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廟堂院家の双子の話9(裏)



町で噂の大富豪、廟堂院家。
夜もすっかり更けたこの時間、執事寮のとある空き部屋での出来事。
暗い部屋の中には大きな長テーブルを囲むように
黒いローブに全身を包んだ怪しい青年たちの集団がいる。
長テーブルの真ん中に置かれたアンティーク風の燭台型をしたライトが小さな光を放っている
この異様な空間で、一人の議長らしき青年が冷静にこう告げた。
「皆さん、今宵お集まりいただいた理由は他でも無く、この『洗脳組』の今後について話し合う為です」
物音一つしないこの部屋で、議長青年は淡々と話を続ける。
「もうご存じの方もいるかと思いますが、先日……
千早様と千歳様の身にとても残念な事が起こりました。
お二人の御威光を守るために細かい説明は避けますが……
とにかく今回の一件で、千早様はもう鞭を握れなくなった可能性が……
二度と我々にお仕置きという、お恵みを与えてくださらない可能性があります」
ここで初めて、青年達の間から嗚咽が聞こえた。
泣いている者を慰める者の姿も……しかし、議長の青年は力強く続けた。
「ですが、今一度皆さんに考えて欲しいのです!!我々は、肉体の痛みだけを欲して、
今まで千早様に付き従っていたのでしょうか!?
苦痛が得られなければ千早様の存在は無意味なのでしょうか?!
それは、違うと思うのです!!」
議長青年の力強い声を、他の青年たちは固唾を飲んで聞き入っている。
そして声はさらに熱く響く。
「千早様の鞭は確かに、我々の生きる糧でした!しかし、千早様こそが、彼自身こそが!!
我々の崇めるべき神ではないのでしょうか!?
たとえ、もう彼が恵みの雨を降らせてくれないとしても!彼の存在こそ、我々にとっての光!!
今こそ千早様を愛し、敬い、崇め奉る、我々の信仰が試されるのではないでしょうか!?」
ここで議長青年は一息ついた。その先、最初の冷静な声でこう続けた。
「少なくとも私は……そう思います。ですから、私は今まで通り千早様を崇める彼の家畜として……
彼を支えていきます。ですが、皆さんにそれを強制はしません。
今、この洗脳組を一旦解散し……」
「組長!!」
一人が叫ぶ。先ほどの議長青年に負けない魂の熱さで。
「我々も、組長と全く同じ考えです!千早様のお仕置きが頂けないのは残念ですが……
その程度で千早様を見限る様な不敬者はここにはいません!!」
「そうです組長!我々はこれからも、千早様の為だけに生きていきます!!
今まで通り貴方に付いていかせてください!」
「解散なんて必要ありません!千早様に永遠の栄光あれ!!洗脳組万歳!!」
次々と自分の考えに賛同してくれる仲間達……議長青年の顔には驚きと喜びが微かに浮かぶ。
震える声で「ありがとうございます皆さん……!」と言うと、右手を高らかに上げた。
揺るぎない誓いを仲間と共に立てるため。議長青年は天に叫ぶ。
「ゆきましょう!千早様に全ての誉と栄光を!!」
「「「「栄光を!!」」」」
高らかな誓いの声は防音加工の壁がすべて受け止めてくれた。
こうして『洗脳組』解散の危機は、全員の忠誠心と絆によって免れ……
それどころか、彼らの信仰をより深めることになった。

その翌日。


昨日と打って変って黒いローブを脱ぎ捨てた議長青年。
その姿は知的な眼鏡執事のイル君なわけだが……彼は千早の部屋にやってきた。
しかし千早は、いつもの尊大な態度でイル君を迎えるでもなくソファーに突っ伏している。
「千早様……」
「兄様……」
心配して声をかけた返事は、何とも弱弱しくて泣いてるように聞こえて
イル君はそっと千早を抱き起こす。千早はイル君の姿を見ても泣きそうな顔で
独り言のように言う。
「兄様が、ショックでベッドに伏せっていらっしゃる……」
その後、手で力いっぱい顔を覆って苦しげに喚いた。
「あぁぁ!!兄様は天使のように汚れなく、繊細なんだ!
それが……お父様にあんなおぞましい辱めを受けて、どれほど……どれほど!!
その純粋なお心を痛められた事かッ!!お可哀想な兄様!ここ数日全く部屋からお出になられない!
オレが行っても可憐な声を痛ましく震わせて“ごめんね、一人にして”と言うばかり!
くそっ、オレは……オレは兄様が苦しんでいるというのに何も力になる事ができないッ!!」
「千早様……!!」
イル君はとっさに千早を抱きしめようとしていた。
だけど、千早がイル君の胸元を握りしめながら真剣に言う。
「イル……お前に兄様が救えるか……?いや、無理だ……お前なんかに!!
お前なんか!この、役立たず!!」
パンッ!
急に頬を叩かれてもイル君は動じなかった。
それどころか相当参っている様子の、泣き喚いて自分に八つ当たりするくらいしか
感情のやり場が無い小さなご主人様をとても不憫に思った。
けれども彼もまた、千早をどんな風に慰めていいのか分からなかった。
だからとっさにこう言った。
「千早様……私の体はすべて貴方の為に捧げたものです。
どうか貴方の苦しみを私に下さい。いつものように、私が鞭打たれる事で貴方の苦しみを癒せませんか?」
「!!」
千早は驚いた顔をして、けれどもすぐにその顔を悔しそうに歪めて言う。
「確かに、お前を痛めつければ少しはスッとするかもしれないけど……無理だ。
いつお父様が嗅ぎつけてくるか……そうなったら……」
「貴方が私を鞭打てないなら、私が自分でやります。
もし何か言われたら私が勝手にやった事にすればいいのです」
「イル……お前……」
千早はしばらく困惑した表情だった。
けれども最終的にはイル君を冷たく見下して、言った。
「……やってみろ。パドルはそこの箱に隠してある」
「はい」
その言葉にイル君は躊躇なく従う。
手早くパドルを持ってきて、下着まで脱いで、千早の方に自分の尻を向けた。
そして自分で自分の尻を叩き始める。
ピシッ!ピシッ!
「んっ、ふぅっ!」
「おい、そんな叩き方でオレが満足すると思うか?」
「申し訳ありません!あっ、ぁっ!」
ピシンッ!ピシィッ!ピシィッ!
千早に言われたので、イル君はさらに強く自分の尻を叩く。
悲鳴が一段と大きくなった。
「んぅっ、あぁあ!!」
「もっと!もっとだ!オレはそんなぬるい叩き方か!?」
「違います!んっ、くっ、うぅっ!いっ、ぁぁ……!」
パァンッ!パンッ!パンッ!
苦痛に喘ぐイル君の姿を見て、だんだん千早の目が楽しそうに輝いてくる。
一方のイル君は痛みで目に涙が浮かんでくる。
自分でやっている事とはいえ、叩くたびに体は痛みを拒むように反応して
半泣きになって千早に請う。
「あぁ!ひっん!!お許しください千早様……!!」
「“許して下さい”?自分で叩いてるくせによく言う……!
そうまでして尻を叩かれてないと気が済まないのかこのド変態!
しかもその情けない姿をオレに見せたいだなんて、プライドの欠片も無いんだな!?」
いつもの調子でイル君を罵る千早はとても嬉しそうだ。
一度始まった罵倒はすぐには止まらない。
「そんな変態姿、見られて喜んでるなんて、やっぱりお前はただのマゾ豚だ!
いつも仮面みたいな顔して、そんな卑しい本性を隠してたんだな!?
そうだろう!?言ってみろ!!」
「はっ、はい!!私は豚です!!千早様に、こんな恥ずかしい姿を晒して
喜んでる、家畜にも劣る醜いマゾの豚です!!んぁぁぁっ!」
「っく、くははっ!!あぁいい格好だな!?
いい歳の男が自分で尻を真っ赤にしてみっともない!
お前本当に、自分が今何してるのか分かってるのか!?」
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
「んはぁぁっ!い、今私は!自分で自分のお尻叩いて……!
それをぉっ、千早様に見られて喜んでますぅぅぅッ!!」
「アッハハハハ!!フン、変態め!どういう神経してるんだろうなお前は!?」
「申し訳っ、あぅっ、痛い……!!」
イル君が千早の言う事を奴隷根性丸出しで肯定するたびに大笑いで喜ぶ千早。
イル君はそんな千早の様子を嬉しく思いつつ、千早の罵倒に快感が芽生えつつ。
けれどもお尻の痛みもだんだん大きくなってきて。、ついつい叩く力が弱まってしまう。
しかし、それはすぐ千早に見つかって叱責が飛んでくる。
「手を緩めるな!いいか!?いつもみたいに、お前が泣き喚いても手をとめるなよ!?
オレを、癒してくれるんだよなぁ?」
「は、はい!!もちろんです!!」
「いいぞ……お前が無様に苦しんでると心底癒されるな!もっと無様に喚いてみせろ!」
「んっ、あぁああんっ!!(良かった!千早様が喜んでいらっしゃる……!)」
パンッ!パンッ!パンッ!
顔で泣いて、心で笑って。
イル君のご奉仕スパンキングは健気に続くけれど……
長く続くほどイル君の頬もお尻も赤くなってきて、そのうち本当に苦痛そうに叫んだ。
「あぁぁああっ!千早様ぁっ!本当に痛いです!お許しください!
もう……もう、これ以上は……!」
「黙って手を動かせ!もっと、強くだ!」
「うっ、あぁああっ!」
ビシィッ!!
イル君は本能の“痛い!”を無視して、
快感に気力を上乗せした勢いで思いっきりパドルを振り下ろした。
けれどもそれは彼の痛みの限界を越えていたので……
「うわぁああああん!!」
泣きだしてしまった。
見ている千早は逆に楽しそうだったけれど。
「あっははは!!自分でやって泣いてれば世話ないな!?」
「うぇぇっ、お許しください!どうか……んぁああっ!本当に痛くてぇっ!!あぁあああああん!!」
「自分で言いだしたくせにこの程度で許されると思うなよ!?
しかも、お前……楽しんでるくせに!ふふっ、イルは本当に面白いなぁ!
兄様にもぜひ見せて差しあげ……」
そこまで言いかけて、千早の表情が一瞬にして曇る。
みるみるうちに目に涙が溜まっていく。
「兄様……」
パンッ!パンッ!パンッ!
「は、ぁぅっ!!……千早様!?」
「兄様……兄様ぁぁっ!!」
「ち、千早様!!」
泣きながら千早がソファーに突っ伏してしまった。
律儀に尻を叩いていたイル君はそこで慌ててパドルを投げ出して千早に駆け寄る。
けれども、触れようとしたイル君の手を薙ぎ払って千早は喚く。
「触るな変態!!お前の一人SMなんて全っ然、面白くなかった!
下らないもの見せやがって!失せろ!今すぐ!」
「しかし……」
「うるさいバカ!マゾが口答えするな!あぁ、兄様!!兄様ぁぁぁぁっ!」
「……失礼いたします……」
大泣きの千早を、自分ではもう慰められないと悟って
イル君はしゅんとしながら下着とズボンを元に戻して、部屋を出る。
悲しい気分で廊下を少し歩いて、思わぬ人物に出会った。
「あ。イルさん……」
「千歳様!!」
その希望の光に、イル君は思わず駆け寄って素早く跪いた。
「もう起きていても平気なのですか!?
千早様がとても貴方を恋しがっておられます!どうか、お願いです!
一目でも会ってさしあげて下さい!」
イル君の言葉を聞いて、千歳は悲しそうに目を伏せる。
「そうですか……僕も、長々と自分勝手に落ち込んでしまって……。
あの子の事が心配だったんです。イルさんにもご迷惑をおかけしました……」
「いいえ!滅相もございません!千歳様もお辛かったでしょうから……。
けれど安心しました。これで千早様もお元気になられる……」
「優しいんですねイルさん……けれど、あまり……」
言いながら、千歳がイル君の頬にそっと触れる。
「千早ちゃんに深入りしないで下さいね?使用人の分際で」
驚くほどの冷酷さを湛えた笑顔。そして声。
言葉を失うイル君に、今度はいつものような愛くるしい笑顔で微笑んだ千歳。
「さて、僕は早く千早ちゃんに顔を見せてあげなきゃ。もう行きますね」
「は、はい……」
千歳の姿はどんどん遠ざかる。
イル君は先ほどの冷酷な笑顔と天使の笑顔を思い出して混乱する。
けれど、ざわつく心はすぐにいつもの冷静沈着な彼に切り替わる。
(きっとこれで、千早様がお元気になられる……)
それだけを思って、彼は穏やかな無表情で廊下を歩いていった。




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