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廟堂院家の双子の話19


町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
この日、兄の千歳は執事の能瀬に復讐しようとして失敗し、
逆に、“能瀬に酷い事をした”として、父親の千賀流にお仕置きされるところだった。


千賀流が千歳の部屋に引き返してくると、千歳はソファーに座っていた。
近づいても何の反応も無い息子に呼びかける。
「千歳」
「上倉、泣いてた?」
視線を合わせるでもなく、適当な方向を眺めながら、千歳はそれだけ言う。
千賀流は言葉に迷いながらも答えを返した。
「……そうだね。でも、きちんと反省してくれたよ」
「かわいそう……」
「そう思うなら、もう大一郎を巻き込んで執事に意地悪するのをやめなさい」
自分を責めるような千歳の言葉に困り果てながらも千賀流は言うと、千歳に睨みつけられた。
「意地悪じゃない。先に手を出してきたのはあっちだよ。復讐すら許されないって言うの?」
「だとしても、間違ってるよ。どうして私に言ってくれなかったの?」
「頼りない上に信用できないからだよ」
「参ったな……」
実の息子にここまで言われて、頭を抱えたくなったが、とにかく千歳をお仕置きしようと手を伸ばす。
「こっちに来て。お仕置きするって言ったよね」
「能瀬にも地獄を見せる?」
「彼も悪い子だったらね」
「何それ。アイツがいい子面したらお父様は騙されるんだね」
「時間稼ぎしてる?」
「バカにしないで」
千歳は怯えるでもなく、淡々とした口調だった。
彼を抱き上げて、位置を代わるようにソファーに座って、
膝に乗せても、ズボンや下着を脱がしても、さして抵抗しない。
もともと、千早よりは大人しい子だけれど……と、千賀流は違和感を感じていた。
するとまた、千歳の元気の無い声が聞こえる。
「お父様……」
「どうしたの?」
「将来、この屋敷の当主になるのは僕か千早ちゃんかどっちなの?お父様が決めるの?」
唐突な質問に、千賀流は少々驚いた。
どうしてこんな質問をされるかも分からず、
どちらかを答えて子供達を混乱させたくなくて、優しく言い聞かせる。
「今からそんな事考えなくていいんだよ。
まずは、今日した事を反省していい子にならなくちゃね」
「…………」
また黙りこくる千歳に、様子がおかしいだろうかと心配になるものの
お仕置きは進めようと千賀流は千歳のお尻に手を振り下ろした。
パァンッ!
「っう!!や、やだ!!」
「ダメだよ。前にも執事をいじめないように言ったのに」
「だ、だからイジメじゃないっ……!!」
バシィッ!!
「うあぁっ!!」
痛がる様子はいつも通りで、千賀流もいつも通りお尻を叩きながら叱る。
「君は“復讐”のつもりでやったかもしれないけど、同じ事だよ。
人をあんな風に動けなくして、痛めつけようとするのが悪い事だって、千歳ならわかるよね?
それに……」
ビシッ!!
「ひゃんっ!!」
「水をかけたのも君だろう?」
「あ、うっ……!!」
「後で大一郎と一緒に、きちんと麗に謝ってね」
「誰が……!!」
悔しげ呟く小さな声が聞こえて、千賀流は強めにお尻を打った。
バシィッ!!
「聞こえてるよ」
「わ、分かった!謝るからぁ!!」
「うん。謝って」
ビシッ!バシッ!ビシッ!!
意外と早く素直になった千歳だったが、千賀流は手を止めなかった。
痛がってもがくのを押さえつけて、しばらく叩き続ける。
お尻もだんだん赤く染まってきて、千歳も限界を訴え始めた。
「やぁぁっ、痛い!お父様、もうやめて!!」
「まだやめないよ。“厳しくお仕置きする”って言ったし」
「も、もう、反省したってば……あぁあっ!!」
「前にお仕置きしたのに、また執事をいじめたから……
今日は多めにお仕置きしておこう。今度こそ、もうしないように」
「や、やだ!!ヤダってば!!」
「大人しくしなさい」
バシッ!!
「ひゃっ……!い、いや……!!」
脅かす様に強く叩いたら、泣きそうに声を震わせる千歳。
(おや、怖くなったかな……?なら、一気に反省してもらおうか)
ビシッ!バシッ!バシィッ!!
千賀流がラストスパートをかけるように一気に叩く。
「うわぁああああん!!」
千歳は泣き出した。が
「もうやだぁぁあっ!!離して!離して僕は悪くないぃぃっ!!」
(あ……)
反省してもらおうとした千賀流の考えとは逆の事を喚き始めた千歳。
千賀流が(あぁ、今日は素直だと思ったけど、本音が出たのか……)
と困っても千歳の泣き声は止まらない。
「何で!何で僕ばっかりこんな目にぃぃぃっ!うわぁああああん!千早ちゃん!千早ちゃぁぁぁん!!」
「千歳、反省したんじゃなかったの?」
「うるさい!うるさい!!お父様なんか何も知らないくせにぃぃぃっ!!うわぁあああああん!!」
本音が出たどころか、反抗心まで呼び覚ましてしまったらしい。
普段は大人しいけれど、追い詰められたり怒ったりすると意外と乱暴な面が表れる子だという事を思い出して、
千賀流は冷静に赤くなったお尻を叩いていた。
「そうかい。反省したフリまでしたのに、残念だったね。悪い子はまだまだ許さないから」
バシッ!バシッ!パンッ!
「ひゃぁぁん!勝手にすればいいよこのサディストペドじじいぃっ!だいっきらぁぁああい!!」
「お父様は千歳が大好きなのに悲しいよ。あと、何回も言うけど親にその口のきき方はやめなさい」
「うわぁああああん!!千早ちゃぁぁぁああん!!」
「…………」
ビシッ!バシッ!バシッ!!
「うぇっ、ぐすっ、わぁああああん!!」
泣き叫ぶ千歳のお尻を、その後何度も叩いたけれども、癇癪を起したように泣きわめくだけだった。
謝りもしないので千賀流が声をかけてみる。
「千歳……反省した?」
「うわぁあああああああん!離せぇぇぇ!うぁああああん!!」
「……それとも、何かあった?」
「うっ、うわぁああああん!!」
千賀流には引っかかっていた。
お仕置きされて機嫌が悪くなったにしても、
ここまで自暴自棄のように言葉を荒げて、強情に泣き叫ぶだろうか?
お仕置きの前も元気が無かったし、何か千歳の様子はおかしい。
なので、お尻を叩く手を止めて助け起こしてみた。
「どうしたの?千早と何かあったの?」
「うぅっ……!!もういいでしょ!能瀬には謝る!もうバカな事しない!出て行って!!」
「待って。どうして話してくれないの?」
「話す事なんかない!!」
やっぱり拒絶されるが、千賀流は頑張って話を聞こうと……
「またそんな事言って……あ、チョーカー回っちゃってるよ。つけ直してあげるから」
「!!触らないで……!!」
千歳の表情が目に見えて変わる。
何かに怯えるように、隠す様に首を押さえつけて顔を逸らした。
「いい、よ。上倉にやってもらうから……」
「……そう……?」
「お願いだから出ていって……まだお尻叩くの?」
息子の疲れ切った表情と声。
千賀流はため息をついて、踏み込むのを諦めた。
「……分かったよ。反省してくれたんだね?」
「……そうだよ。ごめんなさい」
「何かあったらすぐ私に言うんだよ?」
「うん。頼りにしてるから」
千歳は首を押さえたまま俯いている。言葉が本音ではないのが分かってやるせなくなりながら、
千賀流は千歳の部屋を出て行くしかなかった。


その後――
上倉が部屋にやってきて千歳が合流することになる。
お互いの顔を見てお互いホッとしたようだ。
「千歳様……!!」
「上倉!!大丈夫だった!?」
「え!?えぇ、まぁ……」
「何!?どうしたの!?」
「す、すみません……てっきりヘマしたのを叱られるかと……!!」
「あ……」
千歳はポカンとして……思い出した。
上倉が帰って来ず、父親が乱入してのこの結果だ。一気に上倉に詰める。
「そうだよお前!!何でお父様が急に来たの!?お前のせい!?」
「本当に申し訳ないです!四判さん騙しに行ったら、偶然一緒にいらっしゃって……。
私は旦那様だけは騙せなくて……!!」
「なんて運が無いの……!!」
上倉も悔しげに太ももに拳を打ち付けるが、千歳も嘆いて両手で顔を覆うしかない。
2人はガッカリしながら会話を続ける。
「困りましたね……能瀬さんに謝らないといけなくなってしまいました」
「僕もだよ。最低」
「……まぁ、謝ればいいわけですから。謝りさえすれば、
謝りついでに宣戦布告してやりましょうか?“諦めてないぞ”ってね」
上倉が力なく笑うのに合わせて、千歳も何とか笑った。
「……ふふっ、そうだね。とりあえず謝って、言ってやろうか。
“これから一秒たりとも心休まる時があると思うなよ”って。それなら謝れそうだよ」
お互いに気を奮い立たせて。
2人は宿敵に嫌々謝りに行ったのだった。


「能瀬さんすみませんでした」
「ごめんなさい」
「そんな、二人とも頭を上げてください」
能瀬の方は、二人に謝られて恐縮した様子だった。
困った様な笑顔で言う。
「私も少し、感情的になって大人げない所を見せてしまいましたね千歳様。
上倉君も、反省してくれたならいいから」
「能瀬さん、ありがとうございます。本当にごめんなさい……」
能瀬と上倉は瞳を感動に潤ませてお互い、どちらからともなく手を差し伸べて……

「「――なんて、言うとでも思ってんのか?」」

綺麗にハモりつつ、お互いの胸倉と握手していた。敵意むき出しに微笑み合いながら。
まずは上倉が笑顔を引きつらせながら先制攻撃。
「あーびっくりした。能瀬さんの性格が突然変異で良くなったのかと思っちゃいましたよ。
下衆のままで安心しました。これからも心置きなく貴方をお仕置きする機会を狙えます。
言っておきますけど、貴方を泣いて謝らせるまで絶対に諦めませんから。ねぇ千歳様?
せいぜい旦那様や四判さんに守ってもらえるように、告げ口しまくってくださいね。だっさい男!」
「事実だからって言い過ぎだよ上倉。能瀬、気にしないでね。お前が大人げなくて身の程知らずなのも知ってたし」
千歳の追撃を受けながらも能瀬は笑顔を怒りに震わせて反撃。
「多少はカッコ悪くても、こっちはお前にお尻打たれるくらいなら死んだ方がマシだから、
本気で自分の身は守らせてもらうよ。まぁ手始めに軽くこの屋敷から消えてもらおうかな?
千歳様〜?この小汚いお守がいなくなった後の事を考えて、あまり大胆な事は言わない方がいいですよ?
オイタばっかりしてると、旦那様に相談して私が直接お仕置きできるようにしてもらいますから」
能瀬の言葉に、千歳は心底不機嫌そうに言い返す。
「呆れた!驕れる豚ほど滑稽なものは無いね。
あのね、言っておくけど上倉はお父様のお気に入りなの。
お前がいくら貶めても庇ってたの気付かなかった?簡単に追い出せると思わないで」
「なるほど〜。なら、旦那様もショックでしょうね」
能瀬は怯むどころか悪魔の笑みを浮かべて、言う。

「“上倉君が千歳様に性的ないたずらをしているんじゃないか”なんて言ったら」

それはすべてを凍りつかせる言葉で、
一瞬で顔を強張らせた千歳と上倉の主従の、先に震える言葉を発したのは千歳だった。
「な、何言ってるの……?そんな嘘ついたって……!!」
「旦那様が疑わないと思いますか?」
誰も反論ができない。
上倉が悔しそうに舌打ちする。
「下衆が……!!」
「お前の汚らわしい生き方のツケが回ってきたんだよ。
哀れな男だね。こんな不名誉な嘘を跳ね除ける程度の信用も無いなんて」
上倉のどんな言葉も、能瀬を強気にさせるだけだった。
悪魔的な表情を穏やかに戻して能瀬は言う。
「もちろん、こんな酷い嘘は言いたくない。これは最後の切り札。
だから、これからの行動は本当に良く考えて。一応頭はいいんだよね?
……性犯罪者のレッテルを張られて、小二郎君を傷つけたくないでしょ?」
「お前ッ――!!」
「バカなの?」
動こうとした上倉の手を握った千歳の、冷静な声が割って入る。
能瀬を睨みつけるのは冷たい目だ。
「彼を上倉の“弱点”だと思ってる?違うよ。彼は上倉の“聖域”。
手を出したらお前を道連れに滅ぶくらいは平気でやるよ。上倉はそういう男だから。
僕でさえ手を出さなかったんだから。千早ちゃんもそれを分かってれば……」
千歳がため息をついて、能瀬がにっこりとして答えた。
「そこは分かってますよ。私は小二郎君の事は結構好きなんです」
「――!!!」
「抑えてね、上倉」
千歳の声でかろうじて動かない上倉は本当に悔しそうだ。
反対に能瀬は機嫌よく笑っている。
「とにかく、これからは“仲よく”しましょう。旦那様もそうおっしゃっていた事ですし」
「そうだね、そうしよう」
「上倉君もね」
「ソウデスネ」
「では、失礼します」
悠々と去っていく能瀬の背後で、上倉が思い切り壁を殴る。
千歳が心配そうに見やると、“ごめんなさい”とでも言うように頭を下げた。
そんな上倉に、千歳が優しく言う。
「……大丈夫だよ。アイツも小二郎君までは手を出さない」
「……そうですよね……あぁそれより……」
「うん、本当に最低な事思いつくよねアイツ……!!もし万が一、あんな事、お父様に言われたら……」
「情けない事ですが……信じてもらえる自信がありません。
私が傷つかないように精一杯気を遣いながら、私を貴方から引き離す旦那様が容易に想像できる……!!」
「……上倉、急ごう。アイツが先手を打つ前に、復讐を遂げて、能瀬を屋敷から追い出そう」
「で、ですがどうやって……」
「あのね、千早ちゃんは能瀬を信用してるかもしれない。
でも、それはアイツを大切に思ってるって事とイコールじゃない。きっと」
言葉の意味を分かりかねている上倉に見つめられながら、
千歳は真剣な顔で言葉を続けた。
「僕はあの子に愛されてる。頼み込めばどんなお願いでも聞いてもらえると思う。
あの子は“僕を嬲れる口実ができれば何でもいい”んだ。
何で気付かなかったんだろう?“どうなってもいい”なら最初からこうすべきだったよね。
上倉にお仕置きさせる事に、こだわりすぎたのかな?」
「ち、千歳様?」
困惑する上倉に、千歳はにっこり笑って言う。
「頼もしい、僕の“ご主人様”に悪者をお仕置きしてもらおう!」
「!!?」
「僕の体と引き換えにね」
「千歳様……」
妖艶で儚げな笑顔を、上倉は思わず跪いて抱きしめる。
千歳も上倉の背に手を回す。
そして寂しそうに言った。
「もし失敗したら、僕らさよならだね。ごめんね」
「いえ……どんな結果であれ、最後まで、貴方と共にいます」
「ありがとう」

お互い抱きしめ合って、覚悟を決めた二人だった。








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【作品番号】BS19

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