TOP小説
戻る 進む


姫神様フリーダム2




ベッドには地図一つ。いわゆる「おねしょ」だ。
それを見つめる琳姫と従者の遊磨は穏やかな表情だった。

「遊磨……このシミはおねしょでしょうか……?」
「そうですね。おねしょですね」
「遊磨ったら……貴女、おねしょをしてはダメじゃないですか……」
「お願いですから現実を見てください。左側で寝てたの琳姫様じゃないですか」
「遊磨……」

琳姫は瞳を閉じてゆっくりと深呼吸する。
遊磨も静かに主君の次の言葉を待つ。
吹き抜けるそよ風……そして……

「燃やしてしまいましょう」
「そうきたか―――――――――っ!!!」

衝撃の判断を下して、しかもしっかり実行しようと武器を構えている琳姫に穏やかな空気は崩壊。
遊磨はすがりついて止める。

「やめてください!!“姫神式R−2UMB”(小傘型レーザー砲)を構えないでください!!お願いですから!!
ベッドが急に無くなってたら不自然……っていうより、城が火事になっちゃいます!!」
「うふふ……何のために “姫神式R−2UMB”があると思っているのです……?」
「護身用ですよ!!決して、ベッドを燃やすためでも、おねしょの証拠を隠滅するためでもありませ―――――んっ!!」

どうにか遊磨が琳姫を宥めることに成功して、城の火事は未然に防がれた。
しかし武器は置いたものの、琳姫はまだ難しい顔で悩んでいて、遊磨が横から慰める。

「おねしょぐらい、琳姫様の年頃ではよくある話じゃないですか……
正直に言えばお父上様も怒らないと思いますけど。」
「確かに……おねしょはあまり問題は無いのです……でも、おねしょしたとなると、わたくしが昨晩
庭の木を一本、全燃させてしまった事がバレてしまいます。」
(いつの間にそんな大罪をっ!!?)
「“火遊びするとおねしょする”って、古よりの言い伝えは本当だったのですね……」

遠い目をしている琳姫に遊磨が必死で詰め寄る。

「琳姫様!!いつの間に!?遊磨、全然知りませんよそんな事!!」
「貴女、起こしても起きてくれなかったじゃないですか。
だから一人でやったのです。花火。」
「花火!!?何でよりによって夜中に一人で!?」
「わたくし、図らずも七色に光る花火を手に入れたので。
あれは素晴らしかったです!本当に七色に燃えて、夜の庭に綺麗な光の塔が!!言葉で言い表せないほど幻想的でした!!
……燃え尽きて、庭に植えてあった木を巻き込んでしまったと気づきましたけどね……。」
「うっっわぁっ……それ見たかったですよ……じゃなくって!!
それはもうバレてますって!!正直に謝った方がいいですよ!!」
「うっ……」
「こういう時こそ、先手必勝でしょ!!?ねっ!!?」
「うぅっ……そうですね……」

遊磨の言うとおり、庭を見れば瞬時にバレることだ。
自分から謝れば少しは罰が軽くなるだろうかと考えて
仕方なく琳姫は父親に自首しようと部屋に行くのだが……

「父上―……」

琳姫がそっと父親の部屋に入ると、父親は机に突っ伏していた。
しかも周りには暗く悲しい空気が漂っている。
ただならぬ状況に驚いた琳姫は駆け寄って父親の肩を揺すった。

「父上!?どうなされたのですか父上!?」
「木が……庭の木が……結婚記念に植えた木が……今朝起きたら木炭に……」
「そそそ、そんな大事な物だったなんて!!わたくし、そうとは知らずに花火で燃やして……ぁッ!!」
「お前が……やったのか……?」

この時初めて、父親は少し顔を起こした。目だけこちらを見るように本当に少しだけ。
しかもその目には生気がない。
いつもと違う父親の様子に琳姫は色々な意味で怖くなったが、恐る恐る謝ってみる。

「も、申し訳ございません……」
「怪我は無いか?火傷は?」
「いえ……怪我はしていませんが……」
「そうか……ならいいんだ……」

そう言ってまた机に突っ伏した父親。
琳姫は一瞬唖然としたが、また慌てて父親を揺すった。

「えっ……ええっ!?父上!?それだけですか!?わたくし、火遊びして、木を燃やしてしまったのに……
いつもの父上ならここで迷わずお仕置きじゃないのですか!?」
「……すまない……今、そんな気分じゃないんだ……」

「父上……」

本気で落ち込んでいる父親にかける言葉が見つからなくて……
居たたまれなくなった琳姫は、逃げるように部屋に帰った。
走って帰ってきたままの勢いでベッドにダイビングして、部屋にいた遊磨が驚いていたが
琳姫は構わず枕に顔をうずめて叫ぶ。

「わたくしは……わたくしは何という事を!!もう取り返しがつきません!!」
「り、琳姫様!?」
「遊磨、わたくしは、恐ろしい大罪を犯してしまいました!!
それなのに誰にも咎めてもらえない……罪を償う事ができない……こんなにも胸が苦しいものなのですね……
さっきまで叱られなければいいとあんなにも思っていたのに!!
ああ、全部わたくしが悪いのです!!
この胸の苦しみが罰なのかもしれません……父上!!母上!!どうかお許しください!!
わたくしは……わたくしは……っう……!!」
「……」

遊磨はしばらく泣いている主君を心配そうに見つめていたが、やがて意を決した表情になると
無言でベッドに腰かけて、琳姫を膝の上に乗せて下着を下ろした。
驚いたのは琳姫の方で、泣くのも忘れて膝の上から遊磨を振り返る。

「ゆ、遊磨!?貴女何を……!?」

「琳姫様、遊磨は琳姫様がそんなにも苦しんでいるお姿を見たくありません!!
誰かに罰せられることで琳姫様のお気持ちが晴れるなら……
僭越ながら、遊磨が琳姫様をお仕置きさせていただきます!!」
「そんな!!冗談じゃっ……!!」
「だってこのままだったら……琳姫様、心苦しいんじゃないんですか!?」

“お仕置き”と聞いて一度は嫌がったものの、真剣な遊磨の表情に琳姫の心が揺らぐ。
自分はそれだけの事をした……このまま咎められないのは確かに辛いし……
遊磨になら……と、琳姫は結局頷いてしまった。

「……お、お願いします……」
「お任せあれ!」

パァンッ!

気合い十分に答えた遊磨は、平手の威力も気合十分だった。

「いったぁい!!ちょっと遊磨!!貴女、張り切り過ぎですっ!!」
「もちろん。遊磨だってやる時はやりますよ〜?」
おどけたようにそう言って、遊磨はまた手を振り下ろす。

パン!パン!パン!

「ひっ……あぁっ!!」

叩かれるたびに感じるのは、琳姫にとって予想外の痛みだった。
遊磨ってこんなに力が強かったでしょうか!?
そもそも何でわたくしは遊磨になら……と思ったのでしょうか!?
色々な考えが頭を巡ったが、答えは分からない。

パン!パン!パン!

「いやっ……んっ……遊磨ぁっ!!」

遊磨に呼びかけても、返事もないしお尻を叩くのも止めてくれない。
じっとしていたら痛くされるだけなので、琳姫は自力で膝からの脱出を試みる。
しかし、ここでまた予想外の事が起こった。
遊磨が離してくれない。逃げようとするとすごく押さえつけてくる。

パン!パン!パン!

「あぁっ!!もっ……いやっ……は、離しなさい!!離しなさい遊磨ぁっ!!」

痛くて堪らなくなって、琳姫は遊磨に叫ぶ。
しかし、遊磨の返事は本日三度目の予想外だった。

「ダメですよ琳姫様。お忘れですか?貴女は今、あたしにお仕置きされてるんですよぉ?
いつもみたいに命令されても聞けません。もっと、しおらしい態度ってもんを見せてほしいですね。」

「なっ!貴女は……きゃっ!!」

反論しようとしたらピシリとお尻を叩かれて、言葉が続かなくなる。

「ほらほら、大人しくしててください?ここからが本番なんですから。」
「んっ……やぁぁっ……!!」
「やーじゃないですよ。勝手に花火なんかしちゃダメじゃないですか。
危ないでしょ?実際、木が全焼してる訳だし。」

「だ、だって……」

パシンッ!

「んぁあっ!!」
「言い訳なんか聞きたくありません!琳姫様が怪我してたかもしれないんですよ?」
「ふぇぇっ……」

パン!パン!パン!

琳姫は今、生まれて初めて遊磨の事を怖いと思った。
遊磨にお尻を叩かれながら叱られるなんて想像したことも無かったけれど
実際こうも痛くて怖い……そんな事を考えていると思わず涙が零れる。

「遊磨ぁっ……ひぅっ、ふぇっ……遊磨ぁぁ!!」
「何ですか?“やめてください”は聞けませんよ?」

琳姫としては、ただ、名前を呼べば助けてくれるような気がしたのだ。遊磨だから。今までずっとそうだった。
今日は色々と遊磨の様子が違うが、それでも琳姫は遊磨に呼びかけてしまう。

パン!パン!パン!

「痛いぃっ……遊磨っ……ふぇぇっ!!」
「ちゃんと反省できるまで終わりません!」

パシィッ!

「わぁぁぁぁんっ!!」

強く叩かれて、琳姫は我慢できずに泣き出してしまった。
お尻も真っ赤だった。
それでも遊磨は叩くのをやめてくれないけれど。

パン!パン!パン!


「あのねぇ、何度も言いますけど、一歩間違えば琳姫様が火傷してたかもしれないんです。
火って危ないんですよ!?」
「いや――――っ!!遊磨ぁぁ―――!!わ――――んっ!!」
「もう、ちゃんと遊磨の話聞いてます?一人で花火はいけません!
ちゃんと大人の人と一緒にやるんです。分かりましたか?」

遊磨の名前を呼んでも、今日は助けてもらえない。
それが分かってきた琳姫は泣きながらも必死に答えた。

「うわ―――――ん!!わかりました――――――!!」
「もう勝手に火遊びしませんね?」
「しません―――――!!わぁ―――――ん!!」
「よろしい。あ、でも、遊磨は大事な事まだ聞いてませんよ。
琳姫様、何か言い忘れてる事は?」
「う―――っ、遊磨もっ、起こしたらっ、ひっく……すぐに起きるべきだと思います――――――っ!!」
「違うでしょ!!この流れでそれは違うでしょ!?ちゃんと考えて下さいよ!」

パン!パン!パン!
強めに叩かれて、琳姫は足をバタつかせる。

「いや―――――っ!遊磨ぁぁ――!!ごめんなさぁ――――――ーい!!」
「そうそう!それです!さ、お終いにしましょう」

やっとお仕置きが終わって、膝から下ろされて
琳姫は遊磨にすがりついて泣いた。

「遊磨ぁぁ!!もう!!痛かったぁ!!わ――――んっ!!」
「でしょうね〜遊磨、結構力入れましたから」
「どうしてっ、そんなに力を入れるのですかぁ!?わたくしが、いっく……どれだけ痛い思いをしたか……
もっ……バカ!!バカぁ!!」

琳姫は泣きながら小さな拳でポカポカと遊磨を叩く。
遊磨にとっては痛くもなんともない。逆に笑えてくる。

「あはは……っていうか琳姫様……」
「な、何ですっ!?」

叩いたからまた叱られるのかとビクッと顔を上げた琳姫だが、そうではなくてまたしても予想外に……

「吐きそうなんでトイレ行っていいですか……?」
「えぇっ!!?そ、そういえば貴女、顔色が真っ青じゃないですか!?どうしたのです急に……」
「いや、もう、琳姫様が泣いている姿がおいたわし過ぎて……やっぱ、遊磨には琳姫様をお仕置きするなんて
恐れ多い事、無理だったんですね……途中から頭痛がしてきて……うぅぷっ!!」
「ちょっ……早く行ってらっしゃい!!」
「す゛い゛ま゛せ゛ん゛!!」

ドタバタとトイレに駆け込んだ遊磨を見て、琳姫はため息をつく。
少し経って出てきた遊磨は、雰囲気的に痩せたような痩せてないような……
ぐったりと琳姫の前に座り込んだ。

「全く……結構ノリノリでこなしていると思ったら……すごい無理をしてたんじゃないですか!!
気分が悪いなら早く言いなさい!!」
「……すいません……やるなら最後までと思って……」
「もう……」

自分をお仕置きしている時とは大違いの、ゲッソリして頼りない遊磨の姿に
琳姫のいつもの主君魂が完全に復活していた。

「やっぱり、わたくしがしっかりしてないとダメですね!」
「はい。琳姫様がしっかりいい子でいてくださらないと……遊磨はダメです……」
「うふふっ♪」

また遊磨がお仕置きする事になったら精神的にも肉体的にも持たない……という意味は
この小さな主君に伝わったかどうか……とにかく、琳姫は満足げに遊磨に抱きついていた。



戻る 進む

TOP小説