」
「本当、どうしようもないゴミ虫だなコイツ……」
千歳に何を言われてもドM反応な帽子男に、千早も呆れ顔です。
そんな千早達の近くでは、他のメンバーも一日の疲れを癒していました。

「お疲れ様ぁお母さん!今日もとっても素敵だったよ!」
そう言いながらかいがいしく、可愛らしいドレスの若い女性の手足を蒸しタオルで拭いているのは、
黒いウサギの耳を付けて、首にカラーと黒リボンを付け、あとは腰に黒のエプロンだけ巻いた青年。
前に千早のマッチを買いに来た二人組の片方でした。
一方、彼に体を綺麗にしてもらっている女性はピクリとも動きません。
虚ろな目で一点を見つめているだけです。
千早はお揃いの茶髪な二人を今日も怪訝そうに見つめて言います。
「鷹森が純粋に一番怖いよな……」
「怖いだなんて。彼は“母親想い”なだけですよ。あの子がいるから女王様の世話は大助かりです」
そう言ってニコニコしている帽子男。
『鷹森』はあのウサギの青年。『女王様』は、『ハートの女王』と呼ばれる、あの人形のような女性の事です。
帽子男が言うに、あの二人は本当の親子ではなく(そもそも若さがそんなに変わりません)、
「鷹森君が母親を欲しがっていたからあげた」そうです。
しばらくすると、女王様が突然叫び出します。
「な、何よここ!?いや……嫌っ!!千賀流さん!千賀流さん助けて!!」
「お母さん……そっか、またいつもの悪い夢をみているんだね?」
「いやぁぁぁ!どこよここぉ!?千賀流さんの所へ帰してぇぇぇっ!!」
「大丈夫だよお母さん。僕が傍にいるから。怖くない、怖くない」
「助けて!誰か!千賀流さん助けてぇぇぇ!!」
「お母さん……大丈夫だからね」
叫ぶ女王様と、抱きしめて宥める青年。
このやりとりを見るたびに、千早は胸の奥がゾクゾクとざわめきます。
青ざめる千早の肩を、千歳が慰めるように叩きます。
「違うよ。千早ちゃん」
「兄様……!」
「彼女は“鷹森さんのお母さん”」
「そう……ですよね」
決まってそう微笑む兄に、千早の心はいつも軽くなります。
けれど二人は薄々気づいていました。“千賀流”は自分達の父親の名前。
女王様の髪の根元……自分達と似た色みの髪が生えかわっている事。
きっと、目立つ頃には根元までまた鷹森とお揃いの髪色に染まっています。
それでも二人でその事には目を逸らし続けます。
しばらくすると、女王様は鷹森の腕の中で大人しくなります。
また虚ろな目をして動かなくなりました。
帽子男は何気なく言います。
「真由、今日のタイムは?」
「23分46秒。前回より5分2秒ダウン。最短時間更新だな」
いつの間にか帽子男の傍に、懐中時計を持った少女が立っています。
この“真由”も千早のマッチを買いに鷹森とやってきた少女です。
ここにきて両性具有だというのと、帽子男の血の繋がった妹だと分かったわけですが。
赤いウサギの耳を付けて、首にカラーと赤リボンを付け、あとは腰に赤のエプロンだけ巻いている
その少女の言葉に、帽子男は嬉しそうに頷きます。
「よしよし、着実に短くなってるな。
このまま無くなってくれるといいんだけど……あの発作。
舞台の上で起こされたらと思うと冷や冷やするんだよ」
「だよなぁ〜、鷹森もその方が安心するだろうし。あ、おにぃ、そろそろ時間」
「お、そっか!ありがとう!はいはい皆さん!
私、いつものお礼に行ってきますので、お留守番よろしくお願いますね――!」
帽子男は明るく出かけていきます。
鷹森と真由は夜食を作り始めました。

意思の消えかけた他人を自分の“母親”にして愛でる『鷹森』。
僅かな意思もやがては消えて、人形になり果てるであろう『女王様』。
奇妙な“お茶会”を身売りしてまで存続させる『帽子男』。
自分の兄の淫売を顔色一つ変えず見送る『真由』。

(ここの人間は皆もうダメだな……)
千早はそう思ってため息をつきます。
そしてその“皆”の中には、自分と兄様も入っている事に、諦めと不安の感情が入り混じります。
「兄様……オレ達って、今幸せなんでしょうか?」
「僕は千早ちゃんが傍にいれば幸せだよ」
「……!!オレも兄様が傍にいれば幸せです!」
兄様のたった一言で、千早の不安は消え、幸せな気分になります。

こうしてマッチ売りだった双子は、
いつまでもいつまでも幸せな気分で暮らしました。




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【作品番号】FS3

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