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町で噂の大富豪、廟堂院家。 その屋敷で働くたくさんの執事のうちの一人、鷹森絢音。 業務終了後の彼は執事寮の空き部屋のドアの前で一人たたずむ。 ドアをノックしようとした手が少しのためらいの後、力無く下ろされた。 そして、しばし落ち込んだ様子で床を眺めたかと思えば、何かを振り払う様に勢いよく頭を振る。 (こんな所でボヤっとしてても、状況が変わるわけじゃないんだから!!) キリッと顔をあげ、深呼吸。 今度こそ扉を3回ノックし、まるで業火に飛び込む様な決死のステップで部屋の中に入り込む。 「しっ、失礼しますっっ!!」 「あ!もう、鷹森君ったらおっそ〜い☆」 女子高生の待ち合わせかと思うほどの軽さでそう言って微笑むのは執事長の上倉。 その爽やかな笑顔を見た鷹森は凍りつく様に動きを止める。 ベッドの上に座っている上倉の手にはパドルが装備済みだった。 「今日はもう来てくれないのかと思いました……。 良かったぁ〜〜明日君を一晩中この部屋に監禁せずに済んで♪」 「お、ぉ……遅れて、すみません……」 鷹森は真っ青な顔で俯いてガタガタと震えだす。 最悪の状況を回避した喜びと、今この瞬間の恐怖が彼の中でせめぎ合う。 その姿を見た上倉は鷹森に近付いて、頭を撫でた。 「鷹森君?大丈夫ですか?」 「ごっ、ごめんなさい……!!うっ……ふぇっ、ぐすっ……ごめんなさい……!!」 「そんなに泣かないで。私も君を必要以上に苦しめようなんて思ってませんから……。 でも、門屋君だって頑張ったんですから君も頑張りましょうね?」 上倉に優しくそう言われ、ボロボロ泣きだした鷹森は必死で頷きながら涙を拭う。 今日はこの前延期になったお仕置きの日だった。 鷹森が泣いていようがお仕置きの執行には滞りないようで、 上倉はさっさと鷹森を連れてベッドに座り直すと、彼を膝の上に乗せてズボン&下着を下ろす。 すぐにでも叩かれるかと思い、歯を食いしばって怯えた鷹森だったけれど…… 「さて」 ペチ。 「!?」 最初の一打は驚くほど軽くて張り詰めていた息が抜けた。 「鷹森君はどうして今からお仕置きされるんでしたっけ?」 「あ……」 冷たい皮パドルの感触が肌を撫でる。 何だか品定めされているように感じて、鷹森はゾクゾクと込み上げる恐怖に突き飛ばされるように言葉を吐いた。 「あのっ、それは!この前、門屋さんとケンカしちゃってそれでっ! お昼休みはとっくに終わってたし、時間、守れなくてっ! それに僕は門屋さんの事叩いたから、暴力はいけない事ですッ!!」 「そうですね」 (うわぁぁ!僕、言ってる事めちゃくちゃだよ恥ずかしい! でも早く始まんないかな……怖いよぅ……!) 恐怖心に羞恥心がプラスされ、顔を赤らめて涙目になる鷹森。 けれど、まだお仕置きは始まらないらしい。 「反省してるんですよね?」 「も、もちろんです!!(早く早く早く叩いて下さい怖いです〜〜っ!)」 「じゃあ……いくつ、お尻叩きましょう?」 「へっ!?」 思いがけない言葉に鷹森は驚いた。 停止した頭の中に、もう一度同じような上倉の言葉が入ってくる。 「私は君のお尻をいくつ叩けばいいですか?」 「そ、それは……」 鷹森は軽く混乱する。こんな質問をされたのは初めてだ。 (僕が決めてもいいの……?) 最初から全くと言っていいほど衰えない恐怖心が(怖いから早くお仕置き始まって――!)とせっつく中、 鷹森の頭に最初に浮かんだ数字は『100』。 けれども、ここで鷹森の中のオドオド悪魔が囁く。 『ね、ねぇ、上倉さん、僕に決めさせてくれたって事はあんまり怒ってないんじゃないの? ここで低く見積もれば、下がるだけ下がるよ!』 (い、いけないよそんなの……!) 鷹森が震えながら否定しても、涙目のオドオド悪魔は引き下がらない。 『だって元はと言えば門屋さんが悪いんだよ!?上倉さんはいつも優しいじゃないか! ぼ、僕が、甘えれば!!お願い下げて!?100だよ!?耐えられるの!? 今、頭の中で1から数えてごらんよ!すっごく長いよ!?痛いのは嫌だよ怖いよ――っ!!』 (そんな事言われたって、僕、は……!) 鷹森にそんなつもりは確かに無かった。はずだ。少なくとも最初は。 けれども彼は恐怖に心取られて、正しさから手を滑らせたのだ。 「50で、お願いします!」 結論、そう叫んだ。かなり大胆に数字を下げて。 そして肝心の上倉の反応は…… 「50……え?500じゃなくて?」 「(し く じ っ た !!)」 一瞬にしてミスに気付いた鷹森は大パニックだ。 大パニック過ぎて体が無意識に逃げようともがくのにも気づかず、必死で言い直そうと…… 「ごごごごごめんなさい!!50なんて少なすぎましたよね!? 僕も最初は思ったんです100ぐらいがいいかなって!!」 「……あれ?じゃあ、どうして50%オフしちゃったんですか?」 「ひぇえええええっ!違うんです!ごめんなさい!違うんですぅぅぅぅッ!!」 「あのね、鷹森君……実は相良君が……」 (うわぁああああああ!!) 言いながら、自分を押さえつける上倉のホールドが強固になっていく事を感じて鷹森はますます怖くなる。 「相良君がね、言ってたんです。“鷹森って上倉さんの事内心ナメきってますよ”とか “上倉さんに可愛がられてるの知ってて、わざと甘えてますよ”とか “純情いい子に見えて結構、黒いですよアイツ……”とか……」 「ままっまま待ってぇぇっ!!待って下さい! 僕どうして相良さんにそんなに印象悪いんですかぁぁぁぁっ!!?」 「私ね、信じてないですよ?そんな話、全っっ然、信じてないんですよ? そんな、鷹森君が、私の事……そんな、ねぇ?…… ……そっかぁぁ……50下げても通るって、思っちゃったんですねぇ……」 「違います!!違います!ごめんなさい!僕そんなつもりないです!!ごめんなさぁぁぁい!!」 鷹森は必死で泣き叫ぶ。 けれどその瞬間に、思いっきりパドルを振るわれていた。 バシィッ!! 「うわぁあああん!いたいぃっ!」 「さぁ鷹森君!ここいらでハッキリさせましょう?! 何故、数を少なく申告したんです!?今まで私が優しいかと思って甘く見てたんですか!? 正直にお話しなさい!!」 ビシィッ!バシィッ!バシィッ! 「うわぁああああん!ごめんなさぁぁあい!」 最初から容赦なくお尻を連打されて、泣きながらもがく鷹森。 それでも厳しい追及は止まない。 「謝るということは私を“ナメきってます”と認めるんですね!?」 「ちがっ……違いま……!」 「君って子は!!近年稀に見る純情子羊だと思ったらとんだ魔性だったなんて!」 バシィッ!バシィッ!ビシィンッ! 「ひぁぁあああっ!!うわぁぁあああん!」 弁解しようにもお尻叩きの勢いが激し過ぎて悲鳴を上げる事しかできない。 その間にもお尻はどんどん痛くなるし熱くなるし赤くなるし……やはり、助かる道は弁解するしかない。 ので、鷹森は泣き声ながらも必死に訴えた。 「ごっ、ごめんなさいぃぃっ!!僕っ、ぼくぅぅぅっ……うぁぁあああん!! ふぇっ、痛いの、怖くてぇぇっ!!上倉さん、うっ、優しいからぁ、許してもらえるってぇぇ……! わぁぁぁああんズルイ事考えてごめんなさぁぁぁい!!」 「あ!やっぱり!この悪い子!」 ビシィッ!バシィッ!バシィッ! 「やぁぁあああ!ごめんなさいぃでもぉぉぉ!!」 めいっぱい叩かれて叱られてしまったけれども、鷹森にはまだ言いたい事があったので。 真っ赤なお尻と真っ赤な顔で泣きながら、声が切れ切れになりながらも頑張って続ける。 「上倉さんの事っ、えっく、ナメてるなんてそんな!ぅう、そんな事一回も思った事ないですぅぅぅっ!! 上倉さん優しいから大好きだしぃぃぃっ!僕っ、とっても尊敬して……い、いつもっ、上倉さんみたいに、なりたいってぇぇ! わあぁああああんごめんなさぁぁぁい!!」 「…………」 「うわぁぁあああん!」 バシィッ!バシィッ!ビシィッ! 「わぁぁあああん!!」 大泣きで暴れる鷹森をしばらく無言で叩いていた上倉は やがて 「……やっぱり、鷹森君は鷹森君ですよね……」 と、穏やかに笑う。(その間手は緩めないけれど) バシィッ!ビシィッ!ビシィッ! 「痛いぃぃっ!ごめんなさぁぁぁい!」 「ただ、怖くて魔が差しちゃっただけですよね。 相良君が言うと説得力があるから、少し疑ってしまいました……ごめんなさい。 裏とか表とか白とか黒とか……そういうの、演じ分けられるほどの器用な子じゃないですもんね?君は」 「ふ、ぇっ、上倉さぁん!!」 声だけは穏やかになったので鷹森が縋るように上倉に呼びかける。 けれど、ビクビクと逃げようとしていた赤いお尻は再び抱え直されて…… 「でーも、ズルする子は許しません!頑張りましょうねって言ったのに! 私が君を甘やかしていたのは自覚ありますし……この際ですので 怖くて魔が差すのも怖くなるくらい、い〜っぱいお仕置きします!」 「やぁあああああっ!そんなぁぁぁぁぁっ!!ご、ごめんなさいもう嫌ですぅぅぅぅッ!!」 よっぽど限界にきていたのか鷹森は本気で嫌がっていたけれど 上倉はその抵抗をたやすく押さえている。どこか楽しそうに。 「こ〜ら!あーばーれーなーいっ! ふふっ♪もう可愛いからって甘やかしませんよ? 逆に、可愛いから甘やかしません!よく言うでしょう?」 楽しそうに、蠱惑的な笑みを浮かべ 「ドSとドMは紙一重って♥」 「いやだぁぁあああああっ!!」 バシィッ!ビシィッ!ビシィッ! また力強くパドルを哀れなお尻に打ちつける。 この日はたくさんお仕置きされてしまった鷹森だった。 【おまけ】 執事寮の門屋の部屋。 相良直文が、門屋準の横で思いっきり肩を落として息を吐いていた。 「……俺、性格悪過ぎだよな……」 「は?」 「いや……ちょっと鷹森の事、悪い風に上倉さんに吹き込んじゃって……。 しかも、盛り気味に……」 自己嫌悪気味に落ち込んでいる相良に門屋は明るい声で言った。 「――らしくない事すんなっての!鷹森に嫌がらせすんのは俺の専売特許なんだからな!」 「……ごめん……だって、準がショックだった時に痛い思いしたのに アイツが甘やかされたら何か腹立つなって思って……」 「俺の事なんか……バカだなお前……ん?」 突然、門屋の表情が変わる。 何か企んでいそうなニヤニヤ笑いに。 「そうだよな〜〜?罪無き後輩を悪者に仕立て上げるなんて、なんと酷い悪徳!悪魔の所業だよなぁ?」 「準……?」 「おい、そんな悪い子はどうなるんですか〜?言ってみ?ナオ君よぉ?」 門屋の言いたい事が何となく分かった相良は恥ずかしそうに門屋を睨みつける。 「お、お前……何言わせるつもりだよ……」 「何って〜〜?膝の上に来なきゃ分からねぇの?」 「っ……!」 真っ赤な顔で立ち上がった相良を門屋が嬉しそうに茶化した。 「おぉっとぉ??逃げんのかよ!?数増やしちゃおっかな〜〜?」 「俺がお仕置きされるにしても何にしても!!鷹森に謝ってくるッ!!」 珍しく取り乱した態度で出て行った相良を見て、「〜♪」と鼻歌を歌いながら上機嫌の門屋。 数分後、相良は猛ダッシュで門屋の所に戻って叫んだ。 「準!!お前よくあんな奴に嫌がらせし続けられたなッ!!? アイツ……アイツッ、俺の悪意なんか一片も感じ取っていないみたいな真剣な顔で!! 『相良さん、僕の甘えた心を正そうとしてくれたんですよね!? ごめんなさい……僕、もうズルしてお仕置きから逃げたりしません! これから心を入れ替えます!本当に、ありがとうございました!』 って!!俺、罪悪感で胃がおかしくなって死ぬかと思ったよ!!」 「お前もお人好し過ぎんだよ……」 お人好しコンビの凸凹なやりとりに呆れ顔の門屋だった。 |
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