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イル君が動いたようです





町で噂の大富豪・廟堂院家。
ある夜、執事寮の上倉大一郎の部屋には先輩のイル君が遊びに来ていた。
普段から仲のいい2人にとってそれはさして珍しい事でも無い。
たわいないお喋りを楽しんで+性行為な日もあれば、
ゲーム(アナログでもデジタルでも)で遊んで+性行為な日もあるし、
持ち寄ったお菓子や軽食を食べて+性行為な日もあって……あるいはその全部、な日もあったりする。
今宵も上倉が嬉しそうにソファーに座るイル君にハーブティーを振る舞っていた。
「お酒の方が良ければ何かお出ししますよ?」
「いいえ、お気持ちだけで……今日は大事な話があって来ました」
「大事な話?」
不思議そうな顔をして隣に座る上倉に、イル君は淡々と切り出す。
「千早様に君の監視役を仰せつかったんです」
「それはまた……大仰な」
「上倉君……私と交際してください」
「え?」
あまりにも、あっさりと言われて。
上倉がその言葉を認識するには少し掛かった。しかも認識したところで理解は不能で……
「ま、待って……待ってくださいね。今、考えていますよ。
……あ!そうかギャグですか!?イル君渾身のギャグ!?
ごめんなさい気が利かず!!もう一回やりましょう!?今度は大爆笑しますから!!」
「いえ。冗談ではなく。君と恋人の関係になりたいです」
一生懸命考えた可能性はクールに投げ捨てられ。
イル君はただ“交際”を迫ってくる。上倉は笑顔のまま混乱するしかない。
「……つまりそれも、千早様の命令ですか?」
「いいえ。千早様には“恋人になれ”とまでは言われてません。
けれど私は好機だと思いました。“監視役”になるなら……いっそ君を私だけに繋ぎとめてしまおうと」
「本気で言ってます?」
「かなり、真剣に」
イル君の表情はどこまでも冷静で。上倉は突然の告白に呆然としながら考える。
(何だろうこれは……まさか、本気で告白された?いや、まさか……。
だったらやっぱり千早様の差し金?イル君は千早様の為だったら何でもしそうだし。
なるほど読めてきた……つまり、よりによって、この俺に……ハニートラップを仕掛けようと!?
フッフッフ……舐められたモンじゃあないですか俺も!!)
と、自己完結させた上倉は勢いよくイル君の胸に飛び込んだ。
「嬉しい!!私も、前々から貴方の事が好きだったんです!!」
「上倉君……!!受け入れてくれるんですか?」
「もちろん!本当は貴方が私を奪ってくれるのを待っていたんです!!」
「そう、でしたか……!」
イル君の胸にうずくまりながら、上倉はほくそ笑む。
(相手が悪かったですねイル君♪せいぜい自分の仕掛けた罠に自分でハマって千歳様に貢献してください♪)
と、そんな心の内は全く感じさせずに晴れて恋人同士(?)になった2人は自然とキスを交わす。
そのまま覆いかぶさられる形になって……
「……手、拘束してしまって構いませんか?」
「どうぞ?」
囁き合うように言葉を交わすと、イル君が手錠を取ってきて上倉の手にかけてしまう。
上倉がうっとりと手錠を眺めているとイル君がこんな事を言い出す。
「君の、携帯は?」
「え……?ベッドの上に……」
「なるほど。ありますね」
急な質問に驚きながら答えると、イル君はまた移動して上倉の携帯電話をいじり出す。
上倉の方も呆然としながら話しかけた。
「??珍しいですね……イル君が誰かを呼ぼうなんて……てっきり多人数プレイは好まないタイプかと」
「…………」
「5、6人にしておいてくださいね?それ以上はちょっと……私の肉体的に……」
「…………」
「ねぇ、誰を呼びました?」
なかなか返事をもらえない事をじれったく思いながら上倉が言うと、ボソリと。
「この携帯に、“ステディー”で登録されているアドレス全員に」
「え゛っ!!?」
『5、6人』をはるかに超える意外過ぎる答えに上倉は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「やっ、やだ!!何考えてるんですか!?まさか、私と恋人になった記念に
ステディー達全員の前で公開プレイ!?そっ、そんな大胆すぎます!!暴動が起きてしまっ……」
「“これからはイル君と付き合う事になったので、もう彼以外とは一切肉体関係が持てない。
ごく普通の仲間として接してほしい”という旨のメールを送信しておきました」
「おいふざけんな暴動が起きるだろッ!!」
上倉の渾身の叫びにイル君は涼しい顔だ。
「恋人になるってこういう事でしょう?今までの遊び相手とは全員繋がりを絶ってもらいます」
「な、なっ……なんて事を!!誰がこの屋敷の夜の均衡を保っていたと……!!」
「そんなもの、君がいなければいないで勝手に落ち着きます。君がここで働く前だって、別に平和でした。
たまたま、各々で処理していたことが君に一極集中しただけだ」
「そんな事……!!」
“無い”と言いたくて言葉に詰まった。
上倉は自分が来る以前の屋敷の様子を知らない。
イル君が携帯電話を元の位置に置いて上倉を見る。
「諦めてください。私は独占欲が強いもので。……いえ、普通の事ですね」
「このっ!勝手に……くっ!!」
どうにかしようにも手は拘束されてて動かない。
今更ながら手を拘束された意味を知って上倉は悔しくなる。
そして手錠を見ながら手を動かすのに必死になっていたら、イル君が戻ってきていた。
「お待たせしました」
「あ、貴方ねぇ!!」
と、何か言い返そうとしたその瞬間……

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!

携帯のバイブ音が鳴り響く。しかも全く途切れずに。
上倉が叫ぶ。
「うわぁああああああっ!!さっそくクレームの電話が殺到してる――――っ!!」
「私が出ましょうか?」
「やめて!!余計ややこしくなります!!」
「では、電源を切ってしまいましょうか?
せっかく愛しい恋人と初めての夜を過ごそうというのに、こう煩くては嫌になってしまいますね」
「元はと言えば貴方が!!」
「君は平気なんですか?これ以上、焦らされて……」
そう言われながら、撫でられた。太ももから上へ。
上倉はそれだけで言い返そうとした言葉を飲んで……。
「……電源、切りましょう……」
そう返していた。




翌朝。
何だか不機嫌そうな上倉が廟堂院家の廊下を歩いている。
(何が“恋人”だ!昨日も結局本番無しで、俺もいつのまにか寝てたし!
冷静に考えて、潔癖な恋人のフリして俺の人脈を削ぐ作戦だな!?イル君め……!
今日から携帯のログインにパスワードロックかけてやったぞ!)
そして上倉は見つけた。
昨日削がれた人脈の中の一人。【ステディー:3軍】のメモリーに入っていた人物を。
(メール一つで切ったつもりでも……俺が息を吹きかけるだけで、す〜〜ぐ全員と復縁してやるさ!)
早速駆け寄る。そして声をかける。健気に瞳を潤ませて。
「深見君!!」
「上倉さん……!!」
「深見君……あのっ、昨日のメールの事なんですけど!!」
「ああ……」
深見君、という純朴そうな青年は上倉の言葉に悲しげに微笑んだ。
「上倉さん……イル君と付き合う事になったんですよね。おめでとうございます」
「そ、そうなんです!でも!」
「どうか……お幸せに。長いようで短い夢だったけれど……僕は後悔してません。
上倉さんみたいな素敵な方にアレコレしてもらえるなんて、本当、いい思い出ですよ」
「ふ、深見君……!」
「っ、ぅっ……さよならっ!!」
深見君は泣きながら走り去ってしまって、上倉は呆然とする。
それから誰彼と【ステディー:3軍】の方々に声をかけたけれど
皆が皆、上倉の幸せを願って身を引く反応ばかり。泣きながら感謝を伝えられて、祝福と別れを告げられる。
こうして【ステディー:3軍】は全滅。
しかし上倉は諦めない!

(3軍ステディー達はもともとつながりが薄かったから!それなら!!)
上倉は目標を【ステディー:2軍】のメンバーに切り替える。
その中の一人……ダンディーな中年の岸本さんに声をかける。アスコットタイを緩めて。
「岸本さん……!」
「上倉君……聞いたよ。イル君と付き合う事になったんだって?」
「そ、それは、そうなんですけど!」
「いつかはこんな日が来るんじゃないかと思ってたんだ。
でも良かった。君に、ずっとあんな事をさせて……止めなければと、思っていたんだ」
「そんな!私は別に……!!」
「私は嬉しいんだよ。君だけが、皆の……世話を、背負うべきじゃなかった。
君に頼り切っていた我々をどうか許してほしい」
「き、岸本さん……!」
「イル君なら安心だ。そんな気がするんだ。今まで本当にありがとう」
岸本さんはポンポンと励ますように上倉の肩を叩いて爽やかに去って行った。
それから、【ステディー:2軍】のメンバーに声をかけまくったけれど結果惨敗で2軍は壊滅。
皆がどこかホッとした顔で、上倉の交際を喜んでくれた。
たくさんの謝罪と、時に“愛していた”と、感謝と祝福と別れが集まる。
それでも上倉は諦めない!

(しょせんは2軍!罪悪感と遠慮があって当然の仮初の恋人達!それなら!!)
上倉は標的を【ステディー:1軍】のメンバーに定めた。
彼らは横のつながりも深い、何かにつけて体を交わした精鋭の恋人達だ。
その中の一人、須崎さんを見つけて駆け寄る。彼にもらった指輪をチラつかせて。
「須崎さん!!」
須崎さんはハッとした顔で上倉を見ると、悔しそうに視線を落とす。
上倉は嫌な予感を感じつつも話を始める。
「須崎さん……私は!!」
「頼む!何も言わないでくれ!!」
須崎さんは上倉を強く抱きしめて言う。上倉は驚いて……そして希望が見えた。
(よ、良かった!須崎さんは未練がありそうだ!!)
「もう分かってるんだ……俺は、俺達は間違ってた!!」
「ぅえっ!?」
見えかけた希望が塵と消える。
須崎さんは上倉の体をそっと引き離して、真剣な、潤んだ眼差しで言った。
「俺達、イル君に言ったんだ。“独り占めは良くない。俺達の玩具を返してくれ”って。ほとんど脅しみたいにさ。
そしたら怒られたよ……“自分達の性欲処理の為に、彼にきちんとした恋人を作らせないつもりか!?”って。
“彼が好きなら、なぜ自分一人で真剣な愛情を注ごうとしないのか!?”って……本当、その通りだ……」
「す、須崎さん……?」
「怖かったんだ!もし、俺みたいなのが本気でお前を愛してしまったら!夢中になったら!
お前に笑いながら捨てられるって、そう思った!遊びだから、綺麗なお前が俺なんかの相手をしてくれる……
遊びだって、お互い遊びだって、必死で自分に言い聞かせた……」
須崎さんが涙を乱暴に拭う。
「だからイル君に負けたんだ。堂々と、たった一人でお前を手に入れた彼に。
何人いるかも分からない、お前の遊び相手全員を敵に回して、お前と正式に付き合うって言ってんだぜ?
勝てねぇよ……勝てるわけねぇよ……!!群れてないとケンカさえ売れなかった俺達なんかよ……!!」
「須崎さ……透さん!(ヤバいこれは身を引くパターン!!)」
「大一郎……俺、今更ごめん……お前の事、マジだったぜ……?」
そう言って、須崎さんが上倉の指から指輪を抜き取る。上倉も内心焦りながら涙を流す(これくらいの感情操作は容易い)。
「透さん!どうして!?」
「イル君の方がお前にふさわしいんだ。俺は、確信した」
「指輪を返してください!貴方にもらったのに!!」
「もう要らないだろ?まだ換金してないから〜〜なんて、言うなよ?」
「お金なんか要らない!!私を置いていかないで!!」
「お前にはイル君がいる。早めに直してもらえよ?その浮気性」
「違う!!だって彼は……!!」
“千早様に命令されて、恋人のフリをして私を陥れようとしているんだ”と、喉まで出かかって声が出ない。
そうしているうちに須崎さんは哀愁漂う背中で去って行った。
「可愛がってもらえよ大一郎?」と、言い残して。
そんな気はしていたけれど、【ステディー:1軍】のメンバーの意見は全員須崎さんと一致。
皆、悔しそうに……しかし納得して上倉とイル君の交際を認める形になった。


どうにか“ステディー”達と寄りを戻そうとした上倉だけれどこれで全員全滅。
仕事をこなしながらの説得で気が付けば夜になって……一日を費やしていた。
上倉は胸が空っぽになった気分で執事寮の自室に帰ってくる。
そして、今日の事を思い出しながら着替えだけ済ませて、投げやりにソファーに倒れこむ。
(誰もいなくなってしまった……皆私から離れて行ってしまった……あんなにたくさんいたのに……)
どうせは、体だけの繋がりだったけれど。
知っていたけれど。けれどこんなに簡単に失った。
どうしようもなく悲しい気分だ。寂しくて寂しくて堪らない。
そんな時に彼はやってきた。
「上倉君、お疲れ様です……」
「イル君……!」
上倉がイル君の顔を見た瞬間に感じたのは怒りだった。
今、このやりきれない気持ちをぶつけるならここしかない。
上倉は飛び起きて、殴りかかる勢いでイル君の胸に飛び込んだ。そして、彼を責めたてる。
「貴方のせいだ!!貴方のせいで皆いなくなってしまった!私、一人になってしまったじゃないですか!!」
「え……?」
「口先だけで構わない!薄っぺらくて良かったです!
ただ、傍にいて愛して欲しかったのに!たくさん、たくさん、いつもいつも!!
誰かと、繋がっていられればそれで良かったのに!!それしか、無かったのに!!」
「上倉君?」
泣き出した上倉に戸惑うイル君。
「私を、一人にして、こんな精神攻撃を仕掛けてくるなんて、卑怯者……!!ぐすっ!」
「君が一人?私がいるでしょう?」
「貴方なんか嫌いですッ!!」
「こ、これは“初・痴話げんか”でしょうか……?」
「うぅぅぅぅぅっ!!せっかく寄りを戻そうとしたのに!誰一人取り合ってくれなかった!!」
呻くような泣き声で、ズルズルと地面に座り込んでしまった上倉。
イル君が寄り添って宥めて……遠慮がちに声をかける。
「あの……つかぬ事お聞きしますが、君は皆さんと寄りを戻そうとしたんですか?」
「当たり前じゃないですか!私の大事なライフライン!!
それを奪いに来るなんて、千早様も、いや能瀬さんも?考えましたよ!」
「……彼らは関係ないです。私はただ、君の恋人として、きちんと私だけを見て欲しかった」
「貴方は犬の鏡だ!千早様の言う事なら何でも聞くんですね!?心まで売り渡してるんですか!?」
「何度も言いますけれど、今回の事に千早様は関係無い!!」
珍しく、声を一段荒げたイル君。しかし敵意むき出しの上倉は聞く耳持たなかった。
「貴方、その辺はしっかり線引きしてると思ったら、さぁ―っすが!!狂信者は格が違う!!」
「いい加減にしなさい!!」
今度こそ、大声でイル君は怒鳴った。
上倉が驚いたように固まって黙り込んむと、イル君は上倉をじっと見据えていつもの淡々調子で……
「……説明不足でした。君は何か大きな勘違いをしている。
それに、私という恋人がありながら、遊び相手達と寄りを戻そうなんて何のつもりですか?
少し話し合いましょうよその辺を。ねぇ?」
言い終わった瞬間に、上倉の返事も聞かないで上倉の体を地面に押さえつける。
お尻だけ突き出させて。
普段、表情も口調もあまり変化のないイル君だけれど、今は怒っている。それだけは上倉にも分かった。
少し怖気づきながら、少しドキドキしながらこう返す。
「どっ……どう考えても話し合いの体勢じゃないですよねこれ!!」
「多少乱暴にでも理解してほしい事があります」
「へぇ。私に理解ができればいいのですが……」
「していただきます」
バシィッ!!
「うっ!!」
さっそく強くお尻を打たれて悲鳴を上げる上倉。
手や足が無意識に痛みに反応する。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「やっ……あ!!」
バシッ!ビシッ!ビシッ!
「んっ……くぅっ!!」
何度か叩かれて、上倉ばかり悲鳴を上げて。
しかも緩やかに広がっていく快感に、不安になって思わずイル君に声をかけた。
「ねぇ!何も話さないんじゃ“話し合い”にならないですよ!」
「黙って!今怒りを落ち着けてる最中なんです!!」
バシィッ!!
「うぁっ!?っ……」
ひときわ強く打たれると、快感も一緒に跳ね上がる。
服の上から打たれてるのがじれったくなってくる。
(黙るのは、服、剥がれてからでも……!)
そう思って上倉は黙らなかった。
「貴方の怒りがおさまるのを待ってたら、私が痛くて話せなくなっちゃいますよ!
話し合いなんでしょう!?フェアにいきましょう!?」
「それも、そうでしょうね……なら、」
バシィッ!!
「ひっ!!うぅっ!」
「言わせてもらいますが……しっかり聞いていてくださいね」
バシッ!ビシッ!バシィッ!
「んんっ……!!」
言いながら、容赦なくお尻を叩いてくるので痛みでガクンと頭が下がる。
ちょうど頷いたみたいでいいか……と、関係ない事を考えてしまった。
そうするとまた痛みで考えた事が消える。
「私が君に告白したのは千早様の命令でもなんでもない。
本当の私の気持ちなんです。まずはこれを理解してください。
そうでないと話が進まない」
「そ、そこがまず一番に理解不能ですよ!!」
「何故?!」
ビシィッ!!
苛立ちを隠せないような強めの平手打ちにのけ反って、上倉は叫ぶ。
「あぁぁっ!だって!貴方が私に恋愛感情を持ってるはずがない!
年下だから、弟みたいに可愛がってくれるだけでしょう!?
セックスだってそう!私が迫るから仕方なく!貴方にとったら可愛い弟をあやしてるみたいなもの!!
私達っ、そういう、関けっ……!」
「勝手に決めつけないでくださいね。私は貴方の事を愛おしく思ってましたよ。
それこそ本当の恋人のように……伝わっていなかったのなら非常に残念です!!」
ビシッ!バシィッ! ビシッ!
「ひぁっ……づぅぅっ!!」
イル君の真剣な言葉に、胸の奥が熱くなる。
込み上げる嬉しさを、“罠かもしれない”と疑う心が突っぱねる。
息を乱しながら反論した。
「でもっ……でもぉっ!!貴方、私がどういう人間だか分かってるでしょう!?
こんぁ、貞操観念、緩々のっ……ド腐れ、貴方が私を好きになるはずがない!!」
「えぇ。私の恋人が尻軽なのは嫌なので、それをどうにかしようとしてるんですよ?
軽すぎるお尻をお仕置きしてあげてるでしょう今?」
バシンッ!!
「ふぁぁっ!!」
強く叩かれて、情けなく悲鳴を上げたら優しい声がした。
「今日は初回なのできちんと謝って“もうしない”と誓うなら許してあげましょう」
「ぁっ、無理な相談ですねぇっ!!?たった一人としかセックスできないだなんて、気が狂って死んでしまう!!」
「……純粋な君が無理やり男を漁って寂しさを紛らわしているのはもう見てられない」
「私の事がそんな風に見えているなら、メガネ変えた方がいいですよ!?」
「貴方もメガネをかけてみれば真実を見つめ直すことができるかもしれませんね?」
バシィッ!バシィッ! ビシッ!
「あぅぅっ!痛いぃっ!!」
もう、服の上からでさえ我慢の限界を越えそうな痛みだった。
熱さにも似た感覚と同じくらい快感も張り詰める。
のぼせそうな頭に、その言葉は不意打ちだった。
「上倉君?」
「ぅっ……!!?」
「寂しいなんて思う隙間もないほど、たくさんたくさん貴方を愛します。
物足りないだなんて言わせないくらい、いつもいつも貴方を愛します。
心も体も、全部。約束しますから……もう浮気はしないでくださいね?」
ビシィッ!
「んぁあああっ」
今までだって、これぐらいの愛の言葉は言われた事があるはずだった。
けれど今までで一番嬉しくて、受け入れたくなって慌てて……なるべく息を整えて答える。
「……意外と、情熱的なんですね……モテるでしょう?」
「はぐらかさないで!」
怒ったような声と一緒に、バシィッ!!と、また強く叩かれた。
その後には珍しく余裕のない声色でイル君が言う。
「今、少し、恥ずかしかったんですからね!?
ずっと真剣に“愛している”と伝えているのにのらりくらりと……!
……もういい。君は言っても分からない子みたいだから」
「あっ!ちょっと!!」
上倉が何も言うヒマ無く、ズボンと下着が一気にずり下ろされる。
すっかり赤くなっているお尻が空気に触れて、息を飲んだ。
しかもイル君が
「やり方を変えましょう。愛情も、直接体にぶつけてしまった方が理解してもらえますよね?」
なんて、言うので上倉の方も気分が高まってしまう。
ただでさえ下半身は直立不動の感度良好だというのに。
何を言えばいいか分からずに口を開けたら、間の抜けた声だけが漏れる。
「……う、ぁ」
それと、ほとんど同時だった。
バシィィィッ!!
「いぃっったぁぁぁっ!!?」
一気に言葉が飛び出してくるほどの痛みだった。
無意識に逃げ出してしまうほど。もちろん逃げられはしなかったけれど。
バシィッ!バシィッ! ビシッ!
「あぁあああっ!ダメ!やだぁっ!うぁああああっ!!」
「優しく言い聞かせて“ごめんなさい。もうしません”が言えなかったでしょう?!」
「ごめんなさい!ごめんなさいぃぃっ!!」
ビシッ!ビシッ!ビシィッ!
「ごめん、なさぁいぁああっ!もう、私っ……やっ……うっ、ぐすっ!!」
今までかろうじて泣かなかったのが、ゴリ押しの痛みで一気に崩される。
気が付けば床を掴もうとしながら泣き出していた。
「やめてぇぇ!!やだぁっ!ごめんなさい痛いぃぃぃっ!!」
「人が真剣に怒ってるのにずいぶん気持ち良さそうですね」
「違うぅっ!違いますぅ!気持ちいいけど本当に痛いんです知ってるくせにぃぃぃぃっ!!」
「私本当に怒ってるんですよ」
「うわぁあああああん!もうしません!もうしませんからぁぁぁっ!!」
本当に痛いのに、こんな時でもある種の快感を感じてしまう自分が今は恨めしい。
お尻が赤くなればなるほど強固に滾ってくるのだから。
バシィッ!バシィッ! ビシッ!
「やだぁぁぁっ!やめてください!お願いですからぁぁぁっ!!ごめんなさぁぁぁぁい!!」
「次やったらもっときつくお仕置きしますからね!?」
バシィッ!バシ!
「んぁあああああっ!!わぁああああん!!」
泣き喚いてもしばらく許してもらえなかった。
自分でも泣いているのか喘いでいるのか分からなくなって、意識が混濁しそうになってやっと許してもらえたのだった。


泣いていたらいつものように抱きしめて慰めてもらえたけれど……
いつもと違ってその間も遊び相手達と復縁しようとしたことについて懇々とお説教をされてしまった。
そしてその後……
「携帯は?」
「…………」
イル君に手を出されたのでしぶしぶながらも手渡す。
「パスワードは?」
「個人情報〜〜……」
「早く」
声のトーンが落ちる。逆らえないけど面白くない上倉。
だから言った。
「……パスワードは、『イル君大好き』」
「えっ!?」
少し嬉しそう&食いつき気味に画面を操作するイル君。
で、ロックが掛かったままで呆然としている様子を見計らって……
「やっだぁ〜♪本当にそんなパスワードにしてると思ったんですかぁ!?♪
っわぁああああっ!ごめんなさいごめんなさいやめて――っ!!」
バシィッ!バシィッ! ビシッ!
膝の上に引きずり込まれて、そのまま数回お尻を叩かれてしまった上倉。
痛かった。泣きはしなかったけれど。
しかもその後そのままの体勢で携帯電話を操作するイル君。
ロックも解除させられ、膝の上に乗ったままの上倉は拗ね気味に頭上に声をかける。
「もー!今度は一体何するつもりですか!?アドレス全消去はさすがに訴えますからね!?」
「ご心配なく。君が絶対浮気ができなくなる魔法をかけただけです」
「何ですかそれ……?」
携帯電話は返してもらえたものの、内部データには特に変わった様子もなく。
イル君の言葉の意味は分からないままその日を終えた。


そして次の日。
上倉は魔法の正体を知った。
「おにぃ!!」
嬉しそうに駆け寄ってきた小二郎が、
「おにぃ、イル君と恋人同士になったんだよな!?おめでとう!!
オレ……ずっとおにぃの事心配だったんだ!だってずっと、おにぃが遊びの恋人ばっかりいっぱいで……。
偉そうなこと言うけどさ、オレ、鷹森と恋人同士になって分かったんだ!
本当に、誰かに愛されるってとっても幸せな事なんだって!おにぃにもそんな風に幸せになって欲しかった!
イル君だったら優しいし、きっとおにぃの事幸せにしてくれるよ!
よかったぁ……本当に良かったぁぁ……!」
満面の笑みで、本当に本気で嬉しそうに幸せそうに、祝福してくれるのだ。
(これは……逃げられない……!!)
世界中の誰に軽蔑されても構わない上倉だが、可愛い弟だけは裏切れない。
「ありがとう。お前に喜んでもらえるのが一番嬉しいよ」
やっとの笑顔でこれだけ伝えて。
すごい予防線を張られてしまったものだと感心する。
(……まぁ、逃げ回るのは止めて、イル君の可愛い恋人でもやってみましょうか……)

諦めながらも、嬉しかったりする上倉だった。




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【作品番号 BSS26】

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