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家政ごときじゃ救えない!?
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とある休日の、とあるマンションの一室。
とある男性が何気なく帰宅した。
「兄さんただいま〜……」
と、何気なく言いながらリビングのドアを開けると……
「わぁぁっ!!」
「…………」
「ちっ、ちがうんだ!これは……!!」
大きめの全身鏡の前で、男性を振り仰いで悲鳴を上げて焦っているのは、彼にそっくりな……
強いて違いを言えば髪の長さが男性より少し長めの、これまた男性。
脱ぎかけた紺のジャケットで体を隠す様は別段セクシーでも無いが、
顔を真っ赤にする、『執事服』姿の“双子の兄”の姿に、双子の弟は全てを察して微笑んだ。
「良く似合ってるね兄さん……」
「ほっ、ほんとぉぉぉぉっ!!?」
「うん」
慌て顔が一転、嬉しそうに頬を赤らめる双子の兄に、優しく頷く弟。
そして……
「で、いくらしたの?」
「え゛!?」
「オーダーメイドだよね?兄さんが作ったんじゃないんでしょう?
兄さんにそんな器用さがあったらジーニアス落ちてないよね?」
「ひ、人の古傷をいともたやすく……!!」
「い く ら し た の ?」
だんだんと、笑顔の裏の般若を前面に押し出しつつ問いかけると、
彼の同い年の兄は顔ごと視線を逸らしつつ、おずおずと答える。
「……さ、3……万……」
「そう?すっごく良く出来てるのに」
「4、いや、6……」
「生地も何コレ、いい生地使ってるんじゃない?」
「8……ま……」
「ねぇ、直接打ち合わせとかやったの?楽しかった?」
「じゅっ……」
「温人(はると)」
ビクンと体を震わせた、真っ青な顔が反射的に弟を見る。
弟はだいぶ引きつっている笑顔で言った。
「そのクッソ高いコスプレ衣装をぐしゃぐしゃにしたくなかったら今すぐ脱いで?」

その一言で、ものすごく渋い顔をしながらも……“兄”の温人は執事服を脱いで、
必死に“タイム”をかけながら、丁寧にハンガーに吊るしていた。
そして、綺麗に吊るされた執事服をパンツ一丁で納得いったように眺めた後……
その唯一の着衣さえ脱がされて、双子の弟の膝の上で裸でお尻を叩かれていた。
パンッ!パンッ!パァンッ!!
「わぁあああん!!ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!!」
情けなく悲鳴を上げる分身を容赦なく“お仕置き”しながら、弟は怒鳴る。
「一応聞いておくけど本当にいくらしたの!?」
「10万!!10万だよコレは本当!!」
「領収書か何かはもちろん取ってあるよね!?無ければ業者に直接連絡取るけど!?」
「こうなっちゃったら嘘なんかつかないよぉぉっ!!ごめんなさい!!
後で明細見せるからぁぁぁっ!!」
「兄さんさぁ……」
弟は呆れたように言葉を吐き出しながら、しかしお尻を打つ手は強めて、また怒鳴る。
バシッ!ビシッ!バシッ!!
「俺は兄さんの夢、応援したい!応援したいよ!?でも、
兄さんはコスプレイヤーになるために会社辞めたんじゃないんでしょ!?
自由になるお金も時間もあってテンション上がっちゃうのは分かるけど!
そんなバカみたいな使い方してたら、せっかく頑張って貯金したお金もすぐ無くなっちゃうよ!?」
「痛い!痛いぃぃっ!!ご、ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!!これで最後にするからぁぁッ!!」
バシッ!バシンッ!ビシィッ!!
半泣きになりながら、お尻を打たれるたびに体を捩っている温人だけれど、
弟の平手打ちもお説教も、激しさを増すばかりだった。
「前も兄さんそう言ったんだよ!俺の記憶力舐めないで!!
覇道に、千鳥門、二条城……今度はどこ!?」
「本当にっ!これで最後!!逆にココだけは絶対押さえておきたかたのぉぉっ!!」
息を切らせながら、また、お尻を赤くしながら温人は弱弱しく叫ぶ。
「びょっ、廟堂いっ……!廟堂院家ぇぇっ!!」
「!、あぁ……」
その一言で、何かを察したように弟の手が止まった。
哀れむようにしみじみと、温人に言葉をかける。
「ついに頂点までいったわけか……じゃ、本当に最後だよね?」
「う、うん……うん!!ごめんなさい……!!」
必死で頷く温人。
弟の手もすっかり休止モードとなる……
「はぁ。じゃあそれでいいけど……それなら最初から廟堂院家のだけ着とけば満足だったんじゃないの?」
「いやぁ……それはそれで寂しいって言うか……せっかくだから色々気分を味わいたくて……」
「その自制心の無さをしっかり反省して!!」
かと思ったら、余計な一言でまたお尻を叩かれる羽目になった温人は、
バシィッ!ビシッ!ビシィッ!!
「うわぁあああん!反省したってばごめんなさぁぁい!!」
やっぱり情けない悲鳴を上げて泣きそうになっていた。
そして、ギリギリ泣く前には膝から解放されて、パンツ一丁でしょげていた。

そんな兄を困った顔で見やりつつ、弟はため息をつく。
「まったく、兄さんに一人暮らしなんてさせなくて良かったよ……」
「ご、ごめんね温真(はるま)……」
しおらしく“弟”の温真の顔色を伺う温人。
そんな兄が可哀想になったのか、温真は優しく笑いかける。
「そんなにしょげないで。俺、兄さんと二人で暮らせること自体は嬉しいんだからさ」
「ありがとう……ね、ねぇ……アレ、もっかい着てみてもいい……?」
しおらしかったかと思えば、またソワソワと件の“執事服(10万)”を見ている温人。
温真もここまでくれば怒らなかった。
「お好きにどうぞ?せっかく作ったんだから、好きなだけ着倒しなよ」
「わぁい!!」
温人は大喜びで再びオーダーメイドの執事服を身にまとって、全身鏡にへばり付く。
目をキラキラさせなが自分の姿を眺めていた。
「はぁぁああっ!やっぱり廟堂院の執事服は別格だよね〜〜っ!!」
「そう?割とありがちなデザインに見えるけど……」
大興奮の兄の横に立って鏡を覗き込みながら、温真が冷静なコメント。
すると、温人は猛反発する。
「違うの!全然違うの!!だってあの廟堂院家だよ!?」
「それって結局はブランド力じゃん」
「もう温真って……!!あぁ、もし温真が執事になったら、
絶対に廟堂院家行けたのにもったいないなぁ〜〜っ!
しかも温真の優秀さが僕には全然備わってないし遺伝子って残酷〜〜っ!!」
「本当、遺伝子って残酷……」
そう呟くと、温真はスッと兄から離れて、適当に座りながら会話を続けた。
「それはそうと、兄さん“就職活動”は順調なの?」
「あ、うん!!ルミナスの就職支援って卒業生にもすっごい優しくてさ〜〜!!
僕なんて結局執事業界諦めて未経験なのに親身になってくれて〜〜!」
温人は鏡の前でクルクルと体を回転させたり、ポーズを変えて楽しみつつ、
弟の質問に答えている。
「ちょっと身の程を弁えて、“お手伝いさん”みたいな、“何でもやります”みたいな、
緩〜〜い感じで探してみた!逆に超名門じゃなくて良かったよね!
グランドセンチュリーとかウィズダムじゃ、こういう働き口って絶対無理だし……
ジーニアスでもこうは……あ、言って悲しくなってきた……
とにかく!!良さげなところを4つくらい紹介してもらえて!あ、資料見る!?」
「見せて」
温真の返事で、温人は嬉しそうに資料を持ってきて弟に見せた。
そして得意げに言う。
「ふふっ♪口出そうったってダメだよ?最初に行くところはもう決めちゃったから!」
「“影井”って家がいいんじゃない?向かいの団地だし」
「決めたって言ってるでしょ!まずは皇極園(こうぎょくえん)家に行くの!」
「えぇっ!!?」
驚いて資料から顔を上げた温真は、また困った顔で兄に叫ぶ。
「皇極園って、あのいかにもって感じのお屋敷じゃない!!
どうして兄さんはそうデカいところばっかり狙うの!?身の程を弁えたんじゃなかったの!?」
「だ、だって!やっぱり“ここぞ”って感じの大きい所で執事……じゃなく、
家政夫やりたいんだもん!!それに条件は緩く探したんだから!
そんな優秀な人材は求めてないはず……行くだけ行ってみなきゃ損だよ!!」
「兄さん……!!」
何か言いたげな温真の手を、温人が握る。
そして、悲しげな笑顔で微笑んだ。
「心配しないで温真。やるだけやって、どうしても無理なら諦める。
今度こそ、完全に諦めて普通に働く」
「…………」
兄の悲しそうな顔見て、温真も悲しげに……温人の手を握り返した。
「夢を諦めた先にだって幸せはあるんだよ。俺はそれを知ってる。
だから……」
「大丈夫!執事がダメなら執事コスプレイヤーになって、
コスプレイベントで女子高生にキャーキャー言われて悲しみを癒すよ!」
「事件起こさないでね本当……」
急にテンションの復活した温人にガックリとうなだれる温真。
温人の方はニコニコ顔をパッと「?」にして温真に尋ねた。
「……って……あれ、温真にも夢ってあったの?」
「……そりゃあったよ。兄さんには教えないけど」
「えっ、何それ気になる!!教えてよ!!」
「俺の事はいいから。兄さんは自分の夢を一生懸命追って。応援してるから」
「ありがとう!僕だって温真の夢、応援したい!教えてよ!」
「昔の話だし、もういいでしょ?ご飯作ろう?」
「はぁい!教えてってばぁっ!!」
その後、温人は散々、温真に“教えて”と迫ったけれど……
あまりにしつこくして怒った温真がお尻を思いっきりタイキックすると、それ以降は黙った。



その後。
何日かして、温人は念願の“皇極園家”へと派遣された。
大きな和屋敷の荘厳な雰囲気にテンションMAXになりつつ、
(使用人さんの和風な感じもいいなぁ……制服かなぁ?)と、
どうでもいい事に注目しつつ、それをひた隠しにしつつ……風情ある客間で対面したのは、
明らかに自分より年下の青年……いや、まだ少年と言うべきか。
凛とした雰囲気の“男の子”が、礼儀正しく頭を下げた。

「ようこそお越しくださいました。依月(いつき)と申します。
当主は不在が多く、長子の華威(かい)は病で部屋から出る事もままなりません。
ですので、私が田中さんの雇主と言う形ですべてやりとりさせていただきます。
若輩者がと思われるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください」
あまりにも堂々とした挨拶に、温人……フルネーム“田中 温人(たなか はると)”は
逆に恐縮して、アセアセと返事を返す。
「い、いえ!お若いのにしっかりしたご主人様で僕も光栄です!
こちらも精一杯務めさせていただきますので!よろしくお願います!!」
「ありがとうございます。田中さんにお願いしたいのは、
弟の雪臣(きよおみ)の家庭教師、なのですが……」

『ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン』

突然、振り子時計の鐘の重い音色が鳴り響いて、温人は驚いたけれど
依月は相変わらず硬い表情で話を続ける。
「申し訳ありません。雪臣には、“今日は家庭教師の先生がいらっしゃるから5時までには帰る様に”と
言っておいたのに……最近この通り、遊び呆けて成績も下がりっぱなしで……」
「あ、あの僕なら大丈夫です!今5時になったばかりですし、きっとすぐ……」
そうフォローしかけた時、バタバタと走ってくるような音が聞こえて、
勢いよく戸が引かれた。
「たっ、ただいま戻りましたっっ!!」
これまた勢いよくそう言って、その場で息を切らせているのは、
カバンも背負いっぱなしで見るからに学校から帰宅したばかりの幼い少年。
きっと依月の弟の“雪臣”なのだが、依月は雪臣に厳しい表情を向ける。
「お帰りなさい。今、何時だと思ってるんですか?」
「……も、申し訳、……あり、……ません……!!」
「それにバタバタと騒がしく部屋に入ってきて、服装だってだらしないし、
お前の家庭教師の先生がいらっしゃるのに見苦しい所ばかりお見せして情けない」
「申し、訳……」
「もういいです。先生の前ですが仕方ありませんね。いつものようになさい」
依月がピシャリと言い放つと、雪臣は大きな呼吸を繰り返ながら温人をチラリと見て……
顔色一つ変えずに、カバンを下ろしてズボンや下着を脱いで、依月の膝の上へ腹這いになる。
見ていた温人の方が動揺して思わず声を漏らした。
「!?え、ちょっ……!!」
「田中さん、何度もお待たせしてすみません。すぐ済みます。しばしお待ちを」
冷静にそう言った依月も厳しい表情は崩さず……膝の上で丸出しになっている
雪臣のお尻に平手を振り下ろした。

パンッ!ビシッ!バシィッ!!
「あれほど“5時までには帰る様に”と言ったでしょう!
これで門限を破るのは今月何度目ですか!?
最近はテストの点も悪いし、フワフワフワフワして!」
「ご、ごめんなさい!!ごめんなさい!!これからは、必ず……あぁっ!!」
「まさかとは思いますが……
育ちの悪い連中に唆されてるんじゃないでしょうね!?」
「ち、違います!!友人達は、関係なくて!
全部、僕が……!!ごめんなさい!ごめん、なさい……!」
依月に叱りつけられ、厳しくお尻を打たれるたびに辛そうに表情を歪める雪臣。
それでもぐっと拳を握って痛みに耐え、謝り倒していた。
ビシッ!バシッ!バシッ!!
「華威兄さんも、お前の事をとても心配してるんですよ?!
病気の人間にさらに負担をかけておいて、
自分は自堕落に遊び呆けて、恥ずかしくないんですか!!」
「っ、う、ごめんなさい!ごめんなさぁぁい……!!
これからは、言いつけも、守りますから!
は、ぁ、勉強だって、もっともっと頑張りますから!!ですから、どうか!!」
バシッ!パァンッ!ビシッ!!
「んあぁっ!華威兄さんにも、心配をかける事の無いように、しますからぁっ!
どうか許してください!!」
そう叫んでいる雪臣の声はだいぶ泣きそうになっていたけれど、
彼に対するお仕置きはまだ終わらず、小さなお尻を赤く染め上げていく。
ビシッ!バシッ!バシッ!!
「今は田中さん……お前の先生をお待たせするわけにはいかないから手短に済ませますが、
先生が帰った後に続きのお仕置きをしますからね!
泣いて謝ったら許されるなんて思わないように!!」
「あぁ!あああっ!わ、分かりました!ごめんなさぁぁい!」
悲鳴のように泣き声のように、叫んで体を震わせて苦しんでいる
雪臣に、依月は最後まで厳しかった。
また一つ、赤くなってきているお尻を強く叩く。
バシィッ!!
「本当に、次やったら承知しませんよ!」
「わぁあん!ごめんなさい!!」

温人がひたすら呆然としているしかなかった厳しいお仕置きは終わって。
膝から下ろされて、ぐすぐす半泣きになりながらも自分で服を整えた雪臣に、
依月はとくに優しくするでもなく、軽く背中を叩いてこう促す。
「さぁ、しゃんとして。先生にご挨拶なさい」
「お待たせして、申し訳ありませんでした。先生。
皇極園、雪臣です。よろしく、お願いします……」
依月の隣にちょこんと正座して、顔を隠す様に深くお辞儀をする雪臣。
温人も慌てて頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします!
僕は田中温人です!雪臣君、一緒にお勉強頑張ろうね!」
「はい……頑張ります……」
そう言った雪臣の顔は無表情で、声も必死に冷静さを作ろうとしていて……
何かもっと言葉をかけてあげたいような、何とも言えない気持ちになった温人。
しかし、状況は何事も無かったかのように流れていく。
「では、まず雪臣の今の成績を見ていただいて……」
依月が雪臣のテストなどを広げて淡々と要望を述べている間、
雪臣はずっと同じ表情で黙っていた。
しかも、見せられた雪臣の成績は決して悪いものではなく、
むしろ一般的にはいい方だったので度肝を抜かれる事になる。

そして。
一通り話を終えると“さっそく”と、温人は雪臣の部屋で彼と二人きりになった。
真面目に教科書やノートを並べて広げ始める雪臣に、温人は今までで一番感じた事を話しかけてみた。
「お、お兄さん厳しいね?」
そうすると、雪臣はやはり眉一つ動かさず、
温人の方を見る事もなく、冷静に返事をくれた。
「言いつけを守ってさえいれば、優しい兄さんです。
すぐ怒るのも、手を上げるのも、僕を思っての事でしょう。
華威兄さんには、とても優しいし」
「そっ、そうだよね!変な事言ってごめん!」
思った以上に、冷静で大人びた回答が返ってきたので
“気分を害したか”と温人は謝るが、
雪臣は気にする風でも無く、目で教科書やノートを追いながら言う。
「いいえ。それより、早急に僕の成績を上げていただきたいです。
どうしても……算数だけが80点台から抜け出せません。理科も安定しないし……」
「う、うん!頑張ろう!!怒られたくないもんね!」
「……それもあるけど、僕の事で依月兄さんを悩ませたくないんです。
ただでさえ華威兄さんの病気の事も悩んでるし……
いつも、難しい顔してるから……」
「雪臣君……」
「全教科合格点なら、少し、笑ったみたいな、ほっとした顔してくれるんです。
“その調子ですよ”って。それが……嬉しくて……」
そう言った時、雪臣の表情が少しほころんだ気がした。
けれど、それも一瞬の事で、すぐにまた表情は消え……
「いけない……無駄話を……」
「ううん!無駄じゃない!!全然無駄じゃない!!
もっと雪臣君の気持ち、教えて!!」
温人は思わず雪臣にグッと近づいて、顔を覗き込んでいた。
雪臣もまた一瞬驚いた顔をしていたけれど、それもすぐに無表情になって顔を伏せてしまう。
「……お気持ちは嬉しいけれど……」

そんな中、部屋の外から声がする。
「雪臣様……華威様がお呼びです」
「え、どうしよう……」
雪臣は、一瞬本当に驚いたような困ったような声で呟くが、
すぐに一人で頷いて結論を出す。
「うん。新しい家庭教師の先生が来て、勉強してるって、言ってみよう。
先生……一緒に来ていただいていいですか?」
「あ!もちろん!華威さんにもご挨拶したいし!」
こうして、温人は雪臣と屋敷の奥の方の部屋まではるばるやってきた。
「少し外で待っててくださいね?華威兄さんに話してみます」
「分かった!」
そして、雪臣一人が部屋の中へ入っていく。
温人は一人、この皇極園家の長兄がいかなる人物かと胸を高鳴らせた。
部屋の中からは声が聞こえてくる。

「あ!雪臣〜〜っ!きたきた!遊ぼうよ〜〜!」
「華威兄さん、今、家庭教師の先生が来てて……」
「えぇっ!?依月また雇ったの!?あれだけクビにしてやってんのに懲りないな〜〜!
僕の可愛い依月や雪臣の傍をキモイ部外者がウロウロするの気持ち悪いじゃんね!
そもそもさぁ、雪臣が勉強頑張らないからじゃない?しっかりしてよね!」
「ごめんなさい……」

(!?これが、華威、さん……?)
依月や雪臣とはかけ離れた、砕けた雰囲気で奔放に話す声。
雪臣の困った声で、温人の、“華威”と思しき声への不快感がふつりと沸き上がる。
しかし会話はまだ続いていた。

「……でも……華威兄さん。一緒に遊ぶの少し、少なくして欲しいです……」
「はぁ?何で?まさか、お前の点数悪いのは僕と遊んでるせいだって言いたいの?
ウエ〜〜ン悲しいよぉぉ〜〜!兄さんは可愛い雪臣と遊びたいだけなのに〜〜!
あー、悲しいから預かってた雪臣のテスト……“雪臣がこの部屋に隠してた”って依月に暴露しちゃおっかなぁ〜〜??」
「えっ!!?それ……後で依月兄さんに渡してくれるって……!!」
「あはは忘れてた!ごめんね!ほら、絶妙に“悪い点”だから、依月に渡すの可哀想かなって!
いっぱい溜まっちゃった!だから今渡したら超怒られそうだけど!」
「…………っ!!」

(何だコイツ……!?)
温人の不快感がだんだん怒りへと変わっていく。
中からは雪臣が必死で叫ぶ声が聞こえた。

「僕は隠そうとなんかしてませんでした!華威兄さんが預かるって言うから!
お願いだから依月兄さんに“渡すのを忘れてた”って正直に言ってください!!
華威兄さんなら、依月兄さん怒らないでしょう!?」
心底参った様な声の懇願を、答える声が冷たく嘲る。
「やだよ。そんな保障無いじゃん。僕、雪臣みたいにお尻叩かれたくないし。
雪臣がいけないんだよ?“華威兄さんにテスト預けたから”って依月に言っておけば
こんな事にならなかったんだから。それをしなかったって事は、隠そうとしたのと同じ事だよ」
「そん……な……!うっ、ぅ!!」
「あぁっ!泣いちゃった!ごめん!ごめんね雪臣〜〜!
嘘だよ全部嘘!依月にバラしたりしないからぁっ!二人だけの秘密にしよう♪」
「僕……僕っっ……!!」
「だから、ねぇ……雪臣も、依月みたいに僕の言う事何でも聞いてくれるいい子でいて?ね?」

ここで、我慢の限界を超えた温人は勢いよく部屋へ乗り込む。
「おいコラテメェ!!」
「……誰コイツ?」
と、温人を訝しげに睨みつける青年。
その青年の手を頭に乗せた雪臣が、潤んだ瞳で温人を見て呟く。
「先……生……」
「先生?あぁ〜……」
青年は一瞬めんどくさそうな顔をした後、別人のように美しく微笑み、
布団の上でかしこまってお辞儀をした。

「貴方が雪臣の新しい先生でしたか……
わざわざ部屋までお越しいただいてありがとうございます。
ご挨拶が遅れて申し訳ありません、先生。
私は華威と申します。一応、この家の長男と言う立場ではございますが、情けない事にこの通り病弱で……
家の事は弟の依月に任せきりなのです。何かご不便があれば、何なりと依月にお申し付けください。
雪臣も真面目な子ですので、どうか温かく指導してやってくださいね」

流れるような優雅な挨拶。穏やかだけれど堂々とした笑顔。
依月や雪臣もそうだが、元々の美しい顔立ちに加え、
手入れの行き届いた長髪は綺麗に切り揃っていて、
寝間着らしき着物を着ていてさえも、儚げだけれど、確かな気品と美しさがあった。
名家・皇極園の長兄たるにふさわしい容姿、振る舞い、だ。
――が。
さっきの雪臣に対する発言の数々を聞いていた温人は怒りでまともに笑顔を返せなかった。
引きつった笑顔で、精一杯の最低限に丁寧な返しをする。
「……ご丁寧に、どうも……!!」
「……失礼ですが……ずっと立ち聞きしてらしたのですか?」
「えぇ、全部……アンタなぁっ!!」
「でしたら!!」
華威は温人の言葉を遮るように大声でそう言って……
「お前もう二度と、ウチ来なくていいから」
先ほどの美しい笑顔で、温人をクビにした。



「あぁああああああ!!ムカツクーーーッ!!」
最悪の形で皇極園家への初出勤を終えた温真は、
自宅に帰って思い切り叫んで床を転がってジタバタしていた。
「へー。兄さんも何かにムカつく事あるんだ?」
温真はそんな兄と普通に会話しているが、温人の気は治まらない。
このやり場のない理不尽さを頼れる弟にぶつける。
「やり過ぎな躾で死んだ目をした子供がいる家ってどう思う!?
兄と弟が待遇差別される家ってどう思う!?
病気を笠に着た兄が好き放題して弟達を支配してる家ってどう思う!?」
「えっ!?何、もう3件回ったの!!?」
「この異常事態が一軒の家で起こってるんだよ!!
つかアイツ何の病気なの!?絶対仮病だよ!
デカい病院に放り込んで精密検査したい〜〜っ!!」
「……兄さん……そんな変な家なら二度と近づかない方がいいよ……」
「え!?」
怒りで転がりまわっていた温人は、温真のその一言でピタリと止まった。
温真は真剣な顔で言う。
「俺は、兄さんが傷ついたり、悪い事に巻き込まれるのは嫌だ」
「でも……!!」
「身の程を弁えたんでしょ?
大きな屋敷の深い闇なら、“家政夫”ごときじゃ拭えない。救えないよ」
「で……も……!!」
「やっぱり“影井”だよ!家も近いし!あの団地の人って皆愛想いいし!
アットホームな職場だよ?」
温真は“忘れろ”とでも言うように、話を変えて別の職場を推してくるが……
「…………」

怖いくらい完璧な“かよわい病弱な兄”演技で依月に縋って温人を悪役に仕立てた華威。
酷く動揺しながらも兄と弟を守るべく温人を皇極園家から毅然と追い出した依月。
そして――
長兄の嘘八百を肯定する事も否定する事もできず、ただ青ざめて泣いていた雪臣。

そんな3人の姿が、特に雪臣の姿が……
温人の頭から離れなかった。



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【作品番号】kseihu1

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