TOP小説
戻る 進む
夕月デレラ(後編)



幸い、家に付いた時には家族は誰も帰ってきておらず、
夕月デレラは返すのを忘れて着て帰ってきてしまった豪華な服を部屋に隠し、
何事もなかったように家族を迎えました。
詩月が持って帰って来てくれたお城のケーキをもらった時には
少し罪悪感がありましたが、その日は事なきを得ました。

しかし、事件は数日後に起こります。
突然義兄に呼び出され、大広間で親族に囲まれる夕月デレラ。
進み出た義兄が夕月デレラの頬を力任せに平手打ちます。
バシィッ!!
体の小さな夕月デレラは床に転がるように倒れ伏し、
夕月デレラの前には、あの“城で着ていた服”が投げつけられます。
義兄が声を荒げて言いました。
「貴様、こんな高価な服をどこで手に入れた!?
うちの金庫から金を盗んで買ったんだろう!?恩を仇で返しおってこの泥棒猫!」
義兄の剣幕と、頬の痛みで怯えて涙目の夕月デレラ。それでも必死で無実を証明しようとします。
「違う!!このドレスは王子様が貸してくれて……」
「王子!?嘘をつくな!お前のような泥棒猫は鞭で懲らしめてやる!」
義兄は使用人に鞭を持ってこさせます。柄で何本もの革紐が束ねられたいわゆるバラ鞭です。
夕月デレラはますます怯えて、泣きながら言います。
「義兄さん!信じて!私はお金なんて盗んでない!
私を育ててくれたこの家には感謝してるんです!信じてください!」
「うるさい!早く尻を出すんだ!」
「お、義兄さんやめて!助けて!義父さん助けて!」
粗末な服を剥がれ、お尻を丸出しにされながら泣き叫ぶ夕月デレラ。
親族が一斉に家長である義父を見ます。しかし、年老いた家長はしわがれた、冷たい声で言います。
「やれ」
その一言で、四つん這いにさせられた夕月デレラのお尻にバラ鞭が当たります。
パシィッ!!
「うわぁぁぁんっ!!」
最初の一発から泣き喚く夕月デレラ。
パシィッ!!パシィッ!!パシィッ!!
「わぁぁぁん!痛いよぉ!助けてぇ!誰かぁぁぁ!!」
いくら泣いても、夕月デレラを助けに出てくれる人は誰もいません。
鞭の音だけが響いて、夕月デレラのお尻を赤く染めあげます。
パシィッ!!パシィッ!!パシィッ!!
「やめてぇ!許して!助けてぇぇ!私は何も盗んでないよぉ!!」
「まだとぼけるつもりか!往生際の悪い!」
夕月デレラが一生懸命無実を訴えると逆に、激しく鞭打たれてしまいます。
パシィッ!!パシィッ!!パシィッ!!
「あぁあああん!助けてぇ!義兄さぁぁぁん!信じてよぉぉ!」
「早く罪を認めて謝るんだ!でないと罰にすらならん!永遠に終わらんぞ!?」
「いやだぁぁぁっ!私はやってない!やってないよぉっ!」
何を言っても信じてもらえず、夕月デレラは混乱します。
しかしここでやってもいない罪を認めてしまえば、もっと酷い目にあうに違いありません。
夕月デレラは無実を訴え続けます。
「義兄さん!あぁっ、義父さん!ふぇぇっ、許して下……さい!
私は、ひぅぅっお金なんて盗ってないんです!わぁあああん!」
パシィッ!!パシィッ!!パシィッ!!
いくら泣こうが喚こうが叩かれ続け、夕月デレラのお尻は真っ赤でした。
頑として罪を認めない夕月デレラに義兄はさらに恐ろしい事を言い出します。
「これだけ鞭で打っても認めないとは……もっと痛みを与える鞭じゃないとダメらしい」
「ひっ!?や、やめて!!これ以上痛くしないでぇっ!お尻骨折しちゃう!怖いよぉぉ!うわぁあああん!」
「なら罪を認めるんだ!チャンスはあと100回以内だぞ!?」
パシィッ!!パシィッ!!パシィッ!!
罪を認めなければもっと痛い思いをさせられて、
罪を認めても、きっと“今まで嘘をついた”と、痛い目に遭わされる……
夕月デレラはあまりの絶望に息苦しくなります。
「はぁっ、はぁっ、痛いぃぃっ!どうして誰も信じてくれないのぉっ!?」
夕月デレラの声に反応する者はいません。
それでも夕月デレラは必死に冷たい群衆に声を投げます。
「いやだぁぁぁぁっ!誰かぁ!誰か信じてよぉ!誰でもいいからぁ!」
パシィッ!!パシィッ!!パシィッ!!
まるで痛みだけが続く地獄のようでした。鞭の数も夕月デレラには分かりません。
もうすぐ100に到達するのではないかと怖くなりました。
「うわぁあああん!!怖いよぉぉ!嫌だよぉぉ!」
泣きながら、決して呼ぶ事のできない名前を呼んでみます。
(詩月……!!助けて!!)
そう、優しい義甥はきっと自分を助けてくれるはず。
けれども夕月デレラは、親族がほぼ全員自分を責める中で
彼にプレッシャーを与えるのが気の毒で今まで縋れなかったのです。
(詩月は……私を信じてくれてるはず!声に出さないけど、きっと……!)
そう思うと、それだけでふっと心が軽くなりました。ふいに気が遠くなります。
その時……
「もうやめてくださいお父さん!!」
詩月が夕月デレラを庇う様に寄り添います。
義兄の鞭打ちが止まって、夕月デレラはその場にふらっと倒れてしまいました。
「夕月デレラさん!ああ、夕月デレラさんは必死で無実を訴えてたのにあんまりだ!
すぐに手当てをします!お父さんどいてください!」
「詩月!夕月デレラの罰はまだ終わってない!お前こそ、そこををどけ!」
「何を言ってるんですか!夕月デレラさんにはもう体力が残ってないんです!
それに、きっと彼は無実だ!今すぐに家じゅうのお金を数えてください!」
「父に逆らうのか詩月!?夕月デレラから離れるんだ!
さもないと、そいつを全裸にして吊るし上げて鞭で打つぞ!」
「お父さん!!貴方はそこまで落ちてしまったんですか!?」
詩月にしっかりと抱き寄せられてぼんやりする夕月デレラ。
そこへ、使用人が慌てた様子で走って来ました。
「旦那様!た、大変でございます!!」
「何だ騒々しい!?」
義兄が怒鳴ると、使用人は真っ青になりながらも叫ぶように言いました。
「お城の使いの方が……いらして!!」
「何だと!?」
その場にいた親族全員がざわめきます。
義兄は慌てて使用人と親族に言いました。
「すぐにお通しするんだ!皆、くれぐれも失礼のないように!詩月、お前も早く皆と行くんだ!」
「でも、夕月デレラさんが……」
「早くするんだ!夕月デレラは放っておけ!」
詩月は他の親族に強引に連れて行かれて、部屋には誰もいなくなり
夕月デレラは広い部屋にポツンと倒れていました。


さて、お城の使いがやってきた理由は『人探し』。
小さなクッションに恭しく乗せられているのは、エメラルド色の宝石。
この宝石をはめる事の出来るブローチを持った人を探していると、その人は『夕月デレラ』と名乗ったと言います。
そして2人の王子がその人に大変な恩があってお礼がしたいと。

「生憎……夕月デレラという者はうちにはいません」
義兄がしれっと言い放ちました。
詩月は驚き、そして唇を噛みました。
ガッシリとした城の使いは、もう皆に一度尋ねます。
「本当にこの家に、夕月デレラという人物はいないのですね?」
親族全員が示し合わせたように頷きます。“いない”と。
しかしただ一人頷かず、悔しそうに俯いてる詩月を城の使いは見逃しませんでした。
「……そこの青年、貴方も夕月デレラさんを知らないのですね?」
そう聞かれた時、詩月の父と祖父が詩月に無言の圧力をかけていました。
けれど詩月は、意を決して言います。
「いいえ……僕は、夕月デレラさんを知っています!彼はこの家に住む僕の叔父だ!!」
「詩月!!」
父の怒号にも詩月はもう負けません。
「僕はうんざりなんですよお父さん!夕月デレラさんが苦しめられるのを見るのは!
この家にいたって彼は一生幸せになれない!!」
そう叫んで、夕月デレラの取り残された部屋に走って行きました。
まだお尻を出したまま、ぼんやりと倒れていた夕月デレラを抱き起こし、詩月は泣きながら言います。
「城の使いが貴方を探していますよ夕月デレラさん!宝石の無いブローチを持っていますか?」
「うん……」
「ああ、良かったぁ……王子が貴方にお礼がしたいそうです!
その時に、王子にこの家で虐待されていると訴えればいい。
王子達はきっと良くしてくれるでしょう。この家から解放されます。
貴方はやっと幸せになれる……!大好きな貴方がやっと幸せになれる……!」
「詩月……泣かないで……私、今でも幸せだよ?」
「夕月デレラさん……!さぁ早く行きましょう!」
詩月は夕月デレラの服を整え、抱き抱えて、城の使いの元へ行きました。
エメラルドの宝石は、夕月デレラが大事に持っていたブローチとピッタリ合い、
夕月デレラは晴れてお城に招待される事になりました。


そこから事はトントン拍子に進みます。
夕月デレラは渋ったのですが、詩月が王子達に夕月デレラが
日常的に親族から酷い扱いを受けていると訴えました。
王子達はたいそう気の毒に思い、夕月デレラを城に住まわせると言ってくれました。
夕月デレラは絵を書いていたので、城のお抱え画家として。
そして夕月デレラの強い希望で、詩月も城に住まわせてもらう事になりました。
“夕月デレラの世話係”として。夕月デレラは遠慮しましたが、こちらは詩月の強い希望でした。

こうして、2人の王子と、お抱え画家と、伊藤さんと詩月の楽しい生活が始まります。
お城へやってきた夕月デレラは、あの純白の服を着て廊下を歩きながらしみじみと言いました。
「夢みたいだよ……ボロ屋根裏部屋から、お城住まいになるなんて!
これもケント君とニッカポッカ君のおかげだね!」
「だぁーかぁーらぁー、俺はケンスケニコルクリステアルですって!覚えてください!」
「だって、ニッカポッカの方が言いやすいんだもん」
夕月デレラが嬉しそうに笑うと、隣のケンスケ王子は頭をかいて困っています。
あれから真面目に勉強するようになった第二王子は、今日は王子っぽい正装を着ています。
そんな二人の横に、ケント王子が並んで言いました。
「僕みたいに『ケンスケ君』って呼んだらいかがですか?夕月デレラさん」
「あ!私も『ケンスケ君』って呼んでいいの!?
良かった、誰か言ってくれるまで呼びづらくて……これからは私も『ケンスケ君』って呼ぶね!」
「変なとこ律儀ですね……アンタ……」
楽しそうな王子と画家の後ろから、執事の二人が並んで歩いています。
「伊藤さん……僕も夢みたいです!夕月デレラさんの食事もお風呂も寝る時もお世話できるなんて!
伊藤さんも、ケント王子とケンスケ王子のお世話をしてるんですよね!?先輩としてご指導お願いします!」
「いや……俺はそんなに細かい世話はしてないけど……ま、いっか。
やる気のある人材は、好きだぜ!」
こちらもこちらで仲良く歩いているようです。

こうして夕月デレラは、お城でいつまでも幸せにくらしました。




気に入ったら押してやってください
【作品番号】FS2

戻る 進む

TOP小説