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廟堂院家の双子の話20




『麗、あの屋敷だけはやめておきなさい。あそこは、廟堂院家は……魔女が支配する屋敷だ』
割とメルヘン脳の父は例えは酷く子供じみていて、もう魔女や悪魔に怯える歳でもなかった僕は
“ばかばかしい”と取り合わなかった。
それでも父は……母もだが、最後まで僕が廟堂院家で働く事には反対していた。

父がいうところの“魔女”とは、奥様の絵恋様の事で、
父が奥様を“魔女”だなんて呼ぶのは母の事が原因だろう。
元メイド長だった母があっさりと屋敷を追い出されてしまった原因は、
たった15歳の少女の理不尽なわがままだったのだ。
奥様が廟堂院家にやって来てすぐ、屋敷のメイドは彼女のメイド……つまりは月夜さんを
を除いて全員クビになった。彼女が放った「貴女達、全員要らないわ」という一言で。
この暴挙を許した旦那様に怒って、父は母の後を追うように廟堂院家の執事を辞めたらしい。
当時の父や母にとっては、いきなり屋敷に来て暴虐に振る舞う奥様はインパクトがあったのだろう。
年端もいかぬ小娘だったのならなおさらだ。

僕は父にこう言った。

『じゃあ、僕が廟堂院家を魔女の支配から救う勇者になればいいんだろ?』

自分が勇者だなんて、驕るつもりはない。
けれど、僕は執事長になってこの屋敷を変えたい。
“魔女の支配”こそないが、この屋敷はどこかおかしいのだから。

『まともな人間は、きっとあの屋敷の毒に喰われる……麗は、そうならないでね……』

心配そうに言った父の言葉を、どうして今更思い出したのだろう……?

****

ここは、町で噂の大富豪、廟堂院家。
執事の能瀬麗は当主の千賀流に呼ばれて書斎に来ていた。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
「あぁ、麗……忙しいのに悪かったね」
「いいえ。何よりも優先されるべきなのは旦那様ですから」
椅子に座っている千賀流も、机を挟んで立っている能瀬も穏やかな笑顔で、
千賀流がさっそく本題に入る。
「麗、君に聞きたい事があるんだ」
「何なりと」
「君は大一郎に薬を飲ませて叩いたりしたの?」
「!!」
能瀬は一瞬驚いた。
が、すぐに考えを巡らせる。
上倉がこちらを悪く言おうと過去の話を蒸し返した、まだ予想できる範囲だ。
下手に嘘をついてもイル君が居合わせている。証言を取られたら、嘘を言ったこちらが不利になる。
千早を庇って言わない可能性もあるが、それよりは……
「はい」
「どうして……!」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
正直に話しつつ、向こうを落とす戦略を。能瀬は、堂々として言う。
「罰を与える必要があったからです」
「え?」
「上倉君が千歳様に勉強を教える時間に一緒になって遊んでいたんです。
しかも、千歳様に自分を甚振らせていた」
「!?」
驚いて目を見開く千賀流に、能瀬は優雅に笑って見せた。
「ご存知ですよね?上倉君の性癖」
「……それは、ただ、千歳が大一郎を苛めてたんじゃなくて?」
「傍から見たらそうでも、千歳様自身ですらそう思っていても、
口の上手い彼ならその状況に誘導するのは容易いでしょ?」
動揺して考え込んでいる千賀流に、能瀬は内心ほくそ笑みながら
もっと“上倉が危険人物で”“子供達に害がある”と思い込ませる事を並べ立てる。
「私は思ったんです。最初の最初、事の発端は彼だったんじゃないかって。
幼い千歳様にそういう事を……無意識にかもしれないけど、教えた。
千早様の執事いじめだって、お兄様のしている事を真似ただけなんじゃないかって」
「……いや、ダメだ。憶測に過ぎない」
「どうにかして、自分で彼を止めたかった。私の想いを伝えたかった。
けれど上倉君は、普通にお仕置きしても……無駄ですから。
それなら、彼の興奮を抑えれば本来の意味での罰を与えられると思ったんです。
結果、薬に頼る事しか思いつきませんでした」
悪いのは向こう。
正義はこちらに。
本当の事だ。能瀬の言葉は自信に満ちていた。
「私は、何か間違った事をしましたか?」
千賀流は一瞬能瀬の雰囲気に飲まれかけていたが、すぐに穏やかだがキッパリと言う。
「どんな理由であれ、薬を飲ませて痛めつけるなんて間違ってるよ」
しかし、能瀬もたじろがなかった。
“間違っている”と指摘されても態度を変えず、冷静に返す。
「その点は、そうですね。冷静な判断ができませんでした。
おぞましい光景に見えましたもので。とにかく“やめさせなければ、分からせなければ”と」
「それに、大一郎がそう仕向けたって決めつけるのもおかしな話だ。
千歳や千早が真似たのは私かもしれない。自分のされた“痛い事”をやっただけだよ。
君は大一郎が千歳に“痛めつけてくれ”って頼むところを見たの?」
「叩かれている最中になら“もっと痛めつけてくれ”みたいな事は言っていましたよ?」
「大一郎は、そうだろうね……」
ため息をつく千賀流。
能瀬はまだ、千賀流を説得できる隙を狙っていた。
「……彼はとても優しくて、誠実な子だと思います。でも“性欲”の為ならどんな事でもする。
簡単に理性に負ける。あれはまるで病気だ。そういう、子だと思いませんか?」
「麗……私は誰も疑いたくない。
千歳や大一郎は君が“千早を騙してこの屋敷を支配しようとしてる”って言ってるよ。
そんな事はないんだろう?君達はお互い、悪く思いあって誤解してるんだ」
千賀流は能瀬の言葉を振り払うように首を振って、
能瀬はこの前の様な苛立ちを感じる。一向に上倉を貶められない苛立ち。
つい、語気も言葉も荒くなってしまった。
「私がこの廟堂院家を思って千早様に少し“助言”した事は認めます。
それが気に食わない上倉君や、上倉君を信じている千歳様には
私が千早様を唆したように見えたんでしょうね。
上倉君が執事長のままだとこの屋敷はどんどん狂っていくんです!」
その一言で、決着が着く。
「そっか……君も少し頭を冷やした方がいい」
「旦那様……警告は、しましたからね?」
千賀流が動いても、能瀬は抵抗しなかった。
能瀬の許せるボーダーラインがここだったのだ。
“旦那様にお仕置きされるなら、ギリギリ我慢できる”と。
それでもいざ、机に押さえつけられて、お尻を丸出しにされると酷く居心地が悪かったが。
けれど、その不快感も長くは続かなかった。
バシッ!
「っ……!!」
一発目を振り下ろされた痛みで、能瀬は声を閉じ込める事で精一杯だ。
続けて平手を振り下ろしながらも、千賀流はゆったりと言う。
ビシッ!バシッ!
「一度君とはゆっくり話をしてみたかったんだ」
「光栄、です……」
「こんな形になるとは、思ってもみなかったけど」
バシッ!パンッ!
「はっ……ぁ……!!」
「お仕置きするためとはいえ、大一郎に薬を飲ませた事は反省してほしいし、
この際だから、麗の思ってる事を全部聞きたい」
「……ぅ!!」
「だから、声、我慢しないで?」
バシィッ!!
「ぅあっ!?」
強く叩かれて思わず悲鳴が漏れて、能瀬は慌てて口を引き結んで呼吸を整える。
「薬で感覚を操作するなんて怖い事だと思わない?」
「思い、ます……!!」
「いくらなんでもやりすぎだよ。反省してね」
ビシッ!バシッ!!
口調こそ穏やかだけれど、お尻を叩いている手はなかなか手加減は無くて。
能瀬も冷静な声を出すのが辛くなってくるところだ。
けれど、必死で何でも無い声を作って謝った。
「ぅ、申し訳、ありませんでした!!だ、旦那様!!私はっ……!!」
バシッ!ビシッ!バシィッ!!
叩かれているお尻もほんのり赤に染まり始め、
痛みも我慢できなくなってくる。
「も、もう、しません!!で、ですから……!!」
「仲間に簡単にそんな怖い事が出来てしまうなら、君を執事長にするのは不安かな」
「そんな!!あぁっ!!」
動揺して大声を出した時に叩かれて、思わず悲鳴も大きくなる。
“やめてくれ”と訴えたかったが、まだ叩かれるみたいだという事も分かった。
なので目を閉じて、動いてしまいそうな体を固くした。
「んっ……!」
「ドキッとした?麗は……本当に“執事長”になりたかったんだね。
昔は、大一郎が執事長になる前は、彼とも仲が良かった気がするんだけど……。
君が、“執事長”になれなかったことを恨むなら、大一郎ではなく、私を恨んで」
「そんなんじゃ、そんっ、なんじゃ……!!」
「思ってる事があるなら、言った方がスッキリするよ。怒らないから」
パンッ!パンッ!!
気が付けば、痛みと千賀流の言葉に背中を押されるように、能瀬は叫んでいた。
「僕っ、悔しかったんです!!執事長になるのは絶対に僕だと、思ってたのに!!
その為にこの廟堂院家に、来たのに!努力だってしてきた!!
それを、あんな奴に奪われるなんて!!」
こんな事を言うつもりは無かった。こんな、情けない言い方をするつもりは無かった。
けれど、今は何かを叫んでいないと泣いてしまいそうで、
能瀬は胸の内を叫び続けた。
「他の人ならまだ我慢できた!!何でアイツが!あんな、汚い奴が!!
アイツは汚い!汚れてるんです!性欲ばかりが、肥大化したクズが!
まともな学歴もないくせに!!」
「……そこまで思ってたんだ」
「!!あっ、ごめんなさ……」
「そうだね。少し言葉が悪いかな」
バシッ!!
「ひゃっ……!!」
「麗が頑張ってたの、知ってるよ。すごく悔しかったんだね」
「旦那、様……!!」
すべてを受け入れてくれたような千賀流の優しい声にも、
まだ叩かれ続けるお尻の痛みにも、泣きそうになって必死でこらえる。
そんな能瀬に、千賀流はまた優しく言い聞かせた。
「“執事長になりたい”って、思ってくれるのも、それを一生懸命目指してくれるのも、
とっても嬉しい事だけど、でもね、麗はどうして執事長になりたいと思ったの?」
「そっ、それは……執事であれば誰だって、目指すのはそこでしょう!?」
ビシッ!ピシッ!
「ひっ、ぃっ……!!」
「私はね、“執事長”っていうのは“執事の皆をまとめるリーダー”という役割の名前で、
それ以上の意味は無いと思ってる。王様でもアイドルでもないよ。
“執事長”が特別なんじゃない。その肩書が無くても、ここにいる執事の皆一人一人が特別なんだよ。
もちろん、麗も」
呻いて、弱く抵抗し始めた能瀬を咎める事もなく、穏やかな声は続く。
「麗は、“執事長”にこだわらなくても、麗の目指す“特別”になれるはずだよ。
君の成し遂げたい事は“執事長”にならなきゃ無理な事なの?
もう一度、そこを考え直してもいいんじゃないかな」
パンッ!パンッ!パンッ!
「その時に、一緒に周りも見つめ直してみて。
大一郎は本当に君の思ってるような子かな?本人ともう一度よく話してみない?
本人が無理なら近い人でもいい。小二郎と話した事はある?イルとは仲がいい?
それか……ふふっ、準ならきっと、よく話してくれるよ」
「やぁっ!う、あぁっ!!」
「憎んだら、相手が正しく見えなくなる。私は大一郎が執事長になった事、
間違ってるだなんて思ったことは一度もない。
麗を、大一郎より劣ってるなんて思った事も一度もない。分かってくれたかな?」
(全部、綺麗事だ……!!旦那様は何も分かってない……!)
とっさに、能瀬は内心そう言い返した。
けれど、お尻を叩かれ続けるのはもう限界なので、
能瀬はそれを口にする気にはなれなくて、素直に頷くしかない。
「わ、分かりました……!!もう、許してください!誰にも酷い事はしません……!!」
「なら、いいんだ。ただ……」
バシッ!!
「うわっ!?」
強く叩かれた後、今までより厳しい口調で千賀流に言われた。
「大一郎は思いっきり泣くまで叩いたからね。君も同じようにしなきゃフェアじゃないかな?」
「嫌だ!!旦那様……っ!!」
「……麗は叩かれ慣れてないだろうから辛いかもしれないけど」
「まっ、待ってください!!ぼっ……私、には、正当な理由が!!
アイツがした事とは、違うじゃないですか!!」
「あのね麗、大一郎はあんなだけど、薬なんて使わなくても叩かれれば普通に痛みは感じるよ?知らなかった?」
「っ……!!」
「知ってたよね?」
バシッ!!
「うぁああっ!」
強く叩かれて、能瀬は焦ったけれど、もう悲鳴を上げる事を我慢することはできないし、
お尻も真っ赤になっていた。
「それに、ちゃんと叱ってあげれば分かってくれる子だよ。
薬なんて使う必要なかった。必要以上の痛みを与えようとしたならそれはもう暴力だ」
「や、めて……やめて、ください!そんなつもりは……!!」
「君にそのつもりはなかったかもしれない。けど、君のしたことが簡単に許されると思わないで」
これ以上醜態は晒したくないのに許してもらう事も出来ないようで、
むしろここから本格的に叩かれるのかと思うと無意識に絶望的な声が漏れた。
「う、ぁ……」
それから、
ビシッ!バシィッ!ビシッ!
「うわぁああああっ!!やだ、まっ、待っ……!!」
「ね、麗。麗の方がお兄ちゃんなんだから、年下の子をお仕置きするなら加減を考えてあげないと」
「ごめんなさい!旦那様っ、あぁっ!ごめんなさい!!うっ、あぁぁあん!」
厳しく叩かれてしまって、能瀬は泣き声交じりに謝り倒すことになる。
「麗はあまり叩かれないから感覚がよく分からないのかもしれないけど、
お仕置きするなら“自分がやられても大丈夫な範囲で”だよ?分かった?」
「わ、分かりました!!ごめんなさい!!やぁぁっ!!」
バシンッ!ビシィッ!バシッ!!
「ごめんなさい!旦那様っ!あぁああああ!!」
本当に泣きながら喚きながら、謝っていたらいつの間にか許してもらえた、と言う感じだった。
そして……

(何で僕がこんな目に……!!)
書斎を出た能瀬は、屈辱のあまり顔を手で覆ってブルブル震える。
(上倉さえいなければ……!!)
千賀流に言われた事とは裏腹に、上倉への憎悪は募るばかりだ。

そんな時。
歩いている能瀬の視界にたまたま入ったのは、上倉の弟の小二郎だった。
大きめの洗濯籠を持ってフラフラしていた。
能瀬は無視しようかと思ったが……
小二郎が転んで洗濯物を床にブチまけて、「あー」と悲しそうに小声で叫ぶ。
そして目の前でもそもそと散らばった洗濯物を拾い集められ始めると……
「……っ、〜〜!!」
どうにも、その哀愁漂う姿が、要領の悪い幼馴染と被ってしまって助けずにはいられなくなってしまった。
ヤケクソ気味に小二郎の傍に駆け寄って、一緒に洗濯物を拾ってあげた。
「大丈夫?」
「のっ、能瀬さん!!?」
小二郎は分かりやすく真っ赤になった。視線を彷徨わせてしどろもどろになっている。
「す、すみません……!!あの、オレ、自分で……!!」
「気にしないで。君を見てるとほっとけなくて」
「えっ、えぇっ……!!」
彼の恋人が見たら落ち込みそうなほど、真っ赤な顔で恥ずかしげにする小二郎。
能瀬は思った。
(腹いせに、コイツに何かしてやろうか?)
じっと小二郎を見る。
分かりやすい好意。甘い言葉をかければ、コロッと騙されそうだ。
無防備で、幼くて、きっと、傷つけるのも簡単で……
「能瀬さん……?」
(ダメだ……)
無垢な瞳で見つめられ、能瀬は思いとどまった。
何事もなかったかのように笑顔を返す。
「あぁ、ごめんね。じっと見つめたりして。手を動かさないとね」
「あ!お、オレの方こそさっさと拾います!!」
小二郎も慌てて手を動かし始めた、その時――


「真由から離れろ!!」
突然の怒鳴り声。
上倉がすごい剣幕で近づいてくる。
「お前何のつもり……わっ!?」
上倉の怒鳴り声は、小二郎が上倉の顔に洗濯物の一つを投げつけておさまった。
逆に小二郎が上倉に怒鳴るのだ。
「おにぃこそ、何なんだよ!いきなり怒って!!能瀬さん先輩だぞ!?
オレの落とした洗濯物一緒に拾ってくれただけだよ!謝れよ!」
「うっ、真由お前……っ!」
上倉が顔に被った洗濯物と格闘している間に、能瀬は立ち上がって手を軽く振って去っていく。
「後は君のお兄さんが拾ってくれるのかな?私は行くよ」
「の、能瀬さん本当に、ごめんなさい!!もうおにぃのバカ!バッ……!!」
「真由……!!」
洗濯ものを取り去ったらしい上倉に勢いよく抱きしめられた小二郎。
ビックリしてそれ以上文句を言えないでいると、上倉の必死な声が聞こえる。
「アイツを信用するな!絶対だ!真由はアイツより、俺を信じてくれるよな?!」
「おにぃ……!!」
小二郎は、オロオロしながらも上倉に手を回す。
弟を抱きしめながら、上倉は思う。
(真由に近づいて、何のつもりか知らないけど……
どんな手を使おうと無駄だ……きっともうすぐ、お前の負けだからな……)


上倉の絶対的な確信の裏には……
「あっ……はっ、ね、ぇ……千早、ちゃん?」
汗で張り付く白のネグリジェを捲れあがらせて大胆に足を広げ、
すでに赤く染め上げられたお尻を揺らしながら、
媚びるように、覆いかぶさる弟の手を指を絡ませるように握って……
「お願いが、あるの……♥」
蕩けるほど妖艶な笑みを浮かる、双子の兄の姿があった。




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【作品番号】BS20

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