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廟堂院家の双子の話7



町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
仲良し双子の彼ら……今日は何やら切羽詰まった様子。
千歳が風邪で寝込んでしまったのだ。
「兄様!!ああ、なんてお労しい!!オレにできる事があったら何でも言ってください!!」
泣きそうな表情の千早がベッドに寄り添って、横たわる千歳の手を握る。
ベッドの上の千歳は熱で頬を紅潮させて苦しそうな呼吸を繰り返して、それでも力無く微笑んで千早に言う。
「ありがとう、千早ちゃん……でも、大丈夫だよ。僕の事は、上倉が、全部やってくれるから……
だから、千早ちゃんは、今日は、別の部屋にいて?キミに、うつっちゃったら、大変……」
「そんな!!変態ゴミ虫野郎には任せておけません!!
ヤツは兄様の世話係の地位を利用して、ここぞとばかりに兄様を蹂躙するに決まってます!
ああ、こんな事になるなら、やっぱり早く始末しておくべきだった!!
兄様!オレがお傍にいて看病しますから!!兄様の清らかな体はオレが守ります!!」
「千早ちゃん……気持ちは、嬉しいけど、ダメだよ。お願い……別のところにいて?
キミが、風邪をひいたら、僕は悲しいから……それにね、僕が、ゴミ虫ごときに、蹂躙されると思う?
ふふっ、あんまり、見くびらないで、ほしいなぁ……」
「兄様……!!ううっ、こんなにもお優しくて慈悲深い天使のような貴方をどうして
浅ましいゴミ虫と二人だけにしておけましょう!?無理だ!オレには耐えられない!兄様!
どうか今日一日は、お傍に……」
「千早ちゃん……あんまり、言う事聞かないと……」
弱弱しい口調ながらもこの言葉に千早は身構える。
“後日お仕置き”だとでも言われるのだろうか?しかしそれでも千早には千歳の傍にいる覚悟があった。
揺るぎない信念の千早に千歳は続けて言う……
「昨日のキミの、乱れっぷりを全部、余すところなく、上倉に話すよ?」
「待ってください!!今すぐ録音の準備を!!」
「今すぐそこの窓から飛び降りろ変態ゴミ虫!!」
今まで黙って控えていた上倉が機敏に小型レコーダーを取りだしたので、千早が叫ぶ。
千歳の言う“昨日”は父親から電話があって、その後二人でお仕置きごっこ、
そして盛り上がったので夜更かし……という事があった。
千歳の風邪は部屋で裸同然で長く過ごしたのが原因だったりする。
結局、千歳の一声で千早は引かざるを得なくなった。
大好きな兄様の看病をできなかった、それどころかその役割を最も憎むべき男に取られてしまった悔しさで、
すこぶる機嫌が悪くなる。腹いせに上倉から取り上げたレコーダーをポケットに入れて廊下をブラブラ、
ムシャクシャしていると目に入ったのが……

「き、昨日は……アップルパイ、作ってさ!」
「へぇ!そうなんだ……難しそうなのに、すごいね!」
仲良く話す執事とメイドの二人組。
執事の方は鷹森。メイドの方は小二郎。千早は瞬時に“雑魚二人”と認識するのだが……
(何だアイツら……あんなに仲が良かったのか?)
視界に入る二人は嬉しそうな笑顔で会話をしていた。
千早は今まで鷹森のオドオドした表情しか知らないし、小二郎もあんなに笑うヤツではなかったはずだ。
最初は物珍しさで見つめていたのだが……二人の幸せオーラにだんだん腹が立ってくる。
(人が兄様と会えない時に……アイツら、幸せそうにイチャイチャと……!!
雑魚のくせに、雑魚のくせに……!!)
丁度、機嫌の悪かった時だ。
千早の使用人イジメスイッチは何の躊躇も無くONになる。
楽しそうな二人にさっそく食ってかかった。
「おいそこの雑魚二人!」
声をかけると二人は驚いた顔で一斉に千早を見た。
イチャイチャムードをぶち壊した事を小気味よく思いながら、千早は二人への攻撃を開始する。
「下っ端二人が仕事もせずにお喋りか?良い身分だな」
「も、申し訳ありません……僕が小二郎君を引きとめてしまって……」
「違います!オレが勝手に鷹森……さんに、くっついちゃって……すぐ戻りますから!!」
「待て小二郎」
すぐに謝って分離しようとする二人。
しかしここでみすみす返しても千早的に面白くない。
呼び止めると不安そうにこちらを見ている小二郎も、ひたすら焦っている鷹森も実に突っつきがいがありそうだ。
千早は意地悪く笑って小二郎に言う。
「お前、メイドのくせにこんな所で男とイチャついて職務怠慢じゃないか。お母様に報告しないとなぁ?
あーあ。ただでさえお父様と離れてカリカリしてるのに、お前が自分を差し置いて幸せそうにしてるって知ったら……
お母様ってキレると何するか分からないし……お前、きっと想像を絶する酷い目に遭うな。自業自得だ」
「ち、千早様!小二郎君は……!」
「黙れクズ」
千早が冷たく言い放つと鷹森はぐっと言葉に詰まる。
小二郎の方は先ほどの笑顔が見る影も無く、真っ青になって泣きそうな顔をしている。
「それとも、オレにお仕置きされるか?そう言えばお前の事は一度もお仕置きした事が無い気がする……
ああ、そうか……いつもお前のゴミ虫兄貴が何かと邪魔立てしたんだよなぁ……うっとおしい。
でもアイツ、今日は忌々しくも兄様の看病できっと一日付きっきりだ。邪魔も入らなさそうだし、どうだ?
お前がどうしてもと言うなら、オレがお仕置きしてやらない事もない」
「……ぅ……」
「嫌なら別にいい。お母様に嬲り倒されて泣き叫べ」
「ふっ……くっ……」
顔を両手で覆って泣きだした小二郎に、鷹森が寄り添って、抗議の声を上げる。
「あんまりです千早様!小二郎君がここに来たのはついさっきで、ずっとお喋りしてたわけじゃありません!
それに何度も言う様に引きとめてしまったのは僕の方で……お仕置きなら、僕が受けます!」
「鷹森……!」
小二郎が驚たように顔を上げる。
千早も普段気弱な鷹森のこの発言には少々驚いてしまった。
「お前が?自分から醜態を晒しに来る気か……面白い。そう言えばお前には借りがあるしな……来い」
「鷹森!!」
「お前は来なくていい!」
真っ青な顔で付いてこようとする小二郎に一喝すると小二郎はピタッと足を止める。
そんな小二郎に笑顔で手を振る鷹森。
「大丈夫。行ってくるね」
(チッ……)
千早はいつもの自分に怯えている鷹森じゃない事に微妙な苛立ちを感じる。

その後は滅多に人が来ない区画の空き部屋に移動して、思う存分鷹森を痛めつける千早。
「あぁッ!はぁっ……お許しください千早様!ッぅ!!」
丸裸の下半身で床に四つん這いになって泣きながら悲鳴を上げる鷹森……
幾重にも重なる鞭の跡が痛々しいそのお尻に、千早が喜々として乗馬鞭を振るっていた。
鞭の音に合わせて悲鳴を上げる鷹森を不愉快そうに見下してながら冷たい口調で言う。
「喚くな。この前はよくも騙してくれたな……オレをはめるなんてすいぶん度胸が付いたじゃないか」
「……それは……千歳様に……!!」
バシィィッ!
「ぁあああっ!!」
「兄様がお前みたいな男を相手にするわけ無いだろう?軽々しく兄様の名前を呼ぶな!
オレを騙したのはお前の独断なんだよなぁ鷹森?」
ビシ!ビシッ!ビシッ!
冷たい笑顔を浮かべて鞭で鷹森を責め立てる千早。
鷹森はただ怯えて泣き惑うだけだった。
止まらない涙を拭う事も出来ずに、姿勢が崩れそうになるのを耐えながら必死で首を横に振る。
「違います!違うん、です!そ、そんなつもりじゃっ……」
「……いい機会だ。ご主人様に楯突く愚かさ、死ぬほどその身に刻みつけてやろう」
「ごめんなさい!ぉ……お願いです!許してください!何でも……何でもしますから!千早様……どうか……!」
「ふん、『お仕置きなら、僕が受けます』だなんてカッコつけた事言っても所詮この程度か。
いつも通りの貧弱なお前で安心したよ。何でもするなら、鷹森……その薄っぺらい謝罪をやめろ。耳障りだ。
今度言ったら、その口にゴミでも突っ込んでやるからな」
「そん……なぁ……うっ……!!」
ショックを受けた様子で涙を流す鷹森。
千早の方は同情する様子も無い。無慈悲に鞭を当て続けるだけだ。
ビシ!ビシッ!ビシッ!
「あぁぁっ!千早様お願いです!ご慈悲を……!!うっ、あ……!」
必死で許しを請う鷹森の姿は千早にとって気持ち良かった。
さっきは珍しく生意気に意見してきたけれど、コイツはやっぱりこんな奴なんだという、安心にも似た感覚。
これなら、いつものように飽きるまで虐めればいいだけだ。
「せいぜい、無様な姿を晒すんだな。どんなに無様でもオレが許さない限りお仕置きは続けるけど……」
「うぁあああんっ!!」
「相変わらず、情けない鳴き声……虫酸が走る」
「やぁああっ……やめっ……やめて……!!」
「ふふっ、許して欲しいか鷹森?」
「欲しっ……許、して、欲しいです……ああ!!」
「だったら、ここに小二郎を連れてこい」
「――――ふ、ぁ!!?」
ビシッ!ビシッ!ビシッ!
一瞬驚いた悲鳴を上げる鷹森に千早が続けて言う。
たった今思いついた、おそらく鷹森への嫌がらせには最適の命令を。
「小二郎に、『僕の代わりに千早様に叩かれて』って泣きついて連れ来い。
お前の言う事なら聞くんだろ?随分仲が良さそうだったもんなぁお前達……。さぁ、早くしろ」
「で、できません……」
「は?」
「小二郎君を僕の身代わりになんてできません!!」
「…………」
千早はとっさに次の言葉が出なかった。
ここまで嫌がって泣いてるヘタレの事だから、嫌々ながらもすぐに言う事を聞くと思っていたのに。
そんな屈辱にうち震える姿が見たかったのに……こうもはっきり拒絶された。
呆然とした後に湧きあがってきたのは苛立ちだった。
「へぇ……オレに逆らうのか……」
「千早さ……」
ビシッ!ビシッ!ビシッ!
千早は鷹森の言葉を遮るように無茶苦茶打ちのめす。
真っ赤なお尻を乱暴に打たれた鷹森が、断末魔の様な悲鳴をあげて泣き喚いた。
「いやだぁあっ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめっ……ああ!千早様ぁっ!」
「カッコつけるなよこのヘタレ野郎!オレに尻を叩かれて泣き叫ぶしかできないグズのくせに!
お前みたいなのはオレの命令に逐一従ってればいいんだよ!分かったか!?
さっさと小二郎に土下座でも何でもしてここに連れてこい!」
「うわぁああんっ!できません!それだけは、許してください!嫌だぁぁっ!」
「チッ……腹が立ってきた!!もういい!せっかく小二郎を差し出せば許してやろうとしたのに……
そんなに叩かれるのが好きなら、いくらでも叩いてやる!」
千早は自分の思い通りに動かない鷹森がどうしても気に食わなかった。
今までは笑えるほど無様に、何でも自分の命令に従っていたヤツなのに!
こうなると意地でも自分に屈伏させたくなる。
痛みでねじ伏せるように、真っ赤な尻に力いっぱい鞭を振るった。
ビシッ!ビシッ!ビシッ!
「あぁあああ!千早様!!僕はいくらでも叩かれますけど、やめてください小二郎君だけはぁぁッ!!」
しかし、いくら叩いても折れない鷹森。
千早はますますイラついてきた。いつものように自分に絶対服従で泣き喚くだけの鷹森を虐め抜きたいのに。
どうしてもこの生意気な執事に、逆らっても無駄だと言う事を分からせたくて必死に鞭を振るって
絶望的な言葉を投げつける。
「滑稽だな鷹森絢音!お前はそれで小二郎を守ってるつもりか?!
言っておくけど、お前がいくら泣き叫んだところで小二郎をお仕置きするのなんてオレの気分次第なんだぞ?
アイツは元々執事部隊籍だし……今はメイドだけど虐めたところでお母様もあまり気にしない。
それにアイツはバカだから、お前かゴミ虫の事をチラつかせて脅せば、すぐにでも尻を差し出すだろうな」
「そんな……そんな酷い事を!!」
「酷い?小二郎もあのゴミ虫と似たような性癖なんだろ?むしろ泣いて喜ぶんじゃないか?
『もっとぶってください千早様〜〜』なんてな!アハハッ!考えただけで傑作だ!
ますますアイツを甚振りたくなってきた!」
「千早様ッ!!!」
「え!!?」
聞いた事も無い声で怒鳴られたので、思わず素で驚いてしまった千早。
自分の声に自分で驚いたら、さらに鷹森が衝撃を与えてきた。
「貴方なんかに……小二郎君を好きにさせない!絶対に僕が守ってみせる!」
(なっ……コイツ……!!)
明らかに、自分に対抗すると断言された。明らかに、強い意志のこもった目で睨みつけられた。
あまりに予想外で、千早は混乱する。コイツは本当にあの鷹森か?違う!コイツはこんなヤツじゃない!と心が叫ぶ。
けれども目の前で鷹森に睨みつけられて、千早は体が震えそうなほど怒りを感じていた。
「……一丁前に姫を守る騎士のつもりか?男らしい顔じゃないか鷹森……」
「千早様……!」
「ものすごく、不愉快だ!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィンッ!
千早は全身全霊で、湧きあがる怒りを鷹森にぶつけた。
「うわぁあああああっ!!」
「あぁ腹が立つ!腹が立つ!お前みたいな何の取り柄もない下等執事がオレに偉そうな口を聞くなんて!!
今まで散々躾けてやったのに!おい!身の程をわきまえろよこのド低能!!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「いぁぁぁあっ!!千早様ぁぁぁっ!貴方……貴方はぁぁ……!!」
「躾け直しだな豚め!今すぐオレへの無礼な言動を泣いて詫びろ!」
「嫌だ!もう僕は貴方にの勝手な暴力に屈したりしません!
こんな事、ばかりして……うぁぁ!!神様が……ああ!天罰が下る!いつか、天罰が……!!」
「黙れ!黙れ黙れ黙れ!!」
千早は心底激怒していた。
まさか鷹森ごときにここまで言われるとは思っていなかった。
悔しさと苛立ちが混ざり合って、怒りにまかせて鷹森を罵る。
「偉そうに!お前なんか、ほとんどお父様のお情けでこの屋敷にいるだけなのに!!
何の役にも立ってないお前なんかが!!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「お前がこの廟堂院家の執事だなんて笑わせる!!
お前なんて、誰にも必要とされてないただの金食い虫なんだよ!!」
「痛いぃ!あぁ、僕は……!」
「聞けよ脳無し!お前の代わりなんていくらでもいる!お前より優秀なのがいくらでもな!」
「そんな!!嫌だ……僕はぁぁ!!」
「お前は最初から、この屋敷に要らなかったんだよ!居なくても皆に忘れ去られて終わりだ!」
「うわぁあああああんっ!!」
(勝ったッ!!)
上半身突っ伏していっそう激しく泣き出した鷹森に、千早は直感的にそう思った。
自分は鷹森を再起不能にしてやった!と、やっと胸がスッキリした。
負け犬にバンバン鞭を当てながら見下して笑う。
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「どうした!?何か言い返してみろよ!」
「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!!うわぁああああん!!」
心ある人なら目を背けたくなるほど尻を真っ赤にした鷹森が泣きながら謝る。
けれど千早はそんな鷹森をいい気味だ、当然の報いだと思っているのでまだ叩くのを止めない。
「今さら、謝りだしたか……最初から素直にオレの言う事聞いてたら
痛めつけられずに済んだのに、やっぱりお前はノロマだな!」
「あぁあああ!ごめんなさい許してください!!ごめんなさいぃぃ!!」
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「言ってみろ!『申し訳ありませんでした千早様、もう二度と逆らいません』ってな!」
「うわぁあああん!申し訳ありませんでした千早様ぁぁ!!もう二度と逆らいません!!」
「なんだ、素直に言えるじゃないか!そうしてれば少しは可愛げがあるのに……」
「どうして……どうしてどうしてどうしてぇぇぇっ!!!」
「バカが!そのまま喉が枯れるまで泣き叫んで後悔しろ!」
「うわぁああああん!!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!」
泣きながら自分に命令に従う鷹森を見て、やっと自分に主導権が帰って来たような気がして、
千早はだんだん機嫌を直して鷹森の尻を叩き続けた。
鷹森は発狂したように泣き叫び続けていたが、千早にとってはどうでもよかった。
そして好きなだけ叩いて飽きたので叩くのを止める。

「はぁ、もういい。さっさと出ていけ。これでお前も自分の立場が分かっただろう?
これからは身の振り方を考えろよグズ」
「ぐすっ、ひっく、はいぃ……」
「ならもういい。下がれ。目障りだ」
「千早様……あの、ズボンと下着を……」
「さようなら鷹森絢音。早く行け。まだお仕置きされたいのか?」
か細い声を遮って、鷹森のズボンや下着を踏みつけたまま千早は言う。
「……っ!!」
鷹森は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。千早はそんな鷹森の姿を見て楽しそうに笑い出す。
「……ぷっ、アッハハハハ!!本当に下半身裸で出て行った!変態だなアイツ!!アハハハハハ!あーあ疲れた!」
一しきり笑って、千早はシャツの首元を緩めて、ふっと息を吐く。
「鷹森が変に逆らうからな、余計な手間かけさせやがって。でもこれで二度とオレに逆らう事もないだろうけど……」
千早は機嫌よさそうに悠々と自室へ戻っていった。


その頃、執事長の上倉大一郎は後輩の鷹森を探して屋敷を内を早足で歩いていた。
弟に……メイドの小二郎に泣きながら助けを求められたのだ。
『鷹森がオレを庇って千早様に連れて行かれた!』と。
千早の執事虐めは日常茶飯事だし、仲間内では黙って耐えるのが暗黙の了解だった。
鷹森だって何度か虐められても気丈に振る舞っていたので大丈夫だろうとは思ったが
やはり執事部隊の後輩は、兄属性の大一郎にとって弟のようなもの。
特に弟とすごく仲の良い鷹森は余計に可愛い弟のように思えてきて、放っておけなかったのだ。
色々探しまわった挙句、人の少ない区画のとある空き部屋で、鷹森を見つけることができた。
「あぁ、鷹森君!可哀想に、大変でしたね!」
「伯父さん……僕ね、また要らないって言われちゃった……」
(鷹森君?)
大一郎は一瞬で異様さを感じた。鷹森は鞭の跡も生々しい尻を隠そうともせずに座りこんで
誰かに電話しているようだ。受話器に繋がった電話の本体は床に逆さを向いて転がっている。
まるで台から無造作に引きずり落とされたかのように。
しかもそれ以前に、この部屋の電話は使えないはずだった。
「もう執事やっていけないかもしれない……そっちに帰ってもいい?」
「た、鷹森君?どこに電話を……!!」
鷹森の様子が少し怖くなった大一郎が、慌てて駆け寄って受話器を取り上げる。
「伯父さんに電話してたんです……」
抑揚のない声で鷹森が言う。一応大一郎も受話器に耳を当ててみるが、人の声どころか
繋がってるような音も無い。全くの無音。ここの電話はやはり使えないのだ。
そうなると鷹森の様子は尋常ではない。慌てて鷹森の両肩を掴んで揺さぶる。
「鷹森君!?しっかりしなさい!大丈夫ですか!?何をされたんです!?」
「伯父さん、帰ってきていいよって言ってくれました……」
「!!……そう、ですか……優しい伯父様ですね……」
鷹森の目が完全に虚ろだったので、大一郎は話を聞くのも無理だろうと判断して
ここは話を合わせて落ち着かせる事にした。
「では部屋に戻って、休みましょうか?今日の仕事はもういいですから。
って、その格好じゃ屋敷の中を歩けませんね。さぁ私のズボンを貸してあげます。これを穿いて」
「はい……」
「下着も貸してあげたいのですが、さすがに他人の下着を穿くのは気持ち悪いでしょう?
いや〜〜私が下半身下着姿になっちゃいますが、大丈夫!この程度の恥辱なら慣れっこですよ!
むしろ興奮で今から胸がドキドキします☆」
「はい……」
ちょっとおどけて見せても、鷹森は無反応。
いつもならこの手の冗談を言うと可愛らしい焦りツッコミが聞けると言うのに……と、大一郎はますます心配になった。
自分から動こうとしない鷹森にズボンを穿かせて、支えながら立たせて歩かせる。
「……部屋に帰ったらすぐ横になって安静にしてくださいね?鷹森君は少し疲れてるみたいですから」
「はい……」
(この様子じゃ……誰か傍に付けた方がいいな……)
そう考えた大一郎は鷹森を部屋に戻した後、面倒見の良い仲間に事情を話して鷹森の傍についてもらった。
そして千早の執事虐めにもそろそろ手を打たなければと頭を抱えるのだった。

そうして日が暮れて、大一郎もきちんと予備の執事服のズボンを穿いて、執事控室でデスクワークをしていた。
すると、ふいに仲間の執事から声がかかる。
「上倉さーん!これ、上倉さんのレコーダーじゃないですか?」
親切な仲間は確かに自分のレコーダーを持っている。
大一郎はレコーダーを千早に取り上げられた事を思い出して、ポンと手を打った。
「あ!そうですそうです!千早様に持っていかれてしまって!」
「やっぱり?千早様の上着のポケットに入ってたらしいですよ!洗濯しようとした奴が見つけて!
いつも大事に持ってるやつですよね?壊されてなくて良かったですね〜!」
「ええ全く。千早様がお優しい方で良かったです〜!」
「アハハハハッ!」
冗談を言い合いながらレコーダーを受け取った大一郎。
仲間にお礼を言うと、笑顔で手を振って戻っていった。
大切なレコーダーが戻ってきて、ホッとしたが……
「う〜ん、一応中身を再生してみるか……録音スイッチ入れたまま渡しちゃったからなぁ。
千早様、すぐにスイッチ切ってくれたかな?下手すれば、俺が作って歌ったドMソングの数々や、
俺の執事寮での熱い夜を声で綴った思い出コレクションが上書きされて……」
そう呟きながら、一応中身を確認すべく再生ボタンを押した大一郎。
すると聞こえてきたのは……
「あ……」
残念ながら、自作ドMソングや声の思い出コレクションは上書きされていた。
けれど大一郎は残念がる様子も無い。聞こえてくる音に興味深げに耳を傾ける。
「へぇ……なるほど……」
薄い笑みを浮かべて、大一郎はレコーダーの音に聞き入っていた。



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【作品番号】BS7

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