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ヤツらのハッピーバレンタイン(能瀬&秋緒ver.)



2/14バレンタインデー。
能瀬麗は幼馴染の秋緒の家にやってきていた。
成人してからは疎遠になっていた幼馴染だったが、
秋緒から連絡があって遊びに行った日に彼が自殺未遂を起こしてから
毎日メールのやり取りをしつつ、時々様子を見に足を運ぶようになっていたのだ。
この日は丁度バレンタインデーという事で、
(お遊び行事だけど、秋緒は甘いものが好きだし
チョコレートは気分を落ち着かせる効果があるらしいし……な)
と、自分を納得させつつ、一応チョコレートを持参して。

秋緒の家に着いて呼び鈴を押すと、秋緒の母が笑顔で迎えてくれた。
「麗ちゃ〜〜ん!!来てくれてありがとう!!いつもごめんねぇ!!」
いつ来ても明るくて優しい秋緒母に、能瀬も笑顔で挨拶する。
「こちらこそ、いつもお邪魔してごめんなさい。秋緒は?」
「あぁ、あの子ったらねぇ、自分の部屋にいるんだけど、
今日麗ちゃんが来る事全然言わないんだもの!!おばさん今さっき聞いてびっくりして!
ごめんねぇ、だから……今から出かける用事入れちゃってて……!
あぁもう本当、麗ちゃんが来てくれたのに、ろくにお構いもできないなんて!」
「そうだったの!?前から言ってあったんだけど……やっぱり、おばさんに直接連絡しなきゃね」
「本当よ〜〜!!さっき急いで家の中、掃除したんだからぁ!」
2人で笑いあう。そう言えば、秋緒母は綺麗におめかししていた。
能瀬は引き続き笑顔で言う。
「でも、僕が来る事に、気を遣わなくていいから。気を付けて行って来ておばさん。留守は任せて」
「ありがとう麗ちゃん!あ、秋緒を呼ばなきゃね!秋緒――!秋緒――!!」
秋緒母が階上の秋緒の部屋に向かって声をかける。
すると……
「うるせェブッころすぞクソババァ!!」
「「…………」」
返された突然の暴言に気まずい空気が流れる。もちろん秋緒の声だ。
「ご、ごめんなさいね……あの子ったら……」
狼狽える秋緒母に、能瀬は心配そうに聞く。
「……おばさん、最近いつもこう?」
「時々ね、扉越しだと……」
ついたため息は二人同時だった。
能瀬は、秋緒母の肩を励ますように叩いた。
「全く……僕が言っといてあげるよ!おばさん、もう出かけるでしょう?」
「ごめんね。麗ちゃん……ありがとう」
最初よりしゅんとした様子の秋緒母を送り出して、
能瀬はわざと足音を大きくして階段を上がって行った。


「秋緒!!」
思い切りドアを開けて怒鳴りつけると、
床で寝ていたらしい気弱な幼馴染は、体を大げさにビクつかせて飛び起きた。
よれよれのグレーの部屋着に、緑のジャージ風スウェット姿だ。
「ひゃっ!?れっ、麗ちゃん!?いつ来たの!?」
「今さっき、な。それよりお前っ……!!」
「ひゃぁっ!!?」
同じように座り込んで、思いっきり耳を引っ張ると、秋緒は情けない悲鳴を上げて怯えている。
「いっ、痛いよ!何でいきなり怒ってるの麗ちゃん!?」
「“何で”じゃない!!親に向かってなんて口のきき方だお前!!
さっきの聞いてたぞ!!」
「ひ、ぁっ……!!」
秋緒は涙目で瞬きをして……やっぱり怯えて顔を逸らす。
「や、やだぁっ!麗ちゃんまでお父さんみたいな事言わないでよぉ!!」
「ごめんなさいは!?」
「ご、ごめんなさい!!」
「もうしませんは!?」
「もうしませんっ!!」
「おばさんに後で謝れよ!?」
「分かった謝る!耳、は、離して痛いぃっ!!」
そこまで言わせて、能瀬はパっと手を離した。
秋緒は「うぅ」と唸って引っ張られた方の耳をさすっていたけれど、
能瀬が黙って睨みつけていると、機嫌を取る様に傍にあった綺麗な箱を差し出した。
「あ、あの!麗ちゃん、チョコレートあるよ!はい、これ!今日バレンタインデー、だから!!」
「……ったく……」
おどおどしながらも、自分にチョコレートをくれた秋緒につい頬が緩んでしまった能瀬。
「ありがとう」
「え、へへっ……コンビニの、だけど……」
素直に受け取ったら、秋緒も嬉しそうに、たどたどしく話しだした。
「本当はね、えっと……ネットで見てて、百貨店……?のチョコレートが、
麗ちゃんに似合いそうな感じだったんだけど……あんなキラキラしてて人の多い所は、
ほら、僕、無理だし……絶対カップルだらけだし……」
俯いて頬を赤くして、それでも秋緒は言葉を紡いだ。
「スーパーもね……何か、大きいし、人多いし……
コンビニなら、大丈夫かなって……一か月くらい前に一瞬、行ったし……」
「お前……これ、自分で買いに外に出たのか!?」
「う、うん……麗ちゃん、いつもプレゼントくれるから、部屋の中“れいちゃん”だらけだから、
たまには僕も、自分で何か、プレゼントしたくて……ネット通販、考えたけど……自分で……」
「秋緒……!!」
能瀬は思わず秋緒を抱きしめる。
自分のあげたプレゼントに片っ端から“れいちゃん”と名前を付けて、
引きこもり二―トをこじらせて意地でも家から出ない彼が、
自分の為に小さな勇気を出してくれたことが、純粋に嬉しかった。
「やればできるじゃないか!!嬉しい!ありがとう!!」
「麗ちゃん……!良かったぁ、喜んでもらえて……」
秋緒も嬉しそうに能瀬に頬をすり寄せる。
そんなほのぼのとした空気の中、能瀬が何気なく言った。
「後で、おばさんにもお礼言わないとな!お金出したのはおばさんだろ?」
「えっ……!?」
「あ、いや、ごめん、こんな言い方……!お前の頑張りは本当に嬉しいんだ!
でも……おばさんにもお礼言っとくよ」
「いっ、いいよ!僕が言っとく!!そんな、気を遣わなくていいから!!」
「え……?」
空気が、またおかしくなる。
秋緒の慌てっぷりがなんだか怪しい。
能瀬的に、このチョコレートはてっきり、母にお金をもらった秋緒が
買って来てくれたものだと思っていた。
残念にして当然の事だが、無職の秋緒に金銭的な出所は他に無いはずだ。
能瀬は、今一度尋ねた。
「……おばさんが、お金を出してくれたんだよな?」
「そ、そう……や、違くて……僕の、貯金崩したんだ……!」
「…………」
貯金……そうか、貯金があれば……いや、そんなはずはない。
「お前……この前『通帳とカード取られた!』ってメールしてきただろ?
貯金を切り崩すにしても、おばさんを通さないと……」
「そ、そうだね!!うん、いいや!もういい!お母さんにお礼言っといて麗ちゃん!」
「秋緒……!!」
能瀬の顔が険しくなる。
もしかして……もしかして秋緒はチョコレート一つの為に、とんでもない事をしでかしたのでは!?
そう疑うと、ついキツめに詰め寄ってしまう。
「正直に言え!!このチョコレートどうやって手に入れた!?」
「だ、だから!!お母さんにお金をもらって……!!」
「だったら何で『貯金を使った』なんて嘘をついた!?何でそんなに慌ててるんだよ!?」
「慌ててなんかないよ!!もうヤダ麗ちゃん怒ってばっかり!!チョコレート食べればいい!!」
「ふざけるな!大事な話だぞ!?」
怒鳴り合いで、けれど秋緒は逃げ腰で……ズルズルと壁まで後ずさってしまってもう後が無い。
それは、秋緒も壁を振り向いて自覚したようで青くなりながら……
能瀬は秋緒を閉じ込めるように、脅す様に大きく壁に手を付く。
ドンッ!!
そして低い声で言った。
「正直に言わないなら、殴る」
「ヒッ……!!」
もうこの時点で怯えまくりの秋緒はボロボロと泣き出してしまった。
それでも声を絞り出して……
「おかぁ、お母、さんにっ……もらっ……!!」
「嘘をつくな!!」
「嘘じゃありません!!」
何故か敬語で喚く。でも、その後の声は弱弱しく。
「もらい、ましたぁ……財布から……!!」
「!?」
「黙って、抜きましたぁ……」
「……」
秋緒がぐすぐすと泣く声で、能瀬からも力が抜ける。
(てっきり……コンビニで万引きしたのかと……!!)
とりあえずはホッとしたけれど、良く考えれば同じ事だ。
親の財布から金を盗んだという事だから。
「そう、か……」
「あ、ダメ……!!」
落ち着いて、胸倉を掴むと秋緒がまた半泣きで喚きだす。
顔とお腹を庇いながら。
「ヤダ!やめてぇっ!麗ちゃんはすぐ叩くんだ!顔はダメだってば!
え、えっと、あと、お腹と、お尻とぉっ!!」
「安心しろ、腹は手を出さない。危ないから。この前は悪かったな……
分かったら手を退けて、目と口を閉じてじっとしろ!!」
「――!!」
結局、言うとおり目と口をぎゅーっと閉じた秋緒。
「この大馬鹿野郎!!」
パァンッ!!
その頬を思いっきり叩いて、能瀬は冷たく言う。
「そう言えば、今日はまだお前の体、見てなかったな?」
「……!!」
「ほら脱げ!!両腕は!?太ももは!?」
「待ってやめてぇっ!うわぁあああん!ごめんなさぁぁい!」
またまた喚きだす秋緒を捕まえる。
最初こそ分からなかったが、偶然秋緒が自傷もしているらしいことが判明してからというものの、
体に傷が無いか確認する事も恒例行事になっていた。
強引にまくり上げた、左“腕”に2か所。刃物でできたらしい傷があった。
ズボンも脱がせて両足は無傷なのを確認して……そのまま秋緒を引き寄せる。
「ち、違うんです!大学生の時はすぐ治ったから大丈夫って思ったけど
なんか最近治んなくなっちゃってぇっ!!」
「治る治らないの問題じゃないんだ!お前は本当に……ッ!!いいからこっちへ来い!!」
「やだお尻打たないでぇぇぇっ!!」
「うるさい!!嫌ならくだらない事をするのをやめろ!!」
もうずっと怯えて喚いている秋緒を膝の上に乗せて
「やだぁぁあっ!ごめんなさぁぁい!だってお父さんが!
静かにしろって!静かにするんだったら僕は、もう、自分に……!」
下着も剥いで、能瀬は手を振り上げる。
「傷つけるしかやりようがぁっ……!!」
バシィッ!!
「うわぁあああああん!!」
「……おじさんとケンカになったのか?」
「うっ、ぐすっ、お母さんとケンカになったの……!!
腹が立ったから、物とか投げて、自分の部屋、滅茶苦茶にしてたら……」
一応はお尻を叩きながらも、身を捩る秋緒の話を聞いていた。
「んっ、う!おっ、お父さんが……!静かにしろって……!僕が、会社をクビになったのは、
僕が出来が悪いからだって……!!他にも色々、言われて、もうなんか死にたくなってぇぇっ!!」
「…………」
ビシィッ!バシィッ!!
「うわぁああん!ごめんなさい!頑張ったんだよ!?
こんな事しちゃダメだって!!でも、腹が立っても、悲しくても!!
静かにしなくちゃ……、静かにしなくちゃって!!
麗ちゃんの事、必死で……!!思い出したけど、どうにもならなかったぁぁぁっ!!」
「バカ!!」
バシィッ!!
「うわぁああああん!!ごめんなさぁぁぁい!!」
いっそう強く叩くと秋緒が余計に泣き出す。秋緒の言葉を聞きながら、
胸が締め付けられそうになりながら、能瀬は手を止めなかった。
バシッ!ビシッ!ビシッ!!
「おじさんは、お前のこと心配してるだけだ!お前を、傷つけようとして言ったんじゃない!」
「分かってる!分かってるけど、分かってるけど!!」
「静かにしてたいんなら、どうにもならないんなら、
“れいちゃん”抱いて布団の中に潜ってろ!!分かったか!?」
「分かったぁぁぁっ!ごめんなさぁぁぁい!!」
泣いて暴れる秋緒の体をグッと抱えなおして、改めて本題に入る。
「で、おばさんの財布からいくら抜いた?」
「ひっく、せっ、千円……」
「分かった1000、な」
冷静な能瀬の声に、さっき抱えなおしたばかりの体がまた激しく抵抗し出す。
「やぁあああああっ!!何が分かったの!?無理だよ1000回は無理だよぉぉっ!!」
「無理じゃない!!やるのは僕だ!それだけ叩けばさすがに懲りるだろ!?」
「もう懲りたよごめんなさぁぁぁああい!!」
バシッ!ビシィッ!バシィッ!
「うぁあああああん!痛い痛いぃっ!!もうしません!ごめんなさぁぁぁい!!」
「当たり前だ!不良中学生のみたいな事して、恥ずかしくないのか!?」
「だってぇぇっ!麗ちゃんにプレゼントあげたかったんだもぉぉぉん!!」
「っ……!!」
ここで、一瞬ほだされそうになった能瀬だけれど、気合いを入れて膝の上に怒鳴りつける。
「そんな“盗んだ”金で買った物、プレゼントなんて呼ばない!!分かってるのか!?
お前のやった事は“窃盗”だ“窃盗”!!」
「うわぁああああん!ごめんなさぁぁぁい!!」
ビシィッ!バシィッ!!
結構な力加減で叩き続けてしばらく経つだけに、秋緒のお尻も赤くなっている。
秋緒は最初から泣き通しの暴れ通しだけれど、本当に辛そうだった。
「麗ちゃぁん!痛い――!!わぁああああん!!」
「金が要るなら、きちんとおばさんに話して貰え!」
「だってぇぇっ!!」
「言い訳ばっかりするな!!」
ビシィッ!!
「うわぁああああん!だっ……ふぇっ、麗ちゃんの話するとぉ!
お母さんが僕と麗ちゃんを比べるんだもん!
僕が麗ちゃんみたいにすごいわけないのにぃぃぃっ!!」
「!!?」
「嫌だよもうバカにされたくないよぉぉッ!!誰の遺伝子だと思ってんだよクソがぁぁぁっ!!
優しいお父さんとお母さんが欲しいよぉぉっ!!うわぁあああああん!!」
「……」
バシィッ!!ビシィッ!!
「いっ、痛い!!ごめんなさいワガママ言いません!わぁああん!
痛い!助けてぇぇ!ごめんなさぁぁぁい!!うわぁあああん!!」
泣き喚きながらずっと“ごめんなさい”と“痛い”を繰り返す秋緒を、
彼の赤くなったお尻を見ていて、能瀬はそろそろ許そうかという気になった。
叩く手は緩めずに言う。
「本当に、反省したんだな!?もう絶対しないんだな!?」
バシッ!ビシィッ!!
「うっ、うん!!反省したから!もうしないからぁぁっ!!
あぁ、ダメェっ!!許してお願ぁぁぁい!!」
「今度やったら、今日のなんて比べ物にならないくらい叩いてやるから!!」
「うわぁああああん!!やだぁぁぁっ!ごめんなさぁぁい!!」
そこで、やっと能瀬は手を止める。
そして秋緒を起こして両肩を掴んだ。


「秋緒!!」
「いやぁぁぁっ!?何ィィィッ?!」
過剰反応気味の秋緒の瞳をしっかり見据えて、能瀬は言った。
「おじさんもおばさんもお前の事、大事に思ってる!
辛い言葉も言われたかもしれないけど、それは、お前がおばさんに“ぶっ殺す”って叫ぶ事とどう違うんだよ!!
何か嫌な事を言われたんなら、自分を痛めつける前に、憎しみで返す前に、話し合え!!
それが無理なら僕に言え!!聞くぐらいは聞くから!分かったな!?」
「う、うん……!」
秋緒は涙を流しながら頷いて、能瀬はさらに力強く言った。
「しっかり周りを見ろ!優しいお母さんもお父さんも、お前にはいるだろ!
持ってる物は望んだって手に入らないんだ!!」
「……!!……!!」
泣きながら頷く秋緒の声は声にならない。
「それに、優しい友達も……!!」
自分で言ってみて恥ずかしくなったけれど、言い切る。
「僕も、いるだろ……!!」
「麗、ちゃん……!!」
秋緒は本当に感極まった様子で、頬を染めて……
「……恋、人が……!!」
「!?」
「恋人がいない……!!」
とんでもない事を言い出した。
「バレン、タインなのに……!ねぇ、麗ちゃん……寂しいな……」
震える声はなおも言い募る。潤んだ視線が自信なさげに彷徨う。
「恋人、できたら、本気、出そうかな……!!」
(コイツ、何のつもりだ……!!?)
そうは思いつつ、能瀬は顔を秋緒に近づける。
「あ……」
そして――
思いっきり頭突きした。
「痛い!!」
「恋人とかそんな事は、就職してから考えろ甘ったれ!!」
「麗ちゃんのクソっ……」
その瞬間、悲しそうに暴言を吐こうとした秋緒を、能瀬が強引に抱き寄せて唇を押し当てるようにキスをした。
唇を離すと、目を丸くしている秋緒から目を逸らす。
「今のはサービスだからな!
おばさんが帰ってきたら、一緒に行ってやるから誠心誠意謝れよ?!」
「う、うん……!!」
秋緒が嬉しそうに能瀬に抱き付いてきて、
能瀬は自分がとっさとはいえやってしまった行動に、
……それが、まんざらでもない自分に、内心頭を抱えるのだった。


※能瀬の持ってきたチョコレートは、
きちんと謝った秋緒と、そんな息子の頭を引っ叩いた秋緒母と
能瀬で、修羅場が終わってから皆仲良く食べました。





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【作品番号 BSS35】

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