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姫神様フリーダム10



ここは神々の住まう天の国。
球里の故郷の山の中、実家にて。
時期外れの“発情期”が耳付きの精霊たちを襲い、球里も実家へと戻ってきたのだ。
今はそこに、球里の妹分の桃里や遊磨も合流して、だいぶ賑やかになった。
のんびりと朝の支度をしていた遊磨と桃里の所へ、球里が血相を変えてやってくる。
「遊磨!桃里!!私はちょっと外に出てくるから留守番を頼む!!」
そう言いながら、早くも玄関から飛び出しそうにしている球里なので、
桃里や遊磨が不思議そうに追って声をかける。
「ねぇ、そんなに慌ててどうしたの?」
「そうよ球里兄さん!何かあったの?」
球里は手早く靴を履きながら答えた。
「他国で行方不明になってる姫がこの山に入ってるかもしれないんだ!早く見つけないと!」
「「えぇええええっ!!?」」
「いいか、お前達は中で待ってるんだぞ!?」
そのまま、球里は走って行ってしまった。

さて、山の中を必死で捜索する球里には、境佳より連絡があった。
内容は――
『和(より)殿の一人娘、尊(みこと)姫が、家出をしてしまったらしい。
城を中心に探したけれど見つからず、捜索範囲を広げたくて、私と閻廷に捜索協力を求めてきた。
もちろん、閻廷共々応諾したけれど、そちらでも急ぎで探してほしい』との事だ。
球里は、それと一緒に聞いた、尊姫の特徴を思い出す。
(年のころは立佳様と同じくらい……波打った癖のある長い髪で、両端を団子に結っていて……、
埴輪の形の冠を被っている。最後に見た時、フリルやリボンで飾った橙色の花柄のドレスを着ていた……だったか。
まぁ、この山の中では、獣耳が無い時点で大きな特徴ともいえるが……しかも豪華なドレスの姫君なら余計目立つだろう)
左右を見渡しても、目立つ影は無い。心配しつつも必死で走り回った。
球里の必死の捜索が続く中……

山奥の可愛らしい家の中、可憐な姫君=件の尊が絵の描いた紙を見てうっとりとため息をつく。
「はぁぁぁぁああん立佳様ぁぁぁぁ
絵の“りっかさま”は、キラキラした笑顔を返してくれる。(尊ビジョン)
「私の、この想いを……積年の熱い想いを、もうすぐお伝えに参りますからねぇぇぇ
ん〜〜っ、ちゅっちゅっふふっ♪」
何度か紙にキスをして、尊は気が済んだらしく、近くの椅子に腰かけた。
「立佳様と恋人になって、お父様に立佳様との事、ぜーったい認めさせてやるんだから!」
不機嫌そうに独りごちた尊は、気持ちを切り替えるように
近くにいる狐耳の青年、雪里に声をかける。
「見て雪里!立佳様を描いてみたの!」
「お上手ですね姫様」
「うふふっ♪幼い頃に一度会ったきりだから、ほとんど想像なのだけど……。
きっと、私の事はもう、覚えていらっしゃらないでしょうね」
そう言いながら、尊は愛おしそうに絵を抱きしめる。
雪里と呼ばれた青年は笑顔だけれど少し心配そうな表情した。
「……姫様、もし……」
「え?」
「……いいえ、何でもありません」
「そう」
尊は明るく笑った。
そして雪里の方へ身を乗り出して言う。
「ねぇ、雪里!ずっと考えてたんだけど、私の従者になる気は無い?」
「え?」
「雪里が私の従者になってくれれば、私たちずっと一緒にいられる!
だからね、貴方を私のお城に迎えたいの!」
「……私のような者が……」
「難しく考えないで!ただ一緒にいてくれるだけでいいの!
もちろん、無理やりにとは言わないけど!」
「…………」
「もし、貴方が私と来ない事を選んでも、私達ずっとお友達よ!
今まで通り、何度もここへ会いに来るから!」
「姫様……」
雪里は感激したような表情を、一瞬で引き締めて言った。
「……私はまだ、姫様と同じ世界に立つ覚悟はできませんが、どこにいようとも、
姫様の幸せの為なら……何でもします」
「ありがとう、雪里。ふふっ、居候するだけじゃ悪いから何か貴方のお手伝いができたらいいのにね!
今日も出かけるでしょう?一緒についていけないの?」
尊にそう言われると今度は狼狽えはじめる雪里。
「いっ、いえ!姫様には留守を守ってもらえれば!
こうして姫様と一緒にいられるだけで幸せですから!!
いいですか!?何度も言いますが、山の中には色々と悪い連中もいますから、くれぐれも……」
「外に出ではいけない、でしょう?分かってるわ」
「も、もし、出たら……」
「お仕置き、でしょう?それも分かってるわ。
うふふっ、そんな事を言われたら、外に出られるわけじゃない♪」
「……うぅ……格好がつかなくて情けないのですが……本気ですからね?
では、出かけてきます」
「いってらっしゃい!」
完全に尊のペースに飲まれつつ、家を出る雪里だった。


そうして家を出た雪里は、一瞬にして白い毛並みの狐耳美女へと姿を変える。
外に置いてあった手提げカゴを持って、歩いていった。

その雪里(美女バージョン)が球里と鉢合うのは二度目の事だ。
雪里に気付いた球里が先に声をかけてきた。
「!貴女はこの前の……!!」
「あら、また会ったわね不審者さん♪」
「……今日も探している方がいます」
「雪里なら知らないわ」
そっけなくそう言って、雪里はしゃがんで野草を摘もうとしたが……
「いいえ、幼い姫君なんです。波打った癖のある長い髪で、両端を団子に結っていて……、
埴輪の形の冠を被っていて、フリルやリボンで飾った橙色で花柄のドレスを着ている、そんな姫様を知りませんか?
山にいらっしゃれば目立つとは思いますが」
「……なんですって?」
知っているどころか、同居状態の“姫様”の特徴を述べられて警戒する雪里。
球里を睨みつけて問い返す。
「貴方がその姫様とやらに何か用があるの?」
「家出中と聞いているので探しています」
「家出中!?」
「え、えぇ……!」
「そっ……その話、確かなの!?」
「確かな筋での情報です!間違いありません!!」
勢いにつられて大声になる球里の手を取って、雪里は言った。
「一緒に来て!姫様の居場所を知ってる!!」



「姫様!!」
「あ、お帰りなさい!そちらの方は?」
勢いよく扉を開けた雪里は、勢いそのままに尊に詰め寄った。
椅子に座っている尊に跪くように目線を合わせて両肩を掴む。
「そんな事より!!姫様が家出中って本当なんですか!?」
「えっ?!」
「“お父様に許可をもらって遊びに来た”と言ったじゃないですか!私を騙したんですか!?」
「だ、騙すだなんて……そんな!!」
「家出なのか家出じゃないのかどちらです!?」
「…………!!」
尊の方は雪里の剣幕に押し黙ったけれど、やがて観念したように白状する。
「お、お願い雪里!!見逃して!!
もし、立佳様に一目会う事が、お話する事が出来たら、ちゃんと……家に帰るから!!」
「やっぱりぃ、いいい家出、なんですね!?」
(立佳様?雪里?)
知った単語が出てきて混乱する、放置気味の球里。
しかし、目の前の言い合いに口をはさむ余地は無い。
雪里の必死な声が続く。
「また、家出なんてとんでもない事を……!!
そんな事ばかりしていると私みたいになりますよ!?」
「貴方みたいになれるなら本望だわ!!」
「何て事言うんですか!!
とにかく、そこの彼がお父様の所へ連れて行ってくれますから、一緒に……」
「絶対にいや!!私は立佳様に会いに行くの!!」
「まずはお父様と和解してからにしてください!!」
「何よ!!雪里は私の味方じゃないの!?」
ついに涙ぐんで叫ぶ尊を見て、雪里は少し弱腰になる。
「うっ……ダメですよ、泣いても!
家出した上に、これ以上ワガママを言うとアレですよ!?お尻を叩きますよ!?」
「うっ……うわぁあああああん!!」
「ひぇぇぇっ!?」
泣き出した尊に大げさにびくついている雪里を見て、球里は(この人弱い……)と思ったが、
雪里はまだ完全に負けたわけではないようで、オロオロしながらも尊の手を握って言う。
「ダメ、ダメですよ姫様……あ、あのっ……泣いても誤魔化されませんから……!
雪里は……、姫様の味方です、から、絶対に、姫様の味方ですから……!
姫様にはいつも幸せで、いて欲しいから……!悪い子は、幸せになれないんです!!
だから、姫様が、悪い子ならお仕置きしていい子になってもらいますから!
本気の本気、ですよ……!?謝るなら、今ですよ!?」
「いっ、嫌……いや!ひっく、絶対、お父様の所なんか行かないんだからぁぁっ……!!」
「うっ……うぅ!!」
頑なな尊を、お仕置きしなければならなくなって困り果てる雪里は、
球里を睨みつけて叫んだ。
「……(代わって欲しいけど姫様の体に触れさせるわけにはいかないし、)役立たず!!」
(えぇっ!?)
理不尽に怒鳴られて言い返す事も出来ない球里の目の前で、
雪里がビクビクしながら尊の体に触れる。
「姫様、痛かったらすぐギブアップして、“ごめんなさい”と、いい子になると、言ってくださいね」
「嫌っ!雪里離して!!」
「心臓が痛い……!!心臓が痛い……!!」
何かを呟きつつも、椅子に座って尊を膝に横たえる雪里。
球里はそんな二人を見ながら考える。
(尊姫がさっきからこの女性を“雪里”と呼んでいる……
それに、立佳様の名もたびたび出てきて……一体どういう事だ?)
が、やはり話しかける隙は無くて、雪里がやっぱりおずおずと
スカートの上から尊のお尻を叩き始めた。
「あの、とりあえず、まず、家出なんてしてはいけません!!」
バシッ!!
「きゃっ!!」
「お父様やお母様も心配していらっしゃいますよ!?」
ビシッ!バシィッ!!
雪里に叩かれてもがきながらも、尊は必死で反論している。
「う、ぁあっ!そんなこと、無いわ!!」
「姫様……!!」
パシンッ!!
「あぁんっ!そんなこと無い!無いんだもん!
お父様は、自分の理想どおりにならない私が嫌いなの!!
お母様だって、私がお父様に怒られても全然私の事庇ってくれない!!
2人共っ、私の事なんか嫌いなのぉぉっ!!」
「姫様!そんなわけないじゃないですか!
姫様はお父様から逃げてはいけない!きっと話せば分かってくださいます!」
バシッ!ビシッ!ビシッ!
尊に負けないくらい必死に、雪里も尊のお尻に手を振り下ろしていた。
しかし、何度叩いても尊は首を振っている。
「ひゃぁんっ!お父様は私の話、全然聞いてくれないの!!
もう何話しても無駄ぁ!無駄なんだからぁぁッ!!
だから、腹が立つから、お父様が嫌がる事してやるのよ!!」
「だから、それがいけないんです!」
バシィッ!
「いやぁあああっ!」
「そんな、悪い事ばかりしてたら戻れなくなる!
誰からも見放されて、姫様の帰りたい場所に、戻れなくなりますよ!?
嫌でしょう!?お父様の事もお母様の事も、姫様は大好きなんでしょう!?
本当は、姫様の気持ちを分かって欲しいだけなんでしょう!?」
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「う、ぁぁっ……うわぁああああん!!」
強く叩き気味にしていると、尊は泣き出して抵抗している。
雪里はそれでも、まだ強めにお尻を叩き続けながら真剣に言い聞かせた。
「やり方を間違えないでください!やけにならないでください!
貴女は、優しい方なんだから!ずっと温かくて優しい場所にいてください!!
分かりましたか!?いい子になって、きちんとお父様とお母様に謝るんですよ!?
で、でないと……でないと、ななっ、泣かっ、泣かせますよもっとぉぉ!!」
手も声もガタガタ震わせながら。
体力も精神力の方が限界気味な雪里に、尊が(もちろんわざとではなく)
追い打ちをかけるように泣き喚く。
「うわぁあああん!うわぁああああん!!痛いぃ!雪里ぉぉっ!!ごめんなさいぃぃっ!!」
「はぁぁぁっ……!はぁぁぁ姫様ぁぁぁ……!!」
呼吸困難に陥りそうな雪里は、ついにキッと顔を上げて、
涙目で球里に助けを求める。
「何ボッと突っ立ってんですか!貴方も姫様を説得して差し上げて!!」
(えぇええっ!?)
また理不尽な物言いに言い返せない球里。
仕方がないので尊に近づいて声をかける。
「上から失礼します、尊姫様。お、お初にお目にかかります。球里と、申します。
境佳様、立佳様の従者をさせていただいてまして……」
「「えっ……!?」」
球里の言葉で、お仕置き中の二人ポカンとした声を出して……
「きゃぁあああああっ!立佳様の、立佳様の……きゃぁあああああっ!
雪里離してぇぇぇっ!ごめんなさい!家出なんてもうしないから!
お父様ともお母様とも仲よくするからぁぁっ!」
「はっはははハイイッ!ただ今ぁぁっ!!」
瞬時にお仕置きが終わった。
と、思ったら、雪里の膝から下ろしてもらった尊は大慌てで涙を拭って、
球里へ、スカートを摘まんで優雅にお辞儀して見せる。
「大変お見苦しい所を、お見せして申し訳ございません。
私は和王が第一王女、尊と申します。以後お見知りおきを」
「え、あ、恐縮でございます……!!」
きっちり挨拶をされてしまって、球里も思わず跪いて頭を下げる。
尊が今度は真っ赤な顔をしながら球里に言った。
「あっ、あの……!私が家出した事や、先ほどのその……雪里にその、
……どうかお願いです!!立佳様にはご内密に……!!」
「も、もちろんですとも!!……立佳様とは、親しくしていただいてるのですか?」
「ひゃぁぁ……お恥ずかしながら、遠い昔に一度だけお会いした限りで……!
あとは私の下らぬ片思い、といいましょうか……ですが、立佳様とは、
ぜひ、結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと思っております……
もじもじしている尊に、球里は心底驚かされた。
次の瞬間には、思った事をそのまま口にする。
「あの立佳様に想いを寄せる姫君がいらっしゃったとは……!
貴女の様な可憐な姫君のご好意を知れば、立佳様は泣いてお喜びになられるでしょう……!」
「ま、まぁ……お口がお上手ですわ」
「いいえ!冗談抜きに!」
本当に冗談抜きに。
嬉し泣きしながらガッツポーズを決めて浮かれまくる立佳が目に浮かぶ。
のはさておき、球里は表情を優しくして言った。
「ですので、まずはお父様の所へ戻って差し上げて下さい。
境佳様からお聞きした話では、とても心配なさっているご様子でした」
「分かりました……」
「従者の貴女も、ご一緒に行かれますか?和王に顔見せだけでも」
球里がそう雪里に話を振ると、雪里は慌てて首を横に振る。
「!?わ、私は姫様の従者などでは、畏れ多い……!!」
「違うのですか?」
球里の問いには、すまし顔の尊が代わりに答えた。
「スカウトしているのだけれど、首を縦に振ってくれませんので」
「それはもったいない。貴女方はきっと、良い主従関係になれますのに」
「でしょう?でも、無理強いはしたくないので」
「嫌と言うわけでは……決して、嫌と言うわけでは……!!」
小さな声で何か言っている雪里。
球里はここでやっと、気になっていた事を聞く事にした。
「……ところで、先ほどから尊姫は彼女を“雪里”と呼んでいましたが」
「私の愛称ですの。ピッタリでしょう?」
間髪入れずに堂々と答えた雪里を心配そうに見る尊が、球里に尋ねる。
「……球里さんは、“雪里”って言う名前を知ってるのですか?」
「えぇ、行方不明になっている弟分と、同じ名前で……」
「そうですか……」
「早く見つかるといいわね」
心配そうに雪里をチラチラ見ている尊と違って、雪里はしれっとしている。
けれど次の球里の一言で
「今、我々は皆、原因不明で時期外れの“発情期”でしょう?彼の事が、心配で」
「「え?」」
また驚く二人。
尊が目を丸くして球里に聞いた。
「何ですか、それ……」
「?……言葉通りです。今、原因不明で時期外れの“発情期”で、特別な薬で抑えてしのいでますよね?
彼女に聞けば分かるかと……」
「……え……」
雪里は声が出ない様子で、また尊が球里に尋ねた。
「それは、その発情期って、山の中にいる耳付の精霊なら全員かかるのですか?!」
「この山の中なら全員……だと思います。山の中どころか、
この現象で山の外にいた者もおかしくなって、この山に戻ってきたんですもの」
「!?」
「どうして……」
呟いた尊は、ゆっくりと顔を雪里に向けた。
「どうして、貴方は平気なの……?」
「!!」
尊に不安そうに見つめられた雪里は、球里を押しのけて外へ逃げ出した。
「うわっ!?」
「待って!!雪里!!」
尊が声を上げても、雪里は逃げ去った後で。

「お願いです球里さん!!雪里を追いかけて!!」
尊に縋り付かれた球里は、呆然としていた。




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【作品番号】HS10
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