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夕月デレラ(前編)



昔々、ある家に夕月デレラというダンディーなナイスミドル(本人談)がいました。
夕月デレラは両親も知らず、育て親にも捨てられて大堂家という大きな屋敷に引き取られました。
大堂家の人々は毎日夕月デレラの悪口を言って虐めます。
『下賤な画家の連れ子が大きな顔をして……』
『きっと大堂家の財産を狙ってるんだ……』
『強欲だこと……アレを大堂家の人間だと認めてはいけないわ……』
そんな言葉に夕月デレラは悲しくなりますが、どうにもできません。
今日お城で開かれパーティーにももちろん参加できません。
夜には着飾って出かける皆をお見送りです。
(私もパーティーに行きたいな。美味しいおやつがいっぱいあるんだろうなぁ……)
夕月デレラがそんな事を考えてるうちに、夜がきました。

皆は嬉しそうにパーティーに出かけます。
夕月デレラに声をかけて行く人はいません……と、思われましたが
ただ一人、義理の甥の詩月だけは夕月デレラを心配そうに見ながら言いました。
「夕月デレラさん……」
「いいんだよ詩月。私の事は気にせず、楽しんできてね」
夕月デレラが笑顔で手を振ると、詩月は何度も振り返りながら出かけて行きました。
皆がいなくなってたった一人になった夕月デレラは、気を紛らわせる為に大好きな絵を描く事にしました。

夕月デレラは自室に戻りました。粗末な離れの屋根裏部屋が夕月デレラの自室です。
でも夕月デレラはこの部屋が好きでした。ここに来れば好きな絵が思い切り描ける。
皆の悪口も聞こえてきません。
「よし、今日はお城のおやつを想像で描くぞ!いっぱい描くもんね!」
張り切って、夕月デレラが絵を描こうと準備をしていると……

バキバキバキガシャァンッ!!

「ぎゃぁああああっ!?何ぃ!?」
夕月デレラの目の前に、屋根を突き抜けて何かが落ちてきました。
もくもくと舞うホコリの煙がおさまると、そこに落ちていたのは男の子……
怪しげな深緑のローブに身を包んだ青年でした。
「痛てててて……何だよここ……」
丁度夕月のベッドに不時着した青年は、頭をさすって起き上がります。
夕月はビクビクしながらその子に話しかけてみます。
「き、君は……誰……?」
「へっ!?」
「もしかして泥棒さん?!ケーサツに捕まえてもらうぞ!!」
「ち、違います!俺は泥棒なんかじゃありません!」
「じゃあ誰なのさ!!」
「そ、それは、あの……」
青年は夕月デレラの言葉に慌てていました。
アレコレ考えるような間を開けて、ぱっと笑顔になるとこう言います。
「そ、そう!俺は通りすがりの魔法使いですよ!」
「魔法使い!?」
「ええ!魔法使いです!」
青年の言葉に夕月デレラの顔は輝きました。すっかり青年の言葉を信じた様子です。
さっきまで怯えていたのに、興味津々に青年に近付いて言いました。
「ね、ねぇ!だったら、私をお城のパーティーに連れてってくれる!?
私、綺麗な服とか馬車とか持ってないけど、魔法で何とかできる!?」
「し、城!?俺、城は嫌なんですけど……」
「じゃあ魔法使いじゃないじゃん!通報してやる――!」
「わわっ、待ってください!分かりましたよ!用意すればいいんでしょう!?
何なんだこのワガママなおっさん……」
「やったぁ!ありがとう魔法使いさん!早く魔法使って見せてよ!見たい!」
「はいはい。チチンプイプイ柿の種〜っと……伊藤さんに来てもらうしかないか……」
魔法使い青年はそう言って、大きなため息をつきました。

それから少しして、夕月デレラの家に大きな白い馬車が到着します。
花の蕾をモチーフにしたかのような美しい馬車に夕月がはしゃいでいると、
中からガッシリしたSP……ではなく、執事っぽい青年がでてきます。
魔法使いの青年がその執事青年に言いました。
「伊藤さん!急な話で申し訳ないんだけど、さっき連絡した通り、
このおっさんに適当な服見繕って、城に連れてってやってくれないかな?」
「それはいいけど……君は?」
「伊藤さん、俺の味方だろ?」
「……後でどうなっても知らないよ?」
困った顔の執事青年の“伊藤さん”はそう言って、傍でソワソワしてる夕月デレラに向き直ります。
そしてにっこり笑いました。
「お待たせしております旦那様。お召変えをいたしましょうね。
馬車から旦那様に似合いそうな物を持って参ります」
「うん!!」
瞳を輝かせて頷いた夕月デレラ……しかし、ハッと気づいて魔法使いの青年に言います。
「魔法使い君は見ちゃダメだぞ!えっち!」
「全然、全く、これっぽっちも見たくないですッ!!」

そんなこんなで着替えを済ませた夕月デレラは……
純白の、薄いレースを表面に重ねた足首まであるゆったりした長服。
肩には金糸で絢爛な刺繍の施された帯状の白布をかけて、
その上からこれまた金の刺繍に縁取られた白のロングケープを羽織っています。
そして頭は白い、ベレー帽の様な丸い帽子。帽子の端には美しい装飾の丸いブローチが付けられました。

生まれて初めて豪華な衣装に身を包んだ夕月デレラは嬉しそうにくるりと回って見せます。
ロングケープがふわりと波打ちました。
「すごいすごい!こんな綺麗な洋服初めて着たよ!ねぇカッコイイ!?私カッコイイ!?」
「よくお似合いですよ旦那様」
「へぇ……見れるようになるもんですね。何か、真っ白くて教会にいそうな感じ……」
「わぁい!これでお城に行けるよ!ありがとう二人とも!」
大はしゃぎの夕月デレラに、伊藤さんと魔法使いの青年はお互い笑顔を交わしました。
そして魔法使いの青年とは別れて馬車に乗った夕月デレラ。
いよいよお城へ向けて出発です!


到着したお城では、本当に華やかなパーティーが始まっていました。
着飾った人々の波を掻き分け掻き分け、夕月デレラは豪華な料理に夢中です。
好きなだけお皿にとって、端の方で一人で楽しそうにもぐもぐ食べていました。
ガトーショコラにプティング、イチゴのパイ……そして、次の生クリームケーキを頬張ると……
「王子様!私と踊ってください!」
「いいえ!私と踊ってください!」
「私と!王子様!私と踊ってください!」
女性達の迫真の声。
夕月デレラが声の方を見ると、着飾った乙女に囲まれて困惑する青年がいました。
短い黒髪が爽やかな印象の優しそうな青年。
濃紺を基調とした華やかな正装は、この城にいる他の誰とも違う雰囲気のもので、
独特の高貴さを放っています。彼に良く似合っていました。
合わせて、着飾った姫様方に『王子様』と呼ばれていたからには、彼がこの城の王子様なのでしょう。
夕月デレラはもぐもぐと口を動かしながら見つめます。
(へぇ……あれが王子様か。若いなぁ。モテモテで羨ましいや……)
そんな事を考えていると、ふいに歩いてきた誰かとぶつかってしまいます。
「おっと、失礼……」
と、言った人物を見て夕月デレラはドクンと心臓を跳ねあげました。
相手は上質な黒い正装に身を包んだ若い男。彼もまた、夕月デレラを見て目を見開きます。
「夕月デレラさん……!?」
(し、詩月!?)
まさかの義甥との鉢合わせ!?と、思いきや詩月の方は寂しげに目を伏せて首を振りました。
「いえ、すみません。人違いです。夕月デレラさんがここいるわけがない……」
「あ、あの……えっと……」
「けれど、貴方を見ていると何故だろう……胸が安らぐ……それでいて、湧きあがるこの情熱は一体……」
「わ、私は……」
何を返していいか分からずに、しどろもどろの夕月デレラ。
そんな夕月デレラの手を優しく取る詩月。
驚いて顔を上げると、少し頬を上気させて瞳を潤ませた詩月と目が合います。
「美しい人……僕と踊っていただけますか?」
「えぇっ!?それは、あの……私、急ぐからッ!!」
夕月デレラは詩月の手を振り払って、一目散に走って逃げました。


(ああビックリした!詩月にバレちゃったらどうしようかと思った!
それにしても詩月……酔っ払ってたのかな?お姫様でも誘うみたいに私と“踊ろう”なんて)
気がつけば明るい大広間を出て階段を上って、薄暗い廊下に来ていました。
そこは外の景色が見える吹き抜けの廊下で、夕月デレラは何気なく星空を見上げます。
「気持ちいい……」
心地よい冷たさの夜風に吹かれ、夕月デレラは思わず帽子を取って目を閉じました。
しばらく夜風を楽しんだ夕月デレラ。意識はふと、自分の持っている帽子に注がれます。
そう、帽子に付いている高価そうな丸いブローチに。
「やっぱり、綺麗だなコレ……この模様ってどうなってるのかな?」
夕月デレラが何気なくブローチをいじっていると……
ブローチの宝石が取れてしまいました。
エメラルド色の宝石が指の間をすり抜けて床に転がります。
「…………」
とっさに気持ちが追いつかず、呆然とする夕月デレラ。
しかし一拍置いて……
「……う、うわぁぁぁぁああ!!何コレ!?取れちゃった!弁償!?これって弁償モノ!?
どどどどうしよう!?」
パニック状態の夕月デレラは、宝石を拾ったり投げ捨てたりを繰り返していました。
そうしているうちに後ろから声が聞こえます。
「そこで何をしているんですか?」
「ひぃっ!?」
ビクリと震えて振り返る夕月デレラ。
見ると、先ほど見た王子様がこちらに歩いてくるではありませんか。
夕月デレラは帽子を被り、慌てて王子様に言います。
「わわわわ私は夕月デレラ!ブローチの宝石が取れちゃっただけの
クールでダンディーなナイスガイ!決して怪しいモノではないんです!」
「…………」
王子様は呆然と夕月デレラをみつめていましたが、突然クスリと笑います。
「ふっ……!あ、ごめんなさい。初めまして夕月デレラさん。
僕はこの城の第一王子、ケントニコルクリステアルです」
「け、ケント……ニ……ニッカポッカ?」
「ケントでいいですよ」
王子様というだけでビクビクしていた夕月デレラですが、彼の優しい笑顔を見て
緊張も警戒心も解けてきました。
「でも……ケント王子はこんなところで何してるの?パーティーに出てなくていいの?」
「それが……」
ケント王子は悲しそうな顔をして言いました。
「弟が行方不明になってしまって、パーティーに集中できないんです」
「えぇっ!!?」
いきなり告げられた『王子の弟失踪事件』に、夕月デレラは驚きます。
王子の弟と言えば第二王子。国の一大事です。
「大変だ!!い、一体いつから!?」
「ほんの数時間前です……。弟は、最近遊んでばかりで全く勉強せず……
教育係から成績が下がる一方だと泣きつかれて、仕方が無いので今日は部屋に閉じ込めて
勉強させていたんです。パーティーにも出さないつもりでした。
ですが、さすがに可哀想になったのでパーティー直前に部屋を覗いてみると……誰もいなくて!!」
「そ、それで……王子の行方は!?」
「分かりません……そんなに遠くには行ってないと思うのですが……。
なるべく、事を大きくしたくないから派手な捜索もできなくて困っているんです!!
どうしよう!!ケンスケ君に何かあったら僕は……僕は!!」
「落ち着いてケント王子!!そうだ、もう一度、弟王子の部屋に行ってみようよ!
どこへ行ったか手がかりがあるかもしれない!!」
「え……?そ、そうか!思えばケンスケ君の部屋はよく調べていませんでした!」
夕月デレラの案で、弟王子の部屋へ行った2人。
そこで見つけたのは……!

「「あっ!!」」
夕月デレラとケント王子は一斉に声をあげます。
部屋に、いたのです。夕月デレラを変身させてくれた深緑のローブの魔法使い青年が。
思わぬ天の助けに、夕月デレラは嬉しそうにかけよります。
「魔法使い君!君もパーティーに来たの!?助かった!
実はね、この城の第二王子様が行方不明なんだ!君、魔法で探せないかな!?」
「へ!?あ、……いや、その……」
魔法使い青年は、夕月デレラとケント王子を交互にみながら慌てていましたが、
やがてローブのフードを目深にかぶってから言いました。
「それは一大事!!分かりました!王子の行方は、この大魔法使いが必ず見つけてしんぜましょう!
そうと決まれば善は急げ!さっそく魔法使いのアジトに帰って王子の行方を捜します!ではさらば!」
「待って!!」
足早に去ろうとした魔法使い青年は、ケント王子の声に縫い止められます。
ケント王子は魔法使い青年に近付いて言いました。
「君がわざわざ自分を探す必要なんて無いよね?ケンスケ君……」
「な、何のことやらケント王子……この顔はたまたまケンスケ王子に似ているだけ。
我こそは伝説の大魔法使い!!その気になればドラゴンも召喚でき……いたたたたっ!!」
途中までノリノリだった魔法使い青年は、ケント王子に耳を引っ張られて顔をしかめました。
「できません!!ドラゴンなんか召喚できません!ごめんなさい!魔法使いじゃないです王子です!」
「え……えぇ!?魔法使い君が行方不明の王子様だったの!?」
驚く夕月デレラ。ケント王子はやっと耳を引っ張っていた手を離して言います。
「夕月デレラさん、紹介します。彼はケンスケニコルクリステアル。
この城の第二王子で、僕の弟です。」
「そ、そっか……よろしくね、ケンスケ……二……ニッカポッカ君!」
「ケンスケニコルクリステアルです!!」
ケンスケ王子は引っ張られた耳をさすりながら言いました。
これで見事に『王子の弟失踪事件』は解決……なのですが……

「ケンスケ君!どうして勝手に部屋を出たりしたの!?本当に心配したんだからね!?」
「分かってるよ……だ、だから……こうやって帰ってきただろ……」
「分かってないよ!分かってたら最初からこんな事しないでしょ!」
ケント王子に叱られてうなだれるケンスケ王子。
夕月デレラはオロオロしながら流れに身を任せるしかありません。
「遊びまわって勉強しなかったのも許せないけど、勝手に城を抜けて皆に心配かけたのも許せない!
君には少し痛いお仕置きしなきゃね?」
「えっ……体罰反対!!誇り高き王族が子弟を暴力で躾けるなど、なんと野蛮な!!
由々しき問題だ!お爺様も草葉の陰で泣いて……」
「誇り高き王族が、勉強をすっぽかして行方不明になる方が大問題だよ!
しっかり反省してお爺様に謝りなさい!ほら、こっちだよ!」
「あっ、ちょっ……!!」
ケンスケ王子はケント王子に強引に手を引かれます。
そして、大きなベッドに座ったケント王子の前に立たされて……
「さぁ、ローブとかズボンとか邪魔なもの全部脱いで、お尻出して」
「嫌だよ!!」
「……脱がせて欲しいの?」
「くそぉ!脱げばいいんだろ脱げば!!」
ローブやら、ズボンやら、雑に脱ぎ捨てたケンスケ王子。
お尻を丸出しにして立っている恥ずかしさと、これから叩かれる恐怖で軽く泣きだしてしまいます。
「嫌だ……ひっく、もう嫌だ……どうしてこんな目に……ぐすっ……」
「君が悪い子だったからだよ。お尻出しただけで泣かないの。早く膝の上においで」
「あぁ、お父様お母様ぁ……先立つケンスケをお許しください……!」
「……大げさだよ」
ケンスケ王子は『えいやっ!』という勢いでケント王子の膝に覆いかぶさります。
どんどん進んでいくお仕置きの準備に、夕月デレラは立ちすくんでいました。
(で、出て行くタイミングが……!!)
ケンスケ王子がお仕置きされる可哀想な場面は見たくないのですが、とにかく足が動かない上に声が出ません。
まごついてる間に、ついにお仕置きが始まってしまいました。
パァンッ!!
「あっ!!」
肌を打つ音と悲鳴。夕月デレラは思わず身をすくめます。
パン!パン!パン!
「ふっ……ぅ……!!は……ぁ……!」
打たれるたびに身を縮めて、息を詰まらせるケンスケ王子。
苦しそうな表情の彼のお尻に平手打ちが続きます。
「ご、ごめんなさいっ……う、兄貴、ごめんなさい!」
「うん。“ごめんなさい”だね。最後までいい子でお仕置き受けようね」
「痛い……!!」
パン!パン!パン!
「ひ……ぁ……!!」
痛みに耐えるようにぐっと閉じた瞳。虚ろに開かれた瞳が、たまたまの顔の向きと相まって
夕月デレラを捕えました。
さっきまで弱弱しい悲鳴を漏らしていた青年は、目を見開いて真っ赤になって叫びます。
「な、な、何見てんだよアンタ!!」
「ごごごごめん!!何か出て行くタイミング掴めなくて!!ちゃんと目を瞑ってるから!!」
「いやいやいや、出てけよ!!今チャンスだろ!今この瞬間、迷わず出て行けばいいよ!」
「ケンスケ君!ちゃんと反省してる?」
パァン!
「いっ!!してるってば!!くぅっ……!!」
強く叩かれて、また苦しげな表情に戻るケンスケ王子ですが、
それでも夕月デレラが気になる様子。
一方の夕月デレラは律儀に両手で目を覆っています。
パン!パン!パン!
「い、たい!兄貴痛い!」
夕月デレラがちゃんと目を覆っているのを確認しつつ、ケンスケ王子は兄に訴えます。
けれども兄は今までと変わらないペースでお尻を叩き続けます。
「もちろん痛いよ?最初に言ったでしょ?痛いお仕置きするって」
「もう……反省したって……!だから、やめて……!」
「それは僕が、ケンスケ君を見て判断する事だよ。君が決める事じゃない」
「やっ!!そんな……!!」
訴えはことごとく流され、ケンスケ王子は何も言えなくなります。
パン!パン!パン!
同じペースでずっと叩かれているお尻は徐々に赤みを帯びていき、
それに付随して痛みも増してきます。
「やだ……!兄貴、もうやだ!はぁ、許して!!」
「ダメだよ。まだ許さない」
「嫌だ!もうダメ!離して!下ろして!」
大人しく叩かれているのもままならないほどの苦痛に、ケンスケ王子は
兄の膝から逃れようとしますが上手くいきません。
手足を動かしても体を揺すっても、縛り付けられてるかのようにそこから動けませんでした。
それどころか、自分の抵抗で、余計押さえつけられる力が強まった気すらします。
「どうして逃げるの?大人しくしなさい」
「いや!!はっ……ぁ、嫌だもう嫌だ!!んっ、いや……!」
「君が悪い事したからこうなってるんだよ?」
パン!パン!パン!
休む間もない痛みの連続に、呼吸も激しくなってくるし体力も消耗します。
心も弱ってきて、怒鳴られてもないのに兄が怖くて仕方ありません。
「ごめんなさっ……もう許してぇ!痛い!痛いぃ!」
「だから痛いのは当たり前だって言ってるでしょ」
「だって痛い!痛い!ヤダ!もうヤダぁっ!もう終わる!下りるぅっ!嫌だぁ!」
子供のように喚きながら、ケンスケ王子は暴れます。もがき暴れます。
一刻も早くここから降りなければ死ぬぐらいの勢いで必死で暴れます。
しかし……
「ケンスケ君!!」
ビシィッ!!
「いぁ!!」
「どうして大人しくしないの!?反省する気ないのかなぁ!?」
全身の力が抜けるような強い一発。
お尻が真っ赤なこのタイミングで受けてしまってはひとたまりもありません。
しかもその強さのまま連打されてしまいます。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「ちっ、違う!!ごめっ、ごめんなさい!ごめんなさい!許して!あぁああっ!」
慌てて大声で許しを請えど、当然お尻を打つ手は弱まりません。
こう激しく打たれては、痛みに耐えるだけで精いっぱい。抵抗はできなくなってしまいました。
「やぁぁあ!痛い!ごめんなさい!兄貴ぃぃっ!痛いよぉ!!」
せめて声だけは張り上げるのですが、それも上手く出せません。
ケンスケ王子はもう半泣き状態だったからです。と、いうかもう……
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「わぁああああん!!痛いって言ってるのにぃぃっ!ごめんなさぁぁあい!」
泣きだしてしまいました。
「ごめんなさいぃ!反省したからぁぁぁ!もうしません!もうしませんん――――!!」
大粒の涙を流しながら泣き叫ぶケンスケ王子。
それでもすぐには許してもらえませんでした。
「本当に反省したの?君は気を抜くとすぐに遊んじゃうんだから。今日は今までの分も厳しくするよ」
「ごめんなさぃぃぃっ!本当に反省したぁぁぁっ!ごめんなさいぃ!何でもするからぁ!うぇぇえええっ!」
「じゃあ、これからは毎日きちんと勉強するんだよ?勝手に外出もしないんだよ?」
「分かったぁ!分かったからやめてぇぇっ!うわぁぁああん!もうやだぁぁぁっ!」
「さて……どうしようかな……」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「うわぁああああん!ごめんなさぁぁぁい!!」
『ごめんなさい』と『もうしません』をひたすら繰り返して大泣きするケンスケ王子。
それでもなかなか鳴りやまない打音に、ついに夕月デレラが動きました。
「ケント王子!もうやめて!!」
「!!夕月デレラさん……?!」
急に割り込んできた夕月デレラの声に驚いて、ケント王子は反射的に手を止めます。
よっぽど痛いのか、手が止まってもケンスケ王子は泣き声を上げていました。
「ニッカポッカ君は、確かに勉強をサボってお外に出て、悪い子だったかもしれないけど
私をお城のパーティーに連れて来てくれたんだ!私は……実は、家族にボロ部屋に押し込まれてて、
彼がいなきゃ、こんな素敵なパーティーには来られなかった!」
驚くケント王子に、夕月デレラは必死に訴えます。
「だから、彼は悪い子だったけど、魔法使いじゃないけど、私にとっては魔法使いだったんだよ!
奇跡を起こしてくれたんだ!感謝してるんだ!だから、もうお尻叩かないであげて!」
「夕月デレラさん……」
ケント王子は、夕月デレラの真剣さを見て……ケンスケ王子の頭を撫でました。
そのままケンスケ王子を膝から下ろし、抱きしめます。
「君のサボリ癖は困ったものだけど……今日は夕月デレラさんを救ったんだね。
ケンスケ君、偉いよ。今日は悪い子なだけじゃなかったね」
「うわぁあああん!!兄貴ごめんなさぁぁぁい!!」
ケント王子に縋りついて泣くケンスケ王子。
夕月デレラもほっと胸を撫で下ろします。
その時……

ゴーンゴーンゴーン!!

鳴り響く12時の鐘。
夕月デレラはハッとします。
そろそろ家に帰らなければ、と。もし家に帰って自分がいなければ大変な事に!と。
「ご、ごめんね二人とも!私、そろそろ帰るよ!!
大人しく留守番して無かったら、義父さんと義兄さんに怒られる!」
夕月デレラはそれだけ言って、大急ぎで家に帰りました。
門の所に丁度よく伊藤さんがいたので、馬車で急いで送ってもらう事が出来ました。


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