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その時!恋の歴史が動いた!【終】



『いやー、鷹森クンお疲れ様!
実は昨日さ、小二郎とデートしてて……あっれぇ!?小二郎から聞いて無い?!
昨日は俺が告ったから、アイツ、照れ臭くて言いにくかったのかもな!
ココだけの話……俺、昔、小二郎から告られた事あるしさ!
俺達がカップルになるのも秒読みなわけだよ!分かる?理解?アンダスタ〜〜ン??
お前は小二郎の“親友”みたいだし、“元”ライバルだし、早めに報告しておこうと思って!
これからも仲良くしてやってくれよ俺のハニーちゃんと♪』

*** *** *** *** *** ***

愛の生まれる場所、廟堂院家。
その中庭は綺麗な噴水と色とりどりの花々……そしてバラの花が飾られたアーチが特徴的だ。
メイドの小二郎は白い石でできた長椅子で、一人昼食を終えていた。
朝に兄から寝坊の罰をたっぷり受けてお尻が痛かったものの、
メイド長には兄が上手い具合に言ってくれていたのか、注意されただけで済んだ。
仕事も特に問題はなくこなして、気になっている鷹森にも門屋にも会う事無く今に至る。
小二郎は食べ終わって空になったお弁当箱を包み直してほっと溜息をついた。
しかし、
「小二郎君!」
「!?」
急に背後から聞こえた声にビクリとお弁当箱が揺れて、
慌てて振り返るとそこには……不安そうな顔の鷹森がいた。
小二郎が何も言えないでいると、鷹森の方がぎこちない笑顔で先に口を開いた。
「今日は、会えないかと思ったよ……」
「あ……」
小二郎は何も言えずにただ赤くなって俯くばかりだ。
昨日門屋に告白されたばかりで、鷹森の顔を見るのは気まずい。
「門屋さんが、言ってたよ。昨日……告白されたの?」
「っ……!?」
その言葉に、胸が痛くなった。
全身が石になってしまったかのように動かせなくて、頷く事さえできない。
鷹森の言葉ばかりが続く。
「門屋さん、明るいし優しいし、器用で何でも知ってるし……素敵な人だから。
こんな風にズバッと告白できちゃうなんてカッコいいよね。憧れ、ちゃうな……。
僕はさ……告白できてないから」
(それって、あの……!!)
小二郎の脳裏に昨日見た、鷹森と仲良く腕を組んでいた女性が浮かぶ。
ますます胸が苦しくなってエプロンをぎゅっと握った。
「僕も、このままじゃダメだよね……ちゃんと、告白したいよ」
(嫌だ……聞きたくない……!!)
「あのさ、小二郎君……」
「鷹森ッ!!」
小二郎はとっさに、鷹森の声を遮って叫ぶ。
「オレっ、オレ……門屋と付き合って……みようかな……」
鷹森から視線を大きく逸らしてそう言った小二郎は
その言葉で鷹森が酷くショックを受けた顔をした事に気付かない。
「……そっか、えぇと、おめでとう……」
短くそう言った鷹森の言葉が、胸に刺さった。
元より、そう言われるに決まっていたのに。鷹森には、恋人がいるのだから。
(止めてくれるわけないのに……ッ!!)
言ってしまった言葉に後悔が一気に広がって、小二郎が鷹森の方を見るのと、
彼が小二郎に背を向けたのは同時で
「もうそろそろ、休憩終わっちゃうね。戻るよ」
「たかもり……!」
「じゃあね」
立ちあがって、声をかけても届かない。
そっけない言葉を残して、鷹森の背中は遠ざかっていく。
と、別の声がすぐ近くで聞こえた。
「良かったぁ!鷹森も祝福してくれたぜ小二郎!!」
「か、門屋……!」
門屋の嬉しそうな顔より、今去っていった鷹森の背中が気になる小二郎。
気付けば門屋の目の前で泣きだしていた。
「ど、どうしよう!?どうしよう!鷹森行っちゃった!!オ、オレっ……鷹森に、嘘言ったまま……!」
「嘘?嘘じゃねーじゃん。これから本当になる」
そっと小二郎の肩に触れて、指で涙を拭ってくれる門屋。
それでも小二郎の混乱と涙は止まらない。
「で、でもっ……どうしよう!!どうしよう……っ!!ふぇっ……うぇぇぇっ!!」
「お、おい……」
「鷹森が!鷹森が行っちゃったぁぁぁぁっ!」
ついに小二郎が大泣きし出して、門屋は痺れを切らしたように小二郎の両肩を掴んで叫ぶ。
「俺じゃダメなのかよ!?鷹森なんか、俺の名前出しただけで
スゴスゴ逃げたじゃねぇか!!あんなヘタレ野郎……ッ、
俺の方がずっとずっとお前の事好きなんだぞ!?愛してやれるんだぞ!?」
「だって!鷹森は、オレの事、そのままでいいって言ってくれたもん!!」
小二郎は大声で言い返す。
今までぼやけていた気持ちを、はっきり形にするように。
「門屋は、オレが女にならないとオレの事好きじゃない!!」
「そ、それは……!」
「オレ……お前の事好き、だったよ。お前の為なら女になっても……
手術、受けてもいいかなって、ちょっと思った。
でも、さ……鷹森が、オレの事受け入れてくれた時……思ったんだ……。
お前が好きなのはオレじゃない!!オレみたいな顔した、女なんだよ!!」
門屋は目を見開いて、唇をかんだ。
小二郎は、門屋のその表情を振り切る様にぎゅっと目を閉じる。
ボロボロ零れる涙を拭おうともしないで、振り絞る様な小さな声で言う。
「ごめんっ、ごめん……!!オレ、やっぱり鷹森が好きっ……!
鷹森……たかもりぃぃぃっ……!!」
「クソッ……!ちょっと来い!」
強引に小二郎の手を引いた門屋も、泣きそうになっていた。


門屋が小二郎を引きつれてやってきたのは、意外と近くの中庭の壁前でしゃがみこんでいた鷹森の元だった。
鷹森から見えない様な物陰に小二郎を押し込んで、明るい声で鷹森に話しかける。
「あ!鷹森く〜ん!こんな所で会うなんて偶然偶然っ♪」
「……何ですか?」
鷹森は暗い声で、赤い目をチラッと門屋に向ける。
門屋はあくまで明るい態度を変えない。
「何って、落ち込んでる後輩を慰めに来たんじゃん!俺ってば心優しい先輩だから!」
「……貴方って本当に、意地悪ですね」
「へぇ、言うじゃん。振られてヤケクソってか?」
鷹森は返事もせずに、元の様に地面を見つめる。
それでも門屋は話しかけ続ける。小バカにするような調子で。
「でもさ、小二郎が俺を選んでくれて良かったって、心から思うわけだよ!
お前みたいなヘタレに小二郎が守れるわけ無いし!
大体さ、こんなあっさり引くとか拍子抜けだぜ。どうせお前、小二郎の事そんなに好きじゃなかったんだろ?
俺を殴り倒してでも小二郎を奪ってやるとか、そういうガッツ無いのかよ?
せっかく、俺を倒しに来たお前をコテンパンに倒して小二郎にイイトコ見せようと思ったのに〜〜♪」
「何ですかそれ……ふざけた事ばっかり言わないで下さい!!」
鷹森が勢いよく立ち上がって門屋を睨みつける。
彼らしからぬ激高した様子で、大声で門屋に怒りをぶつける。
「僕は本気で小二郎君の事好きでした!!でも、小二郎君が貴方を選ぶって言うから!!
そうしたら僕はもう……彼女の幸せを願うしか無いじゃないですか!!」
(え?!鷹森は、あの人が好きなんじゃ……)
小二郎が驚いたその瞬間に、鷹森の体が勢いよく壁に叩きつけられた。
ダンッ!!
「いっ!?」
門屋が鷹森の胸ぐらを掴んで、勢いよく壁に叩きつけたのだ。
小二郎が慌てて物陰から出て駆け寄る。
「鷹森!!」
「こ、小二郎くっ……?」
「 “小二郎が俺と付き合うって言うから”諦める?……バカじゃねーの?!」
門屋の言葉と共に、鷹森の頭が、体が、揺さぶられてまた壁に叩きつけられる。
ゴッ!!
「ぁっ!」
「お前小二郎が本気で俺と付き合うって言ってると思ってんのかよ!?
俺なんか、俺なんか……小二郎が本当はお前の事好きだって知ってたけど
ずっと諦めなかったんだよ!」
「あっ、ぐっ!!」
「けど!諦めなかったけど、ダメだったんだよ!!
どんなに、好きでも、頑張っても、俺じゃっ、ダメだったんだよ!!それなのに……」
「門屋やめて!!お願いやめて!!」
ガンッ!ゴンッ!!
胸倉を掴まれっぱなしで苦しげな悲鳴を漏らす鷹森が、何度も頭や体を壁に打ち付ける。
小二郎が必死で泣き叫んでも、門屋は鷹森を揺する様に壁に叩きつけるのをやめない。
叩きつけながら、鷹森に怒鳴り続ける。
「小二郎に想われてるお前が!何を簡単に諦めてんだよ!?
この鈍感野郎!!根性無し!!死ね!マジでいっぺん死ね!!」
「門屋!!門屋ぁぁッ!!やめてお願い!何でもするから!!」
「うるせぇっ!お前は黙っ――」
門屋が小二郎に気を取られた、その一瞬だった。
鷹森が自身の胸倉を掴んでいる門屋を突き飛ばし――いや、もはや殴り飛ばしていた。
門屋は大きく尻もちをついて、鷹森はふら付きながらも何とか踏みとどまって咳き込む。
「ゲホッ、小二郎君の事……泣かせないで、ください……」
「テメェ……!」
「小二郎君が泣いてるんだから、もうやめたらどうなんですか!?」
鷹森の大声に、門屋は悔しそうに顔を歪める。
地面でぐっと握りしめた拳を……また振り上げた。
「っしょ……ちくしょぉぉっ!!」
「鷹森ぃッ!!」
小二郎が叫んでも状況は変わらなかった。
門屋が想い切り鷹森の顔を殴ったかと思えば……
「――だ、から……やめろって言ってるじゃないですかぁっ!!」
バシィッ!!
鷹森が門屋の顔を思いっきり平手打ちしていた。
これには小二郎も驚きながらさらに泣きだすしかない。
「やっ、やめっ……二人共やめてぇっ……!!」
「テメェやりやがったな!!」
「さきに手を出してきたのは貴方でしょう!?」
か弱い姫(?)の言葉で騎士2人の戦いは終わらず、
窮鼠猫を噛むとでもいうか……珍しく鷹森がやり返しまくっていたので、
気が付けば取っ組み合いのケンカになっていた。
「うわぁぁぁああん!!やめて!ケンカしないで!やめてぇぇぇっ!」
結局、この熱い戦い、時計の針が休憩時間の終わりを30分ほど越え、
騒ぎに気付いた執事仲間が執事長に通報して……やっと終わりを告げた。



執事長の上倉曰く『喧嘩両成敗』と言うワケで、鷹森と門屋は2人仲良くお仕置きされるわけなのだが……
「2人共……そんな汚れて乱れてる格好で、どうやってご主人様にお仕えするつもりですか?!
しかも、時間を守らずに仕事をサボって、暴力沙汰を起こすなんて……話になりません!
今からきっちり反省させてあげますからね!分かりましたか!?」
そうお説教をしてお仕置きを始めようとした、とたん、
門屋が床にしゃがみこんで泣きだした。
「だって鷹森が!鷹森が、鷹森がぁぁぁっ!うわぁぁぁぁん!!」
「ぅえっ!?」
あまりに突然、門屋が大号泣し出したので驚いて変な声が出てしまった上倉。
ハッとして咳払いをする。
「――ンンッ、門屋君!?そんな風に泣いても許しませんよ!?」
「うわぁあああああん!鷹森が!鷹森がぁぁぁぁ!!」
「……あのね、君は」
「だってぇぇぇっ!鷹森がぁぁぁぁッ!うわぁああああああん!!」
(……え、急にどうしたんだこの子??)
あまりの号泣具合に、上倉は困ってしまう。きっと、これではまともに話もできないし
こっちの言葉を聞ける状態ではないだろう。
なので、試しに鷹森の方を見てみるとビクリと身を震わせて
「ご、ごめんなさい、僕……」
と涙目になって俯くだけ。
上倉にすればやりにくい事この上ないけれども、このまま呆然としているわけにもいかない。
(とりあえず、こっちが先か……)
そう判断して、先に何かに取り憑かれた様に“鷹森が”と繰り返している門屋を
無理やり引っ張ってベッドに腰掛けた膝の上に乗せてしまう。
そしてお尻を丸出しにしてさっさとパドルを取って叩き始めた。
ビシッ!バシッ!
「痛い!う、ぇっ、ひっく、鷹森がぁぁぁっ!!わぁぁぁあああん!!」
「鷹森君が、何ですか?」
「鷹森が、鷹森がっ……あぁう!!」
相変わらず“鷹森が”と主張し続けてるものの、悲鳴も混じっているので痛みは感じているらしい……
と、言う事で上倉も様子がおかしいのは置いておいて普段通りお仕置きする事に。
お尻に何度もパドルを打ちつけていく。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「鷹森君が悪いって言いたいんでしょうけど、君も手を上げたからには同罪ですよ?
それにたぶん……先に手を上げたのは君なんでしょう?」
「うわぁああああん!だってぇぇっ!鷹森がぁぁっ!」
「“だって”と“鷹森が”だけでは、私は事情が分かりません。
けど……君が悪い子だという事は分かります!!」
バシッ!
「い、た、ぁあああっ!!」
「どんな事情があるにせよ、暴力を振るう子は悪い子ですよ!
それに、きちっと休憩時間を守れない子もね!」
「うわぁああああん!」
「人のせいにばかりしないで、自分の事を反省しなさい!」
と、上倉が手慣れた風にお説教と共にお尻を連打していると。
「痛い!痛いぃぃっ!ごめっ、なさい!俺ぇぇぇっ!悔し、かったんです!!」
「ん?」
ついに“鷹森が”以外の単語が出てきたので、上倉も
門屋がしゃくりあげながら紡ぐ言葉に耳を傾ける。
「俺っ……色々、やったのに!!どんな事、しても……勝てな、かったぁぁぁぁ!!
小二郎がっ……鷹森、好きだってぇぇぇっ!!わぁぁあああん!!」
「「え!?」」
門屋の言葉に、上倉と鷹森が同時に驚きの声を上げる。
真っ赤になって口元を押さえる鷹森を見て上倉は悟った。
このケンカ……完璧に色恋沙汰だと。
「……つまり君、失恋したから鷹森君にケンカふっかけに行ったんですか?」
「うぇぇっ!ふぇぇぇ!だってぇ、鷹森がぁぁぁ!!」
門屋はまた“鷹森が”と繰り返して泣くばかり。
事情が分かると、こうやって泣いている門屋が可哀想になる。
“鷹森が”という言葉にしかならないほど、お仕置き前から泣き叫ぶほど悔しかったのだろう。
可哀想になるけれど、彼に非があるのも事実。
内心で(仕方ないな)とため息をついて、上倉はパドルを握り直して……
「大人げない事をするんじゃありません!!」
バシィッ!!
「うぁああああっ!」
1度強く叩く。大声で悲鳴を上げてのけ反った門屋を押さえつけて
そのままの強さでお尻を叩き続ける。
「振られた時ぐらい、どうして大人しくしていられないんですか!
君はいつもいつも元気があり余って全く!それで仕事に悪影響が出てるでしょうが!
鷹森君や小二郎まで巻き込んで泣かせて!!」
バシッ!バシィッ!ビシィッ!!
「やぁぁぁっ!兄さん!痛いぃぃっ!うわぁぁあああん!」
「当たり前です!君みたいな子はお尻が真っ赤になるまで叩いて叩いて、
そんでもって泣かせて、反省させてあげますからね!」
「やだぁぁぁああっ!ごめんなさい!ごめんなさぁぁぁい!」
バシィッ!ビシィッ!!ビシィッ!!
強め強めにと叩いていたので門屋のお尻はこの時点で真っ赤になってしまったのだけれど、
上倉はそれでも手を緩めない。体力の続く限り力いっぱい叩き続けていると
門屋の態度も耐える→抵抗するにシフトしてきた。泣き喚きながら。
「こら!大人しくしなさい!」
バシンッ!
「わぁぁあああああん!!」
この状態で強く叩いても、大人しくなるはずがないと上倉も分かっていたけれど……
門屋の真っ赤なお尻を叩いて叱って、泣かせ続ける。
「ごっ、ごめんなさぁぁああい!痛いです!もうムリですぅっ!痛いぃぃっ!」
「前に、仲間に暴力を振るわないって約束したのにあっさり破って!」
「ぅやぁぁあああっ!ごめんなさぁぁぁぁい!!」
「人に痛い事する子は痛い事が返ってくるんです!」
バシィッ!ビシィッ!!ビシィッ!!バシィッ!
「痛いぃぃぃっやだ痛いぃぃっ!もうしません〜〜っ!あぁぁぁぁああああん!」
もう心も体も限界で、最初の悔しさも無念さも痛みで吹き飛んでしまっただろうけど、
泣き声や抵抗はバテてこない門屋の様子を叩きながらしばらく眺めて……
「うぇぇぇっ!やぁぁっ、ひっく、うぅううっ……わぁああああん!!」
少し勢いが落ちたくらいに上倉は声をかける。
「反省できましたか?」
「あ、うっ……ううううぅぅぅ〜〜!!」
門屋は必死で首を縦に振る。
「もうしない?」
また、ガクガクと首が縦に振れる。
そこまでで手を止めて、門屋をの体を起こした。
「ふふっ……失恋した時は思い切り泣いた方がいいですからね。スッキリしました?」
頭を撫でると、まるで寝起きのように目を細める門屋。
まだ言われた言葉に意識が追いついていないのか、無言で乱暴に泣き濡れた目元を拭う。
上倉が門屋の背中を慰めるように叩きながら優しく声をかけていた。
「君のやり方には言いたい事がい〜〜っぱいありますけど……
一生懸命、小二郎を好きでいてくれた事は事実ですからね。
……ずっと、あの子を気にかけてくれてありがとう」
「兄さ……」
「今まで辛く当たってしまってごめんなさい。
仲直りしましょう、門屋君。それで君を、兄さんの一番可愛い弟にしてあげますよ。
鷹森君や小二郎と同じように」
その言葉に、門屋はまた泣きそうになりながらもそれを誤魔化す様に大声を出す。
「鷹森よりは上にして下さいッ!!」
「おやおや。甘えん坊な弟ですねぇ♪そんな事言うと、君が末っ子決定ですよ?」
そう言って笑いながら、ハンカチを門屋の顔に近付けた……
その腕を勢いよく振り払って、門屋は上倉の胸に思い切り飛び込む。
「っ――うわぁあああああん!!」
「……よしよし。よく頑張りました」
上倉に撫でられながら泣いている門屋を見て
鷹森はぼんやりと(本当の兄弟みたいだな……)と、思った。


結局、門屋が泣き続けていたので鷹森の方は“お仕置きはまた後日”と言う事になって、
何もされずに仕事に戻された。
その後、仕事をしつつも小二郎の姿を探したけれど会えなかった。
だから執事寮に戻った鷹森は、早足で今一番会いたい人の元へ向かう。

部屋のドアをノックして、返事を待たずにノブに手をかけて開けてしまったら……
「ひゃんっ!?」
「うぁっ!!?」
開いてしまった。
しかも、小二郎が下半身裸でドレッサーに手を付いているという気まずい空間が。
思いがけない光景に鷹森は赤面して慌てた。
「なっ、何してるの小二郎君!?」
「あ、あのっ!違う!!オレ、自分でお仕置きしようと思ったんだ!!
鷹森が、門屋もだけど……おにぃにお仕置きされたから……」
同じく赤面してそんな事を言っている小二郎に、鷹森が慌てて駆け寄る。
「そそそそんな事しなくていいよ!大丈夫!僕、お仕置きされてないんだ!上倉さん、許してくれて!」
「嘘!!おにぃはそういうの、甘やかさないもん!!」
「うっ……!」
とっさの嘘が見破られて鷹森は仕方なく本当の事を話す。
「……本当は、別の日になったんだ。門屋さんが、泣いてて大変だったから……」
「門屋……」
悲しげに俯く小二郎。
その後、急に携帯電話を鷹森に差し出す。
「鷹森、これ……」
見せられたのはメールの文面だった。
差出人は門屋で、
“鷹森に彼女がいるって言ったけどあれ間違い(>_<)ノあれ鷹森の姉ちゃん(^−^)9ごめん(T_T)ノ”と。
「オレ、お前に彼女がいるって誤解してた。
だから門屋と付き合うって、言っちゃって……ごめんなさい。
元はと言えば全部オレのせいなんだ……門屋の事、許してやって……」
「もちろん。僕は小二郎君の事も、門屋さんの事も怒ってないよ……。
それに、小二郎君は何も悪くない」
悲しそうな小二郎を、鷹森は抱きしめる。
そして今日一番聞きたかった事を口にした。
「小二郎君は、僕を選んでくれたんだよね?」
「うん!鷹森が好き!!オレ、お前が好きだ!!」
迷い無く帰ってきた言葉が、何よりも嬉しかった。
いっそう小二郎を強く抱きしめながら鷹森は言う。
「ありがとう……僕も君が好き。良かった。やっと言えた……」
「鷹森……」
そうして鷹森と小二郎は、しばらく無言で抱き合ったまま
お互いに想いが通じ合った幸せを噛みしめていた。


*** *** *** *** *** ***

門屋が失恋したらしくて。
真っ先に自分を部屋に呼んでくれた事が、相良は嬉しかった。

けれども、いざ部屋に行ってみてこのかた……無音の状態が30分ほど続いた。
今まで根気よく我慢していた相良も限界がきたらしい。
自分に背を向けてベッドに寝転がって、抱き枕に顔をうずめて動かない門屋に声をかけた。
「リーダー……呼び出しておいて、この放置は酷いですよ」
「…………」
「愚痴ならいくらでも聞きますし」
声をかけても無反応。
暇さえあればいじくっているはずの門屋の携帯電話が無造作に床に転がっているので、
それを拾い上げて、何となく液晶画面を袖で拭う。
――本当は、相良は無言空間が耐えられないわけじゃない。
ただ、いつも明るい門屋がこんな風に黙って悲しんでいる事に胸が張り裂けそうだった。
それなのに何と慰めていいか分からないから、呼びかけるしかできない。
「リーダー……」
「やっぱ、悔しい……」
やっと帰って来た声は、明らかに潤んで掠れた痛々しい声だった。
顔を上げずに、その声だけが悲痛に響く。
「何で俺じゃなかったんだよっ……!何で!俺の方がずっと好きだったのに……!
ずっと、昔から……ずっと……!何で俺が、選ばれないんだよ……!!
俺の方が、俺の方が好きだったのに……何で!!」
(知ってます……)
相良は心の中で呟く。
門屋がどれほど小二郎を想っていたかなんて、ずっと門屋を見てきた相良には分かり過ぎて辛いほどだ。
相良には今この状況が苦痛で仕方なかった。
好きな人が悲しんでいる声なんて聞きたくない。しかも、自分以外を全力で“好きだ”と言いながら。
「俺は、アイツが……好きだったのに……!」
“もうこれ以上聞くに堪えない!”と、思うと同時に相良はベッドに上って
馬乗りになる様に門屋を抱きしめていた。
「俺に言わせりゃ、アンタを振った小二郎は大バカ野郎ですよ!!
だってそうでしょう!?アンタの良さが全然分かってない!せっかく、アンタに好かれてるのに!!
俺みたいに、好きでも好きでも振り向いてもらえないヤツもいるのに!!」
目を丸くする門屋に構わず相良は捲し立てる。
「リーダー、貴方が好きです!愛してます!
小二郎の事なんて忘れて下さい!俺が幸せにしますから!!」
告白してしまった。
今まで意地でも黙っていた恋心をあっさりと。
門屋が黙っているのをいい事に、積年の想いを語りかける。
「こんなタイミングでごめんなさい。でも、やっとライバルがいなくなったんです……。
俺もね……ずっとアンタが好きだったもんで……」
言いながら相良も涙声になってしまった。
すると、ぎゅっと服を握られる。
「お前……俺みたいだな……」
そう言って、一瞬だけふわりと笑った門屋の顔が、また泣き顔になった。
その顔を隠す様に相良に抱きついてヤケクソ気味に呟く。
「もっ……お前で、いい……や……うっ……うわぁぁあああん!!」
門屋は大声で泣いた。
わぁわぁ泣いている門屋を抱きしめながら、相良は静かに思う。
(絶対今、適当に言ったでしょう?……でもね、俺……こんな選ばれ方でも嬉しいです。
アンタの気が変わらないうちに、本気の恋人に昇格してみせますから……覚悟して下さいよ?)
やっと手に入った“恋人”を抱きしめながら、満たされた気持ちになる相良だった。


気に入ったら押してやってください
【作品番号 BSS20】

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