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廟堂院家の双子の話24




町で噂の大富豪、廟堂院家。
現当主は廟堂院千賀流で、家族はその妻と、双子の幼い息子の4人。
そして屋敷を支える、執事やメイドといった使用人達。
しかし今日、そこへ新しいメンバーが加わろうとしていた。

名前は高本正行(たかもと まさゆき)。元“千早の”家庭教師で一旦はそれを辞めたものの、
今回再び“千歳と千早の”家庭教師として雇われる事になったのだ。
見るからに平凡なその青年は、一人でキョロキョロしながら屋敷の庭を散策している。
「わぁぁぁ……!!相変わらず超セレブな造りだなぁ廟堂院家!!
う〜ん……何で俺はまた雇われることができたんだろう?優秀な家庭教師なら他にも……あ……!」
と、見覚えのある少年を見つけて……向こうも正行に気付いて、呆然とした顔をした。
「え……!?まさ……ゆき……せ……」
「ち、千早君!?いやぁ!久しぶり!!」
正行は嬉しそうに千早に駆け寄る。
しかし千早は不機嫌そうに正行を睨みつけた。
「……“千早君”?しばらく見ないうちに随分偉くなったなぁまさゆき?
ご主人様への口のきき方すらも忘れるなんて……また最初から躾け直されたいらしい」
「え、あ、いやっ……!!」
「……ふっ!!」
焦る正行を見て吹き出す千早。その後は、笑いながらこう言った。
「あはははっ!なーんて。僕は千歳ですよ先生。千早ちゃんの双子の兄。
忘れちゃったんですか?」
「えっ!?千歳君!?」
驚く正行に、千早改め千歳が目を細めて微笑む。
「懐かしいですね。初めて会った時みたい。僕と千早ちゃん、今もそんなに似てますか?」
「ごごごごめんね!忘れるわけないよ!千歳君は今でも礼儀正しいみたいで先生安心した!
でも、何か雰囲気変わったような……」
「あ、髪を切ったからかもしれません。千早ちゃんとおそろいなんです♪」
「あぁ!そっかそっか!そう言われれば!似合ってるよ千歳君!」
取り繕うように笑う正行に、千歳は俯いて少し悲しげな笑顔になる。
「……先生。先生がもし、ずっとこの屋敷にいてくれてたら……こんな事にはなってなかったのかな?」
「千歳君……?」
「……ごめんなさい。もう遅いのに。何もかも……今言った事、忘れてください」
「…………」
悲しそうな千歳にかける言葉が見つからない正行。
しかし、千歳は表情を切り替えて再びにっこりと笑う。
「お帰りなさい、まさゆき先生!
また先生と一緒に過ごせるなんて、とっても嬉しいです!
ふふっ、お父様にしてはいいセンス♪千早ちゃんもきっと喜びますよ!」
(……千歳君と千早君……何かあったのかな……?)
正行の脳裏に、雇い主である廟堂院千賀流の妙に不可解で印象に残った言葉が浮かぶ。

『先生。絶対に、あの子達を……千歳と千早を二人きりにしないで下さい。
二人でいる時は、誰かが目を離さずに見守ってあげる事になってるんです。
だから先生もどうか……彼らに何を言われても、絶対に目を離して、二人だけにしないで下さい』

************************

さて、正行が再び過ごす事になった廟堂院家には、変わった所がいくつかあった。

一つは、正行の知っている執事が一人いなくなっていた事。
上倉が「彼は素晴らしく優秀だったけれど、この屋敷には合わなかったという事でしょう。
最後の最後まで、嫌になるくらい意志の強い方でしたよ」と、彼らしくもない暗い笑顔で言っていた。
皆が彼の話をすると屋敷から出て行った事を悲しげに惜しんでいる中、
秋山だけは“残念”と言う割には嬉しそうに笑っていて、CADのメンバーが
“アイツ、能瀬さんが辞めるの一番嫌がって『絶対止める』って喚いてたのに、
連絡先交換したらしくて、コロッと見送って浮かれてるんですよ!”と楽しそうに教えてくれた。

二つ目は、正行の目から見て千歳と千早の関係が微妙に変わっていた事。
以前より千早の方が積極的に千歳を引っ張っていて、千歳が大人しくなったように感じた。
正行的には“成長して、性格の特徴的な部分が大きく表れてきたのだろう”と、特には心に引っかからなかったけれど。

三つ目は、執事達がよく双子の遊び相手をするようになっていた事。
千歳と千早はそれぞれ、メンバー違う執事達と遊んでいた。
千歳の方には、上倉が中心の割とおっとりとした優しげな執事達が相手をしていて、
千早の方にはイルが中心になって、元気だったり、妄信的だったり……
要は千早の相手が耐えられそうな個性的な執事達が相手をしていた。
正行は、だいたい日替わりでそのどちらかに入って遊んでいて、
例えば……

「ね、ねぇ、上手く焼けるかな……?美味しいかな?」
白いフリルのエプロンを着て心配そうにする千歳に、同じく、エプロン姿の上倉が優しく笑う。
「もちろんです!千歳様が一生懸命作ったんですから!千早様もきっとお喜びになられますよ?」
「う、うん……皆、ありがとう。教えてくれて……」
頬を赤らめながら、恥ずかしそうにそう言う千歳に返事を返したのは、エプロン姿の佐藤だった。
「いいえ。僕らも楽しかったです千歳様。
千歳様は丁寧で手際もいいし、今度はもっと難しいお菓子も作れると思いますよ?」
「本当!?じゃあ、じゃあケーキも作れる!?イチゴの乗った、生クリームの……!!
あ、千早ちゃんはチョコレートの方が好きかも……!!」
「機会はいくらでもあるから、両方作っちゃいましょう!
う〜ん……こうなってくると、相良君をこちらへ引き入れたい所ですね!」
張り切る上倉と……エプロン姿の綺麗めな執事達を見ながら正行は思う。
(何この女子会……!!俺ここにいていいのかな!?)

他にも、こちらのチームは花を飾ったり、アクセサリーを作ったり……
正行が心の中で「女子かっ!!」と叫びたくなる遊びをしていた。
実は激しい運動が得意ではない千歳に合わせた室内遊びだったりするのだが……
他の執事達からもやっぱり
「何その女子会!!うらやましい!混ざりたい!!」
「正行先生ズルいですよ!代わってください!!」
と、楽園のように見えているらしい。
ちなみに千早は、千歳が作ったお菓子やらアクセサリー(ブレスレット)やらをプレゼントされるたびに
感涙に咽びながら、“一生大事にします!!”と叫んで、千歳から
「お菓子は早く食べてね?」と宥められたりしていた。


一方千早の方はと言うと、体を動かしたりする外での遊びが中心なのだが……
「よぉし千早様!今日は楽しく遊びましょう!何がいいですか!?
俺は基本的に何でも得意なんで、まぁ、出来ない事って無いんですけど!
出来ないどころか全般的に、凡人以上にこなせてしまうんで!安心してください!
もちろん、千早様が悲しむような本気にはなりませんよ遊びなんで!」
「……………」
満面の笑顔で張り切る門屋を、千早は呆れと不機嫌が混じった顔で睨みつけているが、
門屋は一向に気にせず、嬉しそうに話し続けている。
「なんなら!今日は俺の事、準お兄ちゃんって呼んでくれても……」
「……イル。あのバカを潰すぞ」
「かしこまりました、千早様」
「おっ!勝負系ですか!?準お兄ちゃん負っけませんよ〜〜っ!!」
ひたすら喜んで張り切っている門屋に、CADメンバーは……
「リーダー……年上ぶれると思って張り切ってんなぁ……」
「ありゃ、ボコボコにされるパターンだな」
「う〜〜ん、可哀想だから味方してあげようかなぁ……」
と、同情的で呆れ気味な感想を述べていた。
そして案の定……
始まったドッジボールで、集中狙いされる門屋。
「おわぁああっ!?何で俺ばっかり狙うんですか!洗脳組怖ぇえええっ!わぁっ……!!」
だが、門屋に当たりそうになったボールを相良が颯爽と受け止めて、
爽やかな笑顔で門屋を振り返って励ます。
「ったく、何やってんですかリーダー!こっちからも反撃しますよ!」
「うううるさい!分かってるわ相良の癖に!いいか皆!正行先生弱そうだし狙うぞ――っ!!」
頬を赤らめる門屋のこの一言で……
「ハイハーイ!CADの底力見せてやりましょう!」
「俺も正行先生なら勝てそうって思ってたんですよ!狙っていいならこっちのもんだ!」
「悪く思わないで下さいね正行センセ〜!遊びですから!」
CADの反撃という名の正行集中砲火が始まる。
ただでさえピンチな正行に、千早が追い打ちをかけるように怒鳴った。
「まさゆきぃぃぃっ!!門屋とその取り巻きごときに負けたら承知しないからなぁぁぁっ!!」
「はいぃぃぃっ!あぁああ準君チームこっち狙わないでぇぇえっ!!」
結局、死ぬ気でボールを避ける羽目になる正行。
そんな、ヘトヘトになる正行の様子を、後になって千早は千歳に嬉しそうに話していて、
千歳も大笑いして……双子が楽しそうに笑っているので、悪くないと思ってしまう正行だった。

と、このように、双子は引き離され気味に遊んでいて、
たまに二人そろって遊ぶ時も執事や正行が必ず入っていた。
この日は、賛否両論あったものの“千歳に正行先生を付けておけば二人きりにはならないだろう”と
執事達が結論付けて決定した『かくれんぼ』中。
鬼は千早で、正行と千歳は一緒に庭の物陰に座って隠れていた。



隠れてしばらく経った時、正行が
(うぅ、トイレ行きたくなっちゃった……)
と、まさかの緊急事態。
生理現象だし“少しくらいなら”と、千歳に告げる。
「千歳君、ちょっとトイレ行ってくるね?」
「えっ……?」
「すぐ戻ってくるから」
「あ……先生……!」
少し心細そうな千歳に正行は笑顔で手を振って走って行く。
その後、千歳は俯いて膝を抱えて、正行の帰りをじっと待っていたけれど、
先に千歳の元にたどり着いたのは――
「兄様……?」
「!!」
千早だった。
少し驚いたような顔で左右を見渡して、千歳に尋ねる。
「お一人なんですか……?まさゆきは?」
「お手洗いに行ったみたい」
「そうですか……」
「すぐ戻って来るって……」
何だかぎこちない二人の会話。しかし、千早はにっこりと笑って言う。
「二人きりは、久しぶりですね?」
「そうだね。うっとおしいくらい監視されてるから」
「兄様……」
「!!やめて千早ちゃん……!」
千歳は突然、同じように座り込んだ千早に手を取られた。
反射的に慌てて拒絶して身を引こうとするが、千早がそれを許さなかった。
千歳の体に触れた千早の感情は一瞬で高まったらしく、泣きそうな顔で、叫ぶように訴えてくる。
「兄様は耐えられるんですか!?こんな生活……!!
このままずっと、監視されて!引き離されて!キスもできないなんて!!」
「落ち着いて。僕だって辛いよ……でも、ずっとじゃない。僕らが大人になれば……
お父様が当主を退けば……!!」
「そんな途方もない時間、兄様と愛し合えずに過ごすなんてオレには!!
兄様!!兄様もお辛いなら、今がチャンスです!ねぇ、少しぐらいは慰め合いましょう……!!」
千歳の方は、弟を落ち着かせようと冷静な口調で宥めたけれど、効果は無いみたいで、
千早はだんだん興奮気味になって千歳の体を抱き寄せてくる。
なので、千歳もだんだん焦ってきて、必死で千早の体を押し返す。
「ダメ!!今度バレたら、お父様がどういう手段に出るか想像がつくでしょう!?
僕ら今度こそ、完全に引き離されちゃうよ!?会えなくされるかもしれないよ!?」
「大丈夫、大丈夫です……!!今なら!まさゆきが戻って来たって、アイツなら口止めするのも簡単だ!!」
「千早ちゃん!ダメ!ダメって言ってるでしょ!あっ……!」
もはや、千早に腕力で勝つのは無理だった。
どんなに千歳が千早の行為を拒んでも、それが今は本心であっても、
すでにお互いを知り尽くしてしまっている体が、意思とは関係なく反応してしまう。
千早に押し倒されるように、二人で地面に倒れ込んだら、
喘ぐように息を切らせる千歳の体を撫で弄りながら、千早が勝ち誇ったように笑う。
「兄様……兄様だって欲しがってるじゃないですか……!!
分かるんです、だってずっと、何度も何度も、オレ達愛し合って来たんですから!!」
「千早、ちゃん……!!こんな所で盛っちゃっていけない子……
ワンちゃんだってもっと賢いよ……?お仕置きされたくなかったら、手を離して……!!」
苦し紛れに強気な態度でひっくり返そうとした千歳だが、千早はますますその気になって恍惚とする。
「あぁ オレを叱ってくれるんですね兄様
そんな貴方が、快感に泣き叫ぶところが見たい……よがり狂うところが見たいんです……!!
もうどうなってもいい!!貴方をドロドロになって貪りたいんです……!!」
「っ、誰か、止めて……上倉……!先生……!!」
今にも、千早の情欲に飲まれそうになる千歳が、か細い声で祈るようにそう言うと……
「千早君!?」
「「!!」」
「だっ、ダメだよケンカは!!」
戻ってきた正行が慌てて千早を千歳から引き離す。
当然、いい所を寸前で邪魔された千早は激しく暴れた。
「これがケンカに見えるのかこの童貞!!バカ!!離せ!!」
「どっ、童貞なんて言葉どこで覚えたの!!?そんな言葉使うんじゃありませ……いたたたっ!!」
「黙れ!いいから離せぇぇっ!兄様ぁっ!!」
「……千早ちゃんちょっと黙ってくれる?」
「!!」
千歳が怒った声でそう言うと、千早の動きがピタリと止まった。
そうすると、正行の方にはいつもの余裕ある笑顔で言う。
「ありがとうございます先生。危うく、千早ちゃんに襲われちゃうところでした。
嫌だって何度も言ったのに、本当、飢えた獣みたい」
「襲ッッ……!!?」
「さて……犬以下の下品で悪い子はどうやって躾けるのがいいかな?
ふふっ、やっぱり犬みたく四つん這いにしてお尻を叩くのがいいかな?」
「兄、様……」
驚いて硬直する正行は無視して、千歳と千早は会話を続けていく。
「千早ちゃん、そんなに僕と気持ちいい事がしたいなら、僕にお仕置きされればいいんだよ。
千早ちゃんは僕にお尻叩かれて気持ち良くなっちゃう変態さんだもんね?」
「ち、違います……そんな事は……!!」
「嘘。いつもいつもあんなに可愛い声で鳴いてたじゃない。
早く全部脱いでお尻こっちに向けなよ。僕で興奮できれば何でもいいんでしょ?」
「だ、だって、まさゆきが……!!」
「へぇ……先生がいなきゃお尻出すの?そこまで我慢できないの?
いやらしい事ができないならいっそ……お仕置きでも悪くないって、思っちゃってるの?」
「ち、ちが……ッ!!」
「本当……いけない子……」
千歳は千早にぐんと近づく。
そして、真っ赤になっている千早の頬に触れながら、妖艶な表情で蠱惑的に囁く。
「呆れるくらい可哀想。いいよ。僕にお願いしてごらんよ“お仕置きして下さい”って。
キスもセックスもしてあげられないけど……そのはしたない体、お仕置きだけで満足させてあげる」
「……っ、ぅ……!!」
「先生が気になるなら目を瞑って。いなくなる」
千歳のその言葉で、千早は覚悟を決めたように目をぎゅっと閉じて、声を震わせた。
「に、い、さま……!!……お願い、お願いです……!
オレ、もう何でもいいから、貴方と……!うぅ、ごめん、なさい……!
お仕置き、して下さい……!!」
「あっそう」
千早の決死の一言は、意外にも軽くあしらわれ……
「ですって、先生♪」
「「え??」」
しかも、正行に丸投げされた。
目を丸くするのは千早だけでなく、いきなり呼びかけられた正行もで、
しかし千歳はニコニコしながら言葉を続ける。
「千早ちゃんがど〜〜しても、お仕置きして欲しいみたいだから、
先生がお仕置きしてあげて下さいます?そのための先生でしょ?」
「えっ……!!」
「な、何で兄様!?違う!オレは、貴方に!!」
ひたすら戸惑って硬直する正行。
千早も驚いて嫌がっているけれど、千歳は涼しい顔で突っぱねていた。
「だって僕、犬以下の変態なんて相手にするの嫌だもん。
先生にお仕置きされて、いい子になったらまた可愛がってあげるね?」
「そんな……!!嫌だ!兄様!まさゆきなんかに……!」
「あぁっ……!お仕置きを嫌がる、可哀想な千早ちゃんなんて見たくない……!!先生早く!!」
「え、えっと……!?」
急かしてくる千歳の言葉に、それでも正行が動けないでいると、
千歳があからさまにイライラして正行を睨みつける。
「――まさか千早ちゃん相手にヘタレてんじゃないでしょうね?
早くしてよ愚図。来て早々クビにされたいの?」
「ヒッ!?」
普段とはまるで別人の千歳に、思わず怯む正行。
しかし、その表情は一瞬で悲しそうな、真剣な表情になる。
「先生……僕が一番耐えられないのは、千早ちゃんと引き離される事なの。
それ以外は何だって我慢してみせる。例え、貴方ごときが千早ちゃんをお仕置きする事でも。
僕達にはもう過ちは許されない……その為の“抑止力”が欲しい。
だから、貴方が千早ちゃんをお仕置きして」
「……わ、分かったよ……」
正行は、なかなか状況に付いていけないながらも、千歳の切羽詰った様な表情を見て、頷く。
そして千早の体を抱え込んだ。
「!!嫌だ!まさゆき!!離せ!!」
嫌がって暴れる千早に、千歳が声をかける。
「千早ちゃん?忘れないでね、君をお仕置きするのは先生だけど、
これは僕が先生に頼んだお仕置きなんだから、僕からのお仕置きと同じなの。逆らうなんて、許さない」
「!!……ううっ、何故ですか兄様……!どうして……!!オレはただ……!!」
「……千早ちゃんが悪い子だから、だよ。ね?先生?」
千歳が千早から少し離れ、ショックを受ける千早の抵抗が弱まった隙に
正行は地面に座り込んで、千早の体を膝の上に横たえる。
状況がイマイチ呑み込めないながらも何とか、千早を叱ってみた。
「……千早君、相手が“嫌だ”っていう事はしちゃダメだよ?」
「黙れ!!何も知らないくせに!!」
「そうだね……俺がいない間に、千早君と千歳君に何かあったって事ぐらいしか分からない。
けど、この後でちゃんと知ろうと思う。教えてくれるよね?
今はただ、千早君が千歳君に意地悪したって事でお仕置きするよ」
千早の怒った声が泣きそうにも聞こえて、
何だか悲しくなりながらも、正行は最初の平手を振り下ろす。
パンッ!!
「っ!!?……まさゆきのくせに……!!」
「この機会に、ちょっとは先生っぽく扱って欲しいなぁ……」
悔しそうにする千早のお尻に、正行は困った顔で笑いながら、また何度か手を振り下ろす。
パンッ!パンッ!パンッ!
「あっ、う、や、やめろ!!」
「反省してる?やめてほしかったら、反省しなきゃね?」
「うるさい!!お前、いつからオレに偉そうに説教できる立場になったんだ!!」
「う〜〜ん……前に家庭教師をしてた時から、そういう立場だったんだけどなぁ……。
前は全然ダメだったんだけど……一応ね、今回、千早君と千歳君のお父さんにも
“千歳や千早が悪い事をしたら叱っていいよ”って言われてるんだよ?」
バシッ!!
「ひゃぁんっ!!お、お前ッ……!!」
「千早君……ごめんね」
強く叩いた後、正行はしんみりと謝る。
その言葉に驚いたようにビクリと反応した千早を見ながら、心からの言葉を続けた。
「家庭教師、途中で止める事になっちゃって。
俺……今まで他の子の家庭教師してたんだ。でも、こうして呼び戻してもらえて……
千早君と千歳君が大好きだから、戻って来ちゃった。
もう一度、君の……君達の……家庭教師、やり直させてほしいんだ」
「「!!?」」
正行の言葉に、千歳と千早は一瞬で顔を真っ赤にして
「だから……」
「「変態!!」」
2人そろって、大声を上げた。
「えぇえっ!?」
割と真剣だった発言を遮られて驚く正行に、それぞれが怒って捲し立てる。
「だっ、大好きって何だ!気色悪い!!このペド野郎!!
これから絶対、兄様の半径100キロ以内に近づくな!!いいな!?近づいたら通報してやる!!」
「最低!最低最低最低!!僕は“お仕置きして”って言ったのに!
何千早ちゃんの事口説いてるの!?まさゆきのくせに!!汚らわしい!
お父様に言いつけてクビにしてやる!!」
「ままま待ってよ二人とも!!“大好き”ってその、そういう変な意味じゃなくて!!
っていうか千歳君はいきなり辛辣になり過ぎだよ!君まで俺の事そんな風に思ってたの!?
と、とにかく君達落ち着いて!!」
ビシッ!バシィッ!!
「うぁあんっ!?ひっ、そんなに強く叩くな!」
二人のまさかの反応に慌てて弁解した正行は、自然とお尻を叩く手も強まっているらしく、
千早が頬を赤らめて痛がり始める。
しかし、正行にはそんな千早の変化を感じ取る余裕も無いように……
焦りまくりの弁解&強めの平手打ちは続く。
「俺が言ってるのは健全な師弟愛だよ!健全な!師弟愛!!先生と生徒の、信頼関係だよ!!
俺は家庭教師として、君達の事大切にするし!君達にも慕って欲しいんだ!!
要するに、そうだな……頼られつつ仲良くしたいって事!わ、分かる!?」
バシッ!バシィッ!バシッ!!
「あっ、うぅっ!わ、分かった!分かったぁっ!興奮しすぎだバカぁッ!!」
「わ、分かってくれた!?良かったぁぁ……!」
この時点で千早は足をバタつかせて、痛がりながら叫んでいるけれど。
少し安堵したような正行は、まだ手を緩めずに早口気味に弁解を続けていた。
「千早君や千歳君の事、可愛いなって思うけど、それは父性本能というか、兄性本能というか、
そのどっちかだから、決してセクシャル……あの、つまり、性的な……
でなくて、えっと、エッチな目じゃないからね!?」
バシッ!ビシッ!!バシンッ!
「ひゃぁあっ!やめっ、やめ、て……!!も、痛……ぁぁっ……!!」
とうとう、千早が弱弱しい声で音をあげた時。
正行がやっと反応する。
「……痛い?反省できたかな?じゃあ……ちょっとしたテストをしようか?」
「ッ、テ、スト!?まさ、ゆきっ……おまっ……!?」
「ふふっ……、ただ慌ててたくさんお尻叩いてたわけじゃないよ?
これで、すっ、少しは俺の事、見直してくれると嬉しいな……大丈夫。簡単なテストだから」
「貴さっ……」
バシッ!!
「やっ、あぁっ!!」
「第一問!他の子が“嫌”っていう事はやってはいけません!○か×か!?」
所々で声を震わせながらも、逆らおうとする千早のお尻を咎めるように叩いて、
強気にお仕置きを続ける正行。
しかし、千早の方も正行を見下す態度を崩さなかった。
「んぅぅっ!ばっ、バカにしてるのか!?」
「確かに、千早君には簡単すぎたかもね!ほら、答えは!?
全問正解して、早くお仕置きを終わらせよう!!」
ビシッ!!
「ッ、ま、○!!」
けれど、痛みに負けてきてのか、千早が怒鳴る様に答えたものだから、
正行の心に小さな希望がわき上がる。
「はい正解!だから、今度から“嫌”っていう事はやっちゃダメだよ?
やったらそれは意地悪だからね!?ま、また、おっ……お仕置きしちゃうから!」
「言われなくても分かってる!調子に乗るな!変態まさゆき!!」
「あぁ本当はその口のきき方もどうかと思うんだけど、とりあえず第二問!!
悪い事をした時とか、それでお仕置きされて謝る時は何て言うでしょう!?」
「!!?」
「ヒントは6文字!」
その正行からの“第二問”に、千早は瞬時に驚いた顔をして、
今までにも増して、怒って大声で叫ぶ。
「ふざ、けるな!!ふざけるなふざけるなふざけるな!!」
「違う違う!それじゃ5文字!じゃあね、特別に大ヒント!最初の文字は“ご”!!」
「黙れ低能!呑気にクイズを続けるな!お前なんかに謝ったりしないって言ってるんだ!」
「……でも、これが正解できないと今後の俺達の関係に差し支えるよ!?」
バシィッ!!
「あぁああんっ!!」
思い切りお尻を打って、千早に泣きそうな悲鳴をあげさせた正行は、真剣な声で必死に叫ぶ。
「千早君、俺は君の……君と千歳君の“家庭教師の先生”になりに来た!
君達と、やり直したいんだ!もう前みたいな“奴隷でオモチャ”の正行では遊んであげられないんだ!
その為にそれなりの覚悟も決めてきた!さぁ!このまま第二問と合体させちゃおうかな第三問!
これから俺の事は何て呼ぶの!?」
「あぁああああッ!!まさゆきぃぃぃぃっ!!」
正行の決死の“第三問”に返ってきたのは千早の怒り狂ったような悲鳴。
怒りのあまり涙声になって喚き散らしていた。
「もういいぃぃっ!!お前なんか!クビだクビ!!二度とオレ達の前に姿を現すなぁぁっ!!」
「それを決めるのは君じゃなくて、君のお父さんだってば!」
ビシッ!バシィッ!バシッ!!
「うぁああん!こんな事してタダで済むと思ってるんだろうな!?後でお前もお仕置きしてやる!
お父様に呼び戻されたからって調子に乗りやがって!外を歩けなくなるくらい辱めてやるぅぅっ!!」
「……お尻叩かれて、泣きそうな格好で、何言われても怖くないよ?」
「!!うっ、ぁぁ……!!」
正行がためらいがちに発したその一言は、千早に大ダメージを与えたらしく……
千早の目から一気に涙が溢れて流れ、大号泣しながら言う。
「ばか……バカ!バカバカバカ!まさゆきのバカぁぁぁ!!変態!ド低能!
偉そうなまさゆきなんか大っ嫌いだぁぁぁっ!うわぁあああん!!」
「あぁあああ……“大っ嫌い”はヘコむかもぉぉっ……!!でもヘコまないぞ!
大丈夫!!これから俺の事、絶対に好きにならせてみせるよ!!」
「「!?」」
一瞬、千歳と千早の表情が変わった事に、正行は気づかない。
いっぱいいっぱいになりながらも、真剣な想いを伝えようとお仕置きを続けていた。
「俺、先生として立派にやって、千早君と千歳君に“先生大好き”って言ってもらえるように頑張るから!
だからお願い!騙されたと思って!今はいい子になって俺に付いてきて!!」
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
「うっ、ああっ!やぁあああっ!もうやだぁぁっ!!」
「嫌だよね!?痛いんだよね!?だったら……何て言えばいいか、本当は分かってるよね!?
それとも、先生が教えてあげようか!?」
バシッ!バシッ!!
「ひっ、うぅうっ!うわぁあああん!クソがぁぁぁッ!!」
そして、限界に来たらしい千早は、心底悔しそうに叫んで、ついに……
「ごめんなさい!まさゆき先生ごめんなさぁぁぁい!!」
「!!せせせ正解!!千早君……!!」
正行が言わせたかった言葉をくれる。
しかし、感動よりも動揺している正行が慌てて体を抱き上げると、
千早は正行の顔面を思いっきり正面から平手で殴っていた。
「触るなクソまさゆきぃぃぃっ!!」
バシィッ!!
「うぶっ!?」
「お前なんか!お前なんか!お前なんかぁぁっ!うわぁあああん!」
そのまま大泣きし始める千早の頭に、正行が恐る恐る手を伸ばし……しっかりと優しく撫でた。
「……う、うん……痛い事されて嫌だったよね……でも、千早君……
ちゃんと“ごめんなさい”できて、偉かったね。俺、千早君がいい子になってくれて嬉しいよ」
「うあぁバカぁっ!なめるなよ!!」
初めて家庭教師らしく振舞えたその手は早々に振り払われ、
千早は正行の胸倉を引っ張って睨みつける。
「子供にするみたいにして、オレ、オレ達、を!!手懐けられると思ったら大間違いだぞ!?
まさゆきごときに“大好き”だなんて、一生言ってやるもんか!!
お前なんてまたすぐオレと、兄様の奴隷にしてやる!!
せいぜい、今のうちに一人で先生ぶってオナニーでもしてろ!」
「なっ!?オナニーなんて言葉どこで覚えたの!!?そんな言葉使うんじゃありません!!
はぁぁ……相変わらず手厳しいなぁ……でも、負けないからね?
あ!あとほら、千歳君にも謝らなきゃ!」
「!!きっ、貴様に言われなくても……!!」
千早は気まずそうに正行から目を逸らして、千歳の方を向いて謝った。
「兄様、ごめんなさい……」
「……反省してくれたならいいんだ。絶対に、これだけは誤解しないで?君の愛を拒んだわけじゃないんだよ?
僕だって辛いけど……ただ、今は……、最悪の事態を防ぐためには、仕方ないんだ。分かってくれるよね?」
そう言って辛そうに瞳を潤ませる千歳に手を握られて、千早もつられて瞳を潤ませる。
そして“兄様崇拝メーター”を振り切らせた、陶酔しきった赤面で声を震わせた。
「あぁ兄様……!!オレが浅はかでした!兄様があまりにも天使で美しいからつい……!!
オレだって、兄様と離れたくない!これからは自重します!!」
「ありがとう千早ちゃん……いい子だね。嬉しい。それに引き替え……」
千歳は千早に愛おしそうに微笑んだ後、正行の事は冷たい瞳で見下す様に睨みつけて、
普段の丁寧さや取り繕いゼロの低い声で言う。
「ホンット、まさゆきは少し見ないうちに態度ばっかりデカいクソ野郎になったね。
大体、お仕置きの仕方も甘いし。ズボンも脱がさないって何なの?!やるなら裸のお尻叩きなよ!」
「あれぇぇぇっ!!?千歳君!?えっ、しかもナチュラルに“まさゆき”呼び確定!?」
「に、兄様……!!そんな事をされてたらオレは屈辱のあまりで死んでましたよ!」
家庭教師らしくお仕置きしたはずなのに、態度をあまり改めてくれない二人に、
正行は頑張って威厳を保つ発言をしようとするけれど……
「う、う〜〜ん……問題児の生徒が増えちゃった……あ!でも!
今度、またお仕置きする事があったら、その時はお尻丸出しにしてペンペンしちゃうからね?
だからいい子にしててね千早君?もちろん、千歳君もだよ!?」
「「…………この変態家庭教師が」」
「……あ、はは……先生、絶対、負けないぞ〜〜……」
双子に息ピッタリで罵倒された挙句、冷たい目で睨みつけられて、
気弱くぎこちなく笑うのが精一杯だった。




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【作品番号】BS24

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