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シャルルのワクワクバレンタイン




名門、二城条家。
その二条城家の一人娘のシャルル(紗瑠々)。
まだ幼いけれど心優しい少女はバレンタインデーも近づいたこの日、
自分の部屋で泣いているメイドを一生懸命慰めている。

「うぉぉぉぉん!うぉぉぉぉん!」
「元気を出して鼈甲丸?貴方なら、きっとまたすぐいい人が見つかるわ」
男泣きしているムキムキの益荒男メイドが小さな女の子に慰められている光景はなかなかシュールだけれど
当人達にとっては真剣そのものだった。
しばらくしてその輪の中にもう一人が加わる。
「いつまで泣いているの鼈甲丸?お嬢様に心配をおかけしてはいけないよ?」
優しい口調で、ポンと鼈甲丸の頭を撫でるのは彼の兄の琥珀丸。
兄といっても容姿で言えば全く似ておらず、こちらはメイド服を着ていても違和感のない美少女少年だった。
「うぅっ……!兄者……!」
「僕は、お前が変な男に引っかからなくて心底安心してるよ。泣いてばかりだと新しい恋も逃げてしまうよ?」
「そうよ鼈甲丸!貴方は早く元気になって新しい恋を探さなきゃ!」
兄と主の二人がかりで慰められ、泣いていた鼈甲丸は元気を取り戻したらしい。
ぎゅっぎゅと涙を拭って笑顔を作った。
「お嬢様……兄者……心配をかけてごめんなさい!我はもう大丈夫!新しい恋を探します!」
「その意気だよ鼈甲丸!」
「応援してるわ!頑張ってね!」
やっと、全員が笑顔になる。
全世界の男性が戦慄する言葉を残して、元気に仕事を始める鼈甲丸を見つめながら
顔を見合わせて笑いあったシャルルと琥珀丸だった。

ところで、鼈甲丸の泣いていた原因はこうだ。
彼は前に潜入した廟堂院家の屋敷で出会った、優しくて美形な青年執事に恋をした。
どうにかお近づきになりたいと思っていたけれど琥珀丸がとある情報を手に入れた。
情報源は琥珀丸が友達になったその執事の弟からのメール。
要約すると……
“兄は確かに優しいけれど、こと恋愛に関しては倫理観が完全に崩壊している。
救いようのない浮気性で、現在も恋人が何人いるか分からない状態だ。純粋な子は付き合うのはよした方がいい”との事。
だから琥珀丸は真実を鼈甲丸に伝えて諦めるように説得した。
純情な鼈甲丸はこの事実に怒り、そして嘆き悲しんだ。と、いう感じだ。
シャルルは琥珀丸の持ってきたミルクティーを飲みながらため息をつく。
「それにしても、世の中には酷い男の人がいるのね……。鼈甲丸、“チョコを渡したい!”って張り切ってたのにかわいそう」
「…………」
「あ!ごめんなさい琥珀丸!貴方のお友達のお兄様を悪く言うなんて……」
慌てて謝るシャルルに、琥珀丸はにっこりと笑って見せる。
「いいえ。僕も同じ気持ちですよお嬢様。だから真実を教えてくれた友人には感謝してるんです。
自分の兄を悪く言いたくはなかったでしょうに……」
「そうね。貴方のお友達は良い方だわ」
「僕としては、そんな友人に心配をかけているその兄の気がしれませんね。
お尻を叩いてお説教してやりたいくらいですよ!」
「ふふっ……琥珀丸も“お兄様”ですものね」
そんな会話をのんびりと続けていた時、シャルルが突然思いついたように言った。
「ねぇ!私が鼈甲丸にバレンタインのプレゼントをあげたら喜んでくれるかしら!?」
「それは、もちろん!よろしいのですかお嬢様?」
「当たり前じゃない!ちょうどお友達とも何か交換したかったの♪」
「そうだったんですね……好きな男の子にあげたりもするのですか?」
「い、いないわそんな人っ!!」
顔を真っ赤にするシャルルを見てクスクス笑う琥珀丸。
「もう!」と、一瞬顔を逸らしたシャルルはすぐまた琥珀丸の方を見る。
そして恥ずかしそうに口ごもりながらこう言った。
「と、ところで琥珀丸……私、あの……」
「僕にもお手伝いさせていただけますか?お嬢様」
先回りしてくれたその言葉に、ぱぁっと表情を輝かせたシャルルだった。

こうして、琥珀丸とシャルルは楽しくお菓子作りをして
無事にハート型のチョコレートクッキーを作り終えた。
「お嬢様……旦那様にも差し上げるんでしょう?」
「え?お父様はお仕事の人からたくさんもらってるから、いらないと思ったけど……」
「そんな事ないですよ!それとはまた違う喜びがあるんです!ね!?差し上げましょう!?」
と、言い合いながらこの日は終わる。


そして迎えたバレンタイン当日。
学校から帰ってきて、シャルルはひとまず鼈甲丸にお菓子を渡しに行った。
「鼈甲丸、受け取って。琥珀丸と一緒に作ったの」
「お嬢様……!!」
鼈甲丸はとても嬉しそうにシャルルのクッキーを受け取る。
「ありがとうございます!!」
「いいのよ。いつもありがとう」
「あぁ……我は幸せ者です!!」
大喜びの鼈甲丸にシャルルも嬉しくなりながら、
今度は父親の理央の部屋に手紙を添えたお菓子を届けて……
そして、部屋に戻って、手元に残っているあと一つのクッキーの包みを見つめた。
(あとは琥珀丸に渡す分ね……)
そこでシャルルはふと思う。
(一緒に作ったこれを、このままわたすのは味気無いかしら?
何か琥珀丸がビックリするようなひと工夫ができたらいいのに……)
と、考えたもののどう“ひと工夫”すればいいのかはイマイチ思いつかなかったシャルル。
そこでお友達のルナちゃんに電話で相談してみた。
『それならいい方法があるわ!あのね、お姉様から聞いたんだけど……』
「え!?」
ルナちゃんの言う“いい方法”に驚くシャルル。
(そ、そんな事……いいえ、でも、たしかにインパクトはありそうね!)
頬を赤らめ、グッとこぶしを握る。
そして生き生きした表情でルナちゃんに言った。
「ありがとうルナちゃん!私、がんばってみる!!」
『シャルルステキよ!がんばってね!』
電話を切ったシャルルはさっそく準備に取り掛かり……
すぐにそれを終え、琥珀丸を呼んだ。

そうするとすぐに来てくれた琥珀丸。
「お呼びですかお嬢様?」
扉を開けた彼が目にしたもの。
「あ……いらっしゃい琥珀丸……ま、待ってたわ」
「…………」
琥珀丸は目を見開いて硬直し、シャルルは笑顔でクッキーを差し出す。
裸に可愛らしいエプロンだけを身に着けた格好で。
「一緒に作ったんだけど、貴方にも受け取ってほしいの……いつもありがとう」
「うっ……」
顔を真っ赤にした琥珀丸が喉から絞り出すような声は、次の瞬間の悲鳴に変わる。
「うわぁああああああっ!!」
「!?ど、どうしたの琥珀丸!!?」
シャルルが驚いて琥珀丸に近づくと、悲鳴は一段と大きくなった。
「ぎゃぁあああああっ!!お、お嬢さ、あ、あばばば!!」
「落ち着いて!何だかよく分からないけれど貴方らしくないわ!!」
「だ、ダメです!そんな、どうして!?どうしてぇぇぇっ!!?」
お酒でも飲んだのかというくらい顔を真っ赤にして、耳まで真っ赤にして、
しかも地面に崩れ落ちて、琥珀丸はひたすら首を振って頭を抱えていた。
普段温和な彼のあまりの取り乱しっぷりに、シャルルは戸惑うばかりだ。
「こ、琥珀丸……!!」
「お嬢様ッッ!!」
やっとガバッと顔を上げた琥珀丸は、シャルルを怒った顔で睨みつけ……ているけれど、
まだ赤い顔に涙目でフルフル震えていたので迫力は半減だ。
「いつから、そんな、はしたない子になってしまったんですか!?」
(琥珀丸が……な、泣いている……!!)
「お仕置きです!悪い子のお嬢様はお仕置きです!!」
「えっ!?あのっ……!」
混乱するシャルルが一歩身を引いても遅かった。
何か言おうとした声は届かない。
シャルルは琥珀丸に驚きの速さで抱き上げられて、何が起こったのか分からないままに……
気が付けばベッドの上、もっと言えば琥珀丸の膝の上にうつ伏せになっていた。

ぱしぃっ!
「きゃっ!!?」
この痛みだって、状況の飲み込めないシャルルにとっては突然過ぎだ。
(わ、私、琥珀丸にお尻を……どうして?)
ぱしっ!ぱしっ!ぱしんっ!
「ひっ、うっ……!」
考えている間にも次々と痛みは襲ってきて、シャルルは弱弱しく悲鳴を上げるしかない。
けれど琥珀丸の方も……
「貴女ともあろう方が!二条城家のご令嬢が!どうしてそのような恥じらいの無い格好を!!」
「ご、ごめんなさ……」
「下着を下ろそうとしたら下着が無いなんてぇぇぇぇっ!!」
ぱしんっ!ぱしんっ!ぱしんっ!
「きゃあぁぁっ!うぅぅっ……!」
ほとんど悲鳴に近いお説教だった。
しかも、だんだんお尻の叩き方が強くなってくるので、
シャルルは大声で喚いたり呻き声をあげたり忙しい。謝る余裕がない。
けれど、シャルルの頭の中は占めているのは意外な気持ちだった。
(私、今エプロン以外は裸なんだわ……!)
とたんに恥ずかしくなる。
(うぅっ……言われてみれば裸にエプロンなんてはしたないかも……
琥珀丸が怒るのも無理ない事よね……!!)
「貴女をそそのかしたのは誰です!!?鼈甲丸ですか!?」
ぱしんっ!
「ひゃぁぁぁん!ち、違うわ!!」
ここはやっとの思いで否定するシャルル。鼈甲丸に被害が飛んでは可哀想だ、と。
「じゃあ誰なんです!?」
「ひっ、やっ……わたし、わたし、が……あぁん!!」
琥珀丸に叩かれながら答えを急かされ、赤くなってきたお尻が痛くて
足をばたつかせながらもシャルルは必死に言う。
(ルナちゃんの事を言ったらルナちゃんが琥珀丸にお尻を叩かれてしまうかも!
そんなのダメだわ!私が、一人で考えた事にしなくちゃ!)
との一心で。
「わたしっ……私がぁぁっ!ふぇぇっ痛いぃっ!」
「痛いのは当たり前です!さっさとおっしゃい!」
ぱしんっ!ぱしんっ!ぱしんっ!
続くお尻叩きの痛みで、ポロポロこぼれていた涙が止まらなくなる。
琥珀丸は平常心を崩されて赤面の目を閉じたまま、必死でお尻をぶっているだけ。
口調が強いのもその所為だ。
けれど、シャルルにすればそれは“いつも優しい琥珀丸が酷く怒っている”とだけ認識されて、
痛くて怖くて我慢できなくなって、大声で泣き出してしまう。
「うわぁああああんごめんなさぁぁぁい!!」
「お嬢様!もうお願いですからこんな事はやめてください後生ですから!!
何を考えてこんな事をなさったんですか!!?」
ぱしんっ!ぱしんっ!ぱしんっ!
「やぁああああ!もうしないわ!しないから許して!」
シャルルがいくら真っ赤なお尻を振って逃げようとしても彼女のメイドはビクともしない。
動けない。体が大きな枷で固定されてしまったんじゃないかと思うほど。
鼈甲丸ほどではないと思うけれど、もはや痛みで彼らの腕力の違いすら分からない。
「う、ぁああああっ!ごめんなさぁぁあああい!琥珀丸!琥珀丸貴方をぉぉっ!!」
ちっとも緩まない痛みに軽い絶望感すら湧いてきたシャルルは叫ぶ。
「貴方を喜ばせたかったのぉぉぉぉっ!!」
「!!」
ぱしぃんっ!
「きゃぁぁあああっ!!」
平手打ちの音はそこで止まった。
琥珀丸は呆然とシャルルを見つめる。
シャルルも振り返り、真っ赤なお尻を震わせながら潤んだ瞳で琥珀丸を見つめて言った。
「ご、ごめんなさい……ひっく、ごめ……なさっ……貴方を、怒らせるなんて……思わなかったの……」
「…………」
琥珀丸はシャルルの言葉を聞いて声にならない声を漏らす。
泣き出しそうなその音と共に表情がみるみるうちに悲しげに歪む。
「ごめんなさいお嬢様!!」
琥珀丸がシャルルを抱き起して力強く抱きしめる。
そうしてシャルルのお尻を撫でながら半泣きで叫んだ。
「僕は見てなかった!こんなに酷く叩くつもりなんてなかったんです!
ごめんなさい!見てなかった!僕は、貴女の気持ちも……!」
「琥珀丸……いいのよ……泣かないで?」
さっきまで半泣きだったシャルルは、琥珀丸が泣き出すととたんに慰める側に回る。
抱きしめられていた体を少し離して、小さな手でメイドの頭を撫でて優しく笑いかける。
「私は貴方を喜ばせたいのに、どうして貴方は笑ってくれないの?」
「お、お嬢様……!!」
琥珀丸が見たのはシャルルの笑顔。そして……
「…………」
「琥珀丸?」
「あぎゃぁああああああっ!!」
バッチリ視界にとらえたシャルルの裸エプロン姿にまたも大絶叫の琥珀丸。
そして爽やかに開くドア。ア〜ンド……
「どうした兄者!?」
「うわぁあああああ!鼈甲丸お前もかぁぁぁぁ!!」
増えた裸エプロン人口(ムキムキ120%増)。
バレンタインデーの二条城家にはやたらと美メイド♂の悲鳴が響き渡るのであった。

※シャルルのクッキーは理央も琥珀丸も鼈甲丸も美味しくいただきました。




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【作品番号】BSE11

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