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廟堂院家の双子の話21



町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
執事の能瀬は千早の部屋に呼び出されていた。

「失礼します」
「あぁ、能瀬。お前そこに四つん這いになれ」
「え?」
いきなり千早にそう言われ、能瀬は固まるが、千早は平然と繰り返した。
「聞こえなかったのか?今すぐ床に四つん這いになれと言ったんだ」
「どういうおつもりですか?」
「兄様に頼まれてな、“目の前で能瀬をお仕置きして欲しい”って。
もうすぐここへいらっしゃるんだ。早くしろ」
「気まぐれで“執事を目の前でお仕置きして欲しい”などとおっしゃる千歳様こそ、
貴方がお仕置きすべきなのでは?」
能瀬が千早を睨みつけながら毅然とした態度で言い返しているけれど、
千早の顔には笑みが浮かんでいる。
「兄様の事はもうお仕置きしたんだ。
というか兄様、自分からお仕置きして欲しいって可愛らしくおねだりしてきて、
やたらオレの機嫌を取るみたいに抱かせてくれて。
どういう風の吹き回しかと思えば……ふふっ、何が何でもお前がお仕置きされるところが見たいらしい。
あのお優しい兄様にここまでさせるなんて、お前、一体どんな恨みを買ったんだ?」
「恨みなんて……千歳様は誤解してらっしゃるんです」
「だとしても、兄様に誤解されるお前が悪い。
ほら、ここまで説明してやったんだぞ。さっさと床に這いつくばれ」
「お断りします。千早様、正当な理由もなく執事に暴力を振るって
お父様に叱られたのをお忘れですか?ここで私に“暴力”を振るえば、あの時の二の舞ですよ」
能瀬のハッキリとした拒絶に、千早は少しムッとした表情をした。
けれどまたすぐにニヤリと笑う。
「……なるほど、なかなか腹の立つ奴だな。兄様がお仕置きしたがるのが分かってきた。
でも、残念。お前にはお仕置きされる正当な理由がある」
「何ですって?そのような覚えは……」
言いかける能瀬の言葉を遮って、千早は冷たい表情で言う。
「お前……よくも兄様をあの男に売ったな?」
「は?」
「兄様が言ってたぞ。お前のせいで、またお父様にお仕置きされたって。
オレ以外にはお仕置きされたくなかったのにと、泣いていらっしゃった。可哀想に」
「あれは……千歳様が上倉君と組んで、私に暴力を振るおうと……」
「別にそれで兄様の気が済むなら、お前は大人しくしていれば良かったものを。
あっさりお父様に見つかった上に、兄様を庇わないなんてどれだけ役立たずの間抜けなんだお前??
そう言うわけで、罪名を付けるなら“兄様に辱めを受けさせた罪”だな。
分かったら、さっさと尻を差し出せ。これ以上逆らうなら“反逆罪”も追加だ」
「言っている事が滅茶苦茶だ……。私は……」
反論しようとしたとき、勢いよく部屋の扉が開いた。
「千早ちゃん……!!能瀬の事捕まえてくれた!?」
飛び込んできた千歳で、イル君もお辞儀をして後に続いてくる。
千歳は能瀬の姿を見て興奮気味に瞳を輝かせた。
「わぁああっ!ちゃんといるぅ!さすが千早ちゃん!!まだお仕置きしてないよね!?今からだよね!?」
「ええ。貴方のお楽しみはちゃんと取ってありますよ。けれど、どうも反抗的で。準備に手こずってます」
「あ、そうなの!?ダメだよぉ能瀬?いい子でいう事聞かないと!千早ちゃんは怒らせたら怖いんだよ〜〜?」
いつもよりテンション高めな千歳はわざとらしい甘えた口調で、
千早も千早で完全にお仕置きする気満々だった。
能瀬にとっては目の前の光景は子供の戯言で、呆れ顔でため息をついて部屋を出ようとする。
「バカバカしい。用事が無いなら失礼します」
ところが、
「イル」
その一言で、能瀬の前にイル君が立ちはだかった。
しかも、動きを封じるように手を取られて。
「貴方の千早様に対する忠誠心、その程度ですか?」
「っ、何の真似だろう……!?まさか、この無茶苦茶な茶番に加担する気か!?」
「前に言ったはずです。我々が叶えたいのは“千早様の望み”。
それに……忘れてませんよ?私の恋人に薬を盛って甚振った事」
「離せ!!あれはアイツの自業自得だ!!」
揉み合っているうちに、押し倒されたようになってしまう。
両手を床に押し付けられて、能瀬は暴れながら叫ぶ。
「こんな事、すぐに旦那様や四判さんに知れるぞ!?君もただでは済まない!!分かってるのか!?」
「構いません。堕ちましょう、一緒に地獄へ」
「ふざけるな!お前が落ちろ一人で!!」
能瀬が叫んだ途端、イル君に思い切り頭突きされる。
「っ!!?」
思いがけない攻撃と頭の痛みに怯んだら、あっという間に両手を手枷で繋がれて。
能瀬は軽くパニックになって叫ぶ。
「やめろ!!やめてくれ!!こんな事っ……正気じゃない!!」
「怖いんですね。お可愛らしい」
「頼むから、仲間じゃないか!こんな事が、まかり通っていいのか!?
他の執事の皆だって、犠牲になるかもしれないんだぞ!?」
「皆さん、そんな事は百も承知で働いていらっしゃいます。覚悟が無いのは、貴方だけ」
「……!!……狂ってる!!ふざけるな!!くそっ!!」
一生懸命もがいてみても、イル君に横抱きにされて運ばれた。
もう何を喚いたか分からないくらい、説得や罵倒を喚いて、
そうこうしているうちに、お尻を突き出す様に
低いテーブルに上半身だけうつ伏せにされてしまう。
下着もズボンも脱がされて、挙句の果て両足も拘束されてしまった。
それでもまだ能瀬は諦めたくなくて、大声で叫ぶ。
「いい加減にしろ!!こんな横暴が許されると思ってるのか!!」
「ねぇ」
「!!」
ふんわりとした千歳の声にさえ、能瀬はビクリと体を震わせた。
「千早ちゃん……能瀬の鳴き方が可愛くないかなぁ?僕もっと可愛いのが好きぃ
そうだなぁ、例えば……小さい子みたいにわんわん泣いてたら可愛いと思うよ〜?」
「そうですね。オレもあの鳴き声はイラつくし、
貴方のためのショーですから、できるだけ頑張ってみますね。イル、良くやった」
「ありがとうございます」
イル君はいつも通り無表情で頭を下げて能瀬から離れ、千早は乗馬鞭を握って近づいてくる。
「や、やめっ……こんな事!許されませんよ、こんな事は!!」
もはや必死で大声を出す事しかできない、そんな能瀬に
千歳は満面の笑みで寄って来て、頭を撫でた。
「能瀬ぇ?声裏返ってるよ?
やぁっと恨みが晴らせて嬉しいなぁ
可愛く泣けたら、1ヨクトぐらいは好きになってあげるね
それだけ言って千早の傍に戻っていく。
「やめてくれ!!今すぐ離せ!!誰か!!」
能瀬が叫んでも、とうとう手遅れで
「……お前、誰に向かって命令してるんだ?」
バシィッ!!
「うぁっ!!」
千早の振るった乗馬鞭が能瀬のお尻を打つ。
叩かれた痛みで思わず漏れた声に情けなくなって、能瀬は慌てて固く口を閉じた。
ビシッ!バシッ!!
「ぐっ……!!」
「ちょっと頭が回るからって調子に乗ってるんじゃないだろうな!?」
バシィッ!!
「――っぅ!!」
痛みで体は跳ねても、意地でも声は出さない。
苦しむ能瀬に千歳がふんわりとした声で話しかけてきた。
「どうしたの能瀬?声を我慢してるの?
カッコつけるのもいいけど、早く千早ちゃんに“ごめんなさい”した方がいいと思うなぁ?」
「兄様の言うとおり……まずは心の底から謝れ!!それから、ゆっくり躾け直してやるからな!」
バシィッ!ビシッ!バシッ!!
「んぅ、はぁっ、はぁっ……!!」
裸のお尻にいくら赤い痕が刻まれても、双子にいくら煽られても、能瀬は息を切らせて声を殺した。
その能瀬の態度が千早は気に入らないらしく、余計に激しく鞭を振るってくる。
「……つくづく、可愛げのない奴だな。
なぁ能瀬!?お前は耳が悪いのか!?それとも、頭か!?」
ビシッ!バシィッ!!
「ふ、ぅっ!!んっ、く……!!」
「頭の悪いお前にも、分かる様に命令してやろうか!?今すぐ、“ごめんなさい”と、言え!」
「能瀬〜早くぅ〜!!泣いちゃって、謝れなくなっちゃっても知らないよぉ??
……それとも、もっと千早ちゃんにきつくお仕置きされたいのかな?」
「あははは!なるほど、あのゴミ虫と同じだったのか!執事ってのは変態ばっかりだな!!
それじゃ、お望み通り……」
千早がそう言ってまた鞭を振り上げた時……
「ご、ごめんなさい……!!」
能瀬が言った。
まるで呟くように、誰にともない言葉のようで、
「私が、間違ってたんですね……」
全てを諦めた、そんな風な言葉に聞こえる。
イル君は一瞬驚いた表情をしたが、双子は満足げに笑っている。
「何だ、やっと謝ったか……」
「でも、何か違うんだよね〜〜……全然可愛げがないって言うか、ね、千早ちゃん」
千歳が意地悪く笑う。
「やっぱり泣かせちゃおっか♪」
「そうですね」
傍で悪魔のような相談をする双子。
けれど能瀬はそれを気にしておらず、ひたすら床に向かって何か呟いて、
「僕一人が執事長になって、どうにかできると思ってたのが間違ってた。
この屋敷は全体が腐っててクソガキ共は根本的に頭がおかしい。
奥の奥からひっくり返さないと……全部全部ぶっ壊して再生するくらいでないと……」

「どうしたの能瀬?ブツブツ言っちゃって、怖くて頭おかしくなっちゃった?」
千歳に挑発されても、能瀬は酷く冷静だった。
涼しい顔でこう言ってのける。
「ふふっ……こんな事が楽しいのなら、どうぞご存分に私を虐めてください。
正直、すごく痛いです。そうですねきっと、泣きわめいてしまいますね。
もう構いません。どうとでもしてください」
能瀬のこの態度は一瞬、双子を驚かせた。
けれども、すぐにそれぞれの反応を見せる。
「うわぁ生意気!ヤケって言うか、投げやりって言うか……」
「予防線でしょう。これから最高にみっともない姿を見せてくれますよ」
不機嫌そうな千歳の機嫌直しに、見せつけるように、千早が鞭を振るう。
バシィッ!!
「ひ、ぁっ!!」
能瀬はもう声を我慢せず、悲鳴を上げて、
双子……特に千歳は大喜びの歓声を上げる。
「能瀬!やればできるじゃない!いいねすごい無様だね!」
「良かったなぁ能瀬!兄様が喜んでるぞ!ほら、もっと喚け!!」
ビシッ!バシッ!バシンッ!!
「あぁっ、う、んぁああっ!!」
悲鳴を上げてからは、千早が一層張り切って鞭を振るうので、
能瀬の悲鳴もだんだん大きくなってしまう。
ビシィッ!バシッ!パァンッ!!
「あぁああっ!はぁ、うぁああっ!!」
悲鳴を上げさせられ、もう全体に赤いお尻を叩かれ続ける。
千早も千歳も、限度や遠慮は無い。
だからそうしているうちに、能瀬にも痛みに耐えていられる限界が来て、
パシィンッ!!
「ふっ、うわぁあああああん!!」
泣き叫ぶ事になる。
当然のごとく双子は大盛り上がりで喜んだ。邪気にはやし立てる。
「あぁ泣いちゃったぁ可愛い〜〜♪」
「本当だ。今までよりは幾分かマシですね!」
「いつもこうだったらいいのにね〜
「明日から毎日お仕置きしてやりましょうか?」
「「あはははははは!!」」
ビシッ!バシィッ!バシィッ!!
「わぁああああん!あぁああああ!!」
能瀬は何を言われても言い返すことは無く、ただひたすら、泣き喚いて。
能瀬の泣き声と双子達の笑い声と鞭の音が部屋で混ざり合っていた。



――それから。
「旦那様はどこ?」
「え?旦那様なら書斎に……」
そう答えた上倉は、能瀬にいきなり胸倉を掴まれる。
「死んでも許さないからな。お前もイルも、あのガキ共も。
この狂った屋敷と一緒に朽ち果てて消えろ」
低い声は呪詛のようで、良く見れば髪も服も珍しく少し乱れていた。
睨んでくる瞳も赤くてまるで亡霊に見えて……上倉はピンときた。
「……あぁ、千歳様……悲願を果たされたのですね……!!
見たかった!見たかったですよ、貴方の最高に、情けない姿!!」
うっとりと笑う上倉を突き飛ばして、能瀬はヨロヨロと書斎へ歩いて行った。


能瀬は書斎に着く。
遠慮なく、乱暴に扉を開いた。
「旦那様」
「えっ!?どうしたの麗!?」
「こら能瀬君!ノックもせずに!!何ですかその恰好!?」
中にいた、“旦那様”の千賀流もその執事の四判も当然ひどく驚いていた。
しかし、能瀬は二人の様子を無視して話し出す。
「父がこの屋敷を去ったのは、父が情けないからだと思ってました。
恋人の為に屋敷を捨てるなんて、執事として忠誠心が低いんだと思いました。
でも違った。父はこの屋敷に合わなかった。まともな人間は、ここに残る事が出来なかった。
こんな全部が全部狂って、腐ってる屋敷に」
「麗……?どうしたの?」
千賀流の困惑した声が聞こえていないかのように能瀬は話し続ける。
「私も、父にならってこの屋敷を去らせていただきます。頭がおかしくなる前に」
「待って、何があったの!?」
「……旦那様が仰っていた事も、少し考えたいです。私は、執事としてどうありたいのか。
私が目指す“執事”は、どういうものなのか……」
「麗……」
そこで、能瀬は初めて髪と服を少し整える。
そして泣きそうな顔をしてさらに言った。
「ですが、旦那様。私、この廟堂院家を愛していました。
その証を示しましょう。
どうか、旦那様のお力でこの屋敷を正しく導いて、元の……
父が誇りを持って働いていた頃の廟堂院家に戻してください」

その次の言葉は

「千歳様と千早様、肉体関係を持ってます」

能瀬の最大級の復讐。

「えっ……」
「失礼します」
今まで慕ってきた旦那様がどんな顔をしていたかは見なかった。
見る必要も無いと思った。
「ま、待ちなさい能瀬君!!千賀流様!!」
どんな声にも、後ろを振り返らずに進む。
能瀬はただただ、撒いた混乱の火種が屋敷を飲み込んで焼き尽くすのを想像してほくそ笑んでいた。






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【作品番号】BS21

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