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廟堂院家の双子の話27




「俺は千早君と千歳君の味方だからね!!」
「ほ、本当か……?本当にお前は、オレと兄様の味方か……?」
「うん!俺は何があっても君達の味方だから!!」
「まさゆき……!!だったら、何でもしてくれるか……??」
「うん……!!」


ここは町で噂の大富豪、廟堂院家……ではなく、とあるショッピング街。
千歳と千早の家庭教師、高本正行(たかもと まさゆき)の家の最寄駅から近い場所だった。
その正行は、両手をそれぞれ双子に掴まれた状態で左右から文句(?)を言われている。
「まさゆきったら目的地はあるの?千早ちゃんと僕の事、しっかりエスコートしてよね!」
「兄様のおっしゃる通りだ!分かってるだろうなまさゆき?!兄様に退屈させたら承知しないぞ!」
「分かってる分かってるってば!二人共、もうちょっとだから頑張って歩いて!!」
千早と千歳の両方から圧力をかけられてはいるものの、二人の小さな手が自分の手を
しっかりと握ってくれている状況に、正行はつい頬が緩んでしまう。
(あぁ、教え子の“家出”を手引きしてるのにこんなに幸せでいいのかなぁ……
ってダメダメ!!夕方までにはどうにか家に帰る様に説得しないと!!)
と、思い直して気を引き締める。
そもそも、事の発端は切羽詰った千早に――

「オレは兄様を連れて家出する!協力しろまさゆき!!」
「えっ!?そんな家出だなんて……」
「お前は味方じゃなかったのか!?」
「ままっま任せて!!」

と、泣きそうな千早に押し切られた結果だった。
千歳が千早の家出計画を止めてくれるかと期待したけれど、
千早から家出を持ちかけられた千歳は真剣な表情で頷いた。
そして、正行が家庭教師を非番の日に二人がこっそり別々に屋敷を抜け出して、
正行と合流する手はずになって、無事に合流できて今に至る。
合流の瞬間、「まさゆき!」と可愛らしくハモって安堵の笑顔で駆け寄ってきた二人には、正行も思わず両手を広げた。
途端に顔を真っ赤にした二人は急ブレーキで立ち止まって、「何だその手は!」「ホント変態!!」などと
いつもの調子で正行を罵倒したけれども。その後……
「あれ?二人共、荷物は?外泊するなら着替えとか色々要るでしょう?」
身一つでやってきた二人に正行が尋ねると、千早が不思議そうに言う。
「そんな物、今から買って揃えればいいだろう?」
「いっ、今から全部買うの!?ま、まぁいいか……えっと、お金はもってきてる?」
「「????」」
「…………」
キョトンとする二人に、(あ、これ全額僕が出すパターン?)と覚悟を決めた正行。
そして、要る物を調達するべく正行の知っているショッピング街にやってきたのだった。
ちなみに、正行の両側を双子が陣取っているのは、片方が“自分がまさゆきと手を繋ぐ”と言うと、もう片方が必死で止めて……
二人共が“自分がまさゆきと手を繋ぐのを我慢しよう!”という、正行には悲しい妥協案だったりする。

そんな正行&双子は『子供服屋』にやってきた。
まずは着替えを……という、正行の思惑だったけれど、二人は不思議そうにキョロキョロと店内を見回す。
ここで先手必勝の男、正行は二人に目線を合わせるようにしゃがんで言う。
「いーい、二人共?まずはこの店で着替えを調達して欲しいんだ!
いつも君達が行くような高級店じゃないと思うけど、先生のお財布にも限度があるから!!
何卒よろしくお願いします!!」
ペコッと頭を下げた正行に、双子は困惑しつつ顔を見合わせて……
「まさゆきは情けない男だなぁ……じゃあ……」
呆れたようにため息をついた千早がスタスタと服の棚へ歩いて行き……
「この辺の全部」
「待ってぇぇぇえええっ!!ダメダメダメだって!!」
金持ちあるあるを炸裂させていた。
正行が大慌てで止めると怪訝そうに言い返してくる。
「何だ?全部安い服じゃないのか?」
「そういう事言わない!一体何日家出する気なの!?
せ、せめて上下3セット!できれば2セットくらいを洗濯でローテーションしてだね!?」
「そうだよ千早ちゃん?そんな適当にたくさん買っちゃダメ」
「ち、千歳君……!!」
まさかの助け船に瞳を潤ませる正行。だが。
「ちゃんと試着して、似合うか見てから気に入ったのを買わなくちゃ!
僕が一緒に選んであげるね?」
「え゛?」
ニッコリと笑うと千歳に、固まる正行。
そして嬉しそうな千早と千歳が服を選んで……正行もたびたび呼ばれては追い払われて……
正行の土下座でだいぶ買う服を減らしてのお買い上げとなった。
千歳も千早も普段着ない系統の服がお気に召したのか、買った服に着替えて
再び正行と手を繋いで歩く。
(服だけであんなにいった……服だけで……あぁ、パジャマも下着も一式揃えたから……!!)
と、瀕死の財布にげっそりしている正行……かと思いきや、頬を赤くして嬉しそうだった。
(で、でも……新鮮で可愛かったなぁ、千早君と千歳君のファッションショー……!
やっぱり素材がいいと服も輝いて見えるって言うか……心なしか普通の子供服が高級に見える……!!
それに、こんな格好で歩いてたら兄弟に見えたりして……♪)
ニヤニヤしている正行だったが、双子も双子で嬉しそうに会話していたのでお咎めも無く。

次なる一行の目的地は腹ごしらえのファストフード店だったりする。
またしても正行の必死の事前説明から入る。
「ほら!普段食べないようなものの方がいいかなって思って!!
た、食べた事ある!?ハンバーガーとかポテトとか!!」
アセアセの正行は、二人から冷静に「それくらいはある」と返されて「そう……」と、ションとして注文もして。
調達されたハンバーガーセットをそれぞれ食べていた。
もくもくと可愛らしくハンバーガやらポテトやらを食べる二人に、正行が笑いかける。
「二人共、普通にこういうの食べるんだね〜〜!
てっきり、『フォークとナイフはどこ?』なんて言われるかと思っちゃった!」
「何それ、バカにしてるの?こんなチープな店で食べる事は無いけど」
「オレ達を何だと思ってるんだ……しかし、雑な味だな……」
ジトッとした目で見てくる双子に(でも何か言ってる事が……)と苦笑いしつつ、
正行はある事に気付く。
「あ、千早君……口にケチャップついてるよ?」
「え?」
「じっとしてて」
正行がごく自然に千早の口を紙ナプキンで拭ってあげて
「はい、取れたよ」
ニッコリと微笑むと、千早はもちろん千歳も呆然として……千歳の方が叫ぶ。
「ちょっとまさゆきのくせに何千早ちゃんに馴れ馴れしくしてるの!?
許せない!!僕にもやって!!」
「兄様お気を確かに!!方向性が間違ってます!!兄様にはオレがしますから!!」
「えぇ……!!」
思わぬクレームに正行が戸惑っていると、千早が千歳の口を紙ナプキンで優しく拭っていた。
「はい、取れましたよ
「ありがとう
(そもそも千歳君は口の周り汚してないような……)
と、ツッコミつつ微笑ましい気持ちになる正行。

その後も、細々した物を買いにあちこちの店を回って……
途中、フレンドリーな店員さんに「あら〜お兄ちゃんとお買い物〜?」と言われた千早が
「責任者を呼べ!」とブチギレて必死で宥めたり……そんな事がありつつも、
何だかんだで双子と楽しく買い物ができた正行。
大方買い物が終了したデパートの中、千早がトイレに立って千歳と二人きりになる。
「千歳君はトイレ大丈夫?」
「……行きたかったらちゃんと行くから。子ども扱いしないで」
「そ、そうだよねごめん……」
さっそく千歳の機嫌を損ねて情けなく笑う正行。
しかし千歳はすぐふくれっ面を穏やかに微笑ませてこう言う。
「今日は何だかデートみたいですね先生
「えっ!?」
「何本気にしてるの変態?」
「い、いや……!!あ、はは……からかわないでよ〜〜……」
パッと千歳に不機嫌そうな表情を切り替えられても、正行は表情を切り替えられず
赤くなった顔を隠してしどろもどろになるのが精一杯で、
そんな正行から顔を逸らした千歳が、どこかを見ながらぽそっと言う。
「……ま、気分転換にはなったよ。ありがとう」
「えっ」
「使ったお金全部、後でお父様に請求してくれていいからね?
僕もうっかりしてたよ……買い物なんて何も持ってなくても、誰かが勝手にやってくれるから……」
「す、すごいね……うん、ありがとう……」
「これくらいはね。払うのお父様だし……」
そう言った後、ふと寂しげに目を伏せた千歳。
正行は「しめた!」と、千歳への、というか千早にもだが、その説得言葉の第一段階をかける。
「千歳君……家出なんて言ってもお父さんの事、恋しくなってるんじゃない……?」
「!!」
そう言った途端、明らかに怒った顔で睨みつけられた正行。
“しまった!”と思ったら、遠くからの元気な千早の声に助けられる。
「兄様!お待たせしました!」
駆け寄ってきた千早は、瞳を輝かせて声を弾ませる。
「さぁまさゆき!買い物は済んだんだろう!?ホテルはどこを用意してるんだ!?
兄様が泊まるにふさわしい、いいホテルだろうな!?」
「ふふっ、今までのへっぽこエスコートを挽回するほどの素敵なホテル、期待していいんだよねまさゆき?」
千歳もそう言って、含みのある笑みを浮かべる。
『家出は続行する』との意思表示とも取れるその笑みと双子の期待に、
正行は冷や汗が吹き出しながら、ぎこちなく言う。
「その、事なんだけど……俺の家、で、いい?」
「「!!?」」
 ・
 ・
 ・
もちろん、双子は最初猛抗議した。
正行は必死で説明した。お金が無い。お金が無いのだと。下心も無いと。
結局、正行の情けなさに押し負けた(?)双子はしぶしぶ承諾した。
そして、夕飯の惣菜やらカップ麺を買い込みつつ正行の家にやってきた。
「……これが……家、なのか?独房の間違いじゃ……」
「……やだ、さすがに可哀想になってきた……」
さっそく言いたい放題の双子。正行も涙を堪えつつ言い返す。
「……狭い家でごめん。でもね、そういう事言わないの。
俺、こう見えて友達の中ではいい家に住んでる方だよ?」
そうは言いつつ……ふと、ラフな格好の千歳と千早が自分の部屋で動いているのを見て
嬉しさとドキドキが込み上げる正行。慌ててその想いを振り払うように明るい声を出す。
「さぁ!お腹すいたでしょう!?夕飯にしようか!?」
「あ!ベッドがありますよ兄様!!」
「えっ無視!??」
双子達は正行の嘆きの通り、正行を無視してベッドの傍で何やら話し込んでいる。
「えー汚くない?大丈夫かなぁ?変な匂いとかしない?」
「うーん……大丈夫だと思います……多少はどうか我慢してください……」
「ちょっと失礼だな!!何なのもう眠いの二人共?!ダメだよご飯とお風呂は済ませなきゃ!」
正行がツッコミ気味に叫ぶ。
反応した千早の顔は――
「野暮な奴だなまさゆき……席を外せ」
「えっ……」
「何のために家出したと思ってる?」
「あ……」
「お前は“オレと兄様の味方”だろう?」
もう無邪気な笑顔でなくて。
その妖艶な笑みの言っている事に気付いてしまって、正行はゾッとする。
その頃には双子はもう正行の存在を完全に忘れていた。
お互いを熱い眼差しで見つめながら、恍惚とした表情を浮かべている。
「兄様……さぁ……」
「千早ちゃん……ちょっとヤだけど、ここなら邪魔も無いよね……」
「……!!……」
正行は慌てて部屋を出て背中を向けて扉を思い切り閉めた。
バンッ!!
扉を閉めると同時に、言いようもない不安と動揺が押し寄せる。
(あの二人……きっと……!
ど、どうしよう、本当にこのまま、俺は見ないフリでいいのか……!!?)
嫌悪感?罪悪感?
正体の分からない、何か重苦しい感情だけが正行を支配する。
気が付けばドアを背に座り込んで、目を閉じて頭を抱えていた。
(俺は二人の味方でいてあげたいし、でも……このまま、二人に、
せっかくお父さんが……俺が、黙認して、させてしまって……!?)
考えても答えは出ない。動けもしない。
少しでも動けば、二人を裏切って、永遠に心が離れてしまいそうで。
しかし、そのうちに嬌声が聞こえてくる。千早のか千歳のかは分からない。
正行は泣きそうになって震えた。
(あぁっ、ごめん、なさい!!ごめんなさい!!千早君、千歳君……!!)
ガタガタと怯えながら、ぎゅっと目を閉じた。
その時。
ガンッ、ガンッ!!
「ん!?」
少し、正面の玄関の扉がガタついたか?と不思議に思った次の瞬間。
まるでスローモーションのように扉が開く。
「えっ……!?」
正行の感覚では「何なんですか貴方達!?」とか、「ちょっと入って来ないで下さい!!」とか、
色々言ったつもりだった。しかし実際は……
ガァンッ!!
「うわぁぁッ!!?」
『何か』によって正行は弾き飛ばされ、正行の背中にあった扉は吹き飛ばされる。
「千早君!!千歳君!!」
必死に叫んで振り返ろうとした正行の喉元には、冷たい感触。
慌てて視線を戻すと、銀色のナイフが突きつけられていた。
「アンタね?私の可愛い坊や達を誘拐したド変態ゴミ虫は……」
(女の、子……?ち、違う……この人……確か……!!)
正行にナイフを突きつけていたのは、恐ろしいほど冷たい表情をした美しい少女。
しかし、正行はこの少女を見た事があった。混乱しつつも記憶を手繰る正行に、千歳の声が正解を示す。
「やめてお母様!!」
(そ、そうだこの子!!いや、この人!千早君と千歳君の……!!)
「そいつはオレ達の家庭教師だ!!オレ達が遊びに来ただけだ!!」
「ハァッ!?そんな事誰が許可したって言うのよ!?」
千早の声に、少女……ではなく、彼らの母親はヒステリックに反応する。
「千賀流さんそんな事一言も言ってなかった!!私だって、外に遊びに行く事なんて聞いてないわ!
勝手に外に出ないで!!いなくならないでよ!!」
一しきり叫んだ後、母親は急に表情と声を気弱く振るわせて
「し、心配、する、じゃない……!!うっ、うぇえええっ!!」
泣き出した。
それはもう、美少女というしかない、子供っぽい泣き方で。
そして泣きながら、癇癪っぽく言う。
「月夜ぉぉぉっ!許せない!許せない私に許可なく長秒間いなくなるなんてっ!!
坊や達悪い子だわぁぁっ!!うぇえええん!お仕置きしてやってよぉぉっ!!」
「「「!!?」」」
この言葉に千歳と千早、正行も驚く。
そして正行はこの時に改めて、扉をぶち破ったものの正体=部屋の中にいるもう一人を認識した。
怯える双子に近づく、“月夜”と呼ばれた褐色肌の勇ましいメイドを慌てて止める。
「ま、待ってください!!」
「黙れ」
「へっ!?」
「失礼。絵恋様の命は絶対です。先生と言えど、口出しはご遠慮ください」
キッパリと正行の言葉を跳ね除けて、月夜はベッドの上の双子と対面する。
「ににに、兄様……!!」
怯える千早を庇いながら、千歳が堂々と不機嫌顔で言う。
「まさか、本当にメイド風情が僕らをお仕置きするつもり?随分偉くなったんもんだね……」
「お許しください。我が主の命です。それに……絵恋様を泣かせた貴方達は、十分私がお仕置きするに値すると判断します。
……ちょうど良く、裸でいらっしゃる事ですし」

月夜は何を言われても冷静に、まずは千歳を捕まえてベッドに腰掛け、膝に乗せる。
「くっ!!」
「や、やめろ……やめろぉぉ……!!」
千早が珍しく、震える声で弱弱しく止めようとしているが、
当然そんな制止で止められるはずも無く、月夜は千歳のお尻に手を振り下ろした。
パァンッ!!
「兄様!!」
「ひゃぁあんっ!!?」
千歳と千早の悲鳴が重なって、千歳は悔しげに言う。
「図に乗るなよ……雌犬の子守りが……!!」
「私の事は何とでも。それより、絵恋様……お母様に心配させた事を反省してください」
バシッ!!パンッ!!
「あぁああっ!!お仕置きするなら僕一人でいいでしょう!?
僕が千早ちゃんやまさゆきを巻き込んだ事で……!!」
「違っ……ちがっ……う……!!」
「千早様は“違う”と仰っていますが?」
パッと見は分からないくらいは少しだけ、困った様子の月夜。
千歳が皆を庇っている事や、千早に大げさに怯えられている事でやり辛さを感じているようだった。
それでも、千歳のお尻は休むことなく叩き続けながら叱る。
パンッ!ビシッ!バシッ!!
「家の者に行先も告げずに勝手に外出しては皆が心配します。しかもこんな時間まで。
執事共も……上倉も、必死に貴方方を探してましたよ?」
「っ、上倉なんてどうでもいい!!」
「そうですね。アイツの事はどうでもいい……
けれど、お母様に心配をかけるような事をしてはいけません!」
バシッ!!
「うわぁああん!離して!痛いぃぃっ!!」
「反省してくださいました?もうしないと約束して、
お母様にきちんと謝るならお仕置きは終わりにしますが」
「っ、う……!!」
「…………」
バシッ!パンッ!パァンッ!!
謝るのを渋る千歳のお尻を、月夜は躊躇なく叩き続ける。
千歳は半泣きになって喚いた。
「うぁあああん!やめてよバカぢからぁぁっ!!」
「心外ですね。これでもだいぶ手加減しているのですが……」
「おっ、脅しのつもり……!?」
声が裏返り気味で、それでも反抗的な千歳に、月夜は参っている様な溜息を付くと、
少し声色を和らげて千歳に言い聞かせた。
「千歳様。貴方なら今日の事、悪い事をしたと分かっているのでしょう?
意地を張らないで、素直に反省して謝って下さい。
何度も言いますが、絵恋様はとても心配なさっていました」
パンッ!ビシッ!パンッ!!
「何で、お前なんかに!!こんな格好で、あぁっ!!あ、謝らされなきゃ……!!」
「千早様がこの状況に心を痛めているのも見るに堪えませんよ?」
「!!」
そこで、ふと状況に気付く千歳。
ずっと千歳がお仕置きされている姿を見ていたであろう千早は、
「兄様……!!兄様……!!」と小さな声で嘆きながら、何もされていないのに泣いている。
『謝れ』とお尻を叩かれるよりもずっと、心が揺さぶられた千歳が謝ろうかと迷っていると……
「うっふふ か〜〜わいいっ
いつの間にか泣き止んだらしい絵恋が、ご機嫌でお仕置き中の千歳の傍に寄ってきて、
愛らしい笑顔を浮かべる。
「月夜のお仕置きは痛いでしょう?私は一回しかされたこと無いけどね!
千歳ちゃんのお尻、ピンクって言うか赤いって言うか……痛そうだものね?
許してほしいでしょう?ごめんなさいは?」
甘い声でそう言って、ニコニコしながら小首をかしげる絵恋。
千歳はだいぶイラついたけれど、痛くて限界だったのも確かで、千早も可哀想で……
「っ、ぅ……ごめん、なさい……!!」
しぶしぶ謝る。
絵恋も満足そうに微笑んだ。
「そう、いい子ね…… 月夜、泣かせていいわ!」
「「!!?」」
からの、軽い号令にその場の全員が驚いた。
特に千歳は慌てながら必死に叫ぶ。
「ま、待って……!謝ったじゃない!!何で!!?反省した!反省したってば!!」
「謝ったからって許されるわけじゃないのよ?千賀流さんもいつもそうだもの
“私の坊や達”が私から勝手に離れるなんて重罪なの♪だから、泣くまでお尻ぺんぺん
「やめて!ごめんなさい!月夜さんやめて!月夜!!」
「月夜〜〜?貴女が手加減してたのは分かってるんだから!
躾は手を抜いちゃダメなのよ?もう二度とオイタできないように、しっかり泣かせておかなくちゃ
……いいわね?」
半泣きで許しを乞う千歳と、楽しそうながらも最後は目力抜群で絶対命令をしてくる絵恋。
月夜の判断は――
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「いやぁぁっ!!うわぁあああん!!」
「兄様ぁぁああああっ!!」
絵恋の指示通り、千歳を泣かせる事だった。千早もつられるように叫んでいる。
月夜もだいぶやりにくさを顔に滲ませながらも、千歳のお尻を強めに叩きながら言う。
「皆に心配をかける事はいけない事ですし、
幼い貴方方が勝手に屋敷を抜け出す事は危険を伴う事でもあります。
覚えておいてください。そして、もう二度としないで下さい」
「うわぁああん!痛い痛いぃぃっ!もうしないからぁっ!ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!!」
バシッ!バシィッ!ビシッ!!
少し前にはもう赤くなりかけだった千歳のお尻はすでに真っ赤になっていた。
痛みも大きいようで、大粒の涙を流してもがいている。
「やだぁっ!もうやだ反省したからぁッ!ごめんなさい!お母様ごめんなさい!!
月夜さんもぉぉっ!わぁあああん!!」
「……絵恋様、もう千歳様も十分反省なさっているようですし……」
「手を緩めないで月夜!本当に反省してるか分からないわ!」
バシッ!バシィッ!ビシッ!!
「ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!うわぁあああん!!」
月夜に厳しくお尻を叩かれて泣き喚く千歳をじーっと見て、
絵恋はニッコリ微笑んで手を打った。
「あははっ やっぱり可愛い そうね!千歳ちゃんはこれでいっか!
坊や達?きちんと千賀流さんにも謝るのよ?可哀想だからお仕置きはされないように私が頼んであげる!
ふふっ! 誘拐犯から坊や達を救った上に、きちんお仕置きもしちゃうなんて!
千賀流さん、褒めてくれるかしら??」
「「!!!」」
絵恋のその一言に、双子は真っ青になる。
正行にも双子の空気と状況の危機が伝わって、とっさに絵恋の肩を掴んで叫んだ。
「待ってください!!」
「!!?きゃぁあああああっ!!?」
「うぇっ!!?」
絵恋は大げさに振り向いて、正行を思いっきり振り払って、涙目でガタガタ震える。
「さっ、触られた……!!千賀流さん以外の男に触られたぁぁああっ!!」
「貴様ぁッ!!絵恋様から離れろ!!」
「ひゃぁああああっ!!」
千歳を素早く丁寧に膝から退けた月夜に大迫力で距離を詰められて、正行は吹っ飛ぶように絵恋から距離を取る。
絵恋は怯えながら月夜に抱き付きつつも、正行をヒステリックに怒鳴る。
「ゆ、許せない……!!許せない!!アンタなんか!アンタなんか家庭教師クビよ!!
二度と屋敷にも坊や達にも近づかないで!!
ちっ、千賀流さんに言いつけてやるんだからぁぁッ!!」
(小学生か!!)
と、ツッコミを入れつつ、正行は精一杯の勇気と気力を込めて反論する。
「ご、ごめんなさい!触ってしまったのは謝ります!でも聞いてください!
千早君や千歳君がこんな事をしてしまった訳は、今までの状況が深くかかわってて!!
俺も彼らの力になりたいって、思ってるんです!家庭教師辞めたくありません!
それに俺思ったんです!!お父さんにもっと彼らとよく話し合って、もっと話を聞いてあげ――」
「黙りなさいゴミ虫ィィィッ!!」
正行の言葉は、怒号に掻き消される。
絵恋は怒りと憎しみを最大限に込めた眼差しを正行に向けて、呪詛のように言う。
「アンタなんかが、軽々しく千賀流さんに意見するんじゃないわよ……!
絶対、屋敷から叩き出してやる……!刑務所に叩きこまれないだけ、マシだと思いなさい!!」

(そんな……俺は、千早君と千歳君に何も助けてあげられなかった……!!
また、こんな中途半端で家庭教師を辞めてしまうのか……!?)

正行はその場でただ、絶望して……。
双子も寄り添って不安げにしているのだった。




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【作品番号】BS27

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