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廟堂院家の双子の話3


町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。

夜も更けた頃、寝室にいたのは黒いガウン姿の千早。
大きなベッドに座って、手の平に乗せたキャンディーをじっと見つめていた。
可愛らしいフィルムに包まれた小さなキャンディー、実は“食べた人を従順な奴隷と化してしまう薬”らしい。
先日、千早が手駒にしてしまった鷹森という執事の献上品だ。
(アイツの言う事がどこまで信じられるか……)
どこからどうみてもただのキャンディーだが、鷹森が自分に嘘をつくとは思えない。
千早はこれをどうしたものかと考える。
この屋敷の門を通った以上は、きっとそんなに危ないものでは無い。
しかし“食べた人を従順な奴隷と化してしまう薬”というからには、おそらく媚薬の一種か何か……
それにしても何てつまらない物だろう。
(こんな物を使わなくたって、この屋敷の人間は全員オレの奴隷だ……)
千早はコロンと寝ころんで天を仰ぐ。
たくさんの使用人に囲まれて暮らすこの現実……千早にとって“奴隷”なんて掃いて捨てるほどいるのだ。
奴隷じゃないのはせいぜい……父親、母親……それと……
(兄様……?)
頭に浮かんだ考えに、千早は慌てて頭を振る。
(いや、兄様にこれを使うなんて……!!)
そんな事、できない!!できるはずがない!!
千早にとって千歳はこの世の何よりも絶対的な存在。
その千歳を自分の奴隷に貶めようなんて、考えるだけでも恐ろしい。
というよりそれ以前に、余計な下心なんてきっとすぐに見透かされてしまう。
千歳は千早の嘘や隠し事には怖いくらい敏感だった。
(きっと、食べさせる前に問いただされて叱られる……)
いや、それはそれで……などと考えたものの、やはり大好きな千歳を怒らせるのは千早の本意ではない。
やっぱりこのつまらない薬はゴミ箱に突っ込んで、こんなつまらない物をよこした
鷹森はまためちゃくちゃ虐めてやろうと結論付けたとき、部屋のドアが静かに開いた。
「千早ちゃん?」
「兄様!?」
白いネグリジェに身を包んだ千歳が部屋に入ってきて、反射的に飛び起きてキャンディーを隠してしまったのを
千早は後悔する。
千歳がくすくす笑っているから。
もっとも、今のは兄様じゃなくても怪しむ慌てっぷりだとも思いながら。
「……何か隠した?」
ベッドに登ってきてピタリと横にくっついた千歳に、千早は手を開いてキャンディーを見せる。
「これ……」
「あ、おいしそう。ずるいなぁ〜千早ちゃん……ひとり占め?」
「いや……食べます?」
そう言ってしまった千早の脳内で、右から『何言ってんだオレ!』左から『今のは流れで仕方ない!』という声。
大混乱の千早を尻目に、千歳はキャンディーを受け取っていた。
「僕が食べていいの?」
「は、はい……」
「寝る前だけどね……ふふっ、いいや。ありがとう。いただきます」
「ぁ……」
『やっぱり待った!』が言えなかった千早は呆然と千歳を見つめていた。
千歳がキャンディーを口に入れて、しばらくすると……
「んっ……けほっ、けほっ!!」
「に、兄様!?」
急に口に手を当てて咳きこんだ千歳を、慌てて千早が支える。
きゅっと胸元を掴まれて、千早は千歳の顔を見た。
熱っぽく潤んだ瞳で、頬を赤くして……見ている千早はドキドキしてしまう可憐な表情。
そして、その震える唇がふわりと開かれた。

「ご……ご主人様……」
「……え……?」
一瞬耳を疑った千早に、また同じ単語が聞こえた。
「ご主人様……千歳は……」
「あ、あの……兄様?!」
「いっ……いやっ……!!」
ふるふると首を振った千歳は、また熱っぽい瞳を千早に向ける。
「千歳って……呼んでください……ご主人様……」
(これが……あの薬の効果……?)
兄のあり得ない発言に最初は頭が真っ白になった千早だが、そのうちだんだん熱いものが込み上げてきた。
「ご主人様……千歳って、呼んでください……」
「ち……ちと……せ……」
恐る恐る、千早は未だかつて呼んだことのない呼び方で兄を呼んでみる。
呼ばれた千歳は顔を輝かせて……
「はいっ!ご主人様!!」
大好きな兄の愛らしい笑顔+嬉しそうな身振り+『ご主人様』発言の3連コンボ。
千早の突き上げる歓喜が理性に風穴を空けるのには十分過ぎた。
「千歳……千歳―――――ッ!!」
「ひゃんっ!!ご主人様っ!!?」
もう嬉しさと感動と興奮がない交ぜになって、千早は千歳を押し倒して抱きしめる。
ベッドの上なのでフカフカの安全だ。
「ああ、千歳……千歳、可愛いヤツめ……お前はオレの何だ?」
「千歳は……ご主人様の奴隷です」
「ああぁ〜〜〜〜っ、あと100回ぐらい聞きたいッ!!」
大好きな兄の声で最高のセリフが再生されている……しかも大好きな笑顔付きだ。
人生最高の感動を、千早は兄を抱きしめながら感じていた。
しかも千歳はご丁寧に同じセリフを千早の耳元で囁いている。
「千歳は、ご主人様の、ど・れ・い・です」
「ああ、もう一回……」
「千歳は、ご主人様の、奴隷、です」
「アッハハ!嬉しくておかしくなりそうだ!よし、もういいぞ千歳!」
千早はガバッと起きあがって、千歳も起こす。
いつまでも寝ころんでいる場合ではない。この薬の効果がいつまで続くのか分からないのだ。
このチャンスを最大限に生かさなければ!と千早は辺りを見回す。
何か面白い物は無いか……今、この兄様と遊べる……今しかできない面白い遊び……!!
そして目に入ったのが、ベッドサイドテーブルに乗った、いつかのヘラみたいな鞭。
(これは……さすがに無理……)
頭の中とは裏腹に、千早は鞭を手にとってきて千歳に見せる。
ドキドキしながら兄にあの“遊び”を提案してみた。
「千歳……これで、お前の事をお仕置きしてやろう。お前、好きだろう?」
「何だか怖い……」
「怖いことなんかない」
千早は少し目を伏せる千歳を抱き寄せて、頬に軽くキスをする。
「オレが可愛い奴隷を本気で痛めつけるわけがないだろう?
それにお前の好きな玩具で遊ぶんだから……きっとお前だって楽しいはずだ。
ほら、俺の方にお尻を向けてみろ」
「……こ、こうですか?」
「そう……いい子だ……」

返事をしながら、千早は自分に尻を向けて四つん這いになった千歳のネグリジェの裾を巻くって下着も下ろす。
お風呂で見慣れているはずの千歳のお尻が、今日は一段と愛らしく見えて
千早はさっそく一発目を振り降ろす。
パシンッ!
「ひゃんっ!!」
(ああ、さすが兄様……可愛らしい悲鳴だ)
思いながら千早は千歳の尻に何度も鞭を振り下ろす。
「あっ……ひゃっ!!ご主人様っ……!!」
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
「どうした?そんな声を出して……」
「んんっ……やぅっ……痛い……!!」
「そんなはずない。ちゃんと手加減してるからな」
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
「いやっ……痛い……痛いですぅ……」
本当は手加減なんてしていないようなものだ。
でも、こんなめったに無いチャンス、痛いと言われたぐらいでやめられるわけがない。
打たれるたびに体をビクつかせて、控えめな悲鳴を上げる……
普段隙のない兄の無防備な姿が、千早の嗜虐心をどんどん焚きつけていく。
「ダメだなぁ千歳……そんな痛がってばかりで……
奴隷なら、“もっとお仕置きしてくださいご主人様”って言えるくらいじゃないと」
「あぁあっ!!そんなっ……ご主人様ぁ……」
「言えないか?オレは聞きたいな〜千歳?」
「ぃっ、言いますっ……ご主人さま……ぁっ……言います……!!もっ、と……ぁあっ!!」
「ほらほら、頑張れ!」
元々が大人しい千歳なだけに、“奴隷”としての態度も従順で健気だ。
痛がりながらも一生懸命に千早に言われた事を実行しようとしている。
千早はそれが嬉しくてたまらない。
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
「も……と……ひゃうっ……もっとぉっ……千歳を……お仕置きしてください!!ご主人様ぁぁっ!!」
「アハハッ!!あぁ、いい子だなぁ千歳!お望みどおりもっとお仕置きしてやろう!」
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
「あぁああっ!!」
無理やり言わせたとはいえ、兄が自分の鞭を求めたという言い知れぬ興奮で頭がクラクラして
ついつい叩く手にも力が入ってしまう。
そして、自分が力を入れると、千歳の悲鳴は大きくなる。
千歳の一挙一動を支配している感覚が、千早にはたまらなく心地よかった。
「やぁぁん!やっぱりダメぇっ!!痛いっ……ご主人様ぁ、やめてくださいぃっ!!」
「おかしな事を言う……さっき“もっとお仕置きしてください”って言ったのはお前だろう?」
「いやぁぁっ!!あれはっ……僕……やだぁっ!!やめてぇっ!!」
「嫌だなんて言いながら、お前だってまんざらでもないんだろう?
正直に言ってみろ!嘘をつく子はもっとお仕置きしてしまうぞ!?」
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
千早はさらに叩く勢いを強めながら言う。
言ってほしい……何でもいいからもっと自分の鞭を求めてほしい。
そんな感情だけが千早を突き動かしていた。
「ああっ!やめてぇっ!!やめてくださいぃっ!」
「ほら、正直に!」
「いっ……いやあぁっ!!千早……様っ!!あぁっ!!ダメぇっ!!」
「チッ、全く……!!」
無理に押しても無理か……と思った千早は
いったん手を止めて、兄の赤くなった尻を優しく撫でる。
「今、どんな気分だ……?」
「ふっ……ぁっ……!!」
尻を撫でられるたび、くすぐったそうに身をよじる兄を可愛らしく思いつつ
千早は兄に猫なで声で問いかける。
「いいのか?本当にもう終わってしまうぞ?
よく考えた方がいい。お前の本当の気持ちを……」
「ん……ご主人っ……さま……」
(言え!!「もっとほしい」と言え!!さぁ……千歳!!)
心の中でそう念じながら、千早はわくわくと、千歳の言葉を待つ。
少し間があいて、千歳の小さな声が返ってきた。
「もう……ちょっとだけ……」
途切れ途切れの言葉……でも、返事は「まだ続ける」。
千早は勝ち誇った笑みを浮かべて……
「いい子……正直な子は大好きだ」
バシィッ!!
「あぁぁっ!!」
思いっきり千歳の尻を叩いた。
千歳が叫ぶのをお構いなしで千早は鞭を振るい続ける。
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
「ひぁああああんっ!ご主人様ぁぁっ!!」
「あはは!これが欲しかったんだろう!?お前がそう言ったんだもんなぁ!千歳は大したマゾヒストだ!」
「うぁああああんっ!!ごめんなさい!!ごめんなさぁいっ!!」
(あああ……!!オレの兄様が……)
泣いている。謝っている。しかも自分に向かって。
いつも笑顔で優しくて、何事にも動じない兄様……完全無欠の廟堂院家次期当主……
そんな方より、オレは今優位に立っているというのだろうか!?
考えれば考えるほど気分が高揚してくる。
千早は今、もう自分ではどうしようもないくらい興奮していた。
「あぁ、可愛い千歳!マゾだろうが何だろうが、どんなお前でもオレは愛してるからな!!」
「わぁぁぁああんっ!!いぁああっ!!」
パシッ!!パシッ!!パシッ!!
千歳の泣く声を聞くと逆に叩くのがやめられなくなって……
千歳が泣き出してどのくらい叩いていたのか分からない。
気がつけば千早は呆然と千歳を見つめていた。
すんすんとうつ伏せになって泣いている千歳は、自分で服を整えたらしく
真っ赤にしたはずの尻はもう隠れていたが、泣いている姿は何とも可哀想だ。
千早は兄を慰めようと泣いている千歳の上に覆いかぶさる。
「痛かったか?ほらぁ、もう泣くなってば千歳〜〜♪」

「……千早ちゃん……いつから君は僕を呼び捨てにするようになったの?」
「!!」
すでに泣き声のトーンではなかった。しかも“ご主人様”ではなく“千早ちゃん”だ。
薬の効果が切れたらしい。
兄がいつもの調子だと分かった瞬間、千早は心臓が止まりそうになった。
「あっ……のっ……すいませんっ!!」
慌てて兄から飛びのくと、千歳はゆっくり起き上がって顔にかかった髪を払った。
さっきまで泣いていた影も、涙の跡すらない悠々とした態度で
困ったようにため息をつく。驚くべき回復力だ。
「もう……千早ちゃんは容赦ないんだから疲れちゃった……
それにしても、僕に向かって“マゾヒスト”は心外だなぁ……」
しまった……意外と覚えてるのか!?と、思っても遅い。
千早は薬が切れてからの対処を全く考えて無かった自分を呪いつつ
何とか状況を打開しようと考える。
「え、ええと……」
「ねぇ、千早ちゃん?」
ふいに名前を呼ばれて千歳の顔を見た。
天使のような笑顔は何だか意味深で……
「“食べた人を従順な奴隷と化してしまう薬”なんて……本当にあると思う?」
言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
今度こそ千早は事態の深刻さを悟って……深刻すぎてどうしていいか分からない。
ただ頭を抱えて震えるだけだ。
「そん……な……た、鷹森……鷹森、アイツ!!」
「鷹森さんを責めないであげてね。僕が彼に手伝ってってお願いしただけだから。
お仕置きされるってどんな感じかな〜って気になったんだけど……はぁ。
痛いだけだね。何の感慨も湧かないや。
でも、千早ちゃんは楽しかったでしょ?」
「たっ……楽しくなんか……」
「嘘。あんな生き生きした千早ちゃん、初めて見たもの。
本当は僕をあんな風に乱暴に扱いたかったんだ?」
「ごめんなさい……」
余裕の笑みの千歳と対照的に、千早の目は完全に怯えきっていた。
「僕の前では大人くていい子のフリして、頭の中では僕のこと……
あ〜んな酷い目に遭わせたくってウズウズしてたんだよね?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
真っ青になって繰り返す千早。
もうこれ以外の言葉が見つからない。状況の恐ろしさに涙が出てくる。
こうなってくるといつもの兄の笑顔さえ恐ろしい。
「謝ること無いんだよ?それでも僕は千早ちゃんの事好きだもの。
むしろ、君の本心が分かって嬉しいくらい」
「ごめんなさい!!違います!!あんなのオレの本心じゃない!!
オレは……オレが兄様の奴隷なのに!!ごめんなさいっ!!
何でもします!!何でもしますから!!許して下さい兄様ぁぁっ!!」
ついに千歳にすがりついて泣きだした千早。
千歳はそんな弟をいつものように優しく撫でる。
「千早ちゃん……泣かないで……僕は怒ってないってば……」
千歳は考えた。
泣いて謝る千早を撫でながら、ゾクゾクと込み上げてくる“この気持ち”は、愛しさだろうか?
(さぁ どうしてあげよう?)
千歳が心の中で呟いたこの言葉を、千早は知るよしもないが
千早が大変なのはここからかもしれない……



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【作品番号】BS3


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