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秘密の恋人は色々難しい



町で噂の大富豪、廟堂院家。
この屋敷の執事達が過ごす執事寮でのある夜の出来事。

ベッドの上でくんずほぐれずなのは付き合いだして間もない執事カップル。
相良直文と門屋準の二人だ。
「んっ、準……すっげぇ可愛い……」
「か、可愛いとか言うなッ……ひっ……!」
「ごめん、でも……」
「うぁっ……!そんな、とこ、触んな……!!」
相良に組み敷かれて首筋から下へとキスを落とされながら、さらに体をまさぐられ、
門屋は顔を真っ赤にして相良を押し返す。
けれどもそうすると、張り合うように、さらに深く相良が沈み込んでくるのだ。
「やっ……!!」
門屋は小さく洩らした自分の悲鳴に軽い自己嫌悪に陥る。
(な、何、女みたいな声出してんだよ俺っ……!!)
「クソッ……!」
やけくそになって振り上げた足が綺麗に相良の腹部に入る。
「痛っ!!」
「あ……!」
門屋は気まずそうに相良を見上げたけれど
相良の方は一瞬だけ痛そうに顔を歪めた後、笑って言う。
「お前暴れ過ぎ」
「うるせ……」
ほんの小さな声でしか反論できなくて、門屋はまたしても自分に苛立った。
相良がゆったりと体を起こす。
「……そろそろ遅いし、部屋に戻ろうかな」
「え?」
「おやすみ。準」
急に部屋を出て行こうとする相良に、門屋はとっさに彼の服を掴んだ。
「待てよ!別に、今の……嫌がったわけじゃなくて……!だからっ……!」
「分かってる。そんな風に思ってないって。明日も来るよ」
「……あ……」
振り返って、優しい笑顔で頭を撫でてくれた相良に思わずホッとした。
「明日は蹴らないでくれよ?お休み」
「お、お休み……」
笑顔で手を振って見送った。愛しい恋人を。

その、10秒後。

「うわぁああああああああっ!!」
一人でベッドの上をローリング往復する門屋。
「何だよ今の女々しいやり取りはぁぁぁぁぁっ!!
ふざけんな!ふざけんなよ!俺は女じゃねぇぇぇぇぇっ!!」
一しきり叫び、枕をガンガンに殴りながらさらに叫ぶ。
「それもこれも、相良が俺を女みたいに扱うから!!
ううぅ、このままじゃどんどん俺が女々しくなるぅぅぅぅっ!!」
枕を殴り飽きると、今度は枕を抱きしめつつ……
「俺は、俺は……クールでカッコいい男なんだ……!!
相良め……相良が、そこを分かっとけよチクショウ……!!」
顔をうずめて、そう呻いた。
そしてそのまま相良の事を考えて寝たものだから、相良の夢を見て
翌朝またしても大絶叫する事になる。


そして日付と所が変わって、ここは翌日の廟堂院家。
門屋は偶然、仲間達の話声を聞く事になる。
「最近さー……リーダーって変わったよな!」
「分かる!雰囲気だろ雰囲気!」
「俺も思ってた!何つーか、色気が出てきたって感じ?」
(お……?)
思わぬ自分の噂話を聞いて、門屋はそっと物陰に隠れて満足げだ。
(何だアイツら……フフン♪今頃俺の大人な魅力に気づきやがったか!)
誰も見ていないのにサッと髪をかきあげて色男アピール。
しかし……
「いや〜、色っぽいっていうか、可愛いんだよ!」
「そうそう!守ってあげたくなる感じ!」
「そう言われてみれば……そうかも!手を差し伸べたくなる感じだ!!」
(は……?可愛……い……?)
さっきまで上機嫌だった門屋は、ここで一気に青ざめた。
頭の中に声が蘇る。
『準……すっげぇ可愛い……』
(!!?)
頭を抱え、とっさにその場を走り去った。
走りながらすごい勢いで焦る。
(どいつもこいつも“可愛い”って何だよ!?ヤバい……ヤバイヤバイヤバイ!!
このままじゃ、俺、どんどん女々しくなって……挙句の果ては『鷹森2号』に……うわぁああああああっ!!)
心の中で大絶叫。
したその時、偶然にも誰かにぶつかった。
「うわっ!!?」
「あっ!!!」
門屋は大きく尻餅をついて
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
声につられて相手を見上げた。
心配そうな顔で、自分を見下ろして“手を差し伸べている”。
「あの……立てますか……?」
“可愛い”  “守ってあげたくなる”  “手を差し伸べたくなる”
とたんに脳裏にリフレインするすべの言葉。
門屋にとってはどれも不名誉で……
「テメェ……」
「へ??」
「どこに目ぇつけて歩いてやがんだよ?!あぁ!?この女々し野郎がぁぁぁぁっ!!」
「ひぇぇぇぇえっ!!?」
頂点に達した怒りは最も理不尽な場所へ矛先を向ける。
今日の鷹森絢音は驚くほど不運だった。

* * *

「うっ、ぇっ……ぐすっ……」
偶然の不運のせいで、一人廊下の隅っこで涙を流すことになる鷹森。
「どうした鷹森?」
「う、相良さん……」
偶然通りかかってくれた救世主に、鷹森は涙目で遠慮がちに事情を話す。
「門屋さんに……怒られちゃって……」
「リーダーに?お前何かしたのか?」
「ぶつかったんです……“ちゃんと前見て歩け”って……」
「ぶ、ぶつかっただけで?」
キョトンとする相良に対し、鷹森は一気に吐き出すように涙声を出す。
「門屋さんすごく怒ってて……走ってたし、急いでたんだと、思います……。
ど、どうしよう……!僕、“彼女ができてたるんでる”って!“これから毎日鍛えてやる”って……!!
毎日っ、こんな風にお尻打たれたら、お尻どうにかなっちゃいますぅ……!!」
「…………」
相良は鷹森に同情しつつ考え込む。その間にも鷹森は泣きながら悩んでいた。
「さ、相良さん!!やっぱりもう一度謝った方がいいでしょうか……!?
もう明日の訓練の予約が……何でこんな事に……うわぁぁぁん!ちゃんと前見て歩けばよかったぁぁっ!」
「……鷹森」
「ふぁい!?」
大慌てで泣き顔を上げた鷹森に、相良は笑顔で言う。
「俺がリーダーに許してもらえるように頼んでおくから、とりあえず仕事に戻りな?
そんな風にじっとしてたら今度は上倉さんに怒られるぞ?」
「相良さん……あ、ありがとうございますっ!!」
ぱぁっと表情を明るくした鷹森は、何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます!!ありがとうございます!」
「うん。心配すんな。ほら、戻って」
「はい!!」
立ち直って駆けていく鷹森を見送った後、相良はまた考え込みながら門屋の元へ向かった。



「リーダー」
「よぉ相良」
屋敷の一室で相良と対峙した門屋はすごくご機嫌な笑顔だ。
その笑顔に妙な違和感を覚えつつ、相良はさっそく門屋を説得しようとする。
「聞きましたよ?鷹森を“鍛える”とか何とか言って……毎日尻を引っ叩くつもりですか?
そんなのただの嫌がらせじゃないですか。やめてあげてください」
「そんな事だからお前は甘ちゃんだって言ってんだよ。鷹森みたいなヤツは、一回
ガツンと教育してやった方がいいんだ。俺みたいな、男の中の男が!!」
キラキラと輝く笑顔な門屋の様子が理解できずに、相良はやや呆れ顔になる。
「どうしたんですか急に?」
「いいぜ?文句があるなら、かかってこいよ!」
「誰もそんな事言ってませんし……」
「何だよ怖気づいたのか?無理もないな。強くてクールでカッコいい、この俺が相手じゃ。
しょせんは顔だけのお前なんぞ……」
「分かりました……俺はこの話を上倉さんに持っていきます」
「やめてくださいッ!!!」
相良が踵を返すのと、門屋がその背中に縋り付くのはほとんど同時だった。
先ほどまでの空回りな余裕はどこへ行ったのか、大慌てで騒ぎまくる。
「何でそこで兄さんが出てくんだよ!!逃げんのか!?お前卑怯者か!!?
男だったら正々堂々と拳で勝負しろよバカたれ!!怖いのか!?えぇ!?
俺に負けるのが怖いのか!?ヘイヘイナオ君ビビってる〜〜??!」
(今日の準……めんどくせぇ……)
後ろからギャンギャン大声を浴びせられて相良は耳を塞ぎたくなった。
もうこのまま無視して上倉に告げ口しようかとも思ったけれど、そうなると背中から離れない門屋を引きずって
廊下を歩くことになりそうだ。それも重そう。
(仕方ない……)
相良はわざと小さめの声で呼びかける。
「準……」
「はぁっ!!?お、お前誰に向かって呼び捨てに……!!」
明らかに動揺した門屋の縋りつきが緩んだすきに、向かい合って体を抱きすくめ、
やはり内緒話をするように小さな声を出す。
「昨日の続きしようか?ここで……」
「なっ……何言ってんだよ!!約束忘れてんのか!!?」
“付き合ってる事は秘密・屋敷では今まで通りに振る舞う”。2人の約束。もちろん相良は忘れているわけではない。
ので、顔を真っ赤にして完全無防備な門屋の体を
「隙あり、っと」
「ぇっ!!?」
あっさりと小脇に抱えるように、お尻を叩きやすい体勢に持っていった。
門屋がハッと気づいた時には遅すぎたのだ。
「――ぅお前わざとか!?あぁあああ卑怯者ぉぉぉぉぉッ!!」
「頭脳プレイと言ってください」
パシッ!!
問答無用でお尻を叩くと、門屋の体はビクンと跳ねた。
「お、お前っ……お前何のつもりだよ!!?勝負だって言ったろ!?」
「俺が勝ちましたよね?」
パシッ!!
「いっ、ふざけんな!こんなの俺は認めな……」
パシンッ!!
「っあ!人が喋ってる時に叩くなぁっ!!」
「貴方が負けを認めてくれないから」
「当たり前だろ!!こんなの勝負になるかぁぁっ!!」
相良は門屋が何を喚くのもお構いなしに、むしろ門屋がヒートアップするのに合わせて平手打ちを強めていく。
パシッ!パシンッ! パシンッ!
「う、ぁっ!!やめろ!」
「これって訓練になるんでしょ?俺も最近、体が鈍り気味だから付き合ってくださいよリーダー」
「何言って……ひゃんっ!!くっ!痛いってやめろ!!」
パシンッ! パシンッ!パシンッ!
すぐにギブアップする門屋を叩けば叩くほど、彼の全身の抵抗も声も大きくなってくる。
けれども反省している様子もなくむしろ反抗的だ。
「え、偉そうに俺に説教かよ!?」
「俺はいつでも貴方と対等なつもりです」
「んぁぁっ!すかしやがって!お前のそういう態度がっ……ふぁあああっ!」
「こんな訓練、痛いだけで何の意味も無いでしょ?そうは思いませんか?」
バシィッ!!
「うぁあああっ!」
大きな悲鳴を気の毒に思った相良だけれど、門屋に後輩いじめを止めさせる為に
引き続きお尻を叩き続ける。必死の抵抗にも負けず。
バシッ!バシッ!ビシッ!
「やっ、やぁぁあああっ!やめろバカァァァッ!!」
「そうですよ!やめましょうこんな訓練!ね?鷹森にもしないって、約束してくださいよ!」
「痛っ、あぁあああ!黙れよ鷹森は関係ないだろうがぁぁぁぁっ!!」
「強情。なーに意地張ってんですか」
「うるせぇぇぇぇっ!!離せ!離せ痛いぃぃっ!」
「痛いなら、鷹森に同じ事しようなんて思わないでください」
ビシィッ!バシィッ!
「うわぁぁああん!!」
悲鳴は泣き声に近くなり、ずっと叩いているお尻はきっと直接見たなら赤くなっている頃だろう。
相良にすればそろそろ“ごめんなさい”の一言が欲しいところ。
けれど門屋はここでこんな事を言い出した。
「お、まえっ!さっきから鷹森鷹森って、鷹森ばっか庇いやがって!お前鷹森が好きなんじゃねーの!?」
「はぁっ!?」
相良は素で呆れ声が出てしまった。
恋人が口にするにはあまりにもあんまりなセリフだ。
少しイラッとして思いっきり叩いてしまった。
バシンッ!!
「うぁああああっ!」
「貴方が俺の好きな人をご存じない!?冗談でしょう!?」
自分でそう言いながら、ますますイライラしてきた相良は手加減も忘れて門屋のお尻をバシバシ叩く。
ビシィッ!バシィッ!ビシィッ!
「いっ、痛っ……やめっ、ぅ!!」
「ふざけんなよ!!?」
ビシィッ!
「うわぁあああああん!!」
怒鳴って、叩きつけた一撃で門屋は泣き出してしまった。
けれども相良の怒りはおさまらない。
力いっぱい門屋のお尻を叩きつづける。
ビシィッ!ビシッ!ビシィッ!
「後輩をいじめるなんて良くないって、そういう話だろ!?
わけのわからない事言いだすなよ!失礼だろうが俺に!」
「あぁあああ!やぁああああっ!お前が、お前がぁぁあああああ!!
俺の事、女扱いするからぁぁぁああ!!」
「女扱い!?好きだから優しくするだろうが!大切にするだろうが!それが気に入らないのかよ!?」
「うっ、ぁああああはぁぁあああ!!」
「別にお前の事、女だなんて思ってねーだろ!!?」
「ふぇっ、うわぁあああああん!」
「泣くな!答えろ!どう扱ったら満足なんだよ!?どう扱ったら……」
そこまで言うと、門屋の泣き叫ぶ声に引きずられるように一気に悲しみが込み上げてきて、相良も涙声になる。
「どう扱ったら、お前の事、こんなに好きだって……分かってもらえるんだよ……」
「う、うぅぅふぇぇぇぇっ!ご、ごめんっ、なさい!!ごめんなさぁぁぁい……!!」
「準……」
ぺしっ……
「知っ、てぅっ、…ひっく、知って、る……!!」
しゃくりあげながら、懸命に答えてくれる恋人が愛おしい。
謝られると一気に怒りが消えて、最後の一発は頼りないお仕置きになってしまった。
「……もう、後輩いじめは無しですよ?」
声をかけると、何度も頷いてくれた。
お仕置きを終わりにできてほっとした相良は
途中で私情を挟んでしまったなぁと、情けなくなると同時に気分が高ぶってしまう。
「……ここでキスしたら怒りますか……?」
我慢できなくなって、小さな声で聞いてみた。
「……2秒なら許す……」
小さく返ってきた返事を頭の中で喜ぶ前に、体は愛しい恋人を抱きしめて口付けていた。
(時間が止まればいいのに……)
2秒の間に、ぼんやりとそう思った相良だった。




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【作品番号 BSS24】

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