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廟堂院家の双子の話10



町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
今夜の二人は寝室のベッドで久しぶりの再会の喜びを味わっている。
「兄様……んっ、兄様ぁっ!!」
仰向けで千歳の首に手を回して、抱きついて甘えるように何度も自身の体を押し当てる千早。
声はいつもより切なげで、その目には感動の涙さえ浮かんでいた。
千歳はそんな弟と強めに唇を重ね、そっと頭を撫でる。
「ごめんね千早ちゃん……寂しかった?」
「寂しくて……死んでしまうかと思いました……!」
「そう……もう大丈夫だよ。本当にごめんね」
今度は首筋に軽くキスを落とすと、涙目の千早が激しく首を振る。
「謝らないでください!元はと言えば、お父様が兄様のおし……お尻を……
あぁッ!口に出すのもおぞましいッ!!」
千早は心底嫌そうに身震いして、怒り心頭の様子で叫んだ。
「あの男は悪魔だ!!兄様に何て事を……兄様に落ち度なんてあるはずがないのに!!」
「ううん……今回は僕が悪かったんだよ。ちょっとお父様を見くびってたみたい……」
「見くびって当然です!!あいつ、ただの子煩悩だと思っていたら!
金持ちのジジイは変態趣味だって言うけど……あんのサディストペドジジイ!」
「落ち着いて千早ちゃん……僕はいいんだってば。気にしてないよ」
千早の怒り具合に笑いながらそう言った千歳。
そんな兄の様子に千早はうっとりと頬を染める。
「兄様……あぁ、なんて慈悲深い……!!」
「そうでもないよ。それにしても……あの時の僕はひどく滑稽だっただろうね。
お父様のお膝の上でお尻ペンペンされる男の子……あはは!想像しただけで笑っちゃう!
自分で見てみたいくらい……」
「兄様……」
あくまでも余裕そうな兄に、千早は尊敬の眼差しを向ける。
(そうだ、兄様は汚されてもなお……いや、汚すことなど不可能な気高く輝く太陽!
闇を焼き尽くす光!不遜な者が手をかけたところで、兄様には何てことないんだ!
さすが兄様!やはり素晴らしいお方……!)
千早の中でどんどん“兄様崇拝メーター”が上がっている中、
その上限を振り切らせるが如くの輝く笑顔で千歳が言う。
「でも、やっぱり僕……お仕置きされるより、する方がいいなぁ。
……だから、ね?ち・は・や・ちゃん♪」
「あ……ぁ……喜んで……!!」
考える前にそう答えていた千早。
いつものように四つん這いになると、すぐにお尻を丸出しにされてしまった。
けれども、千早に恐怖は無い。
(懐かしい……兄様のお仕置きも久しぶりだ……!)
こんな風に喜びさえ感じていると、お尻に平手が飛んでくる。
パンッ!!
「ひゃはぁんっ!!」
「あれ?千早ちゃん嬉しそう?」
すぐに自分の心を見透かされてしまって、千早は赤面した。
「ご、ごめんなさい……!こうしてお仕置きしていただくのも、久しぶりだと思ったら、嬉しくて……!!」
「千早ちゃん……!!」
千歳が感激した様な声を上げて、優しく千早に言った。
「千早ちゃんは、なんていい子なんだろうね……!ねぇ、こっちにおいで?」
「ふ……ぇ?」
いきなり千歳に体を引っ張られた千早は、されるがままに体勢を変える。
すると、ベッドの上に正座した千歳の膝の上に乗せられてしまって、
ドキドキと戸惑っていると、千歳が声をかけてくる。
「どう?この格好」
「あ、あの……何だか恥ずかしいけど、兄様と密着できて、その……
兄様の、温もりが伝わってくるというか……」
ただでさえこの体勢が恥ずかしい千早なのに、千歳がずっとお尻を
撫でているので余計にへどもどしてしまう。
千歳の方は恥ずかしがっている千早にクスクスと笑って、また平手を振り下ろした。
パンッ!パンッ!パンッ!
「ひゃん!兄様ぁっ!!」
「可愛い千早ちゃん。今日はこうやって、だっこしたままお仕置きしてあげる」
「ふっ、ぁぁん!!」
「いっぱい泣くまで可愛がってあげるね?」
「あぁっ……はい!!」
このように、双子の幸せそうなお仕置きは深夜まで続いて……


翌日。
自室で一人、ソファーに座って物想いに耽る千早。
しかし、その顔は先日までとは打って変わってとても幸せそうだ。
(兄様がお元気になられて良かった……)
千早は思い出す。
昨日の寝室での兄の笑顔。優しい声。痛いながらも愛を感じるあのお仕置き。
『ほら、逃げちゃダメだよ千早ちゃん』
思いだしていると、無意識に熱い吐息を漏らして頭がぼんやりしてくる。
愛に焦がれる心が解放を求め、手を幼い身体の下へ下へと誘い……
コン!コン!コン!
「千早様、よろしいでしょうか?」
「!!」
その手は間一髪で何事も無かったかのようにソファーを撫でる。
まさかのドアノックに、千早は声の方をキッと睨みつけて言う。
「何の用だ!!」
「現在ちょうど3時です。美味しい紅茶とケーキでティータイムなどいかがですか?」
「今それどころじゃ……!」
「千歳様の事でお話ししたい事もあるんです」
一旦追い返そうとしたが“千歳様の話”と聞くと、気になってしまった。
仕方なく、込み上げ疼く衝動を我慢して、こう返事をした。
「勝手にしろ……」


さて、千早の部屋におやつを持ってきたのは能瀬だった。
用意されたケーキを千早が頬張っている時、唐突に会話が始まる。
「……千早様は、どう考えていらっしゃるのですか?ご自身の将来の事を」
「将来?」
投げかけられた予想外の言葉に、千早は首をかしげる。
「おい、兄様の話じゃないのか?」
「ええ。ですから、千早様のお考えが千歳様の将来にも深く関係するでしょう?」
「考えも何も……兄様がこの廟堂院家の当主になって、オレは生涯兄様に付き従う。
これが自然な流れじゃないか」
「……確かにそれは、自然な流れかもしれません。
けれど、千早様は本当にそれでいいのですか?」
「何言ってるんだお前?」
本気で不思議そうな顔をしながら、あるいはこの話に興味無さ気にケーキを食べ続ける千早。
能瀬は、そんな主に真剣な表情で言う。
「もっと単刀直入にお聞きしますね。千早様は、ご自分が
この廟堂院家の当主になりたいと思った事はないのですか?」
「オレが兄様を差し置いて、廟堂院家の当主になるなんてあり得ない。
兄様は聡明で美しく、すべておいて完璧な、まさに人知を越えた天使なんだ!
この廟堂院家の頂点に君臨するにふさわしい!
だから、未来の当主は兄様と決まってるんだ。お前、そんな事も分からずに生きてたのか?」
「千歳様が素晴らしい方だという事は重々承知しております。
けれども、貴方は千歳様を慕うあまり、ご自身の可能性を分かっておられない……!
千歳様は天使でも何でもない!貴方と同じ人間です!」
「なっ!?貴様ッ……兄様を愚弄する気か!?」
「この前、千歳様が旦那様にお尻を叩かれるところを見たんでしょう!?」
能瀬のこの言葉に、怒り出しそうだった千早の表情に動揺が走る。
その表情をしっかりととらえ、能瀬がさらに揺さぶりをかける。
「そうです……貴方は天使の落ちる瞬間を見た……!」
「ち、違う!!兄様は落ちてなんかない!兄様は……」
「冷静に考えてみて下さい。千歳様は確かに優れた部分をたくさん持っています。
けれど、あの方は人の上に立つには優し過ぎませんか?それに身体もあまり強くないようだ。
千早様に比べて、体調を崩す事が多い様に思います」
「それは……兄様は小さい頃はお体が弱くて……でも、今は……」
千早の反論には明らかに勢いが無かった。
能瀬がさらに押す。
「ならば、逆に考えて下さい。“廟堂院家の当主になる”のは本当に千歳様の望みなのですか?
貴方や周りがそう期待して、優しくてか弱いあの方に重荷を負わせているのでは?」
「!!」
「千早様が従属するから、千歳様は支配者にならざるを得ない……。
けれど、本当は貴方の愛による支配を望んでいるとしたら!?」
「そ、そんな……そんなはずは……!!」
千早の手からフォークが滑り落ち、カチャンと音を立てる。
明らかに困惑している千早に、能瀬は確信した。
あの二人でお仕置きされた一件は、少なからず、千歳と千早の力関係に影響を与えた事。
千歳がお仕置きされている姿は、無意識に千早に疑問を抱かせた事。
“本当に千歳は自分にとって絶対君主なのか?”というその疑問は、
千早の“千歳と力関係を逆転したい”という隠れた欲望を呼び覚ました事。
つまり、『今こそ、この不可侵と思われた強い主従関係を切り崩せる最大のチャンス』!!
能瀬は力強く言う。千早の欲望を完全に引きずり出す為に。
「千早様、貴方はご自分で気づいていらっしゃらないかもしれませんが、
貴方には千歳様よりずっと支配者としての気質が備わっている!
心と体の強さ……そして、誰もがひれ伏す力強さ!『洗脳組』はその象徴だ!
そんな貴方が、どうして目の前の玉座を放棄するのです!?」
「やめ……ろ……」
「もっと自信を持って、強い志で進んで下さい!それが千歳様の為……
ひいては廟堂院家の為になる!必ず!」
「やめろ!!オレを惑わせるな!!兄様は、当主になったらオレを……
専属の奴隷にして可愛がってくださると言った!オレが兄様の上に立とうとしたら
手酷くお仕置きされてしまうんだ!だから兄様は望んでいる!すべての、支配を!!
それが兄様の望みなら、オレは兄様に従う!」
自分に言い聞かせるようにそう叫んで、何かを振り払う様に頭を振った千早。
その姿は、能瀬にどんどん成功の自信を抱かせるだけだった。
能瀬はとうとう核心に迫る。
「それが、誰かに操られての行動だとしたら?」
「……は?」
「千早様、良く聞いてください。貴方の優しいお兄様は騙されているんです。
この屋敷の癌にね。千歳様に取り入って執事長になり、今も世話係としてあの方の周りを離れない……
奴は当主になった千歳様を裏から操って欲しいままにする気です。この屋敷の財と権力を……」
「上倉か……?バカな……あんな奴に兄様が操られているわけがない……」
「“あんな奴”が執事長をしている事がすでに異常事態なんです。
どうして千歳様はあんな下品な男をずっと傍に置いているのですか?
世話係を変える事なんていくらでもできるはずだ」
「…………」
千早は黙りこむ。
ここからはもう能瀬の思うがままだ。
「今宵は、奴と千歳様の『お勉強』の日。こっそり真実を覗いてみませんか?」
「ダメだ!!兄様が、“勉強中は絶対に入ってくるな”と……」
「何故です?」
「そ、それは……気が、散るからじゃ……」
「私は“見られて困るから”だと、思いますが」
「兄様に限って……!!」
「実際に見ればすべてが分かります。そして、今なら間に合う。
あの色仕掛けしか能のない男が、千歳様の心を一番掴む奴隷になってしまう前に……」
能瀬の言葉に千早はもう何も言わない。
抱かされた不信感と、動揺、恐怖……そんな感情で疲れ切った顔をしていた。



その夜。
千早と、能瀬は千歳の部屋の前にいた。
食事や入浴を済ませてる、いつもの黒いガウン姿の千早はまだ納得いかない様子だった。
「もし、お前の言った事が全部、無かった事だったら……
それなりの覚悟はあるんだろうな?」
「もちろんです。けれど、今は私を信じて下さい。さぁ、千早様?」
能瀬は、音も無く部屋のドアを少し開けて。
「かっ、鍵が開いてるのか!?」と動揺する千早をやや強引にドアの前に立たせて、
その後ろに立て膝をついてぴったりと寄り添う。
「能瀬、やっぱり……」
逃げ場のない千早が気弱く振り返った、それと同時だった。
『はっ、ぁ……千歳様ぁっ……!!』
聞こえた上倉の声に、千早は反射的にドアの隙間に顔を張りつかせる。
飛び込んできた部屋の中の光景。
シャツ一枚だけ着て、何も付けていないお尻を千歳の方に向ける上倉。
いつもの白いネグリジェ姿の千歳はパドルを持って楽しそうに上倉を見ている。
「どうしたの?まだ何もしてないのに気色悪い声出して」
「も、申し訳ありません……今から千歳様にお仕置きしていただけると
思うと……興奮、してきて……」
「へぇ、最低」
バシィッ!
「んぁっ!!」
さらりと振るったパドルを、そのまま何往復もさせて
千歳は上倉のお尻を何度も叩いていく。
「“千歳様の罰ならいくらでも受ける”なんて言って、
結局、自分が叩かれたいだけなんだ。罰にならないね、これじゃ」
「いえ、あのっ……反省します、きちんと!!」
「嘘ばっかり……!」
バシッ!バシッ!バシッ!
「ひっ!!いっ!」
「言ったよね?とことん虐めてあげるって……それを、楽しみにしてたくせに!!」
怒鳴りつけ、千歳は一際強くパドルを振るう。
激しい打音と共に上倉が悲鳴を上げた。
「んぁぁあっ!く、ぁ……!!」
「ねぇ……どうなの?答えてごらんよ?」
そして、千歳が上倉に呼びかける。
「大一郎!!」
その声が響いた時、ドアから盗み見ていた千早にものすごい衝撃が襲う。
「呼び捨てにしてる……名前、呼び、捨てに……!!
二人きりの時は、あんな……親しげに!?」
ショックのあまり千早は顔面蒼白だ。
その間にも部屋の中のお仕置きは続く。
バシッ!バシッ!バシッ!
「んっ、ぁあっ!千歳様ぁッ!も、申し訳っ……!
本当は……いつ、虐めてもらえるんだろうって、心待ちに……!」
「やっぱりね。でも、僕もお前を痛めつけるのを楽しみにしてたんだ。
今回はお前のせいで最悪な目に遭ったから、お前も同じくらい
苦しめてやらないと気が済まないんだよ」
バシッ!バシッ!バシッ!
千歳は上倉を見下して笑う。
「だから、めいいっぱい苦しんでね。ゴミクズ男」
「はっ、はい……!!」
苦しげな上倉が、それでも幸せそうに何度も頷く。
千歳はさらにパドル打ちを与えている。
そして見ている千早は……
「何であんな奴が、なんでっ、兄様とあんなに、楽しそうに、
あんなにっ……お仕置きされて……!!」
ひたすら悔しかった。
本来あそこでお仕置きされているのは自分のはずだ。
身体が熱くなってくる。足が震えてくる。
きっと、怒りのせいだ、と千早は思う。
そうしているうちにも上倉のお尻はだんだん赤く染めあげられ、
嬉しそうな悲鳴にも泣き声が混じってきた。
バシッ!バシッ!バシッ!
「あぁあああっ!千歳様ぁっ!ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」
「やだなぁ大一郎、どうして謝るの?謝って済まない事ぐらいお前分かってるでしょ?」
「はぁっ、分かってますぅぅ!でも、痛くてぇっ!!」
上倉が半泣きになっていても全く手加減する様子も無く、
むしろ余計に手を強めるように千歳はパドルを振るう。
上倉の赤いお尻が跳ねるのを無邪気に眺めていた。
「良かったねぇ大一郎。痛いの好きでしょ?」
「好きぃっ!好きですけどっ、はぁあああんっ!」
「だったら、そう言ってみなよ」
千歳に促されるまま、まるで催眠術にでもかかっているかのように上倉が叫ぶ。
「うぁぁっ!好きです!上倉は千歳様に、痛いお仕置きしていただくのが
大好きですぅぅっ!あぁっ、好きです千歳様ぁぁぁッ!!」
「あはははは!!どうしよう!?全然お仕置きになってないや!!
もうやめちゃおっかなぁ〜〜?」
バシッ!バシッ!バシッ!
「ふぁっ!?そ、そんな……あぁぁあんっ!千歳様ぁ、どうか!
もっと……!んっ、どうかこのゴミ虫を憐れんでください!!」
「へぇ。いい顔だね大一郎……可愛いなぁ……」

『可愛いなぁ』

千早の頭の中で響くこの声、言葉。
「可愛いって……言ってる……兄様が、あのゴミ虫を可愛いって……!!」
世界の滅亡を眺めているかのように目を見開いて震える千早の、
最後の精神力を握り潰す様に能瀬は呟く。
「あれではまるで恋人同士だ」
「そんな……!そんな、兄様……!どうして!!」
すっかり混乱して泣いている千早に、能瀬は大げさに言う。
「お可哀そうな千歳様!あの男にすっかり狂わされて!
千早様、早く千歳様の目を覚まさせないと!
この屋敷と千歳様をあの邪悪な性欲の奴隷から守るのです!
方法は一つしかない!」
しっかりと千早を抱き込み、能瀬は最後の一声を囁いた。
「貴方の支配……絶対的な支配しかないのですよ……」
「兄様……!」
「大丈夫。貴方のお兄様は必ず貴方の元に帰ってくる。
そして貴方に従い、尽くし、愛するでしょう。私が何でも協力します……」
「能瀬……」
千早の震える声。
「オレに手を貸せ……」
覚悟を秘めて低く呟かれた声に、能瀬は密かにほくそ笑んだ。




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【作品番号】BS10

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