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恋人達の初デート【門屋編】



町で噂の大富豪、廟堂院家。
この屋敷の執事部隊の一員、門屋 準(かどや じゅん)。
門屋準には最近悩みがあった。それも結構差し迫った悩みだ。
(あぁ……ヤベェな……やっちまった……)
出かける準備はすっかり整えたものの、自室のベッドに寝転がって頭を抱える。
実は今日、最近できた恋人との初デートなのだ。
本来ならルンルン気分なはずなのだけれど、その恋人と言うのが……

失恋のショックのあまり 投げやりに「お前でいいや」と言ったら
本当に付き合う事になった この前まで友達だった男 

なのだ。
今まで男と付き合うなど考えた事なかった門屋にとってそれは、
すんなり受け入れられるはずがない現実。
もちろん、何度も“やっぱりこの話は無かった事に……”と、言い出そうとした。
だが今までクールキャラだと思っていた友人が別人のように
浮かれたラブメールを毎日送ってきつつ、生き生きと明るい笑顔で過ごしているのを見ていると
言い出せなくなって“デート一度くらいなら……”と、弱気になって今日に至ったのだ。
それを今、ものすごく後悔しているわけだが。
悶々としている間に時計の針は待ち合わせの時間を5分過ぎてしまっている。
もう行かなければ……と、門屋は思い切って体を起こす。
(大丈夫……俺にはとっておきの作戦があるんだ!!)
意を決し、門屋は待ち合わせの場所へ向かった。


「あ!リーダー!」
「お、おう……」
執事寮の門の前で照れ臭そうに、それでいて爽やかに微笑む
元友人、現恋人の相良直文から目をそらせつつ門屋は近付いていく。
何故目を逸らしたかというと、さりげなく気合を入れてオシャレをしている
(しかもそれが悔しいくらい絵になっている)相良を見て居たたまれなくなったから。
「今日晴れて良かったですね。行きましょうか」
「ああ」
門屋の短い返事から、少しの間が空いた。
(よ、よし!気まずい空気の演出ができ……)
と、ドキドキしながら喜んだ門屋だったけれど、それを遮る様な相良の声が聞こえてくる。
「この門を抜けたら、“準”って呼んでいいですか?あと、敬語も無しで……」
「はぁっ!?なんでっ――」
「俺達、付き合ってるんですよね?」
ものすごく嬉しそうな笑顔でそう言う相良に、またしても押し負けた門屋は
「……まぁな」
と、小さく答えてますます悩みを膨らませてゆきながら門を抜けるのだった。


「準、どこか行きたいとこある?」
(さっそくかよ!!)
門を出てすぐのやりとりである。
しかし、門屋もここから彼なりの頑張りを見せる。
「あるぜ。行きたいトコ」
「本当?どこ?」
「さびれた神社!!」
「さ、さびれた神社……??」
やや困惑気味の相良に、内心ほくそ笑む門屋。
(ククク……俺の情報力をナメるなよ!『デートで行きたくない場所ランキング』は
しっかりチェック済みだ!悪いが相良……このデートでお前の夢をぶち壊して、
俺は元の友人関係に戻らせてもらうぜ!!)
何とも後ろ向きかつ姑息な作戦に出ている門屋に対し、相良は困った笑顔を浮かべつつもどこまでも爽やかだった。
「う〜ん、まぁ……準が言うなら流行りのスポットなのかもな」
「ッたり前だろ!さっさと行くぞ!」
と、相良と一緒にバッドスポットにやってきたまでは良かった門屋。
しかしその神社、さびれを通り越して不気味な雰囲気だったのが大誤算。
ホラー全般が苦手な門屋はさっそく真っ青になる。
(何だここ……怖すぎるだろ!昼間なのになんでこんなに暗いんだよ!絶対おばけいるじゃねぇか!)
と、無意識に相良にくっつきつつ脳内で苦情を述べた門屋はすかさず相良の顔色を窺う。
(どうだ!このムードの無さで完全に萎えてッ……)
「な、何だか……暗いしあんまり人、いないな……」
(はっ!?)
冷めた無表情になっていると思った相良は逆に顔を赤くしている。
むしろ、好感触な様子で。
「準……そんなにくっつかれたら……俺、そういう風に思っても、いいのかな……?」
「な、何言ってんだお前……?」
「準!!」
「ひぃっ!!?」
急に両肩を掴まれて顔を見られた門屋は驚いて目を閉じる。
次に聞こえた相良の声は緩い笑い声。
「ふっ。何お前、怖がってたの?」
「なっ……!!?」
からかうような音色に慌てて目を開け、真っ赤になる門屋。
「わわわわ笑うな!俺じゃなくてお前が怖いかなと思ってくっついてやってんだ!!」
「ごめんごめん!準はこういうの苦手だったよな!うっかりしてた!」
「流すな!!空気読めやお前!!」
「お前こそ、ワンパターンなんだよ♪出よう?せっかくのデートなんだから
もっと明るいところへ行かなきゃな?」
結局相良に手を取られ、2人で神社を後にした。


――そのまま、手を繋いで歩き続ける2人。
(小二郎もこんな気持ちだったんだろうか……)
手を繋いでいる事を指摘したところ、「え!?手、ダメ!?」と、
何とも悲しそうに聞きかえされてしまったので拒絶できなくなった結果だった。
やるせなくなる中、小二郎の手を強引に取ってデートした時の事を思い出したところだ。
(アイツもアイツなりに俺に気を使ってくれてたんだな……。ありがとよ小二郎……)
「準?」
(けど、マズイな……このままズルズルといったらマズイ。
好きでもないのに恋人のフリはマズイ、やっぱ。好きでもない、のに……)
「準、どうかした?」
(いや、相良の事は好きだけど、それは友人としてだろ!?LikeとLoveは違うんだよ!
恋人ってあれだぞ!?キスとかせっ、セックスとかするんだぞ!?)
「なぁ、準?」
(相良とキスできるか!?……ど、どうしてもっていうなら、一回くらいなら……
ででででも!セックスはムリだろさすがに!絶対無理!!)
「……じゅーんー!!」
「ひゃっ!?」
相良の大声に飛び上がる勢いで反応した門屋。
「ビビビびっくりしたぁっ!急に大声出すなよ!」
「さっきから呼んでも上の空だったから。どした?トイレなら遠慮せずに言えよ?」
「俺は女子かッ!!トイレくらい言うわッ!ちょっと考え事してたんだよ!」
「へぇ、どんな?」
「は!?」
“どんな?”と聞かれて、門屋は硬直する。
まさか『お前とキスやセックスができるかどうか』とは言えない。
瞬時に焦った門屋はとっさに――
「こ、小二郎とデートした時の事とか!!」
「ほぉ?」
その瞬間、相良の奥にありもしないはずの怒りの炎が見えた。
と思ったらぎゅーっと鼻をつままれていた。
「デート中にその発言は重大なマナー・違反!!これは後で厳しいペナルティが必要だな!」
「ふみゃ――っ!」
「ったく……デリカシーが無いなぁ準は……」
そう言ってパッと手を離した相良は悲しそうにため息をつく。
門屋の胸がジリジリと痛んだ。
(何でそんな顔すんだよ……)
理由は分かりきっているけれど。いるからこそ……
門屋は胸に大きなトゲが刺さった様な気分になってしまったのだった。

だからその後、相良の提案したゲームセンターで一緒にエアホッケーで遊んでも、
(相良がクレーンゲームで華麗に腕時計を取ってくれても)何だが心から楽しめなかったのだ。
そうして門屋がうっそうとした気分を抱えながらお昼ご飯を食べる事になった。
やって来たのは普通のファミリーレストラン。

※門屋が最初に案を出した『デートで行きたくない場所ランキング』に入っていた
“古臭いラーメン屋”は“お化け屋敷風ラーメン店”に改装していて入れなかった。

メニューを見ながら門屋は思う。
(よし……ここで空気を読まずバカ高い料理を注文してイメージダウンを……!)
そう考えて、またジクンと胸が痛む。
相良の悲しそうな顔を見てから、嫌われようとするたびに嫌な気持ちになるのだ。
何故だか分からないけれど。
(別に、嫌われた方がいいんだよ!恋人としては!だって俺達、男同士だし!
こんなのはおかしいんだよ!俺は、こんなのは……!)
ぎゅっと目を閉じた門屋はモヤモヤした気分を振り払う様に大声を出す。
「ア――!何か俺、この高級そうなの頼もうかな!3種のグリルなんちゃら!
めっちゃ肉入ってるしポテト付いてるし!」
「いいんじゃない?せっかくの外食だし。俺は何にしようかな……」
(笑顔で快諾だと!?あ、そっか割り勘だからか。
何払ってもらう体で考えてたんだろ……彼女でも無いのに……って当たり前じゃい!!)
一人ツッコミ忙しい門屋に、おもむろに相良が言った。
「あのさ……準、今日楽しい?」
「あ?」
「何かずっと緊張してるみたいだったからさ……」
「…………(緊張ってわけじゃ、ないけど)」
相変わらずの笑顔でそう心配してくれている相良。
今日の今まで気を遣いすぎるほど門屋に優しくしてくれていた彼だ。
(下手な事言ったら、相良が悲しそうにするから……コイツの悲しそうな顔見たら、俺が気分悪くなるから……
あぁもう!俺はウジウジ悩むのはうっとおしいんだよ!!)
門屋は思い切って、メニューで半分ほど顔を隠しつつ、言う。
「別に……ッ、緊張くらいするだろ!初めての、デートなんだから!!」
「準……!!」
相良のホッとした様な笑顔を見て、門屋もやっと胸のつかえが取れた心地がした。
すると意を決したような相良がこんな事を言い出した。
「俺さ、実は行きたいところがあるんだけど……」
そう言って、おしぼりをぎゅっと握った相良は身を乗り出し気味になりながら
続く言葉を捲し立てた。
「すっごい綺麗な個室でさ!広くて!カラオケができて、最新のゲームができて!
美味しい料理もジュースも部屋まで運んでくれて、すごいくつろげるんだよ!」
「マジかよ!?そんなイイトコあ」
「お、お風呂とベッドもチラッとあるけど!」
「!?」
門屋の脳裏によぎったのは大きなダブルベッドがボンと置かれたホテルの一室。
これはあれか?ラブがつくほうのホテルか?
そう自分に問いかけた門屋は次の瞬間、真っ赤になって首を振っていた。
「なななな何が“チラッと”だよ!!それ明らかに風呂とベッドがメインの空間だろ!?」
「いやいやいや別に変な意味とか、まぁ多少はあるんだけど!準が嫌がる事はしないつもりだし!」
「お前しれっと“多少ある”とか言ってんじゃね――!!そ、そんなトコ行けるわけが……」
「お願いッ!!準が嫌なら諦めるから!!」
「いっ……言ってる事矛盾してるって、気付きやがれ……!!」
「準!!」
真っ赤になりながらも真剣な相良の顔。懇願。
門屋はまたしても
「……ぜ、絶対、俺が嫌がる事しないなら……」
押し負けていた。
さらに会計は全額相良に支払われてまた一人で悶々とした。


そして今、ホテルにて門屋は後悔の絶頂だった。
(あぁあああ!何であそこで断らなかったんだよ!バカだろ俺!?
一番危険なゾーンに来ちまったじゃねぇか入っちまったじゃねぇかぁぁぁッ!)
動揺で頭の中がバミューダトライアングルになっている門屋は相良の顔を見もせすに
床を見ながら心臓をドキドキさせていた。
「えと……準、どの部屋がいい?」
「おおお前、の、すすす好きなの選べよ……ッ!!
(うるせぇ今それどころじゃねぇんだよ!帰れ帰らせろUターンしやがれアホ相良ぁぁぁッ!!)」
「あ、うん……適当に選ぶな?」
(くそ――!どうすればぁぁぁッ!!!)
動揺でガチガチになって俯きっぱなしの門屋は周りの様子も見ずに
ほぼ相良に引っ張られる様にして部屋にたどり着く。
当然、ドアを開けたのも相良で、優しく背中を押されて部屋の中に入った。
「準ほら、着いたから顔上げてみ?」
「!!!」
弾かれた様に顔を上げた門屋。
しかし、彼の硬直した表情は部屋の中を見て一変する。
「わっ……なんっ、だよ、この部屋超カッコイイィィィッ!!」
門屋は子供の様に瞳を輝かせて部屋の中に走っていく。
その姿を見て相良もホッとした表情を浮かべた。
(良かった……準の好きそうな『海賊ルーム』選んで正解だった……)

そう、この部屋は海賊をイメージして作ってある『海賊ルーム』だった。
壁に飾ってある海賊旗やレプリカの剣・宝箱の荷物入れやボトルシップの置き物……
何より、門屋が一目散に駆け寄って飛び乗ったのが船を模したベッドだった。
ベッドに飾りで付いている舵輪を回してご満悦だ。
「ヤッベ――!船のハンドル付いてるすっげ回る!相良!相良来てみろよ!!」
「そうだな……俺達、出発しようか……愛の大航海にッ!!」
相良の切羽詰まった様な声に、嬉しそうに舵輪を回していた門屋の顔が一瞬にして強張った。
(あっ……ヤベッ!)
と、ココがどこだか思い出した時には遅かった。
勢いよくベッドに上って来た相良に後ろから抱きすくめられ、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ババッバババカ!!くっつくな!降りろ!」
「いや周り海だから!この船降りたら俺死ぬから!!」
「ななな何言ってんだよ!どんだけ気分出してんだよお前!!」
舵輪をぎゅっと握ったまま、声だけで抵抗する門屋。
しかしその程度では相良の情熱を止める事は出来ない。
「準!俺の」
「デリカシーの無いヤツだなッ!!シャワーくらい浴びて来いよ!!」
とっさにそう叫んだ門屋の声で、相良の腕がサッと緩んだ。
「ご、ごめん!!そっか!一緒に……」
「バカ野郎!俺ほどの清潔感あふれる男なら、シャワーなんか浴びなくても綺麗なんだよ!!
さっさと行きやがれ!一人で!」
「う、うん!分かった!」
相良がバタバタと浴室に駆けこんで行って……門屋は大きく息を吐いた。
(はぁぁぁ〜〜危なかったぁぁぁ〜〜!!)
しかし、安心したのはその一瞬だけ。
(ま、待てよ?この状況って、俺が相良にOK出しみたいな状況じゃ……?)
そこまで考えたらまた頭の中が大嵐になってしまった門屋。
真っ青になって舵輪を勢いよく回す。
(ヤバい!相良が風呂から出てきたら……うわぁぁぁぁっ!!
今のうち逃げるか!?で、でもそれじゃアイツ可哀想だし……ってそんな事言ってる場合でも無いけど!
あ!いっそ通報?!いや、アイツに前科を持たせるわけには!!どうすりゃいい!?)
考え出せば止まらない。
舵輪は勢いよく回り続け、迷いに迷い、門屋の考えにも一つの希望が……。
(待て!素直に話せば相良だって分かってくれるはず!そ、そうだよ!
だって“俺の嫌がる事はしない”約束だし!正直に“嫌だ”って言えば!)
「準?」
「ひぃっ!?」
相良の声は不意打ちで、門屋は飛び上がって振り返った。
シャワーを浴びてきたらしい相良は(たぶん)備え付けの青いガウンを着ていた。
「あの、さ」
「うっ……!」
近づいてくる相良に門屋の緊張が高まる。
言わなければと唇を震わせる。けれどもなかなか言葉が出ない。
モタモタしていたら相良は目の前だ。
「準、あの……」
「ご、ごめん!!」
やっと言えた言葉がそれだった。
違う!言わなければ!“嫌だ”と!今こそ、“NO”と!
そう強く思ってみても口に出せるのは同じ言葉だけ。
「ごめん!ごめん!ごめん……!!」
相良の体を弱弱しく押し返しながら、何度もそう繰り返していると
いつの間にか門屋は泣きだしていた。
「っ、ごめ……ん!!ごめっ……!!」
「……準、怖がらせてごめんな?泣くなよ。準が嫌な事はしないから……」
「相良……!」
“準が嫌な事はしないから”という言葉に安心して顔を上げたら
涙がボロボロ零れて、門屋は急に恥ずかしくなった。
また目を逸らそうとする門屋の顔を、相良は優しく両手で包んで目を合わせる。
「キスも嫌?全然痛くないし、怖い事でも無いから……」
「!!」
何だか諭される様にそう言われて門屋はムッとする。
「バッ、バカにすんな!それくらい知ってる!!」
「そっか……良かった。知ってるなら大丈夫だよな?」
「余裕だし!!」
と、言うくせにガッチリ目を閉じる門屋に、にっこりと笑った相良は
ごく自然に顔を近付けて唇を奪った。
唇同士の触れ合った感触に門屋は閉じていた目を更に固く閉じる。
(1回くらいなら……!)
と、念じて終わりまで耐えようと……けれども一度触れた唇はなかなか離れない。
離れたかと思えばまた強く押し当てられる。
「……っ、ふっ……ぁ………!!?」
その上、息継ぎしようとしたら舌まで入ってくる始末。
押し返そうとこちらも舌を伸ばしたらうまい具合に絡め取られて
ちゅっちゅと軽快な水音が響いて、門屋にしたら恥ずかしい事この上ない。
(バカッ!やめろ!お前調子に乗り過ぎなんだよ!)
訴えたくても喋れない。
仕方なく相良の背中に腕を回して服を掴んだら勘違いされてしまったらしく
キスはだんだん激しさを増してくる。
体はいつの間にかベッドに押し付けられて、相良に覆いかぶさられていた。
もうちゅっちゅどころではなく、ぴちゃぴちゃじゅるじゅる音も混ざり初めて……
「んっ……、ちゅ……はぁっ……」
自分の吐息と相手の吐息まで意識し出せば、とことん気になってしまう。
何度も何度も舌を絡められたり、舌で撫でられでたり。
“温かい”と“熱い”の中間地点で門屋は頭がクラクラしてきた。
(そんな、一生懸命やられたら、気持ちいいって思っちまう……!)
込み上げる緩い快感を必死になって否定しようとはするけれど
体や唇や、舌が密着するたびに“好きだ”と、“愛してる”と言われている気がしてくる。
まるで相良の喜びが伝わってくるような錯覚に陥ってくる。
(今、幸せだと……思っちまうだろうが!!)
そう門屋が心の中で叫んだら、やっと完全に唇が離れた。
「準ごめん、夢中になり過ぎて……大丈夫?」
「はぁ、はぁっ……マジ、よゆ……」
「さすが……」
少し呼吸の乱れた相良が笑った……と、思ったら少し悲しげな表情になった。
「これでもう、十分かな……」
「は……?」
「お仕置き始めようか、準?」
「は!?」
予想外の“お仕置き”の言葉に門屋は思わず飛び起きそうになったが
相良に腕を掴まれていて無理だった。
仕方なくアワアワと反論する。
「なっ、何でだよ急に!!やめろよ!」
「言ったろ?“後で厳しいペナルティ”」
「うっ!!」
そう言えば言われた気がする。デート中に小二郎の話をしたから。
と、思い出したはいいが、相良の言葉にはまだ続きがあったらしい。
「……それに、準……リーダー、俺と付き合うなんて本当は嫌なんでしょう?」
「!!な、何で分かっ――」
言いかけて、慌てて口を閉じた。
(これじゃ、まるで肯定したみたい……って、いやいや!肯定で、いいはず……!)
自分の気持ちが混乱して目を逸らしている門屋を見て、相良も諦めたように笑っていた。
「分かりますよ。だって貴方の事が好きだから。
本当はずっと断るタイミングを窺ってたでしょう?
今日だってソワソワしっぱなしで……やたら変な場所に連れて行ったのは
ワザと俺に嫌われようとしたんですか?」
「…………」
「図星ですか……それって酷くないですか?
その気が無いなら、“お前でいいや”なんて言わないでくださいよ。
わざわざデートして、こんな所まで付いてこないで下さいよ……」
門屋は何か言う事も、相良と目を合わせる事も出来ない。
肩を掴まれても動く事すらできなかった。黙って相良の声を聞く。
「ねぇ。俺、貴方の事本気だったんです。
この話も心のどこかで、否定してくれないかなって……思ってたけど……
今俺がどれだけ傷ついてるか分かります?少しくらいは報いを受けていただけますよね?
そしたらもう、貴方を恋人ゴッコに付き合わせるのはやめますから」
「友達に……戻るのか?」
自分の言葉に胸が震える。
“これでいいんだ”と、言い聞かせてもちっともスッキリしない。
相良の悲しげな声が聞こえる。
「こんな俺と、これからも友達でいてくれるんですか?」
「当たり前だろ!!」
「ありがとうございます」
「いや……俺も、色々悪かった……」
ちっとも嬉しくない。デートする前に望んでいたはずの展開が。
相良を傷つけた罪悪感だろうか?そう考えてもしっくりこない。
門屋は重苦しい気持ちのまま相良に言った。
「お前の気の済むようにやれよ」
「――お言葉に甘えて」
相良はベッドの上であぐらをかいて門屋を膝に乗せて。
いつもと同じだ。下着まで下ろしてお尻を丸出しにする。
動きに躊躇が無かったから少し怖くなって、門屋は歯を食いしばって目を閉じる。
パンッ!!
「ひっ!」
一打目。
覚悟はしていたものの、やっぱり痛くて体を跳ねあげる門屋。
かろうじて全力では無い、という感じの強めの力加減で何度もお尻を叩かれる。
ピシッ!ピシッ!ピシッ!
「ダメですよ。適当な事言って気を持たせて……」
「やっ!やめっ……はっ、ぁあ!!」
「なあなあでデートまでして……きっと、俺がゴリ押ししたから断り辛かったんでしょうけど」
「あっ、う!!痛……い!」
「リーダーって意外と優しいんですよね……本当は、貴方のその優しさに付けこんで
ずっと恋人でいてもらってそのうち俺に惚れさせて……なんて、思ってたんですけど
俺もそこまで強引にはなれなかったみたいです。あんな泣き顔見ちゃったら……」
「くっ!!」
打たれるたびにお尻が痛くて、相良のどこか悲しそうな声を聞くたびに胸が痛い。
門屋は二重の痛みに耐えていた。
ピシャンッ!ピシッ!ピシッ!
「あ。俺と別れても小二郎にちょっかい出すのはやめましょうね?
アイツらはそっとしといてやりましょ?」
「わ、分かってる……ぅひゃっ!!」
「よろしい。じゃあ、しばらくゆっくり叩きましょうか」
「やっ、やだ!!痛いんだよ!」
「……リーダーねぇ……“お前の気の済むようにやれよ”って言ったでしょ?」
「だからって!」
パシンッ!
「いぃぃっ!お前!痛い!」
反論しようとしたらさらに強めに叩かれて悲鳴を上げると、相良の呆れた様な声が返ってくる。
「男は黙って『有言実行』。逃げ出さないで下さいね?」
と、言ったきり本当に……
ピシッ!ピシッ!ピシッ!
「やっ!やだ!やだってば!これ、やだ!」
門屋がどんなに叫んでも……
ピシッ!ピシッ!ピシッ!
「痛い!本当に!もう無理!離せよ!」
どんなに暴れても……
ピシャンッ!ピシッ!ピシッ!
「あぁは!!バカ!いきなり痛くすんな!」
暴れたら制裁が入りつつ、ゆっくりゆっくりと叩かれ続けた。
時間をかけて叩かれた門屋のお尻は当然赤くなり始めて、本人も抵抗しつつ涙目の涙声になってくる。
「やだぁぁっ!もういい!ゆっくりすんな!ゆっくりすんなぁぁっ!!」
バシィッ!ピシッ!ピシッ!
「あぁあああ!離せよぉぉっ!!」
そんな時、やっと相良が口を開いた。
「そろそろ、聞いていただけますか?」
「何だよ!聞くよ!最初から言えよ!」
「……その生意気な態度もアレですけど……
俺が一番許せないのは、好きでも無い男と軽々しくホテルに入って来た事です!!」
バシィィッ!!
「わぁああああっ!!?」
「軽率にもほどがありますよ!!俺じゃなきゃ、アンタ確実に犯られてましたよ!?」
ビシッ!バシッ!バシィィッ!!
“一番許せない”と言っただけあって、声も怒鳴り声だし叩く強さから全力で。
それで赤くなってるお尻を連打されるのだから門屋は一たまりも無く悲鳴を上げる。
「痛い!いたいっ!やめぇぇぇっ!!」
「今後、絶対来ないで下さいね!?好きでも無い、男と!!」

『好きでも無い、男と!!』
耐え難い痛みの中でその言葉だけが頭に響く。
何故だか相当イライラして、門屋は反射的に叫んでいた。

「ふぅるせぇぇぇぇっ!!俺の気持ちをお前が勝手に決めんじゃねぇぇぇぇッ!!」
自分でも何でこんな事を言い出したのか分からない。
けれど、自動で声が出るかのようにスラスラ言葉が溢れて止まらない。
「お前ェェッ!!俺の事好きだって言ったくせに!
こ、こんなっ……尻叩いたくらいで諦めんのかよぉぉっ!?」
「り、リーダー??アンタ何言って……」
「全然、全く、これっぽちも好きじゃ無いヤツと、きっ、キスなんかできるか!!見くびるんじゃね――よ!!」
涙が出てきても言葉は止まらなかった。胸が苦しくて、門屋はありったけの声で叫び続ける。
「あっ……あんなっ、キスまでして……!
ちょっと幸せだって、思った俺が、バカみてぇじゃねぇか――――!!
どいつもコイツも根性無しばっかりかチクショウがぁぁぁっ!!」
叫ぶ門屋の言葉に、相良は明らかに動揺して次の一打を無意識に躊躇していた。
「リーダー、自分が何言ってるか分かってんですか!?」
「準って呼ぶって言ったくせに!敬語も無しって言ったくせにぃぃ!!」
「……ッ、バカ!!」
バシィィッ!
その躊躇していた一打を叩きつけられ、門屋が悲鳴を上げて身を捩る。
「痛いぃぃっ!!」
「俺が……決死の覚悟で身を引くって言ってんだよ!!
それを何引きとめてんだよいい加減にしろ!!
これ以上俺の気持ちを掻きまわそうなんてお前、性悪にもほどがあるぞ!!?」
ビシィッ!バシィッ!バシィッ!!
相良が敬語をすっ飛ばして怒りの連打を続けるけれど門屋も痛がってばかりではない。
悲鳴交じりでも持ち前の生意気さで必死に反論する。
「ひゃぁああああん!カッコつけてんじゃね――よ!
お前を振る時は俺が振るんだ!勝手に“身を引く”なんてぬかしてんじゃねぇ!
結局お前、俺に振られる覚悟が無いだけだろうが!弱虫め――!」
「アァッタマきた!このクソガキぃぃぃっ!」
ビシィッ!バシィッ!バシィッ!!
「いやぁぁぁああっ!バカッ!ふさけんなぁぁっ!!弱虫!毛虫ぃぃっ!!」
だんだん悪口の割合が増えてきてケンカの様になってきた。
けれど相良も門屋もそんな事は気にする余裕が無い。
相良は叩くのに必死だし
「散々人の気持ち弄んどいて、ごめんなさいも無しか!?自分の立場が全然分かってないなぁオイ!?」
「あぁあああ!!痛いぃ!あぁっ、くそっ!
お前なんかぁぁっ、顔が、いいだけのッ……いぁああああっ!!」
門屋は耐えるのに必死だった。
ビシィッ!ビシィッ!バシィッ!バシィッ!!
「お前こそ、ちょっと可愛いからってうるさいし生意気だしで台無しだからな!!?」
「んはぁぁっ!何だよ!イケメンオシャレなだけで生きていけると思うなヘタレ野郎がァァァッ!!」
打音と妙な罵り合いが続く中、先に折れたのはやっぱり叩かれている門屋の方。
よっぽど痛みが限界に来たらしく、泣きながら謝り始めた。
「ごめんなさい!!ごめんなさい痛いぃぃッ!!」
「良いぜ!?振れよ!今すぐ俺の事振れよ!!受け止めてやるから!!」
「やぁあああああっ!!」
この頃にはヤケクソっぽくなっていた相良も、門屋が泣きながら首を振るので
すっかり困惑してしまう。困った顔で頬を赤らめる。
「なっ、何なんだよ!!お前俺の事好きなのか!?」
「ふわぁああああん!!知るかそんなもん――――ッ!!」
「しっかりしろよ!!自分の気持ちだろうが!!」
「だって!だってぇぇぇっ!!うわぁああああん!!」
ビシィッ!バシィッ!……パンっ!
「じゃあ……じゃあ……!!」
相良は手を緩めて、震える声で膝の上に尋ねた。
「まだチャンスあるって、思っていいんだな……?」
「お前が悪いんだからな……!こんな、のって……お前の、せいだからなぁぁぁ!?
責任取りやがれアホ相良ぁぁぁぁっ!!」
「分かった……もう後戻りできない……ってか、させないからな?!」
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
決意表明も兼ねて強く叩くと泣き喚く門屋。
「うわぁあああん!!痛いごめんなさぁぁぁぁい!!」
「……準……ありがとう……」
「だったら終われよぉ!痛いからぁぁ!」
「…………」
どれだけ泣いていてもどこか素直では無い門屋に顔をほころばせ
相良は一呼吸置いて言った。
「いや、さっきレストランで食事した時、にんじんだけ残してたろ?
あれどうかと思う。好き嫌いはダメだぜ?」
「いっ、今それ関係なっ……」
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「ごめんなさい!ごめんなさいもう残さないからぁぁぁぁッ!!」
「あとデート中に小二郎の事……」
「小二郎の事なんかもうどうでもいい!!どうでもいいぃぃッ!!」
パンッ!
最後は軽く叩かれ、やっとお仕置きから解放された門屋は相良に抱きついて大泣きする。
相良も一瞬ムラっときたものの、ここでは理性を押さえて優しく撫でるだけにとどめて
腕の中の恋人を落ち着かせるのだった。


そうして色々あったデートも無事に終了。
2人で手を繋いで執事寮の前まで帰って来た。
門屋が頬を赤くして相良に言う。
「俺らがその……付き、合ってるって、皆には内緒だからな?
屋敷の中では普段通りにしろよ?」
「分かってる。もう手も離そうか?“リーダー”?」
「手は……別にまだいいじゃん……」
「準……」
相良は嬉しくなりながら門をくぐる。
と……
「うわぁぁあああっ!ななななんだイル君じゃないですかぁぁぁ!!」
門屋が大げさなくらい大声を上げて、引き千切る様な勢いで乱暴に繋いだ手を離す。
確かに傍にはイル君がいて、いつもの無表情でぺこりと頭を下げる。
「お出かけでしたか?お帰りなさい」
「そうなんですよ――!って、イル君も私服ですか!?
うっわぁぁぁ!普段と印象だいぶ変わりますね〜〜!カッコいい〜〜!
俺が女だったら惚れてますよ〜〜!」
「…………」
相良は無言で手を振り上げて、門屋のお尻を思い切り叩いた。
バシィッ!!
「いってぇな!!何すんだよ!」
「今日は楽しかったです。お疲れ様でした、リーダー」
ニッコリと笑って去っていく相良を門屋が慌てて追いかける。文句を言いながら。

そんな、前途多難カップルな二人だった。




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【作品番号 BSS21】

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