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いつも以上に大きい月夜




町で噂の大富豪、廟堂院家。
この屋敷の若奥様の絵恋と彼女のメイドの月夜は今日、二人で入浴していた。
夫の千賀流がいる時は何を差し置いてでも彼と入浴している絵恋だけれど、
彼の帰りが遅くてかつ、月夜以外のメイド達とタイミングが合わない……あるいは絵恋が望む時、
こうして二人で入浴する事はよくあった。
もとより絵恋が子供の頃は毎日こうだったのだ。

いつものように絵恋の髪や体を丁寧に洗ってあげると、絵恋も瞳を輝かせて「今度は私が月夜を洗ってあげる!」と
張り切るので月夜は身を委ねていた。
しかし、いつもと違ったのは月夜の体に泡を塗りたくっていた絵恋が急にこう言い出した事。
「ねぇ、月夜?貴女どうしていつも胸を隠しているの?こんなに大きいのに隠してしまうなんてもったいないわ」
「え、絵恋様……」
無遠慮に胸を掴んでくる絵恋を振り払う事もできず、月夜はやや頬を赤らめて困った顔をする。
“貴女を守るのに重い脂肪の塊は邪魔なだけだ”と答えるよりも、絵恋の次の言葉の方が早かった。
「そうだ!一回、明日一日胸を隠さずに過ごしてみてよ!面白そう!」
「え?!」
「皆きっと驚くわ!それに貴女も案外隠さない方が快適〜♪なんて、思うかもしれないわよ?」
楽しそうにしている絵恋の言葉に、月夜が逆らうはずもない。
不安もあったがすぐにこう答えた。
「仰せのままに」
「うふふ♪明日は楽しくなりそうね!」
絵恋の笑顔が何よりも嬉しい月夜は、それだけで満足だった。


次の日、絵恋の言いつけどおりにサラシで胸を潰さずに出てきた月夜。
けれどいざこうしてみるといつもと違う感覚が妙にソワソワする。
(やはりこの姿は落ち着かないな……戦闘力も下がってしまうし。
けれど、今日に限って強大な敵が現れることはまぁ無いだろう。大丈夫だ……)
つらつらとそんな事を考えながら、絵恋の部屋へ向かった。
月夜を見た途端、絵恋は嬉しそうに笑う。
「あら月夜!ちゃんと隠さずにきたのね?いい子ね」
「ありがとうございます」
絵恋がすっと手を伸ばすのと月夜が跪くのはほぼ同時だった。
嬉しそうな絵恋に頭を撫でられて、それだけで月夜はサラシを巻いていない違和感も吹き飛ぶほど満たされてしまう。
「そうしてたら貴女、やっぱり女の子って感じだわ♪」
「毎日こうしていた方がよろしいでしょうか?」
「それもいいわね♪ねぇねぇ、他の子はどんな反応だった!?」
「まだ貴女にしか会っていませんよ……」
キラキラと瞳を輝かせる絵恋にそう微笑みつつ返して、月夜はすぐに
(絵恋様に満足していただく為には、この姿を誰かに見せた方がいいらしい……)と考えを巡らせる。
「小二郎あたりにでも……見せてきましょうか?」
提案したのはそんな人選だった。
騒ぎ立てそうな朝陽を除外、日向はもちろん論外で……他のメイド達に見せるのも気恥ずかしいので、この結論。
絵恋は最初こそ「小二郎?」とキョトンとしていたけれど
「小二郎、小二郎ねぇ……いいんじゃない?」
最終的にはにっこり笑って納得したようだ。
「あぁ〜〜!他の子の反応が見てみたい!今日は一日貴女にくっついていようかしら♪」
と、うずうずしている絵恋を「結果はご報告しますから」と、どうにか宥めて……月夜はさっそく任務を実行へと移す。
ひとまず見回りついでに小二郎を探して歩いたのだけれど見つからなかった。
(どこへ行ったんだ?)
その疑問と共に真っ先に浮かんだのは、執事の“鷹森”の顔。
仲の良い……ついに恋人にまで関係を進めた二人が仕事そっちのけでお喋りしている姿が頭に浮かぶ。
(決めつけは良くないけれど……行ってみる価値はありそうだな)
月夜はナイスバディ―のまま執事達の方へと歩みを進めていくのであった。


そして、月夜は鷹森を見つける。
しかし一緒にいたのは小二郎ではなくて……
「それが信じられないくらい親しげな感じでさ――!すっげぇ優しい声で!
絶対あの電話、彼女だと思うんだよ!お前どう思う?」
「そうですね……能瀬さん、カッコいいから恋人がいてもおかしくないとは思いますけど……」
「だよな!執事部隊の人間国宝かつ情報屋としては見逃せない事件だぜ!
これは近々取材に行かないと!!でももう名前は仕入れてるんだぜ!?“あきよ”さんだ!」
「(でもそれ盗み聞きじゃ……?)あ、あんまり詮索すると失礼かもしれませんよ……??」
珍しく(?)和やかに掃除をしている鷹森と、門屋のコンビだった。
(何だ?小二郎は一緒じゃないのか?)
ガッカリ気味の月夜だったけれど、気分を切り替えて二人に歩み寄る。
「お疲れ様二人とも。お前達に聞きたいことがあるんだが」
「あ!月夜さん……」
「お疲れさ……」
「「!!?」」
月夜の方を見た執事二人は分かりやすく目を見開いて硬直する。
そのまま数秒、時が止まって。
先にハッとした表情で動きを見せたのは門屋の方だった。
「おっ、お前なに月夜さんの胸ジロジロ見てんだよ!小二郎に言いつけんぞ!?」
「えっ!?みみみみ見てませんよ!!門屋さんこそ見てたじゃないですか!!」
「ふざけんなドスケベ野郎!!俺に罪をなすりつけんじゃね――よ!!ぜってー小二郎にチクってやるからな!」
「うわぁぁやめてください!お願いですから!!」
真っ赤な顔で言い争いを始める二人。月夜は一瞬にして呆れ顔だ。
くだらないケンカを止めようと声をかけそうになって、
しかし、ここで新たな執事が向かってくる。
「リーダー!ちょっと用事が……うぉっ!?」
新たに輪に加わった執事の相良は月夜を見るなり驚きの声を上げて、慌てて口元を隠す。
その後、何事もなかったかのように笑って言う。
「月夜さん、お疲れ様です」
精一杯の爽やかスマイル。しかし恥ずかしそうな表情も滲み出ている。
その頑張っている相良を見て怒りの声を上げるのは門屋だった。
「テンメェェェェッ!!月夜さんの胸見てデレデレしてんじゃねーよド変態が―――っ!!」
「してないしてない!!誤解ですよリーダー!!」
「しんっじらんねぇッ!お前が変態の噂を捏造して流してやる――――っ!!」
「落ち着いてくださいってば!ちょっと驚いただけなんですよ!」
鷹森の時より必死になって怒っている門屋。オロオロする鷹森と相良。
月夜は小さくため息をついてその場を去る事にした。
(ここにいたら余計な混乱を招きそうだな……)
くるっと踵を返して歩き出すと後ろから呼び止める声がする。
「月夜さん!!」
振り返ると申し訳なさそうな表情の鷹森が追いかけてきていた。
彼は怖々の上目づかいで遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「あ、あのっ、みんな本当にびっくりしただけなんです!
でも……失礼な反応してごめんなさい……!傷つかないで、くださいね?」
「……大丈夫だ。驚かせて悪かったな。アイツらも上手く仲直りさせてやってくれ」
月夜は鷹森の頭を軽く撫でて、目線で門屋と相良を指す。
両手で顔を覆ってしまっている門屋と、必死で何かを弁解している相良はまだ揉めているようだ。
鷹森もそれを見て……そしてしっかりと頷く。
「はい……!」
「頼んだぞ」
先ほどより、幾分か気持ちが軽くなった事を鷹森に感謝しながら
月夜はまた歩き出したのだった。



次に小二郎を探している月夜が出会ったのはイル君だった。
当然の事ながら小二郎は一緒にいないようだ。
「お疲れ様。お前小二郎の居場所を知らないか?」
月夜が声をかけ、その姿を見た瞬間にイル君は体をビクつかせる。
普段は冷静な表情が、目に見えて凍りついた。
「…………」
「…………」
「……こっ……」
「こ?」
「故郷の、幼馴染を思い出してしまいました……」
「そ、そうか……」
分かりにくいけれどイル君は混乱の為、関係ない言葉を返した模様。
しかし、1秒後にはハッとして慌ててこう付け加える。
「あ、す、すみません!!小二郎君なら上倉君と一緒に……いたと思います。今どこにいるかは分からないのですが」
「分かった。ありがとう」
「い、いえ……」
メガネをすっと持ち上げながら月夜から顔を逸らすイル君。
月夜は颯爽と立ち去ろうとする。しかし……
「月夜さん!!」
またしても呼び止められる月夜。
振り返ると、イル君がやや頬を赤らめた真剣な表情で、親指を立てた“good”のポーズな両手をピンと突き出して言った。
「いいと思います!!」
「……あ、ありがとう……(何だあのポーズは……彼なりのフォローだろうか?よほど混乱してるらしいな……)」
月夜は胸を上下に揺らしながらさらに歩みを進める。
ここまで、皆があまりにも驚くのでやや気落ちしてきた。
そんな彼女に新たなる試練が降りかかる。


「だっ、誰だお前は!!?」
「…………」
認識すらされないという絶望感を乗り越え、月夜は対面した小さな主×2に笑みを返した。
「月夜でございます」
「は!?つ、月夜だって!?お前、だって、そのっ……!!」
自分を指差した手をわななかせながら真っ赤になっている千早。
そして真っ赤になって目を見開いて硬直している千歳。
月夜はだんだん心の中が無我の境地に至っていくのを感じる。笑顔もアルカイックスマイルだ。
千早はそんな月夜をキッと睨みつけて、千歳を庇うように彼の前に腕を伸ばす。
「気を付けてください兄様!!あそこに何か武器を隠しているのかも!!」
月夜は安らかな笑顔で双子にこう問いかける。自暴自棄気味に。
「お見せしましょうか?」
「ヒッ!?いいいい要らないッ!!くそうこれだから女はッ!!行きましょう兄様!あんなの目の毒だ!」
真っ赤な顔の双子は逃げるように月夜の元から去っていく。千歳は一言も言葉を発しなかった。
(……早く小二郎に会おう……)
疲れた表情の月夜は、ぐっと自分の胸を押しつぶしてまた歩き出す。
バインと戻ってきて元の大きさを保つ自分の胸に憂鬱になりながら。


そうしてやっと、とある一室で小二郎を見つけ出した時、月夜は思わず弾んだ声と笑顔で叫んでしまった。
「小二郎!!探したぞ!!」
「あ!月夜さん!」
「月夜さんお疲れ様で……」
笑顔だった上倉兄妹。しかし、彼らもお約束通り目を見開いて……
「つ、月夜さん……めちゃくちゃオッパイ大きいじゃないですか!!」
「おにぃッッ!!」
誰も言わなかった正直な感想を叫ぶ上倉と真っ赤な顔で兄を怒鳴りつける小二郎。
月夜は握った拳を震わせる。
(くそっ!!小二郎がいなければ今すぐ殴り飛ばしてやったものを!!)
必死に衝動を我慢する、怒れる月夜を更なる悲劇が襲った。
バタバタと騒がしい足音が、明らかに複数人が部屋に雪崩れ込んでくる。
「上倉さん!!何事です!?今、“めちゃくちゃオッパイ大きい”という単語が聞こえましたが!!」
「どこですか?!“めちゃくちゃ大きいオッパイ”はどこなんです!?」
「ちょっと!!今、“めちゃくちゃオッパイ大きい”聞こえたので飛んできました!!」
「めちゃくちゃ大きいおっぱい!おっぱい!!」
その複数人は月夜を見て……
「「「「うわぁあああああっ!!めちゃくちゃオッパイ大きいィィィィ!!!」」」」
「黙れよお前ら――――っ!!!」
おっぱい星人の執事達&小二郎の叫びが部屋の中に響き渡る。
今度こそ月夜は我慢しなかった。

時間にして十数秒。

真っ青で立ち尽くす小二郎の傍に執事達の屍が転がる。上倉も倒れたまま動かない。
首をサッと振って髪を払い、短く息を整えた月夜は言う。
「小二郎」
「ヒィッ!?」
「どうだろうか?今日の私は」
「あっ……ぁっ……」
爽やかな笑顔の月夜に対して
小二郎は涙目でガタガタと震えながら必死に声を絞り出す。
「とっ、とっても素敵です!!オレも月夜さんみたいな胸になりたい!!」
「ありがとう。お前、用が済んだら早く戻って来いよ?」
「はっ、はいっ!!」
立ち去った月夜の背後で、小二郎がぺたんと腰を抜かしていた。


(疲れた……しかし、これで任務は果たせたな……)
スッキリした表情でメイド部隊へ帰ってきた月夜。しかし彼女は忘れていた。
「あ!つっきーお疲れ様―!!」
「月夜さん!お疲れ様で……」
メイド達の反応とて、執事達と変わらないという事を。
驚いた表情の朝陽と日向。すぐに元気な朝陽がはしゃいだ声を上げる。
「あれぇっ!?どうしたのつっきー!今日はサラシしてないの!?」
「――――」
嬉しそうな朝陽の隣で日向が無言で天を仰ぐ。
(日向?)
すぐにでもいつもの妙な絶叫が聞こえると思っていた月夜は無言で虚空を見上げる日向を不思議に思った。
その、一瞬の隙だった。
「あっ!!?」
聞こえたのは朝陽の悲鳴。
月夜は気づく。すごい勢いで自分と距離を詰めていた……目の前に低く潜り込んでいる日向の姿に。
「もらったッ!!」
「なっ!!?」
驚きながらとっさに身を引いて、日向に足払いをかける。
バランスを崩した日向は器用にバック転をして着地し、体勢を整える。その眼を妖しくギラつかせながら。
朝陽が心配そうに声をかける。
「ひなちゃん!どうしたの!?ケンカはダメだよ!!」
「ケンカですって?あーちゃん、違うわよあーちゃん……月夜さんは、巨乳を解放すると戦闘力が32.8%落ちるの。
これはまたとないチャンスなのよ?今なら……ヤレル!!」
「何をだ」
月夜の呆れ顔ツッコミも日向には届かない。
何かに憑りつかれたかのようにゆらりと体を揺らし、笑みを浮かべてさらに攻撃する気満々らしい。
感情の高ぶった震える大声を上げた。
「私ハ!自分で言うのもなんだけどメイド部隊で2番目に胸が大きいノ!!
だから自分より大きい胸を揉める機会がなかなか無イの!!
このチャンス勝ち取って見せルワァァァアアア!!」
「やめなよ!ひなちゃんじゃ勝てないよ!」
朝陽の制止を振り切った日向が狂ったように月夜に突っ込んでいく。
「見くびられたものだな……」
小さくそう言った、今度の月夜は冷静だ。
冷静に日向の動きを見切って……床に叩きつけていた。
「べふっ!」と突っ伏した日向の頭をぺシッと軽く叩いて声をかけた。
「お前、メイド長に暴力を振るったからには覚悟完了という事だな?」
「あ……うっ……」
「……返事なんて聞かないけれどな。さぁ行くぞ!」
月夜は日向の片足を持ってズルズルと日向を引きずりながらどこかへ消えてしまった。
「まままま待ってつっきー!せめて体は持ち上げてあげて!」
朝陽がそう声をかけて時には、もう二人はいなかったという。


そして、日向の行先はと言うと……
バシィッ!!
「きゃ――――っ!!痛い痛いごめんなさ――い!」
大きな打音と悲鳴が響く空間の中。
彼女はメイド長の膝の上で裸のお尻にパドル打ちを受けていた。
「お前ならこの程度の罰は慣れっこだろう?」
「慣れません!こんなの、慣れませんから!!」
「だったら少しは反省したらどうなんだ!」
ビシッ!バシッ!
「いっ、いやぁああああっ!!」
「毎回毎回、大げさに叫ぶくせによく叩かれるような事を繰り返す気になるな……」
強く叩いているのですでに真っ赤になりかけているお尻を見下ろして、月夜が呆れた声を出す。
日向は「ぐすん」と鼻をすすって泣きそうな声で言う。
「いつも言ってるじゃないですか!悪気はないの!ゆ、許してください!」
「悪気はないけれど反省もしないんだろう?却下だな」
バシィッ!!
「きゃぁあああああっ!いや―――っ!やめて痛いですぅぅぅぅ!!反省ならしてるんです本当ですぅぅぅっ!」
「静かにしないか。下手したら朝陽よりうるさいぞお前」
「なっ、何ですって!!?その様子詳しくッ!!」
「なるほど“反省している”って言うのは嘘だったらしいな?」
また一つ、月夜が大きくパドルを振り下ろす。
バシィッ!!
「いひぃぃぃぃぃぃっ!?」
のけ反って大声を上げる日向に、月夜は何度もパドルを振り下ろした。
バシィッ!!ビシィッ!バシッ!バシッ!
「いやぁあああああっ!痛い!痛いぃィぃぃっ!!
反省してるのは、本当なのぉぉぉっ!信じてくださいきゃぁあああああっ!!」
「黙っていろ。そんなに叫んだら喉が潰れるぞ?」
「そんな事言ったって!そんな事言ったって痛いんですぅぅぅぅぅっ!!」
真っ赤なお尻で尋常じゃない悲鳴を上げている日向。
普通に考えれば可哀想な光景なのだけれど、日向は絶叫魔なので彼女にとってはこれが通常で、
だから月夜はすぐには許さないつもりだった。
「いい加減にその不埒な素行を直せ!今日はそのつもりで厳しくするからな!?」
ビシィッ!バシッ!バシッ!
「ひゃぁああああああっ!いやぁあああああっ!もうだめなのぉぉっ!やめてぇぇぇっ!」
必死で抵抗するお尻を叩きつけて、を繰り返しているのでもう真っ赤になっている。
泣き声のような必死さだけれどこれはただの悲鳴だ。
「あぁあああああん!やぁぁぁああああっ!!わぁああああああっ!!」
バシィッ!!ビシィッ!バシッ!
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!!いやぁあああああっ!いやぁああああっ!!」
それでも叩いて叩いて、していると……
相変わらずの大絶叫の日向だが、次第に合間の呼吸がゼーハーと荒くなってくる。
(このままだと呼吸困難に……)
心配になった月夜はいったん手を止めて日向に声をかける。
「日向。叫び過ぎだ。いったん深呼吸しろ」
「ハ――――、ハ――――……」
大きく息を整えていた日向が、落ち着いてくると声を震わせて懇願してきた。
「おっ……お願いです月夜さん!うっ、もう許してください……!」
「今日は厳しくすると言ったはずだが?」
「やっ……もう、嫌なんです!!ぐすっ、もうやめてぇっ……ひっく、ごめんなさい、
許してくださいぃっ……うぇぇっ……!!」
手を止めているにも関わらず一気に泣き出した日向。
叫ぶことに必死で意識の外に飛ばされていた恐怖が一気に溢れだしたようだった。
こうやってしおらしくされると可哀想になってしまう月夜だけれど、ここは心を鬼にする。
「お前は反省してるんだろう?」
「してます!して、ますからっ……!!」
「だったら、罰は最後まで受けるんだ」
「いっ、いやぁぁぁ……!!」
俯いてボロボロ泣きながら首を振る日向。
しかし彼女はここでハッと顔を上げる。
「そっ、そうだわ!!あの時の私はどうかしてたんです!そうよ!霊に憑りつかれていたの!
私の意思じゃなかったんです!だから、許してください!お願いです!」
(何だそのいかにも“今思いついた言い訳”は……)
「わ、私……わたしもうこんな事は、しないから……!!」
日向の声が弱弱しくなっても月夜は態度を変えなかった。
淡々と告げる。
「そうか霊か。大変だな。安心しろ、私が叩き出してやるから」
「いやぁぁぁぁああああああ!!」
逃げ出そうとする日向を押さえつけて、赤くなっているお尻に思いっきりパドルを叩きつける。
バシィッ!!バシッ!バシンッ!
「う、あっ――うわぁああああ――んっ!!」
「泣いても許さないからな?」
「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさぁぁぁぁい!!
やだもう痛いぃぃぃぃぃぃっ!!」
ビシィッ!ビシッ!バシッ!
泣いているところに肉体的にも痛めつけられて、日向は子供のように泣き叫んで謝り始める。
「もうしません!もうしませんからぁぁぁっ!あぁぁぁあああん!
いやぁああああ!こんなの嫌ぁあああああっ!!」
「お前はいつもいつもそう言う」
「うわぁあああああん!!うっ、ぅぅぅ――――っ!!
今度こそ本当ですぅぅぅぅっ!うわぁあああああ――ん!」
ビシィッ!バシッ!バシッ!
「きゃぁああああああっ!!やめてくださいぃぃぃぃぃっ!!」
泣き叫ぶ日向を無視してしばらく叩き続けて。
再び日向が呼吸困難に陥りそうになった時に月夜はようやく彼女にお仕置きの終わりを告げる。
泣き叫んでいた勢いそのままに日向は起き上がって月夜に抱き付く。
「酷いわ月夜さん!!メガネをかけている人間を泣かせるなんてぇぇぇぇっ!!うわぁぁああああん!
私のメガネが塩田になるぅぅぅぅぅぅっ!!」
「外せばいいだろう……本当に反省してるのか?」
「してますごめんなさぁぁぁぁあい!!」
月夜は呆れつつも泣いている日向を撫でて宥める。
厳しくしてしまったので突き放せないし、問題児だけれど日向も月夜にとっては可愛い妹メイドなのだ。

だから、泣いている日向が思いっきり胸を鷲掴みにしていた事は“無意識だ”と自分に言い聞かせて見逃した。


月夜が長い一日を終えて、再び絵恋の元へ戻ると絵恋が待ちかねたように瞳を輝かせる。
「月夜!やっと帰ってきたのね!どうだったの皆の反応は!?」
「皆して、私を珍獣を見るような目で見ていました……」
月夜は笑顔で答えたつもりだけれど、絵恋は顔を曇らせた。
「そうなの?貴女が嫌な思いをするなら、胸なんか隠していていいわ!今日はごめんね……」
「絵恋様……!」
絵恋の優しい言葉に月夜が感動していると、部屋の扉が開く。
入ってきたのは上品な壮年だ。
「ただいま、絵恋」
「千賀流さん!!」
(まずい!)
この千賀流の登場に月夜は緊張して、真剣に悩む。
(旦那様は人格者だけれど、なかなか性欲旺盛なところがある……!
もし、絵恋様の目の前で私の胸に反応を……良くない反応をされてしまったら……!!)
千賀流は決して“性欲旺盛”でもないけれど、むしろ絵恋が彼の気を引きたいがために色仕掛けを使っているのだが、
絵恋贔屓の月夜フィルターにかかれば“千賀流が紳士な顔をしたケダモノ”と、そう見えていた。
月夜にそんな誤解+心配をされているとも知らずに、千賀流はいつもの優雅な笑みを浮かべた。
「月夜もただいま。今日もずっと絵恋と遊んでくれてたの?」
(え……?)
目を丸くする月夜の目の前で絵恋が悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「あら、千賀流さんは驚かないのね」
「何がだい?」
「今日の月夜はいつもと違うところがあるのよ!」
「う〜ん……どこだろう?いつも通りの月夜だと思うけど」
月夜と絵恋を交互に見ながら千賀流が不思議そうにしていると、
ますます楽しそうな絵恋が得意げに人差し指を立てる。
「正・解・は!サラシを巻いてないの!いつもより胸が大きいでしょ?!」
(ハッ!!)
今度こそ内心で月夜は構えた。しかし……
「あ、本当だ!そうか。そうだったんだね。気が付かなくてごめんね月夜」
「いいえ……(旦那様……)」
「千賀流さんも案外鈍いのね♪」
「あはは、参ったな……」
千賀流は微笑みながらキャッキャと楽しそうにしている絵恋に自然と近づいて、
頬にそっと触れながら彼女の長い髪を梳いて、抱き寄せる。そして甘い声で絵恋に囁いた。
「可愛い君の変化ならすぐ気が付くんだけれど……」
「千賀流さんったら♥♥」
(模範反応だ!!素晴らしい!)
完璧に絵恋を喜ばせた千賀流に感激の眼差しを向ける月夜であった。


※ちなみに、次の日からはサラシを巻いた通常装備に戻った月夜であった。



【おまけ】
千賀流「っはぁ〜〜……」
四判「おや?いつもよりお疲れですか千賀流様?」
千賀流「君は今日の月夜を見た?いつもと違ってサラシを巻いていなくて……目のやり場に困ったよ……。
    と、いうか平静を装って見ているしかなかったんだけれど。もう必死さ。
    絵恋の前だったし、下手な反応をするわけにもいかなくて……」
四判「それはそれは……」
千賀流「絵恋はご機嫌だったし、月夜もいつも通りだったから、上手く、やれたとは思うんだけどね……」
四判「さすが千賀流様。大変でしたな」
千賀流「明日はいつも通りの月夜に戻っていて欲しいよ」
四判「……千賀流様、意外と巨乳に弱いのですか?」
千賀流「やめて!違うよ!!わっ、私は絵恋ぐらいが一番ッ――あ!いやそのっ……!!」
四判「ほっほ!ごちそう様でございます♪」
千賀流「ううっ……本当にいじめないでくれよ四判……」




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【作品番号】BSE12

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