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ヤキモチ姫と黒の騎士



町で噂の大富豪、廟堂院家。
この屋敷の当主夫婦、廟堂院千賀流と絵恋、そしてその一番の側近である四判・月夜の4人が
まったりと午後を過ごしていた……と、思われた瞬間に起こった事件である。

「ねぇ、千賀流さんは私と四判のどっちが好きなの!?」
少し拗ね気味な絵恋の声が、唐突な質問を投げかける。
“千賀流さんの子供の頃の話が聞きたい!”との絵恋のリクエストで
思いのほか昔話のやり取りを続けてしまった千賀流と四判。
互いに(少し【絵恋 奥様】を蔑ろにしてしまっただろうか……)と後悔しつつ困ったように顔を見合わせる。
「それはもちろん、奥様に決まっているじゃないですか」
一瞬答えにくそうした千賀流をすかさずフォローした四判。
しかし絵恋は不機嫌そうに「貴方には聞いていないわ!」と声を荒げる。
「どうなの千賀流さん!?」
絵恋の縋る瞳。月夜の殺気交じりの視線も恐ろしい。
千賀流は絵恋と四判をチラチラ交互見しつつ、四判が安らかな笑顔で頷くのを見て、
(絵恋に悟られない程度)言いにくそうに……
「もちろん、君に決まってるじゃないか絵恋……」
「そ、そうよね!」
安堵して嬉しそうに抱きついてくる絵恋を抱きしめ返して、頭を撫でる。
そうして、こんな妻をも可愛いと思いつつ、四判に申し訳なくて。
ちょっとした仕返しを投げかけてみる。
「絵恋は、私と月夜のどっちが好き?」
「千賀流さん!!」
「へっ!?」
あまりの即答具合に変な声が出てしまって、思わず怖々月夜を見る。
月夜は静かに目を閉じて平然としていた。

それから少し経って……

「さっきはごめんね月夜!」
月夜が一人になった時を見計らって、千賀流はさっきの事を謝った。
しかし月夜の反応は清々しく淡々としている。
「何のお話ですか?」
「さっき、その……絵恋に変な質問をしてしまったから。君が傷ついてないかと思って」
「さっき、ですか……」
月夜の視線が鋭くなる。怒るかと、思ったら
「そうですね。何なのですかさっきの貴方は!?
絵恋様が“私と四判のどっちが好き?”とお聞きになったら
迷わず絵恋様をお答えするべきなのにマゴマゴと!
しかも、絵恋様は迷わず貴方を選んだというのに情けない顔をして!
あの場合はもっと喜びを露わにして、絵恋様に負けないくらいの愛情を示すべきです!!」
「えっ!?」
謝ろうとした事とは別方向で怒られてしまい、千賀流は慌てて謝罪を継ぎ足す。
「ご、ごめんね」
「以後、お気を付け下さい」
あくまで絵恋の事以外は冷静な月夜。
それでも、千賀流は一応さっきのフォローもしておく。
「絵恋は私を愛する気持ちと同じくらいに……君を愛して、信頼してるよ?」
「…………」
月夜は少し黙った後、ふわりと笑った。
「そのような事、貴方に言われずとも分かっております」
その後は「申し訳ありませんが、私は仕事がありますのでこれで」だけ言って歩いていってしまった。
千賀流は呆然と呟く。
「参ったな……彼女、やっぱり勝てないや」


****同日****

ガシャン!!

激しい音にメイド達が振り返る。
信じられない事にそこに立っていたのは彼女らのリーダー、月夜だった。
「す、済まない……」
微かに動揺を露わし、慌てて割れた食器を片そうとする月夜。
メイド達は真っ青になった。
「そ、そんな……月夜さんが小二郎レベルのミスをするなんて!!
これは天変地異の前触れだわ!!」
「つっきー大丈夫!?お熱測る!?」
慄く日向と心配そうな朝陽。
月夜は首を横に振って笑った。
「大丈夫。ちょっと気が緩んだんだ。今後は気を付けるから、構わず仕事を続けてくれ」
そう言って、月夜自身も(しっかりしなければ)と気を引き締めた。本当に。
しかしその後……驚異の凡ミスを連発する月夜。
花瓶を倒し、洗濯物は泥だらけ、花壇は消滅して、お菓子は塩の味。
さすがに月夜の様子がおかし過ぎて仲間達は阿鼻叫喚だ。
「いやぁぁあああっ!きっと明日にでも世界は滅ぶのよぉぉぉぉぉっ!!」
「つっきー!今すぐ病院行って!きっともう緊急手術が必要なんだよ!死んじゃやだぁぁぁぁぁっ!」
泣き喚く日向と朝陽に、月夜は申し訳なくなりながらもたじろいで反論する
「お前達そんな……大げさな」
「つ、月夜さん……」
と、声をかけられた。
思い詰めた表情の小二郎は、目にいっぱいの涙を溜めてこう言う。
「悩みがあるなら、オレ、相談に乗りますから……!」
「うっ……(確かに、こんな状態では足手まといになるし……)」
月夜は意を決して、仲間達にさっきの出来事を話してみた。

真剣に一部始終を聞いてくれた仲間達は瞳を輝かせ……
「「そういう事なら私達にお任せくださいッ!」」
「お、オレも!!」
妹メイド達の張り切り具合に、とても不安になる月夜。
かくして始まった“絵恋様の愛を取り戻せ大作戦会議☆”
彼女らの言い分はこうだった。
まず朝陽。
「あーちゃん、昔、彼氏の愛を確かめるためにわざとメールの返事遅らせたりしてたよ♪
つっきーも一日絵恋様と会わないようにしてみたら?絵恋様、つっきーの大切さに気付くかも!」
「いやいや!主を試すなんてメイドとしてどうなんだ!?」
で、日向。
「もう四の五のいわずに押し倒しちゃえばいいんですよ!」
「論外だろうが!どうしてお前はいつもそういう考えなんだ!」
ラスト、小二郎。
「えっと……ええと……絵恋様にお仕置きされればいいと思います!」
「お前達は特殊ケースだからな!?」
妹メイド達の助言は、月夜からすればまったく的外れだったが、
皆が一生懸命解決法を考えてくれた事は嬉しかった。
「ありがとうお前達。まぁ、その……参考にしてみる」
月夜は感謝を述べ、妹メイド達の応援の視線を受けながらその場から去った。
そして……歩きながら考える。
(そうだ、そろそろ絵恋様のマッサージを……)
ズキン、と心が痛んで、行きたくないと無意識が訴えて、片手で頭を抱えた。
(……まさか、あれくらいの事で……)
頭の中でさっきの声がまた響く。
『絵恋は、私と月夜のどっちが好き?』
『千賀流さん!!』
分かっていた事だ。絵恋が千賀流に恋をして、結婚したその瞬間から。
絵恋にとって、千賀流が絶対的な存在である事は。
ずっと前から知っていたはずだ。受け入れていたはずだ。
(今更……ショックを受けたというのか?メイドの分際で、主の最大の寵愛を望むなんて……
見返りを求めるなんて、“主にとって一番の存在”になりたいなんて、メイド失格だ。)
ショックを受けた事に動揺して、今はどうしても絵恋の顔が見られそうに無かった。
今のままでは、主に会う資格すら無いと思った。
(私は、どうすればいいのだろう?)
悩んでいた、その時。
「月夜――!月夜――!」
パタパタと、可憐な主の足音や声が聞こえてきた。
いつもなら即座に返事をして駆けつける月夜なのだが……
「!!」
「……あら〜変ね?あの子ったらどこへ行ったのかしら?月夜――!」
(なっ、何故私は隠れた!?)
絵恋の死角の壁にベッタリとくっつき、心臓をドキドキと高鳴らせる。
自分の行動が自分で理解できない。
(ま、マズイ……絵恋様が呼んでいるのに!早く、出て行かないと!)
いくら心に思って、自分の体へ“動け”と念じてみても動かない。
鼓動ばかりが早くなって、冷や汗が出てくる。
(あぁ、どうしたら……!)
固く目を閉じて深呼吸し、――結局マッサージは他のメイドに代打を頼んだ。

その後一日、月夜は絵恋の声が聞こえたら反射的に逃げるを繰り返していた。
近くの部屋に逃げ込んだり、壁の隙間に挟まったり、あの手この手だ。
絵恋も絵恋で必死に月夜を探しているらしく……
「誰か月夜を知らない?」
「もう!いつになったら月夜は来てくれるの!?」
「月夜ぉぉっ!私を差し置いてどこで何をしてるのよぉぉぉっ!」
だんだん、癇癪を起しかけてくる絵恋の声を聞くたびに、申し訳なくなる。
けれども体はいう事を聞いてくれない。
段ボールの陰で小さくなりながら、月夜は焦った。
(いくらなんでも、このまま絵恋様と顔を合わせないわけには……。
じきに入浴の時間がくるし、何としても……)
「おや?月夜さんこんなところで何を?」
「!?」
急に声をかけられて慌てて振り返った月夜。
見れば、初老の執事が不思議そうに自分を見下ろしていた。
今となっては“元”執事長となっている執事部隊の四判だった。
ふと、月夜の脳裏にある考えが浮かぶ。
先ほど……自分と同じ境遇に置かれた彼なら……
「あ、あの……」
解決の糸口を。
震える唇が言葉を紡ぐ。
「つかぬ事、お伺いしますが……」
四判は優しい笑顔で“何ですかな?”と続きを促してくれた。
「さっき、旦那様が貴方より絵恋様が好きだと仰った時、ショックに感じませんでしたか?」
「え?あぁ……特に感じませんでしたよ?お気遣いありがとうございます」
「……なら、良かったです(この余裕……やはり自分はメイドとして未熟だという事だろうか……)」
月夜はやや自信を落として俯く。
そうすると、四判がニコニコと言った。
「私は、“執事として”、千賀流様に愛されている自信がありますから」
四判の言葉も表情も本当に堂々として、月夜には眩しかった。
上手く笑えないまま四判に言葉を返す。
「さすがですね。貴方は、旦那様が生まれた時から彼にお仕えしてるんでしょう?」
「えぇ。身に余る光栄です」
「私も、絵恋様が生まれた瞬間から彼女のメイドでいたかった……。13年の空白は、長すぎる」
「月夜さん、時間の長さは関係ないのです」
四判はそっと月夜の傍にかがんで、彼女の手を取る。
「大切なのは、貴女が自信を持つ事なんです。奥様の愛情を信じる事なんですよ」
「!!」
「ふふっ、私も若い頃はそれはそれは幼稚な男でしてね〜……千賀流様が他の執事と仲良くしていたら、
よく嫌な気分になったものです。さらにおこがましい事に、私は我慢できずに聞いてみた。
“貴方の一番好きな執事は誰ですか?”と。子供にぶつけるにはあまりに子供な質問ですな」
ハッハ!と明るく笑いながら四判は続ける。
「お優しいあの方は、“もちろん君だ”と答えてくださいました。
でも、その後に困った笑顔でこうもおっしゃいました。
“だけど、君が僕のこの気持ちを信じてくれないなら、君はずっと不安だと思うよ?”と。
私は自分が恥ずかしくなりました」
「あ……」
「千賀流様は、私に主としての好意や愛情を向けてくださっている。
私達の間には確かな信頼関係があって、私は千賀流様に愛されている。そう信じられる。
そう思った瞬間、誰が一番で二番で……そんな事もどうでもよくなってしまったんです」
「…………」
月夜は言葉を失った。
“絵恋様からの愛情”……それを自分は信じ切れていなかったというのか?
四判の手は温かく、言葉はスッと胸に入り込む。
「奥様が、ずっと一生懸命に貴女を探しておられます。
貴女達の絆は出会う前の13年なんて感じさせないほど強い。
私から見てこうなんです。貴女はさぞ、実感していらっしゃるでしょうね?」
「えぇ……絵恋様は、私をとても信頼してくださっている……。彼女のメイドであることは、私の誇りだ!!」
月夜の表情にもう、迷いは無かった。
「ありがとうございます!四判さん!」
明るい表情で月夜は走り出した。
向かう先はもちろん……愛する主の元!!


「絵恋様!!」
バンッ!と、彼女らしくも無く扉を勢いよく開ける。
「月夜!!」
一瞬、嬉しそうな表情をしてベッドから立ち上がった絵恋。
けれどすぐに視線を逸らして仏頂面になる。
「おっ、遅いじゃない!どこで何をしていたの!?」
乱暴に、再びベッドに腰掛けて髪を弄り出す絵恋。
「マッサージの時間にも来なかったし、私が探してるのに全然いなくて……
お風呂も一人で入っちゃおうかと思ったわ………」
「申し訳ありません。私は……」
明らかに機嫌悪くむくれている絵恋に月夜が近づく。
それでも目を合わせず髪弄りを止めない絵恋。
「どんな大事な要件があったのかしらね!?私を放っておいて
美味しいお菓子でも食べながら遊んでいたのかしら!?」
「違うんです、絵恋様」
「私の許可も無く長秒間も行方不明になるなんて失礼しちゃうわ!」
「絵恋様!!」
月夜は勢い余って絵恋の肩を掴んでいた。
そのまま二人でベッドに倒れこむ。
「きゃっ!?」
「絵恋様、申し訳ありません、私は!!」
驚いて目を丸くする絵恋に、切羽詰った表情の月夜。
主に覆いかぶさったメイドは意を決して言う。
「……貴女が私より旦那様が好きだと言ったので、嫉妬してしまいました!」
「は?」
「それで、そんな自分が情けなくなって貴女に会い辛く、一日貴女を避けるようなマネをして……
本当に申し訳ありません!!」
「えぇっ!?貴女私の事ワザと避けてたの!?
信じられない!あんなに探したのに!悪い子ね!お仕置きだわお仕置き!」
「は、はい……」
絵恋は怒っているというより駄々をこねている感じでイマイチ威厳と言うか、迫力が無いのだが、
それでもいざ“お仕置き”だと宣告されてしまうと月夜も緊張する。
で、絵恋の次の行動はというと……
「月夜、脱ぎなさい!」
有無を言わさぬ命令。
月夜は逆らわずにベッドから降りて、下着を脱いでタイトスカートを捲りあげる。
そのまま絵恋の叩きやすいように、前屈のようにお尻を突き出す格好になった。
絵恋がすぐ傍まで来て緊張が高まる。手にはピンク色のパドルを持っているから余計に。
「このパドル可愛いでしょう?使ってあげるわ。嬉しい?」
「はい……」
嬉しくはないが、こう言うしかない。
絵恋が「ふふん♪」と一瞬ご機嫌にしたけれど、やっぱり怒ったように言う。
「もう!貴女は私のメイドなんだから、私が呼んだらすぐに来なきゃいけないのよ!
そう決まってるの!それなのに……ワザと私を避けた罪は重いわよ!」
「覚悟はしてきました。本当に、申し訳ありませんでした……」
「いいわ!これからそのお尻でたっぷり償わせてあげるから!」
パァンッ!
「あ……!」
さっそく打たれたお尻の痛みで、思わず声が漏れた月夜は慌てて歯を食いしばる。
どんな状況であっても絵恋に情けない姿は見せたくなかった。
けれど絵恋の方は
「痛い?でもまだ許さないわよ!」
ビシッ!バシィッ!
「ぅ、くっ……!」
張り切って月夜のお尻を打っている。
“これからが本当のお仕置きだ”と言わんばかりに。
そして、あまり抵抗の無い月夜のお尻を叩きながら、悠々とお説教(?)をしていた。
「大体、私を避けた理由が“千賀流さんに嫉妬した”って何なの?わけが分からないわ!
千賀流さんが私を一番愛してて、私が千賀流さんを一番愛してるのは当然じゃない!世界の法則よ!」
「そ、その通りです……!」
バシッ!バシッ!パァンッ!
「貴女、それなのに私に“千賀流さんより大好き”って言って欲しかったの?」
「っ……!」
改めて言葉にされると、月夜はとたんに恥ずかしくなってくる。
言葉に詰まるのを許さないと言うように、絵恋が次の一打を叩きこんできた。
バシッ!
「っあ!!」
「ねぇ、そうだったの?」
「は、はいっ!」
「それは無理だわ。我慢しなさい」
「はい……!」
覚悟はしていたものの、ハッキリと言われて心がしゅんとする。
その想いを振り払うように必死に言葉を紡いだ。
「申し訳、ありません!身の程を弁えない、勝手な、要求だと……」
「ん〜〜……そうね。千賀流さんの上に立とうなんて……いくら貴女でもワガママが過ぎるわよ!」
ビシンッ!
「うぅっ……く!!」
強く打たれて、一瞬体が揺らいだけれど月夜は耐える。声も押し殺す。
ビシッ!バシッ!バシッ!
「はぁ、う、ぐっ……!」
叩かれても、叩かれても月夜は耐えた。
ほとんどは“絵恋様に情けない姿を見せてなるものか!”という気合いの力。
けれども、何度も何度もお尻を打たれているとだんだん……
「あっ……!うっ!」
パァンッ!パンッ!バシィッ!
悲鳴も抑えきれなくなってきて、お尻も赤くなってくる。
耐えようとすればするほど制御が効かなくなって、嫌な汗ばかり吹き出した。
ついには絵恋にこう言われてしまう。
「月夜……貴女泣きそう?」
「んぁんっ!い、いえ!!最後まで耐え抜いて見せます!!(くそっ、声が……!)」
漏れた悲鳴に被せるように、慌てて叫ぶ。
“お仕置きに最後まで耐える”つもりだという彼女なりの誠意を。
それこそが月夜の理想の姿で、絵恋も満足するだろうと思っていた。
だから、次の絵恋の言葉は月夜にとって衝撃だった。
「どうして?私……貴女がお仕置きされて泣くところが見たいわ」
「なっ……!?」
バシッ!
「ひぅっ!そ、そんな、絵恋様……んあぁ!恥ずかしい、です!!」
言ってしまってから“何だか舌足らずな言い方になってしまった”と、月夜は赤面する。
要するに、彼女にとって“主にお仕置きされて泣く”なんて“メイドとして恥ずべき姿”なのだ。
だから、耐えると言ったのに。
それを訴えたのに絵恋は楽しそうにパドルを振るった。
「あら、貴女にも恥ずかしいなんて感情あったのね♪」
ビシィッ!
「ひぃっ……!」
なんと情けない声だろう、と。
月夜が思った瞬間に
「命令よ」
バシィッ!
「うぁああっ!」
激しい音と激痛。悲鳴が止められない。
愛する主の声は絶対服従の響きをもって言う。
「泣きなさい。“ごめんなさい。もうしません”って」
「お、お許しください……!それだけは……!!」
けれど月夜は逆らった。無意識に、真っ赤になってしまったお尻を揺らして。
思えば絵恋に対しての初めての反抗かもしれない。
けれど
「ダメよ♪今日の私は厳しいの!」
ビシンッ!バシィッ!
「あぁああん!!やぁぁっ!」
それも楽しそうな絵恋に一蹴されてしまった。
加えて自分が聞いた事も無い女々しい悲鳴を上げてしまって月夜はますます焦って混乱していく。
「だ、ダメです……!ダメ……!」
半分は自分に言い聞かせるように、月夜は呟く。
お尻は痛くて堪らない。膝が震えそうだ。
けれど月夜の中で“メイド”とは“姫を守る騎士”なのだ。主の=姫の前で無様な姿を晒すわけには……
「うっふふ♪可愛いわね月夜……でも、泣くまで許してあげないから♥」
「え、絵恋様ぁ……!」
「ダメよ!絶対ダメ!そんな可愛い貴女を見てたら何が何でも泣かせたくなっちゃったわ!」
本当に、絵恋が楽しそうな事だけは何よりの救いなのだけれど。
自分からは見えない絵恋の楽しそうな顔を想像した月夜は心がほっこりと温かくなってそして
パァンッ!
「いひぃぃっ!」
「我慢しちゃ、ダメだってば!泣きなさいよ!ほらぁっ!」
バシィッ!ビシッ!バシッ!
「んぁはぁぁぁあああぅ!!」
姫の前で人生最大の醜態を晒した。
「ご、ごめんなさい!絵恋様、ごめんなさい!ごめんなさいぃぃぃぃっ!」
騎士も聖女も痛いものは痛い。
月夜はボロボロと涙を流して大声で泣いた。自分が嫌になるほどの情けない声で。
「あぁあああん!いやぁあああああっ!ごめんなさい!あぁっ、もうしません――!」
「あっははそうよ!そうそう!それでいいの!今日の月夜は本当に可愛いわ〜〜♥」
そんな月夜の姿は絵恋をとても喜ばせ、余計にヒートアップさせて
余計にお尻叩きを激しくさせてしまう。
パァンッ!パンッ!バシィッ!
「やっ、やめてぇぇっ!やめてください!ひゃぅぅっ!痛い!痛いですぅぅぅ!!」
「だぁ〜めっ♥私に寂しい思いをさせた罰よ!
今日は可愛い月夜を思いっきり堪能しちゃうんだから!」
「あはぁあああん!絵恋様ぁぁぁぁ!うわぁぁああああん!!」
少女のような悲鳴とは裏腹に
(何なんだこれは……何なんだ……何なんだ……これは何なんだ……)
騎士・月夜の絶望と後悔は、とても冷静に頭の中をグルグルと回っていた。


そして、絵恋がやっと満足してお尻叩きが終わって。
月夜が絵恋に思いっきり抱きついて泣いて甘える……

わけが無い。

必死に涙を拭って鼻をすすって一刻も早くいつもの平静を取り戻そうとしていた。
「え、絵恋様……!大変、お見苦しい姿を!」
すでに取り戻していた。
「むぅ、つまらないわね。もっと泣きながら私に甘えればいいのに!」
「そ、そういうわけには……!」
まだ目を潤ませながらも、困った顔をする月夜に対して絵恋は悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、きちんとお仕置きを受けた月夜にご褒美をあげるわ♪」
「えっ……!?」
ずいっと絵恋の顔が近づいたかと思うと。

ちゅっ♥

唇同士が一瞬だけ触れ合う軽いキス。
「ぇっ、ふぇっ……!!」
“絵恋様!!”が言えずに赤面して唇を手で覆う月夜。
絵恋がそのまま月夜に抱き付いて言う。
「月夜、大好き♥」
「!!」
「私は千賀流さんのものだけど、貴女は私の物よ♥それでいいでしょう?」
「はい……!!」

月夜は、涙が出そうなほど嬉しかった。
そして……
『一日絵恋様と会わないようにして』『押し倒し』『お仕置きされる』
結局、アイツらのアドバイスは間違っていなかったと、冷静に思った。


【おまけ】

四判「奥様、少しよろしいですかな?」
絵恋「何よ」
四判「奥様と月夜さん、私と千賀流様……仲がいいのはどちらでしょう?」
絵恋「それは私と月夜に決まってるわ!」
千賀流(ナイス四判!)
月夜(絵恋様……!!)


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【作品番号】BSE13

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