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上倉兄妹の里帰り |
「♪〜♪♪〜」 この日、小二郎=上倉真由は嬉しそうに住宅街の道を“家”へと辿っていた。 実は上倉兄妹は今帰省真っ最中で、真由が母親の得意料理である『アップルパイ』を、 母親と一緒に作ろうという事で材料のお使いをしてきた帰りだった。 お気に入りの私服でこんな風に実家近くを歩いていると、子供の頃に戻ったみたいで心地良かった。 (アップルパイ……上手くできたら、鷹森にも作ってあげたいな……喜んでくれるかな?) そんな事を考えていたら自然と頬が緩んでしまう。 爽やかな風と並んで歩いて、軽やかな気分で玄関の鍵を開ける。 何も考えずに廊下を歩いて、リビングダイニングに入ろうとしたところ…… 「……!」 真由は見た。 カーペットに座る母親の膝枕に頭を預けている兄の姿を。 頭を撫でられながら、何やら和やかに母親と話をする兄の姿を。 思わずいったん入りかけたのをやめてまたドアの向こうへ隠れてしまう。 (な、なにやってんだよ!普通に入れば良かったのに!) 混乱するほどの事でも無いような気がするものの、混乱してしまう。 今まで、子供の頃からずっと、兄が母親に甘えている姿なんて見た事が無かった。 そんな姿を兄が大人になった今頃見たとなると…… 邪魔するのも悪いから大人しく自分の部屋に隠れていようかと思ったけれど…… 『どんな話してるのかな?』とか『おにぃはどんな風に甘えるのかな?』とか、妙な好奇心から目が離せない。 (これじゃ、覗きだ……!) 心臓がドキドキと波打った。けれども耳を澄ませて二人の様子をうかがう。 母親が兄を覗き込みながら優しげに笑う。 「ふふっ、眠りそう?」 「ううん……でも、気持ちいな。ちょっと恥ずかしいけど」 「いいじゃない。誰も見てないし、今のうち甘えときなさい。大一郎は、小さい頃から本当に手がかからなかったからね〜」 「そんな事無いよ」 「それどころか、お父さんの代わりに苦労かけちゃったわね……」 「そんな事……」 「あるわよ。貴方昔から無理ばかりしてそれを隠してばっかり……お母さん、知ってるんだからね?」 「もー……考え過ぎだってば。母さんに隠してる事なんてないよ。何を知ってるのさ?」 兄の困ったような、少し甘えたような……聞いた事のない声が耳にくすぐったい。 真由はなんだかドキドキソワソワしてしまう。 けれども話の内容は幾分か胸に刺さった。 (おにぃ……いっぱい、苦労したもんな。オレ達の……オレの、ために……) 真由は兄が学校を辞めて働いてまで生活費を捻出した事を知っていた。 その流れで自分の学費を負担してくれたことも。 必要になる確証の無い、自分が“やりたい”と言い出した時の為だけの手術費用を貯めてくれている事も。 考え始めると、ありがたさと申し訳無さで胸が詰まりそうになる。 反対に、母親と兄の雰囲気はどこまでも明るくて温かい。 会話で負けて弱腰になった兄をからかう母親の声がする。 「フッフッフ〜〜♪色々知ってるわよ〜〜?」 「そういうのやめてよぉ……不安になる……」 「あら?何か知られちゃマズイ事でもあるのかしら?」 「…………」 (おにぃ?) 急に黙り込んだ兄の様子に、真由は得体の知れない胸騒ぎを感じた。 普段の兄なら、もし“知られちゃマズイ事”があったとしても冗談ではぐらかしそうなものなのに。 「……母さん……」 兄の声は震えていた。 酷く切羽詰ったように聞こえる。 「母さん、俺ね……俺……」 一言、ポツンと言うたびに間が開く。 まるで小さな子供が悪戯を告白するようでいて、感じる重さは桁違いだ。 「ホントはね、本当は……」 真由は無意識に少し扉から離れる。 『続きを聞きたくない』……無意識にそう思ってしまう。 「俺……」 「なぁに?」 なかなか言わない兄を母親が優しく頭を撫でて促す。 けれども、その瞬間に兄の声色が一気に嗚咽に変わる。 「っ、ごめん、なさい……っ……」 「何か悪い事したの?」 「うっ、ぅ……うぅうっ!!」 「そっか……」 ただひたすら、兄は顔を隠して呻くように泣いている。 母親は優しく兄を撫でながら、無理に詳細を聞こうともしない。 (おにぃ……!!) 真由はわけもわからず泣きそうになっていた。 そんなしんみりムード漂う中、母親が言う。 「それじゃ、お仕置きね。大一郎」 「えっ!!?」 (えっ!!?) 真由も思わず兄と一緒になって驚いた。それほどまでに衝撃的だ。 と、いうかさっきまで泣いていた兄が飛び起きて顔を真っ赤にしていた。 「い……いや、よしてよ!俺の事、いくつだと思ってんの?!」 「いくつになっても貴方は私の子供よ?悪い事したらお仕置きでしょう?」 「こ、困る!!本当に困る!!お願い許して!!」 必死な兄の姿に真由も焦ってくる。 母親の言う“お仕置き”は十中八九“お尻叩き”だ。小さい頃の記憶から察するに。 今の兄の性癖からして、例え母親であっても、否、『あの人』以外に、もしお尻を打たれたりすると…… ……可哀想過ぎる。いくら彼でもこの羞恥を快感に変えることはできないだろう。 だからこそ今、大いに焦っているのだろう。 (ど、どうしよう!!?出て行って助けた方がいいのか!?) そう考えつつも動けない真由。 そうこうしているうちに母親が兄に詰め寄っている。 「いいから、いらっしゃい」 「だ、ダメだって!本当に!」 「大一郎!!」 「!!」 (!!) 母親に怒鳴られて兄妹揃って、ビクゥッ!!っと驚いてしまった2人。染みついた思い出って怖い。 「ご、ごめんなさい……あの……だからね、本当、困るんだって……」 兄は笑いながらの涙目で語気を弱めて、それでも必死に拒絶しようと…… 「もうどうして言う事聞かないの!?」 「あっ!!?」 して、強引に膝の上に乗せられてしまっていた。 (うわぁぁああ!おにぃ!やっぱりオレが助けに……だ、ダメだ!!今オレに見られたらおにぃがよけい興奮する!!) やっぱり動けない真由。 兄も同じように(精神的に)動けないらしく、お仕置きされそうな体勢でカチコチに固まって懇願する。 「や、やめて!お願い!!ごめんなさい!俺何も、悪い事なんて、何も!!」 パシッ!! 「あっ!!」 「自分から言い出しておいて……今から嘘つくの?悪い子なんだから!」 パシッ!!パシッ!! 「わぁぁぁっ!ぅぅぅ……!や、やだっ!!」 痛がっているというよりかは、焦っている様子で悲鳴を上げている兄。 良く見ると合間合間で必死で深呼吸していた。 そうしながら母親に叫ぶ。 「お、おねがいっ、優しくして……頼むから、優しく叩いて……!! いい子にするから!反省するから!」 「お仕置きなのよ?」 「あと、絶対、お尻、脱がせたりしないでね!?服の上から優しくね!?死活問題だから!!何でもするから!」 「……ふっ、大げさね……」 あまりにも必死な兄の姿に母親は笑っていた。 根負けしたのか、打ち方も優しくなる。 ぺち!ぺち!ぺち! 「んっ……う!!」 緩く叩かれながら、何かを我慢するように頬を染めてフーフーと呼吸する。 そんな兄を見て真由は心配そうに (あぁ……必死に感覚を刺激しないように、落ち着こうとしてるんだろうなぁ……) と思う。 ぺち!ぺち!ぺち! 「大一郎?これくらいなら我慢できるの?反省してる?」 「うん……!でもあんまり長く叩かれるとそれもそれで、困るし!手短に……!」 「反省してないじゃない!注文が多いわね!」 パシンッ! 「やぁああああっ!ダメそれ強いぃぃぃっ!!」 強めに打たれると過剰反応で焦る兄。 母親はそんな兄のお尻を強めに叩きながら叱っている。 パシッ!パシッ!パシンッ! 「きちんと反省しないと、もっと強く叩いてお尻も脱がせるわよ!?」 「や、やめて!反省する!ぃっ、ごめんなさい!あぁ、なんか、最初より強い……! うぅっ……もう許してぇ……!」 (お、おにぃ……!!どうしよう、助けてあげたいけど、今オレが入ったら……) 「はぁ、ん……母さん……!!」 か細い声を絞り出した大一郎は涙目になっている。 痛がっているというよりは、どうしていいか分からず参っているといった感じだ。 真由は見た事のない兄の姿を……気弱な表情で母親にお尻を叩かれている様子を見てだんだんドキドキしてきた。 (な、何で、こんな気分に……!!オレのバカ!おにぃがお仕置きされてるのに!可哀想なのに!!) 勢いよく火照ってくる頬を押さえようとしたら…… ガサっ!!! 買い物袋から思いのほか大きな音が鳴った。 「あら真由、帰ってたの?」 「――!!」 のほほんとこちらを振り返る母親と、大きく息を吸って驚く兄。 で、次の瞬間から急に大声で喚き始める。 「母さん!!トイレ行きたい!トイレトイレ!ずっと我慢してたんだ!!許して早くぅ!!」 「えぇっ!!?ど、どうして言わないのよ……!ほら、いってらっしゃい!」 「あざますっ!!」 早口でお礼を述べてシュバッと起き上がって、トイレに向かう兄は真由とすれ違う。 ホッとした表情で笑って、口元に人差し指を立てて小さな声で言った。 「セーフセーフ☆」 「早く行って来い!!」 真っ赤な顔でツッコんだ真由だった。 そして、改めて部屋に入って母親と笑いあった。 *********************************************** 【おまけ】 真弥(母)「本当に、優しくて素敵な子なのね〜鷹森君って。お母さんも会ってみたいわ」 真由「うん!!今度連れてくる!!」 真弥(母)「大一郎もいい人がいたら連れてきていいのよ?」 大一郎「本当?でも、困ったな……たくさんいるからこの家に入りきらないかも♪」 真弥(母)「あらヤダこの子ったら!うふふふっ!モテるのは誰に似たのかしらね?」 大一郎「母さんでしょ?」 真由「お母さんだよ」 真弥(母)「……お父さんも、モテたのよ?」 大一郎「犬に?」 真由「違うよ!ハトだよ!」 真弥(母)「あの、ちゃんと人間にモテたのよ!?(ドンマイ一郎さん……)」 |
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